「調査に出たものからの報告です。海辺の公園で何人かの浮浪者が、大きな荷物を抱えて海に飛び込む女性を目撃しているそうです」
「フィル提督も、深海棲艦に連れ去られたということか…?」
長門’が驚嘆の表情で呟く。
「信頼できる『つて』からの確かな情報だそうです」
玲の隣に立つ大淀’が事務的に、しかし仄かに感情が込められた声で応対する。
「奴等の拠点についても既に情報が入っている。我々は直ちに連合艦隊を編成、捕らえられた全ての提督を奪還する!全員だ!」
「はっ!」
有無を言わせ無い、力のこもった玲の声に艦娘たちも敬礼で答える。
無事でいてくれ、兄さん。フィル提督。
「志庵!」
「セレンさん!」
檻の外からセレンさんがとてとてと駆け寄ってくると、俺の膝にしがみついた。
「無事で良かった…探したのだぞ、馬鹿者!」
セレンさんの声は若干涙声で、俺は少しときめく。
「す、すんません…」
「…ずびっ」
鼻垂らしてるし。
「って、セレンさんがいるってことは俺の装備も何処かにあるんすか?」
「壊された…」
「へ!?」
「奴らが研究しようとしたのだろう、回収したあの装備をバラバラに分解して、結局何もわからずに粉砕機に入れてしまった」
俺は少し喪失感に見舞われた。この鎮守府に来てから、ずっとあの装備でみんなを助けたり、みんなの訓練に付き合ったりしてきた。多分、妖精さんに頼めば作ってくれるんだろうけど。
「今の私は妖精だから、何かに憑いてなくては消滅してしまう。だから急いでお前を探していたのだ」
「そっか…」
俺はセレンさんの頭を撫でた。
「へぁっ!?」
「装備がなくなっちゃったのは悲しいけど、それよりもセレンさんが無事で良かったです。俺でよければしばらく憑いていてください」
「う、うん…よろしくたのむ…」
セレンさんは顔を赤くして俯いてしまう。そんなリアクションをされると、俺もなんだか告白でもしたみたいで恥ずかしかった。
話し声で目が覚めたのか、通路を挟んだ目の前の牢に閉じ込められた男が呻きをあげ、目を開けて辺りを見渡す。ただ事では無いことに気が付いたらしく、慌てた様子で上半身を起こす。
「ここはどこだ?」
「わかんない、捕まったみたい」
「誰にだ?」
「深海棲艦の乱暴な奴らに」
「…あの女、深海棲艦だったのか…」
「あんた、なんて名前?」
「まずはそっちから名乗ったらどうだ?」
それもそうか。相手を知るにはまず自分から…なんて風にも言うしね。
「志庵。『こころざし』って字に、『庵』は昔の日本の小屋のこと」
「そっちのちっこいのは妖精か?」
「セレン・ヘイズだ」
「で、あんたは?」
「俺か?俺の名はリンヒル・フィリプス」
そう言いながら、リンヒルは両手を広げて挨拶して見せた。両腕を縛っていたはずの縄は、綺麗な断面を見せて足元に散らばっていた。
「艦娘たちがこの場所を突き止めてくれるかも怪しいし、俺ができる範囲のことをやらないとな」
リンヒルは腕についている籠手からブレードを出すと、檻の鍵をこじ開けて…
待てよ、今のアサシンブレード?マジかよ、アサクリからもゲスト提督参戦?
