「では、これより遊戯部と奉仕部によるダブル大貧民対決を始めます。勝負は五試合。最終戦の順位で勝敗を決します」
秦野が宣言し、椅子に座っている八幡、結衣、相模の三人がそれぞれ配られた18枚のカードを手に取る。
「実質二対一のチーム戦なので、こちらが先手をもらいますけど…」
「…どうぞ」
「いいよー」
八幡と結衣が返事をすると、相模が手札から一枚カードを場に出した。最終的に奉仕部側の2チームのうちのどちらかが勝てばいい勝負なので、先攻を譲る事に特に異論は無かった。順当にカードを出し合って1ターン目が終了し、パートナーと交代して2ターン目が始まる。
「ははははっ!ずっと我のターン!ドロー!モンスタカード!我はクラブの10を召喚!このクラブの10の…」
「早くしてくれませんかね」
「……ごほん。ターンエンド!」
後ろの八幡に急かされて最後の決め台詞だけ言った義輝が、カードを場に出してそっと手札を置いた。場が沈黙に包まれたまま、ゲームは淡々と進んでいく。手札からカードを抜き取るシャッという音と、場に置くぺちっという音だけが続いていく。何順か過ぎたところで、手札の数は八幡達が2枚、結衣達が3枚、遊戯部が5枚となっていた。
ここで八幡は、自らダブル大貧民を提案したにもかかわらず、五枚も手札を残したままの遊戯部に疑問を抱く。しかし今の段階では何とも言えないので、大人しく結衣の出したスペードの6を8切りで流して、最後の1枚を机に置いて義輝と交代した。
「これで終わりだ!トラップカードオープン!……チェック・メイト」
得意げに最後の1枚を場に出す。更に雪乃が温存していたクラブの2を選択。遊戯部がパスをすると、交代した結衣が残り2枚の手札を2枚出ししてゲーム終了となった。
「ふっはっはっ!まるでたいしたことないわ!どうだ、我の力を思い知ったかぁっ!」
圧勝といえる結果に気を良くした義輝が高らかに吠える。ああまで言われてさぞ悔しいだろうと思い、八幡はちらりと遊戯部の顔を見るが、遊戯部の二人はけろりとした表情だった。
「いやー秦野くん、負けちゃったねー。しまったー」
「そうだなー。相模くん。油断してしまったー」
八幡のモノクル越しの腐った目が、負けたというのに危機感や焦りというものを感じさせない遊戯部ペアを観察する。そうしてじっくりと見ていると、二人はにやっと笑った。
「困ったね」
「困ったな」
「「だって、負けたら服を脱がなきゃいけないんだから」」
同時に同じことを言うや否や、遊戯部の二人はしゅばっとベストを脱ぎ捨てた。
「なっ!?何よそのルールっ!」
結衣が机をばんっ、と叩いて猛抗議する。しかし、遊戯部はにやにやと笑うだけだった。
「え?ゲームで負けたら脱ぐのが普通じゃないですか?」
「そうそう。麻雀もじゃんけんも負けたら脱ぐものです」
「はぁ!?何それ意味わかんないし!」
「では、第二回戦参りましょう…」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!ちょ、話聞けし!」
結衣の抗議に耳を貸さず、秦野はカードを素早く回収してシャッフルを始める。なおも制止しようとする結衣を取り合わずに、さっさとそれぞれにカードを配りだしてしまった。
「ゆきのん、もう帰ろうよ、付き合うのアホらしいし…」
「そう?私は構わないけれど。勝てばいいのだし、勝負する以上はこちらにもリスクがあるのは当然だわ」
「え、ええっ!?あ、あたしやだよ!!」
「問題ないわ。このゲームはローカルルールの多さに惑わされがちだけど、数字の力関係が一定である以上は戦略の基本路線は変わらない。場に出たカードを記憶して、相手の残り手札が予想できればそうそう負けないわ。それに終盤の勝ちパターンもいくつかあるようだし、枚数からの推測もそう難しいものではないもの」
「そ、そうかもしんないけど……。うぅーっ!」
雪乃は強固な態度を変えずに自身の考えを述べる。強気である雪乃とは反対に結衣は涙目で唸っている。
「さあ!はよう!はよう始めようではないか!」
雪乃と同じく乗り気な義輝が席に座り、秦野からカードを受け取る。
「では、始めましょう」
