巨大な生物の前に立ちはだかっているのは、惣一だった。黎人たちと一緒に旧地獄跡に向かう途中で、腕を失った彼は手術のために戦線離脱をしていた。
そして今現在、彼の右腕は新しい右腕に変わっている。機械仕掛けのようなそれはまさに義手と言えるものだった。外の世界における知識とにとりの技術によりその腕を作成出来たのである。
惣一はその事実をアッサリと受け入れていた。見慣れている自分の体とは全く違うというのに、動揺している様子すらない。それどころかなんとも思ってもいない様子だ。自分が大きな怪我をする事自体はもはや当たり前と思っているからそのように受け入れられているわけでもあるのだが…
『ウウ…』
惣一の様子をジッと見たまま、巨大な生物はうめき声をあげていた。何かしようとしているのか、それとも興味がないのかが全く分からない。
「理性が無いのは見て分かるんですが…ひょっとすると刺激に鈍感なのでしょうか」
目の前に現れたというのに呆然としている生物を見て、刺激に鈍感なのでは無いかと考える。刺激は必ずしも触覚とは限らない。聴覚、嗅覚、味覚、視覚などといった五感は全て刺激と言えるのだ。
この生物は刺激に極端に弱い可能性がある。それ故に惣一を見ても特に反応しない事にも納得が行く。もっと言えば痛覚にも鈍感であるという事にもなるのだが…
「相手の出方を見るつもりでしたが、仕方ない」
惣一が動き始める。鎧の力を使って空に浮かぶ。そして巨大な生物の目の前に近づいた。
手に持っている銃を目の前の怪物に向ける。その銃口はもう既に大量のエネルギーが満たされていた。
先手必勝。惣一はそのつもりで攻めるつもりだ。相手が何もしてこないのならこちらから動くしかない。効いたのならそれで良い。効かなかったとしても何かしらの反応は起こるかもしれない。いずれにしても先手を打たない事には何も始まらない。
『キャノンレーザー』
巨大なレーザーが巨大な生物に襲いかかる。それは間違いなく眉間を捉えた。肌が焼けている音が大きく響いている。
もちろんそれが聞こえているのはおかしい。惣一のその技が繰り出され、それが標的を捉えた時は跡形もなく消えているのが普通だ。それにもかかわらずいまだにその音が聞こえているという事は、その光に包まれている部分は消えていないという事になる。
「やはり、耐えられていますか」
光が消え、それに包まれていた巨大な生物の体の一部は、予想していた通り消えずに残っていた。
だが、少し黒くはなっている。ノーダメージというわけでもなく、体にはそれなりにダメージは入っているのだ。
「何の反応もないとは…流石に驚きますね…」
なのに本体の方はなんとも思っていないのだ。先ほどのように呆然と立ったっているままだった。流石に惣一も驚かざるを得ない。
惣一は痛覚無効という予測に確信がついた。体の方にダメージが残っていて反応をしないということは、それ以外の選択肢は無い。訓練すれば痛みに耐えれるとはいうが、体が焦げ付いてもなんとも思わなくなるなんてことは普通ありえない。
「ウゥ…!」
「…!漸くコッチに気づいたのですか……!」
巨大な生物の視線が動いている。それは間違いなく惣一を捉えていた。どうやら漸く惣一を認識したようだ。
腕が上がっていく。惣一を叩き潰そうとしているのだろう。先ほど刃燗にした時のように。
移動してその攻撃を難なく躱す。速度は相変わらず遅く、避けるのはそんなに苦では無い。
(しかしあの跡…果たしてどの程度効いているのでしょうか)
惣一が気になっているのは、先ほどの攻撃がどれくらい効いているのかということだった。焦げ跡が付いているわけだからダメージ無しというわけでは無い。
しかしあの跡だけ見るとあまりダメージが入っていないようにも見える。若干火傷しているという風にも見える。
それが分かれば対策の練りようがあるが、今の攻撃が果たして意味があるのかどうかさえも分からない。その攻撃を続けてもいいのかが判断できずにいた。
「ウアア!!」
「…ッ!地面を叩きつけた腕をそのまま…!?」
大きな声とともに、地面を叩きつけていた腕がそのまま惣一に向かって移動してくる。ムチを振っているかのような速さとしなやかさである。
今度は難なくとはいかなかった。フライドアーマーを使って急降下してその攻撃を躱す。腕はそのまま空を切った。
(あんな動き…普通なら腕に負担がかかるというのに……!)