「あ、ちょっと、俺もついてく」
驚いたような、迷惑そうな表情でリンヒルはこちらを見る。
「志庵提督。ありがたい申し出だが…」
俺は檻の扉にオーバードブースト(OB)でタックルをかます。派手な金属音を上げて、扉は折れ曲がり吹き飛んだ。
「こんな感じだけど…」
「ヒュウッ♪」
志庵鎮守府連合艦隊
「来たよ利根!12時の方向真っ直ぐ!まずは戦艦二つ、重巡二つ、空母二つだ!」
隼鷹が艦載機からの情報を艦隊に伝える。
「こんなところで時間を掛けるわけにはいかん!皆の者、気を引き締めてかかれ!」
「直撃させる!」
「全力で参ります!」
「選り取り見取りね…!」
「攻撃隊、発艦しちゃって!」
「慢心してはダメ…!」
「加古スペシャルを喰らいやがれ!」
「主砲、副砲、撃て!」
「突撃よ!」
「うっしゃあ!」
「蹴散らしてやるわ!」
「徹底的に追い詰めてやるわ…!」
「退いてよ大淀^」
「申し訳ありませんが、大本営からの指令ですので」
大淀^を挟んだ向こうに玄関がある。川内^を始めとする宿毛の、リンヒルの艦娘達は大淀^と睨み合っていた。
「相手は深海棲艦の大艦隊です。皆さんの練度では命の危険がある、帰ってくる提督を悲しませるような結果にはしたくないという元帥閣下たってのご指示です」
「私たちの提督なんだよ!?助けに行って何がいけないっていうの!」
人混みを掻き分けて陽炎^が大淀^に掴みかかる。
「お願い…助けに行かせてよ…!私たちは艦娘なのに…!」
最後の方は嗚咽でほとんど聞こえなくなり、陽炎^はその場に崩れ落ちる。
「…大本営他、幾つもの高練度鎮守府が連合艦隊を編成しました。彼らを信じて待機していてください」
海底洞窟の一角に設けられた小部屋に、ベッドが置かれている。そこには、全裸で手足を縛られ、提督の帽子だけをかぶった男と、バスタオルを体に巻いて男の上にまたがる戦艦棲鬼。
「力ヲ抜ケ…悪イヨウニハシナイ…。ホラ、女性ノ姿ヲシタ艦娘ニ囲マレテノ仕事トイウノハ、色々ト『溜マル』ダロウ…?私ガ介抱シテヤロウ…」
「は、はい!よろしくお願いします!」
この提督、完全にアウトである。そんなとき、チ級がドアを勢い良く開けて入ってきた。
「戦艦棲鬼殿、捕虜ガ脱走シマシタ!」
「何!?アノ檻ヲ破ッタノカ!?」
「見張リニ立タセテイタ駆逐ガ次々倒サレテイル模様デス!」
「人間相手ニカ!?エエイ、警備ノ軽巡ト雷巡ヲブツケロ!私モスグニ向カウ!」
「え、あ、あの続きは…」
「黙レ変態メ!貴様ヲ慕ウ艦娘ガ哀レダワ!」
「がーん!」
正論以外の何物でもない言葉を叩きつけられ、男はその場に崩れ落ちた。
洞窟には、本当に大勢の提督が閉じ込められていた。
「ったく、まだこんなに…お前ら、勝手に逸れたら後は知らんぞ」
「ちょっと…あ、すいません付いて来てくださいね〜。俺たちがしっかり守りますんで」
年上だったりプライドが高そうだったりする提督は不満気な表情を浮かべるが、生身で次々に深海棲艦を屠っていく志庵とリンヒルを見、入り組んだ洞窟の中を黙って付いてくる。その時、一人の提督が悲鳴を上げた。
「ひ!ら、雷巡チ級だぁ!」
「マズイ!志庵!」
チ級が提督達に放った雷撃(水上を走る艦娘に当たるんだから、水中じゃなくてもある程度使えんだろって解釈)を、志庵のPA(プライマルアーマー)が防ぐ。が、そこでPAが切れてしまった。現在、志庵は装備がないためOBも直進しかできないうえ、PAが剥がれれば完全に生身。連続攻撃を食らい続けると命の危険があるのだ。
「!ヤバっ…」
「志庵!」
その時、背後から誰かの手が志庵を引っ張った。その男は志庵を自分の背後に放ると、雷撃を正面から受け止めた。
「なっ…」
「今だ、攻撃しろ」
爆煙の中から声がする。それを聞いてすぐにリンヒルが煙を利用してチ級の懐に入り、アサシンブレードで仕留めた。振り返り、男に無事かどうかを問いかける。
「済まない。無事か?」
「問題ない、むしろ良い具合だよ」
解答の意味がわからず、志庵は首を傾げた。しかし、礼は言わなければならない。
「助かったよ。俺は志庵。あんたは?」
「俺か」
爆煙が晴れ、その姿が明らかになる。男としては長い黒髪に、整った顔立ち。一見華奢だが、破けた服から見える肉体は中々引き締まって見える。
「『椅子』と呼んでくれ。艦娘達からもそう呼ばれている」
二人目の提督の「リンヒル・フィリプス提督」は、私の二つ目の小説「提督が鎮守府にイーグルダイブしたようです」の主人公を務める、オリジナルのアサシンです。
三人目の提督「椅子提督」は、pixivにて艦これイラストをお描きになっている「山本アリフレッド」氏に許可を得て出演させたキャラクターです。