ぼっちではありません、エリートです。   作:サンダーボルト

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大富豪の描写は特にありません。勝敗はもう揺るぎませんから。


ひびはやがて溝と化す

「はい終わり。つまらないゲームはこれでおしまいですね」

 

 

大富豪の最終戦。結衣ペアは良い手札のおかげか早々に上がり、八幡ペアも二枚出しで綺麗に上がった。遊戯部のまだ残っていた手札がポロポロと床に落ちた。一回戦、三回戦、四回戦に敗北した遊戯部はベスト、靴下、ワイシャツを脱いだ状態。この最終戦の敗北で女子の前にパンツ一丁の姿を晒さなければならないのである。その現実を目の前にして、二人の顔から血の気が引いていく。

 

それでも、自らこのルールを言い出したので逃げるわけにもいかず、ゆっくりとズボンに手をかけたところで八幡の声がそれを止めた。

 

 

「あ、別に脱がなくてもいいですよ。見たくもありませんから。さて、勝負も終わりましたから帰るとしましょうかね」

 

 

その言葉にあっけにとられている遊戯部ペアを後目に、脱いだブレザーを着なおす八幡。

 

 

「はい、確実に勝てる勝負にして勝ちましたよ。これで文句はないですよね、ハムの人」

 

「……え、ハム?」

 

「どうなんです?」

 

「…う、うむ……それはもちろん…」

 

 

まともに名前を呼ばれていない剣豪将軍が返事をすると、八幡は雪乃と結衣に帰ろうと目配せをする。三人が出て行った後、扉に手をかけた八幡が一回振り返り、

 

 

「お邪魔しました。それではゲームの勉強頑張ってくださいね。将来、面白いもの作れるといいですね。私は期待してませんけど」

 

 

最後に毒を混ぜた応援メッセージを残していった。ピシャリ、と扉が閉められたあとも、遊戯部の二人は服を着るのも忘れ、机に広げられたカードをただ見つめていた…。

 

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

日が暮れ始め、夕日が赤く照らす廊下を四人は歩いていた。不意に義輝が足を止め、小さな声で喋りだした。

 

 

「……その、八幡……いや、奉仕部の衆。本日は、迷惑をかけてしまい、申し訳なかった…」

 

 

おどおどしながらも、顔を雪乃と結衣に向けて話す義輝。

 

 

「あ、謝って済む問題でないのは重々承知だが……ご、ごめんなさい…」

 

 

声は尻すぼみになっていったが、義輝は奉仕部に頭を下げた。八幡は携帯をいじりながら横の二人の様子を窺う。雪乃はいつも通り冷たい目を向けていた。結衣は義輝と顔を合わせようとはしなかったが、張り付けた笑みを浮かべて雪乃を振り返る。

 

 

「ま、まあいいんじゃないかな?ヒッキーのおかげで脱がずに済んだんだし……ね、ゆきのん?」

 

「……由比ヶ浜さんがいいなら、それで構わないわ」

 

「だ、そうですよ。良かったですね。謝ってなかったら、君のメルアド消去してるところでした」

 

 

一応許してもらえて、安堵の息を吐く義輝。もし謝罪が無ければ、奉仕部との繋がりは絶たれていただろう。

 

 

「ほ、本当にすまなかった。それでは、我はこれで失礼する。……で、ではな…」

 

 

そう言って何度も頭をペコペコ下げながら、義輝は退散していった。今日の部活動はこれで終わり、部室に荷物を取りに行った後、雪乃が部室に鍵をかける。

 

職員室に鍵を返しに行く途中、雪乃が携帯をいじっている八幡を見て口を開く。

 

 

「……どうして、あんな真似をしたの?」

 

 

雪乃の目は静かな怒りを秘めている。八幡は一瞬目を合わせ、すぐに液晶画面に視線を戻した。

 

 

「あんな真似とは?」

 

「自分の手札の内容を言った事よ。ルール違反ではないのだろうけど、到底褒められた行為ではないわ」

 

「絶対に勝つ必要があったからやったまでですよ」

 

「あら、勝つ自信が無かったの?それとも勝てないと思ったの?二回戦の時は財津君が余計な事をしたせいで負けてしまったけれど、それが無ければ勝敗は分からなかったわ。なのに、あんな反則すれすれのことまでやって…」

 

「……自信とか、そういう問題じゃないんですがねェ…」

 

 

八幡は呆れたように溜息を吐きながら自分の頭を掻く。雪乃はここで、さっきから前を歩いている結衣に視線を向けた。

 

 

「由比ヶ浜さんも由比ヶ浜さんよ。どうしてこの男に協力したの?私では勝てないと思ったの?私が比企谷君より劣っているというのかしら?」

 

