ぼっちではありません、エリートです。   作:サンダーボルト

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はい、俺ガイル第一の山場である千葉村始まります。泊まり込みの連絡が当日ってあり得ないよな、って話です。


ほう・れん・そうは大事だって第一話で言ってたじゃないですか

『おはようございまーす!本日の天気は快晴、こまめに水分を補給して熱中症に気をつけて過ごしましょう!』

 

季節は既に夏本番に入り、家にいても聞こえてくるセミの声に辟易しながら比企谷八幡はテレビを見ていた。夏休みの課題は最初の数日でさっさと終わらせてある。それというのも、夏休み明けの模試や受験勉強に追われる妹の小町の勉強を見てあげたり、川崎沙希のスカラシップ取得や戸塚彩加のテニスの練習に付き合ったり、メル友からのヘルプで海の家でもっさりした焼きそばを作ったり肝試しの手伝いをしたりと、予定が山積みだったからだ。エリートの夏は忙しいのである。

 

幸いと言えるのかどうかは分からないが、メル友のヘルプ要請は夏休みの前半に集中しており、後半にはほとんど予定が入っていない。多忙だったせいで信女とも会えず、少しフラストレーションが溜まっている八幡は、夏休み後半は信女と遊び倒そうと密かに考えていた。ちなみに信女の方も予定があったため、いつものように家を訪ねてはこなかった。

 

ブラック星座占いという物騒な名前のコーナーを見終わり、いつものように携帯を手に取る八幡。しかし、携帯の画面は真っ暗だった。電源ボタンを押しても何の反応もない携帯を見て、充電し忘れていた事に気づく。忙しかったせいか、普段なら絶対にしないミスをしてしまったのだ。

 

 

「どしたのお兄ちゃん?携帯見つめて固まっちゃってさ」

 

「……充電し忘れてしまいまして」

 

「おおぅ…あの携帯依存症のお兄ちゃんがそんなミスをするなんて…」

 

 

リビングのテーブルで学校の課題をやっていた小町が兄の異変に気づき、声をかけた。

 

 

「まー、お兄ちゃん色々頑張ってたからね。流石に疲れてたんじゃない?あ、それとも信女さん分が足りなかった?」

 

「両方ですかねェ…」

 

「ありゃ、素直に認めちゃったよ。これは明日は雪が降るかもね。あ、そうなったら涼しくていいよね!小町ってば天才!」

 

「バカな事言って弱ってる兄の疲れを増大させないでほしいのですが。それよりも、課題の進み具合はどうですか?」

 

「自由研究と読書感想文以外は殆ど終わってるかな。お兄ちゃんが手伝ってくれたら、もっと早く終わるのに」

 

「あなたは凡人とはいえ、エリートの妹なんですから学校の課題くらい一人で片づけなさい」

 

「お兄ちゃんの言うエリートって結局何なのさ…」

 

 

シスコンエリートである八幡だが、必要以上に妹を甘やかす事は基本的にしない。小町も兄が忙しい中で時間を割いてくれている事は知っているので、本気で手伝ってもらおうとは思っていなかった。

 

 

「さて、お兄ちゃん。小町は頑張って勉強したのです。課題だけじゃなくて、受験勉強も一生懸命やったのです」

 

「……はい?」

 

 

急に真面目な表情で語りだした小町を、八幡は怪訝な目で見る。

 

 

「小町の頑張りは、お兄ちゃんもよく分かってくれていると思うのです」

 

「まあ、凡人のあなたにしてはよくやっていますよ」

 

「そうです。そんな頑張った小町には、自分へのご褒美があってもいいと思うのです。飴と鞭、美味しい飴を貰えれば、どんな厳しい愛の鞭にも耐えられるのです。目の前に人参をぶら下げられたお馬さんは、どこまでも走りぬく事ができるのです」

 

「あなたそれ、自分を馬と同列に扱ってるって事、分かってます?」

 

「とにかく!小町にはご褒美が必要です。だからお兄ちゃんは小町と一緒に千葉へ行かないといけないのです」

 

「はあ、千葉ねえ…」

 

