東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ
惣一、夏祭りにテロを起こしに行く。
惣一「ちょ、そんな事していません」
早苗「はたから見るとそう見えますよ」


88 夏祭りにも脅威はある

あちこちで、人々は楽しそうに祭りを満喫している。当然、祭りとは楽しむものなのだから、何らおかしい事ではない。

 

だが、そんな雰囲気を微塵とも感じない場所がある。

 

その周辺にいる人は、はしゃぎたくてもはしゃげないという謎のジレンマに悩まされている。はしゃいで大声を出そうものなら、殺されるかもしれないという予感が、彼らの脳内…いや、本能でこだましている。子どもであってもそう思えるくらいに。

彼らの視線の先には、1人の男がいる。普通に歩いているだけなのだが、溢れんばかりの不機嫌オーラを撒き散らしており、獣が徘徊しているのか?と思わせる。彼に声をかけようとするものも、近づこうとするものもおらず、歩いている彼から距離を開けている。5メートルは離れているのに、安心できないものがあった。

夏祭りに来るのがそんなに嫌なら、来なければ良いのに、と誰もが思った。彼自身も、そう思った。

 

 

 

 

 

やられた。

 

 

 

 

魏音が思っているのはその一言だった。数刻前の出来事を思い返す。

木の側で横になり、空を眺める彼の視界に、1人の少女か現れた。緑色の目をしている彼女は、いつもこうして突然現れるので、いちいち驚いたりしない。

 

「…なんだ古明地」

「あ、魏音起きてた?ならちょうど良かった。人里に行かない?」

「ヤダ」

 

視界に突如現れたこいしに、一体何のようだと尋ねる。こいしは、地上に行かないかと聞いたが、魏音は直ぐに断った。断り方もストレートで、本気で行きたくないというのが伝わる。

 

「ちょっと、即答しなくても…」

「めんどい、行きたくない、眠い」

「相変わらずだね…」

 

抗議しようとするも、魏音は話を聞く気もないようだ。自分の心情を短絡的に的確に言う時点で嫌でも分かる。いつもこんな風なのだから慣れてはいるが、このままではせっかくの夏祭りに参加出来なくなる。

どうしたものか、と考えているうちに、こいしは1つ思いついた。魏音を無理やり連れ出す方法が。これなら、魏音も無理やり行くだろう。

 

 

「そういえば、『けもの』のおじさんなんだけどさ」

 

『けもの』とは地底で開かれている焼肉屋の事である。なかなかガラが悪い店名だが、肉の質が良くて客数も多い。

そして、魏音もその店に行くことが多い。()()()()()で店主と知り合い、それ以降通っているのだ。魏音にとっては、数少ない知り合いである。

 

「どうも、ハクタクと焼き鳥屋のお姉ちゃんに拉致されたみたいなんだよね」

 

 

 

 

 

「………なんだと?」

 

 

 

こいしの話を聞いて目の色が変わった。さっきまで無関心そうな表情が殺意に満ち溢れたものに変わっている。その様子を見ていた通行人が思わず身の危険を感じた。

ここに来る途中、地上と地底が繋がっている階段で、店主が慧音と妹紅の間にいる形で上っていくところを見た。この話をすれば、魏音は行かざるを得ないだろうも踏んだ。

そしてその通りだった。先ほどまで行く気がゼロだった魏音が出る支度をしている。その店主を連れて行った者を殺しにいくつもりなのだろう。行く理由としては微妙だが、こうしてこいしは魏音を地上に連れて行くことが可能になったのであった。

 

 

なお、拉致されたのではなく祭りの出店を出すために地上に連れて行かれたのだと知り、どこにぶつければ良いのか分からない怒りに、魏音が苦しみ出すのは別の話である。

 

 

こいしとしては、地上に『けもの』の店主が来ると分かれば、彼も来てくれるだろうと思い、彼の事を話したのだ。異常事態でも起きたのかと思わせる内容だったから魏音がついてきたとは思ってない。

冷静になってみれば、分かることだ。こいしが、『拉致』と言う言葉を正しく理解する確率は低いと言うことを。国語の勉強をビッチリしていたことない彼女が、そういった不穏な空気を醸し出す言葉を覚える機会は無い。

