超平和主義鎮守府   作:たかすあばた

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五月雨がヒロインの予定でした。


第1話 五月雨、ドロップ

 私は、彷徨っていた。深海棲艦に襲われ、仲間を失い、自分もボロボロの状態で。燃料も尽きかけている。思考もおぼろげになり、遂には膝をつく。

ふと、懐かしい声が聞こえた気がする。

―五月雨―?

うつむいた顔から瞳だけを前に向けると、ここにはもう居る筈のない榛名先輩が自分に手を差し伸べていた。

「榛…名先輩」

私にもお迎えが来たみたいだ。そう意識のどこかで判断して、最期の儚い安堵と共に瞳を閉じた。

 

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「五月雨!」ふらつく足取りで彷徨う艦娘の正体は、あたいの姉だった。

「落ち着け涼風!息はしておるのか!?」あたいに呼びかけてきたのは利根。あたいらは今、利根を旗艦として川内、那珂、由良、涼風、潮のメンバーで出撃( )している最中だった。

 「息はしてるけど全速力で戻らないとヤバいかも!」

 「しょうがないね、…今日は夜戦してくれるっていうから楽しみにしてたけど…キャンセル入れとくよ」

 「…悪いね川内」

 「謝んないでよ、夜戦は夜になればできるけど、その子は今助けないと不味いもんね」

 「ふむ、それでは皆の者、急いで帰還じゃ!」

 

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 私が目を覚ましたのは、見覚えがあるようでどこか違う、医務室だった。ああ、私だけドロップされたんだ。何だか…こう、胸にすっぽり穴でも空いてる気分。生き残ってたのに、何の感慨も浮かんでこない。あの時、あのまま榛名先輩に手を引かれて逝けたらよかったのに。

 「五月雨、目が覚めたんだね!」不意に聞こえた声の方を見ると、半分だけ開いたドアから洗面器とおしぼりを持って入ってきた私によく似た子…姉妹艦の涼風を見つけたと同時に、感極まったような顔で駆け寄ってきた。「良かったよ五月雨ぇ!バケツぶっかけたのに中々目を覚まさないんだもん、心配したよぉ!!」少し…というか結構痛い位に涼風が抱きしめてくる。

 「い…痛たたた涼風、ちょっ苦し…」私の声が聞こえたのか、抱きしめる力が弱まる。

 「わ、悪い悪い病み上がりだったね」あらためて私たちは顔を合わせる。涼風の目には涙が溜まってた。さっきの喪失感が、ほんのちょっぴりだけ収まった気がする。気持ちも落ち着いた私は、今どこにいるのかが気になった。

「そういえば、ここは何処なの?」

「ここ?小笠原の無人島に建てられた、ちっちゃい鎮守府だよ。五月雨は何処にいたの?」

「私は…」前の鎮守府のことは、思い出したくなかった。所謂、「黒い」場所だったから。先輩や仲間たちとで励ましあい、慰めあってどうにか生きていけるような場所だったから。

「あっごめん、そういうの何度も話すのめんどっちいよね。いま提督とか呼んでくるからさ、ちょっと待ってて」

「て、提督!?」おもわず声を上げてしまった。

「?うん、ここの提督。心配しないでいいよ、ちょっと適当臭いけど、いい人だから」本当にいい笑顔でそう言った涼風を見て、私はそれ以上何も言えなかった。

また、一人になった。涼風が提督を連れてくるまでの間、私のイメージはどんどん悪い方へ流れて行った。今後私は、この鎮守府でお世話になるのだろう。出撃をして、怪我をして帰ってくる。提督は何も言わず、バケツと補給だけを与えて私をまた海へと駆り出す。怪我は治っても疲労の抜けない体で、また、戦う。攻撃を受けてボロボロになった私たちがもう使えないと考えると、提督は冷たい声で進撃を指示する。回収するのも面倒だから、そこで沈めと。

「五月雨?顔色悪いよ?」涼風の声がして振り向いた。「大丈夫?」涼風と、利根さんに潮、那珂さんは前の鎮守府にもいた…。それともう一人女の人と、少し背の高い男の人…。

