明日に波動拳   作:路傍の案山子

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短く書くつもりがいつの間にか凄い文字数になっていた。そのせいで投稿するのが少し遅れました。申し訳ありません。これも全部白澤って奴のせいなんだ。


9、トラブルなブルヘッド

どうも、最近サイキョー流に弟子入りさせられた日向涼です。英名はアルトリウス・エリオット・ヒューガ―です。名前が2つもあると、自己紹介の時かなり面倒臭いなって最近思っています。

 

 ダンがサクラの咲桜拳でダウンしてしまったので、その日は一旦帰って次の日に出直す事になった。ちなみに今日は土曜日なので学校は休みです。そう、休みなんだ。しかも土曜日は、父さん達が居ないことが多いので内緒にしている波動の修行にあてることが出来る貴重な日なんだ。

 

 そんな貴重な休日を、朝早くから『サイキョー流の道場』で過ごすことは果たして有意義なのだろうか。朝起きていつも通り朝練を済ませて汗を流したところでサクラに捕まって連行されたのだ。いつもは朝起きれないくせに、なんでこういう時だけ起きてこれるんだ。

 

 「なあ、サクラ。ヒビキさんは朝早くから来いなんて言ってなかっただろ?別に昼過ぎか昨日と同じ位で良かったんじゃないの?」

 

 「だって早く技を教えてほしいんだもん。昨日はじこしょうかいしかできなかったから、なんだかモヤモヤするの」

 

 確かに、咲桜拳一発で沈んだから何も習えなかったな。俺なんてホントに自己紹介しかしてないし。あ、月謝がいくらなのか聞いてなかったな。今日聞くのを忘れないようにしないと。

 

 「ヒビキさんーーー!!おはよーございまーすーー!!」

 

 叫ぶと同時にサクラは道場に突撃していった。因みに現在は朝の8時である。道場の周りには住宅がないからいいようなものの、普通だったら絶対近所迷惑だろうな。

 

 「な、なんだぁ~!?って、サクラ達じゃねえか。いくらなんでも早すぎねえか?まだ朝の8時だぞ!?」

 

 道場の奥からダンが歩いてくる。今起きたばかりなのか、趣味の悪い柄の寝間着のままだ。......ピンク色の道着なんて着ているからもしやと思っていたが、ファッションの趣味は悪いようだ。紫の生地に黄色い星の模様ってどんなセンスだよ。

 「すみません、ヒビキさん。サクラが技を早く習いたいってきかなくって」

 

 「いや、別にいいんだけどよぉ。今日は先にお前さんの実力テストがあるからどうせ待たせちまうしな。多少早くても問題ないと思うぜ」

 

 怒られるかと思ったら意外と大人な対応で返された。失礼かもしれないけどちょっと意外に感じてしまった。ダン=ふざけた奴っていう原作知識の先入観があったせいかもしれないな。気をつけよう。

 

 「ちょっと待っててくれや。ちょっくら着替えてくるからよ」

 

 そう言うとまた奥へと戻っていった。ちなみに道場の奥が生活スペースらしく、一応水や電気も通っているようだ。......電気は止められているらしいが。

 

 「そういえば今日はアルが先だったね!......ねえねえ、ヒビキさんって強いのかな?昨日はあんまり闘えなかったからよくわかんなかったんだよね」

 

 「少なくとも油断してなければ俺達よりは遥かに強いよ。昨日のはちょっと当たりどころが悪かったしね」

 

 「そうなんだ!それじゃあアルとの組手でわかるよね?楽しみだな~!」

 

 ダンがいかにゲームの中では弱いキャラだったとはいえ、流石に小学生に負けるほど弱くはない。というか、あのゲームに出てる奴らが強すぎるだけで、一般的な視点から見ればダンだって十分に強い。周り(サクラとか)がチート過ぎるんや。

 

 「よーぉし、待たせたな!こっちは準備オッケーだぜ。アル、用意しな!」

 

 「はい!よろしくお願いします!」

 

 いつものピンク道着に着替え終えたダンが戻ってきた。促されたので道場の中央でダンと向き合う。

 

 「うっし!早速始めるぞ!まあ、これはテストだから俺がそこまでって判断したら終了だからな。......ちゃんと技とか止めろよ?絶対だぞ!」

 

 どうやらサクラの咲桜拳は、少なからずダンの心にトラウマを植えつけたらしい。かなり真剣な表情で念押しされてしまった。

 

 「はい!」

 

 「そ、そうか。......ふぃー。それじゃあ始めるからな?......よし!来いコラァッ!!」

 

 「いきます!!」

 

 どうやら先手は譲ってくれるらしい。まあ、昨日みたいに無防備ではないので普通に回避したりカウンターを仕掛けてきたりするだろうが。

 

 「せいっ!」

 

 「お!なかなか速いじゃねえか!」

 

 まずは様子見のストレート。様子見とはいえ当てるつもりで放ったのに余裕を持って回避された。やっぱり強い。これはゲームの先入観を持ったまま闘ったら痛い目をみるな。

 

 「せりゃあっ!!」

 

 「うおぉ!?い、今のは惜しかったな」

 

 ミドルキックを出してみたがギリギリで躱されてしまった。今のが避けられるとなると、俺の出せる全力の速度でないと当てることも出来ないかもしれない。

 

 「今度はこっちからいくぜぇ!そらっ!そらそらっ!せいやぁ!!」

 

 「っ!ぐっ」

 

 今まで回避に専念していたダンが一転して畳み掛けてきた。ジャブからのストレート、そしてハイキック(実際はミドルキックだが体格差でハイキックになっている)につなげる連撃を繰り出してきた。ジャブは躱し、ストレートもなんとか躱せたが、ハイキックは躱しきれずに貰ってしまった。とっさに腕を間に入れてガードしたが、それでもかなりの衝撃があった。

 

 「どうしたどしたぁっ!!そんなもんかっ!!」

 

 すかさず挑発してくるダン。流石は本家敵を煽っていくスタイル。練習試合とはいえ試合中に追撃ではなく挑発するあたり、底知れないこだわりを感じる。

 

 「......ふっ!!」

 

 「ぬぉ!?」

 

 挑発に乗せられたわけではないが、一発も当てずに終わるのは癪なので全力で攻めることにする。俺は自分の内側に波動を漲らせ、今できる限界まで身体能力を強化する。見た目的には何も変化していないように見えるだろうが、先程よりも僅かだが早く動くことが出来る。そして俺の全力の突きに当たりこそしなかったが、拳速が予想外だったのかダンは体勢を崩した。今だ!!

