エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

37 / 63
活動報告にも書きましたが、今日から更新頻度を上げられそうです(´ω`)


大パニック

(どうしようぅ……)

 

エントマは、最初こそアバ・ドンが呼び出した超変異体千鞭蟲の威容に感動するのみであったが、次にアバ・ドンが試みようとしている内容が不味かった。よりにもよって、自分を同乗させて走らせようと言うのだ。

 

個人的な感情としては脳内薔薇色で、きりもみ回転しながら飛び上がりたくなる程嬉しい。今回の話だけで、半年は断食出来る自信がある。

 

だが、ナザリックの従者としてはどうか?

 

先程も、従者として多忙に過ごす事で、アバ・ドンの顔をついつい見つめてしまわないように気をつけていた。至高の御方の為に、身を粉にして働けるだけでも幸福で満たされるのに、更にはアバ・ドンの隣で陰日向から尽くす機会を得られた。今度こそ無様な姿を見せない為にも、個人的な感情を押し込めて、従者として務めを果たさねばならない。

 

だが、エントマにまたも試練が与えられた。今度は、白馬に乗った王子様に手を差し伸べられたような気持ちを味わう事になる。女としての喜びと、従者としての使命感に挟まれて、頭が真っ白になりそうだ。

 

(あうぅ……)

 

大きくて逞しい千鞭蟲に乗るアバ・ドンの姿は、蜘蛛人であるエントマからすれば、どうしようもなく格好良かった。

 

「ほら、エントマさんも乗ってみて下さい。この子は頭が平べったいから丁度良いです」

「……ではぁ、無礼な身をお許し下さいぃ、失礼しますぅ!」

 

 結局悩んだところで、至高の御方に逆らうという選択肢は無い。エントマは意を決し、超変異体千鞭蟲の頭に乗り込んだ。

 

「……さて、行きましょうか。振り落とされないように気をつけましょう」

「準備は整っておりますぅ」

 

自分のすぐ隣には至高の御方の凛々しい姿。七色に光り輝く堂々とした立ち姿と、どこまでも整った禍々しき狂貌に見とれてしまいそうになるが、何とかこらえて前方を見据える。

 

「私もいつでも大丈夫です!」

「分かりました。では行きなさい!千鞭蟲」

 

超変異体千鞭蟲が無数の足を波状に蠢かせて走りだした。

 

「フェン、走り回るよー!」

 

それと同時にアウラが指笛を吹くと、闘技スペースの入り口からフェンが駆けつけた。よく手入れのされた漆黒の大狼に、アウラはヒラリと乗り込み千鞭蟲の後を追う。

 

超変異体千鞭蟲とフェンリル。お互い今の速度は同じだが、恐らくフェンは加減しているのだろうとアバ・ドンは考える。フェンリルは、レベルも機動力も千鞭蟲に勝る。それでも道を譲り、幼いながらも自分の顔を立ててくれるアウラに感心する。

 

主人を乗せたモンスター達は、闘技場を軽々と飛び越えてジャングルに突っ込んだ。

 

(おお、思ったより良い感じだ。このポーズでも割となんとかなる!流石は運動性に優れたムカデがベースのモンスター。おまけに思った通りに進んでくれる!これは大当たりだ)

 

 超変異体千鞭蟲に乗った第一印象は悪くない。頭を変に動かすこともないし。地に足を付けて安定した速度で歩を進める。今、自分が取っているポーズ(……)でも問題無い。

 

「あれ……アバ・ドン様?」

 

 アウラは走り出してすぐ、隣を走る上司の違和感に気づく。自分は、フェンの背中に跨るオーソドックスなスタイルだが、一方のアバ・ドンは走り出した今も尚、腕を組み、立ったままであった。その姿はアンバランスなように見えて結構サマになっている。それでも気になって仕方が無かった為、疑問を包み隠さず伝える事にした。

 

「アバ・ドン様はどうして立ったままなんですか?」

「えーっと……その、視界が広がりますから」

「その状態で走られても平気なんてすごいですね!」

「アバ・ドン様はぁ、ナザリックに君臨する偉大な御方ぁ。その御姿はとても良くお似合いですぅ!」

「エントマの言う通りです!」

「ははは……」

 

 アバ・ドンはエントマとアウラのストレートな称賛に照れ笑いを浮かべる。

 

(どちらも小学生の平均身長。アウラは多分110cm行かないぐらい。エントマちゃんは149cm。そんな子達に純粋な瞳で見られるとむず痒いなぁ……。つーかまたエントマちゃんに褒められた!ひゃっほぅ!)

