超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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一体何が沼かというと、腐ってるというか復活が早すぎたというか、ほんの少し志庵提督と玲元帥の距離が近いので注意。


16話 沼

提督奪還作戦から数週間が過ぎ、各々鎮守府も落ち着きを取り戻した休日、玲元帥は志庵の鎮守府を訪れていた。何故かいつもの秘書官である武蔵ではなく、最近入ってきたという蒼龍を連れている。

「運動を教えてほしい?」

なんともふわっとした相談であった。

「そうなんだ…」

「なんでまた」

「俺、運動に関してはからっきしダメなんだよ…。ちょっとした段差で躓くし、重い荷物も艦娘たちに持ってもらっているし…」

話を聞きながら志庵は雪印コーヒー牛乳に手を伸ばす。「雪印」のコーヒー牛乳。ここ、重要ね。OK?

「人間と艦娘だしこんなものなのかなと思っていたんだけど、こないだの兄さんと瑞鶴との話を聞いてさ」

「…あ。あれか?」

先日、建造で立て続けに瑞鶴と翔鶴が出た(同期の提督に話したら「死ね」って言われた)。同期の話では五航戦所有の通過儀礼だと聞いたが、翔鶴にスペックや得手不得手について質問していたら瑞鶴に艦爆による襲撃を受けた。で、高校生くらいの頃に気づいたけど、俺は地味に運動神経が良い。飛び込み前転の要領で爆撃の内側に転がり込んで事なきを得、瑞鶴を驚かして見せた。

「いや、運動神経なんて人それぞれだろ」

「そうかもしれないけどさ…やっぱり、男性としてあんまりこう、女の子に頼りきりすぎて…」

「つまらんプライドにこだわるのだな、元帥殿?」

胸のポケットからセレンが顔を出す。セレンの言葉に玲は少し苦い顔をするが、今日の秘書官、神通がフォローする。

「そう言わないであげてください。男性なら、皆一度は逞しい肉体と言うものに憧れるのでしょう」

「つか、それならそっちの長門とか武蔵とかに頼んだらいいんでないの?」

「それが…」

玲は困ったように黙り込む。

「?」

「皆さんに反対されたそうなんです」

蒼龍が言葉の先を補足する。

「それまたなんで?」

再び玲が口を開く。

「それが、皆ハッキリ言ってくれないんだ。なんか、様式美がどうとか…」

「で、元帥は出歩くときに護衛の艦娘を最低一人は付けないといけないから、まだ周りの艦娘に影響されてない蒼龍を連れてきたわけだ」

「そうなんだ」

玲もまた変わった部下に囲まれたもんだ。てか、艦娘ってそういうもんなのか?

「まあ、付き合ってやって全然かまわないけど、それにしたってアバウト過ぎんだろ。なにをどうしたいの」

「何って?」

「こう…ダイキョウキン、フクチョクキン、ジョウワンニトウキン…」

「なぜケインコスギなんだ」

セレンさん、ナイスツッコミ。

「…とりあえず…脚…かな?脚を速くしたい」

「脚…ねぇ。やるだけやってみようか。原因によっては100mを1秒くらい縮められるよ」

「本当!?」

小学6年生~中学1年生で5秒縮めた俺をなめるな。

 

 

 

と、いう訳でジャージに着替えて、中庭に集まったのだが。

「なんでお前らがいるのか」

「ヘーイ提督!私も足速くなりたいデース!」

「超弩級戦艦の速力が少しでも上がるのであれば、ぜひともご教授願いたいな」

「夜戦ー!」

「私ももっともーっと速くなっちゃうから!」

「今日は司令官に頼っちゃおうかな!」

「接近戦に強くなりたいクマ!」

「ニャ!」

等々、ウチの鎮守府の面々。

だけじゃない。

「貴様、玲元帥に余計なことをすればただでは済まさんぞ」

「なにさ?余計なことって…」

「もー武蔵’!なんでここにいるのさ!」

「元帥が脚を速くしたいというのだ、私も協力しようじゃないか」

「玲が体力付けるのは嫌だとか言ってたんじゃないの?」

「無駄な筋肉がついて元帥の美しいボディラインが崩れるなど言語道断だが、脚を速くする程度なら許そうじゃないか。大本営を上げて乗り込もうとしていたのを、どうにか説得して私一人が代表してきたのだぞ?」