雪乃も机から手札を取って、ぱっと広げる。その後ろで結衣が浮かない顔をしながら立っていた。
「じゃあ、まずはカードの交換を」
「うむ…」
一位で抜けて大富豪になった八幡のペアと、最下位で抜けて大貧民になった遊戯部ペアがカードを二枚交換する。遊戯部から献上されたのはジョーカーとハートの2。そして義輝が渡したのはスペードのキングとクラブのクイーンのカード。
「……材木座君、何の真似ですか?」
カードを渡した義輝の後ろから八幡が静かに問いただす。敵である遊戯部にキングとクイーンという強いカードを渡せば、当然生まれる疑問である。義輝は手札を構えて瞳を閉じ、重々しい声で答えた。
「……武士の、情けだ」
義輝からカードを受け取った遊戯部二人がにやりと笑う。それを見た結衣が先程よりも不安を大きくさせ、八幡に助けを求めようと口を開く。
――――出かかった言葉が固唾と共に飲みこまれる。
普段、周りの空気を読んで行動し、人の心の機敏に敏感な結衣だからこそ気付くことができた。比企谷八幡がキレている事を。目は口程に物を言うというが、今の八幡がまさにそれだ。腐った目以外は至って普段通り。しかし、腐った目がより一層腐り、蔑んだ目で遊戯部を見下ろしていた。
結衣は普段見られない八幡の感情を見たが、不思議なことに恐怖をそこまで感じなかった。それどころかむしろ、奇妙な安心感を抱いていた。その理由を考えようとしたところで、カードを場に出す音がそれを中断させた。
~~~~~~~~
遊戯部は一戦目とは見違えるほどに鮮やかな戦略をとってきた。リスクを恐れずに三枚出しなどの派手な手を使う秦野、カード効果を利用して堅実に枚数を減らす相模。二人が組むことにより戦術の幅が広まり、奉仕部側は先の手が全く読めない。しかし、負けじと手札を消費していき、遊戯部と結衣達が二枚、八幡達が四枚というところまできていた。
「……こ、これなら…」
どちらかを出すか迷っていた結衣が場に出したのは、切り札として温存していたのであろうクラブの2。ジョーカーは二枚とも八幡の手札にあるため、八幡がパスをして次の雪乃に上がらせればいい。そう頭で結論づけた矢先、後ろから伏兵が現れた。
「おおっと!足が滑ったぁ!」
義輝が八幡に勢いよく倒れ掛かり、一枚のカードを場へ弾き飛ばす。絵柄は…ジョーカー。
「はあ!?ちょっと中二!あんた殺すよ!?」
結衣が勢いよく立ち上がって威嚇するが、義輝はあさっての方向を向きながらぴーひゅーと口笛を吹いて誤魔化した。そして意気揚々とスペードの3を出すと、次の秦野が8を出してあっさりと流す。交代した相模が最後の手札のスペードのエースを出して、遊戯部ペアが一位になる。次の雪乃は当然ながら出せるカードは無く、無念そうにパスをする。順番が八幡に回ってくると、義輝が八幡の肩をがっしりと掴んだ。
「八幡……。我の、いや我たちの夢、貴様に託したぞ……」
爽やかな笑顔を浮かべ、義輝が言う。それに同調するかのように、秦野が拳をぐっと上に突き上げ、相模が目を伏せて静かに手を組んだ。
「HA・CHI・MAN……。HA・CHI・MAN…」
誰かが発した小さいコール。それが段々大きくなり、義輝と遊戯部は歓喜の雄たけびをあげ続ける。一方で雪乃は冷たい視線を八幡へと向けて、結衣はうぅーっと口を真一文字に引き締めて八幡を睨む。
「パス」
それらを全てシカトして、八幡はどうでもよさげに手札を投げ捨てるとさっさとブレザーを脱いだ。その場にいた全員が、あっけらかんとしている八幡を見てぽかーんとしている。やがて、ハッとして我に返った義輝が怒号を轟かせた。
「八幡っ!貴様、なんのつもりだ!これは遊びではないのだぞ!」
義輝が八幡の胸倉を掴みあげようとする。が、八幡は立ち上がってそれを払いのけると、片手で義輝の胸倉を掴み上げた。
「材木座君」
若干持ち上げられた形になり、義輝はつま先立ちのような状態でプルプル震えている。雪乃も結衣も、八幡が滅多に見せない迫力に圧されて何も言えず、いつもよりも腐った目をした八幡の顔を見る事しかできなかった。
「次、ふざけた真似したら―――殺しちゃうぞ」
