前話のあとがきにあの人が出ますって書いちゃったからそこまで書いただけなんだけどな。
とにかく、ざっと二話分、二万字くらいあります。
あと、新しく出てくる原作キャラは登場シーンだけなんで、本当に添えるだけです。
それではどうぞ。
バスジャック事件はリュウの参戦により、なんとか無事に切り抜けることが出来た。現在はカリンにヘリで家まで送ってもらい、シャワーを浴びてようやく一息ついたところだ。......サクラが乱入して来たせいでいまいち疲れがとれなかった気がするが。
「ごくごく、ぷはーっ!!」
そのサクラは腰に手を当てて牛乳を一気飲みしている。美味そうに飲むのは構わないんだけど、そのフルーツ牛乳は俺のです。楽しみにとっておいたのに。
「あ~!サッパリした!!ねえアル、神月さんもうくるかな?」
「さすがにもう少しかかるんじゃないかな?なんとなくだけど、シャワーとか長そうだし」
え?なんでそう思うのかって?だってカリンの髪型って縦ロールなんだぜ?どう考えてもセットに時間がかかるだろう。乾くと自然にあの髪型になるとかだったらそれはそれで面白いが。
神月のヘリが飛び去ってからそれほど時間は経っていない。いくらヘリ等を使えるといっても、往復にはそれなりに時間がかかるだろう。今は俺の家のリビングでカリンの到着を待っているのだが、さっきからサクラはまだかな~と落ち着きなく動き回っている。俺はこの前みたいに窓を割って突撃してこないかが心配で仕方がない。
「それにしてもリュウさんすごかったなぁ~。......えへへへ~~」
リュウとの闘いの約束を思い出しているのであろう。サクラはさっきから度々こんな感じでニヤついている。確かに羨ましくはある。だって、若いとはいえあのリュウとの試合の約束である。今はまだ無名の格闘家だが、数年後にはあのサガットを倒して世界にその名を轟かせるだろう。ある意味、プレミアものといってもいいかもしれない。
......そういえば、リュウがサガットを倒すのっていつなんだろうか?サガットが倒されるのは初代ストリートファイターでの出来事だ。それさえわかれば大体の作品の流れは覚えてるんだけど、流石に詳しい年代までは覚えていない。
しかも、恐らくだが少し年代がずれていると思うんだ。覚えているゲームの背景とかキャラクターのセリフから考えるに、ストリートファイター2が恐らく1970~1980年代くらいだったと思うんだけど、既に1990年だしね。今の時点で主人公のリュウがまだ17か18歳だし、サクラにいたってはまだ8歳だからもう少し後だとは思うが。
時々トリップするサクラを眺めつつ待っていると、インターホンのチャイムが鳴った。どうやら今回は普通に来てくれたようだ。......そう思っていたのに。
「オーホッホッホ!!」
ガシャーンッ!!とリビングの窓を割ってカリンが文字通り転がり込んでくる。何故チャイムを鳴らしておいてそこから入ってくるんだよ!?フェイントか?フェイントのつもりなのか!?大成功だよちくしょう!!
