超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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呼んでれば大体オチが見えるかと。


第15話 囚われの提督

その日、長門と扶桑は「ある」部屋にいた。そこは、前提督が己の情欲を満たすために設けたプライベートルームを、後任の志庵がその防音性に目を付け、こだわりのAV機器を持ち込んで改造した、視聴覚室である。志庵や艦娘たちは自由な時間にここで音楽を聞いたりDVDを見たり、作戦用の資料映像を確認するのにも使用される。自分たちの部屋で見ることもできるが、ここで見ると断然迫力が違うのだ。この部屋の地下に、ドラムセットを置いたスタジオもある。そこで彼女らが聴いているのは、これまた志庵が実家から持ち込んだ、エアロスミスやらディープパープルやらのアナログレコードだった。

「…どうだ扶桑…」

「少し…理解できた気が…」

「何!?」

「…いえ、すいません、見栄を張りました。まだイマイチ…」

「そうか…そうだよな」

彼女らは、志庵の趣味を理解しようとしていたのだ。元々戦時中に生まれ、現在、人の形を得て生活する艦娘たちの中には、イマドキの日本のポップカルチャーに理解を示さない者も少なくない。他でもない、ここにいる扶桑や長門もその一人だ。しかし彼女らが敬愛する志庵は、バリバリの現代っ子。現代っ子と言う割にはレコードを聴いていたり古風だが、エアロにMSG、それらの影響を強く受けるB’zといったロックが大好物であった。

「…わからん。なぜ、わざわざこんなノイズみたいな音を入れるのか…」

「こんな音楽、お花に聴かせたって元気に育たないわ…」

スピーカーの前で額に手を当て、苦しんでいた。ロックだけではない。彼女らの時代には、男はエプロンを着けて料理などするものではなかった。志庵はする。それだけでなく、志庵の趣味というのは一般男性と比べてもかなり偏りがある。「男をオトすなら〜」的な雑誌の情報なども歯が立たない。

「…諦めん、私はなんとしても『ろっく』というものを理解してみせるぞ」

「そうですね…さ、次はこちらです」

「なんて書いてあるんだ?り、りっちぶらっくもあ…れいんぼう…らいじんぐ?」

「あら?それって、こちらの『でーぷぱーぷる』というレコードにもいるギターの人では?」

「2つの演奏隊を掛け持ちとは、節操のない奴だな。どれどれ…」

 

 

そのころ、志庵は第1艦隊と共に、神戸で演習に来ていた。神戸の提督は、演習における勝率は8割を超える。しかし志庵の艦隊の前とあっては…

 

「そ、それが重巡の動きだってぇのか!?じゃあ私は…私は、何だ!?」

神戸の摩耶の砲撃は、練度で劣るはずの利根にヌルヌルっと躱されていく。鬼の様な命中精度で、志庵鎮守府の艦娘たちは、神戸の艦娘たちをペイント弾の色に染めていく。

 

その光景を、真っ青な顔で神戸の提督は眺める。

「お、おい嘘だろ?夢なら醒め−」

あっという間に、神戸の摩耶、鳥海、日向、伊勢、赤城、加賀は大破轟沈判定。志庵鎮守府の利根、那智、榛名、陸奥、隼鷹、赤城のS完全勝利。

 

