東方羅戦録〜世界を失った男が思うのは〜   作:黒尾の狼牙

101 / 127
前回のあらすじ
黎人がリーフに倒される。


96 暗闇の中で

「…ここはどこだ」

 

黎人が最初に思ったのは、その一言だ。何もない真っ暗な空間にただ1人ポツンといる。夢かと思ったが、それにしては意識がハッキリしすぎているから違うと直ぐに分かった。

ちょっと待てよと思い、今まで何をしていたかを思い返す。博麗神社に敵襲の恐れがあったため、急いでその近くに向かい、そこにいたリーフという女性と戦った。

能力こそ厄介ではあったが、ピンチに慣れていなかったり、焦ると落ち着きが無かったりと、かなり隙だらけな相手だったので、勝負では勝ちが確定するかのような勢いだった。

だがリーフはしぶとく、最後の力を振り絞って霊夢に棘を飛ばした。それを防ぐために『森林』のマントで防ぎ…

 

「………あ」

 

ここで、完全に思い出した。それが原因で意識を失ったんだと。

その棘は猛毒を持っていて、『森林』の能力はその猛毒までも体に取り込んでしまったのだ。よって意識が弱っていき、やがては意識を手放さなければならない状態になってしまったのだ。

 

「まさか…俺は死んでここは死後の世界とかか?」

 

冗談じゃねぇ、と黎人は思った。未だに1つも成し遂げていないと言うのにあんなアッサリ死ぬと言うのは納得がいかない。ましてリーフにしてやられたと言うのが1番嫌だった。

何とか戻る方法は無いかと周りを見渡す。死んでしまった者が元に戻る術はない…と言うのは分かっているが、ここで終わるのは何よりも嫌だった。

 

「ブザマだな。あの女にしてやられるなんてよ。それでも()()()()()を持つ者か?」

 

すると彼に声をかける者がいた。その声の主はどこだと辺りを見渡してみると、1人の『何か』が近くにいるのが分かった。

確かにそこにいるのだが、その姿は全く分からない。何かに覆われていると言うよりも、まるで視界に入る事が出来ないと言っているかのようだった。

 

「テメェ…誰だ」

「その口の悪さは俺と同じか。全く違う奴だったら逆に不気味だったから良かったぜ」

 

間違いなくそこにいる『それ』に尋ねると、『それ』は笑った。表情が見える訳ではないが、こちらを見て笑っていると言うのは分かる。少なくとも、『それ』が発している言葉は笑っている者の台詞だ。

ひとしきり笑って満足したのか、『それ』は答え始める。

 

「俺は◾️▲▫️…」

「……?」

「…ま、テメェに聞こえるはずがねぇか」

 

だが、恐らく名前に当たるところだけ聞こえなかった。『それ』の姿のように、名前すらも認識できない、と言われているようだ。

 

「分かんなくても良いぜ。いつかは分かることになるんだからさ」

「…どういう事だ」

 

『それ』の言っていることの意味が分からない。分かることになる『いつか』とは何か、そもそも何故『それ』を認識する事が出来ないのか。

 

黎人のその言葉を聞いて、再び『それ』は笑った。

 

「決まってんだろ。いずれはテメェがお役御免になるからだよ」

 

 

 

 

リーフにやられ、意識を失った黎人をどうにか出来ないかと抗っている者がいた。黎人が倒れた時に側にいた霊夢、そして現場に駆けつけた惣一だった。

 

「惣一さん…!黎人は…」

「まだ回復の様子は見れません…!もう少しだけ待っていてください…!」

 

医療道具を使って色々と処置をしていく。だが惣一は医療の専門家では無い。あくまで応急措置をしているだけに過ぎなかった。

 

劉が妖怪の山に現れ、手助けしてくれた時に、博麗神社にも敵が接近している事を言われた惣一は、急いで博麗神社に向かった。

現場に駆けつけた時、惣一は呆気に取られた。霊夢が叫んでいるのが聞こえ、その場に駆けつけると、霊夢の隣でバッタリと倒れている黎人がいたからだ。

まさか黎人がやられるとは思っていなかった。彼の実力を、惣一はその身で実感している。戦闘のセンスなら、自分よりも遥かに高い。だから彼は負けないだろうと思っていた。

だから黎人が倒れているのを見て、自分の認識の甘さを痛感した。

 

だが落ち込んでいる場合では無いと思い、直ぐに黎人の処置をする。

霊夢の聞いた話によると、黎人は猛毒の攻撃を食らった事によって意識を失っているようだ。実際黎人に目立った外傷は無いから、その通りだろうと思った。

だから彼の知りうる限りの毒の調査をしたが、そのどれにも反応しなかった。黎人の喰らっている毒は、惣一の知らない毒だという事だ。

毒の正体が分からないという事は、それに適した解毒剤が処方できないという事だ。

 