「お待たせいたしましたわ!お二人共!!神月かりん只今参りましたわ!!」
「......ああ、うん。いらっしゃい、神月さん。出来れば窓を割らずに入ってきて欲しかったな」
「『初めて訪れる場所には何かを壊しながら入場すべし』、相手に自身を印象付ける神月流入場術の基礎中の基礎ですわ。心配なさらずともすぐに元に戻しますわ」
いやな基本だな。まあ、学校の時みたいにすぐに戻るらしいけど。初めての場所にカリンと行くときは気をつけるようにしよう。
「あらあら、大変!三人共怪我はない?」
「申し訳ありません、皆様。間もなく修繕部隊が参りますので暫しお待ちくださいませ」
玄関の方からアリス母さんとカリンの従者の柴崎が部屋に入ってきた、どうやら先程のチャイムは柴崎だったようだ。アリス母さんは部屋の惨状に驚きながらも真っ先に俺達の心配をしてくれた。ほんまええ人やな~。しかも超美人!この人、俺の母さんです(ドヤァ)
「アルさんの姉君かしら?ご心配なく。怪我をさせたり自身が負傷するほどこのカリン、甘くはございませんわ!!さあ、サクラさん達、道場の方に参りましょう!柴崎!後は任せますわよ!!」
「あ!神月さん!道場ならこっちだよ~!!アル!私たちも行こう!!」
去り際に修繕部隊が部屋に突入していくのを眺めながらそのままサクラに引きずられるように道場まで移動しました。
「......さて、改めて自己紹介とまいりましょうか。私の名は神月かりん、神月財閥の次期当主にしてサクラさんの宿命のライバルですわっ!!」
「私は春日野さくらだよ!!えーと......好きなモノは白いご飯にアリスさんの作るプリンだよ!!」
サクラよ、思いつかなかったからといっていきなり好きな食べ物を言い出すのはどうなんだ。食べたいのか?......まあ、いいか。次は俺の番だしね。
「俺は日向涼、英名ではアルトリウス・エリオット・ヒューガ―です。サクラとは家が隣で小さい時からの幼なじみだよ。よろしくね、神月さん」
「......アルトリウス?ずいぶんと勇ましい名前ですわね?それと、ご自分の事を俺と呼ぶのは淑女として関心いたしませんわ」
......どうやらまだ俺は女だと思われていたようだ。まあ、こんな見た目(踏み台転生者風男の娘)だし、あんまり話したりしてなかったし、仕方ないか。1年の時の自己紹介でも最初は全く信じてもらえなかったしね。
「......?アルは男の子だよ?」
「は?......冗談ですわよね?」
いいえ、冗談ではありません。......はあ、慣れてきたとはいえ毎回毎回こういったやりとりをしなきゃいけないのはどうにかならないもんかね?慣れていても結構精神にくるんだよなぁ、驚かれると。......おのれ白澤!!
「えっと、男です。こう見えても、一応」
「そういったご病気とかではなくて、生物学的に?」
別に性同一性障害とかではありませんよ。俺は
「うそじゃないよ!私、ついてるの見たことあるもん!」
「ついてる?何がですの?」
「なにっておちん「うわあぁぁーーー!!」ど、どうしたのアル!?きゅうに大きなこえだしたりして!?」
あ、危ねぇーー!!今さらっととんでもないこと口走ろうとしやがったぞコイツ!?
「わ、わかりましたわ!!アルさんは男性ですのね!!そ、それで肝心の実力の方はどうなのかしら?」
どうやらカリンは先程サクラが何を言おうとしたのか察したらしく、俺が男であると認めてくれたようだ。......顔を赤くして目をそらされてしまったが。そして妙な空気になりそうだったのを強引に話題を変えることで修正しようとしている。
「アルは強いんだよ~!!私まだ1回も勝ったことないんだから」
「......なんですって?サクラさんよりも、強い?」
うわぁ、カリンの目の色が変わった。さっきまで少し恥ずかしそうにこちらをチラチラ見ていたのが、今はまるで獲物を前にした獣のような目をしてガン見してくる。......これは手合わせは避けられそうにないな。今日はバーディーとの戦闘で疲れたし、出来れば説明とかだけで済ませたかったんだけどなぁ。
「うん、そうだよ!!あ、そうだ!神月さん、アルと闘ってみたら?そしたれらすぐにわかるよね!」
「サクラ、今日はやめとかないか?神月さんだって疲れてると思うし」
「あら、私は構いませんわよ?確かに先程の闘いで少しばかり疲れましたが、それはアルさんも同じでしょう?」
