東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ

魔理沙の様子が…?


111 魔理沙の豹変

 

 

「ぐああああああああ!!」

 

 

驥獣の爪に貫かれ、抉られている。弾幕勝負しかした事がない魔理沙には今までに経験したことのない痛みだ。まるで肉を抉り取られるかのような。まるで体を潰されるかのような。

 

 

怯んで、魔理沙に対する攻撃は止まったものの、ダメージはかなりあった。なかなか上手く立てない上に、意識を保つのも苦しい。

 

 

さらにその影響は、肉体的なものや精神的なものに留まらなかった。誰にも気づかれないところで、彼女の魔力が乱れ始めたのだ。

 

 

彼女は知らない。自分が危ない状況に立たされている事を。彼女は気づいていない。自分の体が異常である事を。

 

 

 

早く知らなければならない。早く気づかなければならない。もし対応しなかったら…彼女は自分を抑えきれなくなるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姿が全く変わっている魔理沙を、シャークとさとりは茫然と見ている。味方からしても、敵からしても、彼女の様子は奇妙なものでしかない。

 

 

1番変わっているのは髪の色だ。金色ではなく橙色になっている。金髪の彼女を見慣れているものからすればそれだけでもはや違和感を感じる。

 

それ以外に変わっているところはない。服も、体も、顔も変わっていない。髪の色を気にしなければ、特に何も感じるところはない。魔理沙と全く接していないシャークは別に気にするところが無いはずだ。

 

 

 

だがそんな彼も違和感を感じていた。彼が感じている違和感は、雰囲気の方だ。

 

 

(…こりゃ、とんでもない事が起こってるんじゃねぇか?)

 

 

 

念のために言っておくと、シャークは別に頭は良くない。DWの中では1番知力が無いと言われている男だ。

 

つまり、魔理沙の豹変の正体は知っているはずがない。もっと言えば、彼女のどこに違和感を感じているのかも分かっていない。

 

 

彼が違和感を感じる理由は、直勘である。理由は無いが何か危ない気がするという、大した根拠の無い理由であり、それは本能と言えるものだった。

 

 

そしてその勘は、見事に当たっている。

 

 

 

 

魔理沙が右手を上げると、さっきまで持っていなかった箒がいつのまにか握られている。それは何も驚くところがない。箒を常に持っているのだから、箒を自由自在に操れても何も不思議ではない。

 

 

箒に跨り、体を前に傾ける。その箒を使って飛ぶつもりだろう。心を読み取るまでもなく分かる。しかもそれが分かったからと言って不味い事があるわけでもない。

 

 

 

 

 

だがしかし、シャークはそれに警戒するべきだった。

 

 

 

 

 

《ギュオン!!》

 

 

 

 

「なっ…!!うおっ…!」

 

 

 

魔理沙が横を通り抜けた瞬間、突風が勢いよく吹き荒れる。打撃は無効化できるものの、風圧はそうは行かなかった。

 

 

体勢が崩れ、膝をついている。シャークが膝をつくのはこれが初めてである。

 

空を飛んでいる魔理沙は両手を重ねてエネルギーを貯めている。

 

 

そしてその貯めたエネルギーを一気に放つ。溜まったエネルギーは弾幕となってシャークに襲いかかる。

 

 

 

「…血迷ったか!俺に弾幕が効かない事を忘れたか!!」

 

 

 

弾幕はシャークには効かない。それはとっくの昔に分かっていた事だ。雷でない弾幕は無効化されるだけで終わってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

《ドゴン!!》

 

 

「ぐあ…!?」

 

 

だがしかし

 

 

 

その弾幕は無効化出来なかった。弾幕が衝突した事による衝撃により、シャークは腕に今まで感じたことのない痛みを感じる。

 

 

「ぐ…っ!!くそ…」

 

 

 

数メートル後ろに下がる。流石に平静を保つことは出来なかった。いままさに、彼は混乱している。

 

「…どう言うことだ…!なぜ、弾幕が痛いんだ…!」

 

 

彼の頭で必死に考えてみるが、考える事があまり得意でない彼はその答えを得ることは出来なかった。

 

 

