超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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夏です。


第12話 サマーヌードル

 艦娘たちは、動揺を隠せなかった。理由は、神通の証言。

 「川内ちゃんが夜更かししているのはいつものことなんですけど…近頃はこっそりどこかに行っているみたいで、私気になってあとを付けたんです。そしたら…」

 「部屋を抜け出すたびに…提督の下へ向かっているというのか…?」

 神通は震えながら頷く。

「戻ってくると、とても幸せそうな顔をしているの…」

 愕然とする者。その場にへたり込む者。泣きだす者。

 「やはり男など…こんなものじゃったか…」

 利根の瞳は、志庵がここに来る前のくすんだ色に戻りかけていた。

 「そんな…俺とデートだってしたのに…川内のやろー…いつの間に…」

 「認めない…私は認めないネ!」

 「金剛…」

 涙を浮かべながら、声を上げる金剛を艦娘たちが見る。

 「私はこの目で見たものしか信じないヨ!今晩、乗り込んでやるネ!」

 その言葉が響いたのか、長門も立ち上がる。

 「そうだ…私が愛する男を信じてやれなくてどうする!」

 

 離れた席で、龍田と曙がご飯をつつく。

 「みんな、色々と勝手に想像を広げすぎじゃないかしら~?」

 「神通さんは中の様子をちゃんと確認してないんだよね」

 

 そんな冷静な意見などどこ吹く風。その日の深夜、作戦は決行された。男子トイレの扉の隙間から、龍田がまだ明かりのつく執務室を覗き見る。神通の話通り、川内がコソコソと入っていった。

 「確認したわよ~」

 金剛、天龍、龍田、利根、長門、神通。神通を除けば「いつものメンツ」が、執務室の前に集まる。

 ボソッ「それじゃあ覗くわよ~?」

 「ヘイ川内!こんな夜遅くにテートクとコソコソ何してるネー!」

 「え」

 音を立てずに扉を開けようとした龍田を押しのけ、金剛が勢いよく扉を開けた。

 「う、うぇっ!見つかっちゃった!」

 そこにあったのは――丸めたエプロンを机の脇に置いて読書をする志庵に、エプロンの上で体を丸くして寝ているセレン。そして湯気の立つどんぶりを片手に、絹のような白い麺を割り箸に絡める川内の姿だった。

 「せ、川内…なにしてんだ?」

 「もー、私だけの秘密にしようと思ってたのに」

 「だから、こんなにしょっちゅう来てたらすぐ見つかるって言ったろ」

 「川内…その、食べているものはなんじゃ?」

 「提督丼」

 「変な名前付けんな、丼ものでもねぇし。ただの乳麺だよ」

 「提督の作った乳麺を食べるために…いつも部屋を抜け出していたの?」

 「い…バレてたの?さ、さっすがお姉ちゃーん…いや、これが美味しくってさ…つい…」

 「夜更かしして夜食に作ってたら、川内に見つかったんだよ。そしたらこいつ、度々来るようになっちまって…」

 なんだ、と、安堵の表情でため息をつく天龍と神通。良かったね、と、天龍の肩をたたく龍田。金剛と長門は、顔を赤くして震えてる。利根は涙を浮かべて震えている。

 「なに、どうしたお前ら…」

 「…ずるいネ川内ばっかりー!」

 「そうだ提督!私にも提督丼を作ってくれ!」

 「いらぬ心配をさせおって!吾輩を満足させるまでは帰らんぞ!」

 「ちょ、ちょっと待て!そんなに冷麦残ってねえよ!」

 その二日後から間宮食堂のメニューには、志庵がレシピを伝えた「提督丼」が加わり、人気メニューの仲間入りを果たした。

 

 

