思いついたから。
前回の夏から突然バレンタインで、島風は来たばかり。
突っ込んだら負けです。
ここはとある深海の、広い洞窟の中。彼女達は、絶え間なく得られる水流や海底火山の熱によって電気を得、割と快適に暮らしていた。
一匹の幼ヲ級と、ホッポを含む6人の深海棲艦の幼体が向かい合う。
「ソコマデダ黒イ鳥メ!進化ノ現実トイウモノヲ教エテヤル!」
「フハハハ!人間ノ進化ハ終ワッタノダ!私ガ隕石デ滅ボシテヤル!」
「オ前ガココデ砕ケ散レ!」
どこか聞き覚えのあるやり取りの後に、子供達が豆鉄砲で撃ち合いを始める。今、深海の子供達の間で大流行りしている、「レイヴン事件ごっこ」である。志庵鎮守府であの戦いの映像を確認していたときに、深海の子供達も一緒にいた。それ以来、子供達にとって利根達、「レイヴン事件」における志庵鎮守府第一艦隊は完全にヒーローと化していた。因に、N-WGIX/Vが自らを「人類を滅ぼす隕石」と称した辺り、子供達は「敵が隕石を落して人類を滅ぼそうとした」と解釈しているようだ。
そのすぐ横。椅子に座る港湾棲姫は、何かの写真を眺めている。一枚めくり、赤らめた頬に手を当てる。
「アア…凛々シイオ顔…」
もぞもぞと、椅子に座りながら体をくねらせる。
「何ヲ見テイルンダ?」
「キャッ!」
周りが見えていなかったらしい。横から顔を覗かせた戦艦棲姫が港湾の持っていた写真を手に取る。
「アソコノ提督ノ写真?」
「カ、返シテ」
青葉が資料映像から切り取り、ボケたところなどをリファインした、「志庵ブロマイド」である。
「中々、カッコヨク写ッテルジャナイカ」
「ウゥ…」
いつもイベントで見せる迫力は何処へやら。港湾は上目遣いで顔を赤くし、小さくなっていた。
「フム…」
戦艦はカレンダーに目をやる。2月に入って、1週間が過ぎた頃だ。日頃のお付き合いもあるし、例の事件に関し、個人的にお返しもしたかったところだ。
「何カ考エテイルノカ?」
「ナ、ナニヲ?」
「14日」
「海に出て戦える提督」というのは、先の将校との演習から、少しずつ大本営でも噂になってはいた。そこに、今回の写真である。元々、青葉同士で繋がる裏のルートで各鎮守府提督ブロマイドを販売していたのだが、「レイヴン事件」の写真が出回って以来、志庵の人気に火がついて爆発的に売れ始めた。「資料映像撮影妖精」の身体能力は装備者に追随して上下し、志庵の装備に同伴した妖精の撮った映像から抜き取られた写真は、VFX顔負けのカメラワークと迫力で志庵の姿を、そしてそれと対峙するスピリットオブアンサラーの姿を捉えていた。それ以外に取り扱われている写真は、青葉がコッソリ撮影した執務中の姿、料理中のエプロン姿、中庭で運動している時のTシャツ・ロングタイツ姿、中には食事中の口元のアップなどというマニアックなモノまで。買っているのは、主に女性や艦娘。ときには提督を志す若い男性も購入するとか。
口元をニヤつかせながら、青葉はノートパソコンのメールボックスをチェックしていく。まだ衣笠が居ないため、夜中部屋には彼女一人だ。
「ンッフッフ…流石は私達の司令官、凄まじい人気です」
メールボックスには様々な鎮守府の艦娘、女性提督、職員から注文のメールが届いている。現在、ブロマイドを始めとする「提督グッズ」売上ランキングは、元帥、長崎のイケメン提督と志庵で1〜3位が常に入れ替わる形だ。
「こうして青葉の懐が潤うのも一重に司令官の魅力のお陰…そろそろ何か還元して差し上げないとバチが当たるかも知れませんね〜」
そこで、一通のメールに目が留まる。
Sub: バレンタイン…
先日は志庵提督のブロマイド、送っていただきありがとうございます!とっってもかっこいいですね!試しに一枚…と思ったのに、すっかりファンになっちゃいました!それで、今度のバレンタインに是非チョコレートをお渡ししたいのですが…普通に送って大丈夫なのでしょうか?いい方法があったら教えてください!