「にひひ、お疲れっす」

志庵は神戸の提督にヘラヘラと挨拶する。正式な場のため、セレンはお留守番だ。神戸の提督は志庵の手を必要以上に強く握りしめる。そして睨みつけ、一言。

「いつか絶対コテンパンにしてやるからな!」

フンッ、と手を離し、歩き去っていく。

「帰るぞお前ら!風呂入って飯食って反省会だ!」

「「うす!」」

中々良い提督らしい。そんな風に思ってその背中を見送っていると、神戸の提督は何かを思い出した様に立ち止まり、志庵に振り返る。

「近頃、優秀な提督が次々に行方知れずになっているらしい。せいぜい気をつけるのだな」

「ご忠告どうも」

「ふん」

さて、俺たちも帰るかな。

「提督」

背後から、甘えた声が聞こえてくる。振り返ると、榛名が真後ろに立っていた。ギュッ、と、右腕にしがみついてきた。

「私達の優秀な提督様に何かあったら大変ですから、鎮守府まで私たちがお守りいたします」

榛名の顔の周りにお花の幻覚が見えるくらいに無垢な笑顔だった。

「あら、ズルいわ榛名。わたしも」

陸奥が左腕に、その豊満な体をくっつけてくる。

「お、おい火薬庫が…」

「当ててるんだもの。誘爆が心配なら無理に引き剥がさないほうが良いんじゃない?」

「ふむ、ならばわたしは背中を頂こうか」

那智が背中にしがみつく。

「じゃあ前、失礼しますね」

赤城が胸に寄りかかってくる。

「歩けねえ」

「それでは行進、始め!」

那智の力のこもった声を合図に、志庵を取り囲んだ四人はイチ、ニのリズムで歩き出し、志庵も仕方がなくそれに歩みをあわせた。

「おいおい利根、このままで良いのかい?」

「な、何を言うか隼鷹。そもそも、もうスペースに空きが…」

「そ、じゃあアタシゃここに…」

そう言って、隼鷹は志庵の傍に、夫婦の様に位置取って見せた。そして利根に振り返り、「どうだ」と言わんばかりの笑みを浮かべる。利根は、心底悔しそうに顔を赤くした。くぅ…なら、ならば我が輩は!

利根は志庵の三歩ほど後ろにつき、そのまま歩いた。それは、古き日本で夫と妻の美徳とされている距離感だった。それを見た隼鷹は、ほう。と口を動かす。いつか。いつかは二人きりで、こうして…

『人んちの敷地でイチャイチャしてんじゃねー』

皆が膨らまそうとした妄想は、神戸鎮守府のスピーカーから発せられたイチャモンに遮られた。

「だとよ。おら、離れた離れた」

「残念です」

そんな風にくだらないことを話したりしながら、志庵たちは自分たちの鎮守府に帰っていった。

 

 

翌日、気が向いた志庵は港に座り、自分の装備を磨いていた。セレンは隣に座り、作業を微笑みながら眺めている。すると、ザバァンと何かが海から浮かんできた音がした。気になって振り向くと、そこにはヲ級の姿が。

「よう、ヲ級じゃん。どうした…」

よく見ると耳にイヤリングが無い。どこぞのヲ級が迷い込んだか?なんて考えていると、ヲ級は満面の笑みで背中から何かを取り出し、そこで志庵の意識は途絶えた。

 

 

その晩から、鎮守府は慌ただしかった。

「ねえ、行きつけのカラオケにも今日は行ってないって」

川内が利根に報告する。

「そもそも外出証を出していないのじゃから当然といえば当然じゃが…」

「提督どこー?カレー作るから出てきて一緒に食べようよー」

比叡は鍋を片手に建物内を歩き回る。

「テイトク、今日は私とティータイムしてくれる約束デシタ…」

金剛は執務室のソファに腰掛けていじけている。この日の昼から、志庵がどこにも見当たらなくなったのだ。

「どこに行ってしまわれたの…提督がいないと私…また不幸に…」

「心配するな扶桑、私が付いている」

「長門さんの言うとおりよ、姉様。みんなが今提督を捜していますから」

「私も…私も捜すわ!」

 

「迷子の迷子の司令官〜、貴方の雷ここですよ〜…」

替え歌を歌いながら志庵を捜し回る雷が玄関に来た時、呼び鈴が鳴る。覗き窓には、戦艦棲姫が写っていた。

「あら、戦艦さん。悪いんだけど、いま司令官は居ないのよ。また明日にでも…」

「アア、ソノコトデ話ガアル」

雷は扉を開けた。

「なにか知っているのね?」

「アア」

 