 『そっか、島風は落ち着いたんだ。さすが兄さんだね』

 「いや、褒められたもんじゃねぇな。結局、島風から『友達』で無理やりまとめられちゃったし」

 『それでも、他の提督たちができなかったことを兄さんはやったんだ、凄いことだよ。…強いだけじゃないんだね…』

 「馬鹿にしてんのか?」

 『違うよ。前回の作戦と言い、やっぱり兄さんは俺にはないものを色々と持ってるなって、実感しちゃって…』

 「なぁ…俺からすれば、玲だって俺にはないものを色々持ってるし、俺なんかまだまだだなって思うんだぜ?伊達に元帥になったわけじゃないだろ?」

 『俺が持ってるもの…』

 「それに、そこにいるのはお前だけじゃないだろ?周りを頼れ周りを、好きなだけ」

 『そうですよ、元帥』

『大和’…』

『お兄さんの言うとおり、私達は貴方に支えられていますが、貴方が迷うような時には、私達が道を示します』

 『…そうだね…ありがとう大和’、兄さん』

 「ん、じゃあ切るぞ。ぶっちゃけ、らしくないこと言ってハズイ」

『またね兄さん』

『ごきげんよう』

 志庵は受話器を置く。

 「海軍の最高権力相手に、ずいぶんと親しくなったものですね。ご主人」

 「困った弟だな。全く」

 玲の小さな悩み相談を終えて一息つく志庵に、秘書官の漣とセレンが話しかける。漣は、何故かひどくご機嫌ななめだ。

 「志庵、仕事も電話もおっそーい。まだ終わんないの?早くかまってよ」

 先程から仕事机の周りをちょろちょろしていた島風が、志庵の背中からニョキッと顔を出す。

「終わんねーし、早く終わらせる気もない。その分書類増やされるから」

その辺の管理は玲とは別の人の仕事なのかな。融通きかせてくれたって良いのに。

「えー、つまんなーい」

島風は露骨に上半身を振り、退屈をアピールする。

「島風、仕事の邪魔だから出てって」

「なによ漣、志庵が元帥と電話してる間仕事に集中できてなかったくせに」

「おい、なに言い争いしてんの」

しばし、睨み合う2人。島風が何か思い付いた様にニコッと笑う。

「じゃあ!私仕事手伝う!早く終わらせて遊んじゃおう!」

「ああ、そいつは助かる。じゃあ書類にハンコ押してくれる?」

「よしきた!疾きこと、島風が如し、だよ!」

「丁寧にな」

「はぁ。やれやれ…」

 

それは、北上の何気ない一言から始まった。

「提督ってロリコンなのかな」

対して大きな声で発したわけでもないその一言で、食堂が静まり返る。

「北上はどうしてそう思うニャ」

「だって、このところいつも島風と一緒にいるじゃん」

「もしもそうなら、そんな変態を北上さんに近づけたくはないわね」

実際は島風の方から寄って行っているのだが、まだ来たばかりの北上にはそう見えるのだろう。そして、食堂は一気に騒然とする。

「もう司令官ったら、そうならそうって言ってくれればもーっと甘えさせてあげるのに!」

「うふふ、もっと近くで見て欲しいなぁ、この輝く肌…」

「私にも、チャンスはあるということかな…」

「レディになったら相手にされなくなっちゃうのかな…?」

自分にもチャンスがと、沸き立つ駆逐艦。その一方で…

「まさか…わが伴侶にそんな趣味など…」

「気になる?利根姉さん」

何処か不機嫌そうに食事を続ける利根に、妹の筑摩が問いかける。

「別に…趣味など個人の勝手じゃろう。まぁ、指揮をとる人間として、特定の人物とばかり親しくするのは好ましいことではないが…」

「加賀さん、余り駆逐艦の子を睨まないで…」

「鎧袖一触よ、心配」

「大アリです」

この喧騒に、油を注ぐ者が一人。

「いやぁ、案外あの露出度の高い恰好にヤラレちゃったかもよぉ?」

再び、食堂が静かになる。

「もう、隼鷹ちゃんったら、そういうことはもっと小さな声で言わなくちゃ」

「あれ、聞こえちゃってた?みんな」

いや、わざわざ聞こえるように言っただろ。そんなツッコミが聞こえそうなほど、隼鷹が白々しく言う。そして追い討ちをかける、龍田の一言。

「ビーチ、行きたいなぁ…」

みんなが一斉に席を立つ。

「それじゃ…!」

第一声をあげたのは、無関心を装っていた利根。

「そうだ!女性の水着姿など、提督も何かを感じずにはいられまい…!」

「ああ、気分が高揚します…、少し食べるのを控えた方が良いのかしら…?」

「いえ、少しくらいふくよかさも無いと不健康に見えるわ…!大事なのはバランスよ、加賀さん!」「つまりは食事量は減らさなくても良いから、運動をして引き締まった体をキープして…」

