※そういえば言ってませんでしたが、リンヒル・フィリプスはゲーム「アサシンクリード」には登場しないオリジナルのアサシンで、もう一つの小説の方の主人公です。
「あれは…戦艦棲姫?」
洞窟の通路の先に見慣れたシルエットが見える。敵意を感じるあたり、いつも料理を習いに来る戦艦棲姫とは別個体なのだろうが。しかし、後ろからついてくる提督の一人が悲鳴に近い声を上げる。
「今すぐ引き返せ!」
「何?」
「あれは戦艦水鬼だ!『姫』じゃない、『鬼』だ!」
「鬼…?」
「いくらあんたらでも勝てるわけが無い!」
叫びが聞こえたらしい、戦艦水鬼が応対する。
「悪イガ逃ゲラレテハ困ルノデナ、大人シクシテモラウゾ」
「やってみなくちゃわからないだろ。セレンさん、しっかりつかまっていてください」
「覚悟はできている!」
装備を失った志庵が、直進しかできないOB(オーバードブースト)で戦艦水鬼にタックルをかます。しかし、背後から現れた巨大な腕に受け止められる。わずかに後ずさるが、程なく停止した。そのまま志庵は掴まれてしまう。
「ホウ、タダノ人間トハ思エナイスピードダナ。驚イタゾ」
「くっ…!」
「俺のことは放置プレイか?悪くないが、少しは構ってほしいな」
四つの探照灯が戦艦水鬼の顔を照らす。椅子提督の声に一瞬早く反応した志庵は目をつぶって強烈な光をやり過ごす。
「眩シッ…!」
響き渡る銃声。リンヒルのほか、何人かの提督が隠し持っていたピストルが戦艦水鬼を襲った。本体の戦艦水鬼そのものは人間並みの肌だし、それをガードする艤装も、ゴム鉄砲程度には痛みを感じる。一瞬怯んだ隙に志庵は腕から逃れ、無防備になったデカブツに再びOBタックルをお見舞いした。
どこから湧いてくるのか。
終わりの見えない、敵、敵、敵。
「目標をセンターに入れてスイッチ目標をセンターに入れてスイッチ目標をセンターに入れ」
「落ち着いて日向!」
それまで経験したことがないような、絶え間のない戦闘による未知の疲労とストレスにより、こんな様子の艦娘も出始めていた。
志庵鎮守府連合艦隊。
「馬鹿な、カタパルトが故障じゃと!?」
「大丈夫、利根!?」
「吾輩は平気じゃが、これでは偵察機が着陸できん…!」
「私が回収しといてあげるから、利根は砲撃に集中してな!」
「恩に着る、隼鷹!」
「あ…扶桑、弾薬残りわずか…きゃあ!」
「下がってて扶桑!加古スペシャル、オラアアアアアア!!」
大本営連合艦隊。
「ク…これだけ多いと…駆逐艦の砲撃でもシャレにならんぞ…!」
「真珠湾の様にはいくものですか!私は今度こそ最後まで戦い抜きます!」
「武蔵さん、大和さん、背中は私が守ります!厄介な駆逐艦を蹴散らして!」
「ごめんね鬼怒、雷撃任せちゃって…」
「ご心配なさらず、養生しててください!神通さん!」
「はい、雷撃は艦隊攻撃の要ですから!」
「私たちがひきつけるから、安心して狙うっぽい!」
椅子鎮守府連合艦隊。
「あら香取さん疲れてきてるんじゃないの~?」
「馬鹿言わないでくれますか?龍田さん。この程度でへこたれてちゃ提督の『躾』役なんて務まらな…キャアッ!」
「香取さん危ない!無理せず少し休んでいてください、磯風が時間を稼ぎます!」
「…いつも提督に助けてもらって…鈍っちゃったかしら?悪いわね、少し体力を回復させるわ」
島に近づけないまま弾薬と燃料をいたずらに消費し続けるしかない艦娘たちを、今作戦の首謀者、港湾水鬼は島の頂上から見下す。
「良イ眺メダ」
色仕掛けによる提督の懐柔など、副産物に過ぎない。最初から、攫われた提督におびき寄せられた艦娘たちを圧倒的物量で押しつぶす狙いだ。
突如、島の岩肌の一部分から何かが飛び出してきた。
「なんだ!?」
