超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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勝手でしょ


第8話 カラス、何故鳴くの、カラスの勝手でしょ

 某日、バシー海域上空において黒い鳥のようなものが目撃された。

同日、各所の公共放送能力を有する機関があるメッセージを受信した。

 

我ハ隕石ナリ――

 

「どういうこと!?ヲ級ちゃん、港湾さん達が危ないって言うの!?」

陽炎の持つスマホが鳴る。

「あ、ちょっとごめんねヲ級ちゃん、提督からだ」

『陽炎か?いまどこ』

「鎮守府近くの海岸だよ」

『悪い、戻ってきてくれるか。急ぎの話だ』

提督の声は相変わらずマイペースだが、どこか緊迫感を漂わせていた。

「わかった、すぐ戻るね」

電話を切ると、陽炎はこちらを見上げているヲ級に向き直った。

「ヲ級ちゃん、とりあえず提督の所に行って、皆に話を聞いてもらおう?」

「ウ、ウン…」

陽炎はヲ級をあやしながら、海岸を後にした。

 

<本音が許されるならば、貴様などに頼りたくはなかった。だが、事態は重く、そんな悠長なことは言っていられん。私の艦隊はほぼ壊滅し、辛うじて錬度の高い第1艦隊が大破状態で海域の外に逃れただけだ。貴様は気に入らないやり方だったかもしれんが、私が手塩にかけて育てた艦娘どもだ、大いに力になれるだろう。貴様と、貴様の艦隊の力で奴を倒してくれ。奴は、あの黒い鳥は、世界を滅ぼすかもしれん。>

 前置きに描かれていた文章から察するに、黒い鳥とやらの詳細を描く余裕がなく、この内容で電文を送るしかなかったのだろう。

 「黒い…鳥…」

 「何を意味しているのかしら…」

 会議室に集まった艦娘たちは少なすぎる情報に頭を悩ませていたが、俺はその単語に、どこか聞き覚えを感じていた。黒い鳥…?どこかで…

 「はい…はい…わかりました。提督、艦隊が扶桑さん達を発見したそうです」

 「良かった。扶桑たちは大変かもしれないけど、できるだけ帰投急がせて」

 「わかりました、伝えます。天龍さん、速やかにこちらの鎮守府まで誘導をお願いします。お気を付けて」

 「ごめん、陽炎、今帰投した!いったい何があったの!?」

 張りつめた空気を裂くように、陽炎が部屋に入ってきた。

 「ああ陽炎、わるいね非番なのに。実は…」

 状況を説明しようと思ったが、俺の目は陽炎の手をつかむヲ級に向く。

 「あれ、ヲ級?」

 「テ、提督!」

 ヲ級が俺に向かってくる。と思ったら、扉の陰から他の深海棲艦の幼体やホッポがぞろぞろと駆け寄ってきた。

 「お?うわうわうわうわ、どうしたみんな突然!」

 ワイワイガヤガヤ、何やら只ならない雰囲気で涙ながらに訴えてきているのはわかるが、声が重なりすぎて何一つ聞き取れない。

 「ちょっと、落ち着いてみんな!提督は聖徳太子じゃないんだからそんなにいっぺんに聞き取れないって!」

 「陽炎、その例えは子供にはわからないわ」

 加賀がチビどもをなだめてゆっくり話を聞いたところ、二日前、縄張りの哨戒中に突然謎の敵に襲われたらしい。その敵は圧倒的な力を深海棲艦に見せつけ、自らの支配下に入るように要求。深海側のトップは渋々これを承諾。そいつらから出された指示は、自分たちが露払いをしてやるから、直ちに地上に侵攻して人類を根絶やしにしろとのこと。攻撃的な性格の奴らはともかく、ウチに遊びに来る連中みたいな縄張りさえ侵さなければ何もしないような連中は強く反発、子供たちをウチの鎮守府に避難させ、玉砕覚悟で戦いを挑もうとしているらしいのだ。