その喧騒を、少し離れて眺める二人。

「…肌くらい、中破した時に見せているではないか」

「あんなに盛り上がることなのかしら?」

「大和も武蔵もわかってないクマね」

「球磨さんか」

「それだと森で貝殻のイヤリングを拾いそうだから、『球磨』でいいクマ」

「わかったわ。それで球磨、中破や大破と水着では何が違うというの?」

「中破は、戦った結果、ダメージとして服が破けて、肌が露出するクマ。水着は違う。肌を『見せるために見せてる』んだクマ」

「見せる…ため?」

「そう。その為に水着も、露出した肌をより魅力的に強調する為に様々なデザインが考案されているクマ」

「中々、奥が深いんだな」

「二人とも、似合うと思うクマよ?」

「えっ」

「わ、私が…水着に?」

「海に行くことになれば、きっとそうなるクマ」

 

「やっぱり、志庵提督はここでもすごい人気だね」

「最上さん、『ここでも』って言うのは?」

食堂のもう片隅で雑談を交わすのは、五月雨、涼風と最上型の面々。

「あら、ご存知ありませんの?志庵提督のブロマイドは大本営でも大層な人気なのですよ?」

最上への問いかけに、熊野が代わりに答える。

「ええ!?ブロマイド!?そんなものが!?」

「お、おい五月雨、急に大声出すなよぅ」

「ご、ごめん涼風」

「『青葉ネット』知らないの?」

頬杖をつく鈴谷が五月雨に問いかける。

「青葉さんはまだココに来て間もないので…」

「情報がまだ行き渡ってないのかしら。まぁ、非公式なものだものね。全国の青葉さんを通して、各鎮守府の提督さんの様々なグッズを販売しているのよ」

「へぇー、そんなものがあんのか…」

長門や金剛辺りは存在を知っていそうだ。鈴谷が妖しい笑みで、指を3本立てる。

「因みに、ここの提督は売り上げランクBEST3に入ってるよ」

「ふぇっ!?」

「ま、マジか!?」

「『レイヴン事件』の写真が出回りだしてから、人気に火がついたみたいだね」

「モガミン、DVDまで持ってるもんね」

「ち、ちょっと三隈!?」

「あ、それ持ってるところ私も見たことあるー」

「鈴谷っ…もう、みんなやめてよぉ!」

最上の顔は真っ赤だ。あまりに赤いので、五月雨も柄にもなく弄りたくなった。

「あの、最上さんがここに残った理由って、もしかして…」

「うわー!違う!違うよ五月雨!僕は単純に強くなりたくて…」

「あら、謙遜することも無いのではなくて?私も好きですよ、志庵提督は」

「え?」

「熊野?」

固まる周りを余所に、涼しい顔で熊野はコーヒーを啜る。

「隠そうとしたって、どうせすぐにバレます。だから、宣言しておきますわ。私は、志庵提督のことが好き。もちろん、愛の意味で」

未だ固まる周りに視線を向け、満面の笑みを浮かべて、熊野は言い放った。

「この場にどれ程いるかはわかりませんが。負けませんよ?」

 

 

「海に?」

「そー、海!みんなでいーきたーいなー!」

執務室に押しかけたのは、睦月型、陽炎型、吹雪型。

「ちょっと待ってよ!そんな話してたら志庵の仕事がまた遅くなるじゃん!」

「そうですよ、ただでさえご主人は仕事が遅いんですから」

「お前らな…」

「いいじゃんか少しくらい!島風だって海、行きたく無い?みんな、このところ水着の話で盛り上がってるんだよ?」

「水着」の一言に、一瞬、島風が揺れる。そして、しきりに志庵をチラチラ見始めた。

「いや、まぁ…楽しそうではあるけど…」

「不知火とか初雪も?」

ニヤリ。提督ならば、普段主張の少ない二人の存在に注目するはず。その計算で、陽炎型と吹雪型が選ばれたのだ。

「はい…その、陽炎や大潮に付き合って、水着を買ったものですから…」

「私も…水着…ん、着たい」

「ご迷惑でしたか?」

よくやった。提督なら、この一言には弱い筈。

「あのさ…こんな大人数で押しかけなくても、頼んでくれたら予定くらい作るよ」

「ほ、本当!?」

「海近いし」

「「それじゃあ!」」

 

