超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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時々シリアスに傾きそうになることもあるけれど、この小説は基本的にギャグです。


第20話 位置について

今日も、神通さんと一緒に外に出かける。

「先日入った林がありましたよね?あそこをまっすぐ抜けると、港が見渡せる丘があるんですよ」

「港…」

「ええ、視界が開けてて、とても気分が良いんです」

向かいの廊下から、白い軍服をだらしなく着た男が歩いてくる。

男。

「あ、提督」

提督。私と鳥海をどん底に突き落とした存在。

「よっす」

私は返事を返さず、ただ睨み付ける。提督は苦笑いと一緒に肩をすぼめる。

わかってる。こいつはあの提督ではない。でも同じ“提督”。同じではない、けど、こいつの匙加減で私たちはどうとでもなる。それが提督。どこに行っても変わりない。

「お前らも出かけるの?」

提督は神通さんに語り掛ける。

「ええ。提督も?」

「うん。最近体動かしてなかったからさー、ちょっと気晴らしに」

「フフ、またスタジオに?」

“提督”の近くにいるのが嫌で、私は神通さんの袖を引く。

「神通さん…早く、港…見たい」

神通さんは少し呆気にとられたような顔で、そしてすぐに優しく微笑んでくれた。

「では。提督、お気を付けて」

「ん。夕飯までには帰って来るのよー。ってね」

「フフフ…」

 

たどり着いたのは、本当に綺麗な、草原の丘。一方ではうっそうとした緑が佇み、もう一方では深い青を抱く一面の海。また視界をずらせば、向こうの方で人々の営みがうかがえる。まるで、この世のすべてを見ているような…

そこまで思い至ったところで、涙が止まらなくなる。

「摩耶さん…」

「ゴメン、神通さん…少し一人にさせて…」

神通さんは優しく瞬きを一回した後、丘のふもとの方に姿を隠した。

「鳥海ぃ…っ、なんで居なくなっちまったんだよぉ…!」

 

 

「えー、君たちに今一度、『休暇』の意味とその目的とするところをご教授してあげようと思いますが」

週に一度の休みでスタジオとカラオケを梯子しようとしていたところに護衛だなんだと言ってついて来ようとするセレンさんやら明石やら如月やらに言い放つ。

「『休む暇(いとま)』と書いてあるように、日ごろ出撃だ執務の手伝いだなんだで体力を消耗している君たちが少しでも回復できるように、体を休ませる時間を設けたものであって、その時間をわざわざ俺の護衛なんかに費やすことは推奨しません」

「いいじゃーん、カラオケ連れてってよー!オフの那珂ちゃんを堪能できるチャンスだよ☆」

「カラオケに連れてってほしいなら最初からそう言えよ」

「でも提督、最初からそんな言い方したら絶対連れてってくれないじゃないですかぁ」

「まあね」

俺はカラオケには『「熱唱」』しに行ってるんだから、皆には見られたくないに決まってるだろ。個室でマイクを握り締めてうずくまって頭を振りながら歌ってる姿なんて、鈴谷ら辺が見たら「キモーイ☆」を割とマジなトーンで言いかねない。

「以前にはステージまで用意してみんなの前で熱唱していたじゃないか。今更だろう」

「セレンさんやめて、あれは蒸し返さないで」

軽い黒歴史だから。

「そうですよ提督、もぉっと近くで提督の歌ってる姿が見たいわぁ」

「どうせその後はスタジオでドラム叩くんでしょ?あたしベースもってくからまたセッションしようよ!」

「いいだろう、ついて来い」

セッションするのは楽しいからいいよ。いくらでも来い。

その後街で合流した暁型4姉妹も連れてカラオケに皆で行ったけど、あれだ、ね。小さい子がいる家ではDVD見るタイミングとか選んだ方が良いね。

いや、イヤらしいビデオとかは持ってませんよ?ただ、ロックバンドのライブって、腰振ったりとかそういう動きやったりするじゃないですか。俺が見てるビデオを暁とかも覗いてたみたいでしてね、マネするんですよ。マイクスタンド(ないけど、エアで)の部分を握って、上下に擦ってみたり。何もわかってない(と思う)駆逐艦たちはただ盛り上がってましたけど、店出てから明石とセレンさんに軽く怒られました。

あと、やっぱりみんながいてあまりハッチャケられなかった。

 