 

 「でりゃあぁっ!!」

 

 「ってぇ~!!」

 

 俺の渾身の回し蹴りがダンを捉える。ガードされてしまったがなかなかの手応えだった。このまま一気に!?

 

 「晃龍拳(こうりゅうけん)っ!!」

 

 追撃をかけようとした俺の体をダンの拳が撃ちぬく。そして俺からダウンを奪ったのだった。

 

 「いけねぇ!ここまでだ!だいじょぶか!?(小学生につい技まで使っちまったぁ!?やべえよ!?来月の電気代が払えなくなっちまう!!)」

 

 なにやら慌てながらダンが駆け寄ってくる。大方怪我をされたら月謝がもらえなくなるかもしれないと焦っているのだろう。

 

 「あ、はい。少しふらつきはしますが、怪我などはないので大丈夫です。鍛えていますからそれなりに頑丈ですので」

 

 「お、おう!それなら良かったぜ!無事で何よりだ(なんであれ喰らってまだ余裕あんの!?え?そんなに威力なかった!?それともコイツがおかしいのか!?)」

 

 今度は軽く混乱しているようだが、生憎と日々の修行やサクラの咲桜拳で鍛えられているからね。最近では気絶もあんまりしなくなってきたし、晃龍拳一発くらいならなんとか耐えることは出来るんだ。

 

 「ところでテストの方はどうでしたか?......もしかして不合格とか?」

 

 「い、いや!もちろん合格だぜ!!......てか、お前らホントに小学生か?実は背が小さい中学生とかだったりしないよな?」

 

 正真正銘の小学生です。しかも、低学年の。俺は精神的には小学生じゃないけどサクラは本物(ガチ)ですからね。俺は前世の経験や赤子時代からの気の修行、そしてそろそろ二年になる父さん達からの拷......修行に耐えてきたので同年代の中では強いほうだとは思う。

 

 サクラは1年ちょっと、しかも本格的に修行し始めたのはその内の10ヶ月程度である。それなのに幼いとはいえあの神月かりんを倒すほどの強さになっている。うん、世の中って不公平だよね。

 

 「......どうした?急に遠い目をして?歳不相応の強さだって褒めてんだぜ?別に悪口言ってるわけじゃねえからな?」

 

 「あ、いえ。大丈夫です」

 

 ちょっと世の中の理不尽さを噛み締めていただけなので、お気になさらず。

 

 「ヒビキさん!今のって昇龍拳!?ホントにあの人と同じ流派だったんだね!!早く私にも技教えて~」

 

 「わかった!わかったから落ち着けって!!......そうだなぁ、昇龍拳は知ってるんだったよな?」

 

 「うん!私のは咲桜拳だけど、もとは昇龍拳だよ!!」

 

 「その歳でもう技を自分のものにしてんのか!?......今からでも遅くねえ、サイキョー流に乗り換え「ヤダッ!!」そ、そうか......がっくり」

 

 ダンもサクラの才能を理解してきたらしく、サイキョー流に勧誘しようとしたがかぶせ気味に否定されてうなだれた。

 

 「それで、ダンさんは具体的には幾つくらい剛拳さん達の技を知ってるんですか?」

 

 「そうだなぁ。大体の技は見たことあると思うが使えな......使わない技も多いしな。だが安心しろ!もし教えられる技がなくなったらその時はサイキョー流の技を教えてやるからよ!むしろそこからが本番だな!」

 

 どうやら、剛拳達の技については見たことはあっても使える技は少ないみたいだ。まあ、基本的な事がわかるだけでもだいぶ違ってくるだろうし、教えてもらえるだけでもありがたいな。

 

 「今日は何をおしえてくれるんですか!?」

 

 「うむ。波動...はまだ早いか。竜巻旋風脚(たつまきせんぷうきゃく)ってのを練習してみるか!」

 

 お!あの物理法則に喧嘩売ってる技ですね!どうやったらあんな回転で空中を移動できるのか不思議でしょうがないんだよな。

 

 「たつまきせんぷうきゃく!?すごく強そうだね!!どうやるの!?」

 

 「竜巻旋風脚てのはだな、回し蹴りを連続で繰り出すことにより、その推進力で低空を移動しながら攻撃する技だ!この技は蹴りの一発に力を込めるか、連続で当ててダメージを稼ぐ形の二通りの出し方があるんだ。竜巻剛螺旋っていうバリエーションもあるぞ!」

 

 「すごい!すごい!早くおしえてー!見せて見せてー!!」

 

 「おう!しっかりとその目に焼き付けるんだぜ?」 

 

 意外とちゃんと教えてくれるみたいだ。しかも実演してくれるっぽいし。サクラもワクワクが抑えられないと言った様子でダンを注視している。

 

 「いくぜぇ~~!!竜巻旋風脚ぅーー!!」

 

 そいてダンは力強く地を踏みしめてから回し蹴りを繰り出した!おおっ!!浮いてる......けど、あんまり前に進んでないな。しかも、なんか二発目以降の蹴りは微妙な感じだし。

 

 「ぜぇ、はぁ。どうだ!!ちゃんと浮いてただろ!?」

 

 うん。確かに浮いてたよ?でもさ......

 

 「「なんか思ってたのと違う」」

 

 サクラも同じ事を思っていたらしく台詞がかぶってしまった。いや、確かに浮いてるんだけど、進んでるんだけど!なんか違うんだよ!