 「いったい何の真似だというの…?」

 呆れたような、または信じられないといったような声を漏らすのは神通だった。

 「人類滅亡…?誰だか知らないけど、神にでもなった気でいるのかしら」

 「私タチソンナコトシナイモン!」

 「ソウダ!海デ暮ラシタイダケダモン!」

 「わかってる。私たちは貴方たちのことをよく知っている、そんな風には思わないさ」

 長門が姿勢を低くし、子供たちをなだめる。さすが可愛いもの好きだな。

「そいつがどんな奴だったか、見た子はいるのか?」

 「皆一度ハ見テルヨ!」

 「アノネ、凄ク速カッタ!」

 「蝿ミタイニ飛ンデタヨ!」

 子供たちが思い思いに感想を言い始め、困惑する長門。そこで立ち上がったのは…

 「皆、そいつのこと絵に描けるかな?」

 秋雲だった。いつにも増して…いや、ほぼ毎日同人誌のネタに悩んで深刻な顔をしてる秋雲は見かけるけど…何やら、決意めいた顔だった。

 「秋雲?」

 「提督、その謎の敵の人相書き、私に任せてもらっていい?」

 秋雲は同人誌なんかを描いているだけあって、絵の上手さは折り紙付きだ。

 「俺は例の将校の件で、明日は日帰りで元帥の所に行かなきゃなんないけど、帰って来るまでに仕上がる?」

 口頭で特徴を聞きながら絵に起こすというのは、時間がかかる。それも、相手は子供だ。情報の正確さには欠ける。

 「任せて」

 自信に満ちたひと言と共に、秋雲は微笑む。その自信に満ち溢れた笑顔に、シリアスな空気に関わらずドキッとしてしまう。

 「よ、よし、じゃあとりあえずその話は秋雲に任せた。もうこんな時間だ、皆ごはんにしよう。今日は賑やかになる」

 「そうですね…」

しかし子供たちを除き、一同は部屋から出ずに秋雲をじっと見る。

「ど、どうしたみんな?」

「いえ…」

いや、いえ…じゃないだろ加賀。長門、しゃがみながら睨んでるとヤンキーみたいだぞ。

「ど、どうしました皆さん、あはははは…」

何かを誤魔化すように乾いた笑いを上げる秋雲だが、皆の表情は変わらない。

「そ、それではお先に、失礼!深海の皆、お姉さんについてきてー!」

秋雲は逃げるように部屋から出ていった。

「はあ…。みんな、行きなさい」

加賀に催促されて、子供たちは秋雲の去っていった方にぞろぞろと歩いていった。一体、今のは何の間だったんだろう…?

 

翌日、俺は海軍本部の、元帥の部屋にいた。

「君をここに呼んだのは、他でもない」

「将校のコトっすね」

元帥は静かにうなずく。

「俺のところに、将校から電文が届いてました」

「将校はなんて?」

「『黒い鳥』が、人類を滅ぼすかもしれないと…」

元帥は何かを考えて黙り込む。数秒の沈黙の後、静かに話し始めた。

「実は数日前、各所の公共放送能力を有する機関に対して――」

 

そのことは、無用な混乱を避けるために各機関に世間に公表しないよう通達が出されたらしい。

「黒い鳥…隕石…」

「タイミング的に、無関係とは思えない」

俺はそれと一緒に、深海の子たちが言っていた敵のことを思い出した。

「人類を滅ぼす…隕石…」

「提督?」

人類は恐竜…隕石が…?俺は、意を決した。ここには今、俺と元帥しかいない。深海の子たちのことを言うべきだ。

「俺からも、お伝えしておかなければならないことが…」

その時だった。建物に、轟音が鳴り響いた。

「元帥殿、大変です!」

扉を開けて入ってきたのは、本部の大淀。

「防衛網の外からの砲撃です!」

「な…それでこの衝撃か!?」

「索敵の範囲外のため、迎撃もできません!」

「…っ、第3艦隊を出せ!機動力を生かして砲撃をかいくぐり、接敵させる!鎮守府の護りは第1から第4までをすべて出せ!採算度外視だ!見えた砲撃に向かって全力で…」

その時、窓の遥か向こうの海上で、何かが煌めいた。

「あぶなっ…元帥!」

「え?」

逃げる暇なんかない。俺は二人を抱きかかえると窓に背中を向け、PA(プライマルアーマー)を展開した。

直後、鳴り響く砲撃音。先程のよりも威力は低いが、断続的に鳴り響く。

「きゃああああああああ!」

背中に何発か当たる。PAがあるとはいえ、装甲もないし無茶苦茶痛い。俺は歯を食いしばって耐え忍ぶ。

「な、て、提督!?」

1分か、あるいはもっと短かったのに苦痛で長く感じられたのだろうか。永遠のように感じられた砲撃音が鳴りやむ。

「提督…君は…」

「…大丈夫すか、元帥」

「ああ…いや、私よりも」

元帥の声を遮るように、新たに鳴り響くのは、どこか聞き覚えのあるブースター音。俺は体のサイズで言えば小柄な女性くらいしかない元帥と、少し背の高めな女性の大淀の二人をしっかり抱きしめたまま、後ろを振り向いた。