何人かの艦娘が噴出物に注目した。火山が爆発したとかではないようだ。見えるのは、不気味な腕の様なものが生えた黒い塊。どこかの艦娘が叫ぶ。
「戦艦水鬼!」
しかしそれともう一つ、人間大の何かが戦艦水鬼を押し出すような形で飛び出していた。
「提督…?」
そう、誰かが呟いたのが聞こえて、利根たちは一斉に何かに気が付く。岩肌を突き破るほどの突進ができるような提督など、一人だけだ。
「偵察機!」
隼鷹と赤城が一斉に艦載機を向ける。彼女たちの耳に、妖精たちが嬉しそうな声で報告を入れてきた。
「提督…。志庵提督!」
他の艦隊の偵察機も、穴から覗く洞窟の様子を確認しに行く。
「提督!」
「司令官…!」
「司令!」
「提督たちは皆無事の模様!」
「フ…志庵提督にフィル提督がいるのだ!そうに決まっているさ!」
「Thank you,加賀!これで玲元帥に良い報告がデキルネ!」
「司令ったら、こんな時にまで探照灯を付けて…」
「嬉しそうじゃない、叢雲」
「フン、そうね。葬式で無駄な出費せずに済んで助かったわ」
「行くぞ皆のもの!この戦いは敵の殲滅が勝利ではない!」
「そうね。クソ提督を連れ帰ってミッチリお説教するまでが作戦よ!」
「沈め!貴様らの相手をしている暇はもう無くなった!」
「フム、オメオメト逃ガスクライナラ殺シテイイゾ」
「なんだと?」
全深海棲艦が艦娘への攻撃をやめ、島にいる提督達に砲塔を向けた。
「くそが!」
志庵はアサルトアーマーで周囲を取り囲んでいた数十体の駆逐、重巡、戦艦、空母を一瞬で蹴散らす。が、その外にまだ数百を優に超える深海棲艦が待ち構えているだけだった。
「志庵!」
リンヒルが駆け寄る。
「貴様ら俺を狙え!俺だ!俺を撃て!」
椅子提督が探照灯を照らしながら山を下る。
誰かが「提督」と叫んだかもしれない。しかし、大爆音の中、その声が誰に届くこともなかっただろう。
ピシッ
食堂に集まっていた皆がその方向を見た。
リンヒルが提督として宿毛に着任し、鎮守府正面海域を奪還した記念に皆で撮影した写真だった。カメラを生まれて初めて見たリンヒルが、説明を聞いて「魂を取られるのでは」などと警戒し、皆で笑いあったりもしたものだった。
「提督の写真にヒビが…」
そこにいた皆に動揺が走る。
「ねえ、大丈夫だよね…?」
不知火の腕に手を乗せ、川内が話しかけてくる。段々と、不知火をゆする動きが大きくなる。
「提督、ちゃんと帰って来るよね?ねぇ?」
「嫌な予感がするっぽい…」
「やめてよ夕立…!」
「そうだよ、不吉なこと言わないで!」
「ご、ごめん…」
「大丈夫です」
ざわざわと騒がしくなり始めた艦娘たちを、不知火の通った一声が制した。
「司令なら、大丈夫。深海棲艦に接近戦を挑んで勝つお人ですから」
「その通りだぜ!」
天龍が元気な声で乗っかってくる。
「あの提督なら、逆に深海棲艦どもを全員ぶっ倒して帰って来るに決まってるさ!」
「そう…そうだよね。アサシンなんだから、きっとみんな倒されたことも気づかない内に全滅させてるかもしれないよ!」
「そうなのです!司令官は強いのです!」
「そうだよね!」
「そのとおりだよ!」
島には煙が立ち込め、まったく視界が効かない。ただ、妙な静けさだけがあった。誰もが戦いの手を止め、だんだんと煙の晴れていく島を見ていた。
まだ洞窟内にいた他の提督達は、瓦礫に阻まれて軽傷で済んだらしい。しかし、砲撃の中心地。
辛うじて直撃は免れたか。五体確かにそこにあるが、ピクリとも動かない二人の提督。少し離れたところに、膝をつく男が一人。探照灯は二つが火花を散らせ、使い物にならなくなっている。
三人を知る艦娘たちは、呼吸が難しい程の焦燥感に見舞われていた。
「てい…とく」
提督が死んだ?