「速く走るのにもある程度筋肉はいるんだけどな…。つかそっちのお前らもな、地上で足速くしても艤装の速力に関係ないだろが」

「そんなことなどない!」

「海上での移動にも何か生きる筈だわ!」

口々に文句が上がる。

「そんなに足速くしたいのか?言っとくけど今日は玲を専属的に診るからそんなに皆にはつけねーぞ」

「まあまあ兄さん、みんなでやるなら楽しいし、いいじゃないか」

「賑やかな方が好きですよ?私は」

「よろしくね、武蔵'さん!」

「こちらこそ、今日は私の元帥をよろしく頼む」

「…はあ。ま、ボチボチ始めるか」

ちなみに、天龍、龍田、隼鷹はショッピングに行っててここにはいない。

 

まずは基本のランニング。

「兄さんと並んで走りたいんだけどな…」

「いいから。ほら元帥殿、部下を引っ張ってくださいよ」

「もー、『玲』って呼んでー」

「はいはい。行くぞ、玲」

「うん!」

なんて喋ってると、後ろから膨れた顔の島風が並走してくる。

「しーあん」

「どした?フグみたいな顔して」

「別に」

「提督提督!隣が空いてるなら私と一緒に走りまショウ!」

「あーのー、お前らちょっと静かにしてて」

玲の走りを見てどこが悪いのか探してるんだから。そりゃプロみたいに専門的なことは言えないけど、幸い、玲の欠点はかなりわかりやすかった。脚の運びが内股気味だ。女子か。んで、前に出た脚が接地するとき、重心が下がりそうなほどにベタンと着いてる。エネルギーをかなり無駄に使うやつ。手は握りこぶしだし。これもエネルギーの無駄ね。小学校で習う走り方なんて、わざと不器用に走らせてガキっぽさ演出してジジババ喜ばせてるようなもんなんだから。

 

ランニングを終え、軽くストレッチをしてから練習に入る。まずは股関節の運動。腿を真っ直ぐあげて、横に開いて後ろに進んでいく運動だ。まず俺がお手本ね。

「はい、こうやって…こう。反対の足も同じで…」

みんな真剣な面持ちで俺のお手本を見てる。なんだか視線が集中してきて恐さも感じるけど、真面目なのはまあ良いことだ。それにしても金剛がヨダレを垂らしてるのが気になる。

 

 

中庭横の茂みに隠れて、青葉はシャッターを切り続ける。ファインダー越しに見えるのは、志庵の程々に引き締まった脹脛、アキレス腱、そして股関節の運動の際に開かれる股間である。

ジュルリ…

不可解な音に振り向くと、同じように茂みに隠れてスケッチを取り続ける秋雲の姿。

「貴方も物好きですね、秋雲さん」

「そういう貴方こそ、青葉さん」

「ふふ、その様子だと、新刊のテーマはだいたいお決まりのようですね」

「それはもう最高の。青葉ネットの売り上げはいただきですね」

 

 

「はい、じゃあ玲、走ってみようか」

ランニングの時にも一応見たけど、ダッシュのフォームもやっぱり確認は必要だ。

「う、うん」

「あんまり深く考えないで、とりあえずいつものように走ってよ」

「うん」

「じゃあ位置について よーい…」

玲はピタッと腕を上げた状態で固まる。あーホラ、それまたエネルギーのムダ。

「ドン」

バタバタバタ!と玲が走っていく。いやー、面白いね。さっき言った欠点が全部顕著に出てる。タイムは17秒。玲が息を切らして戻ってくる。

「やっぱり玲はフォームだね。フォーム直そう」

てな訳でフォームを直す練習開始。

 

腕振りの練習。

「そーそー、腕は握らなくていいからね。楽に楽に」

「提督〜。村雨のちょっと悪い走り、見て欲しいな〜♪」

「あ?あー…ちょっと腕振りが前にオーバーかな。腕振りは後ろにグッと引くときに推進力が生まれるんだよ」

「提督!睦月の走りも見るにゃしい!」

「恋も!走りも!負けません!」

「だーかーらそんなに色々みれねーって!」

 