先ほどの動きは普通にできることでは無い。思いっきり力ずくで腕を振れば負担はかかる。振り切った時の腕が間接と逆方向に曲がったとさえ思える勢いだ。
痛覚がないことから、このような無茶ができるのだ。腕が例えへし折れてもこの生物は何とも思わないだろう。だからこそ自分の体に負担がかかる動きが平然とできるのだ。
不気味でもあり、哀れとさえ感じる。自分の体が痛んでいる事に気付かないのは、あまりにも可哀想に見えるのだ。
(ですが仕方ありません。痛覚が無効化されるのなら…!)
再び怪物の前に現れる。そして再び銃を構える。だが今度は先ほどのようなビームではない。
「発射!!」
引き金を引くと、勢いよく銃口から煙が溢れ出て来た。レーザーと同じように巨大生物の顔を覆う。
「うう…!?ウッ…!!?」
突然苦しみ始める。先ほどまでピクリとも動かなかった巨人が、膝をついて苦しそうにしていた。
「……やはり、嗅覚だけは強いみたいですね…」
その生物は感覚に弱い。痛覚もほとんどないし、視覚もそれなりに強くない。
なのに先ほどのように、惣一の位置は特定されていた。それも正確に。感覚が全く無いというのであれば、それは絶対に起こり得ない事だ。
つまり、何かしらの方法で惣一を捉えた事になる。それの最も有効な可能性は、嗅覚だった。聴覚に優れているのであれば、惣一の声を聞き取る事もできるが、惣一が何か言っても反応もないためその可能性がなくなった。
よって嗅覚で位置を把握したという事になる。先ほど惣一に向かって攻撃できたのは、銃から出る火薬の匂いから読み取られたのである。
「怯んだのならそのまま…!」
惣一はナイフを取り出して近づいていく。今度は銃による攻撃ではなく、斬撃を試すつもりだ。
「はぁ!!」
ズバッと一閃。刀は確かに巨人の体を捉えた。巨人の肌から血が滲み出てくる。
肌そのものにはダメージは入っている。銃の時も火傷の跡がついており、斬撃も斬れないというわけではない。
「これも反応無しですか…!」
しかし、痛がっている様子はない。先ほどの鼻のダメージに苦しんでいるだけだった。
肌の一部が焼けたり斬れたりしても、痛いと感じることはない。恐らく触られたとしても気づきはしないだろう。それほど触覚には鈍感なのだ。
「…イタイ……!」
「…!?いま、声が…!」
惣一は思わず耳を疑った。いま間違いなく目の前の怪物が喋ったのだ。先ほどまで呻き声しかあげていなかったのが嘘のようである。
「ナンデ…!?ボクハ……!コンナクルシミヲウケルタメニヤッタワケジャナイノニ……!」
「…?一体、何を……!」
理解が追いつかない。その生物はいま何かに苦しんでいる。体のダメージとは関係ない。それ以外の何かに苦しんでいるようだった。
この生物は結局何なのだろうかと、惣一は考え始める。怪物としか見ていなかったが、実は別の正体があるのではないかと考え始めた。そもそも種族すら考えていない。てっきり驥獣の一種と思っていたのだが、ひょっとしたら違うのではないかと思う。
「ウガアア!!」
「…!」
思考に耽っている内に、怪物が攻撃を仕掛け始めた。大きな手で惣一を弾き飛ばそうとしている。考え事をしていた惣一は反応出来なかった。
巨人の手が迫ってくるのを見て、その攻撃は回避できないと判断した。いくらなんでも今の状態でその攻撃をかわすことは不可能である。
手の甲を前方に向け、シールドを張った。それで攻撃を防ごうというのだ。このデカい拳を完全に防ぎきれることは無理なので、出来る限り威力を弱めることしか出来ない。
拳がシールドに当たる。大きな音と同様に衝撃が惣一に伝わる。重いような感じの衝撃は、体を粉々にしてしまうとさえ思える強さだった。
誰もが力尽きてしまうほどの状態の中、惣一は
「バレット!!」
シールドが青色から赤色に変わる。惣一がそのシールドのある効果を起動したのだ。そうすると必ずその色に変わる。