 

 「うっ!ほ、ほらアレだ!すっごく久しぶりにやるから少し調子が悪かっただけだぜ!?そ、それに俺にはサイキョー流の断空脚があるからな!この技は不要なんだよ!」

 

 「うーん......。まあいいや!!やってみよーっと!!アル!ちゃんとういてるか見ててね!!」

 

 どうやらサクラが挑戦してみるらしい。さてどうなることやら。

 

 「こうかな?やあぁーーー!」

 

 サクラが飛び上がりながら回し蹴りを放つ。しかし、二発目を繰り出した時には足が地面に着いてしまっていた。これだと竜巻旋風脚じゃなくてダブルローリングソバットだな。

 

 「むぅ~~。足が着いちゃった。難しいね、この技」

 

 一応元々は暗殺拳の技なんでそんなにホイホイ出来たら困るんだけどね?

 

 「まあ最初は誰だってそんなもんだ!むしろそれだけの蹴りが出来る時点ですげぇと思うぜ?この技の秘訣はな、一発目の蹴りの勢いが消える前に次の蹴りを出して沈まないようにすることだぜ!」

 

 なんだその『右足が沈む前に左足を出せば水の上を歩ける』的なとんでも理論は!?それが秘訣って出来る気がしないんですけど!?

 

 「回数こなしゃあそのうちできるようにならぁ!何なら断空脚(だんくうきゃく)を教えてやろうか!」

 

 「お願いします」

 

 「まあ、そうだよな......やっぱり竜巻旋風脚とかの方が......ん?今お願いしますって言った?サイキョー流の技だぞ?」

 

 「はい、言いましたよ?どんな技かはわかりませんが、新しい技を教えてもらえるというなら、是非に」

 

 「そ、そうか!!それはいい心がけだぁ!!よぉし!今回は特別に教えてやろうじゃないか!!うはははは!!」

 

 やはり本家の技にコンプレックスがあったのだろうか、凄く嬉しそうだ。え、ちょっと涙ぐんでね?え、泣くほど?

 

 「いくぞオラァ!!これが断空脚だ!!!ダッ!ダッ!セイヤァッ!!!!」

 

 先ほどとは比べ物にならないくらいの気合の入れようで技を放つダン。かなりの速度で前方へと跳躍しながら、飛び蹴りを三連続で繰り出し着地を決める。先程の竜巻旋風脚の理論と同じ原理なのだろうが、一発目の飛び膝蹴りの後の二発目と三発目は物理法則を完全に無視している。

 

 「どうだぁ!!これがサイキョー流だ!!」

 

 ポーズとともに高らかに叫ぶダン。見事なまでのドヤ顔である。

 

 「すごーーい!!さっきのよりも早いしとおくまでとどいてる!!」

 

 「はーはっはっは!!そうだろう!そうだろう!!どうだ?サイキョー流に乗り換えたくなっただろ?」

 

 でも、クオリティーが低い竜巻旋風脚と自分の技の断空脚を比べるのはちょっと狡いんじゃないかな。

 

 「う~ん。......やっぱり私はたつまきせんぷうきゃくをれんしゅうする!」

 

 「そ、そうか。気が変わったらいつでも言うんだぞ?アル、お前はどうする?」

 

 サクラはやはりリュウと同じ流派の技にこだわりがあるらしく、竜巻旋風脚を選んだようだ。それなら俺は断空脚を練習しようかな。他の技とかに活かせそうな技術がありそうだし、竜巻旋風脚の方はダンはあんまりアドバイスとかできなさそうだし。

 

 「それなら俺は断空脚を練習します」

 

 「あ!じゃあアルもやってみたら!できるかもよ!!」

 

 「......そうだね。一度やってみようかな」

 

 多分出来ないだろうけど、何事もやってみないとわからないからな。

 

 「いきます!はっ!!」

 

 勢いをつけて飛び膝蹴りをダンの見よう見まねで放つ。その勢いで二発目の蹴りを放とうとするがそのまま落下してきてしまう。結果としては三発目をだすことは出来なかった。

 

 「なかなかいい線いってたけど、二発目の勢いが足んねえなぁ。もっと高く浮き上がるくらいの気持ちで力を込めて蹴りをだすんだ!」

 

 その後も俺とサクラはかなりの時間を竜巻旋風脚と断空脚の練習をした。ダンもそれを観察しながら時々アドバイスなどをしてくれたが、この日はあまり進展はみられなかった。

 

 「よし。今日はここまでにしとこうぜ?まだ初日だしそんなに焦っても仕方ないからな」

 

 ダンの声に俺とサクラは技の練習を終了する。確かに焦りすぎてもいいことはない。サクラはまだ物足りなそうだが、今日はここまでだな。あ、そうだ。

 

 「今日はありがとうございました!そういえばヒビキさん、昨日は忘れてましたけど月謝ってどのくらいです?」

 

 「おおそうだった!!そうだな、えーっと......たまった電気代が確かアレくらいだったから(小声)......よぉーし!本当は一人五千円だが今回は特別サービスで半額の二千五百円でいいぞ!払えるか?」

 

 ここまでして貰っておいて、今更払わないのはダメだろう。

 

 「あ、じゃあ今月分を支払っておきますね。ちょっと待っててください」

 

 俺は持ってきていたカバンから財布を取り出す。そして、五千円をダンさんに手渡した。

 

 「ん?五千円?二人分か?」

 

 「はい。サクラの分も預かってきましたから」

 

 ちなみにこのお金、実は俺の手出しだったりする。アルバートおじいちゃんが会うたびに毎回無駄に高額なお小遣いをくれるのでそこから捻出している。正直小学生が使いきれる金額じゃないのでほとんど貯金しているのだが、それでも少し持て余し気味なのだ。今回の件は俺の(実際にはサクラの)ワガママなので双方の両親からも許可をとって俺が出すことにしたのだ。

 

