超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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私の漫画もいつか世間に認められるといいなぁ…


第19話 オータムクラウド

風通しのよくなった執務室に、志庵、夕立、最上、浜風、セレンさんまでもが正座させられ、利根たちと向かい合っている。

「さて、事情を聞かせてもらおうかの?」

「いや、あれはその…」

「提督は黙っとれ。そして浜風!秘書官ならなぜ夕立を止めなかったのじゃ!」

「すみません…」

「ふ、二人は悪くないよ!」

「そう!私が提督を押し倒したっぽい!怒るなら私を怒って!」

「いや、まあ、強く押し返せなかった俺も悪いし…」

「もう、そんなところだとは思ったけどね~。だけど提督、こういう時にちゃんと叱れないのは、貴方の悪いところよ~?」

「はい…」

曙がため息をつき、口を開く。

「して、夕立は一体何がしたかったわけ?」

「…提督と一緒に居たかったっぽい」

「いや…それが何であの行動に結び付くの」

「テレビで…ペットの犬とご主人が抱き合ってて…」

「……あんたねぇ…」

発想がおかしいと叱ってやりたいところだが、一般常識が少々欠落している夕立が自分なりに考えた結果なのだろう。頭ごなしに否定するのもよくない。

「提督、とりあえずお主から処分を言い渡してくれるか?」

「あ?ああ…じゃあ、妖精さんと協力して壁直してもらえる?」

「あいかわらず甘いな、志庵…」

「性分なんで」

「わかりましたっぽい…」

「僕も手伝うよ」

「ぽい…ありがとう、最上」

扶桑がどこか妖しい面持ちで志庵を見る。

「それで提督…執務はどうなさるのですか?」

「ん?んー…まあ俺の部屋にも机はあるし…しばらくはそっちで作業するかな」

「よろしかったら、私どもの部屋をご利用してはいかがでしょうか」

「へ?」

他の艦娘たちが顔色を変えた。

「提督のお部屋にはいつも他の艦娘が入り浸っていますし…物も多くて執務に集中できないのではありませんか?」

「それもまあそうだけど…」

「待て扶桑!提督、長門型の部屋はどうだ?」

「そうよ提督。私たちの部屋ならラムネだってあるし、中々快適よ?」

「ダメです。陸奥と一緒の部屋にいては提督も爆発に巻き込まれる危険性があります」

「しないわよ!」

「提督、私たち一航戦のお部屋に来てはいかがでしょうか。提督は日ごろから艦載機の運用に苦心されているように思われます。私と赤城さんで的確にアドバイスいたします」

「貴方たちが部屋に常備してる食料を見たら提督が胸焼けしてしまいます」

「表に出なさい。鎧袖一触よ」

「加賀さんにしては面白い冗談ね。提督、夕雲型のお部屋に来てはいかがでしょうか?まだ私しかいませんし、広くて快適だと思いますよ?」

「司令官、雷のお部屋に来たらどうかしら!私がしっかりお世話してあげるわ!」

「雷さんにお世話されたら提督がダメ人間になってしまうわね。まあ…そうなった提督を私が救い出してあげるのもアリだけど…」

「提督、私の部屋に来て提督丼作ってよ!食堂のメニューにもあるけど、やっぱ微妙に違うんだよねー」

「コラ川内姉さん、それじゃ提督の手を煩わせるだけじゃない」

各々勝手に喋り進めているが、一通り意見を聞いて志庵は一つの結論に達した。

「うん…俺の部屋が一番静かそうだな」

「「ええー!?」」

 

 

駆逐寮のある一部屋。霞を手伝いに迎え、一心不乱に原稿に筆を走らせる艦娘が一人。秋雲である。何故霞が手伝いなのかというと、志庵に影響されて絵を描き始めたもののそれを本人に知られないように、同じく絵を描く秋雲を隠れ蓑にしているわけだ。秋雲はというとそれを承知の上で「いいアシスタントが付いて好都合」ぐらいにとらえている。

