「どうなってんだ!?提督の装備は動かないように妖精さんに…!」
「天龍!」
曙に諭されて、天龍は慌てて口をふさぐ。それとほぼ同時に、敵の方から悪寒のようなものを感じた。
新しいおもちゃを見つけた子供のような。
大好きな人を見つけた少女のような。
獲物を見つけた獣のような。
何と表現すればいいのかわからないような不吉な笑みを浮かべて、レ級は砲を構えた。
笑い、砲を構え、撃つまでに1/10秒もかからなかったが、すでにその射線上に志庵はいなかった。巻き込まれそうになっていた摩耶を抱えたまま、QB(クイックブースト)を噴かす。
「きゃ!ちょ…」
よけられたことに気づいて虚空を眺めたその一瞬の隙に、レ級は横からOB(オーバードブースト)のタックルを食らう。
志庵は慌てて出てきたため、武装を持ってきていなかった。そもそも、今回の目的は敵の殲滅ではなく、摩耶を連れ戻すこと。
「みんな、離れて!」
志庵の指示を理解した天龍たちが、志庵から全速力で離れていく。レ級は、逃がすまいと距離を詰めようとする。
味方を巻き込まない最高のタイミングで、アサルトアーマーを放った。海ごと抉り取った緑色の光が徐々に弱まっていく中、志庵が、ぼそりとつぶやいた。
「…アホみたいな装甲しやがって…」
天龍たちも気づく。大破してこそいるが、レ級はまだ沈んでいなかった。
「司令のアレに耐えるなんて…!」
自力航行は困難になったレ級だが、絶えずに笑い続ける。
「アハハハハハハハハ!ヤッパリオ前トヤリアウノ楽シイ!」
狂ったように笑い続けるレ級を一瞥し、志庵は振り返ってその場を後にした。
「アレ?何ダヨ、モウ行ッチャウノカ?モット遊ボウヨー、オーイ」
レ級が無理やり動こうとするたびに、徐々に体が海に沈んでいく。つるんでいた深海棲艦たちが慌てて支えるその光景をしり目に、志庵も天龍たちのもとに向った。
「司令…戻ってきた」
初雪の言ったとおり、間もなく夜明けを迎える薄ら明るい空の下に、見慣れた影が確認できた。その影は次第に大きくなり、はっきりと志庵の姿になって彼女たちの前に現れた。摩耶を抱っこした状態で。
「司令…!」
真っ先に初雪が志庵に駆け寄り、腰のあたりに顔をうずめて抱き着く。
「おっと…」
「摩耶さんは無事?」
この通り。といった感じに摩耶をみんなに見せる。
「ただ、自力航行はできないみたいだから、だれか運んでやって」
「っ、いい加減に放せ!」
理解の範疇を超えた志庵の戦いを間近で見たせいか先ほどからきょとんとしたままの摩耶だったが、落ち着きを取り戻したのか、志庵の腕を振り払って海に降りた。しかし、航行できない状態の体は勢いのまま海に転がり、慌てて志庵が支える。
「触るな!」
「摩耶…!」
「なんで助けたんだよ!」
摩耶の発言に、沈黙が生まれる。
「アタシはここに沈みに来たのに…!危険な目にあってまで助けに来なくてもよかったのに!」
志庵の腕から逃れようと暴れるが、志庵は腕の力を強める。
「つらいんだよ!何かしてても、どこに行っても、妹のことが頭をよぎって…!きれいな景色を見たって…いつか鳥海と、一緒に経験したかったって…!」
摩耶の目からは涙が溢れている。それを見た志庵は、思わず抱きしめた。
「放せよ…!男なんか…!提督なんか…!」
「俺には…妹がいなくなる気持ちとか、男が怖い気持ちとかわからないけど…」
気づくと、志庵も涙を流していた。
「俺にも兄貴はいるけど…もし俺がお前の妹と同じ立場だったら、生きてる兄貴には幸せになってほしいって…そう願うと思う」
「なら…アタシのこの気持ちはどうすれば!」
「…妹のことを思わない姉なんて、きっといないよ。だからさ…楽しいこととか、いろんな経験してさ、いつか妹に自慢してやれよ」
