東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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本小説では今年初ですね。いつも見て来れている方、今年もよろしくお願いします。




122 霊夢が前線に立つ

数時間前

 

霊夢と黎人が、異変の黒幕である雪羅の前に立った時である。黎人の口上を境に戦闘が始まったと言ってもいいだろう。

 

 

「ああ、悲しいわ。そんな風に言われると、心が割れそう。

 

でも私はここでめげないわ。私は絶対に、あなたを虜にしてみせるから」

 

 

黎人に拒絶された雪羅は、全く傷ついているようには見えなかった。側で見ている霊夢はわざとらしいとすら感じた。ぎこちない喋り方は特に苛立ちが募った。

 

ナイフを持っている手に力が入っている。知っている人間の前に立ち、ソレと戦うとなると黎人も流石に色々と考えるみたいである。

 

無論大袈裟に悩んでいるとかではない。少し力んでしまう程度だ。戦えなくなるほど酷いと言うわけではない。

 

 

「待って、黎人。ソイツは私がやるわ」

 

 

しかし、雪羅と戦わせるのはよろしくないと霊夢は思った。

 

理由は特にない。彼女得意の勘である。ソレは彼と雪羅との戦いを良しとしなかった。ただそれだけである。

 

 

「…霊夢?」

 

「曲がりなりにも知り合いでしょ。そう言うやつと戦うのはあまり気分が良くないはず。

 

ここは私がアイツを倒すことにするわ。もともと異変解決は博麗の巫女である私の仕事よ」

 

 

言っている言葉のほとんどはハッタリである。彼女は建前の事しか言っていない。博麗の巫女の仕事であるのは確かだが、彼女がしなければならない事ではない。今までは黎人らが解決したことの方が多い。

 

 

「あら、その女がやるの?分かっているとは思うけど、力の差は歴然よ。結果は目に見えているわ」

 

 

イラッという気持ちが霊夢の中を満たす。雪羅は霊夢を大したことがない相手としか見ていないのだ。事実雪羅の方が強い。黎人の勘でいけば霊夢が負けるだろう。

 

 

「…分かった。お前に任せる」

 

 

しかし、黎人は彼女に託した。

 

火の力を解除して、武器をしまう。そしてそのまま後ろに下がった。完全に戦闘に参加しないということである。

 

 

「…どういうこと?あっさり下がるなんて。てっきりお前を先に立たせるわけにはいかないと言って下がらせるかと思っていたけど、そうじゃないのね。説明してくれないと落胆しそうよ」

 

 

雪羅が黎人に向かって言う。彼女は黎人がここで下がるとは思っていなかったのである。自分の予測とは違う行動に()()()を感じながら、雪羅は黎人に尋ねた。

 

 

「落胆するなら勝手にしてろ。ソイツに怒られる方がめんどくさいからな。

 

勝てるか負けるかとかどうでも良いんだよ。ソイツはお前と一対一で戦うことを願った。それだけの話だ」

 

 

黎人の答えは、意外と単純なものだった。

 

霊夢がたたかわせてといったから下がっただけであると言った。女心が分からない彼ではあるが、気持ちを踏みにじる行動を良しとは思わない。相手がそうしたいと言うのならばできうる限り叶える。それが彼の中の考えである。

 

 

「そう。ずいぶん厳しいのね。でも安心したわ。あなたは博麗の巫女を特別視しているわけじゃないのね。

 

じゃあ遠慮なく殺させてもらうわ。うるさい虫を見るのはもううんざりなのよ」

 

 

来る、と予感した。それは明らかだ。今の状況を考えれば彼女じゃなくてもそう思ったであろう。

 

札を持ち、構える。札と棒を使うのが彼女の戦い方だ。いつもなら弾幕も使うが、今の()()では弾幕はあまり使えない。

 

そしてすぐさま札を投げた。先手必勝、戦う時はいつも自分から仕掛けるのが彼女の戦い方でもある。一気に攻めるというよりも早めに終わらせるという方が正確かもしれない。

 

 

「甘いわ」

 

 

だがアッサリと躱される。あまり驚きはしない。もともと弾幕は避けられるものなのだ。だから大量の弾幕を用いて避けにくくするのが一般的である。今の彼女の攻撃は簡単に避けられるものだった。

 

 

「それはコッチのセリフよ」

 

 

そうして避けさせる事が霊夢の狙いだった。雪羅が避けた地面に札が現れ、光り始める。

 

 

「…!?拘束系…ッ」

 

 