「ごめん…私の、せいなの…」

「霊夢さん…?」

「戦場の場で、考え事をして、注意を怠っていたの。だから、攻撃を避ける事が出来なかった私を庇って、黎人は攻撃を受けてしまった」

 

霊夢は後悔しかなかった。リーフが自分を攻撃している事に気付かなくて、黎人が庇った。だから、このような事態を招いてしまったのだと。

黎人が倒れてしまった時、頭の中が真っ白になったのを感じた。目の前に起きた事が信じられなくて。そして、どうすれば良いのか分からなくて。

霊夢は責任を感じている。それが惣一には分かった。そのプレッシャーがとてつもないものだという事を知っている。

戦場では、小さなミスが死に繋がる恐れがある。その死を受けるのは、自分とは限らない。

まして隣で戦っている仲間が死んだとなると、その時感じる責任感は尋常ではない。

 

「わたしの…わたしのせいで……」

「霊夢さんのせいではありません!」

 

大声で、ハッキリと霊夢の言葉を否定する。中途半端に誤魔化すことは出来ない。シッカリと伝えないといけないという事を、惣一は知っていた。

 

「大丈夫です。黎人さんは助けます。だから自分を責めないでください」

 

 

霊夢にそれだけ伝え、惣一はとある準備をしている。解毒するための処方がないため、毒を消すための手段はない。

だが惣一は諦めてはいない。惣一は賭けに出る事にした。長年信じてきた、彼の最善の処置を…

 

 

 

 

幻獣(ファントム)という生物を知っているか?」

 

『それ』は黎人に向かって言い始めた。とは言っても『それ』の言っていることの内容は分からない。幻獣(ファントム)という生物など、名前すら聞いたことはない。

 

「まぁ、ファントムってのは元々『亡霊』とかの意味さ。それにちなんで、特殊な生物のことを幻獣(ファントム)と言う。お前が戦ったリヴァルは、幻獣(ファントム)を求めてそれに近い生物を作ろうとしたのさ」

 

『それ』は話し始めた。幻獣(ファントム)とは何かという事についてだ。

かつてGARDで研究をしていたリヴァルは、その生物について探求していた。それに近い存在として生み出したのが、驥獣だ。幻獣(ファントム)ほどの力はないものの、並大抵の人間では太刀打ちできない。実際、力を得る前の黎人も戦えなかったのだから。

 

「…それがなんだ」

 

不愉快そうに黎人が言った。そのような生物の話をして何になると言うのだろうか。いま聞きたいのは、ここは一体どこで、どうして自分がここに来て、そして目の前にいるものの正体、及びなぜ自分がその姿を知る事ができないのかについてだ。そのような話をされてもいい気はしない。

 

「いやなに、お前が余りにも無知すぎるから、情けないんだよ」

 

だが、次に『それ』が言った言葉を聞いて、表情が変わった。あまり考えたり推測する事は苦手だが、『それ』が自分を馬鹿にしていると言うのは分かる。

先ほどまで不愉快そうな顔をしていたが、今は完全に目の前の『それ』を睨んでいる。だが睨んでも、『それ』の姿が分かることは無かった。

 

「バカにしてんのか」

「バカにしてるつもりはねぇが…まぁ、呆れてはいる。お前は余りにも知らなさすぎるんだよ」

 

バカにしてない、と『それ』は言うが、結局のところバカにしているとしか思えない。知らない、知らなさすぎるとだけ言い、具体的な事は言わない。そんな様子を見て『バカにしてない』と言っても説得力は全くない。

 

「この先の戦いに挑むには、お前は未熟すぎんだよ。だから言ってんだろ。お役御免だと。お前じゃこの先の戦いは無理だ」

 

そして『それ』は完全に黎人に対しての挑発としての言葉を口にした。『それ』が何者なのかは分からないが、他人がお役御免とか無理とかを口にするのを見ると怒りが込み上がる。上から目線の発言が嫌いな黎人はその発言が許さなかった。

 

「まぁそうは言っても俺も本調子ではない。暫く俺はこのままだ」

 

だが黎人が何か言おうとする前に『それ』が話し始めた。まるで黎人の口を塞ぐように。

人の話を聞こうとしない態度に腹は立てているが、『それ』の言っている内容の方が気になった。『それ』が本調子では無いとか、暫くはそのままだとか、言っていることの意味が分からない。なぜ『それ』の調子が絡んでいるのか、それが気になってしょうがなかった。

だがそれを尋ねることは、許されなかった。

 