翌週。艦娘達は、熱海のビーチでも無く、近所の海水浴場でもなく、鎮守府正面海域の砂浜にいた。

長門も、加賀も、天龍も、岩のような表情であった。

「なんだお前ら、その顔」

「いや、だって…」

その砂浜は、時々ごみ拾い等はしているものの、これといった施設が用意されているわけでも無い。地元住民等はもっと近くの砂浜に遊びに行くし、そもそも軍用施設の近くとあって中々寄り付かない、つまりは、小汚い、見飽きた砂浜

「…なのです」

「今までは、な。C’mon、妖精さん!」

「「よっしゃあー!」」

「はわわわわ!?」

志庵の声を合図に妖精達が艦娘達の足元をすり抜けて砂浜へ駆けていく。そして見る見るうちに、流れ着いた枝などが片付いて行き、パラソルが立てられ、遊泳範囲指定の浮きが浮かび、傍には海の家らしき建物が。

「どうだ、廃棄予定の資材をこの為に取っといたんだよ!」

「「おお〜!」」

なんということでしょう。匠の技術で、小汚かった砂浜が美しいビーチに変身しました。

 

それからは、実に楽しいひと時だった。皆水着になり、海辺を走り、泳ぎ、日に焼け、思い思いの時間を過ごした。

「よーしお前ら、ボールを使った訓練だ!」

「ドジっ子なんて言わせません!」

「涼風の本気見せたげる!」

ただ。ただ一つ。

 「すみません、焼きそばおかわり」

 「私もです」

 「了解した。志庵、焼きそば追加だ!2つだぞ!」

 「…提督よ、お主は何をやっておるのじゃ…?」

 約2名の艦娘を除き、気に入らないことが。

 「?焼きそば焼いてんだけど」

 志庵は水着にならず、鉄板を前に焼そばを焼いていた。セレンに至ってはウエイトレス役である。利根の後ろから、川内や雷が文句を言いに来る。

 「ちょっと、セレンさんまで何やっちゃってるのよ!私たち提督と遊ぶつもりで来たのに、これじゃ意味ないじゃない!」

 「また、司令官がそんなことしてちゃダメじゃない!もっと私たちにも構ってよ!」

 そこに、反論したのはセレン。

「私も、こいつとこうしているのを楽しんでいるのだがな」

最上もやってきた。そして、わらわらと人が増え始める。

「セレンさんは最近いつも提督と一緒にいるじゃないか!」

「そうだぜ!不公平だ!」

「ちょ、危ないって、鉄板から離れろよ火傷すんぞ!いいだろ、いつもこういうのは間宮さんか鳳翔さんがやってるんだからたまには」

「提督、おかわり貰っていきます」

「失礼しますね」

志庵の背後から赤城と加賀が箸を伸ばし、鉄板の焼きそばをさらっていく。

「あの2人にも息抜きしてもらわなきゃ」

その直後、志庵の腕が横から引っ張られる。

「うぉっ」

「しーあん、私とあーそぼっ?」

「島風、お前も引っ張るな…」

「島風、貴様はだめだ」

「はぁ?なんで!」

志庵を引っ張り続ける島風を、長門が止めた。

「貴様はこのところいつも提督といるだろうが…!なぁ、提督よ、私の水着姿はどうおもう?」

「偉そうな口を聞くと思ったら、目的はそれ?浅ましいわね、おばさん。水着似合ってないし」

「おばっ…」

空気が、凍る。

「小娘がぁー!」

長門がどこからともなく艦装を取り出す。

「わ、おっそーいけど…ヤバっ」

島風は志庵から手を離し、砂浜を逃げていく。怒鳴り散らしながら、長門がそれを追いかけていった。

「行っちゃった…水着は似合ってたけどな」

「なんじゃと!?」

何気なく放った一言に、皆が目の色を変える。焼きそばにガッツいてた一航戦まで志庵を見ていた。

「痛だだだだだ!」