そして赤色のシールドが、叩き割れたようにバラバラに散る。そして巨人の腕が引き戻される。
「ウアア!!」
「流石に自分の攻撃は痛むようですね」
ここに来てようやく、巨人が叫び始める。ダメージが入ったのだ。
先ほどシールドが破壊されたかのように見えたのは、いわゆる攻撃の反射という機能が発動した時のものである。そのシールドに負荷がかかっている方向に、同じ衝撃を与えるというものだ。それが発動する条件は、攻撃を受けた状態のまま発動するまで耐える事である。失敗すると大きなダメージを被る事になる。その分成功した時は大きなダメージを与える事になるのだ。
にとりによって作られたその義手は、このような機能がつけられている。強力な弾幕を放つようにすることも可能であるという事だったが、惣一は防御に強化することのみに徹底していた。
「アゥ…!アァァァァ!!!!」
巨人が再び動き始めた。吹き飛ばされたはずの巨人は大きく空へ飛び上がる。その巨体には似合わずかなり高い位置まで飛んでいる。
空中に浮かんでいる巨人に銃口を向ける。空中にジャンプしただけなら、それを狙撃することは容易い。ましてその大きさでは銃が当たりやすくなる。
「タオシテヤル…!オマエモ…クロロモ…!!」
「…っ!?何を…!」
その巨人が妙なことをしたせいか、惣一はその腕を止めた。空に飛んだのだから、てっきり自分に向かって落ちてくるだろうと思っていた。
だがその巨人は空中で回転し始めたのだ。体を丸めて、タイヤのように縦に回転している。
(…あの動き…!)
その動きを、惣一は知っていた。少し前にそのような戦法をして来た人物を知っている。それと直接戦った訳ではないが、彼はそれを見たことがあるのだ。
巨体は惣一とは少し遠く離れたところに着地した。そして回転の勢いで一気に惣一に迫ってくる。
「くっ…!」
義手を使ってシールドを張る。先ほどのように弾き返すつもりだ。今有効なのは少なくともその方法である。
《ギャリィィィン!!》
転がってくる巨体がシールドに当たる。あとは先ほどのように義手の機能を発動すれば良い。
だが、それは出来なかった。
(ぐっ…!回転が……これでは弾き飛ばされ…!!)
その攻撃は直進する方向以外に、回転による力も働いている。後ろに吹き飛ばされるのではなく、シールドを弾き飛ばされるような力が働いている。凄まじい回転の力に耐えている惣一は、義手の機能を発動する事が出来なかった。
《ギャリン!!》
「しまっ…!」
とうとう弾き飛ばされる。シールドが義手から剥がれ、惣一の体を守るものが何もなくなった。
《ドゴン!!》
「ぐあ…!!!」
回転する巨体にぶつかる。デカさと速さによって増大されている威力が体に響く。意識をその場に置いたまま身体だけ吹き飛ばされそうな感覚だ。
遠くに飛んでいき、岩に当たる。ある程度の怪我は経験済みだが、ここまで重い攻撃を受けた事はない。全身の打撲による痛みを、吹き飛ぶ身体が止まったところで漸く自覚した。
「あっ…!ぐっ…!ァァ…!!」
外傷は特にないが、明らかに身体の内側に大きな傷を負った。それは果たして骨か内臓か。あるいは両方という可能性もある。神経もイかれたようで痛んでいる場所が分からなくなっていた。
(ぐっ…一発で……)
惣一は一発しか受けていない。それなのに今の彼の身体は満身創痍とも言える。感じる痛みがまさにそれを訴えている。
巨人は遠くの方で立ち上がっている。回転したせいで気分が悪くなっているせいか暫く動けない様子だ。
(まずい…このままでは……)
惣一はただ焦ることしか出来なかった。まともに動けない状態であるのに対し、向こうの方はダメージを少し負った程度だ。受けているダメージの大きさがあまりにも違いすぎる。このまま戦えば自分が負ける未来しかない。
(もっと強力な力が必要だ…!)
