エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
割烹にも書いたのですが、話の都合で最新話を1個消して、こちらを投稿しなおしておりますです。申し訳ない!
「うおおおおお!マジですか!?モモンガさん!!」
俺は絶叫した。
ナザリック地下大墳墓、執務室。この部屋の中には俺とモモンガさんの二人きりだ。
モモンガさんの一言をきっかけに、俺の胸中に驚きと喜びが波状攻撃を仕掛けてきた。待望していたことが遂に許可されたのだ。肩の鎌もヒュンヒュン荒ぶっている。あ、器物破損とかは無いから大丈夫だぞ、念のため。
「アバさん、声!声のトーン下げて……!」
「おっとと失礼しました……」
声のトーンを下げる前に、精神安定化も働き俺は落ち着きを取り戻す。大事なお話ってことで、護衛の面々は外で待機させてるのだが、恐らく聞こえたかもしれん。聞かなかったことにして貰おう……。
「それでモモンガさん、本当に良いんですね?」
「はい、そろそろ頃合いでしょう。とは言え、範囲は限られますよ?」
「いやいやいや、充分です!ほんとに」
その範囲というのはナザリック大墳墓から半径3㎞以内。これを狭いと取るかは広いと取るかは何とも言えないが、俺からすれば正真正銘本物の森を探索出来るだけでも値千金なのである。
「では、現在アウラ達が調査しているトブの大森林。南側の安全圏に限り、アバさんの外出を許可します」
「やったー」
俺はさっきより声量を落として喜びを露わにした。目下調査中だったトブの大森林の一部に限り、査察の名目で散歩することが出来るようになったのだ。
「ただし、まだまだ予断を許さない状況です。アバさんの護衛は厳重極まりないものになりますからね」
「勿論です」
俺は大きく頷く。
これは当然だろう。不確定要素が残っている中で、外に出ることを許可してくれただけでも相当な無茶をしたと言える。【黙示録】のみんなに護衛して貰うのは当然として、奪われるリスクを踏まえた上で世界級アイテムまで持たせてくれると言うのだ。これ以上は望むべくもない。
「外の世界観を生で感じる事も目的ですし、その辺はきっちりやりますとも」
「それが分かってるなら大丈夫ですね」
外の世界の把握は一応の目的でもあり方便でもある。
その実態は普段頑張ってるご褒美らしい。大墳墓に缶詰のままでは心身ともによろしくないだろうとモモンガさんが気をまわしてくれたのだ。ありがたやありがたや。
……実をいうと、ナザリック内での永久生活でも割と平気なんだけどな。多少の緊張はあれど、みんな慕ってくれるし、滅茶苦茶居心地良いし。まぁご愛敬だ。
「ほんっと、明日が楽しみですよ。今夜は眠れないなぁ」
(屋内公園遠足前の子供みたいだな……)
モモンガさんが何やら考えているが、そんな感じでついにナザリック外へ。ワクワクと精神安定化が止まりません。
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鬱蒼と、日光を遮るほどの木々が生い茂る深い森の中を、異形の軍団が闊歩する。
まず目に付くのは先頭、木々の上を風切る蜘蛛の異形種。八肢刀の暗殺蟲だ。3体の暗殺蟲が木を揺らすことなく飛び周り、周囲の状況を複眼で死角無く確認をしている。偵察を主としたであろう彼らの眼差しは、異物を欠片も見逃さぬという覚悟が宿っていた。
その上空を巡回するのは、5体の赤褐色をしたドラゴンだ。巡回するように悠々と飛び回っているのは、空の問題事を即座に片付ける算段なのだろう。
暗殺蟲の後方から追随するのは、狼型、虎型、豹型をした魔獣の群れだ。中には文字通りごうごうと燃え盛る獣、口内から毒液を滴らせる獣もおり、そのどれもが深い毛の中にはち切れんばかりの分厚い筋を秘め、口内に鋭い牙をずらりと並べている。獲物を八つ裂きにするには十二分だ。
その更に後方には、当世具足を身にまとったカブト虫ベースである蟲人型のソードマスターが10体控えている。
そして、魔獣とソードマスターの群れを縫うように這い回るムカデ型、カミキリムシ型、毒アリ型の蟲達と、八肢刀の暗殺蟲と魔獣の中間辺りを滞空する、蜂型蟲の群れは、それらの群体の隙間を埋めるように巡回しており、尾先からの毒液噴射による遠距離攻撃の用意があった。更に、地中は這い回る地蜘蛛型の蟲によるテリトリーが形成されていた。
これと同様の部隊が東西南北、輪を作るように編成されている。
かなりの密度と種族の闇鍋ぶりからは想像もつかない程の一糸乱れぬ行進は、正に訓練された軍隊そのものである。彼らは斥候と敵の殲滅を兼ねた前衛部隊だ。全ての異形が、心を一つにし、一つの任務に従事していた。
その任務とは、彼ら全てが神と崇める至高の御方の勅命である、もう一人の至高の護衛。
"何としても無事に終わらせる"
その気持ちと素晴らしき栄誉を例外無く胸にした彼らは、この場で何が起ころうとも、絶対に完遂せねばならない。彼らの行軍は何人たりとも乱すこと敵わぬ。それほどの気迫を中心地で受ける当の本人は圧倒されるほかなかった。
(うわあ、なんだかすごいことになっちゃったぞ)
いつぞやのエントマだいしゅきホールド事件の時と同じく、超変異体千鞭蟲に仁王立ちしているアバ・ドンは、人目の付かない森の中とは言え、ここまでの部隊になるとは思わなかったと仰天していた。
(モモンガさんが少数精鋭で探索してる反動かなぁ……)