突然、セレンが志庵の首元をつねる。

「なんすか!?」

「…指揮官が部下に色目など使わないことだ」

「はあ、スンマセン…」

別に妙な目では見てないんだけどな。ただ、男としていくところに視線がいくのは不可効力だと言っておく。

「ヘーイ!テイトクぅー!私たちのナイスバディもちゃんと見てほしいネー!」

金剛型の四人が前に出てくる。

「わ、私は別にみてもらわなくてもいいけどな…」

「榛名、ちょっと大丈夫じゃないです…」

「まぁ、普段から人並み以上に体を動かす私たちです。ある程度のものであれば着こなせて当然とも思いますが」

いつも通りの金剛に、照れくさそうな比叡に榛名、その通りだとは思いつつも凄い自信の霧島。

「まあ、霧島の言う通りではあるかもな。みんな体は引き締まってるし」

「ウ~ン、褒められてる気はするけど何だかイマイチネ…」

「霧島は今コンタクトにしてるの?雰囲気違って結構新鮮だな。悪くないんじゃん?」

「へ!?そ、そうですか?あ、そ、それはどうも…」

「Why!?」

何故だか皆あたふたしだす。

「提督はギャップがある方が好きなのかしら…」

「榛名、何ブツブツ言ってんの?」

「ウフフ〜、提督さん、天龍ちゃんの水着も見てあげて〜?」

「た、龍田!」

龍田に両肩を掴まれて、天龍が前に出てくる。

「あ、あんまりジロジロ見んなよ…。お、俺の水着…あの、どうだ…?」

志庵はちょいちょい気になっていた下腹に目をやる。

「うん、水着は似合ってるよ」

「本当か!?」

「けどちょっと肉ついた?それとも筋肉?」

天龍が青ざめる。周りの他の艦娘もハッと自分のお腹を見て、サッと隠す。再び天龍を見ると、涙を浮かべて顔を真っ赤にしている。

「バカーーーー!!」

そう言って砂浜へ走って行ってしまった。

「あらあら〜。提督さん、後でちゃんと謝ってあげてね?でないと…」

「龍田も案外かわいい水着着てるのな」

「ふぇ!?」

龍田が珍しく声を上げて狼狽える。

「し、あ、ん?」

なぜかセレンが声を荒げる。

「なんすかセレンさんさっきから…龍田も、天龍と一緒に褒めてもらいに来たんじゃないの?」

「え、あの、やだ、そ、そういう事は天龍ちゃんにもっと言ってあげて〜?そ、それじゃあまた後で…」

「あぁ、これ片付けたら謝りに行くよ。じゃ」

そのまま、あらあらと言いながら龍田も去っていく。

「提督よ…お主は…」

「なにさ」

「ほらほら〜、武蔵に大和も、水着くらいどうって事ないんじゃなかったの?」

「いや、なんだか…なんだろうなこれは…」

「いつも戦闘で見せてる肌なのに…なんだか妙な気分だわ…」

「「おぉ…」」

次は陸奥が武蔵と大和を連れてきた。もともと恵まれたスタイルの二人の水着姿に、周囲から感嘆の息が漏れる。

「提督さん、2人のことも褒めてあげて?」

「いや、3人とも言うまでもなく似合ってるけど…スタイル良いんだし」

「あら?あらあら?あら…」

「に、似合ってるか?そ、そうか、こういう格好もあるのだな…」

「やだ、また妙な気分に…今日は変な日だわ…」

玲のところの武蔵を知ってるだけに、なんだか珍しいものを見ている気分だ。

「司令官!天龍さんや大和さんばかりずるいわ!もっと私や駆逐艦のみんなのことも褒めてくれなくちゃ!」

「いや、お前らの『似合ってる』はなんかベクトルが違う。あぁ、似合ってるよ?うん」

「なんだか納得がいかないわ…」

奥で、時雨と夕立が恥ずかしそうに体を隠してるのに気づく。隣にいる村雨の水着とセンスが似通っている。アイツのチョイスか?

