デレマス二次   作:(^q^)!

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十話

 土日には鷺沢さんとスカイプで話しながら原稿についてのあれやこれやを話し合った。キャラクターのセリフはこんなのがいいんじゃないかとかナレーションの音声を聞かせてみたりなど、彼女のイメージの足しになりそうなものをジャンジャカと投入していく。

荒木さんも自分の原稿の息抜きにイラストを描いている様子で、イラストの進みが異様に早い様子を見るともしかすると詰まっているのかもしれない。彼女自身が描いている物は自力で成し遂げたいと言っているので手伝えることはなさそうである。

 

「でももうほとんどのイラストが出来上がってるって早すぎない?」

 

「イメージが湧き出るようなロマンあるものを話すほうが悪いんでス!」

 

「ロマンではなく……勇気と呼んでください……!」

 

「おおう、文香ちゃんはガン嵌りしたっスね……」

 

 声だけであるが荒木さんのげっそりした顔が浮かび上がるように明確にイメージすることができる。鷺沢さんの勇気論はもう止まらないかもしれないが、それには対策があるので安心してほしい。荒木さんにそう言う。

 

「マジっスか? いやでももう相当これは根が深いっスよ?」

 

「そうです。……私は、勇気は止まりません……!」

 

 鷺沢さんの様子を見ていると、なんというか綺麗な水の中にどぎつい絵の具をぶち込んでしまったような感覚があるが大丈夫だと思う。今は彼女の中にぶち込んでしまった知識が勇気一色だったからこんなに傾倒しているのだろう。これを薄めるには他の要素のあるモノをぶち込めば解決するはずだ。

恐らく、きっと、大丈夫……だと信じよう。

 

 月曜日の昼休みにそのことを話すと夏コミ乗り越えよう会のメンバーは順調に進んでいることに機嫌をよくしたようだった。そこで佐藤さんと千川さんから相談があった。

 

「売り子衣装のことなんですけど、希望はありますか?」

 

「えっ、俺も何か着るんですか?」

 

 千川さん曰く、男性がコスプレしているだけで集客効果が増すらしい。それもあって各サークルで男装するコスプレイヤーが多くいるらしいが、本物の男性であるほうが効果が高いらしい。ただし実際にコスプレしている男性を見たことがないので効果量は未知数であるらしい。

そういう事情もあって千川さんもコスプレするが俺も一緒にやってくれとのことだった。この間の飲み会ですっかり言った気になっていたらしい。

 

「衣装は佐藤先輩が作って下さるのでとりあえず採寸と希望があればお願いします」

 

 そんなことを言われてもなあと考えているうちに手慣れた様子で佐藤さんが巻尺を持って計測していく。真剣な目をしている彼女はまさに仕事人といった様子で普段のおちゃらけた雰囲気が感じられなかった。

 

(おっ、いい体してますなぁ~……いやほんとにいい体してんな……)

 

 採寸はとりあえず佐藤さんに任せておいても問題なさそうだが、正直どんなコスプレがいいかというか、希望なんてものはない。この世界の漫画やアニメは元のモノとストーリーは大筋同じなものの、キャラクターなどは違っているからどんなキャラクターがどんな服装をしているのかということを知らない。

流石に海パン一丁とかになったら嫌だし、夏のコミックマーケット会場で死ぬほど暑い思いをするような服装も嫌だ。

 

「例でいいのでどんなのがあるか教えてくれませんか? あまりキャラクターの衣装とか詳しくないんです」

 

 それを聞いた千川さんは目が一気に輝いた気がした。

 

「ええ! そうですね、軍服なんていかがですか? カラビニエリなんかかっこよくって素敵ですよ! いえ、肋骨服もいいかもしれません! いやいや、ここは渋くポーランドでもいいかもしれませんがいかがでしょう!」

 

 いかがも何も知らないよ。とはさすがに言えない。人は誰だって夢中であるものだとか好きなものがあるとは思うがそれについて話をスルーされたり適当に相槌を打たれることは辛いものだ。千川さんは今善意でそれらを薦めてくれているということを思えばそれを無碍にすることはできない。

 

「ええっと、軍服って長袖長ズボンですよね? さすがにコミケ会場でそれは暑くてしんどいんじゃないかと思うんですが」

 

「ああ、スペインの軍服であれば半袖ですよ!」

 

「それと素材によっては長袖でも十分涼しいよ」

 

 千川さんと佐藤さんのコンボでなんとなくその服装になってしまいそうだった。ただ、なんで軍服をそんなに薦めてくるんだ?

