東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ
魏音が怖い。
魏音「知るか」



89 夏祭りの終わり

空の色も段々と変わっていき、もう直ぐで1日が終わると人里の人間たちに伝えるようだ。

そして、夏祭りも終わりに近づいていく。店も殆どが閉まっていき、片付けを始める人も出て来た。用意されたイベントも次から次に終わっていき、夏祭りは1つのイベントを残している。

それは、霊夢の舞だ。次から次に起こる災厄が原因で漂う不安な空気を取り払うという大きな目的を持つそれは、大きな責任がある。

 

 

「うーわ…結構いるな。人が」

 

 

一足先に、黎人は会場の様子を見にきていた。会場のセッティングはとっくに終わっており、観客の席も埋まっていく。軽く1000はあるだろう椅子が、ほとんど埋め尽くされていた。

観客の中には、黎人が知っている者もいた。霊夢と仲が良い魔理沙や、先ほど見にいくと言っていた紅魔館のメンバー、守谷神社の全員も見える。その他、人里の人間達もだが、妖怪も来ていた。

霊夢は、幻想郷では多くの妖怪に慕われている。誰に対しても平等に、誰に対しても普通に接する彼女は、忌み嫌われる存在の妖怪にとっては魅力的なのだ。そんな霊夢が祭で舞を披露するとなれば、見に来るのも当然だ。

 

「お!黎人!おーい!」

 

黎人は魔理沙に声をかけられる。最前列で席を取っており、ステージをよく見れる。そこを選ぶあたり彼女らしい。

 

「叫ぶな。恥ずかしいだろうが」

「カリカリするな。別に恥ずかしくないぜ」

「俺が恥ずかしいと言ってるんだ」

 

魔理沙の近くに行き、魔理沙に文句を言うが、まるで効果がない。そうだろうな、とは思っていた。魔理沙がそれでやめてくれるなら、彼女の起こすトラブルは大抵が起こることは無い。逆に異変になる。

 

「あら、魔理沙に…黎人で良かったわよね」

 

そして、もう1人彼らに近づく者がいた。魔理沙の隣の空いている席に座る彼女の事を、黎人は知っていた。

 

「…アリスか」

「おうアリス。人形劇はどうだったんだ?」

「さっき終わらせたわよ。片付けも終わったから霊夢の様子を見に来たところ」

 

それは、アリスだ。黎人は彼女と一回だけ面識がある。人里の散歩をしていた時に彼は彼女の操る人形に会い、そして彼女に会ったのだ。

彼女はたまに人形劇を人里でやっており、夏祭りでは必ずと言っていいほど人形劇をしている。今回も例外では無い。

彼女の人形劇も好評で、特に子供たちに人気で、寺子屋の子どもたちも必ず見に来ている。今では夏祭りには欠かさないイベントとなっている。

そして彼女はつい先ほど、人形劇を終わらせたのである。いつも通り、多くの観客が見にきていて、いつも通りに盛り上がった。特に異常はない。

人形劇を終わらせ、片付けも終わらせ、これから始まるであろう霊夢の舞を見にきたのだ。

 

「それで、霊夢はどんな様子なのかしら?」

 

アリスが、霊夢の様子を黎人に尋ねた。平静を保っている様子だが、彼女の目は、彼女が心配している事を物語っている。何を心配しているのか、魔理沙は何となく察した。

 

「ああ、さっき楽屋に行ったよ。そろそろ着替えが終わると思う」

 

黎人は答えた。霊夢は楽屋に行ったと。

少し前に、黎人は霊夢と一緒に舞台袖にある小さな楽屋に行き、慧音と会った。その後、霊夢は着替えるために更衣室に入った。特にやることが無かった彼は、会場の様子を見るために楽屋の外に出た。そして、会場の様子を見にきた時に、魔理沙に声をかけられたのである。

霊夢が着替えに入った時間から暫く経ったので、もうそろそろ着替えが終わった頃だろうと思い、黎人はそろそろ楽屋に戻るように言われるのではないかと話した。

 

「…そう言うことを言ってるんじゃ無いんだけど」

 

その黎人の返事に呆れたような顔をして、アリスは話した。霊夢がいま何をしているかを聞いている訳では無いのだが、黎人は一体何を聞いているのかが分からなかった。

 

「…?何のこと…」

「お、黎人」

 

