妖怪の山から少し進んだ先に、大きな穴があるところにたどり着く。その穴こそ、今から向かう地霊殿へと続く入り口である。
「間欠泉、ねぇ…見たことないが、こんなデカい穴が空くほどの間欠泉とか考えつかないんだけど」
「そりゃ、そこそこの物だったら大騒ぎにならなかったぜ」
魔理沙の言葉を聞いてなるほど、と納得する。幻想郷では常識に縛られてはいけない、という早苗の言葉を思い出す。少なくともこの世界では、自分の経験は全く役に立たないというのをここで学んだのだが、今回も1つ、常識が覆った。
「さ、早く行くわよ」
霊夢のかけ声を合図に、一斉に穴の中に飛び込む。
下へひたすら進んで行く。地下に行くと言うのだから下に進むのは言わなくても分かる。
しかし、体感的には下に降りているような気がしない。ひたすら続く洞窟、進んでも進んでも全く変わらない風景を見ると、自分が本当に進んでいるのかどうか疑ってしまう。
「…長いね」
「俺も薄々思ったよ」
一度地霊殿に行ったことがある霊夢と魔理沙はともかく、黎人と豺弍、妖夢は地霊殿に行ったことがない。しかも黎人と豺弍は存在すらもさっき知ったばかりだ。本当にたどり着くのだろうかと疑いたくのも仕方がない。
「……」
「どうした、豺弍」
「うん…ここの洞窟みたいなところも、多分妖怪たちがいたんだろうなって思ってて」
考え事をしている豺弍にその内容を聞いて全員が警戒する。妖怪の山でも同じだ。普通なら襲われるはずなのに襲われない。その理由は、襲いかかってくる妖怪などが倒されているからとしか考えられない。
「…そういえば、橋姫とか土蜘蛛とかもみないわね。彼女たちもやられたのかしら」
「だとしたらその残骸があるはずなんだけど、今度は戦った痕跡すらない。どこかに避難したか、あるいは連れ去られたか」
豺弍の推測が、かなりあり得ると認識すると少し危機感を感じる。少なくともここに敵が来たのは確かで、もし豺弍の推測が合っているのだとしたら、この先に待ち構えているのは相当な腕前の存在であると言っているようなものだ。ただでさえドベルとの戦闘で苦戦したというのに、さらに苦しくなるのかと思うと辛い。
「…こうなったらとっとと進むぞ」
落下するスピードを上げる。黎人は強い敵に恐れているわけではないが、もし地霊殿にいるのなら襲撃されていてもおかしくはない。黎人にとってそれが一番避けたい事であった。
ズドン、と音を立てて着地する。漸く終わったのだと感じる。なかなか長い時間洞窟の中を進んでいたのだから。
黎人に続けて、霊夢と魔理沙と妖夢と豺弍が着地する。
「さて…少し気をつけろ」
黎人の忠告、その意図が分からない人はいなかった。全員が同じことを思ったからである。
少し先に進んで、町が見える。地下の人や妖怪はここで暮らしていると考えられる。
そして…
「ヤレーー!」
一斉に攻撃される。ドベルの仲間がこの地霊殿に来ているのは明白、そうすれば何人かはここに残って黎人たちに攻撃してくることは簡単に予測できる。
その事を警戒していた黎人たち、結界や弾幕の相殺などで攻撃を防いだ。
「クッ…やっぱり防がれたか」
「弱腰になるな!こっちのほうが数で勝っている。このまま粘り続けるのだ!」
アッサリと防がれたことに落ち込んでいる部下を叱る指導者、彼が率先してこの陣形を作ったのだと気づく。
「…思っていたより多いね。これ、結構骨が折れそうだよ」
「どうすんのよ。地形的にもコッチが不利よ」
霊夢の言う地形的とは、身を隠す物が全くないところで囲まれていることだ。四方八方から攻撃が来るとすれば、躱す事で精一杯になり時間がかなりかかる。
「…ちょっと待ってろ」
すると黎人が動き始めた。いつのまにか『土』に形態が変わっており、その手には巨大な棍がある。
「土符『ロックキャッスル』」
スペルカードを発動する。すると地面から次から次に岩が出てくる。ある岩は壁のように、ある岩は山のように…様々な形をした岩が次から次に出てくる。
そのスペルカードの効果によって、さっきまで隠れるところがない平地だった場所が、身を隠す場所が出来るところに変わった。
