神の三児の一人シャガル。その名前は神界では有名である。ディル、イシューと同様その名前を知らない者はいない。
しかし有名なのは名前だけである。姿や能力、過去の実績すらも知ってる者は一握りである。ディルもイシューも記録を見ればそれが全て分かる存在なのだが、シャガルのそれは全く知らされていない。
理由は1つ。彼は基本的に前に出ないからだ。
ディルは中心で指揮をとりながら任務を遂行する。イシューは現場で戦いながら任務を遂行する。
シャガルはどちらでもない。ただ影でひっそりとしているだけである。
無力であると言うわけではない。神の三児という名に相応しい実力は兼ね備えている。神の管理人も特に問題としていない。
それにもかかわらず彼は動こうとしない。基本的にのうのうと過ごしており、神としての責任感もあまり感じられない。
そんな彼のことを、嫌う者は沢山いた。
◇
「…これで全員かよ」
「仕方ないよね。魔理沙ちゃんも妖夢ちゃんも起きないんだし。魏音くんに至っては起きた瞬間にどこかに行ってしまったし」
地霊殿と言われる屋敷の中で黎人たちは集まっていた。大きなテーブルを囲んでいる形である。
黎人が眉を顰めている理由は、その人数だ。いまテーブルの周りにいるのは黎人と霊夢、豺弍、そしてこの地霊殿の主のさとりのみである。
もちろん魔理沙や妖夢が動けない理由もある。豺弍が言った通り2人は体が動かないのだ。どちらも意識不明であり話し合いに参加出来るわけがない。だから人数が少なくなってしまうのも無理はないのだ。
更に魏音は目覚めたが、直ぐにどこかに行ってしまった。話し合いに参加してくれと言っても聞いてくれなかった。
「その3人の事を言ってるんじゃねぇよ。あの時魏音を止めた奴だ。アレはどこにいるんだ」
しかし黎人が気にしているのは別の存在である。それはシャガルであった。体が動けない妖夢や魔理沙、かなり非協力的な魏音はしょうがないにしても彼がこの場所にいないのは明らかにおかしいのである。
「すみません。急用があるとの事で」
「…なんの用事だよ」
さとりの言う急な用事が気になる。神の三児と言われている者の急用の内容が気になるのは当然だ。
「駄菓子屋が新作を出したらしいのでそれを買いに行くと」
「連れ戻して来いやァァ!!」
黎人は大声で思いっきり叫んだ。
大事な話をすっぽかして駄菓子屋に行くのはあまりにも非常識である。
「え…新作の駄菓子…!?」
「なに
「駄菓子…ううっ」
「空腹に苦しんでいる場合でもねぇだろ!頼むから耐えてくれませんか!!?」
豺弍や霊夢さえもブレ始めている。このままでは大事な話し合いが駄菓子屋の新作の菓子についての話になりかねない。それを避けるために黎人は必死になり、その気持ちを読み取ったさとりは同情の眼差しで黎人を見るのであった。
「…話を再開させても良いでしょうか」
「良いよ」
「大丈夫」
「……おう」
少し前までの大騒ぎは終わって落ち着いたところで話を再開する。1人かなり疲れているのがいるが気にしないでくれという感じだった。大声でツッコミをし続けるのはかなり体力を使うみたいである。
「それで、何を話したら良いんでしょうか」
「とりあえず敵の情報だね。僕たちは別々の敵と戦っている。その情報は共有しておかないと」
まず最初に敵の情報を整理し始める。彼らが戦った相手の合計は4人である。その能力や性格について話し合っていた。
「へぇ…伝説の剣士か。それでその男はどこにいるの?」
「紫が来て、妖怪の山に連れて行ったわよ。アイツ美味しいところばっか取るんだから」
ジンは妖怪の山で身柄を拘束している。いま幻想郷でそれが出来るのは妖怪の山だけである。妖怪の大賢者である八雲紫がスキマを使ってその男を送ったのだ。
「それにしても…魔理沙の豹変ってのを詳しく聞きたいんだが…」
ここに来て黎人が1番気にしていた事を口にした。実を言うと霊夢と豺弍も気になっている。魏音が豹変した理由は分かっているが、魔理沙については全く見当がつかない。今までで1番共に過ごしてきた霊夢でさえも魔理沙のアレには心当たりが全くないのだ。
「さとりだったよな…魔理沙が変わった時の様子をもっと詳しく教えてくれないか?」
魔理沙の豹変を目にしているのは、この中ではさとり1人である。そのさとりからもっと詳しく話を聞こうとした。
【霧雨魔理沙は反転していた】
だが返答をしたのはさとりではなかった。彼女よりももっと無機質な、人間とはかけ離れた声で
そして部屋の扉が開かれる。そこにはその扉を開けた本人である。
「…シャガルさん」