この日も秋雲は鎮守府内で月1連載しているストーリー漫画を描き進めているが、どうにも筆が遅い。どうしたのかと霞が様子を除いていると、遂に筆が止まってしまう。

「ヴァ~~~~~!ダメだ!描きたいのはこんな顔じゃない~~~~!」

筆をおいてのけぞりながら秋雲がうめく。霞が原稿をのぞき込むと、そこには眉間にしわを寄せる主人公の絵が。

「いつも通りの絵じゃない。何が…」

「あ~~~違うんだよ~~~~!描きたいのはもっとこう…いぶかしげで、でもなんか…まだ一縷の望みを孕んでるような…う~~~~霞!ちょっとモデルになって!」

「はあ!?モデルって、え…」

「ほら、いつもの不機嫌な顔になって!それからほんの少し、1~2%くらい笑顔を含ませるような感じで!」

「そんなのわかるわけないじゃない!」

「う~~~」

秋雲はいよいよ泣きそうな顔になる。

「ちょ…ちょっとそんな顔しないでよ…!めげずに納得がいくまで描き直せばいいじゃないの」

「う~…こんなんじゃいつまでたっても提督の漫画に追いつけないよー!」

運動は中の上、料理はレシピがあれば出来る程度、頭は提督としては及第点+閃きレベル、歌はカラオケに行けば上手と言われる位と、広くとても浅い才能を発揮する志庵が、中でも抜きん出て得意とするもの。それが漫画である。

 

 

志庵の漫画が鎮守府で広まり始めたのは、提督として着任してから間もない頃。志庵がブラック提督ではないことが証明されたものの、全面的な信頼とは至っていない時だった。

ある日の深夜、川内は何処ともなく鎮守府内をブラブラ歩いていた。ふと、志庵の私室から明かりが漏れているのを見つける。

こんな夜更けに何をやっているのか?次の出撃の作戦?勉強?提督も男、艦娘には言えないコトをやっているかも…

 

弱みを握るのも面白いかもしれない。

 

その日の執務を終え、自室に戻った志庵は段ボールの上に原稿とペンを広げ、黙々と作業に耽る。別にどこに投稿しようとか、プロを目指しているとかいうわけではない。ただ楽しいから、ペン入れからベタ塗りまで最後まで仕上げる。着任前からコツコツと描きためていたネームが仕上がり、筆はノリにノッていた。

どこから侵入したのか、志庵の肩越しに作業を見つめる影が一つ。

「なーにやってーんのっ」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

川内は段ボールの上の原稿をヒョイと摘み上げる。

「へー、提督こんなの描いてんだー。ウケるー♪」

「ちょ…返せ!」

志庵も装備を外している時は、基本的に普通の人間である。川内から原稿を奪い返そうとするも、ヒラヒラと躱される。

「恥ずかしがらなくてもいいじゃーん、絵ぇ上手いじゃん提督!てか、マジで上手くない?ずっと描いてんの?こういうの」

「ま、まぁ…子供の頃からずっと描いてるから、少しは…」

「へー…。てかさ、最初に料理してた時にも思ったけど、提督の趣味って女子みたいだよね」

「うるせ!いいだろ、自由な時間に好きなことやったって。お前らの艤装が船だった時代とは価値観が違うの!」

因みに、志庵が来て割とすぐに簡易的な遊戯室を用意してお絵描きの道具もある程度揃えてあったりするが、利用率は低い。

「…もういいだろ!返せよ!」

耳まで真っ赤である。

「次のページ見せてよ」

「まだ描いてない」

「え〜?…あ、ねね、こういうのってさ、あの…お話の下書きみたいな奴があるんでしょ?」

「ネーム?」

「そうそう、それ!見せて見せて!」

「や、やだよ!」

「見せてくれたら他のみんなには黙っといてあげるよ?」

志庵は渋い顔をしながら、足元にまとめてあったネームをページ順に並べ直し、川内に渡した。

「ほうほう…へー、こんなんになってんだ。ふんふん…」

原稿の作業に戻ろうと思ったが、気になって集中出来ない。諦めて休憩することにした。川内はというと、なんだか複雑な顔をしながら読み進めている。つまらないのか?それならすぐに読むのを止めるだろう。理解できないところがある?質問もしてこない。

