エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

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The goal of all reason is death/あらゆる理性の目指すところは死である

「もしよろしければぁ……私の体を隅々まで御観察くださいぃ!」

「……!?……!……!」

 

言った。言ってしまった。

 

 アバ・ドンの目の前でスカートを捲り上げたエントマ。その頭の中はいっぱいいっぱいで、爆発しそうという表現が比喩では無くなりそうな勢いだ。

 

至高の御方も先の大胆な試みから微動だにせず、こちらを見たまま固まっている。

 

(うぅ、み、見られてるぅ。たくさん見られてるぅ……)

 

俗にいうガン見というヤツだ。複眼によって、全身を余すこと無く観察されるに比例して、エントマの体温が急激に上昇する。恥ずかしい、どうしようもなく恥ずかしい。このままでは不敬極まりない事に、逃げ出してしまいそうだ。

 

(どうしてぇ?至高の御方が望まれるならばぁ、迷う必要なんて無いのにぃ……)

 

元々、エントマは中身を見られたからと言って取り乱したりはしない。むしろ"至高の御方のご命令とあらばぁ、色々とお見せしちゃいますぅ"といった心構えである。

 

外敵に衣服を乱され、はだけた格好になったとしても、真っ先に覚えるのは怒りだろう。至高の御方があしらった掛け替えの無い衣装を土足で踏み荒らす行為に殺意が湧くのみだ。

 

では、今のエントマに渦巻く感情は何なのか。

 

 それは、異性への意識の芽生え。アバ・ドンという雄の目の前で、自分の雌を曝け出す行為がどうしようもなく恥ずかしい。顔が上気し、顔担当の蟲と髪担当の蟲が暑がっている。

 

スカートをもっと捲り上げるつもりだったのに、予定の半分程度しかたくし上げていない。これでは人間の部位で言う所のお腹すら見えない程度だ。

 

デミウルゴスからの情報提供により、蟲の観察を趣味として嗜むと知ったのだから、何の迷いも無く、堂々と全て見せるのが筋と言うものだ。至高の御方を喜ばせる方法を知っているのならば、それを即座に実行しなければ従者として失格だ。

 

ただ、その理論で行くと一番正しい行為は目の前で全裸になる事なのだが。

 

エントマにはそれがどうしても出来なかった。役目を果たす前に恥ずかしすぎて死んじゃうと、無意識下に出来なかった。と言っても、エントマは主の命により死ぬ事に何ら抵抗は無い。正確に言えば、主命を果たせぬまま朽ち果てるのが絶対に嫌なのだ。

 

 しかし、アバ・ドンが死を望むような事は決して無い上、それどころか慈悲に満ちた御方は深く悲しむ。故に、命を投げ捨てるような行動を自粛している。結果、スカートをたくし上げる行為に留まっているという訳だ。

 

傍から見れば荒唐無稽な理論なのだが、エントマにとっては文字通り死活問題なのである。

 

(ダメぇ、もっとお見せしないとぉ)

 

腹を括り、当初の予定通りに腹部が見える所までスカートを捲り上げるとアバ・ドンの体がピクリと跳ねた。

 

「どぉ、ですかぁ?」

「……」

 

返答は無い。色々とそれどころでは無いのだ。代わりに、ゴクリと喉を鳴らす音がした。

 

(わ、私のからだぁ、変じゃないかなぁ……?)

 

幸い、それはもうがっつりと見られているので、嫌悪感を催されていない筈。アバ・ドンの複眼一つ一つ全てがエントマに集中している。しかし、回答が無いとどうしても不安になるというものだ。

 

「……」

 

お互いの微かに荒い息遣いしか聞こえぬ状況下、不意にアバ・ドンが立ち上がった。

 

「あっ……」

 

瞬きする間もない一瞬で、アバ・ドンが目の前まで迫った。憧れのあの人が、口付けを交わせそうな程近い。蟲の検査をする為、顔を近くに寄せられた時もそうだったが、ドキドキする。このままこの御方に連れ去らわれたらどんなに悶えてしまう事か。

 

(か、可愛い。エントマちゃん、ほんとに可愛い……。そんな誘惑染みた事をされたら俺はもう……!うおおお、このままもっと……いや、ダメだ。もっときちんと段階を踏んでからこういった行為を)

 

 などという理性的な考えとは裏腹に、体は正直なものでエントマとの距離は目と鼻の先まで迫っている。体が言う事を聞かないのだ。とは言うものの、今こうしているのは紛れも無く本人の意思によるものなので"聞かない"と言うのは語弊がある。

 

とあるギルドメンバーは、恥じらいの感情って滅茶苦茶萌えるよね等と言っていたが、その主張が言葉ではなく心で理解出来た。

 

叶わぬ恋と知りながら惚れてしまった二次元半の女の子が、奇跡とも言うべき現象で現実化し、尊敬の念を抱いて甲斐甲斐しく奉仕してくれる。そんな夢のようなシチュエーション。更にダメ押しで、今は体を隅々鑑賞して欲しいと来たものだ。頭がどうにかなりそうだ。トドメと言わんばかりに、入室時から既に発され始めていた性フェロモンが濃度を増す。

 

アバ・ドンはエントマの攻勢に抗えない段階まで来てしまった。

 

「……」

「んうぅ……!」

 

艶めいた、甘い声が漏れた。

 

ガシリと、刺々しい副腕がエントマの脚を掴んだのだ。普段の柔らかな態度と優しさは成りを潜め、荒々しい獣性を感じさせるような力の籠もった触り方だ。足に貼り付けてある札の一枚が少しだけ剥がれた。

 

「ど、どうぞぉ、お好きなだけぇ……」

 

勿論、御触り厳禁なんて事は全くもって無い。されるがままである。

 

(そ、そんな事言われたら、もう……!)

