エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
アインズ・ウール・ゴウン所属、戦闘メイド『プレアデス』。ナザリックに多くいる一般メイド達とは違い、六人からなる、50から60程のレベルを有する戦闘メイド達だ。
個性豊かな面々はそれぞれが異なる特徴、種族を持つ。
副リーダーであり、まとめ役でもある僕ッ娘デュラハンのユリ・アルファ。
ワーウルフであり、独特な語尾が特徴の隠れドS、ルプスレギナ・ベータ。
ドッペルゲンガーであり、黒髪ポニーテールな毒舌家、ナーベラル・ガンマ。
オートマトン(自動人形)であり、ポーカーフェイスなCZ2128Δ。略称、シズ・デルタ。
ショゴス(不定形の粘液)であり、オープンドS肉食系女子、ソリュシャン・イプシロン。
蜘蛛人であり、体のほぼ全て蟲による擬態である、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。
そんな六人が、卓に豪勢な食事を用意し、集合する。緊急の会議でも、食事を用意出来る点は使用人のレベルの高さが伺える。
彼女らの本拠地、ナザリック地下大墳墓の一角にて、異世界に来て初、緊急の会議が開かれようとしていたのだが……。
「……う~、ウー、むうウううう」
食卓に用意された椅子に腰掛ける少女の内一人が卓に突っ伏したまま苦しそうに身悶えている。蜘蛛人のエントマだ。
挙句の果てに、口唇蟲が時折役目を忘れ、エントマのお団子ヘアーに擬態している蟲の一匹が、擬態もへったくれも無い状態で大暴れしていた。幸い、ユリの巧みな誘導により、食卓には被害が及ばなかったが、彼女はプレアデス全員が集合してからもこの状態のままであった。
「ユリ姉……エンちゃんどうしたっす?悪い物でも食ったっすか」
一番に食いついたのはルプスレギナだった。ルプスレギナは、いつもならば自分と同じく真っ先に食事にありつくであろうエントマの異変に、戸惑いを隠せないでいた。
「ルプーじゃあるまいし……分からないわ、ずっとこの調子だもの」
「私はちょっとやそっとじゃ腹壊さないっすよ!?」
「ふぅ……」
ソリュシャンは突っ込み所はそこなのかと、ズレた回答とエントマの状況に溜息を吐いた。予想以上に、事は深刻らしい。
「今日、一番重要なのに……。この調子では困る」
話が進まない事に苦慮しながらも、専用である特製ドリンクをストローで飲み続けるシズ。その飲み物のカロリーは成人男性の一日分に匹敵する。
「至高の御方であるアバ・ドン様と何かあったのでしょう。特別にアバ・ドン様の個室へ入る名誉を授かったにも関わらず……。何か不備があったのかしら?」
ナーベラルの一言を期に、エントマはピクリと震え、先程までの荒ぶりようが嘘のように、静まり返ってしまった。打って変わって、今度は死んだように不動を貫く。
全員、それが答えだとはっきり分かった。エントマの動きがナーベラルの問いを肯定しているのは明白であった。
「図星ね。しかも、さっきから一度も食事に手を付けてないの。
ほら、何があったのか説明してご覧なさい、何なら食べながらでもいいから」
「いらないぃ……」
「……!?」
ソリュシャンは、あろうことか肉を突っぱねる妹に最大の衝撃を受けた。そのショックか、ソリュシャンはがくりとずっこけた。かのように見えたが、人間の腰に該当する部分が人体の構造上ありえない方向へ曲がっただけである。
人間のように擬態するモンスターは、ナザリックに数多く存在する。そんな者達の大半は、至高の41人から与えられた姿形を大きく崩す事を良しとしない。アインズの命令次第で、いかなる形に変わろうという覚悟も背負ってはいるが、一時的にそれを失念する程に大きな衝撃だったのである。
それでも尚、答えを急ごうとする。
神にも等しい偉大なる御方の看病ともなれば、一つたりとも失敗は許されない。それはプレアデス、引いてはナザリックにいるシモベ達の総意でもあった。
「待ちなさいソリュシャン。至高の方々に絶対の忠誠を誓っているのはこの子も同じ。お達しが無い以上、アバ・ドン様は今回の件は不問にしてる筈よ」
このままでは、エントマから話を聞き出すのは難航するばかりだ。ユリは答えを急ごうとする流れに待ったをかけた。
ここでエントマを責めるのは簡単だ。
しかし、これはプレアデスの共通認識でもあるのだが、服が汚れる事を至高の御方に泥を塗る程の恥とする彼女が、アバ・ドン様の前で失態を犯すだろうか?
