あなざー ~もしも夜見山北中学3年3組に「現象」がなかったら~   作:天木武

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#06

 

 

 翌日は朝から雨だった。

 

 1限目の授業は美術であり、美術室は木造の旧校舎である0号館にある。幸いなのは1階ということだろう。上の階なら雨漏りとか平気でしそうな雰囲気である。

 今僕はその美術の授業を終え、教室へと戻るところであった。案の定、というかなんというか、見崎鳴は授業中までは一緒の授業に出ているのを確認したのだが、授業が終わって教室移動が始まった時に姿を探すともう見当たらなくなっていた。

 ここまで消えるようにいなくなる、という状況が続くと、ホラー好き……というほど好きでもないが、水野さんにホラー少年なんて言われてる僕としてはこんな馬鹿げた仮説を立ててみたくなる。

 

 実は、見崎鳴はこのクラスに彷徨い続ける幽霊なのではないか。

 

 考えて、我ながら頭がおかしくなったかな、とも同時に思った。病院で出会った眼帯の美少女はクラスに彷徨う幽霊でした、とは小説ではよくありそうな話だ。雰囲気はまさしく、という具合だし、「自分に近寄るな」というのは自分に関わると呪われるから、と忠告してるなんて捉えることも出来る。

 

 が、これは現実だ。事実は小説よりも奇なり、とはいえ、そんな非科学的な現象(・・)が起こるわけがない。

 

「榊原君は、部活とか入らないの?」

 

 などと僕が黙り込んでくだらないことを考えていると、横から聞こえた声に頭は一気に現実へと引き戻された。声の主はクラスで僕の隣の席に座っている望月優矢君。一見すると女子にも見える顔立ちだが、れっきとした男子である。

 

「うん……考え中、かな」

「美術部とかどう?」

 

 その彼が美術部を薦めてくる理由は、先の授業でなんとなくわかっていた。

 今終わった美術の授業は果物のデッサンであったのだが、望月君が描いている絵を見た学年副担任であると同時に美術担当の三神先生が「何ですかこれは?」と彼に尋ねる出来事があった。その絵を覗き込んで、先生がそう言いたくなる気持ちがなんとなくわかり、僕は思わず苦笑した。

 目の前にあったモデルのレモンはただのレモンのはずなのだが、彼が描いたレモンには表情があり、それも不安に押しつぶされそうな表情をしている。

 

「レモンの叫びです」

 

 平然と彼はそう答えた。確かに有名なムンクの「叫び」に似ているようにも見える。

 

「……まあいいわ。でもそういうのを描くのは美術部での活動でやって頂戴」

 

 その三神先生の言葉で、僕は彼が美術部だと初めて知ったのだ。

 

「はい……。すみません」

「謝る必要なし。これはそのまま仕上げてしまいなさい」

 

 そんなやり取りがあったのだった。その後彼とは「叫び」について少し話したりもした。「叫び」と呼ばれる絵は世界に4点存在するとか、その中でどれが1番好きだとか、なぜ好きか、だとか。

 なんだかんだそれなりに話が合ってしまっていた。だからこその勧誘だろう、とも思う。

 

「うーん……興味がないわけじゃないんだけど……」

「だったら入りなよ。顧問は三神先生だし……」

「つーか、お前の場合はその三神先生が目的なんじゃないのか?」

 

 後ろから聞こえてきた声に僕達は振り返る。割り込んできたのは勅使河原だ。移動してる僕たちを見かけて絡んできたのだろう。

 

「そ、そんなことは……ないんだけど……」

 

 ……そうなのか、美少年。

 望月君が年上好きとは意外だった。またしても勅使河原の言うとおり、「変わり者の多い3年3組」に当てはまっている。

 しかし教師に惚れる生徒というのは……ドラマじゃあるまいし……。いや待て。身近にいい例があったことを思い出してしまった。そういやどこぞの両親(・・)は大学教授と生徒という身分で結婚したんじゃなかったか。そしてその結果ここにいるのが僕ということに……。

 ああもうやめよう。なんだか憂鬱な気分になりそうだ。外で降り続く雨のせいもあるだろう。ここは気分を変えるべく、何か話題を振ることにした。

 

「望月君は1年生の時(・・・・・)から美術部に?」

 

 まず頭に思い浮かんだのはいつ望月君が三神先生に惚れたのか。最初は少し当たり障りがないように、それとなく質問してみる。

 

「うん。元々美術には興味があったし、見学に行ったときに……三神先生……の描いた絵に引き込まれた、っていうか……」

 