アリスに一体どういうことかを聞こうとしたが、別の人から話しかけられた。慧音と一緒に裏の仕事をしている妹紅だ。先ほど楽屋前で会い、霊夢の着替えが始まる時に別れたのである。

 

「霊夢の着替えが終わったらしい。あと1時間で始まるから今のうちに楽屋に行っとけ」

「おう、そうか。じゃ、また後でな」

 

妹紅から霊夢の着替えが終わった事を聞き、直ぐに楽屋に戻らないといけないと悟る。黎人は2人に別れを告げ、その場から離れた。

 

 

 

 

黎人がいなくなった事で、魔理沙とアリスが残ることになった。彼女らは霊夢の舞が始まるまで待つだけである。その待機時間中に、魔理沙はアリスに1つ聞こうと思った。

 

「なぁ、アリス…霊夢のことを心配してんのか?」

 

アリスが先ほど黎人に言った意味を、魔理沙は理解していた。アリスが聞きたかったのは、霊夢がいま何をしているのかではなく、霊夢の精神的な状態を聞こうとしていた。黎人はそれが読み取れずにいたようなのだが。

 

「ええ、少しね」

「心配することは無いぜ!あいつは、どんな事にもこなして来たんだ」

 

アリスは魔理沙の質問に答えた。魔理沙の言う通り、彼女は霊夢を心配している。

魔理沙はそんなアリスに心配する事ないとフォローする。魔理沙はいままで霊夢と長く付き合ってきており、様々な事を乗りこなしてきた姿を目にしてきた。だから魔理沙は、霊夢なら乗りこなせるだろうと思っている。

だが、アリスはそう思えなかった。

 

 

「異変では、でしょう。今からやるのは、霊夢は全く経験のしたことない事なのよ」

 

彼女たちが見てきたのは、異変を解決してきた霊夢の姿であり、舞を披露したりする姿は見たことがない。寧ろそのような事を避けてきたのだ。霊夢にとって舞とは縁もゆかりもないものであり、寧ろ苦手な部類だ。

 

「舞台の上から、会場を見たことはある?」

「…?まぁ、イベント中に舞台に上がった事はあるぜ」

「…何してんのよ」

「まぁその後派手に怒られたけどな。それで?」

 

舞台に上がると何が起こるのか、それを説明するために舞台の上から見たことあるかと聞いた。返ってきた答えが意外すぎて少し呆気に取られたが、直ぐに気をとり戻し、話を戻す。

 

「…舞台に上がるとね。物凄く静かになるの。

 

観客席や舞台裏では、声が沢山聞こえるのに、舞台に上がった瞬間それが全く聞こえないの。舞台に立っているのは、役者数人だけ。あとは誰もいない、何もない空間。空っぽの箱の中に入れられたみたいに。

 

そして少し離れた所には、自分の演技を見ようとする観客が多数いるのよ。そんな大人数に見られながら演技をするの」

 

アリスの言っている事に、魔理沙は「へぇ…」と感心そうに言った。彼女も舞台に立って何かを披露したことが無いのでアリスの言っていることはよく分からないが、凄く面白そうに聞こえた。

舞台に立った時のプレッシャー、それがアリスの心配していることなのだ。アリスは最初に人形劇をしていた時のプレッシャーを覚えている。今では平然と振る舞うことが出来るが、最初は内心不安になりながら演じたのだ。

今回の霊夢の舞を見にきている客の数は、自分の始めての人形劇のとは比べものにならないくらい多い。異常なプレッシャーに飲み込まれるのではないかと心配しているのだ。

 

「…だから霊夢が心配。霊夢は、私たちに相談したりしないから。悩みを言えずにいて、自分1人で抱え込みすぎちゃって…潰されるんじゃないかと心配なの」

 

 

 

 

妹紅に言われ、楽屋の前に黎人は来ている。舞の開始まであと30分、ほとんど準備が終わっている時間だ。あとは、霊夢の舞の実演を待つばかりである。

 

「おーい、入るぜ」

 

扉に向かって声をかけ、返事を待たずに扉を開ける。相変わらずマナーのなってない男だ。

霊夢は急に扉を開けられ、怒り出す…事は無かった。端っこの方で座っており、全く動く気配がない。

 

「着替え終わったようだな。なんか、いつものとは比べものにならないくらいキッチリした服装をしているな」

 

