東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ
夏祭り開催のお知らせ、後黎人は死すべし
黎人「なんで!?」


86 夏祭りは楽しむもの

夏祭りが始まる日となった。夕方になり、人里も祭りの準備が整った。多くの者は祭りに参加するために浴衣などの格好になっている。

ある者は出店を回るために、ある者は出店を出すために…目的は様々だ。彼らの気持ちは、期待感で満ち溢れている。祭りというのは彼らにとって楽しい催しである。今日の祭りも楽しくなるだろうと誰もが期待していた。

それは、今回の夏祭りで大きな役割を担う霊夢も例外ではない。感情表出をあまりしない彼女も、楽しみにしていることはある。その1つとしてこの夏祭りがある。特に、今回はいままでとは一味違うものになると期待している。それは、彼がいるからだろう。

 

「…こんな所かしら」

 

彼女は、夏祭りに行くための浴衣を着ている。1週間ほど前に着る予定の物を選び、今はその着ている姿を確認している。

 

「…別に服は何でも良くね?」

「うっさい、外に行ってなさい」

 

黎人の言葉を無視し、霊夢は再び鏡を見る。なお、博麗神社には黎人と霊夢のみがいる。刃燗は慧音のお手伝いに出かけていた。

鏡に映る彼女の姿は当然浴衣を身につけている。赤をベースにしており、花や星などの華やかな模様がある。

普段浴衣などあまり着たことが無い彼女だが、その姿はよく似合っていた。祭りの中にいれば、多くの男たちの目を惹きつけるほどの可愛らしさがあり、一見にはこの少女があの博麗の巫女とは思えないほどの容姿だ。

 

「…うん、これで良いわね」

 

その様子を見てうなづき、その姿で外に出た。いつもなら神社にあるもので済ますのだが、今回は力を入れている。

 

「お待たせ」

「そうだな」

「…そこは『そんな事ないよ』っていうとこでしょ」

「?いや事実だし」

 

相変わらず黎人はそっち方面の心構えが微塵もない。相手に待たせてしまったと思わせないための気遣いも、相手がいつもと違う格好をしている時のコメントも無い。霊夢は不満があるものの、そういう男だと割り切る事にした。

 

「じゃあ、行くわよ」

「おう」

 

霊夢と黎人は夏祭りに向かった。

 

 

 

祭りはかなり賑わっている。食事を楽しむ者、ゲームに夢中な者、お面や金魚などの商品を手に入れている者、店で働いている者…それぞれがそれぞれの過ごし方をしており、それぞれなりに楽しんでいた。

 

「…祭りか。そいやあんまり行った事ないな」

「あら、そうなの?」

 

黎人と霊夢は、祭りの中を歩いている。その中で黎人が話してきた内容に、霊夢は意外だと思った。常に祭りに参加している彼女には、祭りにあまり出てないという感覚がイマイチ把握できない。

 

「…親父もお袋も居なくなってから、行く気も失せたんだよ」

「あ…そっか。ごめん」

「?いや別に」

 

だが、その後霊夢は軽はずみだったと後悔する。両親を失っているショックは、黎人には少なからずある。それを思い出させるための発言だったと理解した。

だから謝ったのだが、『何で謝るんだ?』と言ってるような(実際そう思ってるが)黎人の発言に、今度は自分の方がショックを受ける。

 

「じゃあ、久しぶりの祭りという事ね。何がしたい?」

 

あまり参加してないという事なら、今回は黎人が行きたい所に行こうと思った。霊夢は黎人に何処に行きたいかを尋ねる。

 

「そうだな…じゃあ」

 

 

 

 

 

黎人が選んだのは、金魚掬いだった。夏祭りに行くと必ずと言って良いほど存在するゲーム、店が用意した水槽の中で泳ぐ金魚を、『ポイ』と呼ばれる道具で掬い、自分の持っているボールに入れるものだ。手に入れた金魚は袋の中に入れ、持ち帰る事が出来る。

 

「…金魚なんて飼わないわよ」

「別に良い、返すからな。一回やってみたかっただけだ」

 

持ち帰った金魚は手に入れた人が世話をする事が多い。博麗神社の経済状態ではそんな余裕ないので、持ち帰っても金魚は飼えないだろう。

黎人は金魚を持ち帰る気はゼロだ。ただ、金魚掬いをやってみたかっただけである。

 

「おう、お兄さん挑戦するかい?かなり難しいよ」

「分かってら。ガキの頃思い知ったしな」

 