 正確にいうと先生に引き込まれた、わけだ。口に出したかったが、それは僕より勅使河原の役割だろう、と黙っておくことにする。

 

「あ、あのさ、榊原君。三神先生ってどう……かな?」

 

 その望月君の問いかけに僕は一瞬考え込んだ。

 

「どう、ねえ……」

 

 転校してきた僕にいきなり振る質問としてはどうなのだろう、とは思う。もっとも、何かしら答えることができないわけではないが……。

 

「どう、って聞かれても……」

 

 僕は、言葉を濁すことにした。

 

「あ、うん……。そうか、そうだよね」

 

 濁した部分の意味を汲んでくれたのだろう、それだけで望月君はわかってくれたようだった。

 

「おい望月、あんまりサカキを勧誘するなよ?」

「……なんで勅使河原君が止めようとするの?」

 

 彼の質問は僕も聞きたいことでもあった。なんで勅使河原が止めようとするのだろう。

 

「こいつは俺と一緒に帰宅部になるんだよ。『帰宅部のエース』と呼ばれる俺の舎弟か右腕になってもらう、ってわけだ」

「……なんだよ、『帰宅部のエース』って。いや、それより僕は舎弟とか右腕とかになる気はまったくないからね」

「ひでえなあ、つれねえぞサカキ」

 

 はいはいと流しつつ、僕は考える。部活か……。今は病み上がりだし、それにもう3年だから、今から部活というのもどうしようかと思ってる。帰宅部でも別にいいけど、言うまでもなく勅使河原の舎弟やら右腕やらになるつもりはない。

 

 一先ず、近々定期テストがある。その後退院後初の定期検診。そこが終わってから考えることにしよう。

 窓の外、朝は小降りだったのにいつの間にか大粒の雨へと変わった様子を眺めつつ、僕はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 1限目の美術の後は特に実技科目、というわけでもなく、つまりよく言われる普通の授業だった。実技でないと授業というものは大抵退屈になる。

 定期テストがあることはわかっている。わかっているのだが、やはり1度学習した部分をもう1度授業で聞く、というのはどうしても退屈だ。こんな言い方をしては教えている教師に失礼だとも思うが、授業なんて物はただでさえ退屈なのだから、1度聞いているものとなればそうもなるだろう。

 とはいえ、転校後の登校早々、2日目にして授業中に机に突っ伏すというわけにもいかず、板書を写したり該当する教科書の部分に目を移したり、そうやって形だけは授業を聞いていた。

 

 が、心はそこと別なところにある。

 時折、教科書を見るフリをして窓際、最後尾の席へと目を移していた。

 

 存在自体希薄にも見える彼女は、頬杖をつきながら授業中だというのにぼうっと外を眺めていた。天気も悪いし、雨しか見えないだろうに、何が面白いのか、彼女はほとんどずっと窓の外を眺めていた。

 そして休み時間になると案の定どこかへ行くのかいなくなってしまう。話そうにも話せない。いや、「近寄るな」と言われた以上、話しかけていいのかもわからない。嫌がることをやって嫌われるのは気分がいいものではないし。

 

 いやいや、そもそも僕が何をしたというのだろうか。嫌われるようなことをした記憶はないし、僕の質問にもほとんど答えてもらってない。そして彼女が言った意味深とも言える発言の数々……。

 気になる。気になるのなら、彼女に直接話しかけて究明すればいい。昼休みの前、4限目の授業中に僕の心はそう決まった。昼食を持って彼女を追いかける、それで一緒に食べながら話す。昼休みぐらいの時間があれば僕の疑問は多少は解決するだろうし、何より「彼女は幽霊かもしれない」なんて馬鹿げた妄想は消え去るだろう。

 

 4限目終了の鐘がなる。彼女が席を立つと同時に昼食を持って席を立とうと窓際に警戒しつつ机の上を片付ける。

 昨日同様のコンビニの袋を手に彼女が立った。今だ、と僕の弁当の袋を手に立ち上がろうとした。

 

 その時だった。

 

「榊原君?」

 

 昨日のように勅使河原が来たら適当に追い返して彼女を追いかようという心はあった。が、今かけられた声は昨日から通して初めて聞いた女子の声。

 男の(さが)か、女子の声には反応してしまうなんと悲しき習性だろう。上げかけた腰を下ろし、僕はその声の主へと目を移した。

 やや茶がかった髪を横に2つ分けて垂らし、キリッとした目元は強気な印象を受ける。昨日から通して初めて見る顔だった。一見して「少しきつそうな女子」という印象を持った。

 