どうにかするためには強力な力が必要となる。目の前の巨大に劣らないほどのパワーが…
◆
刃燗は家族から煙たがられていた存在だった。
生まれた時から目つきが悪く、赤子でありながら誰にも可愛いと思われた事がない。妖怪だと言われる事は珍しくなかった。
不気味な顔を怖がる大人たちが家族の悪口を言ったり、その子どもが彼にいたずらをしていた。生まれつき体が強く、喧嘩のセンスがあった彼は仕返しをしたのだが、それを今度は素行の悪さに対して文句を言われた。
それに耐えきれなくなった親は、信じられないことにその子どもを家から追い出した。
「そっか……捨てられたのか」
感情が荒れていた刃燗はそれだけ思い、フラフラと街中を歩き回った。
もちろんそれで生きていけるはずが無い。何も食べられない状態であった彼は空腹に苦しみ、目立たないところで横に倒れていた。日陰であっても空に見える太陽が鬱陶しくさえ感じた。荒んだ環境で育った彼にとって、鮮やかに輝いている太陽は皮肉にしか見えなかったのだ。
「…?なんだ、アレは…」
通りすがりの女性がこちらを見ていた。意識が朦朧としているせいかその姿がハッキリとは見えない。真っ赤なズボンを履いている人がコッチに近づいてきているのを見ながら、刃燗は意識を手放した。
「…っ!ここは…!?」
意識を取り戻した時は、外ではなく完全に家の中であった。木製で作られた天井を見て、刃燗はそこが自分の知っている場所では無いと気づいた。
「お、目覚めたか」
自分が布団で寝ていた事にも気づき、声をかけられた方を向くと、2人の女性がいた。1人はさっき見たであろう赤いズボンの女性、もう1人は青色の服をした女性である。
「気分はどうだ?街中で倒れていたという事だったが…」
青い服をした方の女性が尋ねる。ハッキリとは覚えていないが、街の中で倒れていた記憶はあった。
「…さぁな」
「さぁ、て…少しも分かんないのか?」
今度は赤いズボンを履いている女性が尋ねてくる。自分の適当な返事に少し苛立ちを感じたのだろうと認識した。そういう人間がたくさんいることを、刃燗はとっくに理解している。
「別に良いだろうが。勝手な事をしてくれやがって…」
乱暴な口調である。助けてもらった側であると言うのに、身勝手な物言いに赤いズボンの女性は怒った表情のままコッチに近づいてくる。
「よせ妹紅。いま彼は体が弱っている状態なんだ」
「けど慧音。こういうのは甘やかすと…」
「分かっている。だけどひとまずは押さえてくれないか」
2人のやりとりを聞いて、刃燗は2人の名前を覚えた。赤いズボンを履いている女性は妹紅、青い服をしている女性は慧音と言うらしい。
「…そうだな。とりあえずご飯を食べないか?」
慧音から食事を誘われる。刃燗はそれを断ろうと思ったわざわざ見ず知らずの人間と一緒にご飯を食べる筋合いなどない。
《グゥゥゥ……》
だが、そう思った瞬間空腹を訴える音が鳴った。長い間何も食べられていなかったので当たり前と言えば当たり前なのだが…
「ほら、腹も減っているのだろう?一緒に食べよう」
そう言われて刃燗は仕方なく慧音と一緒にご飯を食べる。久しぶりの食事だった。そのせいか刃燗は結構食べたのである。
その後、刃燗は慧音が開いている寺子屋の生徒となった。最低限自分で生きていけるようになるためという目的である。
しかし性格が曲がりまくっている刃燗は、次から次に問題を起こしていた。その度に周りの人間たちから文句を言われていた。文句を言われるのが当たり前だった刃燗にとってその文句は全く効かなかった。
だが、その時といまで明らかに違うことがある。文句を言われ続けても、慧音は自分を捨てる事は無かった。叱りはするが見捨てることはない。
それが刃燗にとって不思議でしょうがなかった。とっとと捨てれば良いのに、なぜそうしないのかが分からなかった。