「本調子じゃないんなら無理しなさんな。横になってていいよ」少し表情を変えて話しかけてきたのは男の人。制服を着ている…

「そうだよ、五月雨」

「ん、ごめん涼風、大丈夫。…ここの…提督さん…ですか?」

「ああ、この人は提督。それと、五月雨を見つけたときのメンバー。」

「うむ、我が輩が旗艦の利根である!意識が戻って何よりじゃ!」

「川内ちゃんだよ!夜戦なら任せておいて!」

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!」

「由良です、よろしくね。」

「潮です…よ、あ、よろしくです…」

「提督です」提督さんが紹介とともに右手を差し伸べてきて、思わず体を引いてしまった。提督さんの顔が明らかに曇る。

「提督よ、御主早くも嫌われてしまったようじゃの」

「るせぇ、言うんじゃねえよ」嫌われたと思ってしまったみたい。“提督に嫌われるとどうなるのか”が恐くて、私は必死で否定しようとした。

 

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「す、すいません、そんなつもりじゃ…」五月雨はなぜか顔を真っ青にして謝ってくる。自分でも女性に好かれる性格でないのは自覚してるけど、さすがにショックだよ。どんだけ嫌がられてんの。それとも他のみんなは慣れただけで、内心こんな風に俺と付き合ってんのかな。とにかく、五月雨は勇気を出して、震える右手を差し出してきて俺の握手に答えようとしてくれてる。これには答えておかなきゃ失礼だろ。

「いや、俺こそ初対面なのに馴れ馴れしくしてごめん。他のみんなは良い奴らだからさ、アレだ、心配しないで。」

「提督、女の子との接し方がなってないのよ!一度由良とでもデートしてみたら?」川内が謎の提案。

「はぁ!?な、なんで由良とデートしなきゃなんないの?いやだよ」

「ちょっと提督、それはどういうことですか!?」

「あ、いや、由良だから嫌だとかそういうことじゃなくて、そのアレ、あの」

「傷つきました。失礼します。」

「ご、ごめん由良!謝るから!」

「ぷはははははは!」

「おい、涼風!笑うな!」

「いや、だって五月雨、目ぇまんまる!はははははは」涼風の隣を見ると、五月雨が何か信じられないモノを見たようにこちらを見てた。

「なした?」

「いえ、あの…失礼ですけど…もう一度お伺いしても良いですか?」

「?」

「ここの…提督さん…ですよね?」一瞬、沈黙が流れる。

「ふっ…」

「あはははははははは!」

「おいお前ら、笑うな!潮も!つか潮、今笑ったの!?普段笑わないくせになんでこのタイミング!?」

「ひゃーーー、五月雨ちゃんナイス!ナイスツッコミ!ほんとに提督だと思えないんだ、この人!はーーーー!」川内が一番笑ってる。呼吸困難になりそうなレベルで笑ってやがる。今度の夜戦メンツから外してやる。

「そういえばまだ聞いてなかったね、五月雨ちゃんはどこの鎮守府にいたの?」自称アイドルの那珂は一人早く笑いから立ち直ってた。

「あ、その、〇〇の…」五月雨の一言に笑い声がぴたりと止む。そこは、海軍に勤める者なら知らない者はいない、しかしシッポも掴めない、所謂「ブラ鎮」。そっかそっか、俺に怯えてたんじゃなくて、「提督」に怯えてたのね。安堵できない安心と言う妙な気分になった。

「あー、そのー、えっと」どうしよ、声の掛け方わかんない。ごめんね?辛かったね?実際体験していないような人間に言われても困るかな。いや、辛かったねくらいならテンプレだろ。よし、言うぞ…

「気にしないでください。仲の良かったみんなももういないし、わたしも轟沈したものと思われてるでしょうから…皆さんさえよろしければ、ここに居させてください」言えなかった。想像以上にディープ。

「提督ー、いつもの奴らが来てるぜー」廊下の方から天龍の声がする。いつもの人たち。五月雨に何か言ってあげたかったけど、あいつらを待たせる訳にもいかない。何より、艦娘のことならきっと艦娘の方がわかり合えるだろう。

「ウチは来る者拒まずだから。今日はとりあえず涼風が付いててくれるから、具合が良さそうだったら涼風に建物ん中案内してもらっといて。涼風、よろしく。」

「あいよ!」

「俺はお客さんと話してくるね。ほんじゃひとまず解散。」

 

