雪羅という女性が現れる
「お待たせいたしました。遅れて申し訳ありません」
DWの作戦本部に、1人の男が入った。その男はクロロだった。
「……」(ジーーッ)
「少し仕事をしてまして。ちょっと手間取っていました」
「………」(コクン)
「分かって頂いて、とても光栄です」
(なんで会話が成立しているんだろう)
シュバルが何も言っていないにも関わらず、クロロがシュバルの言いたい事を察して答えているのを見て、ドベルはそれを疑問に思った。
勿論他の人も抱いた疑問ではある。だが考えても答えが分かるわけでもないので、『きっと長年の経験からだいたい分かってしまうのだろう』と無理やり理由を考えて、深く考えないようにした。いずれはドベルもそう考えるようになるだろう。
「……おや?ダイガンさんはいらっしゃらないんですね」
すると、クロロは会議にダイガンが参加していない事に気づいた。参加しているのは、幹部はシュバル、クロロ、配下はスラック、ガドロ、ドベル、瑛矢、シャーク、ジン、結衣だった。
「シュバルの旦那が受け持ったみたいで、ボスは参加しないという事だそうだ」
「なるほど、理解しました」
その疑問を、スラックが答えた。大体はダイガンが指揮を取って動く事が多いが、今回の話題はシュバルが中心となって動く事が決まり、そのためダイガンは手を出さない事になっていた。
「…それでは始める。まずはこれを見てくれ」
シュバルが開始の合図をした時、モニターに映像が映った。その映像とは、森の中で黎人たちが集まっているところだった。
「ん?この場所って…」
「お前が言ってた場所だ。これはお前が退却した数十秒後の映像だ」
スラックが見覚えのある場所に気づくと、シュバルから説明を受ける。スラックは納得した表情になっていた。
「この男…黎人じゃねぇか?リーフさんの話では倒したと聞いているけど」
「いや生きてたよ。この目で見たから間違いがない」
今度はシャークが黎人が生きている事について尋ねる。何しろ彼らはリーフが黎人を倒したと聞いている。彼女もかなりのダメージを負ってしまったから、この会議には参加していない。
それに答えたのは、スラックだった。何しろ彼は先ほど黎人が生きている事を見たのだし、その事を知っていないはずはなかった。
「…とりあえず、この女性を見てほしい」
シュバルに言われて、全員が黎人たちに話しかけている女性に注目する。
「なんだ…?この女…」
「俺もよく分からない。黎人の恋人と名乗っているが、その情報には信憑生が薄すぎる。妄想だと捉えた方が良いだろう」
シャークとシュバルが話し合っている。今まで全く情報になかった物が現れたわけでもなく、加えてこちら側に敵対しているというわけでもない。警戒して話し合うのも必然だ。
「ほう、恋人という名の妄想ですか。さぞかし都合のいい頭を持っていますね。頭は一体何で出来ているのでしょうか」
「…俺はお前の頭の中を知りたいよ」
妄想と言うところに興味を持ったガドロはかなり愉快そうに話している。人をあからさまにバカにするような言い方しか出来ないガドロに、スラックは逆に不気味に感じた。
「それで、何が問題なんですか?」
瑛矢が、シュバルになぜ彼女の話をしたのかと尋ねる。黎人の恋人と妄想を言っているだけなら、此方に害は無いように感じた。
「…幻想郷に行かせた驥獣がその女にやられた」
「え…!?」
その答えとしてシュバルが言った事に、殆どの人は表情を変え、ドベルに至っては声まで出している。
「シュバルさま、いつ驥獣を送り出したので?」
「黎人を足止めさせようとして送ったが、たどり着く前に倒された」
結衣が驥獣をいつ幻想郷に送ったのかを聞く。どうやらスラックの元に向かう黎人たちを足止めするために送り出したようだった。
だがその前に雪羅という女性に出くわしてしまい、結果その驥獣は倒されてしまったのだ。そのせいで黎人や豺弍がスラックの元にたどり着いてしまったのだが。
「黎人らとは異なり、こちらに敵対するつもりはない。だが…」
「妙なところで割り込んだら殺してくる、てやつか」
この時点で、シュバルが何を問題にしているのか、彼が言おうとしていた事を読み取ったジン以外も察した。
雪羅という女性は此方に敵対しようとはしないが、味方という訳でもない。いわゆる、敵を選ばないというものだった。己の邪魔をしようというのなら誰であろうと排除する。
それは厄介だ。雪羅の邪魔をするつもりはないが、自分たちの計画の都合上彼女の邪魔になって仕舞えば、こちら側にも被害が出る可能性がある。よって迂闊に手を出すことが出来ない。
「ならば、私の意見を言ってもよろしいでしょうか」
それを心配している彼らに、1人の男が話し始めた。クロロである。彼の口ぶりから、何か作戦があると言っているようなものだと全員が分かった。
そひてその場の全員は、クロロの話に耳を傾けた。