その答えを得ているのは、むしろそれを専門にしているもののみだった。

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷のとある小さな場所で、地霊殿の様子を見ているものたちがいた。いま任務に向かっているシュバルを始めとした者たちの様子をモニタリングしており、その様子が大きなモニターに写っている。

 

 

「ふははははは!!エクセレント!!なかなか素晴らしい展開を引き起こしてくれますなァ!」

 

 

大興奮しながらそのモニターを見ている男がいる。あまりにも大きな声で叫んでいる男はガドロという男だった。

 

一緒にモニターを見ていたスラックは耳を塞いでいる。甲高い声があまりにも耳障りなのだ。

 

 

「…興奮しているのは分かったから、もう少し静かにしてくれ。耳が痛い」

「おお、これは失礼致しました」

 

 

素直にスラックの文句を聞き入れる。大声を出すことはしなくなったものの、モニターを見ている彼の興奮ぶりは凄まじく、スポーツの番組を見ているかのようだった。

 

なんとも呑気なものだ。いまモニターでは味方であるシャークが追い込まれているというのに。一体どこに楽しむ要素があると言うのだろう。

 

 

「しかしあの霧雨 魔理沙という奴…どうして様子が変わったんだ?」

 

 

この現場を見ている誰もが思っているであろう疑問を言ったのは、同じくその様子を見ていた瑛矢だった。いまその3人がモニターの前で見ているのである。

 

 

「…何か分かってんじゃねえのか?ファンタジーマニア」

 

 

 

スラックはいまモニターに熱中しているガドロに尋ねる。ファンタジーマニアとは、文庫本を好んで大量に読み込んでいるガドロの様子から付けられたあだ名である。

 

 

「さてねぇ…私もよく分かりませんが」

「…餅が喉に詰まった俺のところの猫の話でもしてやろうか?」

「いくらでも話しましょう」

 

 

(…どういう交渉だ)

 

 

その様子を外野から見ると因果関係が全く見えてこない。スラックの言う事のどこに魅力を感じるのかすらも分からない。だがガドロは何か興味を惹かれたようで、アッサリと話してくれた。

 

 

「まず霧雨魔理沙といえば、男のような口調が思い浮かぶでしょう。初対面ではまずそこに目が行きます」

「…まぁ、確かにな」

 

 

魔理沙の男性のような喋り方は、スラックも瑛矢も珍しいと感じている。その理由は、単純にそのような女性を見たことが無いからだ。

 

 

「しかし昔からそうだったと言うわけではありません。幼い頃、つまり魔法使いになることを決心した頃の彼女はむしろ女性のような喋り方をしていたらしいです。いまの彼女は当時の記憶を黒歴史のように思っているようですが…」

 

 

「…つまり、今の霧雨魔理沙はその時の状態に近いと言うことか?」

 

 

「ええ。その通りです。むしろ今の彼女は一昔前の霧雨魔理沙がそのまま成長した姿と考えた方がよろしいかと」

 

 

 

 

あまり現実味に欠ける仮説ではある。少し前の霧雨魔理沙がそのまま成長した、という話がそもそも難しい話だ。未来は複数に分岐されているが、人間が辿ってきた人生の記録は一通りであり、過去の可能性のあった選択肢はいまになって現れるような事は起こりえない。

 

ガドロの言っている事はとても信じがたい話である。彼の言っている事を、妄想や机上の空論としてしか思う事は出来ない。

 

 

だがガドロはふざけてそのような事を言う男では無い。他人を茶化すような事は言うが、推測については当てずっぽうで言う事はした事が無いのだ。

 

 

 

「じゃあなんで、その別の霧雨魔理沙が現れたんだ?」

 

 

 

 

 

 

「それはとある人物が影響しているからですよ」

 

 

 

 

 

 

物凄く悪そうな顔をしている。ガドロがこの表情をしたと言う事は、人の無様な姿を笑っている時と、自分が見つけ出した真実の可能性を話す時だ。あらゆる機会で彼のそういう表情を見てきたし、彼の言った事が全てその通りになっていくのを、スラックと瑛矢は見ているのだ。

 

 

 

 

 

「斐川 黎人。そう、全ては彼が原因です」

 

 

 

 

 

 