 

当初は、千鞭蟲の上に座ろうと考えていた。だが、イマイチしっくりこない。あぐらは微妙にキャラじゃないし、正座も何か変。体操座りは論外だ。アウラのように跨ろうにも、平べったいムカデの頭では柔軟体操みたいになる。

 

己の姿勢に幾許か悩んでいると、一つのひらめきが光明をもたらす。それすなわち、逆転の発想。

 

――立ったままが一番かっこいいんじゃね?

 

こうしてアバ・ドンは、千鞭蟲の上で主腕を組んだまま直立不動するに至った。受けが良かったので一安心だ。だが、超変異体千鞭蟲の頭部は金属質かつ綺麗な表面をしている。エントマも自分も虫の脚である為、踏み止まれる自信はあったが、滑らないよう意識しておいた方が良いだろうと軽く警戒した。

 

「それならば私もぉ」

 

偉大なる主がそうするとお決めになったのならば、自分も続こう。そもそも、主を差し置いて座るなど無礼というもの。エントマはアバ・ドンに倣うよう、隣に寄り添う。

 

「エントマさん、座ってても構いませんよ?」

「そんなカッコイ……至高の御方が御立するならばぁ、私も続きますぅ」

 

(エントマちゃんまで立つのか。俺がひっくり返ったりして巻き込まないよう気をつけよっと……。ああ、隣にいるだけでもすごい幸せだ……)

 

アバ・ドンは、人間時代なら気持ち悪い程の笑顔を浮かべているであろう心境だ。一方のエントマも、蟲で擬態した人間の顔に満面の笑みを浮かべる。今こうしてアバ・ドンと同じ行動を共有出来る事が何より嬉しかった。

 

そして、アウラはと言うと、フェンリルとの意思疎通が出来ているのか、入り組んだジャングルの地形を、平地と変わらぬ速度で疾走する。

 

「良い動きです。フェンと一体化しているかのようですね」

「アバ・ドン様もジャングルの中をスイスイじゃないですか!」

「……ん?まぁ、覚えていますから」

 

そして、アバ・ドンもアウラに負けず劣らず、ジャングル内を巨大ムカデで走り抜ける。立ちふさがる木々を躱し、地を這う木の根に躓くこともなくスムーズな移動を維持しつづけた。最早、意思疎通を通り越して、自転車や軽自動車を扱うような取り回しの良さに、すっかり慣れきっていた。

 

しかも、第六階層内は庭も同然だ。何しろ、ギルメンであるブループラネットに協力して、蟲系異形種を隅から隅まで配置したのだ。蟲達の生態系を意識した上で、徹底的にリアリティを追求した。どこにどの蟲を置いたか全て把握している為、副産物的に地形も暗記済みであった。

 

尚、その蟲達はレベル制限の都合上戦闘能力が一切無い。あくまで観賞用である。多大な労力を費やしたものの、得をしたのはアバ・ドンとブループラネットだけであった。

 

「ところで、こんな時にアレですが、大森林の調査は順調ですか?」

「はい! 現在はマーレが探索に当たってますが、今のところ目立った所はありません。森の魔物達も、シモベの時点で恐れて我先にと逃げていく奴ばかりです。物資蓄積の予定地に足を踏み入れる者は、ナザリックの関係者を除き、皆無になりました」

「そうですか……」

 

乗り回しにも慣れ、つい会話を挟むが、アウラは喜々として報告してくれる。エントマとも会話をしたかったのだが、どうしても気になっていた進捗具合を、先に聞く事にした。

 

アウラとマーレに命じられていたのは大森林の調査及び物資蓄積場所の確保。滑り出しは順調なようで、表情は明るい。アバ・ドンもその様子を嬉しく思ったが理由は少々異なる。本人は気付いてないようだが、彼女達は、早速一つ手柄を立てているのだ。

 