◇
永遠亭にて、咲夜を預けた黎人たちは、広間に集まっている。当然、これからどうするのかについて話し合うためである。言い換えれば会議であり、真剣に話をしなければならない場でもあるのだ。
「おい、俺は悲しいぞ。なんでみんな揃って俺と距離を開けるんだよ」
だが、まるでその話し合いの場に入ってくるなと言わんばかりに、黎人はかなり遠くの場所に離されている。これが、俗にいう仲間外れという奴だ。
「よく知らないけど、いくらなんでもここまでする必要は…」
「来ないでください。それ以上近づいたら容赦無く斬り飛ばしますので」
「斬り殺す気満々かよ」
黎人が一歩近づいただけで、妖夢はギロリと彼を睨んだ。先ほどの一件以来、彼女は黎人に不信感を持ち、近寄ってくるのも嫌なような態度を見せつけている。その目力に、黎人はその足を止める以外の選択肢は無かった。
「まぁ、そういう訳で、お前はそこで話を聞いてくれ」
「なに?みんなで俺をいじめてるの?」
「いや…特に霊夢と妖夢がな…」
魔理沙はもう黎人に対して何も思っては無いのだが、霊夢と妖夢はそうとも行かない。完全に黎人に怒っている。彼女たちの中では、黎人は乙女心を踏み躙る最低クソ野郎というタグが付け加わったのである。
「ええと…それでは良いですか」
始めて良いのか、不安そうにしながら惣一は全員に尋ねた。構わないという表情をしたのを確認して、一回咳払いをして本題に入る。
「問題は山ほどあります。DWという敵勢力はいつどこに現れるか分からない上に、その情報も不明確なところが多いです。少なくとも今回、咲夜さんが負傷してしまいました。今回のようなことが度々起こってしまうと、こちらが不利になるばかりです。何とか対策を練らないとなりません」
惣一が問題にしているのは、敵がこちら側に攻撃を仕掛けられ続けてしまうと、徐々にダメージが大きくなってしまうことだ。
加えてこちら側は、敵の情報も未だ分からない。攻め込んできている敵を倒し続ければ、相手もダメージを負うことになるかもしれないが、あまりにもジリ貧にしか見えない。
「いまやらないといけない事があるとすれば、幻想郷の防御力の強化ではありますが、スラックのような敵が追い返せるほどの実力者は、そんなにいないのも現実です」
「しかもどこから仕掛けられるのかが分からないから、守備をどう配置すれば良いかも分かりませんよね…」
惣一は守備を固めることは出来ないかと考えたが、それは様々な理由で難しい。早苗の言う通り、敵の目的も分からないから、どのように守備を固めれば良いのかも分からないのだ。
「…豺弍さん。何か考えはありますか?」
惣一は豺弍に、何か考えが無いかを尋ねてみる。今回の戦力として加えられたのなら、少し良い案が出ることを期待している。
「お!この饅頭なかなか旨い!」
「オイコラァ!なに饅頭に夢中になったんだよ話の途中で!」
そんな期待は、呑気に饅頭を食べている豺弍の姿のせいで粉々に打ち砕かれるのであった。
「え、うん。聞いてるよ。やっぱ饅頭はつぶあんよりこしあんだよね」
「一ミリもそんな話出てねぇよ!」
黎人の的確なツッコミに霊夢は驚いている。まさか黎人がツッコミに回らなければならないほどとは…と思い、霊夢は豺弍が逆に怖かった。
「うん。なるほどね」
今の話をもう一度説明して、納得したようにしているが、先ほどの流れを見て、信用している人はいなかった。
「まぁ…多分、暫くは人間を襲おうとはしないと思うよ」
だが、意外にも豺弍から、真面目そうな話題が出てきた。
「…なんでだ?」
「今まで侵略してきたのは、博麗神社と守谷神社と紅魔館近く…そのほかを見ても、人里とは遠いところに来ている。しかもスラックは、僕らに用事があるというよりも、僕らを足止めしているみたいだった」
「…陽動って事か?」
「うーん…陽動にしても謙虚すぎたし、他のところに攻め込んで来たみたいな情報も無かったから、陽動というわけでもなさそうだけど…少なくとも、今すぐに攻撃を仕掛けようとしているわけじゃ無いと思う」
豺弍の話を聞いて、大抵の人は意外そうな話をしている。先ほどまであんこの話をしていた人物と同一人物とは思えない、という表情をしていた。
だがこれは珍しいことではない。豺弍の1番の特徴はこのメリハリである。食事に関して子どもなみに無邪気ではあるが、それ以外では慎重かつ的確な思考を持つ。その思考力ゆえに、戦闘においてかなり活躍した事があるのだ。
「だからいまやらないと行けないのは…戦力の強化かな?」
「…今の私たちでは力不足と言うことですか?」
豺弍の話を聴くと、惣一のように捉えるだろう。戦力を強化しないといけないということは、今の状態では敵を倒す事が出来ないと言っているように聞こえる。