恐らくは、地上に歩いていた時にその言葉を聞いたのだろう。不良たちが集まってる場所の側を通った。その時に『拉致』と言う言葉が聞こえ、一緒に歩く事を拉致すると間違えて覚えたのだろう。近くにいても、こいしに気づくものは居ないのだから、そのような危ない場所に行くことが可能であり、誰も気づかないから正しい知識を教える事が出来るものは数少ない。

地上でその店主が出している焼き鳥を食い、金を払ってその場を離れる。その時には既に、魏音は怒りで満たされていると分かる表情をして居た。

焼き鳥の味は良かった。地底でも人気になるほどだし、地上でもその噂は伝わっている。それゆえに同じく焼き鳥を焼いている妹紅と知り合い、彼女に誘われたのだ。

さて、観念して夏祭りに行ったは良いものの、魏音には楽しめる要素がどこにも無い。もともと群れるのが嫌いな性格なのだから、当たり前だ。肝心要のこいしは無意識にどこかへ行ってしまったので、行方不明である。このまま帰っても彼女の姉に文句を言われる事は分かっているので、帰ることもできない。

 

「はーい残念。なかなか落ちないね〜」

 

ふと声を聞き、その声が聞こえた方を向く。魏音が見たのは、射的の店だった。おもちゃのピストルで棚の上に載っている商品を撃ち、棚から落とせばその商品を手に入れられるというゲームである。祭りの場で良く見かけたりする、定番ものだ。

店の前で男の子がチャレンジしているようだが、なかなか思う通りに行かないようだ。狙った商品になかなか当たらないし、当たっても落ちない。チャレンジしている子がイライラしながら、再びチャレンジしているのである。

再び、男の子が発砲した。向かう先は、カードボックスだ。外の世界で少し前まで流行って居たカードゲームのものである。銃弾がカードボックスの角に当たるが、鈍い音を立ててあまり動かなかった。

 

「くそ〜!なんで当たんないんだよ」

「今ので最後の球だったから、チャレンジ終了だよ。もう一回チャレンジする?」

「するよ!このままじゃ終われねぇし!」

「良いねぇ。じゃ、500円もらうよ」

 

どうやら今ので1コイン分のチャレンジが終わったようだ。店の人がリベンジするか尋ね、男の子はやると答えた。その返答に笑いながら、男の子が渡す500円を貰おうとした時、その500円は、魏音に取り上げられた。

 

「あ!何すんだよ!返せ!」

 

男の子が取り上げられた500円を取り戻そうと手を伸ばす。身長が違いすぎるせいで全く届いてない。

 

「悪りぃが、何回やっても落ちねぇよ。100回やってもな」

「はぁ!?何勝手なこと言ってんだよ!」

 

男の子が500円を取り返そうとしている様子を無視して、魏音は話した。何回チャレンジしようと、商品を手に入れる事は出来ないっと。そこまで言われると、男の子も黙ってはいられない。欲しかったものが絶対に手に入らないと言っているようなものだ。

 

「お前の力量の話じゃねぇ。ゲーム上での話だ」

「……え?」

 

だが、魏音の言葉を聞いて、男の子は疑問符を浮かべる。その言葉の意味は、その子には分からなかったが、店の人は一瞬ギクリと音がなるような表情をしている。

 

「カードボックスのような軽めの箱型を、縦に置いている状態で、上端に銃弾を撃たれて、ピクリとも動かないなんて事あり得るか?落ちるとは行かなくてもピクリと動くくらいはする筈だ。なんでそんな動きすらもないんだ?」

「…それは」

「固定しただろ。床に接着しているか、重しをつけているか。まぁ、臭い的に接着剤の方だろうな。それも強力な」

 

上端に撃たれたにも関わらず全く動かないカードケースを見て、接着剤の臭いを嗅ぎとり、商品を落とされないように加工されていると知った。

 

「な、なに言ってやが…」

「細工してねぇと言うんなら、その商品を取ってみろ。固定されてないなら直ぐに取れるはずだ」

 

否定しようと店の男が言おうとすると、魏音はその商品を手に取ってみろと言った。魏音の言う通り、固定されてないなら簡単に取れる。

そこまで言われ、店の男は冷や汗をかき始めた。男は取り出せないと言うことが分かっているのだ。何しろ自分がそうなるようにしたのだから。ここで認めてしまえば、この後どうなるのかが嫌でも分かり、焦りまくっていた。

 

「くそ…!余計なことしやガッ…!?」

 