俺のささやかな抵抗もやっぱり無駄に終わった。確か、カリンはバーディーからヘッドバット一発を受けて首を捕まれ持ち上げられた。俺はヘッドバット一発だけだが、あれは『ブルヘッド』というバーディーの必殺技の一つだった。それらを鑑みるに、俺とカリンの受けたダメージは同じくらいと言えなくもない。
「......わかったよ。やるからには全力で行くからね。」
「もちろんそうでなくては困りますわ。サクラさんよりも先に貴方に土をつけて差し上げましょう!!」
「......土をつけてどうするの?あそぶの?」
「サクラ、土がつくというのは負けるって意味があるんだよ。神月さんはサクラより先に俺に勝つって言ってるんだ」
「そうなんだ!......え!?それはイヤだよ!!アル!ぜったいにまけちゃダメだからね!!」
自分でけしかけておいて更にハードル上げてくるとか、なにげにドSだな。負けるなって言われても、今のカリンはサクラと闘った時のように油断とかしてないし、かなり厳しい闘いになると思うのだが。
......まあ、やってみるしかないか。波動壁と波動拳が隠さずに使えるようになったので実戦で試してみたかったしね。まさか自己紹介の後すぐに手合わせすることになるとは思わなかったけど。
「私の方はいつでもよろしいですわ。ルールは戦闘不能か負けを認めるまででよろしいかしら?」
「うーん、出来れば誰かに判断してもらえればいいんだけど......」
負けを認めるが最低条件だと、意地になってやり過ぎる可能性があるからな。
「なら私が判断しましょう」
「あ!カレンさん!こんにちは~!!」
「こんにちはサクラちゃん。あなた達の乗ったバスが襲われたって聞いて戻ってきたけど、心配いらなかったようね。試合をするくらいの元気はあるみたいだし」
いつの間にかすぐ側にいたカレンさんが審判をしてくれるらしい。昔は軍人だったらしいけど、気配を消して近づくのはやめて欲しいな。まじで心臓に悪い。
「......それではお願いしますわ。どうやら相応の実力もあるようですし。(この私が近づかれるまで全く気づかなかったなんて。......それにカレンという名、どこかで聞いたような......)」
「カレンさんもとっても強いんだよ~!こうねー、剣がビュンビュン!ってかんじでとにかくすごいの!!」
カレンさんなら大丈夫だろう。サクラが言ったように実力は申し分ないし、カリンもその強さを察して納得しているみたいだしね。......修行の時は全く容赦がないし、いつもやりすぎるけどね!......大丈夫、だよね?
「それじゃあ二人共、位置につきなさい」
カレンさんの声にしたがって俺とカリンはある程度の距離をとって向かい合うように立つ。
「最初から全力で行きますわ。神月流の力、存分に味あわせて差し上げますわ!!」
「......お手柔らかに、っていうのは無理そうだね」
カリンはかなり気合が入っているようだ。俺はいまいちテンションがあがらないんだけどな。
「涼......もし負けたら『アレ』ですからね?」
「全力で行くよっ!!神月さん!!」
絶対に負けられない!『アレ』は嫌だ!俺はまだ死にたくないぃーー!!
「二人共気合は十分なようね。それでは......始めっ!!」
FIGHT!!
「紅蓮拳!!」
先に動いたのはカリンだった。開始の合図とほとんど同時にこちらに向かって距離を詰め技を繰り出す。サクラと闘った時のような様子見などではなく、宣言通り最初から全開のようだ。
「ふっ!はっ!」
「これならどうかしら!!紅蓮禊(ぐれんくさび)!!」
かなりの速さの掌底での2連撃を躱したところに、カリンは畳み掛けるようにスライディングキックを繰り出してきた。なんとか前方に跳躍することで躱すことは出来たが、本当にギリギリのところだった。というか、少し掠った。追加入力で技が変化する連撃はゲーム内でのカリンの強みの一つだったが、この世界でも同様のようだ。実際に相対すると非常に厄介である。戦いにくいことこの上ない。
「流石と言っておきましょうか、よく躱せましたわね。はぁ!!」
「くぅっ!?」
カリンの飛び膝蹴りをなんとか受けきる。今のはムエタイの動きだな。カリンは様々な格闘技をマスターしているので、こういった技の引き出しは非常に多いようだ。
どうやらカリンは波動拳や波動壁を警戒しているようで、近距離での短期決戦を狙っているようだ。バーディーとの闘いで互いに体力を消耗している今、その選択は正しいと言える。距離をとっての持久戦なら、飛び道具のある俺が有利だしね。
ま、近距離で俺が不利というわけではないけどね!