「えっと……」

「急に声をかけてごめんなさい。私は赤沢泉美。昨日風邪で休んでいたから会うのは……一応初めてということになるわ、よろしくね」

「あ、よろしく……」

 

 ペースを完全に握られ、流れのままに僕は挨拶を返す。だが今の挨拶、なんだか歯に物が詰まったような言い方に感じたのも事実だった。

 赤沢泉美。確か昨日の勅使河原の情報だとクラスのリーダー格、とかだったか。なるほど、確かにそんな感じを受ける。付け加えるなら、その勅使河原が狙ってる相手というわけか。

 

「それで……僕に何か?」

「東京からの転校生、って聞いたから。一緒にお昼を食べながら話を聞きたいな、って思って。よかったかしら?」

 

 答える前にチラッと窓際へと目を移す。案の定、もう彼女の姿はそこにはなかった。ため息をこぼしたい気持ちをグッと抑える。

 

「どうしたの? 何か予定でも……」

「あ、ううん。なんでもないよ」

 

 こうなってしまっては仕方ない。もうどこに行ってしまったかわからないし、わざわざ僕のところに来てくれた女子の誘いを無下にするというのも申し訳ない。今日のところは本命の彼女の方は諦めることにした。

 

「東京の話、って言っても面白い話ができるかわからないけど……」

「大丈夫よ。私が興味あるのは榊原君……いえ、恒一君って呼ばせてもらうわね。……興味があるのはあなたのことだから」

「えっ……?」

 

 どういう意味だろう。初対面で名前で呼ぶだけじゃなく、僕に興味がある、って……。

 

「……ここ、いい?」

 

 気づくと赤沢さんの周りには数人が集まっていた。僕の周りの席の人は皆別な場所で食べているのか、それとも赤沢さんたちが来たから場所を空けたのかわからないが、丁度空いていた。今の声の主は斜め前の席から椅子を持ってきて僕の机にくっつけながらそう尋ねてきた。テンションが低そうな表情に眼鏡とパーカーが特徴的な彼女の名前は確か……。

 

「あ、ちょっと賑やかになるけど私の友人も紹介するわね。この子は杉浦多佳子。部活は違うんだけど、1年の時からクラスが一緒でね」

 

 そうだ、杉浦さん。勅使河原がバレー部のエースとか言ってた気がするが……本当かな? 眼鏡……まあ危ないとは思うけどバレーで眼鏡を掛けてる人はいるかもしれないし、部活の時はコンタクトとかかもしれない。でもそれより何よりスポーツやってると思えないほどテンション低いんだけど……。

 続けて赤沢さんは女子2人と男子1人を紹介してきた。

 

「あとこっちが綾野彩と小椋由美。2人とも私と同じ演劇部。それからこの背の高いのが中尾順太。バレー部よ」

 

 勅使河原情報はどれも当たっていた。その情報能力だけは素直に評価しようと思う。

 

「改めてよろしく、こういっちゃん」

 

 既に昨日1度顔を合わせていた綾野さんは気軽に声をかけてきた。僕の呼び方も「こういっちゃん」に決まったらしい。

 一方で小椋さんは「よろしく」と一言だけ口にしただけで、杉浦さんに至っては特に何も無しで早くも弁当をつついている。中尾君も同様だ。

 なるほど勅使河原、お前の言うとおり、ここは変わり者が多いよ、と思わず心の中で呟く。そのせいで表情が一瞬緩んだ。

 

「どうかした?」

 

 その僕の様子に目ざとく気づいたのは赤沢さんだった。鋭いというか、隙がないというか。

 

「ううん。ただ、昨日ある人から聞いた話を思い出し笑いしただけ」

「ある人から聞いた話……?」

 

 嘘は言っていない。と、言うか、なんとなくだがこの人に嘘は通じないように感じた、というのが正解だろう。

 

「お、今日はモテモテじゃねえかサカキ」

 

 と、そこで声をかけてきたのはその「ある人」の本人に他ならない勅使河原だ。その声を聞くなり、赤沢さんは彼の方へ視線を移す。

 

「勅使河原」

「な、なんだよ赤沢……。そんな怖い顔して……」

「あなた、恒一君にろくでもないこと吹き込んだでしょ?」

「な……! おいサカキ、お前こいつに余計なこと言ったのか!?」

 

 あれで気づけるのか。僕は感心の意味を込めてため息をこぼす。

 

「言ってないよ。『ある人から聞いた話を思い出し笑いした』っては言ったけど」

「それでなんで俺だってわかるんだよ!?」

「……なんとなくよ。カマをかけてみただけ。……でもやっぱりお前か」

 