見抜かれた怒りとともに殴りかかろうとする前に、男は魏音に顔を掴まれた。頭蓋骨を粉砕しようとしてるんじゃ無いかと思わせるほど、鷲掴みする手の握力は強かった。

 

「ふざけるのは勝手だが、下らん事で儲けようと思うな。その邪な頭、ここで潰されたいか?」

 

男は、全く喋らないでビクビクしている。頭を潰すというのは、冗談で言っているわけではない、寧ろ本気で言っているのだと分かるからだ。魏音の視線が、迫力が、その事を示しているかのように悍ましかった。

 

「ひ…ヒィィィィ!ス、すみませんでしたァァァ!!!」

 

腰が引けた男は魏音の拘束から逃れ、ガクガクする足を無理やり動かすようにして逃げた。逃げるのに必死で、店も商品も忘れたままなのだが。

店の男が去っていくのを見た後、魏音はカードケースを掴み、机から引き剥がした。引き剥がした商品を、先ほど挑戦していた男の子に渡す。

 

「貰ってけ。持ち主の無い物は拾ったもの勝ちだが、俺はいらん」

 

渡された少年はポカンとしながら、カードケースを手に持つ。目の前で一体何が起こったのかが良く分からないのだろう。

だが男の子の様子も、魏音には興味がない。渡す物も渡したのでその場を去ろうとした。

周りからコソコソと小さな話し声が聞こえる。それは、その様子を見ていた人の声だ。普通の人は聞こえるはずのない声量だが、魏音には聞こえた。

 

「野蛮よね。やっぱり」

「怖くてヒヤヒヤしたよ。あの子も何かされるんじゃないかって」

「でも、悪いのはアッチだよな」

「それを言うな。油断すれば何をするか分からんぞ」

 

どうも自分を恐れているらしい。馬鹿な事をしているのに酷い仕打ちだ…とは思わなかった。魏音は別に人間に期待などしていない。畏怖されて当然、貶されて当然。人間はその程度の存在なのだと。

特に反応をする事もなく、魏音はその場から離れていった。

 

 

 

 

「わーーい、三段アイスだー」

「コラコラ、そんなに走り回ると危ないぞ」

 

1人の女の子とその父親が、祭りの場を廻っていた。女の子は、珍しい三段アイスを買って、ご機嫌そうに走り回っている。父親も注意はしているが、あまり怒っている様子は無い。

 

「あ!」

 

ドン!と何かに当たり、その拍子でアイスもぶつけてしまった。アイスはぶつかったものにつぶれ、少女の手にはそれを乗せていたコーンだけが残っていた。

 

「あ、アイス…」

 

女の子は悲しそうに言う。楽しみにしていたアイスが、一口も食べれずに無くなってしまったのだ。悲しみに明け暮れてしまうのも無理はない。

 

「ひ…うわァァァ!な、なんて事、を…!」

 

だが父親はそれに気遣う余裕は無かった。その原因は、女の子がぶつかったものにあった。

アイスがぶつかったのは、先ほどまで恐ろしい雰囲気を漂わせていた魏音だった。彼のズボンにアイスがひっつき、溶けた部分がそのままズボンを伝って地面に落ちていく。ズボンにアイスの跡がついてしまったのは確実だろう。

父親は魏音の事を少し知っていた。地上で何人もの人間たちをボコボコにさせた瞬間を、父親は見たことがあるのだ。彼の怒りに触れた者は、無事に帰ることはほぼ不可能だと言えた。

魏音の目が、少女の方を向く。その視線から感じる覇気に、女の子は呑まれていた。このままでは娘が殺されてしまう、と父親は焦り始める。

 

「すす、スミマセン!ず、ズボンなら新しいの買いますし、弁償ならいくらでも…ですから、娘だけは…!」

 

父親は娘の隣で両膝をつき、必死に謝る。上手く話せてない様子から、彼が本気で焦っている事を物語っている。

だが魏音は、父親の様子に興味が無かった。彼の目はずっと女の子の方を向いたまま、全く動かない。

 

「………おい」

 

ゆっくりと魏音が喋る。それだけでもうすでに気が遠くなりそうだ。そうならないように気をつけてはいるが、いつまで続くか分かったものではない。ひょっとすると、もう気が遠くなっているのかもしれない。

 

 

 

 

「それ、何円だった」

 

 

 

「…え?」

 

だが帰って来た言葉が意外すぎたのか、反応に数テンポ遅れた。アイスの値段を聞いてどうしようと言うのか。

 