部屋の扉を開けたのはシャガルである。片手には駄菓子屋で買ってきたであろう菓子の詰め合わせがあり、もう片方の手にはその中の一本を手にとって、シャガルはそれを食べていた。
「反転ってどう言う事なの?シャガル…えっと、ちゃん?」
豺弍がその話を詳しく聞こうとしている。反転という意味を知るために。
それに対してシャガルは返答しない。だが一本のお菓子を持っている方の手の中指を伸ばして、腕につけている機械に触れている。
【シャガルは男。さん、ちゃんは嫌。呼び捨て】
すると先ほどと同じように無機質な声が出た。
それを見て全員が察した。その声はシャガルが腕につけている機械が出している声であると。パソコンみたいに操作する必要もなく指を当てるだけで声を出すことができるみたいだった。
「…あのね。なんでカタコトなの?凄い聞き取りづらいんだけど」
霊夢はその喋り方が凄い気になった。内容はなんとなく分かるがその意味を理解するために時間がかかる。
【蛇足はしたくない】
「…余計な言葉は使いたくないってことかよ」
シャガルがカタコトのように喋る理由は余計な言葉を使いたくないというものだった。確かに余分な言葉を使いすぎるのは良くないが、逆に必要な部分も省略されると困るのも事実である。
【部屋出る】
「いや待て!まだ豺弍の質問に答えていないだろ!」
部屋を出て行こうとするシャガルを黎人が必死で止める。1人で勝手な行動ばかりする男に苛立ちを感じている者も何人かいた。
「…あれがシャガルという男です。余計な言葉を話したり余計な時間を過ごす事が大嫌いでして、自分が嫌だと思ったらすぐに脱出しようとします」
自分勝手な男だと霊夢は思った。あまりにも非協力的な態度は見ていて凄い嫌な気分になる。大事にならない限り異変解決をしようとしない博麗の巫女も相当な者ではあるが。
「反転ってのはどういう事だ」
【文字通り。霧雨魔理沙は一瞬だけ真逆の存在になったという事】
「原因はなんだ?」
【不明。仮説はたくさん】
なかなか情報が増えない。今のところ新しくわかったのは霧雨魔理沙が反転したということのみである。その事の意味もよく分からないしその原因も分かっていない。
【帰る】
「だから帰るなと言っているだろうが!!」
その上少し考えて喋らない時間があるとシャガルが帰ろうとするのだ。だから帰らせないように頑張らないと行けないのだが、そうしていくうちにイライラしてしまう。
「お前なんのつもりだ。さっきから真剣にやる気が全く無いだろ」
全く話に参加しようとしない態度に対して黎人が言った。彼はもう既に限界に近かった。
【別に。どうでも良い】
それに対するシャガルの返事は予測外すぎた。
「どうでも良いだと?」
【霧雨魔理沙がどうなっても知った事ではない。あそこで暴れたら迷惑だから止めただけ。ここ以外でどうなっても構わない】
霧雨魔理沙の問題を解決しようとはしない。神であるシャガルはそう言い放った。神とは到底思えない身勝手な物言いに霊夢も苛立ちを感じた。
「お前…神だろ。人を守るのが使命じゃねぇのか?」
役職的に神であるというなら、使命として人を守るというのが絶対の筈だ。シャガルはそんな姿勢が全く見えない。黎人には自分勝手にしか見えなかった。
シャガルは手に持っているお菓子の袋を捨てる。そして腕の機械に再び手をつけた。
【興味ない】
機械から発せられる声に、戸惑いを感じる。その言葉が出てくるとは全く思っていなかったからだ。
「興味ないだと…?」
黎人は更に尋ねる。その言葉の意味について。
【人を守るのは仕事の1つになっているけど、全人類を救うことは不可能。そもそも僕たちの使命は世界を守ることだ】
そもそも与えられている使命が違う。それがシャガルの主張である。人間を守る事ではなく世界を守る事である。人間は世界が成立するための歯車に過ぎない。
【人間を正しくさせようとしているディルも、困っている人を助けようとしているイシューも、僕から見るとバカバカしい。正しさも命も一時的なもの。そんなものに拘るのは時間の無駄】
求められている世界の姿など求めるだけ無駄である。仮にそう言う姿になったとしてもそれは一瞬で滅びて終わる。
【世界が滅びなければそれで良い】
世界を正しい姿にするわけではなく世界が滅びないような行動をとる。シャガルにとって神とはそう言う存在であった。世界は人間によってそのあり方が変わる。逆に言えば人間がいなければ世界として成立しない。そのために人間を生かせているのだ。
「お前……!」
【もういい?僕は早く部屋に帰りたい】