もうそんな時期か…。青葉は画面端の日付を確認する。もう一週間もしないでバレンタインだ。敬愛する司令官の魅力を多くの人間に知って欲しいと、始まったこの「青葉ネット」。他ならない、ここにいる青葉も同じ思いでこのネットワークに参加したのだ。青葉は、腰掛けていたベッドに寝転がる。
「他人のことばっかりやっててもダメですよね…」
バレンタインという「イベント」にばかり気を取られ、その主旨を忘れていた。自分も、天龍や長門には負けていられない。青葉は、自分らしくチョコを渡す方法を考え始めた。
Sub: re.バレンタイン…
メールをいただき、ありがとうございます。ご存知だとは思いますが、この販売ルートは非公式なもの。秘密性を保持するため、個人的な贈り物などは推奨できません。
ご期待に添えられなくてごめんなさいね。
さて、と。私もバレンタインの準備をしなくては。
青葉はノートパソコンを閉じ、その日は取り敢えず寝ることにした。
翌朝—と言っても、青葉は日をまたぐまで起きていたのだが。青葉はメモを片手に、鎮守府内を歩き回っていた。バレンタインの準備も大事だが、先に告知していた青葉新聞のバレンタイン特集の為にも取材は欠かせない。まずは、古参メンバーの中でも提督LOVE勢筆頭、天龍の所。提督LOVE勢といえば金剛がパッと思いつくが、実は彼女は志庵鎮守府の金剛型の中では1番最後に建造されている為、古参から当たっていくと後回しになる。
扉の前まで来て、立ち止まる。天龍の部屋に暮らす、「もう一人」。手順を間違えて部屋に踏み入れば、高い一眼レフのカメラを壊されかねない。
コンコン、と、ノックをする。
「ハイハイ〜?」
「だ、誰だ!?」
「天龍さん、龍田さん、青葉ですー。取材にお邪魔してもよろしいでしょうかー?」
案の定、天龍は何やらお取込み中だったようだ。
「構わないわよ〜、どうぞ」
コソコソせず、しっかり許可さえとれば、龍田は割と協力的である。理由は、志庵に対する青葉が、天龍に対する龍田と言った所。
「た、龍田!?ちょ、ちょっと待…」
「恐縮です!失礼いたします!」
扉を開けると、テーブルの上にファッション雑誌を広げ、鏡を前に普段とは違う、小綺麗な服装で身を固めた天龍の姿。
「おお…これは中々…」
「な、なんだよ!ジロジロ見てんじゃねーよ!!」
「あら〜、せっかくそんなに似合ってるんだもの、可愛く撮って貰えば良いじゃな〜い?」
「そうですよ…天龍さん、素晴らしいです!これはきっと司令官も反応せずにはいられませんよ!」
「そ、そうか…?ま、まあ変な写真撮るわけじゃないなら、少しくらい…」
「では、失礼します!」
青葉は靴を脱いで部屋に上がり、カメラを構える。レンズ越しに恥じらう天龍の姿からは、とてもいつもの「フフ怖」は想像出来ない。
「当日は、やはりそのお姿でチョコを渡そうと?」
「いや、まぁ、他にも服の候補は色々…いや別に本命とかじゃないぞ!?提督にはまあ、いつも世話になってるから、お礼にな!お礼!まあ、その…手作りの方が礼の気持ちは伝わるかな、なんて」
頬を赤らめてうつむきながら、時に胸を張って、時に指先を弄りながら。話を聞いている側までドキドキしてくる。
「もう〜天龍ちゃんったら、青葉ちゃんはまだそこまで訊いてないわよ?」
「え!あ、ち、違うんだ今のは!ああのその、ゔわーもう最悪!」
「あはは…ご心配なく、可愛かったですよ?今の天龍さん」
「うるせー!」
そこで天龍は机に顔を伏せてしまった。
「ところで、龍田さんはチョコレートは」
「秘密♡」
仄かな怒気を孕ませ、静かに告げられて、青葉は固まる。
「ズリーぞ龍田!お前も正直に吐けよ!」
「そ、そうですよ!天龍さんは快く色々答えてくれましたよ!」
「テメエ!」
「ひっ!」
不平を訴える天龍に便乗し、青葉も声を上げる。
「うーん、天龍ちゃんに言われたら仕方がないわね…そうね、私もチョコは用意している…とだけ言っておこうかしら」
「あ、ありがとうございます!では!」
天龍に比べて公開した情報の少なさに対する言い争いが聞こえるが、青葉はその場を後にした。
向かったのは、鎮守府のツンデレラ、曙を始めとする漣型のところ。それぞれベッドに腰掛けている。漣だけはこちらを見ず、携帯を片手に我関せずの体制だ。
「チョコ?ご期待に背いて悪いけど、別に用意しないわよ?」
「あれ?そうなんですか?」
照れ隠しとかでなく、本当に渡す気がなさそうだ。
「意外だね曙。私は用意するよ?ね、潮」
「え?う、うん。提督にはお世話になってるし…」
「素直になりなよ〜、潮。提督のこと好きなんでしょ?」
「お、朧ちゃん…!」
「と、言っておられますが?」
「そっか、あんたら割と最近来たんだもんね。変態クソ提督、多分バレンタインには鎮守府に居ないわよ?」
「どういうこと?」