その霊夢の様子に、黎人は何を言うでもなく、いつも通りに話しかけている。いつも通り失礼な物言いだが、今の霊夢はそれに突っ込む気力がない。

霊夢の服装はいつものとは違う服装を着ていた。しっかりとした紅い生地で作られ、なかなか高貴な雰囲気を醸し出している。模様も、花をモチーフにした白い筆で描かれており、なかなか美しい。黎人の言う通り、いつもとは全く違う霊夢の姿になっている。

 

「…客席は…どうだった?」

 

少しぎこちない口調で、霊夢は黎人に尋ねた。舞台に上がってない今の時点でかなりプレッシャーがかかっており、頭が全く働かない。会場の様子を全く知らないままでは不安が高まるばかりであり、せめて観客の様子だけ聞こうとぎこちない口調で尋ねた。

 

「沢山来てたぜ。人里の人間もだが、妖怪まで来ているぞ。ついでに俺の知っている奴らも来ていた。守谷神社の奴らとか、紅魔館の奴らとかな。さっき魔理沙やアリスと話して来たばっかりだ」

 

霊夢の質問を受け、黎人は客席の様子を話した。彼女がかなり緊張している事ぐらいは分かる。幾ら何でもそれは気づく。

だが黎人は特に何もしない。『大丈夫だ』や『気にする事はない』などの下手な事は言わない。寧ろそのような言葉を言う事を、彼は好まない。下手に安心させて後になって傷つく方が、黎人にしては嫌に思った。だから聞かれた事に、ただ答えた。

 

「…そう、やっぱりね…」

 

黎人の返事を聞いて、霊夢はやっぱりそうかと思う。レミリアが見にくると言った時点で観客がかなり多いだろう、と言うのは予想がついていた。

30分後に見る事になるだろう会場の様子が浮かび上がる。多くの人が自分の舞を見ている。かなりの人数があるのに、何にも音も声もしない。聞こえるのは、舞に使われる曲だけ。その光景が浮かび上がり、思わずゾッとした。

数々の異変を解決して来た彼女だが、いま感じているプレッシャーは、そのどれとも比べものにならない。絶体絶命の境地に立たされている気分だった。

 

「…ごめん、トイレ行ってくる」

「…着替え直すの大変じゃないか?」

「大丈夫よ。和服なら慣れているから、そんなにかからない」

 

霊夢は、黎人にトイレに行ってくると告げ、部屋から出た。黎人には、急いで部屋から逃げているようにも見えた。

霊夢が出た後で、黎人も部屋から出た。廊下には既に霊夢の姿はない。追いかけるのもなんなので、黎人は部屋の前で待つ事にした。

 

「お!アニキ!来てたんすね」

 

廊下で待っていると、廊下を歩き回っている刃燗が来た。仕事が殆ど終わった彼は、最後に霊夢に会いに楽屋に来た。

 

「おう刃燗、大変そうだな」

「どもっす。ところで、アネゴはどちらに?」

「トイレに行ったよ。たったいま」

「うわマジスか!タイミング悪りぃ…」

 

黎人の言葉を聞いて、刃燗は頭を抱えた。確かにタイミングが悪かった。もう少し速いか遅ければ、彼女に会うことができたであろう。

 

「…ところでアニキ。アネゴはやっぱり緊張してますか?」

「だな。普段じゃありえないくらいに緊張していた」

「やっぱりそうっすか…」

 

刃燗はその後、霊夢が緊張しているかどうかを尋ねる。彼も霊夢の事が心配している。霊夢がそういった悩みを相談したりしないことを知っており、1人で抱え込んでるのではないかと考えている。

 

「アニキ…俺、心配っす。アネゴが緊張しすぎて、本番で失敗するんじゃないかって。そうなると、あの人がもう2度と立ち上がれなくなるんじゃないかって」

 

刃燗は黎人に言った。自分が彼女を心配している事を。生意気な事を言っているとは思っているが、言わずにはいられなかった。刃燗にとって、霊夢が立っていられなくなるほど心に傷を負ってしまう事が、1番嫌な事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…心配する事はねぇと思うぜ」

 

 

それに対して、黎人は答えた。霊夢に対しては言わなかったが、刃燗の心配している事にはならないと彼は思っていた。

彼の言っている事の意味がわからず、思わず「はっ?」と言いたげな顔をする刃燗だが、黎人は気にせずに続けた。

 