「ここだぁ!!降魔覆滅(こうまふくめつ)!!」
俺はミドルキックからボディーブロー、ハイキックとつなげる連撃を放つ。この技は日向流の技の一つで、カリンの紅蓮拳と似た性質をもっている。最初のキックから、足払いやアッパーなどに繋ぐことも出来る。カリンは最後のハイキックを避けることが出来ず、何とかガードしたがその勢いを止めてしまっていた。
「今のは効きましたわ......っ!はっ!?」
カリンはしまった!という表情を浮かべる。何故ならカリンの勢いが止まった隙に、俺がバックステップで距離をとり技を放とうとしていたのだから。
「波動壁!!」
「くぅ!?」
不意打ち気味の波動壁にもしっかりと反応し、サイドステップでなんとか避けるカリン。だけど、まだだ!
「波動拳!!」
「くあぁ!?...くっ!厄介ですわね!」
波動拳を受けてカリンは表情を歪めた。パンチ一発分程度の威力しかないとはいえ、蓄積されれば致命的なダメージになる。体力に余裕のない現状ならなおさらだ。波動拳や波動壁を警戒しながら接近し、近距離で俺を倒しきらなければならないのだ。カリンにとっては厳しい状況といえる。
対する俺は距離をとりつつ波動拳等の飛び道具で牽制していけば有利に立ちまわることが出来る。しかし、決して油断は出来ない。何故ならカリンの目は不利な状況になったというのに全く諦めの色がない。このままでは決して終わらないだろう。
「すぅ...はぁああっ!!行きますわよ!!」
「...!波動壁!!」
カリンは空手の息吹のような呼吸法で気合を入れると、俺に向かってまっすぐに突っ込んでくる。俺は迎撃に波動壁を放ったが......
「この......程度ぉ!!喰らいなさい!!」
カリンはその波動壁を突っ切るようにそのまま俺に突進してきた。これは先程の戦闘でのバーディーと同じ戦法かっ!俺は反射的に迎撃で拳を繰り出したが、その途中でそれが悪手であったと気づいた。しかし、その時には既に手遅れだった。
「――夜叉返し!!」
「ぐはぁっ!?」
もしこの時カリンが何らかの攻撃を仕掛けてきていたのなら、俺の迎撃で叩き落とされ勝負は決まっていただろう。しかし、カリンは夜叉返し(カウンター)の体勢のまま俺の攻撃を待っていたのだ。しかも、喰らいなさいと叫ぶことで自分が攻撃するようにみせかけて。結果、見事に顎にカウンターを貰ってしまった。
「まだですわ!!神月流!荒熊いなし!!」
「がはぁ!?...ぐっ!!」
カウンターで怯んだ俺にカリンは鋭い膝蹴りを放ち、更に合気道の要領で投げ飛ばした。投げは何とか受け身をとれたが、蹴りはもろに喰らってしまった。再び距離は開いたが、先程までの優位は消し飛ばされてしまった。
「その波動拳と波動壁という技、確かに厄介でしたが......どうやら撃った後に少し隙が生じるようですわね?先程のような無茶はもう出来ませんが、やりようはありますわ!!」
しかもまだそこまで撃っていないのに、波動拳と波動壁の欠点も見抜かれてしまった。この短時間で見抜く辺りは流石としか言い様がない。サクラならさっきみたいな無茶な突進を繰り返して自爆していそうなのに。とにかくこれで遠距離でもこちらが優位だといえなくなってしまった。
「波動壁!!」
「そこですわ!」
カリンは波動壁をスレスレで回避し、着実に距離を詰めてくる。
「波動拳!!」
「はぁっ!」
これもギリギリで躱されまた距離を詰められる。どうやら完全にタイミングを掴まれたようだ......『だがそれでいい』
既にあと一歩踏み込めばカリンなら攻撃が可能な範囲だ。もしこの間合で波動拳か波動壁を避けられれば、恐らく俺はそのまま負けてしまうだろう。だからこそ俺は、その技を繰り出した。
