龍田の奴、どうやって俺と提督をデートさせる気かと思ったら、こういうことかよ…。でも、これって、これから龍田を…
「ったく、しょうがねえな。アイツも大人なんだし一人でも平気だと思うけど…一応探してやるか。」
だよなあ。提督は俺と二人きりっていうよりもそっちを気にす…いや…待てよ…?
「で、でも、俺たちも逸れちまわないように気を付けないといけないよな…」
「ん?ああ、そうだな」
「て…」
「へ?」
「手を…」
握る!握りたいと言え!俺!
「いや、腕…掴んでて…いいか?」
「お、おう…いいけど…」
うう…俺の意気地なし…。いやまだだ!俺は提督に近づいて行って恐る恐る手を伸ばす。俺が今どんな顔になってるのか、こわばった提督の顔を見れば一目瞭然だけど、そんなこと構いやしない。…掴んだ!掴んだぞ!
「よ、よし行くぞ!」
「あ、ああ…」
半ば強引に提督を引っ張って歩き出す。今だ、歩きながら自然に腕を組め!組むんだ俺えええ!
「あ、あの、掴みすぎ、ちょっ血流が…」
「うるせえ黙ってろ!」
「はい!」
!し、しまったああああ!怒鳴っちまったらいつも通りじゃねえか!提督の顔を見ると、いつも俺とすれ違う時と同じ顔になっていた。
「あ…」
俺は思わず手を離した。
「わ、悪い…」
「いや、俺こそゴメンなさい…」
うう、気まずい空気になっちまった…。どうして、俺ってやつはいつも…
「おいおいおいおい、真昼間から見せつけてくれるじゃんかよ~、お?」
上記の経過を、龍田はずっと遠目から見守っていた。
そう!天龍ちゃん今よ!手を繋いでって言うの!ほら、ほら、あああああんもうなんで腕を握っちゃうのかなぁ!でもイイ!すっごくイイそれ!あ、ちょっとそんなに強引に引っ張っちゃダメじゃない!
ベンチに座って二人の行動に一喜一憂、リアクションするその様は、さぞや周りからは奇妙に見えただろう。が、そんなことを気にする余裕がない程に龍田はトキメキ身悶えていた。そんな時だった。二人が時代錯誤なチンピラ3人に絡まれたのは。
「かっわいいね~お姉さん、そんなやつ置いといて俺たちと遊ばない?」
提督は当然。そして天龍も、初めて見るような人種に完全に怯えていた。龍田は、最初は当然助けに入ろうと思った。が、この事態をどう乗り切るか。それで二人の将来は大きく変化するだろう、そう判断し、見守ることに決めた。
「な、なんだよお前ら…お前らには関係ないだろ」
「ん?お姉さん男みたいな喋り方するね~。もったいないよ可愛いのに~それともオカマ?」
「あ?ぶっとばされてえかクソが」
「じゃ~あ証拠見せてよ、証拠~」
チンピラが天龍に手を伸ばす。
「ちょ、おま、離せ!」
艦娘はよほどの緊急事態でもない限り、一般人に手を上げることは禁じられている。どうするの、提督!そう思ったとき、視界に提督の姿はなかった。
ホントは正面からチンピラに立ち向かえたら良かったのだろう。だが、天龍には悪いが俺にはそんな度胸はない。だから、俺は「群衆に紛れる」ことにした。チンピラは完全に俺の姿を見失っていた。
「おいおい、彼氏は逃げたのかよ、ひっでぇ奴だな、ハハ!」
「は、離せ…離して!」
ゴメンな天龍、俺はこんな奴なんだよ。俺は群衆に紛れながら、チンピラの背後に回り込んだ。そして二人のチンピラの顎先に掌を添えた。
「あ?」
発勁!
右手から左手までが一直線になるイメージで瞬時に力を込め、ゼロ距離の無拍子の掌底を顎先にたたき込む。顎先を揺さぶられたチンピラ二人は脳震盪を起こし、床を転がって立てなくなった。
「てめっ…!」
殴りかかってきた最後の一人のこぶしを受け止めると、捻ってそのまま投げ飛ばす。御式内は立ってもできる…。これが立ち取り…四方投げだ…!