 

「あいつが緊張している事は分かるよ。いつもと雰囲気が全く違うからな。まぁ、無理もないだろ。

だがアイツは、責任感が強い。恐らく幻想郷の中でも1番だろうな。グーダラ巫女と非難されているが、博麗の巫女なんてしっかりこなしているし。

今回も多分、乗りこなすと思う。舞台に立った時、自分の使命を全うして、やりこなしてくれるんじゃないかって思う。責任感が強い奴だから、下手な事はしないだろうし、寧ろ1番出来が良い舞をするだろうと思う。

そうじゃなきゃ、指や足にマメが出来るほど練習しねぇよ」

 

黎人の言っている事に、刃燗は思わず驚いた。黎人は霊夢のことを、かなり信頼していたのだ。そして、霊夢の指や足にマメが出来ている事を見抜いていた。刃燗は知らなかったが、それだけ黎人は霊夢のことを見て来たのだと知る。

ここで、刃燗は気づいた。廊下の奥の方に、人影がいる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレに行ってくる、と言うのは嘘だった。行ったところで出せるものは出せない。霊夢はただ、この場から離れたかったのだ。

角に隠れ、壁に寄りかかる。思考がまともに動かない。意識を保つのもやっとだ。霊夢は完全に呑まれていた。

20分後には本番が始まる。段々と時間が迫ってくる。本番までそんなに時間がない。

後ろの方から、刃燗の声が聞こえる。恐らく、自分の様子を見に来たのだろう。その事自体は嬉しいが、今は勘弁してもらいたかった。今の自分の状態で、会っても何も言えなくなると直感した。

 

『アニキ…俺、心配っす。アネゴが緊張しすぎて、本番で失敗するんじゃないかって。そうなると、あの人がもう2度と立ち上がれなくなるんじゃないかって』

 

刃燗の言っていることが、胸にささる。彼女自身もそう思っているからだ。もし失敗すれば、自分はもう2度と立ち上がれなくなるだろう。そんな姿を、黎人や刃燗や、他の人や妖怪の目に晒されると思うと、心臓が潰れるような感覚に陥る。

 

失敗したら…失敗すれば…

 

そればかり、霊夢は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…心配する事はねぇと思うぜ』

 

 

 

 

 

そんな彼女の耳に入る黎人の声によって、その思考がストップした。彼が、心配する事はないと言ったのだ。霊夢にしてみれば、『不気味な舞』と批評した彼が何故そんな事を言い出すのか、疑問に思うのだ。

 

その後も黎人は続けた。霊夢が緊張している事を知っていたこと、霊夢が責任感が強いと言うこと…霊夢が必死になって練習してきたことを。

霊夢は自分の手をもう一度見た。彼女の手は、特に中指にマメが1番出来ていた。扇子を何回も持っていたために出来たマメである。とは言っても、そんなに目立つわけではないのだが、黎人はその事に気付いてくれたのだ。

急に、身体が火照り出した。顔色も赤くなり、心臓もバクバクと鳴り出している。

黎人が自分の事をよく見てくれ、その上で自分の事を信じていることが、とても嬉しく感じた。彼の行為が嬉しくて、逆に恥ずかしくなってきた。

気づけば、緊張感は既に無くなっていた。あれだけ心配していたはずなのに、そんな事を微塵も思わなくなった。もしかしたらこれも、彼が狙っていた事なのだろうか、と思ってしまう。そう思うと余計に赤くなりだした。

 

 

 

ーーなんだかんだ言いながらも、アイツは私を見てくれている。私を理解してくれる。私を信じてくれている。

 

ーーだから、私はアイツを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それにしてもあいつ遅いな。クソでもしてんのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び彼女の思考が停止した。

さっきはフッと思考が消えるような感じだったが、今回は雷に打たれて思考が粉々にされた感じだった。

 

 

 

代わりに彼女の思考を占めているのは…

 

 

 

 

 

憤怒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?」

 

足音がして、振り向くと霊夢がコッチに向かって歩いてくるのが見えた。その様子から、トイレから帰ってきたのかと黎人は思った。

だがそんな的外れな予測が起きているわけではないと、刃燗は思った。刃燗は察した。全部聞かれていたのだと。特に今の、黎人のデリカシーのカケラも無い一言を。そしてコッチに歩いているのは、トイレが終わったからではないと。