『お前は…「それ」は…』

機械越しのような声で語りかけてくるそいつは…

「ホワイト…グリン…」

いや、「知っている」者ならそう呼びたくなるシルエットでありながら、黒く、禍々しい変貌を遂げているあの姿は…

N-WGIX/V

それも、俺みたいに擬人化されている訳ではない、ゲームの姿、大きさそのままの。

 

太陽の光を背に受け、細部を観察することが難しいその姿は、黒い鳥と呼ぶにふさわしい…いや、悪魔にも見えた。

俺の腕の中で、元帥も大淀をかばうように腕を回したが、初めての脅威を前に震えは止められないらしい、俺の体に伝わってきた。

 「て、提督、俺のことはいい。逃げてくれ」

 「何を言ってるのですか元帥…!お二人を守ることが、艦娘の役目です!」

 「二人とも、もっと俺にくっついてくれ」

 「な、何を…」

 二人の助言を無視して呟く俺に、元帥は反論しようとする。が、

 「早く…!あと大淀、無線は生きてるか?生きてる皆に、建物から全力で離れるように指示してくれ」

 声に反論できない怒気を含ませて、二人に告げる。

 「は、はい…皆さん聞こえますか?――――これは、元帥の指示です」

 「ありがと」

 大淀は、指示の内容に気を効かせてくれた。二人が、俺により密着してくる。俺はゆっくりチャージを始めた。

 『お前、その「力」は――』

 互いに様子を窺うように、膠着状態が続く。そして――

 「皆、十分に離れたようです」

 「よし」

 俺は二人を、ぎゅっと抱きしめる。

 「きゃ」

 「わっ」

 PAを、攻撃に転換した。

 アサルトアーマー。物理的な攻撃を軽減するPAを攻撃に転換し、広範囲に放出する、ACネクストの奥の手――。建物が、緑の輝きに包まれる。

 俺は知っている。N-WGIX/Vは、PAが不完全。ただでさえ大ダメージを食らうアサルトアーマー、至近距離で食らえば相当応えるはずだ。

しばらく続いた緑色の閃光が、収まり始める。元帥も大淀も、完全に腰が抜けているが無事らしい。俺は再び後ろを振り向く。アサルトアーマー使用後は、PAがしばらく使用できない。これで倒せていなければ…

 そこにあったのは、ダメージを受けてはいるものの空に留まり続けるN-WGIX/Vの姿。

 「クソっ…」

 俺は苦虫を噛んだ。

 『なるほどな…真に落すべきは本営ではなかったか…この状態では…使命を全うしきれん』

 N-WGIX/Vは背を向けると、砲撃のあった方角へ弱々しく飛んで行った。

 気づけば、砲撃も止んでいる。

 「ふう…」

 俺は二人を抱いていた腕を緩めた。女性座りであぜんとする大淀と、後ろ手をついてへたり込む元帥。

 「なんと言うザマだ…本営を守りきれず、部下に抱かれているだけで震えていたとは…」

 「元帥…」

 「教えてくれ、提督…奴は何だ?君は何者だ?この先どうやって戦えば良い?わからない、何が…元帥だ。どうすれば良いのか…何も…!」

 「元帥、落ち着いてください!貴方がしっかりしていなければ私たちは…!」

 「「元帥!!」」

 既に扉もどこかに消え去った、風穴の向こうから現れたのは元帥の率いる艦娘達だった。時折訊ねてくる他の鎮守府の子達と区別が付くよう、大本営所属を証明するバッヂをつけている。

 「元帥!大丈夫!?今の光は何!?」

 「元帥、怪我は…!」

 「俺は大丈夫だよ…それより、彼を心配してあげてくれ。彼に守られた…」

 元帥は力の無い目で俺を見ながら言う。

 「What!?あの攻撃の中を一体どうやって…」

 「…だが元帥がこういっている以上真実なのだろう。礼を言おう、提督殿」

 初めてうちにきたときの長門よりもよっぽど精悍とした顔つきの長門に礼を言われて、思わずドキッとする。女性にときめいたというより、光栄な感じがする。こいつも小動物を前にすると赤ちゃん言葉になったりすんのかな。