 「おう!確かに受け取ったぜ!いや~ホントに今月の支払いどうしようかと思ってたんだ」

 

 それにしても門下生は一人も居ないみたいだが、ダンはどうやって生計をたてているのだろうか。ちょっと聞いてみようか。

 

 「ヒビキさん。他の門下生の人は居ないみたいだけど、今までどうやって暮らしてきたの?それとも少し前までは誰かいたの?」

 

 「ん?ああ、それはだな、格闘大会に出場して稼いだりしてたんだぜ?偶に、本当にたま~に酒場の用心棒とかのバイトもしてたけどな。暮らしていくぶんくらいは稼いでいたぜ!」

 

 「あれ?じゃあなんで電気止められてるんですか?」

 

 「......実は、格闘大会の賞金とかを殆ど注ぎ込んでチラシを刷って貰ったんだが、何故か全く入門志望者がこなくてよぉ。それにここんとこ大会で勝てな......じゃなかった、ちょうどいい大会がなくてな。用心棒の仕事もなかったし先月からかなり厳しかったんだよ」

 

 ああ、あの連絡先が書いてないチラシのせいだったのね。どんだけ刷ったんだろう。

 

 「なんで誰もこねぇんだよ!何人かくらい来てもいいだろ!あんなにたくさんの場所に貼りまくったのによぉ!」

 

 「連絡先が書いてなかったからだと思いますよ?」

 

 「......え?マジで?」

 

 「はい、マジです。ほらこれチラシです」

 

 「......う、うおぉーーー!?なんてこった!!じゃあアレ全部無駄だったのかよ!?食費まで切り詰めたのに!最近なんて素麺とかモヤシばっかだったのにぃ!!」

 

 チラシを確認して絶叫するダン。食費まで切り詰めてたのかよ、計画性がなさすぎるだろ。まあ、それだけ金も労力もかけたのに全部無駄だったんだから嘆きたくなるのはわかるが。あ、そうだ。

 

 「ヒビキさん、良かったら明日家に来ませんか?父さん達が一度会ってみたいそうなので。食事も出ますよ?」

 

 「なに!?本当か!?行く!ゴチになりやす!」

 

 完全に飯に目が眩んでいるな。恐らく明日はそれだけじゃないんだけどな。アルバートおじいちゃんや甚八郎おじいちゃんもいるし。......騙して悪いが、俺も自分の身が可愛いんだ。

 

 「ねえアル、明日っておじーちゃんたちが来るよね?私も行くからね!!」

 

 「はいはい。わかってますよ。......明日は騒がしくなりそうだな」

 

 そんな感じでサイキョー流道場での初日の修行は終了した。明日迎えに行くことを告げて俺とサクラは家に帰りました。現在は午後1時で、サクラはそのまま俺の家で昼食を食べてから千歳ケイの家に遊びに行った。さて、俺は波動拳と断空脚の修行でもしようかな。ちょっと思いついたこともあるし。

 

 

 

 

 翌日。昼前に俺とサクラはサイキョー流道場にダンを迎えに来ていた。

 

 「ヒビキさーん!!むかえに来たよーー!」

 

 「おーう!今行くから待っててくれー!」

 

 サクラが呼びかけると道場からいつもの道着姿のダンが出てきた。食事に誘われているというのにその格好は正直どうかと思う。

 

 「待たせたな!それじゃあ案内を頼むぜ!久しぶりにちゃんとした飯が食えるぜぇ~!今日はありがとな!!」

 

 たぶんこれから貴方には違うフルコースが待っていると思うので、感謝されると罪悪感がヤバイです。そうやって俺が自分の中の罪悪感と戦っているといつのまにか家に到着していました。

 

 「......お前の家でかいな。これは食事も期待できそうだぜ!」

 

 「ただいま~!!アリスさん今もどったよ~!!」

 

 今日は一度家に寄ってからダンを迎えに行ったので、サクラは『こんにちは』ではなく『ただいま』とアリス母さんに声をかける。最近本当に違和感がなくて困る。

 

 「おかえりなさいサクラちゃん、アル。そちらの方が火引さんですか?二人がお世話になってます。これからもよろしくお願い致しますね」

 

 「え、ええ!!お......私がサイキョー流の火引弾です!こちらこそよろしくお願いします!」

 

 「それではどうぞこちらへ。食事の用意はできておりますので」

 

 「ご飯~♪ご飯~♪」

 

 そういって家の中に戻っていくアリス母さん。その後をテクテクとついて行くサクラ。何故かダンは玄関先で立ち尽くしている。

 

 「どうかしましか?......ヒビキさん?」

 

 「......アル」

 

 「はい、なんでしょう?」

 

 「......お前のネーチャンすげぇ美人だな」

 

 「......母です」

 

 驚愕の表情を浮かべるダンを連れて家に入る。その反応には授業参観の時に慣れてるんですよ。そしてリビングに着くと既に全員揃っていました。今日はカレンさんとアンヌさんは居ないけどね。何でも二人で女子会に参加しているらしい。

 

 「アル、遅えぞ。んで、そっちがヒビキさん?まあ、まずは飯食ってからにしようぜ。折角の料理が冷めちまう」

 

 ウル父さんの発言で皆食事に移った。ちなみに今日はおじいちゃん達(特にアルバートおじいちゃん)がいるのでかなり豪華だ。和洋中の料理が所狭しとテーブルに並べられていて、ちょっとしたバイキングみたいになっている。

 

 「(うめぇ!!マジでこれめっちゃウメっ!!でもなんかガラの悪い兄ちゃんとオッサン二人がこっち見ててすげぇ食いづれぇ!!なにこの天国と地獄!?)」

 

 ダンはおじいちゃん達からのプレッシャーのせいか黙々と食べ進めていた。結局、食事中に一言も喋らなかった。サクラとアリス母さんはいつも通りだったが。あ、ちなみに妹のアナスタシアは今は隣の部屋で寝てるそうです。

 

 『ごちそうさまでした』

 

 そして食事が終わるとアルバートおじいちゃんがダンに話しかけた。

 