魔理沙の攻撃に翻弄されているシャーク、かなりキツそうに魔理沙の攻撃を躱している。あまりにも変わりすぎている彼女の雰囲気に対して動揺しているのはシャークだけではなかった。

 

 

それはもちろんさとりである。

 

 

彼女が漂わせている雰囲気を一言で表すとすれば、それは冷酷だった。いまの彼女は恐ろしいほど冷たく、触れれば何か恐ろしい事をされるのでは無いかと思ってしまう。暗闇の中を進んでいるようだ。いつも陽気である魔理沙とはもはや真逆といっても良いかもしれない。

 

 

そしてもうひとつ、彼女にとって奇怪なものがある。

 

 

(なんで…読み取れないの…?)

 

 

それは、魔理沙の心が読み取れないと言うことだった。こいし以外で心を読み取る事が出来ない人はいないし、まして魔理沙は今までなんの問題もなく読み取る事が出来た相手なのだ。なぜ突然読み取れなくなってしまったのか。彼女にはそれが不思議でしょうがない。

 

 

 

 

「ナメんなよ…!泳術『水掻き』!」

 

 

 

シャークが槍を持ってない手を広げ、指先だけを立てる。まるで小さくて硬いものを持っているかのようにも見える。

 

未だに弾幕を撃ち続けている魔理沙を睨みつける。彼は彼女に狙いを定めた。そして右手を思いっきり振った。距離的には全く当たらない距離でもあり、彼の手から何かが出てくるようなものは見えなかった。

 

 

 

しかし、変化は訪れた。

 

 

 

 

《パパパパァン!!》

 

「あ…弾幕が…!」

 

 

シャークに向けられて放っていた弾幕が突然消滅する。突然の事に驚いてさとりは思わず声を出してしまった。一方の魔理沙は大きい力を受けたようで、少し後ろの方に傾いている。

 

 

そのトリックは、さとりには読み取れた。シャークが手から出したのは弾幕ではなく、『流れ』である。流れとは、風や水流みたいに物を動かす力のことを指す。

 

 

 

シャークは手を思いっきり振ることで、魔理沙に向かって吹き飛ぶ『流れ』を生み出した。シャークに向かって飛んでいった弾幕は力がぶつかり合って消滅して、空中に飛んでいる魔理沙は後ろに倒れそうになっていた。

 

 

 

もともと多人数との戦いを好まないシャークが唯一持つ対多人数の技がこれである。これを使えば何人かをいっぺんに転ばせる事が出来るし、そうでなくても体勢を崩すことが出来れば追い討ちをかける事が出来るのだ。

 

 

 

「なにがどうなってやがる…クソが…」

 

 

未だにイラついている彼、その相手をしている魔理沙はもう次の準備を始めていた。彼女がいつも手に持っている箒に跨る。

 

少し前と同じように、飛行するつもりなのだろう。ひょっとしたらその勢いのまま突進してくるかもしれない。普段だったら警戒すらしないが、攻撃が無効化されない以上無警戒でいるわけにもいかない。

 

 

箒にエネルギーが溜まっていく。いつでも飛び出せる状態になっている。一瞬でも気を抜けば攻撃をモロに受けてしまう。シャークは決して気を抜かないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ピシャアアアアアア!!》

 

 

 

 

 

 

 

「なに…!?」

「え……?」

「………?」

 

 

 

大きな音と眩しい光が出てきた。その場にいる人や周りの人間も一斉に驚いている。

それはこの場にいる誰かの仕業では無い。いま意識があるのかどうかさえよく分からない魔理沙も一瞬動揺していた。

 

 

いまの光や音は雷のそれにも感じたのだが、地下であるこの地霊殿ではそのような天候が出る事はない。ここで雷が生じるはずがない。だが考えれば考えるほど雷としあ思えなくなった。

 

 

 

 

そして1人だけ、その正体に気づき…その人の心を読み取ってさとりもその正体が分かった。

 

 

 

 

「どうやらこれ以上ここにいるわけにも行かなくなったみたいだな」

 

 

 

シャークが槍を地面に突き刺す。すると地面から水しぶきが上がり、彼の姿は水で見えなくなり、空中に飛んだ水が雨のように降り注いで周りの様子も見ることができない。

 