だから慧音に聞いてみた。なぜ自分を捨てないのかと。
「そりゃ、先生だからな。そう簡単に見捨てたりはしないさ」
アッサリと言われた。いつも通りで平然とその言葉を言った。自分の親は決してその顔はしなかった。
そこで刃燗は初めて慧音を信じるようになった。この人なら信頼できると。だからこの人についていきたいと思うようになった。
しかし、そうしていられるのはあまりにも短かった。
ある程度の時間が経てば、寺子屋は卒業となる。ある程度の学力が身につけた刃燗は寺子屋から卒業になった。
もちろん二度と来るなとは言われていない。それどころか暇があったら来て欲しいとさえ言われている。刃燗はそのつもりでいた。
だが、慧音は次の生徒に授業を教えている。慧音は基本的に寺子屋にいるので、会う時間もなかなか取れなかったし、そうしていくうちに自分が彼女に会うことが迷惑になるのではないかと思うようになった。
だから刃燗は慧音のもとに行くことはやめた。寂しい気持ちから目を背けたまま生きていこうとしていた。
だが、彼の見た目を受け入れてもらう人はおらず、しばらくの間働いていた料亭も辞めざるを得なかった。職を失った彼は生きるために、幻想郷で不良として生きる事を選んだ。
弟子のようなものができ、刃燗は好き放題の事をした。他人を脅迫する事も当たり前だった。
それを繰り返して行くうちに、恐ろしく強い種族に出会った。
刃燗は初めて恐怖を覚えた。基本的に睨めば相手は怯えていたし、苦し紛れに反抗しようとして来た人物もアッサリと倒す事が出来ていた。
それなのに、目の前の敵には全く通じなかった。圧倒的な力を見せつけられて、刃燗はビクビクしていた。
絶望の淵に立たされていた。そんな中、彼を助けるものがいた。
特に知らない人物である。少なくともいままで人間の里にいた時は見たことすらない。
だが自分を守った背中を見て初めてカッコいいと思えるようになった。
刃燗はその人物について行くことに決めた。
そして彼の後ろをついて行くうちに、さまざまな人物と出会った。人好きの妖怪やなんだかんだ言って面倒見が良い巫女。そして正義感が強い人間。色々な人と出会って行くうちに自分が成長していく気さえしていた。
そして最初に自分がついていこうと決めた人物は更に逞しくなっている。その姿がとても輝かしく見えた。この人ならなんでもこなしてしまうのだろうとさえ思ったのである。
『お前は心のどこかで安心してんだよ』
◇
(そうか……そういうことか)
横になりながら、刃燗は気づいた。少し前に劉に言われた言葉の真意が読み取れたのである。
無意識のうちに、彼は誰か頼れる人物を求めていた。自分を守ってくれる人物を求め、自分一人の力でなんとかする気持ちがなくなっていた。
それがダメなのだと、劉は言ったのだ。誰かのためになりたいと言っておきながら、結局は他人任せになっていた。
守ってくれる人を望む事自体は悪いことではない。それは一種の生存本能だ。だが、進化しようという気持ちが無いものは永久に成長しない。
だから、刃燗は変わらなければならない。黎人や惣一と一緒に戦う事を望むのであれば、自分が強くならなければならない。彼らの下ではなく、彼らと共に戦える人物になるために。
「くそ…たれぇ……」
拳を握りしめる。力を入れた時は自然とそうする。逆に言えば、それこそ刃燗が気合いを入れている証拠である。
長い間、彼は全力を出そうと思わなかった。ぬるま湯に浸かったまま満足していた。それで意気揚々としていた自分を殴りたいような気持ちさえする。
(兄貴が…惣一さんがどうとかじゃねぇ……)
先ほど自分が戦っていた巨人の前には、惣一がいる。惣一ならあの強敵にも勝てるだろうと心のどこかで安心していた。
だがそういう問題ではない。解決すればそれで良いわけじゃない。自分自身がどうしたいか。
(あのデカブツは……!)