 「いえ、どういたしまして…」

 「これから、どうするのです…?」

 崩れた壁からのぞく他の部屋も、穴だらけだった。

 「ここは、使い物にならないな…他の鎮守府を間借りさせてもらって、しばらく仮の本営とするしか無いだろう…」

 「じゃあどこか近くの鎮守府を探すしか無いっすね。電話線生きてるかな…」

 「提督の…」

 「へ?」

 「提督のところに、しばらく居させてくれないか…?」

 「元帥!?」

 「な、他に、設備の整った鎮守府はあるはずでしょう!?」

 「君は…」

 考えを改めさせようとする周りの艦娘をよそに、元帥はすがるような目を向けてくる。

 「なにか、知っているのだろう…?お願いだ…」

 その目は元帥というよりも、年相応の少年が怯えたような色をしていた。

 「わかり…ました」

 しばらく、ウチの鎮守府に元帥含む、本営艦隊が在中することになった。

 

 

 俺が帰ってきたのは、晩飯の時間を過ぎた頃だった。

 「あ…司令官!」

 「提督ー!無事で良かったー!」

 本営襲撃のことはすぐに方々の鎮守府に知れ渡ったらしい。玄関先でもみくちゃにされた。

 「心配掛けさせやがって…!」

 「そうよこのクズ!アンタに言ってやりたいことなんてまだ言い切ってないんだからね!」

 おい、心配してたって悪態付くためかよ。泣くぞ。

 「ああ、でしばらく元帥達がウチに居座るから。大淀、案内と『あの子たち』のフォローよろしく」

 「「ええ!?」」

 「急に押し掛けてすまない、俺が元帥です」

 慌てる艦娘達をよそに、俺は秋雲の姿を探す。

 「提督!こっちこっち」

 人ごみの中で、ぴょんぴょん跳ねて手を振る秋雲を見つけた。

 「ああ、ただいま秋雲。人相書き出来た?」

 「描き上がった。こっち来て」

 秋雲に先導され、廊下を歩く。正直、もう深海の連中を襲った奴の見当もほとんどついてるけど、確信を得るためだ。

 秋雲が部屋に入って行き、一枚の紙を持ってきた。そこに描かれた敵の姿を見て、俺は息をのむ。何度も書き直した跡が残っているが、驚く程的確に「アイツ」の特徴を捉えていた。

 「特徴を聞いただけでこんなに…?」

 「ううん、具体的な外観をつかみたかったから、あの子達に敵の姿を絵に描いてもらったの。それを一枚一枚観察して、共通する特徴とかを抜き出して…」

 俺は思わず秋雲の顔を覗き込む。目元に見えた隈が、秋雲の努力を示していた。

 「て、提督…?」

 俺は思わず両手で秋雲の肩をつかみ、正面から顔を見据えた。

 「ありがと。よく頑張ってくれた」

 秋雲はなぜか顔を真っ赤にして目をそらす。

 「い、いやそんな…だって…」

 そこで俺も正気に戻って、手を離した。

 「あ、ご、ごめん」

 「あ…」

 秋雲は何か残念そうな顔をするが、言葉を続けた。

 「あの子達…かわいそうだし…」

 「あいつらは今何してる?」

 「あ、お風呂入ってるはずだけど」

 俺は財布を取り出して、秋雲に1万円手渡した。

 「これであいつらに間宮でも奢ってやって。ああ、お前の分も当然な。ありがとう」

 「え?あ、ど、ども」

 俺はもう一度秋雲の肩をポンと叩いて、工廠に向かった。

 

 「…えへへ」

 

 

 工廠で、俺は「ある」妖精さんを探していた。金属の無骨な棚に並べられ、艦娘達の出撃を待つ艦装。その奥に、異彩を放つ装備が一式。彼女は、その横に一人でちょこんと座っていた。

 「こんな時間に珍しいな。どうした、志庵」

 “志庵”——この世界に来る前に使っていたACfAのパイロット名で俺を呼ぶのは、今は俺の装備の憑き妖精となった、セレン・ヘイズ。元オペレーター——。

 「秋雲が深海の子供達の情報を元にスケッチした敵の外観です。セレンさんにも見ておいてほしくて…」

 この人にはなぜか俺も、元帥にすらちゃんと使わなかった敬語を使いたくなる、

 