 

 

 

「遅かったな。もう充分か?まぁ念入りするに越した事はねぇが…」

 

だが黎人は全く気づかなかった。彼は呑気に霊夢に話しかけている。それが火に油を注ぐ行為だと気づかずに。

 

 

そんな彼の腹に向かって

 

 

 

自分の中から湧き出る怒りと殺意を込めて

 

 

 

 

自分の渾身の力を込めて

 

 

 

 

 

拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グボォォォォォォ!!!?」

 

 

 

 

 

拳を叩きつけられた黎人は、勢いよく吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

《ドゴォォォォォン!!》

 

舞が始まる10分前。舞の演技中における注意を慧音がしているところに、大きな音を立てて建物の側面から何かが飛び出した。しかも『大きな物音を立てないように』と言っている最中といった絶妙なタイミングである。

一体何が起こったとその場にいた全員が思ったが、その後に聞こえる声によって特定の人は理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アニキが死んだ!」

この人でなし!

 

 

 

 

 

 

 

「…黎人なのね」

「何やってるんだぜ、アイツ…」

 

呆れたように、アリスと魔理沙が言う。こう言うド派手にやらかす人といえば、幻想郷でもかなり限られるが、黎人のはその中でもズバ抜けている。

その後、開始時間を10分遅らせ、建物を修理し始める。因みに慧音は黎人に説教(頭突き入り)をしており、黎人は『解せぬ』と感じるのであった。

 

「なぁ、アリス」

 

魔理沙はアリスに話し始めた。アリスは彼女の話に耳を傾ける。

 

「私も、霊夢のことはよく分からないぜ。あいつは、不安とか悲しみとかの弱みを、私たちの前で見せることは無いから。意地っ張りなあいつは、平静を保つ癖がある。だから、あいつの苦しみを理解するのは、誰にだって無理だろ」

 

魔理沙も、霊夢の事はよくわからない。幻想郷の中で誰よりも一緒にいた彼女であっても、霊夢の事は理解できない。分かっているのは、彼女は意外に強がりな事だけだ。

そんな状態の彼女の悩みなんて、誰も聞くことが出来ないだろうと彼女は思った。仲が良いほど霊夢は隠したがる。ひょっとすれば、誰にも気づかれずにいるのかもしれない。

 

「けど、今の霊夢の側には、そんな悩みをぶち壊す奴がいる。寧ろ消しとばすほどに」

 

だがそんな事は関係ない、と魔理沙は思った。何故なら、彼女の側には、悩みを理解しなくても強引に解決する男がいるから。彼女自身、それを実感している。

 

「黎人は、デリカシーがこれっぽっちもない奴だから、人が入って欲しくなくてもズケズケと入り込んでくる。そしていつの間にか、悩みを壊してくる」

 

普通に聞けばなかなか失礼な物言いだ。まして魔理沙にデリカシーの云々の話をされるとは思ってもいないだろう。

だが的は得ている。黎人はデリカシーがない。だからこそ彼は悩みを壊すように解決してくれるのだ。そのデリカシーの無さこそが、彼の魅力なのだ。

 

「昔の霊夢だったら、どうなってたかは分からない。でも、あいつがいる限り、霊夢は悩みに潰れることは無いと思うぜ」

 

魔理沙の話を聞いて、アリスは安心したかのように溜息をつく。確かにそんな男なら、乱暴に解決してしまうだろうと共感してしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開演の時間となった。先ほどまで聞こえていた声が全く聞こえなくなる。

前から恐れていた時間がきたはずなのに、不思議と怖くなかった。全く動揺しないでいる自分に驚く。

深く低い音がなり始める。舞の始めを象徴とするのろしの音だ。尺八によって鳴らされているその音に合わせ、扇子を開いて舞台に向かって歩く。

一歩、また一歩とゆっくり歩き出す。時間をかけてゆっくりと歩き出す。その足に、迷いはなかった。

舞台の真ん中に立ち、動かないでしばらくいる。観客全員が自分を見ている。その視線を感じながら、霊夢は冷静にいた。

ベン、と弦を弾いた音がなる。本格的に舞が始まった。誰もがそのことに気づく。動揺するでもなく、霊夢は腕をゆっくりと動かしながら、練習通りに舞を披露する。

その姿を見て、多くの人や妖怪は感銘を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーなんと綺麗な舞であるか、と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞が終わり、霊夢は舞台から去って行く。霊夢が完全に去ったとき、会場では、拍手が鳴り止まない。