「時雨も夕立も、恥ずかしがんなくて良いぞ、似合ってるから」

えっ、とこちらを見る。

「そ、そうかな…」

「なんだか照れるっぽい…」

「提督さん私は!いっちばん似合ってるでしょ!」

誰かの陰になっていた白露が姿を見せるが、そこそこ発育の良い体にフリフリの付いたワンピースタイプはなんとも

「…ミスマッチ…」

「がーん!!」

口でショックを表し、その場に崩れた。だって、あれ小さい時から同じ水着なんじゃねえのって感じなんだもん。

「ほら、利根姉さん」

「え!?あ、て、提督よ!あまり、特定の艦娘ばかり褒めるのはど、どうかと思うぞ!だから…その」

「そうよ?私のことも褒めてよ、この輝く肌…綺麗でしょ?」

利根が何か言いだしたと思ったら、その言葉に便乗するように如月が現れて体をくっつけてくる。

「お、おい…」

「如月!お主はなにをしておる!」

「なに?利根さんったら慌てちゃって。みんなと同じよ?水着を褒めてもらいに来たの。どう?提督さん…」

如月は腕に抱きついたまま、駆逐艦にしては発育の良い胸を強調するように体をすぼめる。

「お前さ、そういう色気はもっと大人になるまで大事に取っとけよ。じゃねーと変な男ばっか近寄ってくるようになるぞ」

「だってぇ、提督さんこのところ、島風とばかりイチャイチャするんだもの」

そこで、皆が“しまった”と言う顔をする。そう、そもそも今回の目的は、(おそらく)島風の色気に惚殺されてしまった提督の気を、自分に向けさせるものだった筈。皆ビーチに浮かれ、忘れてしまっていた。

「司令官!みんな心配してるのです!提督はロリコンなんじゃないかって…」

「心外どころの騒ぎじゃねぇな」

「違うのか!?」

「あいつとはまぁ、こないだの競走の時に『友達』ってことにはしたけど、それからはあいつが勝手に遊びに来てるだけなんだよ」

「島風とお友達に?どういうこと?」

「だから、如月は離れろっての。もう片付け終わるから。あいつとの競走が1-1の引き分けだったから、命令は聞けないけど友達としての頼みなら聞いてやるって言われて、不服ながら承諾した次第でございます」

「そうじゃったのか…」

「それで司令官を呼び捨てになんてしてるわけね…」

一応は納得した。が、一同は志庵といる時の島風の顔を思い出す。あれは友達というよりも…言うなれば、志庵といる時の長門の表情に近いものがある。

「なるほどな。お主が特別な意識をしているわけではないというのは理解した」

「そ。なら良かった。よし、妖精さん、後はよろしく」

自らも砂浜に小さなパラソルを刺してバカンス中の妖精さんたちに呼びかけると、小さな掌をヒラヒラと返してくれた。鉄板の熱が冷めたら、妖精さんが倉庫に片付けてくれる筈。