「アイツのことだから、『バレンタインにソワソワしてると思われたくない』とでも考えてるんでしょ。この時期になると、書類をいつもよりも多くこなして、14日を丸一日休暇にするのよ。その間、変態クソ提督はどっかに行っちゃうわ」
心底つまらなそうに、曙が語る。彼女も、チョコを本当なら渡したいのだろう。
「あれ?でも天龍さん、チョコ渡す気マンマンでしたよ?おめかしまでして」
「最近ヤケにクソ提督にくっついてるからね。クソ提督の外出にかこつけてデートでもする気なんじゃない?」
その瞬間、朧と潮の顔が強張る。
「で、デート!?」
「曙はそれでいいの?!」
曙が少し驚いた顔で、朧と潮を見る。
「何よ潮、珍しく大声出して。別に構わないわよ」
「でも…提督のこと、好きでしょ?」
バツが悪そうに、曙は潮から視線を逸らす。
「そんなこと…そもそも、いつも悪態ついてるから、嫌われてると思ってるだろうし…」
「みんなご主人のこと好きねー」
突然、漣が会話に入ってきた。
「そりゃそうだよ〜、私達のこと大切にしてくれるしさ。ちょっと抜けてる所もあるけど、キメる所はキメてくれるギャップがたまんないよね」
朧が身振り手振りを添えながら答える。それを横目で見ながら、潮が漣を見る。
「漣は、やっぱり元帥さんのことが?」
「うん、そう。ご主人様一択」
漣は志庵のことは「ご主人」と、玲のことは「ご主人様」と呼び分けている。
「ねえ、漣って変態クソ提督のこと…」
「ああうん。嫌いだよ」
冷たいトーンで漣は言い放った。
「だってあいつ、私なんかはともかく、武蔵’さんや大和’さんまで差し置いてご主人様を呼び捨てになんかして…正直、『あの』ときはご主人に殺意が湧いたよね」
潮が唾を飲む音が聞こえる。
「それじゃあ、漣さんがこちらに来た理由と言うのは?」
「ああ、それはもちろん妹達がいたからだよ。それに、ついでだからご主人がご主人様のお兄さん足り得るか見極めてやろうと思って」
「それなら心配いらないわ」
「曙?」
「確かにアイツはほっとけば変態クソ提督だけど、支える人間さえいればやることはやる奴よ」
「ふーん、随分信頼してるね、ご主人を」
「…なるほど、色々わかりました」
青葉は、もう何人か、古参メンバーを当たらなければいけないと感じた。
「あ、今の発言使ったら殺すから」
「あはは、了解です」
漣の発言など、見る者が見れば殺されかねない。
「バレンタイン?初雪とゲームして寝てるよ…」
次に向かったのは加古のところ。部屋には加古の昼寝仲間の初雪と、同じく重巡古株の那智がいた。
「どうせ提督もいないし…」
「ん…積んでるゲーム…進める」
「那智さんは?」
「ん?そうだな、友チョコの交換くらいはしようかと思っているぞ」
「へえ」
意外と女の子らしいところもあるものだ。
「今、『意外だ』と思ったろう?」
「あ、いえ別に」
「いや、良いんだ。周りからお堅いイメージを持たれているのは自覚しているからな」
しかし、やはり那智や加古も、話からするともっとバレンタインを楽しみたがっているように感じる。
廊下を歩く途中、雷とすれ違った。
「あ、雷さんこんにちは」
「こんにちは、青葉さん!」
見ると、手には志庵がいつも使う万年筆が握られている。海軍特製のインクが支給されていて、重要な書類などはこの万年筆を使わなければ通せなくなっている。
「雷さん、それは?」
「うん?あぁ、青葉さんは知っているかしら?司令官はバレンタインに…」
「ええ、曙さんから聞きました」
「そう、司令官ったらまたバリバリ働いちゃって…このままじゃまたバレンタインチョコを渡せなくなっちゃうから、司令官には悪いけどちょっぴりお仕事の邪魔をしちゃおうかと思って」
「お主じゃったか」
雷の背後に、今週の秘書官の利根が立っていた。
「げ、利根さん…」
「ほれ、万年筆を返さんか。提督が困っておるぞ」
「利根さんは良いんですか?バレンタインに司令官が不在でも」
「そうよ、利根さん司令官のことだーい好きじゃない」
「な、何を言うか!し、仕事が早くなるのなら、我輩は別になんとも…まぁ、日頃の感謝を伝える機会がなくなるのは、ちと寂しい気もしないではないが…」
「そうですよね…やっぱり、皆さんバレンタインは楽しみですよね」
よし、と、青葉は顔を上げる。
「皆さん、ここは一つ、青葉に任せてもらってよろしいでしょうか!」
「なに?」
「何か手があるのかしら、青葉さん」
「ふふふ、青葉にお任せを」
そして来るバレンタイン当日、艦娘の皆は食堂に集まっていた。テレビに、どこかの部屋が映し出される。そこは普段、志庵が趣味のドラムを叩いてる、鎮守府内に設けられた防音のスタジオだった。中には椅子が2つ置かれている。
『ささ、こちらの椅子にお座りください〜』
『へいへい』
画面の端から志庵と青葉が現れ、向かい合って椅子に座る。
『それではですね、青葉による「志庵提督極秘インタビュー、艦娘達への印象編」、始めたいと思います』
テレビ前の艦娘達から、一斉に唾を飲む音が聞こえた。