先程まで見せていた狼狽ようは余程の事が無ければ起こりえない。エントマも、深く忠誠を捧げる一人。何か理由があるに違いない。そう考えたユリは、いつもより何回りも小さく見えるエントマに、努めて穏やかな口調で語りかけた。
今回は、机に鞭を打ちつけ音を立てる癖も鳴りを潜めていた。
「一つ一つ、ゆっくりと話してご覧なさい。ぼ……私はエントマの味方よ」
「んぅ~……」
もぞもぞと動きを見せたエントマは、ゆっくりと顔を上げる。顔に擬態する蟲は想像以上に悲しそうでもあるし、嬉しそうでもある。まるで、至高の41人の大半が所有している、あの仮面のようだ。
ようやく、エントマは一連の出来事をポツリポツリと語り始めた。
「……見とれちゃったのぉ」
何に?とは聞かない。五人は静かにエントマの答えを待った。
「本当ならぁ、アバ・ドン様の体調を気遣うべきなのにぃ……。アバ・ドン様が美しすぎてぇ……見惚れちゃったのぉ……」
エントマの答えは、プレアデス達を幾分か納得させるものであった。
至高の41人の一人であるアバ・ドン。第五階層守護者であるコキュートスと同じく蟲王である。しかしその容姿は大きく異なる。
この世を喰らい尽くさんばかりの不敵な顔。肩から伸びる鎌は万物を切断し、暴力的と言える程禍々しい主腕と二対の副腕。しかし、その眼に宿す光は理知的で、鮮やかに輝く虹色の身体は、数多の宝石を路傍の小石と思わせる程。
あの恐怖公の超恐怖的容姿が先行し、蟲系モンスターに一定の壁を感じていたナザリックの女性陣もアバ・ドン様の壮麗さは認めざるを得ない。
「どう尽くすべきかぁ、たくさん考えたのにぃ、どきどきしてぇ、何も考えられなくなってぇ……。う~、今も頭の中からぁ、あの美しい御姿が離れないのぉ……」
自分の両手を両頬に沿え、恍惚とした声色で、エントマは語る。
しかも、初めて言葉を交わしたあの御方は極めて紳士的で、失態を演じ続けた自分の全てを許すと、穏やかに諭して下さった。私の為に、聞き慣れない呪い(まじない)まで唱え、心が静まるまでずっとお待ちになり、叱責をされる事すら無く、何の問題も無かったかのように振舞われた。
そして自分はこの有様であると、エントマは語る。有り体に言えば、アバ・ドンは心身共に超絶イケムシであった。話を纏めると、こういう事だ。
それでも至高の御方の前で失態を働いて良い理由にはならないが、エントマの話には続きがあるようなので、もう暫く聞きに徹する。
「一番心乱れたのはぁ、アバ・ドン様が私を連れて一言だけぇ…………。
で、デートみたいだってぇ……キャー!」
見た目相応の可愛らしい悲鳴を上げると、また机に伏せてしまった。
エントマはあの一言で、あろうことかアバ・ドンとのその後を想像してしまった。
その後と言うのはつまりはそういう事だ。
ついには心が乱れに乱れ、至高の御方の前で擬態を崩すと言う大失態を犯した。
自身が気づいたときには、既に手遅れであった。
「つまり、アバ・ドン様に恋心を抱いてしまったっすか……」
ルプスレギナは理由を理解し、アチャーと声を出しながら天井を見た。
「……?」
シズは話の流れがイマイチ読み取れず、首を傾げる。製作者の意向により、そういった話には疎いのだ。ユリは無知な妹に分かりやすく説明した。
「シズ、つまりエントマはアバ・ドン様のご寵愛を求めてるのよ」
「なるほど……それは大変」
「で、結局どうなんすか?」
「よく分かんない……。でもぉ、アバ・ドン様の事を考えるとぉ、お腹がいっぱいにぃ、苦しいよぉ……でも辛くないのぉ」
「それはお腹ではなく、胸がいっぱいになってるのよ」
ユリが冷静に間違いを正す。今日のユリは突っ込み役に徹していた。しかし、まとめ役というのは得てしてそういうものだ。本来のエントマであれば、そのまま自害しかねない程の体たらくだ。しかし、当の本人は色々とそれどころではなかった。
「ソリュシャン、良いのでしょうか?エントマが御寵愛を頂くと言うのは……」
「ナーベ、それはアバ・ドン様次第でしょう」
エントマの失態は、アバ・ドン様が気にするなと仰る以上、追及する必要性は薄い。これから気をつけるようにはするべきだが。
それはさて置き、この恋路は極めて繊細かつ重大な問題だ。至高の御方の未来を、アインズ・ウール・ゴウンの未来を、そして可愛い妹の未来を左右する。
下等生物の集落をアインズ様がお救いになって以降、大きな変化が見られなかった中で投下された特大の爆弾だ。アインズ様の正妃を巡って争う守護者にも多大な影響を及ぼしかねない。
「どうしましょう……」
「どうするっすか……」
「どうする……」
「困ったわ……」
「本当ね……」
「アバ・ドン様ぁ……」
プレアデスの面々は、難儀な春の訪れに何とも言えない気持ちを抱いた。
「そっか、皆は源次郎様とアバ・ドン様の密約を知らなかったわね……」
ユリが、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
コキュートスは男受けする男前で、
アバ・ドンは女性受けするイケムシをイメージしてます。
俺物語の剛田と砂川みたいなもんです。尚、中身は