エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

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まじやばい

トブの大森林内、枯れ木の森。渇いた荒地、乱雑に並ぶ朽ち果てた大木。痙攣するザイトルクワエ。生命を感じさせぬこの地の一角に、四方を布で囲った簡易的な天幕が佇む。エントマが傾城傾国(チャイナドレス)に着替える為に用意させた更衣室である。

 

天幕を用意させたのは勿論アバ・ドンだ。付与魔法によって第十位階クラスの完全防護に完全防音。天幕の四方を王騎士が見張る徹底ぶりである。着替えを覗こうとする不埒な輩からエントマの身を守るためだ。尚、不埒な輩には外ならぬ自分自身も含まれている。

 

「アバ・ドン様も超が付くほど紳士的っすよねー。エンちゃんの着替えの為にここまでするなんて。ほら、帯解くからバンザイするっす」

「ばんざいぃ」

 

エントマが両腕を頭上に伸ばすと、ルプスレギナがお腹の縄帯と帯に手をかける。彼女の和装ドレスは脱がせるのに一手間かかるものの、一人で事足りる。ルプスレギナが天幕内にいるのは、単にエントマと会話するための口実に過ぎない。『エンちゃんの着替えを手伝ってきます!』と言って、天幕に入ったので、有言実行はしているが。

 

「別にぃ、アバ・ドン様以外に見られても平気なんだけどぉ……。えへへぇ」

「嬉しそうっすね、エンちゃん」

「だってぇ、アバ・ドン様がぁ、わざわざ私の為にここまでしてくださったんだものぉ」

「そうっすねー。ついでに言えば、エンちゃんのことをちゃんと女として見てる証拠っす」

「それにそれにぃ、アバ・ドン様に選ばれちゃったぁ……」

 

エントマが上げていた手で顔を覆って首を振る。分かっていたことだが改めて言葉にすると、胸の内が熱くなる。

 

「ちぇっ。……ま、エンちゃんが選ばれたのは想定済みっすけど」

 

元々、蟲好きなあの御方ならエントマを選ぶであろうことが分かった上で提案したのだが、至高の御方に選ばれるというのは何とも羨ましい話だ。

 

「妹の恋路の為に精神的ダメージを省みなかった私ってば超妹思い!」

「ありがとうぅ、ルプーぅ」

「どういたしまして。……にしても当てが外れたっすね」

「当てぇ?」

「目の前で着替えさせて誘惑する作戦がパーっす」

「……そんなこと企んでたんだぁ」

 

覆っていた顔から目だけ覗かせて抗議の視線を送るも、ルプスレギナはどこ吹く風だ。会話の最中も手を止めない。縄帯を解き、綺麗に結びなおすと備え付けられたカゴに仕舞う。ルプスレギナもメイド。その気になれば着替えの手伝いぐらいきちんとこなせるのだ。

 

「んじゃ次は着物脱がせるっす。はい、ぶーんのポーズ」

「ぶーん」

 

ルプスレギナに言われるがまま、エントマは両腕を水平に伸ばすポーズを取る。"ぶーん"は至高の御方の会話によれば"古代ねっとすらんぐ"なる言語が由来とか。

 

「へっへっへ、エンちゃんの裸、御開帳っす」

「だから何よぉ」

「レアっすねー。って黒ッ」

「ほっといてぇ」

 

蜘蛛人(アラクノイド)特有の硬質な肌が露わになる。人間の美少女を模した顔に、御札付きストッキングを履いたままの人間的な脚と、露わになった蟲の体が何ともアンバランスだ。背中には折りたたまれた蜘蛛の脚が生えており。自らの身長を超える程の脚が綺麗にしまい込まれている。

 

「そんな脚、よく収納出来るっすね……。あ、スカート脱がすから足上げて」

「うんしょぉ。創造主様のぉ、賜物ぉ」

 

着物とスカートも丁寧に折りたたんで、カゴに仕舞う。これで、エントマはストッキングを除いてほとんど裸の状態になった。

 

「蟲の感覚は分かんないけど、今のエンちゃんは超セクシーなんじゃないっすか?」

「こんなのでぇ、あの御方は動じないと思うけどぉ……」

 

蟲系の異形種は設定上、防具を装備できない。すなわち人間的な感覚で言えば全裸の者がほとんどなのである。

 

蜘蛛人のエントマや、課金種族を得ることで防具を装備出来るようにしたアバ・ドンのような例外もいるが、コキュートスのように、甲殻が防具代わりの者が多数派を占める。以前、目の前でスカートを捲り上げた時には散々翻弄されてしまった。

 

故に、エントマは自分の裸体ぐらいで、アバ・ドンがどうなる訳もないと結論付けた。

 

尚、見せた場合、精神安定化をぶち抜く勢いで悶絶するのだが、二人は知る由もない。

 

「じゃあ、傾城傾国装備するっす」

「分かったぁ」

 

会話中に広げておいた傾城傾国を、上から被せるように着用させる。首襟から顔を出し、袖に腕を通すと、服のサイズがエントマ用に変わっていく。着用が終わり、ルプスレギナがエントマから距離を取って、全体図を確認した。

 

「へー、似合ってるじゃないっすか」

「そうぅ?」

 

体を軽くひねって自分の姿を確認する。蟲の体は長袖とドレス特有の襟首部分に上手く隠れて、思いのほか丁度いい形だ。無論、偉大なる創造主から賜ったメイド服程ではないが。