「それがどうした!地形が変わったぐらいで何ができる!」
敵の士気は全く変わっていない。むしろやる気が高まっているようにも見える。
「…念のためだ。ほんの僅かでも足止めが出来ればそれで良いんだよ」
黎人も同じく全く動揺していない。それどころか何の感情もないようにも見える。それは果たして集中しているからなのか…
そして、彼は動き始める。未だに使っていないもう1つの形態に変わり始めた。
◇
旧地獄跡の町から遠く離れた場所、そこには基本的に誰も近寄らない場所だった。地形が悪く、家を建てることもできない。まして町から離れていては生活することが出来るはずもない。
だからこの場所を選んだ。シュバルは、こういう場所にこそあの男がいるに違いないと考えたのである。
「…こんなところにうまそうな奴がいるとはな…なかなか儂らは運がいいようだ」
するとシュバルの前に妖怪が現れた。どこかにい続けるわけではなく、ただ獲物を求めて色々な場所へと進んでいる。実に妖怪らしい行動だ。
シュバルの周りを囲んでいる。一斉に襲いかかって、シュバルを殺す気なのだろう。
「ウオオオオ!!」
大声を上げて、シュバルに威嚇する。シュバルには何も変化が訪れない。恐れて動くことも出来ないのだと妖怪たちは判断した。
全く同じタイミングでシュバルに襲いかかる。囲まれている状態からの一斉攻撃、逃げ場はない。
決まった、と妖怪たちが思ったのは余りにも浅はかだった。地底で迷い込んだ人間たちを食っているだけの彼らは、強い獲物の狩り方を全く知らなかった。
「……え」
景色がいっぺんに赤くなる。地面が、岩が…真っ赤に染まっていく。その赤い物質は、妖怪たちの体から溢れ出たものだ。それは紛うことなく彼らの血である。
そう、彼らは殺されたのだ。目の前に立っているだけのシュバルに襲いかかる前に。
バタリバタリと倒れていく妖怪たち。全く動こうとしない妖怪たちに、シュバルは何の反応もしない。
「ぐ…クソが…!何が……」
一体のみ、微かに息がある妖怪がいた。息があると言っても体を動かせるわけではない。しばらく時間が経つとあっという間に命を落としてしまう、数分間の寿命でしかない。
シュバルはトドメを刺そうとはしなかった。情けをかけたわけではない。殺す意味がないからだ。もともとシュバルは余計な事はしない性格だった。襲いかかろうとしたのなら別だが、全く脅威とならない妖怪や人間には攻撃しようとすらしない。邪魔者のみ消す、という持論を持っていた。
「舐めやがって…ぶっ殺してやる…!」
全く動かないというのに、その妖怪はシュバルを殺そうとしている。今までに脅威となるものが現れず、目の前に出てきた妖怪や人間を殺してきた妖怪は、自分が最強だと思い込んでいる。
まさに井の中の蛙、というものだった。その存在である妖怪は、アッサリと殺された事でプライドが大きく傷つき、目の前の男に殺意を沸かせていた。
「…!がッア…!?」
だが、その妖怪は大きな痛感と共に意識を手放した。
それをしたのはシュバルではない。彼とはまた別の存在である。
シュバルは見た。その妖怪は弾幕を喰らって死んだのだ。
その弾幕の方を見ると、思った通り別の男の存在があった。
「ようやく見つけたぞ」
シュバルの目の前に現れたのは、おそらくいま幻想郷に住んでいる中で最も危険な存在である魏音だった。
◇
黎人の雰囲気が更に変わる。また形態が変わったのだとその場の全員が悟った。
そして霊夢は思い出していた。黎人はあと1つだけ、未だに使っていない能力がある。
『火』の強化形態である『火焔』、『水』の強化形態である『流水』、『木』の強化形態である『森林』、『金』の強化形態である『金塊』
そして唯一、『土』の強化形態のみ使っていないのだ。そして今からその形態になろうとしているのだと、彼女のお得意の勘が言っている。
彼の体が少しずつ変化している。強化形態は能力や目の色だけでなく姿も変わる。それは今から使おうとしている能力もそうだった。
「おい、変化が終わったみたいだぜ」
魔理沙が言う通り、形態の変化が終わろうとしていた。その姿を見たとき、一同全員が呆気に取られることになる。