「だから警告しとくぜ。俺が出るまで、情けねぇ死に方するんじゃねぇぞ」

 

黎人に向かって警告をしているのが聞こえると、急に視界が暗くなっていく。まだ聞きたいことは山ほどある、と踠いても無意味だと言わんばかりに暗さは増していく。

 

「サービスでテメェの傷は消しといてやるよ。だからとっとと目覚めやがれ」

 

最後に『それ』が何か言っているようだったが、それを聞くことも聞き返すことも出来ない。その言葉を最後に、黎人の視界は完全に暗くなった。

 

 

 

暗くなって暫く経つと、再び見えるようになった。視界にあるのは、青い空だ。自分はいま、仰向けに倒れているところだろう。

徐々に視界がハッキリとしていく。意識が完全に現実に戻されているようだ。そうして感覚が戻って行き…

 

 

ドゴォォォォン!!

「ごふぅぅぅぅ!!?」

 

 

腹にくる強烈な衝撃に、再び意識を失った。その間、僅か3秒。短い目覚めであった。

 

 

 

 

「やりました!いま反応がありましたよ!」

「いやいや!惣一さん、何やってるの!?余計苦しそうな声を出してたけど!」

 

少しガッツポーズをしている惣一に、霊夢は焦りながらツッコミを入れる。予想外すぎる行動を起こしたのだから。

ハッキリと黎人を助けると言って、少し気合を入れ直しているのを見て、何をするのかと思ったのだが、黎人の胸に力いっぱい拳を入れたのだ。

惣一曰く、胸骨圧迫のようだ。確かに胸骨圧迫はある。心停止状態になっている状態の負傷者に、心肺蘇生を目的として胸骨を圧迫するという割とよく聞く手法だ。

だが、胸骨圧迫とは胸をマッサージするようにリズムよく押すことであり、決して胸にチョップを力いっぱい叩き込むことではない。

 

「何事も全力でやれと言うのがモットーでして…」

「やだいらないところでクソ真面目!」

 

霊夢の中で、惣一に脳筋という新たな情報タグがつけられる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地獄に叩き落とすつもりか!一瞬三途の川が見えたわ!」

 

黎人が意識を取り戻して、1番最初に言った台詞がそれである。かなり大声を出している様子から、黎人が回復していることが分かるだろう。

 

「…すみません。私なりに考えた結果でして…」

「考えてあの手かよ!」

 

黎人の中で、惣一に脳筋という新たな情報タグがつけられる事になった。

 

「黎人…もう大丈夫なの?」

 

霊夢が心配そうに言う。そう、黎人は猛毒を喰らって倒れたのだ。幾ら意識を取り戻したと言っても、猛毒は治っているはずは無い。

 

(…?そういえば…)

 

霊夢に言われて、黎人も同じ事を思ったのだが、いま自分の身体に何か異常があるとは思えない。寧ろ正常だ。

そこで、黎人は思い出した。先ほど暗闇の中で話した『何か』が傷を治すと言っていたのだ。普通はあり得ないのだが、いまこうして平気で居られる以上、『それ』が治癒したと言うのが最も妥当な答えである。

 

「…まぁ、大丈夫だ。よく分からんが、完治している」

「本当ですか?念のために永遠亭で診てもらった方が…」

「いや、良い。それよりも…やらないといけない事がある」

 

心配そうに言っている惣一に、平気だと伝える。平気なわけでは無いが、いまそれに構っている場合では無いのだ。

あの男は言った。お前は何も知らないと。いま戦いを控えているこの時に、知っておかないといけない事があると言うのだ。それを知らなければ、そこから先には進めない。だからいま、立ち止まっているわけには行かないのだ。

 

「…なぁ惣一。敵の情報について何か知らないか?」

 

惣一に、何か知っている事は無いかと尋ねる。

惣一も、敵の情報については全く知らない。それこそ、いま調べようとしている最中だ。黎人が求めているほど、敵の情報は無い。

だが、伝えないといけない事はある。

 

「…少し、良いでしょうか」

 

惣一は、黎人と霊夢に言う事にした。自分が此処に来るまでに起こった事について。

 

 

 

そして、先ほど自分を助けた、劉について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無縁塚

魔法の森を抜けた先にある、所謂墓地だ。幻想郷に、縁者のいない者を弔うためのところであり、そこで死体が埋葬される。

そしてその近くには三途の川が存在しており、死んだ者の魂はこの川を通り、地獄の閻魔によって裁かれる。

当然だが、ここに来るのは基本死んだ者のみだ。生きている者がここを通ろうという者なら、それこそ自殺することと同義である。

だがその川を敢えて渡る者がいた。

 

それは、神の三児であるイシューの部下、劉である。

 