これらの大部隊全てが自分一人を護衛するために宛てがわれたのだ。聞きしに勝るとはこのことである。おまけに、アバ・ドンの側を守る、いわゆる親衛隊もそうそうたる面子である。
前衛部隊の直近に、コキュートスの部下である
その内側には同じくコキュートスの部下、
守護騎士、王騎士の両名は、ただでさえ士気の高い部隊の中でも更に際立つ程覇気に溢れている。何しろ自らの名に関する任務を、最も重大な形で請け負うことになったのだ。己が生まれた意味の全てがそこにあると言っても過言ではない。表情には出ないが、やる気の満ち溢れ方は群を抜いている。
そして、王騎士に囲まれる形になっているアバ・ドンのすぐ前方には、第5階層守護者【黙示録】の四騎士が一人、コキュートスが行軍する。この大部隊の総指揮と、アバ・ドンの護衛における最高火力を担当している。
同じく、四騎士である30㎝大のゴキブリそのものな恐怖公はアバ・ドンの右隣だ。
「シルバーゴーレムコックローチ、我ながら実に見事なものです。こうして実際に這う所を見ると、感動もひとしおですね」
「光栄ですぞ。アバ・ドン様、るし★ふぁー様御両名の賜物ですな」
恐怖公は、銀色に眩く輝く大型のゴキブリに騎乗している。昔、るし★ふぁーが超希少金属をちょろまかし、アバ・ドンが造形を施したゴキブリ型ゴーレム。シルバーゴーレムコックローチだ。そのレベルは70。戦闘力ならばプレアデスを凌駕する。
(あうぅ、アバ・ドン様はぁ、今日も御輝きになられてるぅ……)
エントマ・ヴァシリッサ・ゼータはアバ・ドンの左側で飛行蟲を用いて低空飛行している。時折、アバ・ドンを仮面蟲越しに熱っぽい視線で見つめ、操作が覚束なくなるも、飛行蟲による行軍は乱れない。飛行蟲達も日々努力しているのだ。
「……?」
「!……し、失礼しましたぁ」
「いやいや、何の問題もありませんよ」
エントマが、アバ・ドンの方を見つめると必ずと言って良い程、アバ・ドンと目が合う。そこで、すぐさま目を逸らすのは却って失礼に当たるのではないかという葛藤が生じ、暫く見つめあい、また視線を前に戻す。これで何度目か分からない行為を、時折繰り返していた。
(エントマちゃんやっぱ可愛いなぁ……。見つめられる理由は分からんけど、何か幸せだ……)
理由は分からないが、向けられているのは嫌な感情ではない。最近蟲の感情を何となく理解できるようになって来たアバ・ドンは、エントマの視線をそんな風に感じていた。目が合う度に、お互いの体温が微かに上がり、少し恥ずかしい気持ちになるのだが、度々繰り返してしまう。
(無礼なのにぃ、目を離さずにはいられないぃ……)
アバ・ドンが咎めなかったからなのか、自分自身の気持ちを段々と隠さなくなってきたからなのか、或いは両方かもしれない。咎めないからと言って何をやっても良い訳ではないのは百も承知だが、ついつい繰り返してしまうやり取りであった。
「……」
一連の様子を眺める形になった王騎士の一部は、それを止めるべきか迷う。自分たちの任務はエントマを含め、アバ・ドンの守護が最優先だからだ。
(温かく見守りましょうぞ)
「……!」
だが、それは恐怖公が身振り手振りでこっそり阻止。
(アバ・ドン様自身も御望みですからな)
「……」
王騎士達は静かに頷く。
偉大なる創造主の考えを最も理解するのはやはり被創造物である恐怖公なのだろう。そして、至高の御方自身が望んでいるならば、止める理由は皆無だ。アバ・ドンがこの状況を望んでいることを密やかに理解した王騎士達も、心の中でエントマにエールを送る。
エントマの恋模様は勿論のこと、アバ・ドンに何か崇高なる秘密が隠されている件は最早【黙示録】中の知るところである。
別にコキュートス等が「秘密有り」と公言した訳では決してないのだが、その様子から非常にデリケートな問題であるのは皆が察したので、守護の任はコキュートス達が専念し、恋路の成就を密に応援するのみである。
余談だが、無意識に歩くカップルの七割は、男性が右側で女性が左側になる。その影響が配置に出ているかは謎である。
一方その恋模様の中コキュートスはと言うと。
(エントマハ、アバ・ドン様トノ絆ヲ育ンデイル。ソシテ、ワタシハアバ・ドン様ノ守護ヲ仰セ遣イ……ヌオオオオオオオオオオオオオ!!!!コノ恋路ヲ邪魔スル者ガアレバ、必ズヤ、斬リ捨テテミセルゾ!!ソシテ、行ク行クハ御生マレニナル坊チャマヲ、護衛スルガ使命ナリ!)
コキュートスは、武器を強く握りしめて奮起する。案の定、士気が高かった。それも、先の守護騎士と王騎士をも凌駕する勢いだ。大軍団の行軍と真後ろの蜜月がなければ猿叫を上げていただろう。
彼は、自らを一本の剣だと考えている。偉大なる至高の御方の手により振るわれる一振りの剣であると。そして、それはアインズとアバ・ドンの両名に命じられた今、この時こそが、ソレなのだと。武器も本気モードの四本装備で万全の態勢を整えている。
しかも、その全ての武器が、己の創造主である武人建御雷の武器なのだ。左上腕に、主の名を冠する建御雷八式を携えたコキュートスは、その氷結した甲体にとことんまで反するほどに燃え上がっている。
アバ・ドンを中心とした周囲は、熱い空気と甘い空気が混ざり合って、最早よく分からないことになっていた
(なんだかみんな、やる気が感じられるなぁ。いいことだ)
改めて、アバ・ドンが外の様子を堪能するのはもう少し後であった。
次回「●●死す」