「俺が倒す!!」
《バチバチバチバチ!!》
「……!?」
(今のは…雷……いや、稲妻?)
青い光が走る。それはまさに稲妻と言えるものだった。
目の前の巨人はそれに気づいていない。あくまで惣一の方を向いたままだった。
稲妻が走ったところを見る。光はとっくに消え、そこにはひとりの男が立っていた。
「刃燗…さん?」
そこにいたのは、間違いなく刃燗だった。先ほどまで倒れていた男が立っているのである。
「なんで…いや、それよりもあの格好は……」
顔は間違いなく刃燗である。目の色が赤くなっているのも、札の力を発動した時の状態だ。
だが、1つだけ違うことがある。それは髪の色だ。もともと刃燗は青い髪をしている。それ自体は変わらない。だが、より黒色に近づいているような気がする。遠くから見ても光り方が違うのだ。
そんな刃燗は、少しずつ巨人に近づいている。
「…!まさか、戦うつもりでは……ッ!」
敵に近づくということは間違いなくそうである。そしてそれはとてもヤバい。刃燗はかなりダメージを負っているはずで、その状態で戦うと体に響く。まして相手は攻撃がなかなか通じない。無駄な攻撃は体力を浪費するだけだ。
力を振り絞って刃燗のところに向かおうとする。なんとかして彼を止めなければと、必死になっていた。立ち上がった惣一は刃燗の方を向く。
《バチン》
「えっ…?」
だが、その場所に刃燗はいなかった。ほんの少し目を離しただけで姿を見失ったのである。一体どこにいるのかと、惣一は辺りを見回した。
「なっ…!?もう
惣一は刃燗の姿を捉えた。そして思わず怯んでしまった。
何しろ彼は、巨人の前にいたのだから。
「あんなに…速く…!?」
捷疾鬼の力により、スピードが上がった事は知っている。だがそうは言ってもまだ見えないほど速くはなかった。
「……暴風」
拳を後ろに引いている。殴る前は誰しもその行動を取る。だが刃燗のそれは普通には見えなかった。
「アァ…?」
刃燗の存在に気づいたのか、巨人は歩いている足を止めた。そして刃燗の方へ手を伸ばす。その手はユックリと刃燗の元へ…
「ストーム・ナックル!!」
大きな光。そして、強風が吹き荒れる。近くにいた惣一はその強さに、吹き飛ばされないように耐えていた。
「あ゛ア゛…!?」
巨人が、口から何かを吐き出しているかのように声を出す。後ろに吹き飛ばされそうになり…そして、大きく飛んだ。
「アアアアア゛!!!?」
吹き飛ばされた巨人が遠くの方に吹き飛び、ようやく地面に着地する。大きな音がそのデカさを強調しているかのようだった。
「まさか…!あの巨体を…!?」
惣一は信じられなかった。今みた景色を。数百倍の大きさはありそうな巨人を、1人の人間の拳が吹き飛ばしたのである。冗談であると言いたくても、目の前で起こっている現実はまさにそれを示しているのだ。
「待たせたなデカブツ。ここからが本当の喧嘩だ」