「…120円」

「ば!答えるな!そんな…」

 

暫く考えたがよく分からなかった女の子は、アイスの値段を言った。素直に返事しているのを見て、父親は彼女を静かにさせようと必死になる。

 

「そうか」

 

女の子の話を聞いて、魏音は彼の上着のポケットに手を入れた。何を取り出そうと言うのか、父親はビクビクしながらその様子を見た。

 

「…ほらよ」

「え?」

 

そうして出された彼の手には、お金があった。アイス分のお金を渡そうというのか。だがそれにしては金額が多い。120円ではなく300円だった。何故多く払うのか。

 

「その代金と、詫び代だ。今度はもっとでかいやつを買ってもらえ」

 

説明しながら、魏音は女の子にお金を手渡した。女の子は貰った300円を、両手に握りしめている。渡す物を渡した魏音は、その場を立ち去ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、私にもちょうだい。おこづかい」

「やらん。今の今までどこに行ってた」

 

突如、彼に手が差し出される。突拍子もなくかけられる声に驚くことはなく、魏音はその声の主を睨んだ。

お小遣いを要求して来たのは、先ほどどこかに無意識に行ってしまったこいしだった。気の赴くままに楽しんでたが、お金を渡した魏音を見て、お小遣いを要求したのである。

 

「どこにって…どこだろ?」

「知るか」

 

どこに行ったかを聞かれたのに、逆にどこに行ったんだろうと言うこいしを見て、答えは出ないと判断し、魏音はその場から離れようと足を進める。

 

「それにしても、相変わらず()()()()()優しいね。無くなっちゃったアイスのお金を払うなんて」

「ふざけんな。泣かれるのが嫌なんだよ」

 

茶化すように話すこいしを無視して次々と足を進める。話を聞く気は全く無いと言っているようだった。そんな事をされたからと言って、こいしが話を止める事は無いのだが。

すると、突然魏音の進む足が止まった。一体何が起きたんだろうと思ったが、魏音の視線の先を見て分かった。

魏音の目の前には、黎人と霊夢がいた。

 

「あれ?霊夢と…この間会ったよね。たしか…」

「斐川だ。考えてみれば、奴もここに来てるんだな」

 

以前、魏音は黎人と喧嘩した事があり、互いに面識があるのだ。その時にこいしが仲裁…と言うより魏音を止めに入ったので、魏音が黎人と面識があるのを知っている。だが…

 

「あれ?珍しいね。喧嘩したとはいえ、魏音が他人の名前を覚えるなんて」

 

そう、魏音が『斐川』と言ったのだ。霊夢の事を『女』と呼んだり、惣一の事を『GARD隊員』と呼んだり、刃燗に至っては思い出す事もしない魏音が、名前で呼ぶのはかなり珍しいのだ。それを言い当てられた時、魏音は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしている。自分でも気づかなかった事を言い当てられるのは、あまり心地いいものでは無い。

 

「ひょっとして、黎人って魏音のお気に入りだったりするの?」

「それは無い」

「あからさまに嫌そうな顔をする魏音も珍しい…」

 

こいしは、彼が黎人の事を気に入っているのかなと思ったが、どうやら違ったようだ。明らかに嫌そうな顔をする魏音が珍しかったのか、少し呆然としている。

 

「でも、気にはなってるんじゃ無いの?他人に興味を持たない魏音が、黎人をそうやって覚えているんだから」

 

再びこいしが話し出す。今度のセリフには、魏音はさっきのような嫌そうな顔はしなかった。間違ってはいない、と言う事なのだろう。

黎人の体には、何かしらの異常が起こっている。最初に会った時にそう思ったし、つい先日にそれがはっきりと分かった。だから黎人の事を気にはしているんだろう。

だが、魏音が黎人の事を特別視しているのは、別の理由があった。

 

「似ているんだ。昔の俺に…」

 

こいしの質問に答える形で魏音が話す。その時、彼は昔のことを思い出していた。

 

 