 「君がかつてあの剛拳に師事していたという男ですか。今は孫のアルとサクラさんに稽古をつけているとか?」

 

 「は、はい!!不肖この火引弾!先日からお二人に指導させてもらっておりますです!!」

 

 アルバートおじいちゃんからにじみ出る『偉い人オーラ』にやられたのか、テンパりながら答えるダン。そこに甚八郎おじいちゃんが話しかける。

 

 「ふむ。剛拳とはかつて闘ったこともある。その技を孫達が学ぶというのなら是非はない。くれぐれもよろしく頼むよ?」

 

 「は、はいぃ!!」

 

 甚八郎おじいちゃんの『只者ではないオーラ』に更にテンパるダン。そして最後にウル父さんがダンの肩に手を置きながら話しかけた。

 

 「今からアル達と道場で修行すんだけどさ、ヒビキさんも一緒に来てくれない?......実力が見てぇからよ」

 

 「え、いえ。あの、俺はそのぅ」

 

 顔は笑っているがどこか恐ろしい雰囲気を纏ったウル父さんが道場にダンを誘う。ダンはどうしていいのかわからず助けを求めるように俺の方に顔を向けてきた。

 

 「ヒビキさん。......諦めて逝きましょう?」

 

 その後、すぐに道場で修行が行われた。その結果、実力不足を見ぬかれたダンは父さん達から『俺とサクラを教えるにふさわしい実力』をつけるためという名目で、それぞれ『悪魔卿(あくまきょう)』、『必滅を呼ぶ悪魔』、『神殺しの悪魔』の異名を持つ3人から徹底的にしごかれていました。合掌。

 

 そして心身ともにボロボロのダンは俺が道場まで送り届けることになりました。

 

 「......アルぅ、テメェ......騙しやがったなぁ......聞いてねえぞぉ......なんなんだあの化け物共は」

 

 「すみませんヒビキさん。でも、俺の修行もあの3人がいると毎回あんな感じなんです。毎日地蔵を背負ってランニングしてるんです」

 

 「......そうか。苦労してんだな、お前も。......俺ももっと強くならなきゃいけねぇのかな(小声)」

 

 なんか同情の目で見られました。その後は、何やら決意したような表情をしているダンに、明日からは学校が終わってから来ることを告げて家に帰りました。

 

 

 

 

 

 そして夜が明け、月曜日。今現在俺は通学中でスクールバスに乗っています。もちろんサクラも一緒だし、カリンやケイも一緒のバスだ。

 

 ところで話は変わるけど厨二病ってあるよね?その症状?の一例に『学校がテロリストに占拠される』って妄想をするというのがあるじゃん?

 

 他の皆が拘束されている状況で一人だけ無事だったり、テロリストに対して交渉(という名の説教)をしたり、最終的に無双して事件を解決したりするのを想像して授業中とかにニヤニヤするあれだよ。

 

 なんで今そんな事を考えているのかって?だって今まさに

 

 「オラァ!!このガキ共を撃たれたくなかったら俺様達の言うとおりにしやがれ!!」

 

 乗っているバスがテロリストらしき集団に襲撃されてバスジャックされてるんだ。いや妄想とかじゃなくて、現在進行形で。

 

 「どうしたぁ!!早くしねーかぁっ!!おい!運転手と先公!!テメェらは降りてな!!」

 

 そう言って運転席から運転手を引きずり下ろし、引率の先生を車外へと蹴り落とすバスジャック犯。そのまま運転席に移動してバスを発進させる。

 

 「へへっ。助っ人さんよぉ?せっかく来てもらってわりいけどアンタの出番は無いみたいだぜぇ?なんせ護衛も居ねんだからよぉ。ひひっ!すまねえなぁ!!」

 

 襲撃者の人数は全部で5人。1人を除いてみんな同じ世紀末チックな格好をしている。今にもヒャッハーとか言いだしそうだ。1人は運転席にいてバスを動かしている。他の3人はそれぞれ入り口の近くに居た子供たちに銃を突きつけて人質にしている。

 

 そして先程『助っ人』と呼ばれた男が出入口を塞ぐように立っている。1人だけフード付きのローブのような物を羽織っているので顔などが判別出来ないが、身長が二メートル近くはあると思う。そして何よりコイツだけ他の奴より明らかに強そうな気配がする。他の奴らは銃などで武装しているが、絶対コイツが一番やっかいだ。修行で(無理矢理)身につけ(させられ)た勘がそう告げている。

 

 「この中に神月財閥のお嬢ちゃんがいるんだろ?大人しく俺達についてくれば人質の命は保証してやるぜぇ?さあ、どいつだ?」

 

 どうやら彼らの目的はカリンらしい。......それにしては妙だな。いかにも小物っぽい感じの奴らなのに銃とかの装備はしっかりしてるみたいだし、このバスを襲撃する時だけカリンの護衛が外れることも知ってたのも違和感がある。それに『助っ人』って言ってたし、こいつら以外の誰かがこの襲撃を支援したのはほぼ確定だな。

 

 「(わたくし)はここにおりますわ!!あなた達は何者ですの!?一体何が目的でして!?」

 

 俺のすぐ後ろでカリンが立ち上がりながら名乗りをあげた。こんな状況でも毅然としており、襲撃犯に正体と目的を問いただした。流石『神月』緊急時でも平常運行です。

 

 「目的ぃ?んなこともわかんねぇのか!?金だよ!金!!お前を連れて行けば金ががっぽりいただけるのさぁ!!さあ、さっさとコッチに来なぁ!!本当に射ち殺しちまうぜぇ!!」

 

 「ひいっ!やめてぇ!!」

 

 「くっ!なんて卑怯なっ!いかに神月(わたくし)相手とはいえ人質までとるなんて!あなた達には誇りはありませんの!!?」

 

 「うっせんだよぉっ!!!このクソガキがぁ!!!お前はさっさと言うとおりにすりゃいいんだよ!!!」

 

 人質がいるせいか襲撃者は非常に強気だ。実際状況は彼らの思い通りの状態だからな。このままだとカリンは要求を飲むしかないだろう。

 

 ......さて、どうするか。現在地は不明だがだんだんと住宅地から山の方に向かっているので警察や近隣住民の救援は期待できそうにない。もう少しすればさっき降ろされた先生や運転手から連絡を受けた警察やカリンの護衛が動き出すだろうが、あまりにも時間がなさすぎる。

 

 しかし、このままカリンが奴らの要求の通りに行動したとしても人質が開放されるという保証はない。平気で約束を破りそうな奴らだし。となるとこのバスをどうにかして止めて、人質をとっている奴らを無力化し、その上であの『助っ人』をどうにかしなければいけない。この世界は小学二年生になんという理不尽な課題を出しやがるんだ。おのれ白澤(無関係)!!

