東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

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前回のあらすじ
勇儀が倒された。


108 シャーク

時は少し前に遡る。

 

シュバルとジンがその場を離れてからも、星熊 勇儀とシャークは戦い続けていた。それもかなり白熱しており、うっかり近くに来れば巻き添えで吹き飛ばされるだろうと思ってしまうほど凄まじい戦いになっていた。

 

弾幕や妖術などがあまり得意ではない勇儀は、基本力勝負に拘るところがある。なにもかも力でねじ伏せる、それが勇儀の戦い方だ。

 

弾幕勝負に持ち込んだからこそ霊夢や魔理沙は勝つことが出来たが、もし地上で格闘戦をやっていたなら負けていたかもしれない。もともと鬼は幻想郷の中で最も強い種族なのだ。

 

その鬼と戦うとなると、大抵の人間や妖怪は恐怖に怯えてしまう。天狗や河童なら泣き崩れるほどだ。もし勇敢に勝負しようとする者がいたとしても、あっという間に返り討ちにされてしまう。

 

だが、このシャークという男はそうならなかった。

 

武器として持っていた長い槍を振り回しながら、勇儀の攻撃を捌いている。勇儀の攻撃に合わせて槍で叩き、動きを反らす。簡単そうに見えてかなり難しい槍さばきをしている。相当槍に触れていないと出来ない芸当だ。

 

「…なかなかやるじゃないか。ここまでついて来れた奴なんていなかったから、結構楽しくてしょうがないよ」

 

勇儀は結構楽しそうにしている。ここまで長く戦い続けた人物はあまりいない。それほど強い相手と戦える事が嬉しくてしょうがなかった。

 

「戦っている最中に呑気なものだな。敵と喋る余裕があるとは」

「違うね。戦っているから話せるのさ。強敵じゃない奴と話す気なんてない」

「なるほどね…」

 

勇儀は強者と認めた者には親しく話しかける。逆にそうでない者とはあまり良く接しようとしない。萃香とは別の意味で天狗や河童たちが恐怖を感じている。

 

「まぁ、褒め言葉として受け取っておくが…コッチは殺しに行かせてもらうぜ」

「ああ、その勢いでかかってきな」

 

殺すと言っているのに全く動じていない。あまり恐怖を感じていないが故である。

シャークは武器として持っている槍を勇儀に向ける。格闘技が苦手なわけではないが、槍を使った方がやりやすい。

 

「それじゃ…行くぜ!」

 

距離を詰めて、槍を振る。勇儀はそれを難なく躱して、蹴りを入れる。その蹴りはシャークの懐に見事に入った。

 

 

 

 

もし人間なら、その蹴りをくらった瞬間に意識が消えるだろう。妖怪だったら、致命傷は避けられない。勇儀のパワーは、尋常じゃない破壊力を持っていた。

 

ましてその蹴りを受けたのは懐だ。腹に受けた衝撃で体の中から何かを吐き出していてもおかしくない。

 

強力な攻撃が、完璧な形で当たった。それを耐える者がいることすら思いようがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おいおい…」

 

 

 

 

 

 

だが

 

 

 

 

 

 

耐えるどころか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャークはその攻撃を受けて平然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな。お前じゃ俺に傷を与えることは出来ん!!」

 

 

 

 

 

意外なんてものではない事態を目にして、勇儀すら動揺してしまった。その隙を逃すはずもなく、シャークの槍は勇儀を貫く。

 

 

 

 

 

「鮫槍『メガトロン』」

 

 

 

 

貫かれた勇儀は、青い光に包まれる。それとともに建物や通行人が吹き飛んでいく。それはスペルカード発動による衝撃のせいであるとは、誰も気づいてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

魔理沙がそこに着いたのは、スペルカードの効果が無くなった時だった。町が木っ端微塵に崩れていて、その場にいた数匹の妖怪も被害を受けている。

 

それは勇儀の前に立っている男が原因だとは分かった。寧ろこの状況でその男以外に犯人がいるとは到底思えない。

 

そしてその男こそ、勇儀を倒した人物で間違いがなかった。

 

 

「次から次に敵が出てくるな」

 

 

男は魔理沙に気づいていた。もちろん驚きはしない。コッチが気づいた時点で向こうにも気づかれている可能性はあったのだから。

 

 

 

「なぁ、これはお前がやったのか?」

 

 

あまり意味のない質問をしている。それは明らかだ。寧ろそれ以外の答えがあるはずが無い。

 

 

「ああ。まぁ、仕上げはまだだがな」

 

 

予想通り、肯定であると認める解答。

 

 

それさえ聞ければ充分だった。

 

 

 

 

 

 

その男が敵であると認識できたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「なら容赦はしないぜ…こんな騒動を起こす輩は、この魔理沙さまが成敗してやる!」

 

 

 

魔理沙が取り出したのは、いつも手に持っているミニ八卦炉である。それを取り出して魔理沙はお得意の技を繰り出した。

 