空の色は黒く、まるで嵐か何かが来るのかと思わせるほど、不気味な感じを漂わせている。

そんな空模様の中、とある山にて何人もの軍人と、捕らえられている男と、崖の近くに1人の女性が立っていた。

1人の軍人が、何かを読んでいる。その言葉を、一言も思い出せない。雑音のように聞こえるそれは、オレの耳には届かなかった。

目の前の女性は、いま殺されようとしていた。首を叩っ斬るというもの、いわば打ち首だ。自分がこれから死ぬというのに、怖がったりするようなしぐさは全くなかった。

ガムシャラに、俺は叫んだ気がする。逃げろ、逃げてくれ、死ぬな、頼む…声が枯れるほどに、そいつが殺されるのを止めるように叫んだ。だが俺の声には反応せず、皮肉にも処刑は刻々と勧められていく。

首を切り取られる一歩手前の時、そいつはオレの方を向いて言った。何か言おうとするそいつの言葉は、聞きたくなかった。そんな言葉を、お前から聞きたくない、と。

 

 

 

 

 

ーーーありがとう

 

 

 

 

 

その言葉を紡いだ途端、そいつの首は斬られた。あの時に言ったアイツの言葉が、未だに耳に残る。その言葉が脳内に浮かび上がるたびに、首を毟り取りたくなるほど吐き気がする。

アイツが死んだという事、それを証明するかのように、オレの前にはアイツの刈り取られた首が置いてある。その時オレの頭には、怒りと、悲しみと…

 

 

 

 

疑問で満たされていた。

 

 

 

「…似ているって、どう言うこと?」

 

こいしの声によって、魏音の意識は現実に戻された。かと言って慌てるでもなく、目をこいしに向ける程度のものだが。

 

「…守ろうと必死になってるところが似ている。それも自分の命じゃなく、他人の命をな」

 

魏音はこいしの質問に答えた。初めて黎人に会った時、黎人は刃燗を守り、更に言えば霊夢を守る行動に出た。彼以外の人間を守るために、自らを危険に晒した。その様子が、必死であると物語っている。

その姿が、昔の彼と良く似ている、と魏音は思っているのだ。彼が守ろうとしていたのは…

 

「へぇ〜、そんな時があったんだ。魏音が誰かを守ろうとするなんて」

 

こいしにしてみれば、少し驚きである。昔の魏音は誰かを守ろうとしていた、と言うことなのだ。今の様子を見てもそうは思えないから、誰だって驚くかもしれない。

そんな風に驚かれるのが嫌なのだろうか、魏音は明らかに嫌そうな顔をしている。案外表情に出やすいタイプなのかもしれない。

 

「でも、どうしてそうしなくなったの?」

 

ふと、気になったような顔になってこいしは魏音に聞く。その疑問を抱くのは、当然かもしれない。昔がそうだったと言うことは、変わったきっかけが少なからず存在するはずである。であれば、こいしとしては気になってしょうがないのだ。

 

「…絶対に守れると言うことは無い。必死になっても、いずれ無くなる。守ろうとすればするほど、そうなった時の絶望は尋常で無いものとなる。だから、守る事を辞めた」

 

魏音は淡々と語った。彼の言う事は分かる。安全を保障出来るものはない。何かしらの形であっという間に失う事だってある。そして守れなかった時の屈辱は、守ろうとした分だけ強くなるのだ。だから、必死に守ろうとする事を辞めた。他人は他人であり、それのために必死になる意味が分からない、と…

 

「…失うのが怖いから、守る事を辞めたと言う事なの?」

 

その話を聞いて、こいしが呟いた。彼女は何の意図も無く、思った事をただ言っただけである。

 

「…茶化してるのか、キサマ」

 

だが、魏音の気には触れてしまった。彼の目がこいしをギロリと睨む。その視線は、縄張りに入った不法侵入者を睨む獣のそれである。

 

「うわ!そんな事無いよー!ゴメーン!」

 

魏音が怒ったのを見て、こいしは消えるようにその場を離れた。とは言っても何処に行ったかは大体分かるので、捕まえようと思えば直ぐに出来る。

だが、その動きをしようとはしなかった。彼女の言ってることは、案外的を得ていたのだ。寧ろ、当てられたから魏音が怒ったのだ。

失う事の恐怖を、あの時彼は知った。だから、失う事を避けるために何かを救おうとは思わない。だから魏音は、誰かの為に動こうとはしないのだ。

だがいずれ、彼はその考えを改めなければならない時が来る。彼がそれを望んでいなくとも。

魏音はフウ、とため息をついて、夏祭りが終わるその時を待つことにした。




魏音編が終わりました。彼は過去に何やら会ったようです。

夏祭り編も後一回。再び主人公に回ります。

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