それは動きを制限するものだった。札を大量に持っているだけあり呪術系統はお手の物だった。普段グータラしているもののれっきとした巫女である。

 

 

「くらいなさい!!」

 

 

封魔針、札以外に彼女がよく使っているものである。威力はかなり高く、それを1発当てて妖怪をアッサリと退治したことは何度もあった。

 

貫かれるとかなり大きなダメージを負う。避けなければならないのだが拘束されている今ではロクに動けない。針は彼女の胸に刺さる。

 

 

《ガキン!!》

 

 

だが貫くことはなかった。衝突した時に大きな音が鳴るだけで、針は彼女の胸からポトリと地面に落ちた。

 

 

「え……?」

 

 

針の先はかなり細く、硬さも密度も高い。大抵のものは貫けるし、ましてや人体を貫かないわけがない。

 

だからこそあまりにおかしいと思った。全力で投げた針が人の体を貫けないはずがない。まして先ほどのように金属がぶつかった時のような音が鳴るはずがない。

 

 

「バカね。そんな簡単に殺せるわけないじゃない。私の能力は公表済みでしょ?」

 

「あんたの能力って…確か結晶?それが何か…」

 

「分からないのかしら。今私は鎧を身につけているの。透明であなたには見えないでしょうけどね」

 

 

ハッとした表情になる。目に力をいれると、確かに雪羅の体に違和感を感じる。顔はどこかぼやけているし、何より髪が風になびく事なく全く動いていない。

 

雪羅のいうとおり、彼女は鎧を身につけているのだ。透明で硬く、並大抵の攻撃なら弾き返すほどの。それを身につけて平然としているのは、鎧が軽いからか、あるいは彼女の力が強いからか。

 

 

「フフ…こんなのを使って勝負を決めようなんて、相当手癖が悪いわね。あなたとは仲良くなれなさそう」

 

 

彼女にかけられた拘束は解けられ、手首を回している。

 

まずい、と霊夢は感じた。拘束など特殊な効果を備えている札は数枚しか持っていない。そのうち1枚がもう使えなくなった。自分の攻撃の甘さで無駄になってしまい、焦りと苛立ちを積もらせる。

 

 

「さて、次は私の番ね」

 

 

空中に飛び上がる。その高さは平均よりも高い。だが空に浮かぶというわけではなくあくまでジャンプしただけで、そのまま地面に向かう。

 

だが、飛んでいる途中に変化が訪れる。それは彼女の足に現れた。スニーカーの靴が鋼色に変わる。そして靴底から刃が生えた。水平に向けられている刀は、地面にくっつく。

 

 

「…!?それはッ…!?」

 

「スケートという文化は知らないわよね。氷の世界の名物よ」

 

 

スケートは、氷の上を滑る遊びの一つである。靴底につけられている刃により氷の上を滑ることが可能になる。それを利用してレースをしたり、もしくはダンスのような事もある。

 

幻想郷ではそのような文化はない。雪も降るし湖が凍ることもあるが、その上を滑ろうとする人はおらず、それを行える場所もない。そんな土地の出身である霊夢にとって、雪羅の身につけているの靴は得体の知れないものでしかなかった。

 

 

「幻想郷の土地を『結晶化』したのはこのためよ。この地面なら私のスピードが跳ね上がるからね」

 

 

ギュイン、と地面を蹴った。走るよりも速いスピードで滑る雪羅は一瞬で霊夢の前に近づく。

 

 

「ほら!」

 

「うっ…きゃっ!!」

 

 

回し蹴りをするかのように回転しながら足を降る。靴の刃が風を切るようにヒュンという音が鳴る。

 

後ろに仰け反りながら雪羅の蹴りを回避する。だが体重が後ろにかかり、滑りやすい地面で踏ん張りが効かない霊夢は地面に崩れた。

 

 

「あはは、情けないわね。これが博麗の巫女の体たらくってところかしら?」

 

「うるさい!今に見てなさい…」

 

 

悪態をつきながら地面を見る。先ほどよりも透明感が増していた。彼女たちの立っている場所は先ほどよりも滑りやすくなっている。それは雪羅にとって動きやすく、そして霊夢にとって動きにくいようにされているものだ。

 

地上戦では圧倒的に不利、そう悟った霊夢は空に浮かぶ。地面のない空中なら地面で滑る事がない。

 

 

「あらあら、転ぶのが嫌になって空中に逃げたのかしら。情けないわね」

 

 