「嘘だよね?提督…PAでちゃんと防いでるんでしょ?」
「クソ提督…私たちを驚かせて楽しんでるつもり?だったら承知しないわよ!?変態クソ提督!?」
「利根?ちょっと、利根!?」
もはや周囲の敵に目もくれず、利根は走り出す。
「フィル提督!志庵!クッ…志庵!弟が横須賀で心配しているのだぞ!」
「フィル提督!宿毛のみんなが待っていますよ!返事をしてください!リンヒル・フィリプス提督!」
「提督!それくらいで膝をついてどうするの!痛いのは大好きなはずでしょう!」
「私とのレッスンはそんなものじゃないでしょう!?提督立って!そこにい続けては危ないわ!」
「扶桑姉様どちらへ…?お姉さま、危険です!待って!」
扶桑の目には、島に小さく見える椅子提督しか映っていなかった。
島に着いたとき、艤装は全て壊れ、服ははだけ、いつ沈んでもおかしくない状態だった。そんなことはどうでもいい。
やっと、提督が目の前にいる。利根は志庵の下に、扶桑は椅子提督の下に。艤装が完全に停止している今、ただの少女が駆け寄っているに過ぎなかった。
「提督…提督!ワシじゃ!利根じゃ!ここまで助けに来たぞ!」
「利根か…!」
「セレン!そうじゃ、みんな来ておるぞ!」
「提督…!」
「扶桑!来てくれたのか。酷いじゃないか、優しくするなんて…」
「安心してください…帰ったら、皆からのキツイお説教が待ってますから…提督、ここを離れましょう」
「…いや、駄目だ」
「提督…?」
「俺は不幸を求めているんだ…。この世界の誰よりも、長く長く続く不幸をもとめている!」
椅子提督は怒りの形相で志庵とリンヒルを見据える。
「貴様ら、目を覚まさんか!俺の目の前で、俺よりも不幸になることは許さんぞ!」
「提督…。そうですよ!お二方起きてください!」
「お主にだけ戦わせたりはせぬぞ!皆、皆お主たちのために戦ってくれてる!」
「返事をしろ志庵!お願いだ!目を覚まして…!」
悲痛な叫びは、伝染していく。艦娘たちに。味方の深海棲艦達に。助けられた提督達に。
「指揮を執るものが部下を心配させてどうする!」
「日本男児の意地を見せんか!」
「私タチヲ助ケテクレタ力ヲモウ一度見セテクレ!」
「提督!」
「司令官!」
「テイトク!」
宿毛の皆は、祈っていた。写真の前に集まり、硬く両手を握り締め続ける。
特定の提督の無事を祈る。最高権力者として、あるべき姿ではないだろう。しかしその部屋にいる彼の姿はそのとき、ただ一人の少年にしか見えなかったかもしれない。正面高く上がる丸い月に、手を合わせて祈る。
「兄さん…!」
その日、日本各地の鎮守府で、謎の光が観測されたという。
利根の体が、武蔵が、味方の港湾棲姫が、白い光を放ちだす。高見の見物を決め込んでいた港湾水鬼は思わず声を漏らした。
「ナンダコレハ…?」
光は、一転に集まりだす。
「と…ね…セレ…ン…」
「提督!?」
志庵とリンヒルの体が、少しずつ浮き始める。それと同時に、皆の光が二人を包み始めた。
「なんだあれは…?」
椅子提督も呆然とその様子を見守る。
「何ヲスル気カ知ランガ、ソノ前ニ消シ炭ニスレバイイダケノコト!ヤレ!」
港湾水鬼が手を上げたのを合図に、深海棲艦達が再び砲塔を志庵たちに向ける。
「まずい!皆、奴らに撃たせるな!」
「バアアアアアニング・ラヴ!」
「撃ち方始め!」
元から劣勢だった戦況。数が、足りない。
「まずい!」
椅子提督は悲鳴を上げる体に鞭を撃ち、志庵とリンヒルに駆け寄る。
「危ない!」
扶桑もまたそれを追う。巨大化していた光は二人も包み込み、再び爆炎に包まれた。
志庵の下の艦娘たちは既に膝をつくしかなかった。
守れなかった。誰もがそう考えたその時、煙の中から現れたのは…
「…卵…?」
志庵も、扶桑もいない。巨大な光の卵だった。卵がてっぺんからひび割れ、少しずつ割れ始めた。卵の中から現れたのは巨大な赤いマント姿。その懐に利根も椅子提督も扶桑も守られていた。