 

 

 

「今日のところはここまでだ!だが忘れるな。この戦いは終わった訳ではない。いずれまた貴様を殺しに来るぞ!」

 

 

 

 

水の中からシャークの大きな声が響く。ここで退却するようだと分かっていても、水が降り注いでいる中彼を追う事は出来ない。

 

 

だがさとりは見えた。この水の中シャークを追おうとしている者がいると。

 

 

 

 

「待ってください魔理沙さん…!これ以上の深追いは…」

 

 

 

 

声をかけようとしても水の音でかき消え、止めようとしても水のせいでまともに動けない。さとりは魔理沙を止める事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【設定弱体化。魔理沙にかかっている『事象否定』は消滅する。設定弱体化。シャークのスペルカード『雨吹雪』は消滅する。

 

設定強化。魔理沙な治癒力により完全回復する】

 

 

 

 

 

 

 

無機質な声が聞こえた。人の声では無い事が聞こえて分かるだろう。

すると先ほどまで鬱陶しいほど降り注いでいた水が消え、豹変していた魔理沙がいつも通りの姿になっており、その場で横になっている。

 

 

さとりは振り向いて後ろを見た。彼女はそこに誰かがいると分かったのだ。

 

 

 

そして彼女の思っていた通りの人物がいた。

 

 

 

 

 

マフラーをしており、セミロングの銀髪と大きな目をした、一見女性にも見え、更にはまだ10にも満たない子どものような姿である。

 

 

「…あなたは……」

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ…?何が起こったんだ…!」

 

 

 

先ほどの雷が見えたのはシャークやさとりだけでは無い。豺弍を探している黎人たちも見えたのだ。

 

 

「霊夢さん…ここに雷が落ちる事が有るんですか…?」

「…それは無いわ。地下であるここに雷が落ちて来る事なんて無いし、ましてあそこまで大きな雷は、どっかの天女でもない限り地上でも落ちない」

 

 

 

妖夢も霊夢も、その雷の方を見ている。彼女たちもその雷を警戒していた。

 

 

 

「ありゃウチのところのボスの仕業だな」

 

 

 

 

困惑している彼女たちに話しかけたのは、一緒に行動しているジンだった。まだ怪我は残っており、平然と立っている事が不思議である。

 

 

 

「どういう事だ?」

「遠くの地域に、それも地下に雷を落とす事が出来るのは、ウチのボスぐらいだよ。幹部はボスに合図を送る権利が与えられている。

そしてその権利を使うタイミングも決まっている。見てわかる通りアレは強力な技だ。幹部はそれを奥の手として使うことが多い。特にシュバルはそういう男だ。

つまりあの雷が出たという事は、作戦終了の合図と決まっている。それを見た瞬間俺たちはここから帰る事になっているのさ。俺と一緒に来ていたシャークも帰ったハズだぜ」

 

 

 

アッサリと情報を話している。ここまでペラペラと喋っていると逆に怪しく思うのだが、別に嘘をついている様子はない。話しても別に問題ないと言う意味なのだろう。

 

 

 

「チッ…急ぐぞ」

 

 

 

黎人たちは一斉に急ぎ始める。雷が落ちたところで何かしら問題がある事は間違いない。ひょっとするとそこに豺弍がいる可能性もある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷が落ちた付近には、シュバルが1人だけ立っている。彼は雷が落ちた跡をただ見ていた。勿論黒焦げであり、木の破片が落ちている。

 

 

「…そうか。()()()平気だったみたいだな」

 

 

 

 

シュバルの前には誰もいない。つまりシュバルが話しかける相手もいないはずなのだ。しかし彼は1人の男が近くにいることを知っていた。

 

 

 

彼の後ろに1人の男が現れる。シュバルの仲間では無い。さっきまで一緒にいた魏音でも無い。

 

 

 

 

 

 

その男は、さっきまで黎人たちと一緒にいた豺弍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュバルさん。僕はあんたに色々と聞きたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 




シャークやジンと戦っている間に起こった事は何なのか。なぜシュバルの前に豺弍がいるのか。そして、魏音の行方は?

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