俺が綾波となってから29日、今日からしばらく陽炎と不知火を連れて本土へ旅行へ行くことになった。荷造りは昨夜の時点で済ませているため、あとは鎮守府に事情を説明して寝泊りできる拠点にすれば、ホテル代を出すことなく本土での旅行を楽しめるはずだ。旅行資金は先日のライセンス料から2,000円ずつ持って行くことにした、持っていきすぎな感じもしなくもないが、ハイパーインフレを起こして物価が高騰している可能性は否定できなくもないので、念には念を入れておく。
財布よし、スマホよし、これで準備はできた。ほかに持っていくものは特に思い当たらない、旅は身軽に行くべきだ。身軽に行って、荷物いっぱいで帰ってくる。もっとも、俺は別の用もあるため、呑気に観光だけに没頭するわけにもいかないが。こっちの用事が終われば、陽炎たちと本土を見て回って、少しでも交流したい。今まですれ違いが多く、なかなか交流する機会がなかったので、これはいいチャンスだ。
「やっほー、支援に来たよー」
「二週間以上会ってないんですね、確か」
どうやら、今回の支援艦隊は北上艦隊のようだ。資材とお肉、そして日用品がいくつか。資材とお肉はともかく、日用品の種類と内容がバラバラな理由はなぜだろうかと疑問に思い、北上に聞いてみると「支援する日用品の内容がイマイチわからず、常に手探りになるから」らしい。今度から少しは指定したほうがいいのだろうかと思い、やめた。支援してもらっておいて、あれこれ注文を付けては失礼だろう。だが、よく見ると支援物資に混じって花束がある。誰に渡すつもりだ?
「ん?ああ、この花束ね。先代のあたしらがここに埋葬されてるって加賀さんに聞いてさ、花束くらい供えようと思って」
「ありがとうございます、これで未練なくヴァルハラに行けるでしょう。艤装引っぺがした私の言えるセリフではないですが……」
「気にしない気にしない、生きるために必死だったんでしょ?きっと、先代のあたしらも許してくれると思うよ」
「ええ、死んでは元も子もありません。生きるための追い剥ぎなら、誰も咎めないでしょう」
………なんか大井っち、無駄に綺麗になってるような気がするんだが……前回の敗北をきっかけに何か掴めたのか、もともとこういう性格だったのが何らかの理由をきっかけに歪んだのか、それはわかるところではない。ただひとつ言えることといえば、全体的に物腰が柔らかくなったということくらいか。ともかく、支援ついでにお墓参りに来てくれたのなら帰れとも言えまい。彼女たちを埋葬した墓まで案内しよう。
「なんか、ずいぶん簡素なお墓だね」
「北上さん、アイスの棒立ててお墓と称されるよりはまだマシでしょう」
「すみません、こういうことには何分疎いもので」
切った木材を十字に組んで作った簡素な墓標を見て何の遠慮もなく言い切る北上とどこかズレた感想を言う大井に、苦笑しつつ謝る俺。手ごろな大きさの石はなかったし、それが思いつかなかったわけで。パッと思いついたのが、この十字架の墓標しかなく、先代のハイパーズには悪いことをしただろうか、と思う。もっとも、墓ひとつで文句を言うほど心の狭い彼女たちでは……って、死人は口利かないんだったな。
「なんかさ、準備してたみたいだけど、どっか行く予定だったの?」
「本土のほうへ、ちょっと旅行に行こうと思って」
「道中、よければ護衛しましょうか?駆逐艦ばかりじゃ不安でしょう?」
「お願いします」と頼むと、北上と大井は素直に受け入れてくれたが、後続の第六駆逐隊は納得していないのか、不満そうな表情でこちらを睨む。そんなに俺らが本土へ行くのが嫌か?と思っていると、前回の演習で一方的にボコられたのが気に入らないらしく、ギャフンと言わせてやりたいそうだ、とは北上の弁だ。おう、本土へ行ったら好きなだけ相手してやるからおとなしくしとけ。
準備はもう済んでいるので、あとは朝ご飯を済ませて本土へ向かうだけだ。そうして俺たちは軽く朝食を済ませ、本土への航路を進むこと半日、日が暮れる頃になってようやく鎮守府へとたどり着いた。連絡は旗艦であろう北上が代わりにやってくれた、あとは案内された客室に少ない荷物を置いて明日に備えるだけだ。
「さて、楽しい旅行になるかな?」
ジンバブエドルとかいう意味不明なインフレは起こしてないと思う、多分。