 

「えー、まあそれは候補の一つにしておくとして、他のとかはないんですか?」

 

「他ですか……。執事服とかありますけどどうでしょうか」

 

 執事服はこの場合だとメイド服に相当するコスプレなのだろうか。軍服であれば暑ければ扇いだり着崩せそうな印象があるが、執事服なんかはキッチリとしていなければいけなさそうで面倒だ。だとしたら軍服のほうがいいのではないだろうか。

 

 知らないキャラクターの格好をするのもちょっとなあという思いもある。だとしたら不特定多数的なコスプレの方がいいのではないだろうか。

 

「執事服だったら軍服の方がいいです。というか、いろいろと言ってましたけど服って佐藤さんが作るんですよね? よく知らないんですけどあと二か月くらいで作れるもんなんですか?」

 

 そう言うと佐藤さんはうっすらと笑いながら言う。

 

「いや、二年前の先輩が『軍服史』とかってのを作って発表するときについでに作ったのがあんのよ。それをちょっと手直しすればいいだけだしあんまり手間じゃないわね」

 

「そうなんですか。しかし当時はよくそんなに服が作れましたね」

 

 そう言うと佐藤さんはにこやかな表情を崩さずにソッスネーと言ってそそくさと距離をとる。

 

「……赤字だったんですか?」

 

「去年も今年も、予算がカツカツなのはその時のツケが服飾部にとってかれてるからなんですよ」

 

 千川さんが信じられないくらいいい笑顔を浮かべているような気がするが、なぜかその表情には影が差しているかのように思えた。いい笑顔ではあるのだろう。両手を合わせて安心感を与える構図であるはずである。だが実際に得る感情は冷たく、重い。背筋をゆっくりと這い登る悪寒は熱を奪う。心臓の底からゆっくりと収縮していくかのような息苦しさがある。明るい昼の天気はゆっくりと雲がかかり、夕方から雨でも降りそうな空模様である。

六月のじめじめとした空気は不快感を与えるが、それとは違う負の感覚を千川さんは今持っているようだった。湿度の高い場所でこそ生き生きするというか、何かよくわからないパワーを与えることができるのが千川さんであるようだった。

 

「とりあえず今年はいい具合に出来上がってるんで大丈夫ですよ。じゃあ授業あるんで失礼しまーす」

 

 千川さんの発する雰囲気から逃げるように部室を出た。午後は暇なので部室で作業をするとあらかじめ言っていた佐藤さんが縋るような眼をしていたが目を背けてのあさんと一緒に逃げた。

 

 午後の授業は高垣先輩が仕事で休みということだったのでプリントを余分に確保し、そのまま帰宅した。

 

 金曜日になり、明日は夏コミ乗り越えよう会のメンバーで原稿を一回確認するという予定があったので鷺沢さんと原稿の最終確認などをした。時刻が七時になったのでまた明日とスカイプを切って、夕ご飯買いに行かなきゃなと出かける準備をし終えたところで電話があった。見てみると高垣先輩である。どうしたのだろうと思って電話に出る。

 

「もひもひ~」

 

「はい、はい? 高垣先輩?」

 

「ふふっふふふふ、いまろこにいるんですか~?」

 

「え? 夕ご飯買いに行こうかなと思っていたところですけど」

 

 電話越しでも普通ではないなということが明確にわかる。どうしたんだ? 耳を澄ましてみるとどんちゃん騒ぎをしているような雰囲気がわかる。今の時間はまだ七時である。まさかそんな時間から飲んで出来上がってるなんてことはないだろう。まさかな。

 

「じゃあぁ、今から新宿の“ておやめ屋”に来てください」

 

「はい? え? なんて?」

 

「女王様が命じますぅ、今から新宿のておやめ屋に来ることぉ、こなかったら、じょおうしましょうかふふっ」

 

 背後からは女王様だーれだ! という掛け声が聞こえた。なんだこれ。

 