前傾姿勢を意識する練習。そこで、事件は起こった。

「前傾?」

「そ。前に進むんだから前に体重をかけるのは当然だわな。お前らも覚えたいならちょっと見とけ」

艦娘達が玲と志庵に注視する。

「玲、前に倒れこんで」

「ええ!?」

「ある程度傾いたら支えるから」

「あ、う、うん…」

多少の恐怖を感じながら、玲は少しずつ体を前に傾けていく。やがて、つま先では支えきれないほどに重心が移動し、玲は重力に従って倒れそうになる。

「わっ」

ポスッと、そこで志庵が玲の胸に掌をあてがい、体を支えた。

 

「んっ…」

 

志庵はあまり意識することなく、今玲がとっている前傾姿勢の説明をしている。が。艦娘達は、その直前に漏れた玲の妙に艶っぽい声と、現在の玲の表情で頭がいっぱいだった。玲は、キョトンとした顔で頬を赤らめ、胸に添えられている志庵の手を見ていた。

「——で、今からやる練習は…あ、ちょっと玲、一回手ぇ離すぞ」

志庵の声は届いていない。胸に置かれた手を確かめるように、上から自身の小さな手を添えている。

「玲?」

「え?あ、な、何?」

「手ぇ離すから転ぶなよって」

「あ、うん。わかった…」

玲は名残惜しそうな顔をするが、志庵は気づかない。

「えー次の練習は、今見たいに前に倒れていって『これ以上無理ーっ』てとこまで行ったら走り出すっていう、高校の部活だと『前傾ダッシュ』てよんでた…」

 

その日の練習で、玲はタイムを15秒9まで縮めることに成功し、大本営に帰って行った。

「何か…タイムは縮んだけど、途中から上の空だったな、玲のやつ」

一緒に見送る神通に話しかけるが、返事がない。

「…」

「神通?」

「え!あ、そう…ですね」

「?つーか、玲だけじゃなくてなんか皆変な空気になってた気が…。どうしたんだと思う?」

「さあ…私には…ちょっとわかりかねますね」

「そう」

 

その夜、志庵には知らされない、艦娘達の緊急会議が開かれた。いつになく真剣な面持ちの金剛が口を開く。

「皆さん、大変なことにナッタネ」

「一体なんだというんだ?」

問いかけたのは那智。

「提督を狙う新たな…それも強烈なライバルが現れたネ」

「な、なんだっつうんだよ?」

普段の提督LOVEを隠す態度を忘れる天龍。

「今日の特訓に参加していた子達は知っていると思うネ」

「まさか、きょう来ていた大本営の蒼龍さん?それとも武蔵’さんかしら?」

金剛は首をふって否定する。

「元帥ヨ」

 

空気が、時間が、凍りついた。

 

「今日の特訓中に見せたあの顔は、完全にfall in loveしちゃってる表情ネ」

天龍が青ざめた顔で立ち上がる。

「え、けど、元帥っ男…」

「確かに、提督はいわゆる『ノンケ』ネ。鈍いところはあるけど普通に女性が好きな人デス。でも皆知っていると思うけど、正直、元帥は女性の私たちから見ても…」

可愛い。それは満場一致の意見だった。

「いくら提督がノンケでも、あの元帥に言い寄られ続ければいずれ『そっち』に傾いてしまう可能性がないとは正直言い切れない」

長門が金剛の説明に付け足す。そして強い決意を示すかのように、机を強く叩いた。

「ここにいる殆どは、提督を意中とするライバルだと思う。それと同時に、皆提督の下で戦う友でもある筈。どうか皆、ここは結託して提督の純愛を守ろうではないか!!」

「「おーーー!!」」

 

 

ところ変わり、大本営会議室。ここでもまた、元帥を交えない艦娘だけの話し合いが行われていた。

「いきなりメイド服はキツいわよ金剛’、そうね…もうすぐクリスマスだし…」

「サンタコスか!胸が熱いな!」

「この間の海で気づいたけど志庵提督、元帥相手ならスキンシップにはあまり抵抗はないみたいよ?」

「いいねえ!ハグから始まり、少しずつ距離を縮めていって、ゆくゆくは…」

彼女達の会話を眺めながら、蒼龍はボソリと呟いた。

「腐ってやがる…」

大本営は腐女子で染まっていた。

 

 

「兄さんの手…」

階級は、自分よりも下。呼び捨てで何ら問題ない。

「志庵…。えへへ、志庵…♪」

 




玲元帥の外見については、10話あたりに挿絵が載ってます

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