「あ、いやそうじゃなくてね。黎人くんの強さはさっき見て分かったし、惣一くんも強いということは聞いているから、役に立たないと言うことではないよ。けど、それだけだと不安っていうか…決定打に欠けるって感じがするんだよね」
その問いに対する豺弍の答えに、ほぼ全員が首を傾げた。決定打に欠けるとは一体どういう事なのか。
全員がそう思っているのを感じたからか、豺弍は全員に説明を始めた。
「どれだけ巧みに作戦を立てようとしても、完璧な作戦はない。時にはかなり不利な状況に追い込まれる事だってある。その時に、危機的状況を打破する底力というか…ぶっちゃけ、大きな攻撃力が欲しいんだよね」
豺弍の言っていることをまとめると、どんな状態でも頼れる力が欲しいということなのだ。作戦を立てるにしても限界はある。いざという時に頼れる人が欲しいということなのだ。
「…黎人じゃダメなのか?」
魔理沙の言う通り、その役割を考えるのならば、黎人が適任のように思える。彼はこれまでに、数々の危機的状況を打破して来ている。いざという時に頼れる力といえば、彼になるのではないかと、その場のほとんどが思った。
「いや…黎人くんが強いというのも分かるんだけど…」
尋ねられた豺弍は、少し難しそうな表情をしている。何か言いづらそうと言うような感じが、その表情から読み取る事が出来る。
だがその状態が続くのはほんの数秒であり、すぐに豺弍は話し始めた。
「危なっかしいなって感じなんだよね」
その一言を聞いて、黎人は心臓に何かが突き刺さるような錯覚を感じた。
「色々と頑張っているみたいだけど、未熟って言うのは明らか。しかもピンチになった時には根性論でゴリ押ししようとするタイプ。時には自分の命を犠牲にする事だってあり得るから、頼りになるとは正直思えないな」
容赦のない豺弍の言葉が、黎人の心に刺さる。無神経のような彼だが、感情が無いわけではない。特に、的確すぎる事を言われると、言い返せないというショックで負荷がよりかかってしまうのである。
「まぁそういうわけだから、黎人くんにその役は任せられないかな」
黎人がショックを受けるという、いつもだったらあり得ない光景を目の当たりにして、その他全員がより一層豺弍の力を認識し、もはや恐怖を感じる。
「確か、幻想郷にはもう1人戦える人が居たんだよね。一度その人に会ってみようか」
そんな事を考えている彼女たちに構う事なく、豺弍は提案をした。
「…もう1人って、刃燗さんの事ですか?彼はいま…」
「あ、いやごめん。刃燗くんという人の事じゃない。状況は聞いているから、気にしなくても良いと思う」
もう1人の戦える人を刃燗の事だと思った豺弍は、いま幻想郷にいないと伝えようとしたが、豺弍は彼ではないと言った。その他、女性たちは全員刃燗の事だと思っていたので、違ったという事実に少し驚いた。刃燗以外に戦力になれる人とは一体誰のことなのだろうか…
「お前まさか、魏音の事を言ってんのか?」
その候補になり得る人物を、黎人は思いついた。その1人とは、魏音の事ではないかと。
「…多分、そうだと思う。映姫さんからは地霊殿にいる男って言われたけど、間違いないかな」
黎人と豺弍の会話を聞いて、殆どの人は疑問に感じている。それもそのはず、魏音を知っているのは、この場では黎人と、霊夢と、惣一だけである。その他の人は会ったことすらない。
「…やめといた方が良いぞ。あの男が協力してくれるとは到底思えない」
知っている者は全員、難しそうな顔をしている。魏音に会った事があれば、彼の乱暴さもその目で見てきた事があるのだ。まして、彼はどういうわけか人間を嫌っている。黎人の言う通り、彼が協力してくれるとは到底思えないのである。
「やり始める前に、無理だと決めつけるのは良くない。やってみないことには何も分かるはずが無いよ」
だが、豺弍の言うことにも一理ある。行動する前に無理だと決めつけるのはあまりよろしくない。一体どうなるかはやってみないと分からないと言うのはその通りであるとしか言えなかった。
その言葉を聞いて、黎人は仕方がないという表情をした。彼の方針は崩せそうにないと感じた黎人は、豺弍の言うことに従うことにした。
「それじゃあ、行こうか」
こうして、次の目的は決まった。彼らの次の目的は…
幻想郷の地下に存在する街、地霊殿である。
◇
「なるほど。それは確かに盲点だ」
DWの会議で、クロロの話した内容に、シュバルが納得という表情をした。
「ならば、俺がその役を引き受けるとしよう」
「へぇ…シュバルさんが引き受けてくれるとは思っていませんでしたが…」
シュバルが引き受けたことに、クロロだけでなく、その場の全員が意外そうな表情をしている。シュバルは、ダイガンに言われた指示なら動くが、自分から動く事がほとんどないからだ。
「なに、少し縁があるからな」
シュバルは席から立ち上がった。やるべき事が決まった以上、直ぐに動くと言うのが彼の信念である。
「では行くとしようか。地霊殿に」
次回から地霊殿です。