俺の、修羅の門を読んだだけのにわか奥義を受けたチンピラ三人はあっけなく床を転がった。
「て、提督…」
天龍は震えてる。俺も震えてる。やっっべぇえええ!やっちゃった!いや、やる気があったからやったんだけどマジでやっちゃった!寒!今日こんなに寒かったっけ!?あ、脚が震えててててててててて
「よし、逃げるぞ!」
俺は何も考えずに天龍の手を握って走り出した。
「ち、ちょ提督!?」
「バッカ野郎!あんなの一回こっきりのマグレみたいなもんだ!走れ!」
天龍の手を握った提督を見た時、龍田は自分の背後に穏やかな微笑みを浮かべる女神の気配を感じ、涙を流したという…。
提督に手を引かれたままやってきたのは、中庭のベンチだった。体が、熱い。色んな意味で。でも、一番手が熱い。手が鼓動を打っているような気分だった。
「大丈夫?」
慌てて声の方を見上げると、自販機でジュースを買ってきた提督がこちらを心配そうに見ていた。
「ん…」
天龍がジュースを受け取ると、提督もベンチに腰を落とす。
「ふ~…」
と、提督のため息。天龍も少し落ち着き始め、先程の情景がよみがえってきた。
「怖かったんだぞ…」
「え?」
「提督が一瞬いなくなって…」
「あ、ゴメン…」
「でも…」
「?」
「助けてくれたから、許す」
「ありがとう…」
天龍は自分の手をじっと見ながら話していた。
「ゴメン」
「は?」
「急に手ぇ握ったりして」
「い、いやそんな…」
嬉しかったぞ!そう心で叫んだだけで天龍は恥ずかしくなり、悪態をついてしまう。
「そうだぞこの野郎!人前で手なんか握りやがって、メッチャハズかったんだからな!」
喋りながら、心の中では後悔し続ける。自分は卑怯者だと。提督の性格は知っている。さっきのケンカも、自分を連れて走り出した時も、相当な勇気を出したのだろう。このままじゃダメだ。自分も勇気を出さなきゃ、提督のコトを想う資格なんてない。ほんの少し、ほんの少しでも…
「だから…その変わり…」
「は、はい」
「また…いつか、か、買い物に付き合えよ」
「…わかった」
「て、手ぇ繋いでな」
「へ?」
「返事!」
「はい!」
耳から蒸気が出そうだった。言った、言ったぞ!もういいだろ、どこで何してんだ龍田は!
「ごめんね~提督、天龍ちゃ~ん!やっとみつけた~!」
図ったかのようなタイミングで、晴れ晴れとした顔の龍田が出てきた。
「龍田!お前今までどこにいたんだよ!」
「そ、そうだぜ!提督と二人で探してたんだぞ!」
「あんまり人が多いものだからつい~。ごめんなさ~い」
「さて…どうする?龍田はなんか用があるって言ってたけど」
「あら大丈夫よ~、私はもう済んだから~」
「てめっ…」
「どうした天龍?」
「何でもないわよ~。さ、帰りましょう」
3人は並んで歩き始める。天龍ははさまれるような形で真ん中にいた。歩きながら、龍田にだけ聞こえるようにそっとつぶやいた。
「…ありがとよ」
「うふふ、どういたしまして~」
「でもただじゃおかねえ」
「!…や、やっぱり~?」
「どうした二人とも」
「別に」
距離を開けずに並んで歩く提督と天龍を、龍田はいつもとは違う、慈愛に満ちた笑顔で見ていた。そしてその頃鎮守府では――
「申し訳ありません、提督は現在私用で出ておりまして…」
「たまたま近くに寄ったついでに中を覗いて回るだけだ。別段問題はあるまい」
本部の将校が訪れていた。玄関で応対した大淀に対し、将校はそれだけ言って建物に入り、そのまま食堂へ進んでいった。
時間は12時。様々な艦娘が思い思いに昼食をとっていた。大げさな足音と共に姿を現した突然の来客に、誰もが顔を向ける。
「どいつもこいつもフ抜けた顔をしおって…」
「どちら様ですか?」