 

八幡は顎に手を当てて思考する。メル友からの謝礼という名のバイト代もそれなりの額はあり、二人で出かけて遊ぶくらいはどうという事は無い。金以外の問題はシスコンエリートであるが故に無視できるものだった。

 

 

「構いませんが、今すぐという訳にはいきませんよ。しっかり計画を立てなければね」

 

「もー、お兄ちゃんは固すぎるよ!そこまできっちり考えなくても大丈夫だって!」

 

「……では、せめて携帯の充電くらいはさせて頂きたいのですが」

 

「うん、いいよ。はいこれ、充電器!」

 

「どうも」

 

 

小町は八幡に携帯の充電器を渡すと、スキップしながら自室へ戻る。八幡は早速充電を始め、少し時間が経ったところで電源を入れなおした。自身は大量にメールを送る八幡だが、送られてくるメールは思いの外少ない。何の変哲もない画面を見て小さく溜息を吐いたところで、携帯の着信音が鳴り響く。

 

 

「もしもし?」

 

『八幡?私。あなたののぶたすだお』

 

「…久しぶりに声を聞きましたね、信女さん」

 

 

愛しい未来の嫁の声を聞き、八幡の表情がほんの僅かに緩む。心境は信女も同じらしく、声から喜びが感じられた。

 

 

「ところで、何の御用でしょうか?」

 

『あのね、松平のとっつぁんから連絡がきたの。急な話なんだけど、八百万同好会でキャンプをする事になったから一緒にどうか、って』

 

「キャンプですか…」

 

 

八百万同好会(やおよろずどうこうかい)。とある大学のサークルの一つであり、坂田銀時、桂小太郎、坂本辰馬、高杉晋助ら四人を中心としたサークルである。活動内容は主に歴史の研究であるのだが、構成員の誰一人としてそんな事を覚えている者はいない。学ぶときはきっちり学び、遊ぶときはしっかり遊ぶ、をモットーにして活動している自由奔放な集団であった。

 

八幡にとってこの話は渡りに船だった。小町も八百万同好会の面々と面識があるため、参加する事に反対はしないだろう。二人だけで千葉に行くより、気心の知れた友人達とキャンプをする方が良いに決まっている。話によれば必要な物は松平のとっつぁんこと松平片栗虎が用意してくれるので、こちらの準備はほぼ必要ない。それに自分も信女に会える。

 

 

「分かりました。小町さんにも伝えてきますので、集合場所をメールで送ってください」

 

『うん。待ってる』

 

 

八幡はとりあえず電話を切り、自室で出かける準備をしている小町にキャンプの事を伝えるために部屋へと向かった。部屋の扉をノックし、小町の了承を得てから部屋へと入る。

 

 

「小町さ…まだ着替え中ではありませんか」

 

「や、お兄ちゃんなら別に良いし」

 

「あのねェ…」

 

 

着替え途中の小町を見て、八幡は妹のズボラさに呆れて溜息を吐く。小町はそんな兄に構わず着替えを続けていた。

 

 

「で、どしたの?」

 

「ああ、そうでした。小町さん、朗報ですよ。信女さんから連絡がありまして、八百万同好会の皆さんとキャンプに行ける事になりました」

 

「……えっ?」

 

 

きっと諸手を上げて大喜びするだろう、という八幡の予想に反し、小町は着替え途中のまま固まった。予期せぬ反応に八幡も困惑を隠せない。

 

 

「…どうしました?あなた、キャンプ嫌いでしたっけ?そもそもキャンプの意味を知ってましたっけ?」

 

「馬鹿にしすぎでしょ!?ていうか、え?キャンプ?信女さん達と?」

 

「他に誰がいるんです?」

 

「え?え?お兄ちゃん、奉仕部で合宿があるんじゃないの?」

 

「……は?いえ、そんな連絡は来ていませんが…」

 

「でも、結衣さんからお誘いのメールが来たよ?」

 

「……私には来ていませんが」

 

「充電切れてたし、届いてないんじゃない?」

 