「波動...」
「迂闊な!!無尽脚!!」
カリンは俺が波動拳を放とうとしていると判断しタイミングを合わせて恐らく現在のカリンの技の中でもっとも威力のある無尽脚を放った。本来ならばカリンの技は波動拳の硬直を突き、俺の顎を打ち抜いていただろう。しかし、俺の掌から波動拳は『出なかった』
「――昇龍拳!!」
「なぁっ!?くはぁ!?」
完全に自身の技が俺を捉えると確信していたカリンを逆に俺の昇龍拳が捉える。リュウの昇龍拳はおろかサクラの咲桜拳にすら遠く及ばない一撃だが、カリンの身体を一瞬浮き上がらせ無防備にするくらいは出来る。今はそれで十分だ!!
「喧嘩崩拳(けんかぽんけん)!!」
「きゃあぁーー!!」
ウル父さん仕込みの我流崩拳がカリンに炸裂し、ダウンを奪った。流石にダメージが大きかったのか、カリンは起き上がることが出来なかった。
「そこまで!勝者、涼!」
YOU WIN!!
カレンさんが試合の終了を告げる。ふぅ、なんとか勝てた。......良かったぁ~、これで『アレ』は受けなくても......じゃなくて!!
「神月さん大丈夫!?」
俺はカリンに駆け寄り声をかける。あまりにも余裕がなかったので普通に崩拳とかを当ててしまった。試合前に心配していたのに結局自分がやり過ぎてしまったかもしれない。
「......負けた。まさか、私が同年代の相手に二度も敗れるなんて...っ!!」
良かった。悔しがってはいるけど大丈夫そうだ。
「すごっくいい試合だったね!!見てただけなのにむねがドキドキしてきちゃったっ!!」
「そうね。とても小学生同士の試合とは思えなかったわ。特に終盤の駆け引きはどちらも見事だったわね。......久しぶりに血が騒いだわよ」
サクラとカレンさんがオレ達に近づきながら声をかけてくる。サクラは相当に興奮しているらしく、俺の服を掴んでガクガク揺さぶってくるほどだ。なんでお前は興奮すると俺になにかしらの危害をくわえるんだ。今結構ぎりぎりなので、揺さぶられると非常にきついんだが。
「......最後の瞬間、私は勝ちを確信していましたわ。タイミングは完璧だったはずなのに何故あの時動くことが出来たんですの?」
「ああ、それは簡単だよ。最後の波動拳は動きだけで実は撃ってなかったんだ。だから反撃が間に合ったんだよ」
この世界でもゲームと同じように波動拳等の気を使った飛び道具を撃つと隙が出来てしまう。何故かというと、例えば波動拳は掌に波動を集中させて放つ技だが、撃った後にも波動が掌の辺りに少し残ってしまうのだ。実際に俺も撃てるようになってからわかったのだが、この残った波動をそのままにしておくと、上手く動かせなかったり力が入らなかったりするのだ。
なので、そういった状態にならないように波動を出し切るなどで身体の気の流れを元の状態まで戻す時間が必要になる。そのため、波動拳ならつきだした腕をそのままにしておく、波動壁なら地面にしばらく手をつけておくといった隙が出来てしまうのだ。ゲームでは単純にシステム上の都合だが、この世界では実際にそうしなければいけない必要性がちゃんと存在しているのだ。
今回のカリンとの手合わせでもそこを見抜かれたわけだが、最後はそれを逆手に取って勝利することが出来た。
「なるほど。してやられた、ということですわね。だからあの時タイミングがずれたのですね。......迂闊だったのは私の方だったようですわ」