 そう言うと赤沢さんは機嫌悪そうに、勅使河原を睨むように見つめた。

 

「お、俺は別に何も言ってねえよ。ただこのクラスの人間の情報をこいつにだな……」

「どうせ私のことは『裏で仕切ってる女番長』みたいに言って、『このクラスは変わり者の集まりだ』とか言ったんでしょ」

 

 思わず吹き出してしまった。予想通りいい勘をしている。

 

「おいサカキ! 笑うな! バレるだろ!」

「……やっぱりね。本当にしょうもない男」

 

 気のある彼女にばっさりと切り捨てられた勅使河原は少しかわいそうにも思えるが、多分彼はこのぐらいではめげないだろう。おそらく今までだってこのぐらいの扱いはされてるだろうと思ったからだ。

 

「ぐ……。お、おい中尾、黙々と弁当食ってないでちょっとは俺のことフォローしろよ!」

「知るか。自業自得だろ」

 

 求めた先の助け舟の中尾君にも見放され、勅使河原はがっくりと肩を落とした。

 

「……サカキ、昨日のこいつの評価は撤回だ」

「何の話だ?」

「なんでもねえよ!」

 

 中尾君の質問に答えず、勅使河原は口を尖らせて離れていった。どうやら今日は一緒に昼食を摂ることはなくなりそうだ。

 

「恒一君、あいつに何を言われたか知らないけど、あまり真に受けないでね」

「ああ……。うん」

 

 社交辞令的に僕は返事を返す。彼女としてはそれだけで満足だったようで、1つ頷くと、次に少し真面目な顔になって僕を覗き込んだ。

 

「……それで、さっきの話の続き。あなたに興味がある、って言ったけど……。恒一君、あなた、私とどこかで会ってない?」

 

 藪から棒におかしなことを聞くな、と僕は思った。同時にさっきの意味ありげだった挨拶はこういうことか、とも思っていた。確かに僕は夜見山に何度か来たことはある。あるが、地元の人と話したことなんてほとんどないし、ましてや自分と年の近い女子となればなおさらだ。はっきり言って話したとしても一言二言、いちいち覚えていないというのが正直なところだ。

 

「えっと……記憶にはないんだけど」

「本当に? この町に来たことはあるのよね?」

「母の実家がここだから何度かはあるけど……。ごめん、思い出せないよ」

 

 そう答えても赤沢さんは僕の顔をしばらくまじまじと見つめる。その後でため息とともに視線を机の上の弁当へと落とした。

 

「……そうか。ごめんなさい、私の記憶違いかも」

 

 そう言って弁当へと箸を運ぶ。

 

「……残念だったわね、泉美」

 

 が、杉浦さんのその一言に彼女は思わずむせた。

 

「な、何がよ!」

「導入としてはいい切り出しだけど、さすがにちょっとベタすぎ」

「ち、違うわよ! 私は本当に以前恒一君に似た人に会ったような気がしたから……」

「ムキになるところが余計に怪しいわよね」

 

 今度は小椋さんだ。

 

「ちょっと! 小椋まで!」

「モテる男は辛いね、こういっちゃん」

「綾野!」

 

 4人のやり取りを僕はただ苦笑を浮かべつつ見ることしかできなかった。最初は「きつそうな人」という印象だった赤沢さんだったが、こうやって顔を赤くして反論してる姿を見ると意外とそんなことはないんじゃないか、っても思える。

 ただ……。

 

「……フン」

 

 中尾君には僕の印象は悪く映ってしまったようだ。彼は赤沢さんに気がある、という勅使河原情報だから……僕と彼女が仲良く話しているのは不服なのだろう。

 やはり人付き合いは難しい。が、それでもこの短期間で僕と話してくれるクラスメイトがこれだけ出来た、というのは正直に嬉しかった。

 4人のやり取りを聞きつつ、僕の弁当の中身と共に昼休みの時間は過ぎていった。

 




前提設定から考えれば、美術部が活動を休止する必要はなかったはずだ!

なお、原作からカットしてる部分、イベント発生時期をずらしてる部分等あります。本来美術の帰りに第2図書室に寄るはずですが、原作ではチャイムが鳴っても鳴がそこに残ってるわけです。しかしこれでそれをやると彼女は授業をサボることになってしまうし、かといって一緒に教室まで移動となると一緒に話す時間が早く着すぎてしまうということで丸々カット。
合わせて千曳さんの登場も後ろにずれる形になります。だから、そうはならなかったんだよ(CV千曳さんの中の人

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