食堂に集まった艦娘たちは皆、戦艦棲姫に注視していた。志庵がいないことに不安を感じているのか、皆苛立っている。

「皆、落チ着イテ聞イテクレルカ」

「内容によるのう」

「良いからとっとと話せよ」

殺気立った天龍が話を催促する。戦艦は一つ深呼吸をして、口を開いた。

「提督ヲ攫ッタノハ深海棲艦ダ」

食堂内が騒然とする。

「どういうこと!?」

「今まで仲良くしてたじゃない!演技だったの!?」

皆が口々に、文句を言う。

「落ち着け、皆の者」

それを鎮めたのは、鎮守府最古参のキャリア、利根の貫禄。

「戦艦棲姫よ、どういうことじゃ?」

「今、深海棲艦の一つの派閥が、『ある』作戦を進めている」

「作戦?深海棲艦が?」

今だ、深海棲艦に良いイメージを持ちきれない時雨が戦艦に問いかける。

「アア、ソノ派閥ハ、長ク抵抗ヲ続ケル艦娘タチノ力ノ秘密ハ、ソノ指揮ヲトル提督ニアルト考エタノダ」

「!まさか…今、優秀な提督が次々に行方知れずになっておるというのは…」

「ソウダ。奴ラハ優秀ナ提督ヲ味方ニツケ、自分タチノ指揮ヲ取ラセルツモリダ」

長門が机を殴る。

「ふざけるな!私たちの提督に仲間を殺させようとしているというのか!」

隣にいた陸奥が、長門をたしなめようとする。

「落ち着いて長門。私たちの提督がそんな簡単に寝返るわけがないじゃない」

「わかっているそんなこと!気に食わんのは奴らのやり口だ!」

「そういえば戦艦さん、港湾さんは来ていないのかい?」

珍しく真剣な顔つきの隼鷹が尋ねる。

「アイツハ我々ノ洞窟ニ縛リ付ケテアル。放ッテオクト提督ヲ助ケヨウト飛ビ出シテイクカラ」

「助けに行かないのです?」

「一応我々ニモ、深海棲艦ノ中デノ立場トイウモノガアル。正面切ッテ戦ウワケニハイカナイガ、オ前タチガ助ケニ行クトイウノデアレバ、救援ニ駆ケ付ケテウッカリ味方ヲ誤射シテシマウカモシレナイナ」

「言われずとも、助けに行くつもりじゃ」

「しかし、あの提督を一体どうやって連れ去ったんだ?」

「ココ以外ニモ、深海棲艦ト付キ合イノアル鎮守府ハ意外ト多イ。ソウイウトコロニハ、素直ニ深海棲艦ヲ送リ付ケテ油断シテ寄ッテキタトコロヲスタンガンデビリリト。深海棲艦ト付キ合イガ無カッタラ、化粧シテ街ニ繰リ出シテ誘惑シテハイエース」

「どうやって洗脳するっぽい?」

「色仕掛ケ」

その一言で、食堂全体が殺気で包まれた。

「聞いたか野郎ども!事態は一刻を争う!俺たちは一刻も早く、なんとしても提督を貞操の危機から救い出さなきゃならねえ!」

地鳴りのように、呼応する艦娘たちの雄叫びが響き渡る。

「大淀ぉ!」

廊下の奥から、どこぞの吸血鬼と戦う神父様のように、速足で、前のめりで、怪しい影が差して顔が良く見えない大淀が現れる。食堂に入ってきた大淀の手には、すでに何かの書類が握られている。それを勢いよくテーブルに叩き付ける。

「提督不在時の緊急事態に与えられる代理指揮権をもって、連合艦隊を編成します」

再び、地鳴りのような雄叫び。戦艦棲姫は、元から白い肌をさらに青くする。本当に、こことお付き合いしていて敵に回すことにならなくてよかった。

編成は、利根、那智、榛名、陸奥、隼鷹、赤城、加古、扶桑、天龍、川内、曙、不知火。志庵鎮守府、もしかすると日本最高戦力である。

 

 

冷たく、じめじめした牢獄で志庵は目を覚ました。

「あ?」

どこ、ここ。いや、ここどこ?牢屋だね。捕まったっぽい?夕立じゃないけど。誰に?志庵は記憶の糸を辿る。装備拭いてた。海辺で。海から何か出てきた。ヲ級だった。いつものヲ級じゃなかった。牢の外を見る。他にも牢があって、志庵と同じ白い軍服を着た人間が囚われている。その牢の前をイ級が歩き回ってた。うん。俺、深海棲艦に捕まった。

「うぇえええええええええ!?」

 


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