「順調そうで何より。おまけに、一つお手柄ですよ」

「え、ええ!?」

「どういう事ですかぁ?」

 

唐突な褒め言葉に、アウラとエントマは面食らった。

 

「そうですね……。今から私が言う事は、エントマさんも覚えておいて下さい」

「畏まりましたぁ!」

「良いですか、私達に恐れを成した臆病者でも、その森林内では強者として君臨していたかもしれません。他の生物にとって弱者とは限らないのです。それでどうなるかと言うと、生態系の変化が起こるでしょう。食物連鎖の上位が移動をする事は様々な影響を及ぼすのです。私とアインズさんは、弱者であろうとも些細な変化が影響をもたらす事は、よく知っています」

「そ、そうなんですか!」

「流石は至高の御方ぁ」

 

アウラとエントマは目を輝かせている。一応至高の41人の一人として格好付けてみたが、そこまで思い付いたのは単なる偶然だ。虫趣味が高じて、生物学的な知識を持ち合わせていたアバ・ドンは、異世界の生態系の変化にも気を配っていたのである。

 

「生態系が崩れて郊外に魔物が出るようになったのなら、アインズさんが冒険者として腕を振るう機会が出来る筈です。貴方の行動は思いがけず、ナザリックの助けになりました。嬉しい誤算ですね」

「そっかぁ!ありがとうございます!」

 

(モモンガさんが依頼で魔物を蹴散らすなら、森林の制圧も案外早く終わるかもな……くっくっく)

 

アバ・ドンは、森林での虫採集が早くも出来そうだと内心ほくそ笑む。出来れば、生態系を崩さなかったありのままを見たかったが、自分達の影響下でそれが難しい事は百も承知だったので、何も言わなかった。

 

「…………むぅ」

 

エントマはアウラの方をじっと見つめた。その顔の下にある本来の視線には明らかに嫉妬の色が込められていた。

 

「あれ、エントマどうしたの?私の方を見て」

「ッ!?そぉ、それはぁ……」

 

 言葉に詰まる。以前の自分なら流している筈なのに、咄嗟に言葉が出てこない。至高の御方の前で嘘を吐くなんて死んでも嫌だ。だが、醜い本音を曝け出すのも辛い。等と矛盾した考えを持つ。何故これほど優柔不断になってしまったのか、自分でも分からなかった。

 

「……ああ、もしや」

「アバ・ドン様は何か分かったんですか?」

 

アバ・ドンは、エントマに向き直った。主人が纏うただならぬ雰囲気に気圧され、アウラとエントマは佇まいを正した。

 

「エントマさん!」

「……は、はいぃ」

「私は貴方の働きぶりを誰よりも理解しているつもりです」

「ふえぇ!?」

「専属に出来た事、心から幸せに思っています」

「えぇ……あうぅ……あぅ……」

 

穏やかな声で言われた言葉に、エントマは心臓が止まりそうになった。

 

まず、彼女は己の愚かさに絶望した。褒められているアウラに嫉妬した挙句、至高の御方に気を使わせてしまったのだ。まるで、至高の御方に自分を褒める事を強要させたが如き暴挙だ。これは断じて許される事ではない。

 

(こんなのぉ……恥ずべき事なのにぃ、至高の御方に死んでお詫びしなければならないのにぃ!どうしてぇ……!)

 

 すぐに謝らねば。自分の我儘に応えた主に、先の言葉を引き出させた事を恥じなければならない。であるに拘らず。

 

(どうしてぇ、こんなにぃ、こんなに幸せなのぉ?頭の中ぁ、とろけちゃうよぉ……!)

 

今のままは決して良くない。理性でそう考えるエントマに反し、女としての自分がはしたなく喜び続けてしまう。自分を専属に出来た事でアバ・ドンは幸せだと言った。その台詞が頭の中で何度も繰り返される。謝ろうと思っても、喜びの感情が大きすぎて、言葉が出てこない。

 

相反する感情と感情のぶつかり合いを行っている最中、正しく隙だらけだったその時、突如、超変異体千鞭蟲が頭を軽く振った。

 

エントマは、咄嗟に踏みとどまる事が出来ず、目の前のある者にしがみついた。

 

 




次回、ラブコメ率ちょっと高め

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。