 「これは…ホワイトグリントか…?」

 「ベースは間違いなくそうでしょう。ただ、違う技術によって大幅な改造がなされているみたいです」

 セレンさんがふと、俺の首に張られた絆創膏に目をやる。

 「そう言えば聞いたぞ、大本営で敵の襲撃を受けたそうじゃないか」

 「ええ、コイツに襲われました」

 「何だと…!」

 セレンさんが俺の服をチマッと握る。

 「よく…戻ってきたな」

 「ええ、とりあえずは俺のアサルトアーマーで撃退できました。それよりも、気になったことが」

 「なんだ」

 「そいつが来る前に、本営は砲撃を食らったんです」

 「そいつが率いる深海棲艦か?」

 「いえ、本営の指揮する防衛網の遥か外、水平線の彼方から届く超長距離砲撃です」

 「ほぉう…?」

 セレンさんの口元が、ニヤリとつり上がる。

 「元帥やその艦娘達は、新手の姫級だと考えてるようですけど」

 「そうか。私には奴の姿しか思いつかんがな…」

 「いやぁ、名前から考えて、あながち『姫』って表現も間違いではないかもしれませんよ」

 「笑えない冗談だ…」

 

 翌々日、工廠には「あるもの」を見あげる俺とセレンさん、そして今回の作戦に参加する、利根、加古、那智、川内、陸奥、扶桑の姿があった。

 「凄い…」

 「これが…」

 メンツの構成で重視したのは火力よりも、俺との訓練経験。ではなぜウチに来たばかりの扶桑が入るのか?それは前日の作戦会議でのこと。

 

 「——以上が作戦ね」

 作戦を聞いていたのは、前述の5人と、扶桑じゃなくて榛名。

 「我々が勝てるのかのぅ…その黒い鳥に…」

 不安げな声を上げる利根。そこに鳴り響く、ノックの音。

 「失礼します」

 入ってきたのは、将校からもらった扶桑だった。

 「どうした?」

 「私を、作戦に加えていただけないでしょうか」

 俺は目を丸くした。俺が扶桑に抱く、もの言わぬ兵隊のようなイメージからは想像できない一言だったから。それを察したのか、少しうつむく扶桑。

 「差し出がましいことだというのはわかっています。でも…頭から離れないんです」

 「扶桑さん…?」

 「前の鎮守府のことが…」

 これは…

 「わからないんです…何かが、胸の辺りを締め付けるようで…あの敵を…この手で倒してやりたいという何かが…」

 「扶桑よ、気持ちはわかるのじゃが、今回の敵は…」

 「いい、艦隊に扶桑を加えよう。榛名、悪いけど替わってやってくれるか?」

 「榛名は大丈夫ですが…で、でも…いいのでしょうか」

 「頼む。ある意味、作戦の成功よりも大事なことかもしれない」

 「わかりました…」

 「ありがとうございます」

 

 その6人が見上げているのは、妖精さんに頼み込み、装備開発としては規格外の20時間以上を掛けて完成させた推進装置。

 「ヴァンガード・オーバード・ブースト…VOB」

 「大したものだ、ここの妖精とやらは」

 俺の肩で感心した声を出すセレンさん。確かに、20時間もかかるとはいえ口頭で伝えただけの情報から、VOBをここまで再現してみせるとは思わなかった。

 「作戦が終わったら妖精さん達も労ってやらなきゃな」

 俺は工廠の隅で、死んだように倒れ込む妖精さん達を視界に捕らえた。

 

 「なぜだ元帥!なぜ我々は作戦に加われん!」

 執務室の応接用のいすに座る元帥に食って掛かるのは、彼の艦隊の最高戦力の一人、武蔵。

 「他の鎮守府からも抗議の電話が続いている。そろそろ勝手な判断で艦隊を出す場所も出てくるだろう…」

 「提督の話では、敵は数を集めてどうこうなる相手では無いらしい」

 「元帥…」

 「…」

 「なあ、教えてくれ。あの砲撃で、何があった?あの緑色の光と何か関係があるのか?」

 「武蔵…海軍最大の戦力は、俺たちじゃなかったんだよ…」

 「ここの艦隊だと言うのか?」

 「いや、違う」

 「なんだというのだ?」

 

 12時00分、作戦開始。

 


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