控え室に入った時、霊夢は壁に寄りかかり、大きく溜息をついた。

 

「はあーー!疲れたわ!」

 

大声で叫ぶ。溜まっていたものを吐き出すように。

 

「お疲れ様でした!アネゴ!」

「良かったじゃねぇか。大好評だったぞ」

 

控え室に刃燗と黎人が入ってくる。彼らも控え室から彼女の様子を見ていた。彼らから見ても霊夢の舞は良かったと思えた。

 

「そ、ありがと」

「それじゃ、オレは会場の後片付けがあるんで、ゆっくりしててください」

 

素っ気なく霊夢が言うと、刃燗はそのまま楽屋から去った。スタッフであるから、片付けまでしないといけない。なかなか大変である。

 

「どうだ。終わってみて、感想は」

「2度とやりたくないわ。こんなの」

 

霊夢に感想を聞くと、思った通りの答えが返ってきたようで、黎人は特に気にする様子もせず、楽屋の窓を開けた。

 

「まぁ、いつもは血なまぐさい戦いばっかりだからな。たまにはこう言うのも良いだろ」

「どっかの誰かさんに不気味とか言われて、ショックな思いしたんだけど」

「ハッ!何言ってやがる。寧ろ意欲が湧いたクセに」

 

窓の外を、ただボーッと眺める。そんな彼の目には、さっきまで賑わっていた夏祭りが、姿を消して行くのが移る。

 

「…無関心なクセに、よく見てるわね」

 

霊夢が口を開いた。さっきの黎人の話を聞き、無関心なフリをしていても、自分のことをよく理解していると知った。

 

「まぁな。つーか無関心なわけでは無い。心配ぐらいはする」

「…心配する精神はあったのね」

「お前は俺を何だと思っている」

「…バカ」

「率直かよ!」

 

霊夢が心配している事に驚いたので、試しに自分のことを何だと思っていると聞くと、何のひねりも無い一言が飛んできた。黎人は思わず頭を抱える。

 

「ま、じゃあそのバカから一言だ。また明日もいつも通りに過ごそう」

 

頭を掻きながら、黎人は言った。これ以上を望むでもなく、いつも通りの明日を望んでいる。霊夢はその事に、少しの喜びと…少し寂しい気持ちを持った。

 

「ええ、明日も…その後もずっとね」

 

明日からもまた、いつも通りの日常がやってくるし、今まで通り敵が出てくる事になる。そうなると、黎人はまた危険な目にあうかもしれない。

霊夢に出来ることは、そんな彼にいつも通りの明日を迎えさせる事だけだ。たったそれだけだ。

だが黎人にとってはそれで充分だった。また、これからもみんなと一緒に居られるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は変わるが、楽屋の窓から見えるのは、建物が少しと、その先にある森だけだ。黎人の目には色々な物が立っていて、建物1つ1つを詳しく見ることが出来ない。それは逆も同じだった。彼は建物の中にいるため、窓を正面から見なければ、彼に気づくことは出来ない。

 

 

 

 

 

 

だがしかし、1人の少女の目に、彼は映っていた。

 

 

 

 

 

「見つけたわ」

 

 

 

「あなたに会いたくて、しょうがなかった」

 

 

 

 

「きっとあなたの目には、私はいないでしょう」

 

 

 

 

「でも、わたしはあなたを手に入れるわ。あなたは、わたしのものになるの」

 

 

 

 

 

「そして私たちは、永遠に愛し合うの」

 

 

 

 

 

「ああ、あなたを閉じ込めたくてしょうがないわ」

 

 

 

 

 

「わたしの黎人…わたしの愛しい王子様」

 

 

 

 




以上を持ちまして、夏祭り編は終了となります。毎回毎回殺伐とした感じだと嫌なので、こう言ったクールダウンの話が入ると少し落ち着きます。


さて、次回からは第3章に入ります。第3章で一応敵勢力の全員を出したいと思っています。(後の章で新しく入れる可能性はありますが)


特に敵幹部であるリーフ、シュバル、クロロも戦場に出します。迫力のある戦闘描写にしていきたいと思っています。


それでは、今後も東方羅戦録をよろしくお願いいたします。













第3章 愛は時に狂気となる



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