店の人から椀とポイを渡される。椀の中には少量の水が入っていた。黎人は椀を左手に持ち、右手にポイを持つ。

金魚が入った水槽に目を置く。沢山の金魚があっちこっちに泳いでおり、1匹の金魚に狙いを定めるのも至難のわざだ。その中から、黎人に最も近いところで泳ぐ金魚に狙いを定める。

金魚が尾ひれを動かし、前へと進みだす…それに合わせて黎人はポイを、金魚の下に滑らせるように動かす。金魚の下に滑り込ませたそれを動かし、金魚を浮かすように掬いあげた。掬いあげられた金魚は宙に浮かびながらお椀の中へ入っていった。

 

「うし!まず1匹」

「おお、中々やるね」

 

あっさりと金魚を掬いあげる黎人を見て、店の男は賞賛の声をかける。その声を気に留めずに、黎人は次の金魚に狙いを定めた。

最初の金魚と同じようにお椀に入れる。その動きがかなりスムーズで、周りの人もその光景に見入っている。そして次の金魚を掬い出した。

暫くの間剣を使っていたせいか、手の動きがとても速い。金魚掬いにおいてスピードはかなり大事で、余りにも遅いと救う前に逃げられるか和紙の限界が来て破れるかになってしまう。だが黎人はそんな心配は無さそうだ。彼の手の動きは常人の目にはハッキリと見えない。全く見えないわけでは無いが、掬い上げる瞬間に殆どの人たちは手が一瞬見えなくなる。

戦いの経験がこんな事で役に立つのは不本意だが、反面こうして思う存分祭りを楽しむ事が出来ている。そうしてみるとたまにはこういうのも良いなと思う黎人は、また次の金魚を掬いあげた。

 

 

「楽しめた?」

「おう、久々に楽しめた」

 

お椀がもう直ぐ満タンになりそうなところで和紙が破れてしまい、彼の挑戦は終了になった。とは言っても思う存分やったので物足りないとは思わなかった。

予定通り、金魚は返した。店にとっても金魚が急激に減ることは困るので、店の人はホッとしている。なお、黎人の動きを見て次は我よと参加するものが一気に増えていき、店の人はそっちの対応に追われていく事になるのだが…

 

「次どうするんだ?メシでも食うか?」

「そうね。じゃあ適当に買おうかしら」

 

金魚掬いをやった後、彼らは食事をとる事にした。沢山の店からどれにしようかと店を一瞥する。

 

「ん?アレは…」

 

すると黎人は、店を見て回っているとある団体を見つけた。もちろんそれは、彼にとって縁がある人らだ。するとアッチも気づいたようでそっちから話しかけられる。

 

「あら御機嫌よう、霊夢に黎人」

「レミリア…咲夜にパチュリーも」

「…あー、向こうの方でフランもいるな。美鈴と小悪魔はその付き添いか」

 

見つけたのは紅魔館の一員だった。彼女らも祭りに参加していたらしい。

レミリアは桃色の浴衣を身につけている。身長の都合で浴衣のサイズは小さいが、彼女にはピッタリのサイズだ。

一方の咲夜は水色をベースとした浴衣だ。いつものメイド服とは雰囲気がまるで違う。そしてカチューシャはつけておらず、髪は後ろでいわゆるお団子にしている。

なお、パチュリーは普段どおりのパジャマである。

 

「…咲夜は、あの時の怪我は大丈夫なの?」

「お陰様で。仕事にも差し支えないわよ」

「本当は休めと言ってるんだけど聞かなくてね。『ボーッとしていると、落ち着かないんです』とか言われたわよ」

「なんだその珍しい依存症」

 

リヴァルとの戦闘で彼女はかなり大傷を負っていたが、どうやら回復したらしい。そんな事言っても怪我が治ってまだ時間が経ってないから休めとレミリアは言うのだが、こればかりは却下らしい。

 

「あー、黎人!見てみて、猫のお面ー」

「おうフラン、お前は満喫してんな」

「だって楽しいもん」

 

フランが黎人に気づいたようで、黎人に近づく。彼女は赤色の浴衣をしていた。レミリアと同じくサイズは小さい。そして祭りで配られたであろうお面をかぶり、『祭』と書かれてある赤い団扇を持っている。恐らく彼女が1番楽しんでいるのだろう。

 

「い、妹さま…アッチコッチに行かないでください…逸れると大変ですから…」

「あ!わたがしだ!もらおーー」

「言った側から〜!」

 

遠くから緑色の浴衣を着ている美鈴といつも通りの制服を着た小悪魔がフランを追ってきた。逸れると困るからアッチコッチ行かないでくれと言うものの、当の本人はまた別の店に移動した。