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 なんだかんだ体調は良くって、わたしは涼風といろいろお喋りしてた。でも、「提督」の単語が出るたび、さっきの会話が頭をよぎった。「いつものお客さん」。その単語は、前の鎮守府でも時々聞いてたから。執務室で前の提督と怪しい商談をしていた、「提督よりも偉い人たち」。

「五月雨?」しばらく考え込んでしまっていたみたいで、涼風に声をかけられる。聞いても…大丈夫かな…

「お客さんって…」涼風は少しキョトンとして、すぐにハッとした表情になる。

「あーー、はいはい。…ちょっと執務室のぞいてみる?びっくりするよ?」涼風はいたずらっぽい表情を浮かべた。

 

 涼風に連れてこられたのは、木の板に墨で「執務室」と書かれた扉の前。

「はい」渡されたのは、紙コップ。古風だなと思いながら、扉にコップをあてがって耳を澄ます。

(おー!ホッポ、良く来たなぁ!)

(天龍、遊ンデ!遊ンデ!)

まず聞こえてきたのは週替わりローテーションで現在の秘書官だと言う天龍の声と、「ホッポ」というらしい、妙な訛りで喋る子供の声。

(悪いね、こないだの視察のとき付き合わせちゃって)提督の声。

(気ニスルナ、イツモホッポヤ皆ガ世話ニナッテイルカラナ)ホッポと同じ訛りの女性の声。(タダマア、ソノカワリトイウノモ難ダガ、コチラカラモ頼ミガアル)

(頼み?)

(アア、実ハ私ノ所ニモ近々本部ノ者ガ来テナ、コノ辺リノ海域デノ我々ノ活動状況ヲ視察シテ行クノダソウダ)

(あ〜、深海でもそういうのあんのね、ご苦労様)え?深海って?涼風はニヤニヤしてる。

(ゼロ!ゼロ置イテケ!)

(あぁ、紙飛行機折るんだな?提督、折り紙って…)

(ああ、一番下の引き出しに入ってるよ。で、ウチの艦娘達で偽装戦やりたいのね?)偽装戦?初めて聞く言葉だけど、意味するところは何となくわかるし、そのうえ何だかとてつもなく嫌な予感がする。

(ソウダ。ソレニ際シテ、イロイロ段取ヲ決メネバナランカラナ)

(OK。海図が…いま納戸にあるな、先に作戦会議室行っといてくれるか?海図とってくるから。)

(ワカッタ)扉に足音が近づいてくる。ヤバイヤバイヤバい逃げなきゃ。

「ちょっと五月雨、そんなに慌てなくても大丈夫だって。」涼風、なんでそんなにヘラヘラしてられんの。だって、今の話し合いってもしかして…

程なくして、執務室の扉が開かれた。そこから現れたのは提督ではなく、本来ここに居てはいけない存在…港湾棲姫…

「アー、相変ワラズ長旅ダッター」

「リ級、虫刺サレ」

「コウイウトキダケハイ級トカ羨マシイワァ、肌少ナクテ」

「怒ルヨ、ヲ級」

声がした方を振り向くと、鎮守府内を堂々と歩く深海棲艦…

「きゃああああああああ!!!」

「どうした!…って、五月雨!涼風が連れてきたのか!?」

「五月雨、ちょっと落ち着いて!艦装仕舞って!」

「バカ風!いきなりこんな光景見せたらそうなるに決まってるだろ!!」

「て、提督、ごめんなさい!」

「アラ、新入リノ艦娘サン?ゴメンナサイネ驚カセチャッテ」港湾棲姫がエライ親しげな笑顔で語りかけてくる。が、それも逆に恐い。

「私タチ時々ココニ遊ビニキテルノヨ」

「利根サンヤ大潮チャンナンカトモ仲良クサセテモラッテルワ」

「あら、騒がしいと思ったら皆さんでしたか」

「あ、ヲッきゅんじゃん、おひさー!」廊下の向こうから現れ、当然のように深海棲艦達に話しかけるのは不知火に陽炎。その他にも騒ぎを聞きつけたらしい艦娘たちがわらわらと集まってくる。執務室から出てきた天龍の傍らには、天龍の服をつまんでもう片手には折り紙を持つ北方棲姫。さっきからパニックで色々と思考が追いつかないけど、一つだけわかったことがある。

これから行われるのは、鎮守府と深海棲艦達による、八百長会議…


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