静かな口調にどこか不機嫌さを潜ませた声を上げたのは、不知火。
「皆さん、この方は――」
「兵器が食事をとっているとは驚きだ。食材の無駄ではないのか?」
何人か立ち上がりそうになっているのを、大淀が顔を振って止める。
「ここでは提督より、皆三食しっかりとるように推奨されています」
「フン…」
将校は歩き始め、一人の艦娘の前で立ち止まる。長門だ。
「その化粧も提督の指示か?確かにどれも女の形をしているものな。お前たちの提督はずいぶんなスキ者らしい」
長門は言い返したそうなのを懸命に耐えている。が、我慢の限界を迎えている者もいた。大淀は再び制そうとするが、効き目はなかった。
「良さそうな鎮守府ならば一度演習でも――などと考えていたが、その必要はなさそうだ」
「そうねぇ、ウチと演習なんてやったら相手がかわいそうになるだけだものねぇ」
曙だった。
「今までうちのクソ提督しか見たことがなかったから他所はどんなモンかと気になってたけど…やっぱり提督ってどこでもクソなのね」
「ほう?」
「あ、曙!申し訳ありません将校殿!」
「黙っていろ。私は今曙の話を聞いているのだ。曙、貴様が初対面の提督をクソ呼ばわりするのは知っている。しかし、世話をしてもらっている提督までクソ呼ばわりするのか?相当に躾がなっていないらしいな」
「ええ、そうよ。私たちがいくら言っても全然提督らしくしようとしないんだもの。提督としてはクソよ」
「ふむ、お前の話を聞くにたいそうな腰抜けなようだな。そのクソ提督の率いる艦隊に、我々の艦隊が負けるというのか?私が実力で将校に成り上がったのを知らないようだな」
「お、おい曙。いくら我々でも将校レベルの艦隊を相手では――」
いくら何でも無茶だ。そういって止めようとする長門から、皆何かを含んだ顔で目を背ける。ぶっちゃけ、負ける気がしない――。
「ええ、そうよ。私たちはクソ提督に直々に鍛えてもらっているんだもの」
本来であれば考えられないような曙の発言に、一瞬の沈黙が生まれる。そして沈黙を破るのは、嘲笑うような将校の声だった。
「ぶぁっはっはっはっは!こ…これは…傑作だ!お、お前たち…艦娘が提督に負けるというのか!?それでどうやって深海棲艦と戦うというんだ!あはははははは!」
将校がひとしきり笑い終わったころ、外出から戻ったらしい提督が、睦月型の皆に連れられて食堂に入ってきた。一緒に入ってきた天龍がヤケに可愛い恰好をしているのが気になるが、今はそれどころではない。
「も、申し訳ありません将校殿、ウチの者が何やらご無礼を…!」
「いや、そんなことはどうでもいい。それよりも面白い話を聞いた。ここでは提督が自ら艦娘たちを鍛えているそうじゃないか」
「え?」
提督が将校の前でうつむいている曙を見る。口が(このばか!)という形に動いた。この事実は、これまで鎮守府内だけの秘密だったのだ。
「本当なのかね?」
「あ、あ~えぇ、まぁ、なんといいますか…アハハ…」
提督も、誤魔化すのが下手である。知っていたが。
「来月、演習を執り行う。是非とも、艦娘よりも強い提督とやらに戦ってみてもらおうじゃないか」
「ええ!?」
「失礼する」
「そ、そんな、いくらなんでも非常識です!」
大淀は将校の発言を訂正させようとする。すると、将校は提督を見て一言
「信用されていないようだな」
この一言で、大淀は牙を失った。将校は横目で天龍の服装を見、嘲笑を浮かべながら鎮守府を後にした。
食堂はお通夜みたいに静かになってた。あのおっさん急に訪ねてきてなんだったのかな。つか艦娘と演習とかマジか。
「なん?なしてこんな空気になったわけ」
「アタシよ」
名乗り出たのは、うつむいてた曙だった。
「アタシが余計なこと言って将校を怒らせたのよ」