「で?俺、水着なんて持ってないけど」

「どうせ白Tに短パンじゃない!ほら、来て!」

川内に腕を掴まれて、走り出す。

「おっと」

「ま、待て川内!提督よ、我輩も一緒に…」

掘立小屋の奥のテーブルで焼きそばを平らげた加賀と赤城も立ち上がる。

「腹ごなしにはちょうど良さそうですね。提督、ご一緒します」

「なにをやりましょう?ビーチバレー?スイカがあればスイカ割りでも…」

「あ、スイカ食べたい!司令官!私がスイカを持ってきてあげるわ!」

「あぁ、じゃあ頼む。場所わかんなかったら妖精さんに聞けよ。でかくて冷蔵庫には入ってなかったと思うから」

そうしてふと海に目をやると、何やら影が近づいてくる。

「ア、 ヤッパリ鎮守府ノ皆ダー!」

「コンナ所ニビーチナンテアッタカシラ?」

「スイカ!スイカオイテケ!」

深海の連中だ。しかもちゃっかり水着を着て、完全にバカンスモードである。

「なんじゃ、お主らなんでこんな所におる?」

競泳タイプのぴっちりした水着に身を包む港湾が答える。

「コノ夏ハ皆デバカンスに行コウトイウ話ニナッテ、コノ鎮守府ノ隣ノ砂浜ナラ安全ダト思ッタノダ」

「あら、深海の皆さん」

控えめな水着の鳳翔が前に出てきた。

「アァ、鳳翔。イツモ世話ニナッテイル」

「いえいえ、私も楽しいですから。水着、お似合いですよ」

「ソ、ソウカ?コウイウノハ初メテ着タカラ良クワカラナカッタノダガ…トコロデ、ソノ、提督ハ…」

「天龍さんに謝りに行ってます。なんだか失礼なことを言ったみたいで」

道路の方が、急に慌ただしくなる。

「きゃー!なんで、なんで港湾棲姫がここにいるのよ!」

「いや、待て。あれは恐らく…」

聴きなれた声だ。

「あちゃぁ、そう言えば元帥たちも呼んだんだった」

鳳翔の近くにいた比叡が玲たちの方を見て、こめかみをペチンと叩く。

「ああ、玲!こっちこっち!」

「あ、兄さん!」

むくれた様子の天龍と一緒に現れた志庵が、ビーチを訪れた玲たちを呼ぶ。

「兄さん!会いたかったー!」

玲は砂浜を走ると、志庵に飛びついた。

「おっと…。うまくやってるか?」

「もちろん!それよりも、なんだか気が引けちゃうな。この間は島風を任せたばかりなのに、こんなビーチまで招待してもらって」

「気にしない。こっちから誘ったんだから」

「ちょっと志庵!誰、そいつ!」

頭にタンコブを作った島風が歩いてきた。

「元帥…いつまで部下に抱きついているのだ?」

怒った様子の武蔵’が、志庵から玲を引き剥がす。

(便宜的に、元帥の艦娘は名前の後に『’』を付けます)

「よう、久しぶり武蔵’。玲と何かあった?カリカリして」

「さあ、なんだろうな?」

ジロリ、と、睨まれて志庵は少したじろぐ。

「元帥殿、ようこそお越しいただきました」

背後から大淀の声が聞こえたので振り向くと、大淀も、というか志庵の艦娘たちも志庵をジト目で見ていた。

「ああ、こちらこそ、この様な素晴らしいビーチに呼んでいただいて感謝する。ところで兄さん、あの深海棲艦は…」

「あぁ、あん時、海産物持ってきた奴ら。警戒しなくて良いよ」

「だ、そうだよ」

玲が自分の艦娘たちに振り向いてそう言うと、安堵の息が聞こえてくる。

「『レイヴン事件』ノ時以来ダナ、元帥殿」

「ああ、あの時はウニやら蟹やら、ご馳走になったよ」

「司令官!スイカ!スイカあったわ!」

鎮守府の砂浜側の扉をあけて、スイカを高々とかざしながら雷が走ってきた。

「おーい雷、スイカそんなに持ち上げて走ってると…」

案の定、雷は頭上のスイカにバランスをとられて派手に転び、スイカはその場で割れた。

「あ〜あ」

志庵と暁型が慌てて駆け寄る。

「ひっぐ…じれいがあぁああん、ずいが割れぢゃっだああぁぁ」

「おーおー、気にすんな、わざとじゃないだろ?お前も怪我してないんだし、スイカならまだあるから」

「もう、1人前のレディはそんな簡単に泣いちゃダメよ。大丈夫?雷」

「スイカ、新しいの持ってくるのです!」

「だめ!私が今度こそしっかりとスイカを持ってくるんだから!」

「それじゃあ、皆で一緒に行こう。待ってて、司令官」!

そう言って暁型の四人が再びスイカを取りに行った。

それからは、スイカ割り大会で玲が50mと言う脅威の記録を周囲のアドバイス全く無しでクリアして見せたり、港湾が片手でココナツを割って見せたり、志庵、玲、深海の混合チームによるビーチバレー大会を開催したり、大いに楽しんだ。そして、陽がすっかり落ちた頃。

「あれ?志庵は?」

島風の声に、みんなも周りを確認する。

「あやつ、また何かする気じゃな…」

「あ、あれ提督じゃない?」

陸奥が指差す方を見ると、見慣れた影が遠くの海上を滑っていた。

 

 