 

「マスタァァー…スパァァァァーーク!!」

 

 

八卦炉から巨大なレーザーが男を覆う。

 

あの状態から、範囲外のところに移動できるとは思えない。もし避けていないのなら、確実に倒せているはずだった。

 

だが魔理沙は油断していない。

 

何しろこういう経験は何回かあったのだ。

 

彼女のマスタースパークを受けても、平然としている男は…

 

 

 

 

 

「おいおい…敵の情報を知らないでいきなりこんな大技を放つか?」

 

 

 

男は平然と立っていた。黎人やガイラと同じように、攻撃を受けていない。

 

 

 

「お前…防御か…!」

「あ〜違う違う。ガイラのように硬いわけじゃない。寧ろ肉体は普通の人間と一緒だ。だが攻撃は受け付けないってだけの話だ」

 

 

硬いわけではなく、攻撃を受けつけない。それはつまり攻撃されてもそれを攻撃として認識しないということ。

 

 

「つまり…攻撃を受けてもダメージを受けないって事か?」

「そうだ」

 

 

ガイラよりも厄介だ。単純に硬いわけではなく、ダメージそのものを受けない。硬いのなら威力を上げれば良いが、攻撃を受けないのならどうすれば良いのだろうか。

 

 

 

 

「全く舐められたもんだな。こんな小娘が俺を倒せると思うなんて。その傲慢、あの世で後悔させてやるよ」

 

 

いま完全に、男が怒っていた。いまの攻撃で魔理沙を敵認定した。これから彼女を殺しに来るだろう。

 

 

「来な。能力なんて使わない。お前程度の相手じゃ役不足だからな」

 

 

 

肩に担いでいた槍を下ろしてまっすぐ伸ばす。その先には当然魔理沙だ。

 

魔理沙も体制を整えている。彼女も迎え撃つ準備は出来ていた。

 

 

 

 

この戦いを、彼女は悔やむことになる。

 

 

 

 

 

 

彼女は取り返しのつかない事を起こしてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、黎人とジンの戦いでは一方的な展開が続いていた。

 

 

「うおおお!」

 

黎人が作り出した『熱戦ロッド』をジンに投げつける。この時も、ジンの能力は発動していた。

 

「それは牽制だろ。そんで避けた瞬間に追撃をしようって戦法だな」

 

躱されて当たる標的を失った炎の槍は遠くに飛んでいく。それを避けたジンに追撃の一撃を加えようとするも、ジンの刃に防がれた。

 

「何をしても無駄だ。予測じゃなくて予知をしている俺の裏をかくことは誰にも出来ない」

 

ジャリッと地面に足が滑った跡が残る。いまジンに向かって勢いよく飛び込み、それを防がれた時の衝撃によってその跡が強く残ってしまった。

 

ジンを睨みながら、防がれた刀を引く。

 

「だから戦い方を変えても意味がないって」

 

その後直ぐに刀で攻撃を仕掛けてくるのをジンは読んでいた。その攻撃が来る場所に刀を構える。待ち構えた通りの場所に黎人の攻撃が当たった。

その後も黎人の攻撃は続く。ジンが読み取った未来の黎人の戦術は間隔が短い連続攻撃である。ジンの防ぐスピードよりも速く動けば確かに先が読めても意味がない。

 

もしジンが、未来が見えるだけの人間だったらその戦術で倒せていただろう。だがジンは伝説とまで言われている剣士だ。若干黎人より遅くても圧倒的なスピードの差がつけられるほど遅くはない。最小限の動きで黎人の攻撃が防げるほどの速さはある。

 

ガムシャラに攻撃をしている黎人の方が疲れてしまう。この攻撃はほぼ自滅なのだ。

 

左の刀で斬りかかる黎人の攻撃を避けるために、いつも通りあらかじめ防ぐ体制を整えておく。先読みしていた通りに攻撃が来て、先読みしていた通りに防ぐ。それで相手の体力切れを待てば良かった。

 

「ハッ!」

「な……っ!?」

 

突然の痛覚。先読みの能力を持つジンが感じるはずが無いもの、いまジンが感じたのはそれだった。痛みがする右肩からは斬れた跡があり、そこから血が流れている。

 

 

(おかしい…先読みしていた未来と違う…!)