無表情の顔と抑揚のない声が恐怖心をかきたてる。八幡が手を放すと、義輝はガタガタ震えながら二、三歩後退り、降参するように両手を上げた。
「ま、ま、まあ落ち着くのだ、は、八幡よ。い、今は我らが仲間割れをしている場合では、な、ないぞ?そ、それに、だ。ゲ、ゲームとは楽しむものだ。もっと余裕を持つのだ」
負けたので靴下を脱ぎながら八幡をなだめようとする義輝。八幡はその言葉には答えず、溜息が一つ返ってきた。
「……なるほど、そういう感じのスタンスなんですね」
その溜息の主は秦野だった。これまでの控えめで穏やかな印象とは違う、攻撃的な色が透けて見える声であった。
「その、ユーザー視点っていうんですか?まぁ、悪い事じゃないんですけど、それに終始してるっていうのはちょっとねー」
更に相模が言葉をかぶせる。義輝は彼らの鼻にかかるその言い方に何か言おうとしたものの、二人の顔を見て止まる。彼らの表情には明らかな侮蔑が混じっていた。
義輝、雪乃、相模が椅子に座って臨戦態勢を整える。大富豪となった遊戯部ペアが、手札から二枚選んで義輝に渡す。その時に秦野が義輝にある事を聞いた。
「……剣豪さん、なんでゲーム作りたいんですか?」
「ふむ、好きだからな。好きなことを仕事にしようと思うのは当たり前の考えだと思うが。ゲーム会社の正社員なら生活安定してるし」
同じくカードを二枚を選んで渡しながら義輝が答える。最後に本音が漏れていた答え。それを聞いた秦野は鼻で笑う。
「はっ、好きだから、か。最近多いんですよね、それだけでできる気になっちゃう奴。剣豪さんもそういう人間の一人でしょ?」
「何が言いたい」
カチンときたのか、義輝はカードを二枚叩きつけるように場に出し、荒々しく椅子を鳴らして立つと八幡に手札を渡す。雪乃もそれに続いて二枚出しをして、結衣に手札を渡して交代する。
「あんたは夢を言い訳にして現実逃避してるだけなんですよ」
「な、何を根拠に…」
「剣豪さん、薄っぺらいんすよね。さっきの話じゃないけど、ユーザー視点っていうか、ユーザーどまりっていうか。表面だけをなぞってきゃっきゃしてるだけっつーか」
「ぐぬぬぬ」
カードを出しながら言い放った相模の言葉に、雪乃は同意しているのかこくこくと頷き、義輝はただ唸っている。八幡は顎に手を当てて、何を出そうかと手札とにらめっこを始めた。その悩んでいる顔をちらりと見て、秦野が冷笑を浮かべた。
「ゲームのなんたるかも知らないでゲームを作ろうだなんて笑わせるよな。最近の若手ゲームクリエイターにも多いんですよね。TVゲームしかやった事ないのにゲーム作ろうとする奴。考え方がワンパターンで何も革新的な事が出来ない。斬新な発想を生む土壌が養われていないんだ。好きだからって作れるわけじゃないんですよ」
「剣豪さん、何か得意なこととか人に誇れること、無いでしょ?だからゲームとかに縋ってるだけなんですよ」
嘲笑が混じった声で、相模が追い打ちをかける。義輝はそれに答える術を持たず、ただ悔しげな表情をして黙り込む。八幡は片手で頭をガシガシと掻き毟る。まだ戦略が練り終らないらしい。
「ところで剣豪さん、好きな映画ってなんです?」
「……むぅ、そうだな。『魔法――」
「おっと、アニメ以外で」
「ぬお!?」
この間デートした時に買って家で見たジュラシックパーク面白かったなー。ティラノサウルスもいいけどラプトルも良いなー。ロストワールドも買っちゃおうかなー。と、アニメを封じられて黙り込んでしまった義輝を横目で見ながら八幡は思った。
「ほら、やっぱ言えないんだよな。じゃあ、好きな小説は?」
「……ふむぅ、最近なら『俺の彼――」
「ラノベ以外で」
「あうふ!」
エイリアンVSプレデターの文庫本は面白かったなー。プレデターに愛称があったとか映画じゃなかったもんなー。続編も買っちゃおうかなー。と、舌を噛んでしまって仰け反った義輝を無視しながら八幡は思った。
「結局さ、あんた偽物なんだよ。エンターテイメントの本質も分かってないし。俺達はちゃんとゲームの源流、エンターテイメントのスタート地点から勉強してるんだ。あんたみたいな半端者がゲーム作るとか言い出すの、見てて恥ずかしいんだよね」