マントを翻し、そいつは立ち上がる。右腕には、凍てつく氷のような青い狼の頭をかたどった巨大な大砲。左腕には、燃える太陽のような赤い竜の頭をかたどった巨大な剣。そしてそれを携える、穢れなき純白の体。
「志庵提督とセレンさんとフィル提督が…」
「合体した…」
「ナンダアイツハ…新タナ艦娘カ!?撃テ!集中砲火ダ!」
「また…!」
扶桑は思わず身構える。三度深海棲艦による集中砲火。
巨大な戦士が直撃に合わせてマントを翻すと、その全てを砲撃の主に正確に弾き返した。
「ナンダト!?」
「扶桑、彼に守ってもらえ」
「提督?どこに行かれるのですか!待って!」
「まだやるべきことがあるのでな」
戦士が右腕を振り払い砲塔を露出させると、一発を海上に広がる敵深海棲艦達に向けて放った。砲撃を食らった数百の深海棲艦が瞬時に凍り付き、砕け散る。
左腕を振り払い刀身を出現させると、島に広がる敵深海棲艦に向かって切り払う。斬撃を食らった数百の深海棲艦が、灼熱の炎に包まれて燃え尽きた。
「強い…」
どの艦娘も、あんなにてこずっていた深海棲艦達が瞬く間に倒されていく様を呆然と眺めていた。志庵鎮守府の皆は既に志庵というイレギュラーの力を目の当たりにしている筈だが、今の情景はその比ではなかった。天龍が、ここに居る皆の心の声を代弁した。
「これもう…提督だけでいいんじゃねえか?」
既に海上にも、島にも敵は見当たらず、静寂に包まれていた。しかし気を抜かず、辺りを見渡しながら武蔵が確認を取る。
「終わったのか…?」
直後、加賀が艦載機の報告を受けた。
「いえ、あと一体残っています!山の頂上!」
港湾水鬼が今まさに逃げようというところだった。水中に逃げられては、流石のあの戦士でも手が出せないかもしれない。予想が当たったのか、急いだ様子で戦士が宙を舞い港湾水鬼に迫る。走る港湾水鬼。山の向こうは崖になっている。港湾水鬼が飛び込むのが先か、戦士が追いつくのが先か。
その時、港湾水鬼の走る先から強烈な光が放たれ、脚が止まった。
「どうした?こんなに目立っているんだ、しっかり狙ってくれよ」
椅子提督の探照灯による目つぶしだった。
「ウグッ…!前ガ、前ガ見エナイ…!」
刹那。巨大な剣が港湾水鬼を背後から貫き、椅子提督の眼前で止まった。
「カッ…」
「もう一突き、俺の腹を刺してくれてもよかったんだぜ?」
艦娘たちが駆け寄っていったとき、いつの間にか二人の提督と一人の妖精に戻っていた。利根が、那智が、赤城が、次々に飛びつき抱き付いてくる。
「心配を掛けおって、馬鹿者!」
「部下よりも先に死ぬなど、愚の骨頂だぞ馬鹿者!」
「私の気が済むまで奢ってもらいますからね!馬鹿ぁ!」
「ご、ゴメンって…」
他の艦娘と一緒に、曙もものすごい剣幕で歩み寄ってくる。
「あ、曙?」
返答はない。代わりに鼻をすする音が聞こえてきた。
「へ…」
「く、グゾ提督ぅぅうわあぁあん」
よく見ると他の皆も泣いてた。
「ズズッ、女の子を泣かすなんて最低だよ提督」
「司令としてよりも男性としてあってはならないと思います」
「すみません…」
「やれやれってやつだな…」
部下に取り囲まれ精神的に打ちのめされる志庵を見てリンヒルは一人ごちる。
「フィル提督」
声がかけられた方を見ると、武蔵がいた。ボロボロの格好だが、大本営所属を示すバッジはしっかりと残っている。
「よくぞ帰ってきてくれた」
「こちらこそ、助けに来てくれてありがとう」
二人は固い握手を交わす。
「フィル提督、初めまして!」
「アンタは?」
「わたくし、武蔵の姉の大和と申します。妹から話は聞いておりましたが、まさかあれほどとは…」
「あー…さっきのアレのことか?」
「はい!まさか他の提督と合体するなんて…」
「スマンが…俺もびっくりしてるところなんだ。なんせ初めての経験だったものでね」
「そう…なのか…?」
「ああ。大したこと話せなくてすまんな」
「フィル殿」
次に声をかけてきたのは椅子提督だった。