それから暁たちとは別れて、スタジオに入る。カウンターのおっさんが気を効かせて、大人数で入れるスタジオを貸してくれた。

「わー、すごーい…」

そういえば如月は街のスタジオに入ったことはなかったっけ。

「鎮守府のスタジオよりもきれい…」

「そりゃ、あっちは地下室改造しただけのカビ臭いところだからな」

明石がベースを取り出す。新しいベースだな。メーカーは…「AKASHI」…聞いたことないっつーか、「あかし」って

「明石、そのベースって…」

「うん?フフフ、前のベースをうっかり壊しちゃってさ、せっかくだから、分解して研究して一から作ってみちゃった」

「一から…」

「ああ、ご心配なく。材料は廃材からとってるから」

「ああ、まあ…そっか」

前に廃材から自転車作ってたこともなかったか?そのうち鎮守府から独立でもできそうだな。

「つか、俺らはセッションするけどさ…お前らどうするつもりなの」

「じゃあ那珂ちゃん、二人の演奏に合わせて歌っちゃいまーす☆」

「いや、アタシらがやるのジャムセッションだから歌も何もないんだけど」

「那珂ちゃんを侮らないでいただきたい!」

いや、どうやって入り込む気なんでしょうか…

「…如月は?」

「私は見てるわよ。演奏なんてできないし…見てるだけでも楽しいわよ、きっと」

と、そこで俺が閃く。

「じゃあさ、みんなで如月に楽器教えるってのは?」

「え?でも、何もやったことないし…できるかな」

「大丈夫!那珂ちゃんも最初は楽譜だって読めなかったから!」

「実際、ボーカルはプロでも楽譜読めないって言う人は結構いるみたいだしね」

「つーか、別に上手になれって言ってるわけでもないし。そこで俺たちがギャンギャンやってるのただ眺めてるよりは、如月も退屈しないでしょ」

「…それもそうね!」

「やりたい楽器…ってもベースかドラムしかないけど。どっちがやってみたい?」

「じゃあ…」

結局両方を順番に如月に教えた後、何故か「ズルい」とか言われて那珂にもドラムを教える羽目になった。ただ、まあ、素人丸出しでドラムセットに囲まれてる感じはなんとなく可愛かったです。なんだろう、赤ちゃんがベビーカーに乗ってるのを見てる気分?それも違うな。まあいいや。セレンさんはプロデューサー気分で俺たちの演奏を見てくれてました。で、スタジオを出たら暗くなってたので帰宅。

「楽しかったー!」

「如月、初めての割に結構叩けてたじゃん」

「そ、そうかしら?わたしもドラム始めてみようかしら…」

「いいねぇ、カッコいいんじゃない?もしそうなったら提督に新たなライバル出現だね」

「あっ俺、工廠にいく予定だったんだ」

「そっか。じゃ、私たちは先に食堂に行ってるわね」

「おす。じゃ、行きましょうか、セレンさん」

「…ああ…」

?なんか急にセレンさんのテンションが下がったな。まぁ、行くか。

 

「あ、ていとくさーん」

「おーっす。調子はどう?」

志庵が見に来たのは、妖精さん達によって復元が試みられている、自分の装備の様子だった。志庵に対しては、艦娘の装備ではないために再現には数週間かかるかもと言われていた。実際には、もっと早く再現は可能だった。しかし、すでに2回、志庵の命の危機を目の当たりにした第1艦隊の面々の希望に沿って、作業ペースを遅らせていたのだった。「再現不可能」と言わなかったのは、すでにVOBなどの再現例があるためだ。だがそういった艦娘たちによる思惑とは別に、装備の再現は思うように進んでいなかった。

「…りろんじょうはいぜんのそうびとどうていどのしゅつりょくをはっきできるはずなのですが…」

「やっぱり、動かないのか…」

「はい…」

「妖精さん達が気に病むことはないよ。もともと無茶言ってんのは承知の上だし」

そう言って志庵は妖精さんの頭を撫でる。

「焦る必要もないしさ。暇な時にでもゆっくり進めてくれればいいよ」

「は、はい!ありがとうございます!」

「なぁ、志庵…」

胸ポケットのセレンさんが不安げな声で呼びかけてくる。

「この装備は…やはりなくてはならないのか?」

「セレンさん?」

「N-WGIX/Vももういないのだ。それに、本来戦うのはお前ではなくて艦娘たちの役割だろう」

セレンさんの声はだんだん涙声に代わる。

「彼女たちばかりに戦わせたくないお前の気持ちもわかる。しかし、それでもしまたお前に万が一のことが…あんなことがあったら…わたしは…っ!」

むせび泣くセレンさんを、志庵は手の平でそっと包み込む。

「本当に怖かったんだ…!あのとき、目の前で身じろぎ一つしなくなったお前を見ていて…!」

「別に…戦うために装備を作ってるわけじゃないですよ」

「…本当か?」

「海の上に浮かんでるのが気持ちいいんです。あの感覚をもう一度味わいたくて…」

「志庵…」

 

嘘をついた。言ってみれば、アイアンマンを作りまくってた社長の感覚だと思う。もしも、またACが悪意をもって転生してきたら。ACじゃない、もっと恐ろしい奴が人類を攻めて来たら。艦娘だけで対抗できるのか?彼女たちが沈んでいくところなんて見たくない…。

「あれー?」

気の抜けた妖精さんの声が工廠に響き渡る。

「まやさんのあしのぎそうってだれかせいびしてますー?」

「してないよー?」

「そこにないのー?」

「ないよー」

「提督!」

今度は神通が飛び込んできた。神通は摩耶を診てたな…。もう嫌な予感しかしない。

「摩耶さんが…鎮守府のどこにもいないんです!」

 

 

波と風の音だけが聞こえる、海の上をまっすぐ。行く当ては、どこでもない。この世のどこにもない。

 

頭の中に走る感覚。

 

私の逝きたい場所。その導き手が、この感覚の先にいる。

 


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