何ですかその顔。

やがて読み終えて、ネームを足元に置いた。立ち上がり、部屋を出ようとする。

「え、無理やり読み始めといてなんか無いの!?」

「…馬鹿にしようと思ってたのに、普通に面白くてつまんない」

なんじゃそりぁ。

「あ、川内!誰にも言うなよ!絶対だからな!」

「さあねー」

当然の様に言いふらされた。その結果、駆逐艦を始めとして艦娘たちが少しずつ志庵の部屋を訪ね始め、志庵も漫画を見せることに抵抗がなくなっていき、遊戯室は志庵の真似をして絵を描く駆逐艦達が使う様になり、そのうち配属された秋雲の提案もあって製本して遊戯室に設置する様になって、秋雲とともに志庵の漫画は鎮守府内で流行り始めた。

 

 

ストーリーは好き嫌いだし、描く人間も違えば描くジャンルも違う秋雲と志庵の漫画を比べること自体ナンセンスだ。それでも鎮守府内での話題の上がり方に、秋雲は提督との力の差を感じていた。

一つの絵を描くことそのものは、秋雲のタッチの方が艦娘達の好みを捉えてると言える。内緒で志庵をモデルにしたイラストをお願いされることもある。しかし、前後の流れからくる微妙な表情の変化、コマ割りによる漫画のリズム、絵の邪魔をせず雰囲気を助長する効果線や効果音の配置やカメラワークなど、漫画そのものの完成度は志庵の方が上だった。

「どうしたら良いんだろう…」

「めんどくさいわねアンタも」

「…」

そのまま、秋雲は部屋を出てしまった。

「あ、ちょっとどこ行くのよ」

 

今日も今日とて、志庵は執務を終えて漫画に勤しんでいた。以前は暇さえあれば漫画の作業だったが、艦娘側から「もっとコミュニケーションを」という要望が増えたため、日中の作業は一日置きに時間を決めて、後は他のみんなが寝静まった深夜に進める形になっている。

「しかし、一生懸命だな」

机の隅で寝転がりながら作業を眺めていたセレンさんが呟いた。

「まあ、好きなことですからね」

「こっちベタ終わったよー」

「あんがと」

川内は時折、作業を手伝いに来てくれている。

「わぁ、凄い…」

同室の浜風が覗き込んできた。

「ん…そういや、ハマが来てからは漫画描くの初めてか」

「うん、初めて見ました。凄いなあ…絵、上手ですね」

「あ、ありがと…」

未だ、褒められ慣れていない。

「やっぱ、子供の頃から絵は上手かったんですか?」

「全然。みんなと同じ様なぐちゃぐちゃな絵ぇ描いてたよ」

「えー、嘘ぉ!絶対嘘!」

「あまり謙遜するのは美しくないぞ」

「いや、ホントですよ。よくさ、友達とかに、上手っぽく描こうとして…シャッシャッて何本も線引いてる奴いなかった?」

「いました」

「俺の描き方、基本的にアレよ?あれと同じ」

「マジですか?」

「うん。ずーっと描いてるから、この辺に線を引けば良いのかな?みたいなのは成長したと思うけど、基本的には下手だから。絶対に下書きが無いと描けない」

 

気がつけば、志庵の私室の前に足が向いていた。

「秋雲?クズ提督に用があるの?」

「ううん、用は済んだ」

「済んだって…部屋に入ってもいないじゃな…」

「戻ろ、霞!作業再開するよ!」

「え?ちょ…」

 

私は、昔から絵が上手くて、それが自慢だった。艦娘になって妖精さんの加護で観察力が強化されたことで、さらに増長された。

それにかまけていた。

提督の漫画が面白いのは、好きで好きで、ずっと描き続けているから。自分が見下していた、絵の汚い周りの男の子。そんな人でも、描き続けていれば人々を魅了するところまでたどり着けるんだ。

「負けないんだから…!」

作業に向かいながら、秋雲は久しぶりに笑った。


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