妖怪の山で一仕事を終えた彼は、一緒に刃燗を連れて三途の川を通る。そしてその先にいる閻魔に会った。

 

「ここまで来るのに随分時間がかかった。なんかサービスとか無いのか?」

「そんな者はありません。自由に行き来する権利があるだけ有難く思っておいてください。

 

彼女の名前は、四季映姫。見た目では殆どの者が閻魔とは思えないだろう。だが彼女は列記とした閻魔であり、何事においても白黒をハッキリと決めるのだ。

そして彼女の一番の特徴と言えば、説教が長い事である。相手の否や罪についてコンコンと説教し、かなり長い時間の間その説教を受ける事になる。そんな彼女の説教は、誰もがありがた迷惑と思っている。

 

「それでどうしたんですか。あなたが此処に来たということは、重大な話があるんでしょう」

 

四季は劉に、此処に来た理由を尋ねた。彼は何の理由も無しに動く男では無い。特にこの場所に来たと言うことは、かなり重大な内容に違いないのだ。

 

「ああ、敵の情報を得たんだよ。まずはコレを見てくれ」

 

劉はそう言って、1枚の紙を四季に渡した。

実を言うと、劉はスパイの経験がある。人目に触れないように移動しながら情報を探ること…つまり、隠密行動はお手の物なのだ。

その紙を暫く見る。彼女の性格上、隅々までそれを見るだろう。そして、映姫は口を開いた。

 

「次の研究局長はクロロですか。これまた大物が出ましたね」

「ああ、性格の悪さで言うなら、リヴァルよりも厄介だ」

 

少し前に、黎人らが倒した男、リヴァル。この男の後釜をクロロが務めると言うことなのだ。

クロロのことは、劉も映姫も知っていた。彼の厄介さもまた、リヴァルに引けを取らないほどだ。

 

「…それで?これだけではないでしょう」

 

劉もその質問が来ることはわかっていた。それだけの内容で映姫に渡す事はない。渡すとしてせめて紫だ。映姫に渡しても何の意味もない。

 

「ああ。問題はコレだよ」

 

そう言って劉は2枚目の紙を渡す。先ほどと同じような紙だが、書かれている内容は先ほどとは全く違っていた。

 

「…これは、クロロの部下ですか」

 

その紙に書かれているのは、クロロの部下の名前の一覧だ。新しく幹部になったと言うのだから、部下を持つ事になったのだろう。

その部下の名前は、聞いた事がある名前ばかりだ。その噂は聞いた事があるし、その厄介さも何となく分かっていた。

 

「なるほど、確かに手強な者が……」

 

急に映姫の口が止まった。彼女の視線は、たった一点に集中している。

 

「…まさか……彼が…敵側に…!?」

 

映姫が驚いているのは、そこに書かれている多くの名前の中の1つだ。他の名前ならともかく、()()()()があるとは思ってはいなかった。

 

「何故かは知らないが、『ソイツ』が敵側にいる。

だからヤバいんだよ。コイツは黎人らでは対処できねぇんだよ。

強さの格が違うとかの話じゃねぇ。強さの系統が違うんだ」

 

劉の目は真剣だ。彼は感情をモロに表情に出す男だ。彼の目を見れば、真剣であるという事が直ぐに分かる。

それを見て、映姫は分かった。なぜ彼がここに来たかを。敵側に『その男』がいると分かれば、それの打開策を当然練らなければならない。そのためにここに来たのだ。

 

「なぁ、閻魔さんよ…こっち側も手段を選んでる場合じゃねぇぞ」

 

映姫に向かって言い放った。それは映姫もなんとなく分かった。何か手を打たないと、幻想郷だけでなく、外の世界でさえも危険だ。そのためには…例外として、『あの男』に頼るしか無い。

 

「仕方ありません。特例を、認めます」

 

映姫は認めた。彼の申請を。本来であればそのような手を使うことは無いのだが、仕方なくそうする事にした。

 

 

 

 

「死者、新田 豺弍…この異変解決時に限り、彼の生命活動を許します」

 

 

 

 

 

 

英雄がいた。

 

かつて1人の少女を救って死んだ男がいた。

 

彼は、正義よりも個を救う方法を選んでいた。

 

その生き様に、世間の人に好感を持たれ、正義の組織は敵意を持たれた。

 

誰もが空想に思い浮かべる『正義の味方』は現実に存在するわけが無い。だがもしいるとすれば、正にその男のような人間だったであろう。

 

GARDの隊員でありながら、たった1人の少女を守るためにGARDと敵対した。

 

その男が、再び幻想郷に現れる事になる。

 

 

 

 

 




とりあえず第3章の一部が終わりました。というわけで新キャラ登場です。楽しみにしててください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。