雪羅の罵倒は止まらない。棘のある言葉は遮るという機能を持ち合わせていなかった。相手の動きの隙を見てはそれを貶すような言葉を出す。それに霊夢はグッと堪えた。

 

 

「うるさいわね。地上だとあんたの領域になるだけでしょ。私の領域は空中、ここなら結晶化した地面で滑る事がないし、あんたのその滑る移動も使えないわ」

 

「口の悪い事、聞いてて凄く機嫌が悪くなりそうだわ」

 

 

それはコッチのセリフだと言いたかった。雪羅の言葉こそ相手を苛つかせるものだ。それが出来ないのは、彼女が自身の言葉を振り返る事が出来ないほど視野が狭いためである。

 

 

「けど一つ間違っているわ。空中なら滑る事が出来ないというのは間違いよ」

 

「え…?」

 

 

雪羅の言葉に戸惑い始める。だが霊夢の様子は気にもせずに彼女は地面を滑り始めた。それはただ地上を滑っているだけのようだ。

 

だが滑り続けている雪羅の姿が、自分に近づき始めた。空中に浮かんでいる霊夢に近づいているということは、彼女も空中にいるという他にない。

 

 

「うそ…くっ!」

 

 

横に飛んで彼女の突撃を躱す。獲物を失った雪羅の蹴りは空を切る。天まで伸びるような鋭い剣はそのまま上空へと伸びていった。

 

ある程度浮かんだところで勢いが止まる。だが落ちずにそのまま浮かんでいる。

 

 

「なんで…飛んでいるならまだしも…」

 

 

霊夢は戸惑っていた。飛んでいるだけなら別に問題はない。彼女も飛んでいるしこの幻想郷ではそういう者は少なくない。

 

だが先ほどの雪羅の動きは間違いなく滑っていた。移動中の足の動きはまさにそれであり、音さえも氷の上を滑っている時のものだった。

 

そういう演出をしているというのも考えられるが、勘の鋭い彼女は納得しなかった。

 

 

「戸惑っているみたいね。滑稽すぎて涙が出そう」

 

「いちいち勘に触るわね。空に飛べることを実証してそんなに嬉しいの?」

 

「あら、浮かんでないわ。これは立っているのよ」

 

「え…?」

 

 

更に疑問を持つ。立っていると雪羅は言っているが、彼女はどう見ても空中に浮かんでいるのだ。立っているというのは基本的に何かの上に足を乗せている状態を言うはずなのに。

 

 

「まさかと思うけど、空中を固めているわけじゃないわよね」

 

「ご名答。正確には空間を結晶化したというものよ」

 

 

疑問が分かって納得すると同時に霊夢は呆れてしまった。何しろとんでもない理屈で物事が進んでいるのだから。

 

彼女の能力は結晶化である。結晶とは規則性を持つ。すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものである。

 

雪羅は自分の足下の空間を結晶化した。それにより異物が入らないように設定されたのだ。そのためその空間に入れない彼女の体は結晶化されていない空間に留まる、それにより浮かんでいる状態であった。

 

 

「空間の結晶化はあまり扱い慣れていなくてね。自分の近くにしか効果を発揮出来ないの。だからこうやって浮かぶことしかできないんだけどね。それで十分、空中でもあなたが不利である事は変わらないわ」

 

 

雪羅の言う通り、有利不利は変わっていない。空中なら滑って移動出来ないと思っていたはずが、空中でも滑る事が可能であるとなった。先ほどのような厄介な攻撃はまだ続くという事である。

 

 

「…だからなに?たかが不意をついたぐらいで調子に乗らないことよ」

 

 

札を取り出して叫ぶ。すると札に光が篭った。虹色の光を纏った札は、彼女の技を繰り出す合図であった。

 

 

「夢想封印!!」

 

 

札を投げる。それと同時に彼女の背後に陰陽玉が現れる。投げられた札は数を増やして雪羅の周りへ、陰陽玉は一気に雪羅に向かって放たれる。大量の札と陰陽玉による攻撃、それが霊夢の得意技だ。雪羅を纏っている強固な結晶もこれだけの数なら防ぎきれない。その霊夢の読みは間違っていない。いくらなんでもそこまでの頑丈さはない。

 

1つだけ考えていなかったのは、雪羅もスペルカードを持っていると言うことだった。

 

 

その美しさは消えることなかれ(ビューナットバウンテッド)

 

 

雪羅のスペルカードが発動される。その途端、雪羅に向かって放たれるはずの弾幕がその場で停止して動かなくなった。

 

 