 

 こちらで戦えるのは俺とカリン、後はサクラだけだ。カリンはわからないが俺とサクラはこういった実戦経験はない。どう考えても正攻法では無理だ。......なら正攻法以外でいくしかないか。ただ、それだとサクラにも手伝って貰わないといけない。俺としては危険なことに巻き込みたくはないが、そもそも今の状況が一番危険だ。何より、

 

 「......ゆるせない!アル!どうにかならない!?あいつらぶっとばしたい!!」

 

 と、本人が既に暴走寸前なんですよね。おとなしくしてろって言っても恐らく、いや絶対突っ込んでいく。なら、策の通りに動いてもらった方が危険は少ないだろう。

 

 「そもそも私を攫ったとしても身代金など入りませんわよ?自分の身に降りかかる火の粉は自分で払え、さもなければ死ねと言われておりますわ。『神月』とはそういうものです。お父様に対しての人質としての価値はありませんわ。私がいなくなれば『次』を用意するだけでしょうから」

 

 「んなこたぁどうでもいいんだよ!俺達はお前を連れて行きさえすれば金が貰えるんだからな!」

 

 「一体どなたに雇われたというんですの?そんなにお金が欲しければ、今すぐこの馬鹿げた行いをやめるならそれ以上の金額をお支払いしてもよろしくってよ?」

 

 どうやらカリンは少しでも時間を稼ごうとしているらしい。そうしているうちに警察などが来る可能性にかけているのだろう。だが、それもそろそろ限界だろう。あいつら気が短そうだし、長引かせると本当に人質を撃ちかねない。

 

 《神月さん、聞こえますか?聞こえたら右手を少しだけ動かしてください》

 

 「!」

 

 俺が襲撃者たちに聞こえないように小声で話しかけると、カリンは一瞬だけ反応したが、ほぼ表情や態度に出さずに襲撃犯を見据えながら少しだけ右手を動かした。よし、聞こえてるな。

 

 《あと3回曲がり角を曲がると暫く広い道幅の直線の道に出るみたいです。そこで俺がバスを止めて、人質をとっている奴らを怯ませます。ですので、バスが揺れたら正面の敵を倒してください。フードの大男は恐らく強いので、他を倒してから一斉に掛かります。大丈夫なら、今度は左手を少し動かしてください》

 

 「......あら?もしかして払えないとでも?あまり神月の財力を舐めないでいただきたいですわ」

 

 そう言いながらカリンは少しだけ左手を動かした。よし、後はサクラにも指示を伝えるだけだ。因みに道の情報は窓から見て判断しました。今かなり角度のきついカーブを曲がったのでかなり先まで道が見ることが出来たのだ。

 

 「サクラ、さっきのは聞こえてただろ?バスが揺れたら左の奴に咲桜拳をぶちかませ。遠慮せずに全力でな。倒れなかったら倒れるまで殴れ。バスが揺れてて足場は悪いけど、この前修行したから大丈夫だろ?その後で神月さんと一緒にあの大きい奴と戦うぞ。いいな?」

 

 「うん。まかせといて!」

 

 サクラは俺の隣に座って居たのである程度音量を落とせば普通に伝えることが出来た。よし、これで周りの準備は整ったな。

 

 「絶対に1人であの大きな奴に手をだすなよ?......もうすぐ2つ目の曲がり角に入るから準備してて」

 

 そう言うと俺は襲撃犯たちに気づかれないようにバスの床に手をついて、精神を集中する。俺の地道な修行の成果を見せてやるぜ!

 

 「そんなことをいって騙そうたってそうはいかないぜ!!今やめたって後で捕まえる気なんだろ?バレバレなんだよぉ!!」

 

 俺は限界まで精神を集中させていた。俺が最近出来るようになった技のバリエーションの一つが、おあつらえ向きに今の状況を打開することが出来るものだった。ただ、出すのに非常に時間がかかるので、格闘では使えないんだけど。そして俺は波動を腕に集中させて高めていき、狙いをつけてその時を待っていた。

 

 「そう残念ですわ......最後のチャンスでしたのに」 

  

 カリンのその言葉と同時にバスが3回目のカーブを曲がり終わる。今だっ!!!

 

 「散陣波動壁(さんじんはどうへき)!!!」

 

 俺が技名を叫ぶと同時に潜行させていた波動の奔流が襲撃者たち全員の足元から吹き上がる。それと同時にバスが大きく揺れる。なぜなら運転していた襲撃犯の足元からも吹き上がったのだ。そのまま運転席に座っていた男はもろに波動を喰らい、堪らずハンドルを持ったまま身を捩ったたのだ。

 

 「うぉお!?ぐえぇ!!なんだぁ!!?」

 

 「サクラ!!神月さん!!」

 

 「咲桜拳!!!」

 

 「無尽脚!!!」

 

 不意打ちを喰らい、更にバスの揺れで体勢を崩した襲撃者達にサクラとカリンがそれぞれの最強の一撃を叩き込む。そして俺も、

 

 「禁じ手・玉天崩(きんじて・ぎょくてんほう)!!」

 

 一番運転席に近い位置で人質をとっていた襲撃者のとある急所を狙い渾身の一撃を叩き込む。バスは揺れていたがついこの間、水上の揺れる足場の上で『足場の悪い場所での戦闘法』をサクラ共々叩き込まれたばかりなんだよ!