「昨日は普通に使えていましたよ。その後に充電が切れたんですから」

 

「えっ…小町はもっと前からメール貰ってた、けど…」

 

 

気まずい空気に言葉を詰まらせながら言う小町と、どういう事なのかを考える八幡。奉仕部の活動だというなら自分に連絡が来ないはずがない。むしろいらない事まで色々連絡するまである。夏休み中は忙しかったため、メールをする機会は目に見えて減っていたのは確かであるが。

 

 

「ど、どうしようお兄ちゃん…もうお父さん達に合宿に行くって言っちゃった…」

 

「…とりあえず、平塚先生に連絡してみましょう。何かの手違いという事もありますから」

 

「う、うん…」

 

 

確認を取るために一度、充電中の携帯を取りに行く。そしてリビングに入って耳にしたのは、ひっきりなしに鳴るメールの着信音だった。

 

 

「……なんか、携帯鳴りまくってるね」

 

 

八幡は無言で携帯を取る。画面には不在着信一件とメール通知が数件。どれも今から連絡しようとしていた平塚静からのものであった。

 

 

 

 

----------

 

From しずちゃん

 

Sub 平塚静です。メール確認したら連絡をください

 

 

比企谷君、夏休みの奉仕部の活動について至急連絡をとりたいです。折り返し連絡を下さい。

 

もしかしてまだ寝ていますか(笑)

 

先程から何度もメールや電話をしています。本当は見ているんじゃないですか?

 

ねえ、見てるんでしょ?

 

でんわ でろ

 

----------

 

 

 

 

「……お、お兄ちゃん…」

 

 

メールの内容を見た小町が恐る恐る声をかける。静から来たメールの内容は、長期休暇中に奉仕部でボランティア活動をするというものだった。それで全てを察した八幡は、もはや溜息すら漏らさずに濁り切った瞳で携帯の画面を見続けていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

「さて……電話に出なかった言い訳を」

 

「充電切れです。それよりも二泊三日の合宿にもかかわらず、私には一切の連絡も無しで妹には連絡が届き、あまつさえ当日になってのこのこ連絡を寄越した理由を吐きなさい」

 

 

駅のバスロータリーに止めてあるワンボックスカーの前で、サングラスを外して鋭い視線を向ける静。しかし、その台詞は遮られ、苛立ちがありありと表れている口調で逆に問い詰められる。荷物を持つ八幡の隣には、なんとも居づらそうにしている小町の姿もあった。静は少々たじろぎながら、八幡の質問に答える。

 

 

「い、いや…事前に連絡すれば君は何かと理由を付けて逃げるだろうと思ってな…」

 

「偏見で物を考えないで頂けますか?自分が口で勝てないからってその言い草は無いでしょう」

 

「そ、それは…普段の君の態度を鑑みればだな…」

 

「……お話になりませんね。もう小町さんは行く準備を整えていましたし、部活動の一環という事なら参加しないわけにはいきませんから一緒に行きますが、こういうことする度にご自分の評価が下がっていくのを自覚したほうがよろしいですよ」

 

 

言うなりさっさと車のドアを開けて入ってしまう八幡。静はそれを唖然とした表情で見ていた。そして小町は八幡が車に入ると、恨みがましい視線を静へと向ける。

 

 

「あ、小町ちゃん!やっはろー!」

 

「こんにちは、小町さん」

 

「小町ちゃん、やっはろー」

 

 

気まずい空気の二人に声をかける結衣と雪乃。そして静に声をかけられて合宿に同行する事になった彩加が合流する。

 

 

「あ、どうも…やっはろー、です」

 

 

誰が見ても気持ちが沈んでいると分かるような返事に、挨拶をした三人は一瞬固まってしまう。

 

 

「えっと、どうかした?」

 

「結衣さん…どうしてお兄ちゃんに連絡してないんですか…?」

 

「え、ヒッキーいないの?っているじゃん!来るの遅いし!」

 

 

車に先に乗っていた八幡を結衣が指差すが、八幡は横目でちらりと結衣達を見た後すぐに携帯へ視線を戻してしまった。

 