さっきまでと同じように部屋へ帰ると言い出す。それはなんとしても認めたくなかった。
だがいま全員が分かった。この神は自分たちと真剣に向き合う気すらないことを。そんな男をここで呼び止めても無意味である。
「…ディルは結構酷い奴だと思っていたけど、お前はそれより最低だな」
黎人の言葉を聞いて、シャガルは部屋から出る。
部屋がシン、と静まり返る。さっきのシャガルに対する不快さによるものだった。
「なんなのアイツ。いくらなんでも限度というものがあるでしょ」
霊夢のことばはさとりに尋ねているものだった。彼は地霊殿に住んでいる者であり、彼の実態を知っているのはさとりぐらいだろう。
「……ねぇ、なんでアイツがここにいるの?よく知らないけど、神って奴は住処があるんでしょ」
更にもう1つ気になる事がある。ディルにしてもイシューにしても自分たちと同じ場所に住んでいる様子はない。どちらの住処も見当たらなかった。なのにシャガルだけ地霊殿に普通に住んでいるのも違和感しか感じなかった。
「少し前に…突然来たんです。自分の名前だけ告げて、ここに住みたいと。彼の目的は魏音さんの監視みたいでした」
「…そんな事言っていたのか?」
「いいえ。私は心を読む事が出来るので、目的と言うのは大体分かるんです」
「なるほどね…」
魏音の監視と来た。確かに魏音の監視はいるのかもしれない。けどその役割をシャガルがやるのはおかしいとしか思えない。
「…さとりはどう思っているの?アイツの事」
率直に尋ねた。シャガルという男をどう思っているのかと。それに対してさとりは表情を変えずに返事を返す。
「…分かりません。みなさんが思っている怒りは当然なものだと思いますし、シャガルさんの考えも変わっている事は理解できます。けど、彼の考えは否定できません。もともと私は変わった思想の人は何人も見てきましたので、彼に対して嫌悪は感じていません」
地霊殿にはもともと地上から追い出された妖怪たちが沢山集う場所である。嫉妬という感情を素に生きようとする妖怪もいればただ戦うことを求めている鬼もいる。さとりには、他人の考えが間違っているとは言えなかった。
「それに…人間について話そうとするとき、彼はある感情を抱きます」
「……それって」
「はい…」
さとりは話した。シャガルが人間について話そうとしている時のみ感じている感情を。なぜその感情を抱いているのかは、さとり自身も分からなかった。
◇
少女は空を見上げている。
晴れの時の空はただ青く、透き通っているようにも感じる。いわゆる清々しいと言うものだった。
天というものはあのような清々しいほど綺麗な世界だろう。その下にある世界はドロドロしている。天と地上では雰囲気が全く違う。
人間はどうしてもあの天にはたどり着けない。だがもしそうあったらいいなとは思う。あの天に行けばこんな嫌な思いをしなくても良いだろう。
もしワガママが1つだけ叶うとすれば……
「…お客かしら。そんなところで傍観しているなんて、趣味の悪い男たちね」
青空から視線を落とし、その先には木が沢山生い茂っている。それはいわゆる森というものだった。
そしてその中に人影が3つほど存在した。全員が男性である。男たちは間違いなくその女性が目当てである。
「…傍観と言うよりも、口を挟む隙が無かったもんでね。勘弁してくれよ。
1人の男が代表して前に出る。その少女の名前を言って。
岩の上に座りながら空を見上げている少女は、少し前に黎人たちと接触して、黎人の恋人を名乗った女だった。
「ふーーん。で、あんたたちは何が目的なの?」
前に出て来た男、スラックを指差して問いかける。スラックは表情を変えずに話し始めた。
「悪いな。お前は邪魔らしいんで、消えてもらう事になった」
そして構える。後ろに控えていた2人の男、瑛矢とガドロも同様だ。
DWの本当の狙いは彼女だった。これからの作戦において邪魔になるであろう雪羅を素早く処理する。
そのために今までの作戦があった。
新しく現れた新田 豺弍は魏音に会うために地下に行こうとする。だから彼らとロードを対峙させる事で互いに大きな損傷を与える。そうなるとどちらも暫くは動かない。その間に雪羅を討ち取ろうと言う作戦だった。
「…ホント、男って野蛮な生き物よね。あの人以外は」
岩に座っていた雪羅が立ち始める。彼らの相手をするようだ。彼女の手には何も持っていない。
だが、瑛矢は寒気を感じた。まるで氷の島にいるような、ゾクリと来る寒気を。
「良いわ。相手をしてあげる。けど後悔しない事ね。私はアンタたちに全く興味がないから」