 

 「――――っ!!?」

 

 どうやらクリーンヒットしたようで声にならない悲鳴をあげて苦悶の表情で意識を失った。......同じ男として出来れば使いたくはなかったが、緊急時なのでしょうがない。小学二年生が大人を倒すのに手段を選んではいられないんでね。

 

 「たわばっ!!」

 

 「ちにゃっ!!」

 

 どうやら二人共うまく相手の顎に当てることが出来たらしく、一撃で相手を昏倒させていた。やれといったのは俺だが、本当に一撃で気絶させるあたりが末恐ろしい。

 

 「やりやがったなぁ......っ!!」

 

 まずい!フードのやつが動き出そうとしてる。ええい、こうなりゃ一か八かだ。やぁぁってやるぜ!!

 

 「せりゃあっ!!」

 

 「ごわあっ!!」

 

 俺は運転席にいた襲撃者の顔面に蹴りをいれた。その為またバスが大きく揺れた。フードの男もバランスを崩しバスの入り口の扉に体をぶつけていた。ちなみにバスに乗っていた生徒たちは皆シートベルトをしていたので無事だった。人質にされていた子達も、すぐに近くの椅子にしがみついているの確認していたので出来た荒業である。

 

 「そこから降りろ!!」

 

 「ごべぇ!!」

 

 その勢いのまま壁と運転している男の間に体を滑り込ませ、壁に手をついてドロップキックの要領で顔面に蹴りを放つ。シートベルトはしていなかったようでそのまま席から転がり落ちていく。

 

 「ちぇすと!!」

 

 「ほげぇっ!!」

 

 そこにすかさずサクラが追撃をかけた。......両足で相手の鳩尾を踏み抜くとかエグいことしやがる。いくら小学二年生の女の子の重量とはいえあれだけの勢いをつければ相当の威力がでる。実際喰らった男はそのまま動かなくなった。

 

 そして俺は運転席に座りブレーキをかけた。手足の長さが足りず運転しにくいが、一応前世では普通免許を持っていた。そしてある程度スピードが落ちたのを確認してサイドブレーキを引き、急制動をかける。

 

 「サクラ!神月さん!!何かに捕まって!!」

 

 「きゃあぁぁーーー!!」

 

 とっさに近くの物に捕まって衝撃に備える二人。ある程度スピードは落としたがかなりの衝撃にそこかしこの生徒たちから悲鳴が上がる。フードの男も流石に今は動けないようで、入り口の扉に張り付いたままだ。あ、いいこと思いついた。え~と、このスイッチかな?カチッとな。俺はハンドルを回しながらあるスイッチを切り替えた。

 

 「なにぃ!?」

 

 フードの男が寄りかかっていた扉が急に開く。そしてそのまま車外へと落ちていった。作戦大成功!都合よく扉の中央辺りに寄りかかっていたので上手くいった。そしてしばらくするとバスは完全に停止した。よし!後は車の外の大男だけだ!あ、一応鍵は抜いておこう。万が一バスが動き出したりしたら困るし。

 

 「いきますわよ!!サクラさん!!それと......アルさんだったかしら?貴女も大丈夫でして?」

 

 そういえば自己紹介をまだしていなかった。まだ会って間もないし、カリンはサクラとばかり話していたから仕方ないのだが。この騒動が終わったら改めて自己紹介しよう。

 

 「アルでいいですよ、神月さん。それより今はあの男をどうにかしないと」

 

 「そうですわね。先程の技や実力については後でじーーっくり聞かせていただきますわ!」

 

 「そうだよ!!さっきのすごいのなにっ!?私見たことないよ!?」

 

 さっきのって散陣波動壁のことかな。あれは波動壁を、トリプルゲ◯ザーに憧れて連射できないか試している時に偶然出来た技だ。見た目は凄そうだけど威力はスッカスカで、本当に目眩まし程度にしかならない。オマケに吹き出す柱の本数に比例して出すのに時間がかかる。とても格闘の最中には使えない技だ。まあ、今回は役に立ったけど、今後使う機会はないと思う。

 

 「あ!誰か大丈夫そうだったら倒れてる奴ら縄でグルグル巻にしといて!銃もどっかに隠しといてくれ!怖いなら、手の届かないところに置いておくだけでいいから!」

 

 ちょうどいいことに襲撃者は恐らくカリンを拘束するつもりだったのか、かなり丈夫そうな縄を用意していた。とりあえず他の生徒に縛ってもらうように指示を出しておく。

 

 「......まあ、いいですわ。それでは参りますわよ!!」

 

 「いいか、サクラ。無理はするなよ!逃げまわって時間を稼ぐだけでもいいんだからな?」

 

 「うん!わかった!!行こうっ!!」

 

 そして俺たち3人はバスの外に降りる。それとほぼ同時にフードの大男がこっちにむかってきた。ゆっくりとした足取りで近づいて来ながら、こちらに話しかけてきた。

 

 「本当にだらしのねぇ連中だぜ。俺の出番はねえとかぬかしといてガキ共相手に全滅たぁ笑わせやがると思わねえか?」

 

 「あら、アナタも逃げた方がよろしいのじゃなくて?」

 

 「逃げる?俺が?クソガキ三匹潰すだけで報酬総取りなのに?......馬鹿言ってんじゃねえよ」

 

 大男は臨戦態勢に入ったようだ。正直退いて欲しかったんだが、どうやら戦うしか無いらしい。

 

 

 

 

 FIGHT!!