 

「……えっと、ヒッキー機嫌悪くない?」

 

「そりゃそうですよ…お兄ちゃんだけ、今日合宿があるって知らなかったみたいですし…」

 

「えっ!?」

 

「そうなの?僕は平塚先生に誘われたんだけど。雪ノ下さん達もそうでしょ?」

 

「ええ、先生から連絡を貰ったわ」

 

「あたしも…。それでゆきのんにメールしたら、同じメールが来てたって…。それで、小町ちゃんも誘おうって話になって…」

 

「それは嬉しいんですけど…私は兄がその事知っているものだと思ってましたよ…。今日、信女さん達からキャンプに行かないかって電話が来まして、その後に奉仕部の合宿についてのメールがお兄ちゃんの携帯に…」

 

「…………」

 

 

その場にいた全員が無言で静に顔を向ける。雪乃は冷たく見下すような、結衣達は非難がましい目を向けていた。

 

 

「そ、そんなに悪い事をしたのか?」

 

「当たり前でしょ!?奉仕部でヒッキーだけハブにされたってことじゃん!」

 

「しかも、奉仕部じゃない僕や小町ちゃんには連絡が来てたのに…」

 

「……部長として、部員全員に確認を取らなかった私にも責任はありますが、いくら何でもこれは…」

 

「雪乃さんは悪くありませんよ。先生、お兄ちゃんに知らせるとなんだかんだと理由付けて逃げるとか言ってましたし…」

 

「…先生、彼はこれまでにサボった事はありませんし、休んだ時も連絡はしていましたよ?それなのにどうしてそんな結論に至るのか説明を要求します」

 

「うぐ……そ、それよりもだ!もう時間がないから早く出発するぞ!ほら、早く乗りたまえ!」

 

 

静は追及から逃れるように大きな声で乗車を促すと、さっさと運転席に乗り込んでしまった。車の席は真ん中が二人、後ろに三人乗れるスペースになっている。ちょうど男子二人、女子三人なのでそのように分かれて座った。

 

 

「八幡、災難だったね…。何度かメールしようとは思ったんだけど、忙しそうだったし…」

 

「…お気になさらずに。全ては運転席に座ってる馬鹿の責任ですから、あなた方に落ち度はありません」

 

「比企谷君。あなたは知らされていなかったのだし、無理に参加しなくてもいいのよ」

 

「まあ、キャンプの電話来たのも今日ですし、両親も小町さんも合宿に行くという事で話が進んでいましたからねェ。一応、部活の方を優先した方が良いかと思いまして。信女さんとはこの後いくらでも会えると思いますし。それに、あなた方とのキャンプも嫌ではありませんから」

 

「ほんと、ごめんね…」

 

「いえ、こちらも空気を悪くして申し訳ありません。こうなってしまったものは仕方ありませんから、開き直って楽しむ事にしますよ」

 

 

車内の空気がいくらか軽くなったところで車が発進する。駅から千葉に行くには国道十四号に進むのだが、車はインターチェンジの方へと進路を変える。それに気付いた彩加が困惑の声を出した。

 

 

「あれ、高速?千葉駅に行くなら国道じゃないの?」

 

「……フッ」

 

「どうせ、『いつから千葉駅に向かうと錯覚していた?残念、千葉村でした!』とか言いたかったんでしょう?」

 

「……」

 

「お兄ちゃん、そうやって人の発言先読みして潰すの、嫌われるから止めた方が良いって言われたじゃん…」

 

「分かりやす過ぎるんですよ、この人は」

 

 

彩加の疑問に笑って答えようとする静だったが、車が進路を変えたところで既に何を言いたいのか予想できていた八幡が静の持ちネタを潰した。静は誰にもばれないように、後ろを向きかけた顔を前に戻した。

 

 




何か突っ込まれそうなんで、八幡が奉仕部を優先した理由を説明しておくと、

・家族がそういう風に話を進めてしまっていた
・部活動の一環だから
・奉仕部で行くのも悪くない
・そもそも行かなきゃ物語が進まない(作者の理由)

といった具合です。

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