「うそ…!なんで…!?」

 

「残念だけど、弾幕なら一時的に止められるの。分かる?あなたにとって私は相性最悪ってわけ」

 

 

雪羅はアッサリと言った。彼女の攻撃が通じないと当たり前のように思っている。彼女の目には霊夢はあまり脅威には感じなかった。

 

霊夢の握る手の力が抜けていく。次から次に彼女の技が封じられていく。自分の攻撃は雪羅に通じる事はないと言われているみたいだった。その現実を前に霊夢の頭の中が真っ白になっていく。これを絶望と言うのだろうかとまるで他人の感情を推察しているように思った。

 

 

「そんなことよりもボーッとしている場合じゃないわよ。何しろ私の攻撃はまだ続いているのだから」

 

 

思いがけない台詞を聞いて、雪羅の方を見る。その視線を追って頭上、つまり空を見た。

 

目に見える景色の中で唯一凍っていないものである空は、いつもと同じく綺麗な色をしている。それ故に、空に浮かび上がっている小さな破片のようなものが目立った。

 

 

「なに、アレ…」

 

「あら、さっき私の結晶が上空へ飛んだの見ていなかったの?」

 

 

そう言われて思い出した。雪羅が空中に迫ってきた瞬間、避けた時に何かが飛んで行ったように見えた。あまりの速さと鋭さゆえにそう言う幻覚が見えているのかと思っていたが、そうではない。本当に雪羅の足から結晶の一部が上空へ飛んだのだ。

 

それはいわゆる種である。上空の雲へ飛ばすことで、雲の中で種子を生成していった。それは雨が降るように地面へと降りていく。

 

それはまさに氷の結晶で出来た剣であった。地面に鋭い切っ先を向けた結晶は真っ直ぐ霊夢の元へ迫ってくる。

 

 

「弾幕ごっこ好きなんでしょ?だったらこの弾幕を避けて見なさい。ただしどういう軌道を描いているのかは私も知らないけどね」

 

 

腕を真っ直ぐに伸ばしている雪羅は先ほどの位置から大分変わっていた。それは氷の雨が降らない場所である。霊夢は氷の雨が降る場所におり、そこから逃げる事は出来ず、防ぎきるぐらいしか出来ない。

 

 

氷華塔(エメラルドレイン)

 

 

それは雪羅の必殺技である。一定の範囲内に大量の結晶の剣を雨として降らせるものだった。その中にいるものは逃げ道を失い、無限の剣に貫かれることになる。

 

霊夢は防御結界を張り、その剣を防ごうとした。1つ目が結界に当たる。それだけでかなり大きな音がなった。

 

続けて剣が落ちていく。一気に負担をかけられた結界はヒビが容易に入った。

 

破片が霊夢に当たる。崩れ始めているという現実を叩きつけられている霊夢はより焦りを感じている。

 

力を更に入れてより強固にしようとする。だが無意味というようにヒビの入り方が大きくなる。端っこの方は壊れているほどだ。何しろ結晶の硬度は尋常ではない。半端な結界では防ぐことが出来ないのだ。

 

《バリィィィン!!》

 

やがて、結晶は割れた。アッサリと破れ、霊夢を守る壁はなくなる。その身に数百本の剣が襲いかかった。

 

 

「ああああ!!!」

 

 

何本もの剣が体を貫く。あまりそのような痛みを体感したことのない彼女はその激痛に苦しみ絶叫した。もしそれを聞いている人がいたら、やがて聞いていられなくなり耳を塞ぎそうなほど悲痛な声である。

 

体から血が流れ出し、服は容易に破れていく。為すすべのない彼女は精神すらも粉々にされそうな錯覚に陥る。

 

氷の剣を受けながら、自分の力の未熟さを痛感する。そして、今まで黎人にどれだけ助けてもらったのかを痛感する。このような痛みにあの男は耐えていたのかと、災禍の中で彼女は思った。

 

 

結晶はあくまで水蒸気を元に作られている。根を張り巡らせた雲に溜まっている水蒸気がなくなれば、氷の剣は生成される事はない。やがて終わりが訪れるのだ。

 

霰のような攻撃が止まり、そこには惨状が広がる。ボロボロになった霊夢を冷ややかに見ながら、雪羅は口を開いた。

 

 

「あはは。もう限界じゃない?見ていて結構悲惨よ」

 

「うるさいわね…こんなの屁でもないわよ」




霊夢対雪羅、かなり霊夢が劣勢です。果たして彼女は勝てるのでしょうか。

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