 

 

いつも通り黎人の動きを先読みして防いだはずだったのに、防げなかった。軌道がズレていたわけではない。攻撃が来るところを防いだ。なのにその防御をすり抜けられた。その理由が全く見えない。

 

 

黎人が再び攻撃を仕掛ける。今度は慎重に未来を読む。右手の刀で喉元を斬ろうとしている未来を読み取り、その刀を止める。今度はちゃんと止められた。

 

力づくで押し返し、黎人は左手の刀で上から真っ直ぐ振り下ろす。肩に当たる未来を読み取ったジンはそれを防ぐように剣を構える。

 

だが刀は振り下ろす軌道を止めて、ジンの懐に横に斬り込む。

 

 

「うっ…!」

 

 

致命傷は免れたジンは、何かを察したようだった。刀の先端を黎人に向けて、貫く。距離を置かれて躱されたのだが、追撃されることも無かった。

 

 

「はは…メチャクチャな事をしてくるもんだね」

 

 

押されている状態であるにも関わらず、ジンは愉快そうに笑っている。そのジンを不思議そうな目で見ている霊夢と妖夢に対して、黎人は表情を変えていない。

 

 

 

 

 

「俺の動きで先読みしている未来を読み取るとか…なかなか厄介な事をしてくれたもんだ」

 

 

 

黎人がやっていたのは、先読みした未来の察知だ。

 

未来を読み取ったジンがしている行動を見て、彼が先読みした未来の自分の行動を察知し、それと違う動きをとる。そうして強引な行動の変更をしていく事で、ジンの先読みの能力を看破出来る。

 

もちろんいいことばかりではない。ジンの動きを見て行動を変えるという事は、行動変更を細やかにしなければならないという事だ。それはかなり体力を使う。まして今の黎人は1番体力を使う『火』の形態、体力の消費速度は半端ではない。現にいま黎人はかなりキツそうにしている。

 

「無茶苦茶な戦い方をすると聞いていたが、なるほどな。こりゃとんでもない戦い方をするもんだ。

 

とはいえ本気で挑んできている奴に半端な戦い方をすれば男が廃るってもんだ。俺も全力でやってやるよ」

 

別に黎人の体力が切れるのを待っても良かった。そう遠くない未来に黎人が倒れていくだろうという事は、先読みの能力を持っていなくても分かる。

 

だがジンはその戦法を選択しなかった。本気で殺しに来ている輩には、本気で返り討ちにするというのが彼の払う礼儀であった。

 

 

両手に持っている刀を、ダルンとぶら下げる。その体制だったら刀がすぐに触れなくなるだろう。

 

 

だが一瞬で、黎人の喉元に刀が近づいていた。一瞬反応が遅れた黎人は、その斬撃を避ける事は出来ず、首に刀がかすった。

 

「チ…!」

 

体制を立て直そうとするが、そのために動かそうとしていた腕を斬られ、耐えようとしていた足を斬られ、痛みに苦しんでいる黎人を、蹴り飛ばした。

 

今のジンの動きに、余分な動きは無かった。相手に反撃する隙も与えない、完璧な戦い方だった。

 

 

 

「先読みで黎人が動かそうとしていた体の一部を斬ったのは分かったけど…なんで急に速くなったの…?」

 

 

ジンが急に速くなった事に、霊夢は納得がいってなかった。黎人よりも若干劣っているほどのスピードだったはずなのに、今のジンの動きに黎人が反応出来なかった。どうしてそんなにスピードが上がるのか、霊夢は理解できなかった。

 

 

「あの構えですよ、霊夢さん」

 

 

一方、妖夢は気づいていた。そのトリックはジンの構えだった。

 

 

「構えって…ぶらぶらしているようにしか見えないけど…」

「それがジンさんの工夫です。余分な力を入れず、初速と慣性と遠心力だけで刀を操る、加えてジンさんの能力で無駄な動きをしないように最小限の動きで斬りつけています。

 

刀に力がこもっていないので、簡単に防ぐ事が出来たり、もっといえば刀を弾き飛ばす事が出来ますけど、ジンさんの能力がそれを許してくれないみたいです」

 

 

余分な力を使わず、効率的な動きで敵を斬る。それがジンの戦法だ。潜在値が高いものの、まだ素人同然の黎人ではその攻撃を捌くことができない。

 

 

 

 

「どうするのよ…どうすれば良いのよ…」

 

 

彼を助けたいと思うものの、助ける手段が分からない霊夢はただ狼狽えることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

断末魔が聞こえた魏音は、その声の方に向かった。そこには1人の人間が妖怪たちを殺し終わった瞬間だった。

唯一生き残っていた妖怪にトドメをさして、魏音は目の前の男を観察していた。

 

 

「ようやく見つけたぞ」

 

 

その男は、魏音を探していた。シュバルが聞かされていたクロロの作戦は、彼に接触する事だった。

 

魏音は倒れている妖怪を一瞥してからシュバルを見る。シュバルの台詞をあまり聞いていないようにも見える。実際には聞いてはいる。興味がないだけだった。

 

 

「俺に何の用だ。首でも取りに来たか?」

 

 

 

 

魏音を殺しに来る輩は今までも何匹かいた。その度にめんどくさそうに殺している。

 

 

 

「いや…話をしに来た」

 

 

 

 

だがシュバルは戦いに来たわけではない。

 

 

 

 

 

 

「葉原 魏音…我らと手を組む気はあるか?」

 

 

 

 




シュバルの意図とは一体何か?そして戦いの行方は?

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