エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~   作:雄愚衛門

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今回はルプー&エントマ、モモンガ様視点の二本立て


思惑

「はふぅ……」

「すっげぇ慈悲深い御方だったっすねぇ……アバ・ドン様」

 

エントマとルプスレギナが溜息を吐く。それは怠惰や退屈によるものではなく、芸術家が類稀なる美を、美食家が舌鼓を打った時に出す類であった。既に食事は終え、アバ・ドン達も仕事に戻った。最早食堂に用事は無く、二人は足早に退出した。

 

第九階層の長い廊下を歩きながら、二人は雑談を続ける。

 

「個室で食べる事を拒否った理由が"一緒に御飯食べられないから"なんて、涙が止まんなかったっす。シクスス達どころか、食堂中が感動してたっすねー」

「本当にぃ、優しぃ御方ぁ。でも困ったよぉ……」

「何がっすか?」

「あのねぇ、一目惚れしちゃってぇ、たくさん胸が苦しいのにぃ、会えば会うほどぉ、お話しすればするほどぉ、アバ・ドン様が愛しくなるのぉ……。お肉の味ぃ、分からなくなったぁ」

「たはー、こりゃ重症っす……」

 

今のエントマは、崇拝に達しつつある忠誠心も、尊敬も愛情もゴチャ混ぜで、アバ・ドンに対し並々ならぬ好意を寄せていたのであった。呆れつつも、その気持ちが十分に理解出来たルプスレギナは、エントマの恋心に後押しをする事を決めた。

 

「エンちゃんは、アバ・ドン様にああやって接するの辛くないっすか?」

「慈悲深いあの御方が決めて下さった事ぉ。平気だよぉ」

「そりゃ良かったっす。最初緊張したっすけど、一緒に話すの楽しかったっす!」

 

本来、プレアデスは至高の41人の前では口癖が成りを潜め、従者然とした態度で拝謁する。今回のような態度で接するなど不敬の極みだ。だが、他ならぬアバ・ドンの願いであった為、脳内でたっぷり格闘した後、普段通りの態度で接することにした。その様子に、アバ・ドンは大いに満足したようなので二人は安心した。

 

ルプスレギナは、そんな渦中の人物がエントマに取った行動を思いだし、赤毛の三つ編みを揺らしながら相方に向き直った。

 

「アバ・ドン様はエンちゃんの事をジッと見つめたり、間接キスを嬉しいハプニングなんて言ってたっすね。真っ先に私達の所に同席したし、あれ絶対エンちゃんに気があるっすよ!」

「そぉ、かなぁ?」

 

両手を頬に当てて、首を振りかぶるエントマ。シニョン髪に擬態するムカデのような蟲が、ハートマークのようになっているのは愛情表現だろうかと、ルプスレギナは考える。

 

「絶対そうっすよ!ただ……」

「ただぁ?」

「あの御方は絶対百戦錬磨の女殺しっすよ!間違いないっす!だって、蟲系にかけらも興味なかった私がドキッとしちゃったっすもん!チャームも無しにあれは反則っす!」

「そっかぁ、そうだよねぇ。んぅ、罪作りな御方ぁ、不意打ちはずるいよぉ……」

 

ずるいと言いつつも、彼女は終始機嫌が良かった。エントマの心を心地よく掻き乱し、鮮やかに去っていった至高の一柱。初恋の女の子がコミュニケーションを取るには、些か刺激が強すぎたように思える。ルプスレギナは、アバ・ドンの美しい容姿にあの見事な手管は、数々の女を紳士的に虜にしてきた猛者のそれだと感じ取った。

 

「しかもあんなに強くてキラッキラだし、入れ食いってヤツっす!」

「そうだねぇ」

「一筋縄じゃ、いかないっすね」

「うん……」

 

一般メイド達にもエントマの恋心は打ち明けた。まさかその直後、護衛を引き連れて本人が乗り込んでくるとは思わなかったが。

 

 その時、リュミエールがとっさに気を利かせエントマの隣にアバ・ドンを誘導してくれた。しかも、休憩時間はまだまだあったにも拘らず、すぐさま退出までしてくれたのだ。

 

 まさしくメイド達のファインプレー。しかし、千載一遇のチャンスであったにも拘らず、エントマは終始翻弄されてしまった。今のままでは、アプローチもままならない。

 

