特型駆逐艦、綾波(偽)と申します。   作:刹那・F・セイエイ

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マザーベース(島)


俺、演習の準備をします。

 どこかの鎮守府所属の菊月を保護した次の日、俺の仲間たちが大忙しでセッティングを進めていた。何のセッティングを進めているかというと、今回来てくれた本来の目的である演習のセッティングに忙しかったのだ。だが、その演習のセッティングに、俺は参加できていない。その原因は、傍らで捨て猫よろしく抱き着いてガタガタと震えて怯えている菊月にあった。そういえば、昨夜は散々な目にあった。部屋を用意しようとすれば、全力で拒絶し、入渠しようと誘っても、頑なに首を縦に振らず、夕食ですら、俺の私室で一緒に取る羽目になった。俺の知っている菊月が『彼女』をベースとしているだけに、どうしてもそのギャップに戸惑ってしまう。

 どうもこの菊月、俺と一緒にいるときは安心できるのか、時折笑ったり、少ないながらも言葉を交わしたりしてくれるのだが、俺がいなくなった途端にひどく怯え、小さく縮こまって誰とも係わろうとしないほどの対人――というより、対艦娘――恐怖症を患っているのが面倒なところだ。一ヶ月以上にわたるサバイバル生活のせいで、他者と触れ合うことを忘れてしまったのか、もしくは所属していた鎮守府が嫌で逃げだしたのか、どちらにせよ、しばらくは様子を見ないといけないことがわかった。

 

「なぁ、菊月。風呂入らねぇか?」

「嫌だ、行きたくない……」

「なんでだよ、そんな状態じゃ、出るに出られなくなるだろ」

「けど……あんなことはしたくないんだ……あんないかがわしいことは……」

 

 「いかがわしいこと」と聞いて、何をされたのか気になったが、菊月の心情を慮ってやめた。さすがに、思い出したくもないであろうことを根掘り葉掘り聞かれるのは苦痛でしかないだろう。とりあえず、その「いかがわしいこと」とやらを頭の隅へと追いやり、俺は菊月を半ば無理やり連れて入渠施設へと向かう。菊月が少々嫌がってはいるが、さすがにこればかりは仕方がないと諦めてもらうしかない。っていうか、怖いのはわかったから、俺がついててやるから、ちと離れてくれ。

 

「頼む、一緒にいてくれ。私ひとりじゃ、どうにかなってしまいそうだ……」

「わかった、俺が一緒にいてやる。俺と一緒なら、怖くないだろ?」

 

 俺が頭を撫でつつ一緒にいてやると言ってやると、菊月はようやく安心したのか、入渠してくれることになった。大浴場の扉に「清掃中」の札を掛け、第三者が介入する余地をなくす。これで誰かが偶然入ってくるなどということはないだろう。菊月の服を脱がせるとともに俺も脱ぎ、髪と身体を洗ってやる。だいぶ気持ちよさげにしていたが、そんなによかったんだろうか。そんなことを考えつつ、俺たちはたっぷりのお湯を満載した浴槽に入ろうとして……先に朝風呂を楽しんでいたのであろうテンリュウと出会ってしまう。面倒なことになったな……

 そして、その予想通りに菊月は怯え、俺の背中にしがみついて隠れる。おいおい、そんなにビビんな。テンリュウはそんなに怖い奴じゃないぞ。かなりの偏食家ではあるが。とにかく、勇気出して仲良くなろう。テンリュウはその勇気に、きっと応えてくれるはずだ。俺はそう言って菊月の背中を押すが、それでもやはり怖いのだろう、俺の背を離れようとしない。おいおい、そんなんじゃいつまでたっても仲良くなんかなれないぞ。

 その後、なんとかテンリュウと仲良くなれた菊月だったが、やはり俺がいないと不安なのか、俺の腕を離そうとしなかったのが気になる点だ。そこを除けば、多少進展はあったのだろう。そんなこんなで演習のセッティングが終わり、俺たちは演習を始めることになった。どうやら、むこうは信濃提督を筆頭に、テンリュウ、大和、加賀さん、吹雪、五月雨の六人編成で挑んでくることになった。こちらの編成は、俺を筆頭に、川内、土佐、雲龍、夕立、春雨の六人編成で挑むことになった。聞いたところによると、信濃提督は戦艦と装甲空母、ふたつの形態を使用できる少々ズルい能力を持っているらしい。それならそれで、俺もまた、ちょっとだけズルをさせてもらおう。肩慣らしにも丁度いい、実戦で使う前に練習しておこう。

 まずは、ベースとなる綾波の主機を背中に装着、続いて両脚と両腕にハイパーズの五連装酸素魚雷を装着、そして加賀さんの飛行甲板と矢筒を装着して弓を握り、最後に大和の艤装を背中に装着して完成だ。だいぶ重くなったが、機動性は大丈夫なんだろうか。そこはそこで、あとでじっくり考えればいいのだろう。ともかく、演習が始まる。みんなの準備は整っているのだろうか、急がないと。

 

「ずいぶん準備が遅いんですね」

「すまん、これ造ったはいいけど、使うの今日が初めてで手間取ってたんだ」

 

 造ったはいいが、一度も使ったことがない。兵器に対してだと、やや問題の残る発言であるが、俺にしてみればいいのか悪いのかさっぱりわからない。だが、とにかくこの演習で何か掴めればいいだろう。そう思った俺は、軽く頭を振って試行を切り替え、演習を始める。

 

「みんな、油断せずに行こう」




次回、やっとドンパチ。

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