泣きそうな顔でふてくされていた。
「なんでまた…つか、提督ののコト秘密って言ってたじゃねえか!なんでバラシちまったんだよ!」
「だ、だって…!」
天龍に問いかけられた曙は顔を赤くし、再びうつむく。そして、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「あいつ…クソ提督のコト何も知らないくせに悪く言うから…何か言い返してやりたくてつい…」
「お前だっていつも悪口言ってるじゃんか」
「あ、アタシはいいのよ!提督がどの辺がクソなのか、しっかり見て知ってるんだから!それとアイツが悪口を言うのは別よ!」
なんかわからないけど…俺は曙に目線を合わせた。
「ありがとう」
「な…」
何故か曙が顔を赤くする。
「叱らないの…?」
「俺のことをフォローしてくれたんだろ」
「でもそのせいでアンタが将校の艦隊と戦う羽目に…」
「俺が負けると思うか?」
「それは…あんまり想像できないけど…」
「じゃあ問題ないだろ」
そういって俺は曙の頭に手を置き、曲げていた腰を伸ばす。
「そもそも叱るの苦手だし。そういうのは大淀にでも任せときゃいいんだよ」
「はぁ、そんなことだから上官にも艦娘にも舐められるのですよ」
「いいんだよ、俺にはこのくらいの立ち位置がちょうどいいの。ただ曙、俺以外の目上の人間に対する言葉づかいはちゃんと覚えような」
「…やっぱりあんたクソ提督よ」
うつむいたまま曙は、食堂から去っていった。
「なるほどねぇ…」
突然天龍が何かに納得したようにつぶやく。
「なにが?」
「なんでもねぇよ」
なんだよ気になるぞ。
「それよりも、本当に大丈夫なのか?提督」
心配そうな声をかけてきたのは利根だった。
「確かに、お主が負けるところなど想像もできん。じゃが、将校の率いる艦隊と言えば百戦錬磨の異名を持つほどじゃ。吾輩たちもまだ戦ったことはないし、もしかすると…」
「大丈夫だよ、たぶん」
「その自信はどこから来るのじゃ…」
イージス艦ウン十隻の艦隊も落としたことあるし。
一か月後、将校がわざわざ、艦隊を引き連れてやってきてくれた。執務室で顔を合わせる。
「すんません、わざわざ」
「一人で6隻を相手にするのだろう?これくらい当然の配慮だろう」
完全になめられてる…いや、余裕があるのか。そりゃそうだよね普通。ただ予想外なのは、連れている艦娘の様子だった。山城、扶桑、大和、武蔵、夕立、時雨それぞれ改二。完全に潰しに来てる面子だね。ちなみに、皆まだウチにはいない。てっきり、ブラ鎮にありがちな死人みたいな目をしているのかと思ったら、それとは違う。確かに感情のない目をしているけど、なんか悲壮感じゃなくて、異様な冷たさというか、カメラのレンズでも見ているような…。
「全員、改二ですか…」
「ふん、世間には艦娘を紙屑のように使い捨てるような無能もいるようだが…どんな兵器も使い様ということだよ。丁寧に使ってやれば長持ちするし、欠点があるなら改装して補う。それが戦いというものだ」
ああ、なるほど。こいつは艦娘のことを人間として見てはいない。だが、使い捨ての道具としても見てはいない。ただ、兵器として、道具としてだけ見て、長持ちするように気を配っている。だから、こう、みんなスラダンの流川の感情のないバージョンみたいな、無機質エリートみたいな感じになってるんだ。
「そういうものですか…」
「無駄話はしまいだ。さっさと演習を始めるぞ。あまり元帥殿を待たせてはならん」
「は、はい、そうっすね」
そう、今日の演習にはなんと元帥が来ていた。将校に急かされて、俺は急いでドックに向かった。将校の艦隊が人数がいるため、先に調整を済ませて海に出た。本来は階級が下の俺が先に出るべきなんだけど、効率を重んじる将校の配慮だった。