「アルベド様みたいにぃ、いっぱい誘惑できるようになりたいなぁ」

「あー、あそこまでやったら引かれる気もするっすけど……」

「そっかぁ」

 

あの愛しの御方をどうすれば振り向かせる事が出来るのか?実は振り向きっぱなしなのには気づかず、エントマとルプスレギナは頭を悩ませた。一突きで容易く崩れる要塞に、二人共身構えていたのであった。

 

「とにかく今はチャンスを窺うっすよ。エントマが好印象なのは間違いないっすから、今はアインズ様とアバ・ドン様のお役に立って、地道に良いとこ見せるっす!」

「うん。愛しちゃったんだからぁ、私がんばるぅ!」

「私も精一杯助けるっすよ!」

「ありがとうぅ」

 

エントマの戦いは、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

円卓に一人座る影が一つ。豪華絢爛とも言うべき神器級装備に身を固めた、骸骨の風貌を持つ異形種。アインズ・ウール・ゴウンギルドマスター、モモンガは骨の奥に赤く灯る眼窩を細めながら考える。

 

(まさか、これ程早くにギルドメンバーが帰還するとは……。嬉しすぎる誤算……いや、奇跡と言っても良い!)

 

 今、モモンガは言いようの無い歓喜に打ち震えていた。病気で泣く泣く引退したギルドメンバー、アバ・ドンの帰還。知らせを聞いたときは、思わず部下の目の前であるにも拘らず「マジか!?」と叫んでしまった。精神作用効果無効が連続で働いてることにも気づかず、意識が無いと聞いて取り乱しそうになったが、かろうじて無効の効果が勝った。

 

アバ・ドンと話し合ったことを思い出す。最も、現状を把握する重要な内容は数える程しか無く、ほとんどがユグドラシル時代の思い出話ばかりだった。

 

(一先ず、当初決めていた計画通りに事を進めよう。まだ、アバさんにも言っていない。何の断りも無いのは流石にまずいから……旅に出る事を言っておこうか)

 

こちらの世界に来て一人だった頃、モモンガは冒険者として偽名で活動する計画を打ち立てた。今、それを実行に移すべきと考える。自分自身に上司としての能力は無いし、直接現場を見てみたいという狙いもあった。ついでに資金調達も兼ねている。

 

ちなみに、最近一人になると独り言を呟く癖が形成されつつあったのだが、アバ・ドンの帰還に伴い、影も形も無くなった。

 

(ギルドのみんなが帰ってくる可能性も、これでゼロでは無くなった。何ヶ月……何年、何千年だって探してみせよう)

 

アバ・ドンの復活は個人的に嬉しいだけではなく、今後の展開に大きく希望を見出せるものだ。アンデッドになった自分の寿命がどうなったかは定かではないが、今の自分はいつまでも待ち続けられる自信がある。そして、アバ・ドン本人もそのつもりで動いてくれている。

 

(ほんっと、頼もしいなぁ……)

 

まさしく百人力だ。自分一人ではどうにも出来ない局面であろうと、切り抜けられるという確信もあった。

 

(だが、やはり油断は出来ない……。スレイン法国とやらにも魔法封じの水晶以上の切り札があるのかもしれない。世界級アイテムに匹敵する何かがあればそれこそ最悪だ。万が一、アバさんの身に何かあろうものなら、俺は何の為に活動を始めたか分からない。旅に出る同行者、ナザリック外に出る者を用意するならば、最大級の備えとして世界級アイテムを持たせるべきだろう……)

 

 モモンガは、今までと比べるまでもないほど冷静に思考を巡らせる。精神作用効果無効による強引なものではなく、本人の心に余裕が出来た事による副産物のようなものだ。余裕があると言っても、予断を許さぬ状況は変わりない。親友が居着くことによって、モモンガはこの世界への警戒度をより高く持つ決意をした。

 

(ま、何をするにしても、まずはアバさんにも話を聞いてみよう。こういう状況の事をまさしく、"持つべきものは友"と言うべきなのだろうな)

 

大切な後輩、親友とも言えるメンバーが帰ってきた。本人も快く協力を申し出てくれている。自分一人で話を進めようとはせず、相談してみるのも良いだろう。モモンガは、円卓で過去の思い出に浸りながらも、来たるべき時に備え、今後の策を練り続けた。

 




モモンガ様の思考を書くのが一番難しいのですが、一番楽しかったり(´ω`)

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