 

「何つーか…楽しそうだな、フランは」

 

その様子に、黎人は苦笑いを浮かべている。かつて彼女は狂気が原因で、思う存分外で遊ぶことは出来なかった。だが今はああやって無邪気に楽しんでいる。恐らくはいままで遊べなかった分思いっきり楽しんでいるのだろう。

その事に、黎人は微笑ましくはあるものの、それによって巻き込まれている美鈴の様子を見て、別の意味で大変になって来たのだなと悟った。やはり紅魔館では美鈴が苦労人気質なのだろう。

 

「ええ、妹さまはいつも楽しそうにしているわ。きっとあなたのお陰ね」

「まぁ…それはそれで良かったな。これからが大変だろうけど…」

「えぇ、これから妹さまはもっと遊ぶ事になるかもね。そうなると、フォローが忙しくなるのよ」

「フォロー?」

「…被害が及ばないようにとか」

「…なるほど」

 

咲夜が言うには、黎人との一件があって以来、フランは積極的に外に出るようになったようだ。だが狂気は無いもののあの異常な能力が無くなった訳では無い。フランの調子が上がってきてハイテンションになった時にそこら一帯が消し飛んでしまいかねない。なので咲夜が能力で被害を最小限に留めている。時空を歪めて遠くの土地を爆発させるに留めるなどしてだ。

だが遊んで行くうちにフランも能力の使い方を掴んだようで、無闇に破壊する程度の能力を使う事は無くなってきた。今ではこうして、フランの遊んでいる様子を、後ろで見守っていくだけでよくなって来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『……ッーーー』

 

 

 

 

(…………!)

 

 

 

 

不意に、咲夜の目に1人の男が浮かび上がった。フランの近くで、フランと同じように遊んでいる男の姿が。

フランが遊んでいる様子を見ると、一瞬『あの男』が浮かび上がる事が度々あるのだ。その正体は分かっている。それは、彼女の後悔の象徴…

 

 

 

「……咲夜?」

 

急に彼女の様子がおかしくなったのに気づき、黎人が声をかける。その声に、咲夜は意識を取り戻した。

 

「あら、ごめんね。ちょっとボーッとしてたみたい」

「…?何でも無いならいいが…」

「大丈夫よ。そういえば、今回の祭りは霊夢が舞を披露するのよね」

「まぁ、そうね…」

「期待してるわ。お嬢さまも大変興味を持っているようだし」

「げ…あんたも来るの?」

「あら霊夢、面白そうな事を私が見逃すわけ無いじゃ無い」

「…そうだった。面白そうな事を見逃さない吸血鬼だったわね」

 

咲夜が霊夢の舞の話をする。見に来るのは人里の数人もだが、霊夢の知り合いもかなり来る。それだけ、彼女を慕っている者が多いのだ。

 

「ま、期待してるわよ。霊夢の舞を楽しみながら見てるわ」

「おう、じゃあな」

 

やがてレミリアたちと別れ、黎人と霊夢は再び食事を取るために店を回った。その様子を、レミリアと咲夜は後ろから見ていた。

 

 

 

「また思い出したの?豺弍のこと」

「……」

 

 

 

レミリアが聞いてきた内容に、咲夜は頷いた。フランを見ている時に一瞬だけその男を思い出したのだから。

 

 

「別にそれが悪いとは言わないわ。でも悲しそうな顔はしないで。そうじゃ無いと、あいつに会わせる顔が無いわ」

「……はい」

 

レミリアの言葉に、今度は言葉でうなづいた。彼女も分かっているのだ。『あの男』は悲しんだりする事が嫌な男だ。だから悲しそうな顔をせず、笑わなければならない。あの男が、安心していられるためにも…

 

 

 

 

 

「まさか、レミリアまで見に来るとは」

「意外だったな。って事は、他の奴らも見に来るんじゃね?」

「…大いにあり得るわね」

 

 

焼きそばを食べながら、霊夢は困っていた。先ほどまでは人里の人の前で舞を披露するプレッシャーに押されていたが、今は知り合いにも見られるという羞恥が混じったのだ。

 

 

「…大丈夫かな…」

 

 

舞の練習を必死でしてきた。だが本番が近づいていくにつれて、不安が更に大きくなっていくような気がした。

 

そう思っている間にも、刻一刻とその時が近づいていってる。




お久です。時間がかかってしまいました。
今回は黎人編でしたが、次は惣一編、その次は魏音編で、その次に再び黎人編に戻ります。

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