「え…!?」
「は…?」
「………」
黎人は裸になっているのだから。
「ふぅ…」
黎人は、能力の変化が終わった事を実感していた。彼はいま何の服も着ていない。いわゆるすっぽんぽんという奴だ。
そして彼の手には巨大な長い物がある。もはや棍とは呼べない代物だった。
そんな彼の姿を見て…
「「何を考えてんだバカ黎人ーー!!」
女性から叫び声が上がらないはずはなかった。
「うお!!なんだよ急に!」
「なんだよ急にじゃないわよ!なんでここに来て戦場で裸になってんのよ!」
「お前ほんっっとうのバカなのか!?チルノといい勝負な気がして来たぞ!」
「ウルセェ!『大地』は身につけている物が無くなるんだよ!それでイチイチ騒ぐな!」
「…下劣」
「
戦場の真ん中で大騒ぎをしている霊夢たち、敵の人らは思わず呆然としているだけだった。
結局のところ、(余りにも哀れと思った敵から貰った)布を使って最低限度の防御は整えた。少なくとも女性が見ても問題はないレベルまでは。
「…それで?『大地』ってあの『土』の強化形態だよな?」
ひと段落ついたところで魔理沙が黎人に尋ねる。魔理沙は『土』の能力を見たことがあるため、その内容を覚えていた。
「まぁ、そういう事になるな」
「じゃあ、結構防御力が高かったりするのか?」
『土』の能力の1番の特徴は、防御である。マスタースパークほどの威力であっても耐えることが可能だ。
ならばその強化形態である『大地』はそれよりも防御力が高かったりするのだろうかと魔理沙は考えたのである。
「いや、寧ろ防御力は低い」
「は?」
だがそうでもなかった。黎人の返答を聞いて思わずおかしな声が出てしまったのは突っ込まない方がいいだろう。
「大地は『身につけている物を全て外す』という概念だ。だから服が全部消えるし、攻撃はモロに喰らう。加えて『土』のデメリットであるスピードの原則はそのままどころか、足がめちゃくちゃ重くなるから、歩くだけで体力を消費する」
「ダメな事ばかりじゃねぇか!」
防御力がゼロ、そしてスピードも無いに等しい『大地』の能力を聞いて、魔理沙や霊夢は不安になった。魔理沙の言う通りデメリットばかりであり、寧ろ使うことのメリットがあるのかという気にさえなってしまう。
「ふざけやがって!そんな能力で俺らを止められると思うなよ!」
呆気に取られたのは敵もだった。そんなふざけた能力で自分たちを倒すつもりなのかと、かなり舐められているような気になる。
一斉に黎人に向かって攻撃しようとする。黎人が攻撃されるのも時間の問題だった。
「おい!せめて能力変えろ!こんな大勢の敵にそんな能力じゃ…」
慌てて能力を変えろと言っている魔理沙、障害物があるにしても動けない標的を倒すことは簡単に出来る。大人しく別の能力に変えた方が良いと思った。
しかし、黎人は変えなかった。
「けどな」
黎人は持っている大きな棒を肩に乗せる。すると敵に向けている方の端には大きな穴が空いている事に気付いた。
「…!まて、まさかあれはバズーカか!?」
黎人が持っているものの正体を察した。形に何の特徴もなく、あまりにも大きすぎたせいかそれがバズーカである事に気付かなかった。
「威力だったら他の4つより遥かに上だ」
黎人はバズーカを起動した。そのバズーカは弾を装弾する必要はない。弾幕を放つように力を入れるだけで十分だった。
バズーカの穴が赤色に光る。弾幕が放たれると思っていてももう遅い。その状態から避ける方法は全く無かった。
そしてマスタースパーク並みの…いや、それを遥かに凌ぐ威力の弾幕が放たれる。目の前にいる敵はその弾幕に呑まれていくのであった。
◇
少し前、劉が映姫に話していた時の話だ。2人はとある1人の男を一番警戒していた。10人いる配下の中で、彼は一番厄介だった。
「本当はもっと詳しく調べるつもりだった。奴らの目的が分かれば良いと思っていた。だがそれは出来なかった。何故なら…」
「
映姫の言葉に、黙って頷く。ここで嘘をつく理由もない。
「奴の伝説は聞いたことがあるが…それを知っているのはほんの一握りだ。ひょっとするとその伝説が幻想入りしている可能性もある。その男の事を知っている奴も出てくるだろう」