 結局電話はそのあとプツッと切れてしまった。正直、行きたくない。が、いかなかった場合の事態が想像できない。

ちょっと嫌だなあと思いながら電車に乗って新宿まで行く。来いと言われた場所は聞き覚えのない場所であったが、検索をしてみればその場所は分かった。雑居ビルの五階にあるようで、見つけるのに苦労するかと思いきや意外と早く見つけることができた。店に入るとまだ午後七時だというのに随分と出来上がっている集団がいた。

小さな店であるようで、あの集団以外に客はいない。恐る恐る近づいていくとその集団もこちらに気が付いた様子で視線が一気にこちらに向いた。

 

「あの……高垣楓に呼ばれてきた者ですが」

 

「あなたが……! どうぞこちらにお座りください」

 

 その集団の中に唯一居た男性が自身の隣を空けて座るように促してくる。そこに至るまでの道筋もモーセが海を割ったかのように開けた。

一番奥に座っているその人はスーツ姿だがワイシャツ一枚になっており、疲弊している様子だった。席は飲み会の中心ともいえる場所であり、相応に女性陣に絡まれたのだろう。そんな状況下で来た俺は彼に次ぐ絶好の酒の肴になってしまったのではないだろうか。

 

「いや、お邪魔しては悪いですし高垣先輩に呼ばれただけなんですぐ帰りますよ」

 

「……楓ちゃんなら寝ちゃったわよ?」

 

 さっさと帰ろうとしたがそれは男性の横でワインを飲んでいた女性に潰されてしまった。指し示すほうを見てみれば日本酒の瓶らしきものを抱えたまま眠っている高垣先輩がいた。えぇ……。

 

「高垣さんが起きるまで立っているのは辛いでしょう、どうぞ」

 

 絶対に逃がさんという執念のようなものを感じる。男性はもとからあまりよくない目つきをさらに厳しくして再度席を示す。彼の言った“どうぞ”には圧力があった。深い声音は岩が差し迫っているような圧迫で、拒否はできそうになかった。

 

 渋々と席に着くとウーロン茶が渡された。そのあと軽く自己紹介をして、女性人や隣に座る男性の名前を聞いた。未成年であることはわかっている様子で、飲酒を強要する雰囲気もなかった。その分、成人しているのか武内という名前であるらしい男性はぐいぐいと女性陣から酒を進められている様子だった。

 

「ええっと、ところで高垣先輩は何で自分を呼んだんでしょうか。何かご存じありませんか?」

 

 武内さんに聞くと彼はすすめられた酒を断る口実としてこちらへの説明を始めた。女性陣は断られたのもなんのそのといった調子でぐいぐいと酒を飲み続けている。

 

「はい、私達はこういうものでして」

 

 差し出された名刺には“美城プロダクション芸能部モデル課”という文字と武内さんの名前が書いてあった。

つまりこの人たちは高垣先輩の同僚のようなものなのだろう。であれば余計になんで俺が呼ばれたかということがわからなかった。

 

「高垣さんから伺いましたところ、あなたは将来アイドルのプロデューサーになりたいそうですね?」

 

 武内さんからの話を聞いてみると、以前から高垣先輩が彼にプロデューサー業について聞いて回っていたのでその理由を女性陣が聞き出した結果俺の話が出たそうだ。じゃあ丁度いいし今呼んで直接話しなさいよというような流れに飲みながらなったらしく、あの瞬間最高潮に脳がアルコールで溺れていた高垣先輩はその場の流れで電話をかけてきたようだ。

 

 思いやりがある行動なのか? この世界の俺の夢を知っている高垣先輩の行動はプロデューサーを目指すこちらとしてはありがたいものであるのだが状況から納得できない部分ができていた。

 

「ええ、そうです。その為に今は大学に通っています」

 

 武内さんは俺の言葉を聞いた後に笑った。その笑顔は先日の千川さんとは別の方向に怖い笑みであった。笑顔とは本来攻撃的なものであるというナレーションが付随しそうなその笑顔は控えめに言って邪悪的だった。

 

「そうですか。では、提案があるのですが」

 

「なんですか?」

 

「美城でアルバイトをする気はありませんか?」




武内Pの年齢とかは独自設定ですが原作開始時点で25歳くらいになる予定です
じゃあ今は21歳くらいじゃね? と思うかもしれませんがその辺はどっかで説明できると思います

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