「世話になったな」
「とんでもない、こっちこそ助けられた。大した肉体をお持ちだな」
「大事な時に部下を守る壁になるために、このくらいは当然さ。何かの縁だろう。困ったときには連絡をくれと、彼にも言っておいてくれ」
椅子提督が指さす先では、志庵がもみくちゃにどつきまわされていた。
「まったく、愛されてるな」
「羨ましい限りだ」
「そう羨ましがらなくても、鎮守府に帰ったらキツ~イお折檻が待っていますよ、提督?」
椅子提督の艦娘が迎えに来たようだ。ウチにはまだいない…香取だったか。
「リンヒル提督、ウチの椅子が失礼しませんでしたか?好きなだけ罵倒してあげていいのですよ?」
「い、いや遠慮しておくよ」
「そうですか。では、帰りましょうか提督」
そんな調子で、椅子提督は香取に肩を抱かれて去っていった。
「変わった提督もいるもんだな」
「ふっ。鎮守府の分だけ、色んな提督がいるさ。行こうか、フィル提督は我々でお送りしよう」
提督達は、それぞれの誇るべき部下に連れられて、島を後にした。
「はい、はい…ご報告、感謝いたします」
受話器を置き、大淀は優しい表情を浮かべて振り返った。
「皆さん、いま報告がありました!リンヒル・フィリプス提督は無事救出されたとのことです!」
「「「やったー!」」」
食堂が歓声に包まれた。
「良かった!本当に良かった!」
「流石提督だね!私は最初から大丈夫だと思ってたんだよ!」
「この中で一番『大丈夫かな、大丈夫かな』ってうるさかったくせに」
「う、うるさいな!」
「司令…」
不知火はひび割れた写真に振り向く。ふと、その隣に一緒に掛けてある、前任、金子提督の遺影と目があった気がした。
「…お守りくださったのですか…?本当に、どこまでもお優しい方ですね…。ありがとうございます…」
「やった…!」
報告を受けて、玲は思わずこぶしを握った。
「もうっ…はしたないですよ、元帥ともあろうお方が」
「あ、ああすまない、大淀。」
大淀に指摘されて、少し平静を装ってみる。が、こみ上げてくる興奮は抑えられそうにない。どうしても顔が笑ってしまう。
「まあ、今回は許されるかもしれませんね。幸いなことに、轟沈した子もいないのですし」
「うん。本当に良かった…」
玲は穏やかな顔で、いずれ皆が帰って来る海原を眺める。
武蔵、皆…。兄さん…
「しかし、回収された提督の中には1名、今後の取り扱いが検討される者がいるようです」
「へ、何それ」
小笠原諸島のちっぽけな島に拠を構える、志庵鎮守府。そこの大淀にも、報告が入っていた。
「みなさん!今回も志庵提督と、他数名の活躍によって、全員無事の様です!」
わああああ!と歓声と拍手。
「流石は我が伴侶だ!それでこそだ!」
「ひゃー、やっぱり志庵提督って凄いんだねえ。ね、大井っち」
「まあ、前回の資料映像の時から異常でしたけどね、あの人は」
「無事でよかったよ、提督!」
「最上さん、とっても嬉しそう」
「な、あ、当たり前じゃないか!僕たちの提督が無事だったんだから!五月雨は嬉しくないのかい!?」
「もちろん嬉しいけど…目の前で最上さんがそんなに喜んでるのを見たら、それだけで満足かも」
「怪我をして帰って来るのかしら?頑張ってお世話してあげなくちゃ」
「夕雲!司令官のお世話は雷の仕事よ!貴方は大人しくしてなさい!」
「お腹も空いてるわよね!帰って来るまでに食事の用意をしなくちゃ!やるわよ、鳳翔さん!」
「ええ、間宮さん!忙しくなりますね!」
「はわわ、私も手伝うのです!」
各鎮守府、報告を受けてから提督が帰って来るまでの間、そして提督が帰ってきてから、たいそうな騒ぎっぷりだったという。リンヒルと志庵の鎮守府がどのような様子であったかは、今後それぞれのお話の中で語ることにしよう。
未曽有の提督奪還作戦は、こうして幕を閉じた。
椅子提督の出演は、以上になります。
山本アリフレッドさん。本当にありがとうございました。