「ハァ…」
「大きなため息だな。まあ、理由はわかっているが」
セレンさんが話しかけてくる。
「いやさ、勝っても負けてもメンドクサそうだなと思って…」
「お前のような軍人の方が異質なんだ。あまり人のことを言うな」
マジですか…
「まぁ、そんなお前だからこうして一緒に『ここ』にやってきたんだがな…」
ドキッ。いや、ちょっと何言ってんすかセレンさん、ドキドキするじゃないっすか。
「それよりも、元帥が来ているのだろう。これでお前が勝てば、日々お前と訓練している艦娘たちの良いアピールになる。そう考えればやる気が出るだろう」
「え、ああ、そうっすね」
「そろそろでるぞ」
いつの間にか全身の装備が完了していて、妖精さんからライフルを渡される。俺は少し高鳴った鼓動を抑えつつ、ドックを出た。
『へぇー、あれが…』
『ほう、本当に海に出れるのだな、褒めてやるぞ』
指令室から聞こえてくるのは、驚く元帥の声と、なんだかデジャブを感じる将校の台詞だった。それとウチの艦娘たちの驚く声。
「あの人、すっごい大きな艦装を付けてる…」
「食らえば戦艦の装甲でもひとたまりもなさそうね」
それよりも心地よかったのは、無機質に思えた艦娘たちの表情が、自分を見てほんの少し色を変えたこと。別に感情が死んでいるわけじゃないらしい。
『えー、それではこれより――』
『げ、元帥殿!それくらいの役目、自分が…』
『良いじゃん、たまには俺もこういうのやってみたい』
『いいえ!それは私の役目です!元帥殿は堂々として座っていてください!』
何だか気の抜けたやり取りの後、咳ばらいが響く。因みに、元帥は俺より若い。
『ではこれより、私の率いる艦隊と提督による演習を執り行う。ルールは――とする。』
長ったらしいから割愛したけど、要するに全身ペイントまみれになったら大破轟沈さよならってこと。
結果はまぁ、多分皆さんのご想像通り。コテンパンにやられた将校が悔しそうに帰っていきましたよ。元帥は終始興奮しきりだった。で、その夜は俺の祝勝会が行われた。
それからまたしばらく空いた日、そのときの報酬が本営から送られてきた。中身はなんと、鎮守府としては異例の第5艦隊所持の許可証だった。
「どういうことでしょう…?」
疑問をぶつけてきたのは今週の秘書の赤城。驚いたのは、第5艦隊の所持のことだけではない。それに際し、あの将校の第1艦隊の面子…つまり、こないだ戦ったあいつらが来るから、うまく使ってやれとのこと。
「失礼します、提督。急ぎの電文だそうです」
ノックと共に入ってきたのは大淀。
「誰から?」
「それが、将校殿らしいのですが…」
?何かあったのかな。何だか嫌な予感がする。
「ありがと」
電文を受け取り、中身を読む。
<拝啓、提督殿。貴殿がこの電文を読むときは、私はすでに死んでいるだろう。>
おいおい、マクシミリアン・テルミドールかよ。なんてふざけた思考は、後に続いた文章で消し飛んだ。
将校の指揮する艦隊が、第1艦隊を残して壊滅した――
陽炎は、非番だったため海岸をぶらぶらと歩いていた。何気なく海の方を見ると、鎮守府に向かってくる影が見えた。急いでいるように見える。目を凝らすと、見慣れたシルエットだった。ヲ級の幼体だ。陽炎はヲ級に向かって手を振る。
「おーい!」
コチラに気づいたようで、進路を変えてきた。最初はニコニコとヲ級を待っていた陽炎だったが、海岸までたどり着いたヲ級の顔を見て、何やらただ事ではないことを察した。
「何かあったの?」
声をかけるや否や、ヲ級が陽炎に縋り付いて来る。
「陽炎!オ姉チャンガ!オ姉チャンガ!」
「ちょっと、何があったの!?」
「オ姉チャンガ死ンジャウ!」