 

 

 「いきますわよ!!」

 

 最初に動いたのはカリンだった。小学生らしからぬ脚力で大男に跳躍しながらハイキックを放つ。しかし、なんと大男は避けずにそのまま頭で受けた。

 

 「なっ!?」

 

 「残念だったな、お嬢ちゃん。生憎と俺は石頭なんだよ!オラァ!!」

 

 「くはぁっ!!?」

 

 大男は空中で体勢の崩れたカリンの腹にヘッドバットを繰り出した。カリンはもろに受けてしまい吹き飛ばされる。

 

 そしてヘッドバットを放った際に大男のフードが脱げてその素顔がさらされた。浅黒い肌に髭を生やしたいかつい顔、そして“穴の空いた金髪のモヒカンヘアー”だった。......はっ!?

 

 

 アイエエエ!?バーディー!?なんでそんな奴がこんなところにいるんだよ!?

 

 バーディーは原作のキャラクターで、何気に初代のストリートファイターから登場しているイギリス出身の大男だ。確か、プロレスやボクシング等の格闘界から『卑劣で凶暴な行為』の為に永久追放されていた。そして自らあの『ベガ』の組織するシャドルーに所属するために動いていた。ZERO3では既に所属している状態だった。

 

 基本的に作中では、『小悪党』や『ゴロツキ』、『バイソンとは違うベクトルの馬鹿』といった扱いのキャラで、大体のキャラから『お前なんて眼中にねえよ』的にあしらわれることが多い。しかし、キャラ性能的には飛び道具をすり抜ける突進技、高威力のチェーンを使用したコマンド投げを持つなど決して侮れるものではない。仮にもその実力をベガに認められ、名前を覚えられているのだ。弱いわけがない。

 

 「どぉしたよ?その程度で寝ちまうのかぁ?次はコッチからいくぜ?ふうんっ!!」

 

 バーディーは大振りだが非常に威力のありそうなパンチをサクラに向かって振り落とす。あれに当たってしまったら俺達では一溜まりもない。サクラは何とか躱したが、リーチの差のせいで迂闊に近づきことすら出来ない。パンチの時に見えた腕に、鎖がなかったのがせめてもの救いか。

 

 「くぅ......っ!!やってくれましたわねっ!」

 

 「どうしよう神月さん!?近づけないよ!?」

 

 確かに迂闊に近づくと一撃で倒されかねない。しかもこのバーディー、原作よりも若いせいか体が引き締まってて動きのキレがヤバイ。それなら、ここは牽制で......

 

 「波動壁!!」

 

 「っ!?――しゃらくせぇ!!喰らいやがれ!!」

 

 「うおわっ!!」

 

 一応はパンチ一発分ぐらいの威力はあるはずの波動壁を物ともせずに突っ込んできやがった!?こんな所はゲームと同じなのかよ!?

 

 「ちょこまかとウザってぇガキどもだぜ。これでも俺ぁプロだったんだぜ?お前らじゃあ役不足なんだよ!」

 

 「あ、役不足だと意味が違いますよ?そこは力不足が正解です」

 

 「......こまけぇことをウダウダとっ!国語の教師かテメエはよぉ!!よっぽど俺に潰されてぇらしいなぁっ!!」

 

 ひいぃっ!!何かロックオンされた!?しかもかなり怒ってらっしゃる!うわっ!突進してきた!?

 

 「オラァ!!ブルヘッドォ!!」

 

 「っ!?カハァっ!?」

 

 バーディーの突進からのヘッドバットに、ガードしたのに吹き飛ばされてしまった。体格の差もあるとはいえ、恐ろしい衝撃だった。危うく意識が持っていかれるところだった。

 

 「ほぉ。今のを耐えるたぁなかなかにタフじゃねえか。プロのレスラーだって一撃でのしたこともあるてのによ」

 

 「!今だ!!咲桜拳!!」

 

 「喰らいなさい!神月流!烈殲破(れっせんは)!!」

 

 俺に一撃を入れて油断しているように見えたバーディーにサクラとカリンが挟み撃ちにするように躍りかかる。サクラは咲桜拳、カリンは身体を捻りながら跳躍し、空中から弧を描くような軌道の打ち下ろしを放った。しかし、

 

 「甘めぇんだよぉ!!その程度で不意を突いたつもりか!あぁん!?こっちとら路地裏でそれなりの修羅場をくぐてんだよ!!」

 

 「ぐぁっ!!」

 

 「く、苦しいぃ......!!」

 

 バーディーは二人の攻撃を予測していたのか、逆に二人の首を掴んで捕まえてしまった。くそっ!何とかサクラ達を助けないとっ!しかしどうする!?生半可な威力の攻撃ではバーディーは怯んだりしないだろう。......そうか、怯ませればいいのかっ!!それなら!!

 

 「オォォーーーーッ!!波動拳ーーーっ!!」

 

 「ぐおぅっ!!?」

 

 俺は今は出せる力を振り絞って全力の波動拳を放った。今までで最高の速度で放たれた波動拳はバーディーの顔面に直撃した。今まで何千回も撃ってきた中で一番の手応えがあった!!これで......っ!!

 

 「......今のは痛かったぜ。だがよ、俺の手を緩めるるには少しばかし足りなかったなぁ。まあ安心しろや、殺しはしねえからよ。少し跡が残っちまうかもしれねぇけどなぁっ!!」

 

 その言葉に俺達の誰もが絶望に蝕まれそうになった時だった。

 

 

 

 その力強い声が聞こえたのは。

 

 

 

 「―――波動拳!!」

 

 「ぐはぁっ!!?」

 

 俺の後方から飛んできた『波動拳』に顔面を撃ちぬかれ、バーディーはサクラたちから手を放した。苦しそうにしながらもすかさず距離をとった二人を確認したあと、振り向いた先に『あの人』が立っていた。

 

 「......ここからは俺が相手だ。掛かって来い!!」

 

 白い鉢巻をなびかせて、力強い意志の宿った双眸で戦うべき相手を見据える『主人公(ヒーロー)

 

 リュウが確かに立っていたんだ。




露骨なダン強化フラグと急展開。

すまんね、シリアスって苦手なんだ。

次回はリュウVSバーディーです。

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