劉の推測は、おそらく間違ってはいない。彼の伝説は信じることが出来ない。あまりにも現実味に欠けるその伝説だけ幻想入りしている可能性もあるのだ。
「もしその男に出くわしたら…とんでもないことになりかねないぞ」
◇
「うわ…すごい威力」
『大地』の能力によって放たれた巨大な弾幕を見て、霊夢たちは仰天するほかになかった。かなり多くの人数が居たはずなのに、三分の一は軽く居なくなっている。
「くそ!遠くから弾幕を撃て!」
「ダメです、斐川 黎人が出した障害物で攻撃が当たらないです」
「じゃあ奴が撃った方向からはどうだ!さっきの弾幕で一掃されているだろう!」
「それだとさっきと同じ展開になります!恐らくあの範囲にだれか入ってきた瞬間にさっきと同じ攻撃をしてくるはずです!」
かなり敵が苦しんでいる状態だった。遠くからの攻撃は障害物に阻まれる。仮に障害物の間を通ったとしても、数少ない弾幕をバズーカとして使っている棒で叩き落とす事は簡単に出来る。彼らは黎人に攻撃を当てることができずにいた。
「くそ…!リーフ様に敗北したとはいえ、そう簡単に倒れる相手ではないか…!」
指揮をとっている人がポロリと愚痴る。なかなか思う通りにならない事にイライラしているようだった。
「ぐおお!?」
「指揮官!!?」
するとその指揮官が、爆発した。突然、何の前触れもなく。
その原因は間違いなく黎人であった。レーザーのような弾幕だけではなく、爆発させる弾幕も放つことが出来るのだ。
「誰が…誰に…どうしたって…?
もういっぺん言ってみろ」
恐ろしく無表情なはずなのに、『マジでぶっ殺す』という殺気が溢れ出ている。さっきの指揮官の言葉によってブチギレしたのだと全員悟った。
「き、貴様が…」
ドゴォォォン!!
「あぁ!?なんだって!!?」
「…リーフ様に……」
ドゴォォォォン!!
「聞こえねぇんだよもっと腹から声を出せ!」
「……敗北し…」
ドゴォォォォン!!!
「聞こえねぇな聞こえねぇよ!つーか聞きたくもねぇ!」
「指揮官!もう静かにしてください!」
懇切丁寧に言葉を繰り返す指揮官に、黎人は容赦なく弾幕を打ち込む。部下は指揮官の安否どころか心理的な状態も心配してしまう。
「反吐がでらぁ!何が嬉しくてあの野郎に負けなあかんのじゃああああ!!」
(((器小っさ…)))
悪口を言われた子どものように大声で叫んでいる黎人に、霊夢たちはあまりにも器が小さいと思うほか無かった。
「いよっしゃあ!てめぇら全員消し炭にしてやらァァ!」
「え!?なんで!!?」
1発目と同じような弾幕を放とうとしている。部下たちは慌てるぐらいしか出来なかった。
バズーカに光が灯っていく。このまま巨大なレーザーが現れるだろう。どうすれば良いんだと右往左往していた。
ーーサク
何かが刺さった音。その音の正体を知る前に黎人が違和感に気づく。
「…!不味い…!」
慌ててバズーカを手放した。だがどんなことをしてもそれから逃れるすべは無かった。
カッと輝くバズーカの姿を見て、それが爆発するのだと誰もが予測する。
そしてその予測通り、バズーカは大きな音と共に爆発した。
「おー、ヒットしたラッキー。やってみりゃ出来るもんだなやっぱり」
黎人が爆発したのを呆然と見ている敵たちの後ろから、1人の男が現れた。
「じ…ジンさん!?」
「…な、なんでここに…!」
「シュバルさんの命令だよ。お前らの手伝いをしろって」
爆発の衝撃を受けた黎人、バズーカを手放したお陰で致命傷は避けられたが、怪我をしなかったわけではなかった。
黎人は近づいてきた男を見る。威厳というよりは人が良さそうな雰囲気を漂わせている。
そして、その男が相当な実力者であると見抜いた。
「長谷川 仁だ。もしこの先を通りたかったら、俺を倒してから行け」
両手に剣を持っている男、長谷川 仁。神の使いである劉が最も警戒している男が黎人たちの前に現れた。
ここでジンさんを登場させました。実は10人の中で一番早くキャラ設定が出来上がった人です。彼の力やいかに、次回もお楽しみください。