目の周りを赤くした摩耶が、志庵の顔を見上げる。
「自慢…?」
「そ。妹が聴いたら、絶対にまた生まれ変わってやるって、そう思っちゃうぐらい飛び切りの自慢話…ここの連中となら、きっとできるよ」
また俯き、しばらく黙りこくった後に、一言。
「バッカみたい」
「なっ…」
「けど…男の人にあんなにやさしく抱きしめられたの…初めて」
「……え?」
摩耶は妙に熱っぽい瞳で志庵を見上げ、ニヤリと笑った。
「…責任とれよ?」
と、言った瞬間、志庵の装備が輝きを失い、元の重いだけのガラクタに戻った。当然、志庵は沈みそうになり、航行不能の摩耶も引き込まれそうになる。
「うわっぷ…!」
「え…ちょっ!」
周りの艦娘が慌てて二人を支える。
「そ、そういえばクソ提督!その装備はなんなのよ!?妖精さんはまだ『動かない』っていってたんじゃ…」
自分たちが開発を遅延させてた部分をごまかし、志庵に尋ねる。
「いや…確かに動かなかったはずなんだけど、セレンさんの名前叫んだらなんか動いた」
「な、なによそれ…」
「訊かれてもねぇ…?」
霞に抱えられている志庵の胸ポケットには、気を失っているのか目を閉じたままのセレンさんが収まっていた。
「とりあえず、帰ろうぜ?無事に摩耶は回収したんだしよ」
「…ごめんな、みんな…」
「無事だったんだから、もういいわよ」
鎮守府に戻ると、摩耶と志庵はきつ~い説教を食らった。
その、夜。
「動かないはずの装備が起動したのか…」
「妖精さんが約束を破ったとかじゃなくて?」
「問い詰めたけど、それはなかったみたい」
「おまけに、妖精さんがつけた覚えのない機構まで動いてたって…」
「鎮守府から飛び出した時の速度を見ただけでも、想定した100%以上の力を発揮してるそうよ」
「セレンさんの力…?」
「やっぱり邪魔ね。妖精のくせに、提督にベタベタして…」
「やめなさい。私たちはあの人にも救われた身なんだから」
「そういえば摩耶も…」
「そうだと思うわ。あの顔は」
「…危険ね。新入りで要注意なのはそれだけ?」
「一応聞くけど…浜風君は?」
「大丈夫でしょ。かなり仲は良いみたいだけど」
「ちょっと羨ましいかも」
…
「おっはよ、提督」
松葉杖で歩く摩耶が挨拶してくる。
「お…歩き回って平気なの?」
「まぁまぁ、少しならね…おっと」
摩耶はわざとらしくよろめくと、志庵の腕に組みついた。
「えへへーっ」
なんだこいつ…態度ガラッと変わりすぎだろう。心の中で志庵が突っ込む。
「おい貴様…けが人なのだからおとなしく引きこもっていたらどうだ」
志庵の肩に乗っていたセレンさんが不機嫌そうに言う。
「あらー、いつもの妖精さん…セレンさん、だっけ?昨日はありがとな」
セレンさんは結局、一晩寝たままだった。翌朝は何事もなかったように目を覚ました。
「あら、おはようございます提督」
廊下を歩いてきた神通が挨拶をする。
「おはよ」
「おっはよ、神通さん」
摩耶に声をかけられたとたんに、その穏やかな笑顔に一抹の陰りが生じた。
「?」
そのまま挨拶を返さずに神通は松葉杖を拾い上げ、再び顔を上げた時にはまた穏やかな笑顔に戻っていた。
「ほら摩耶さん、これ。必要でしょう?」
「ん、ああ、ありがと…」
手渡すその瞬間、神通の瞳は真っすぐに摩耶の瞳を見つめる。表情こそそのままだが、あからさまな覇気に摩耶は思わず固まった。やがて視線を切ると、軽くお辞儀をして去っていった。
「…摩耶?」
冷や汗をかく摩耶に対し、不思議そうに志庵が声をかける。どうやらあの覇気は、摩耶に対してだけ向けられたものらしい。
というわけで、摩耶姉ぇも無事提督LOVERSの仲間入りです