ビーチバレー大会が終わる頃、志庵はこの日のサプライズ目玉企画の準備をしていた。いつものドッグに入り、足元から頭まで装備を付けていく。そして、片手にはいつものライフル。もう片手には、妖精さんに作ってもらったGAのガトリング。妖精さん曰く、それを装備できる者さえいるのであれば、大体のものは再現可能らしい。だからこそ、先のVOBの再現も可能だったとか。

全ての装備を終えると、セレンさんがいつも通り肩に乗ってくる。

「今回の作戦では、通常以上の正確な射撃が要求される。ヘマをするなよ?」

ニヤリ、と笑いかけてくれる。

「了解」

とだけ言って、志庵は海に出た。砂浜から充分な距離を取ると、志庵は真上に向かって一発目を打ち上げた。

妖精さんと皆で知恵を寄せ合って完成させた、特製花火弾。夜空の空高く、満開の花を咲かせた。

「よっしゃ!」

高速で円状に移動しながら、ガトリングで花火を打ち上げる。QB(クイックブースト)で海上に浮かび上がりながら、斜め上に、下に、肩のミサイル花火を撃つ。この日のために、パソコンも使って綿密にシュミレートした。ACネクストの機動力が可能にする、三次元花火だ。

最大弾数を底上げする特殊マガジンを搭載し、10分間、花火を上げ続けた。そして、クライマックス。残った弾をありったけ撃ちまくり、その中央に、アサルトアーマーの輝きで華を添えた。

 

 

艦娘も、深海棲艦も、息を呑んで花火に魅入っていた。荒々しく、しかし繊細で、芸術的に夏の空が彩られていく。

「提督は…好きなのですね」

夕雲が、ポツリと呟く。

「え?」

隣にいた秋雲がスケッチの手を止め、振り向く。

「私たちがどんなに止めても、あの人は自分が何かをして人を笑顔にすることが好きだから、止めてはくれない…料理も、掃除も、身の回りのことも」

「でも、私たちだって、提督のために動いて、笑顔になってもらうのは好きなんだよ。だから、もっと色んなところを頼って欲しいのに」

「そういう気持ちを汲み取れないあたり、やっぱクソ提督よね」

「曙さん、そういう割にはニヤついてますよ?」

会話に入ってきた曙を漣が茶化す。

「花火は好きだもの」

「素直じゃないんだから」

「なんの事かしら?朧」

「別にー」

 

「…やっぱすごいな、兄さん」

「元帥、電話で言われたばかりだろう。元帥には元帥の…」

「わかってるよ武蔵’。俺には俺にしかできない事はきっとある。ただ今は、こうして兄さんにしかできない事を見て、素直に賞賛しているんだ」

「フッ、そうだな。確かに、人間業ではない」

10分間続いた花火は、大量の花火と、いつか自分を守ってくれた、美しい緑の輝きで締めくくられた。

 

装備を外して戻ってきた志庵を、皆が拍手だのハグだの、思い思いに迎える。時刻は、すでに9時過ぎ。以前、玲たちが訪れた時に使ったプレハブがまだ残っているので、彼らはそこに泊まっていくことにした。深海棲艦達は暗い海でも問題なく帰れるとのことで、お土産(スイカや焼きそば)を持ってそそくさと帰っていった。

皆が寝静まった夜。志庵は尋常じゃない寝苦しさを感じていた。というか、体が重かった。夏風邪でも引いたか?熱を測ってみるか。そう思って薄目を開けると

「あら、申し訳ありません提督。起きてしまいましたか?」

扶桑がいた。水着の。志庵は状況を飲み込めずに口をパクパクし続ける。

「私も、水着を褒めてもらいたかったのですけど、その、あの輪に入れなくって…」

扶桑は恥じらうように体を抱きしめるが、そもそも恥じらうタイミングがおかしいというか、なんというかいろいろおかしい。

「どうです?私の水着。もっと近くで見てください、明かりがついてないから良く見えないでしょう?」

そろり、そろりと、妖しく、ゆっくり近づいてくる。「ナニか」の危機を感じて、志庵は割と全力の悲鳴を上げた。数秒後、扶桑がいないことに気づいた山城に引きずられていき志庵は事なきを得た。

翌朝、玲たちも帰っていった。

 


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