(わぁ、私ぃ、食べられちゃうのぉ……?)

 

捕食されるのだと錯覚する程の迫力。身も心も至高の御方の物になった時の感情とは、これほど甘美な物なのかと思う。胸がきゅうきゅうと締め付けられるようで、どうしようも無いほど心地良い。アルベドやシャルティアがアインズの寵愛を激しく求める事は必然だったのかもしれない。こんなの、抗えない。

 

「ふゃっ!」

 

脚を触られていると思っていたら、不意打ちの如く主右腕がエントマの頬に触れた。

 

すると、自分の意志とは裏腹に、顔の蟲と本来の顔に少しばかりの隙間が出来た。アバ・ドンが蟲の指揮権に割り込んだのだろうか。エントマが慌てる間もなく、隙間に手が滑り込み、直接顔を触れられた。

 

「ッ……ぅ……」

 

至高の御方の指が、エントマの輪郭をそっとなぞった。這うように動く度、顔が熱を帯びるようだ。

 

「ここは……小顎肢……下唇肢……大顎……」

 

呟くように、なぞった部位を刻々と告げられると、触れられている事実を指し示されたようで、心音がより大きくなった。

 

(あっ……口の中)

 

大顎をなぞり終えようとした辺りで、大きな変化があった。

 

「あむぅ……」

「ッ!?」

 

エントマが、アバ・ドンの指に噛みついてしまった。茹だった頭のせいで無意識下に蜘蛛の防衛本能が出た結果だ。拒絶しているという訳では無く、一種の生理現象のようなものである。

 

「あぐあぐ……」

「おお……」

 

幸い、本気の力で噛みついてる訳では無い。本気で噛もうとも能力差を考えれば平気なのだが、そこは気持ちの問題だろう。

 

「温かい」

 

 舌は無いが、口内の肉の柔らかさが右手腕に伝わってくる。生温かな口内を、指が蹂躙した。エントマも負けじと、指に齧り付く。淫靡な雰囲気に呑まれて、アバ・ドンの思考はどんどんエスカレートしていく。

 

――もっと、エントマちゃんに触れたい。

 

右主腕は忙しい。となると、左だ。

 

「頭部の、方も……」

「ろうろぉ……」

 

 咥えながらなので、口が上手く回らなかった。しかし、背徳感を助長したのか、アバ・ドンの興奮度はより一層増した。

 

右手の時と同じ手口で頭部に指を滑り込ませ、頭を優しく撫でる。

 

「ふわふわしてる……」

「ふうぅ……あむ……」

 

いつの間にか鑑賞どころではない領域に達しているのだが、二人にとっては些末な事だ。咎める者は誰もいない。

 

二対の副腕は今尚、たくし上げて露わになった脚を掴んでいた。そして、主腕は顔を余すこと無く触り続けている。まだ触っていない部分をもっと触ろうと、封じられた右手腕に代わって左主腕が動く。ようやく顔を触れ終えると、必然的に下の方へと移っていく。口唇蟲をなぞり、喉を通り抜ける。

 

(そ、そんな所までぇ……)

 

いよいよエントマの着物に手をかけようとすると

 

 

――コンコン。

 

 

「アバ・ドン様ー!ルプスレギナっすー!カルネ村の件で定時報告に来ましたー!」

 

二人とも、それはもう盛大に体が飛び跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第九階層円卓。普段の静寂さが打って変わり、今この場では工事現場の削岩機がフル稼働しているような音が響き渡る。

 

「うおおおおおおおおおお!!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!良かった!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散んんん!」

 

アバ・ドンは、秒速16連打の勢いで、壁に頭を打ち続けた。

 

「アバさん落ち着いてー!そこまでしたらアバさんのダメージが……!」

「は、離してください!俺は……俺はぁー!」

 

モモンガは、支離滅裂なアバ・ドンの台詞の端々から事情を何とか理解した。今は暴走を止めようと奮起しているのだが、いかんせん近接職相手では分が悪い。

 

 アバ・ドンは己を恥じた。自己嫌悪するべきところであるというのに、頭の中は幸せと焼き付けたエントマのあられもない姿でいっぱいだし、どんなに自分を痛めつけようとも、"もっと触りたかった"という気持ちが顔を覗かせてしまう。

 

「主な原因はデミウルゴスなんですから!何なら公序良俗に反してるって俺がビシっと……」

「感謝の気持ちしか浮かばないんだよぉーー!!チクショー!ありがとう!デミウルゴスぅ!!」

「どうどう!どうどう!」

「ごめんよぉー!エントマちゃーん!!」

 

 アバ・ドンの精神安定化は、パッシブスキルを以てしても、長い時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆ、ユリ姉。エンちゃんが口を利いてくれなくなったっす……」

「何したのよ……」

 

ルプスレギナには知る由も無かった。

 

 

 

 


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