遊戯部の二人が蔑むような目で義輝を見る。雪乃はさっきから悩みっぱなしの八幡に向けて微笑を浮かべ、言葉を投げかけた。
「双方の話を聞いてみたけれど遊戯部のほうが正論のようね。比企谷君、あなたもその財津君のことを考えるなら、正しい道を示してあげるべきだわ」
八幡はふぅ、と息を吐き、カードに釘づけだった腐った瞳を義輝、雪乃、結衣へと順番に向け、最後に冷笑を浮かべている遊戯部の方へと動かした。
「そうですか。なら、エンターテイメントを勉強したというお二人にお聞きしたいのですがね。このゲーム、世の中の女性の何%がやりたいって言うんでしょうか」
雪乃の微笑が固まり、遊戯部の二人が顔を引きつらせる。遊戯部の努力は理解した。義輝の怠慢さも理解した。だが、もうそんな事はどうでもいい。八幡にとってこのゲームは、雪乃と結衣を脱がせようとし、義輝がそれに便乗した時点で両者の勝敗なんてどうでもよくなったのだ。
「由比ヶ浜さん。このゲーム、このルールで遊びたいと思いますか?」
「絶対やだし!」
「そうですか。雪ノ下さんはどうですか?男女混合グループ内のパーティーゲームとしてやりたいですか?」
「………いいえ」
結衣がむくれながら答え、雪乃は気まずそうに顔を逸らして呟く。
「ほらね?声高々に正論語ったところで、それが全く活かされていない。正論なんてものは論理が正しいだけって前にも言いましたよね?使う人間によってその本質はいくらでも捻じ曲がるんですよ。エリートにとっては、材木座君も秦野君も相模君も等しく凡人です。笑っちゃいますよね、あなた方は鏡に映った自分を指差して笑っていただけですよ。ほんとに滑稽だ」
八幡は秦野と相模を腐った瞳で射抜いた。
「材木座君が偽物ならあなた方は面汚しです。ゲームが強いのを良い事に二人の女性を脱がそうとしたセクハラ野郎ですよ。え、どっちがマシかって?どっちも屑なんじゃないですかね」
「い、いや…あれは…」
「何です?本気じゃないとでも?ただの戦略だとでも?すでに2チームが脱いでいるこの状況で、そんな言い逃れが通用するとでも?」
「それは…そもそも先輩方から勝負をしかけてきたんでしょ…」
「もう材木座君の土下座というメリットは差し上げましたよね?それ以上、こちらが譲歩する理由などないのですが」
秦野も相模も、返す言葉も無く沈黙する。八幡はしばらく俯いている二人を見た後、不意に結衣の方へ顔を向けた。
「由比ヶ浜さん、あなたはアホですからこのエリートが特別にハンデをあげます。こちらの手札はクラブの2、ハートのキング、スペードの――」
八幡は唐突に自分の手札の内容すべてを暴露した。全員が八幡を信じられないものを見るような目で見るなか、結衣が八幡の意図を察して反撃する。
「バカにすんなし!そっちがその気ならこっちだってハンデあげる!あたし達の手札は――」
「由比ヶ浜さん!?」
雪乃の制止の声も聞かず、結衣は八幡と同じように自分の手札の中身を読み上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!それはナシでしょう!?」
「何がですか?別に自分の手札を公開してはいけないなんてルールはありませんよね?」
「た、確かにそうですけど…!」
抗議の声を上げた秦野を八幡が黙らせる。この3チームしかない状況において、2チームが手札の情報を公開するという事は、必然的に残り1チームの手札も分かってしまうという事になる。実質二対一のチーム戦だからこそできる作戦である。黙らされた秦野に代わり、相模が更に抗議をした。
「で、でもルールって色々ありますから、そっちでは良くても俺達の間では駄目だって決まってるんですよ…」
「そ、そうそう!」
愛想笑いを浮かべる二人に対し、八幡はふむ、と唸って手を顎に添えた。
「なら、審判として第三者の人間でも呼ぶとしますか。……この部活の顧問とか」
遊戯部ペアの顔が一気に青ざめた。脱衣ルールで大富豪をしていた、なんて教師にばれたらどうなるかは想像に難くない。もはや逃げ場が無くなった部室の中で、八幡のモノクルが遊戯部の姿を映し出す。
「――――さあ、残り三ラウンド、続けましょうか」
次回はひび割れた友情が…?