「……そういうんじゃ、ないけどさ…」

 

 

結衣は話しかけられても、顔は俯き気味で目を合わせようともしない。その態度にイラついたのか、雪乃の眉がピクリと動いた。

 

 

「なら、どういう事なの。さっきも言ったけれど、まだ勝敗が決まっていないのにあんな手を使うなんて、人として恥ずかしく…」

 

「―――ゆきのんは凄いよね」

 

 

決して大声ではないものの、語気が少しだけ強くなった結衣の声。羨望と憤りが混じり合った声音に雪乃は口をつぐみ、八幡のメールを打つ手が止まる。

 

 

「いつも自身満々で、かっこよくて、強くて…あたしができないこと、なんでもなさそうにやっちゃうし」

 

 

結衣の肩がふるふると震え、スカートの裾が強く握られている。

 

 

「あたし、ゆきのんのそういうところ好きだし、尊敬してる。ゆきのんと友達になれて良かったって思ってるし、これからもゆきのんとヒッキーと奉仕部で頑張りたいと思ってる…」

 

「……由比ヶ浜さん…?」

 

 

雪乃が今の状況を把握しきれず、不安そうに結衣の表情を窺おうと顔を覗きこもうとする。しかし、その前に結衣が二人の方を振り返った。

 

―――涙で濡れた瞳を見て、雪乃が唖然とする。

 

 

「ゆきのんは、怖くなかったの?一回でも負けたら、服を脱がなきゃならないんだよ…?」

 

「…怖くないといえば嘘になるけれど、でも、それは勝てばいいだけで…」

 

「…あたしは怖かった。よく知らない男の人に、もしかしたら、下着を見せる事になるかもって…」

 

「っ!!」

 

 

目に見えない何かから身を庇うように自分を抱きしめた結衣を目にした雪乃は、突如心の底から湧き出てきた罪悪感に蝕まれた。

 

 

「ヒッキーが守ってくれたから、あたし達のために怒ってくれたから、あたし達は無事だったんだよ…?」

 

「…それは」

 

「ゆきのんはさ、勝って当然みたいな事言うし、きっとこれまでも勝ってきたんだと思うんだ。だからああいう、りすく?を背負ってても普通にできるんだろうけどさ…」

 

 

結衣は何かを拒むように頭を横に何度も振り、でもさ、と続ける。

 

 

「あたし、ゆきのんみたいに強くないよ…」

 

「……それは逃げよ。できないからって逃げていては、何も変わらないわ」

 

「……いきなり、変われると思うの?凡人のあたしが、明日からヒッキーみたいなエリートになれると思うの!?ゆきのんみたいにかっこよくなれると思うの!?」

 

 

溜めこんでいた感情が爆発し、普段の優しい結衣とは思えぬほどの剣幕で叫ぶ。

 

 

「変わろうと思ってたって、すぐには無理なんだよ…。ゆきのんはあたしより頭良いのに、どうして、それが分からないの…?」

 

「…ゆ、由比ヶ浜さ…」

 

「もっと、周りの人の気持ちとか、考えてよ…っ!」

 

 

涙声で絞り出すように言葉を吐き出した結衣。悲痛な叫びを受けて雪乃は呆然自失で立ち尽くす。

 

 

「こんな事が続くなら……もう一緒にいれないよ…ごめん」

 

「あ……」

 

 

結衣は踵を返すと、雪乃達の方を振り向かずに走り去ってしまった。雪乃は結衣に向けて手を伸ばしたが、その手は彼女には届かず、結衣の姿が見えなくなるとその手を胸に置いてぎゅっと握りしめた。

 

 

「…あーあ、友達泣かせちゃいましたね」

 

 

無遠慮な声が投げかけられ、雪乃の体がピクリと反応する。しかし、雪乃は声の主の顔を見る事ができなかった。

 

 

「もうあの人、部活に来ないかもしれませんね。万が一にも無いでしょうが一応言っておきますけど、私を恨むのは筋違いですよ」

 

 

雪乃はただ俯いて黙りこくり、唇を強く噛み締めている。

 

 

「まあ安心してください。同じクラスですからメンタルケアぐらいはしてあげますよ。奉仕部に来るかどうかは彼女次第ですがね。それでは」

 

 

八幡は携帯をしまい、両手をポケットに突っ込んで雪乃の横を通り過ぎる。雪乃は何かを言い返す気力も失い、窓から差し込んだ夕焼けの光の中に消えていく八幡を見送っていた…。




材木座を簡単に許し過ぎじゃね?って意見が来そうですが、雪乃と結衣に実害が無かったのと初登場の時に顧問の怠慢で銃を突きつけてしまった負い目があったからです。

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