 

「エンちゃんの髪型といい具合にマッチしてる、気がするっす」

「そうだといいなぁ」

「いよいよ、アバ・ドン様にお披露目っすね」

「緊張するぅ……」

 

用事も済んだので、至高の御方の元へ二人は早足に戻る。天幕の外で待つ至高の御方の感想が楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アバ・ドン様、お待たせしました!エンちゃんの着替えが終わったっす!」

 

天幕に対して背を向けていたアバ・ドンが瞬時に振り向いた。その速さは配下全員が視認出来なかったほどだ。おまけに足元の土が摩擦熱で煙を上げている。時間にすれば3分掛かってない程度のものだが、アバ・ドンは一日千秋の思いで待ち構えていたのだ。

 

「アバ・ドン様ぁ、いぃ、如何でしょうぅ?」

「ふむ」

(うおぉぉぉおおおおおお"お"お"お"お"お"お"お"お"!!)

 

それはメイドというにはあまりにもセクシーすぎた

 

可愛らしく 美しく 色っぽく そして愛らし過ぎた

 

この気持ち 正に愛だった

 

アバ・ドンは心の中で静かに発狂した。その姿は琴線に触れるどころか琴線が100本引きちぎれてギリギリ生き残った1本が大音響を鳴らした勢いだ。

 

(コンソール、コンソール……。スクショ機能どこ……。あ、出ないんだった。チキショウ!)

 

無意識にコンソールを開いて撮影機能を探そうとしていた。その姿を一生のお宝にしようと思ったが故の行動だ。当然、異世界に来てからはコンソールがなくなったので無意味である。

 

「とてもお似合いですよ。エントマさん」

「はうぅ、ありがとうございますぅ!」

 

興奮に対し必死で蓋を閉め、努めて優し気な声色で感想を述べる。

 

似合うという言葉がアバ・ドンの口に出せる限界だった。その姿は言うなればこの世に舞い降りた大革命。和装メイド服からチャイナドレスという文化の異なる衣装チェンジ。だがそれは新たなる親睦性を生み出しており、エントマの可能性を更に広げる今世紀最大のレボリューションであった。

 

(足が、足がやばすぎる)

 

視線はエントマの顔に合わせているが、その実複眼を活かして全身を隅々まで観察している。シニョンヘアーとチャイナドレスの化学反応もさることながら、両足に空いたスリットから見え隠れするおみ足がアバ・ドンの心へと深く染み入る。

 

(精神安定化がなければ即死だった)

 

人間時代の自分なら鼻血による失血死。又は尊死(とうとし)していただろう。

 

お披露目するときエントマが照れ気味だったのも更なる加速を生み出している。手を後ろに隠して俯き、上目遣いにこちらを見る姿は、少女的愛らしさを含んでおり、ドレスによる大人びた色気とのギャップはタブラ・スマラグディナも大満足だろう。そしてアバ・ドンは大大大満足である。

 

(アバ・ドン様が嬉しそうで何よりですぞ)

 

恐怖公は己の選択が間違いでなかったこと、アバ・ドンが大喜びしていることに達成感を得た。

 

「そ、それでは、本題に入りましょうか。エントマさん、ザイトルクワエを洗脳して指示を与えてください」

「畏まりましたぁ」

「指示内容は、カンペを用意しておいたので、それを読み上げてください」

「感謝いたしますぅ」

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達が、学校の教室に備え付けられた黒板程の大きさはある白いボードを掲げた。少々大きすぎるような気もするが、このボード程度の重さなら八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)にとっても軽いものだ。

 

カンペはエントマが着替えてる間、邪念を振り払う意味も兼ねて作った物だが、誠に残念ながら一つも振り払えていない。

 

「えいぃ!」

 

エントマが傾城傾国の効果発動を念じると、ドレスに刺繡された金色の龍が光を帯びて飛び出した。世界級アイテムの発するオーラは未知のそれだ。その場にいた者達全員、少なからず驚嘆を覚えるが、アバ・ドンはエントマをガン見していた為、それどころではなかった。

 

金色の龍がザイトルクワエ目掛けて咆哮し、光と化す。光に包まれたザイトルクワエは尚も痙攣したままだが、洗脳は成功したようだ。ドレスの刺繡が消え去ったことから、無事にアイテムの効果が発動したのが分かる。

 

「ではぁ、お前はぁ、この先にあるぅ、大きな建物とぉ、人間を襲いなさいぃ」

 

カンペをチラ見しながら法国のある方向を指差し、指示内容をザイトルクワエに対して述べる。

 

「但しぃ、街に到着するまではぁ、人間を避けつつ最短ルートで進むようにぃ。」

 

エントマが指示し終えると、アバ・ドンがザイトルクワエに掛かっている状態異常を解除する。ザイトルクワエは、地鳴りを起こしながら法国を目指して、一直線に進軍した。

 

「さて、これで一段落ですね。後はのんびり結果を待つとしましょう」

 

去っていくザイトルクワエを、エントマの観察ついでに確認すると、一先ずの任務は完了した。

 

(ん、待てよ……?)

 

アバ・ドンは、ある重大な事実に気が付いた。

 

世界級アイテムの効果は発動している間、当然だが発動した者が所持し続けなければならない。

 

つまり……。

 

「エントマさんって、奇襲の結果が分かるまでは……」

「この格好のままですな」

(オイオイオイ、死ぬわ俺)

 

 


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