ストリートファイターには『波動の構え』という技が存在する。これは波動拳を撃つ動きをするだけで、実際にはなにもださないという技だ。攻撃力や当たり判定がなく一見すると意味のない技なのだが、通常の波動拳よりも硬直が少ないので、波動拳だと思って飛び込んできた相手を本来なら間に合わない昇龍拳で叩き落とす、といった使い方ができるフェイント技なのだ。今回のカリンとの手合わせで俺が使ったのがまさにそれなのだ。
......思えば波動拳を撃とうとして何度この技になったことか。まあそのお陰で熟練度が上がってカリンを騙せるほどのクオリティーになったと思えば無駄ではなかったのかもしれない。
「今回は上手くいったから俺が勝てたけど、次はどうなるかわからないね。......実際、今のサクラの揺さぶりでちょっと意識がとびそうになるくらいにはボロボロだしね」
「あ!?ご、ごめんねアル!?つい」
「......よろしいでしょう。アルさん!貴方をこのカリンの宿命のライバル2号に認定いたしますわ!!サクラさんともども、いつか完全勝利してみせますわ!!」
回復してきたのか立ち上がったカリンに、ライバル認定されてしまった。ていうか、2号て。仮面ラ◯ダーじゃないんだから。そもそも宿命のライバルって二人いて大丈夫なのか?
「あっ!そうだ!神月さん!ライバルの前に友だ「柴崎!帰りますわよ!!」え!?もう帰っちゃうの!?はどーけんとかのこと聞くんじゃなかったの!?」
「あの技は先程の闘いで身を持って学ばせてもらいましたわ!ならばもはや言葉は不要!私自身の力でものにしてみせますわ!!」
やっぱり友達になるのが恥ずかしいようだ。サクラが友達と口にしようとした瞬間超反応で言葉をかぶせてきた。俺は説明の手間が省けていいけど、そのうちもう少しカリンが素直になれるように動いてみようかな。いつまでもこんな感じだと俺まで被害が及びそうだし。
「お嬢様、お帰りの準備が整いました」
「それではこれで失礼致しますわ!!皆様ご機嫌よう!オーホッホッホ!!」
道場に入ってきた柴崎がカリンに告げると、道場の入り口を出てすぐのところに降りてきていた梯子に掴まりそのまま高笑いを残しながらヘリで飛び去っていってしまった。結局自己紹介と手合わせしかしなかったけど、これで良かったのだろうか。
「いっちゃった......。むう~、ともだちになりたかったのになぁ」
サクラはカリンが帰ってしまってかなり残念そうだ。しょんぼりとした表情で道場の入り口の方を見つめていた。すると残っていた柴崎が声をかけてきた。
「本日はお嬢様にご助力いただき誠にありがとうございました。今回の件は私共に至らぬ点がございました。今後はこのようなことが起きぬよう尽力致します。ご家族の方にも説明致しましたが、後始末はしておきましたので警察などの事情聴取は恐らくございません。どうぞ普段通りにお過ごしください」
「えっと、よくわかんないけどいつもどおりでいいんだよね?」
小学生には少々難しい言い回しだったのでサクラはいまいち理解していないようだが、どうやらもう警察などへの手回しが終わっているらしい。バスジャックをもみ消すのに一時間かからないとは神月財閥恐るべし。......よく考えたら俺とサクラって、そんな財閥の次期後継者を同意の上とはいえ殴ったり蹴ったりしてるけど大丈夫だろうか。
「......お嬢様はサクラ様に敗北して以来、非常に生き生きとしていらっしゃいます。今までお嬢様は神月としてあるために厳しい修行を乗り越えてこられました。その実力は同世代の方々を大きく引き離しており、今まで敗北することはただの一度もございませんでした。その為、どうしても自分と対等と思える存在が身近におられなかったのです」
やっぱりカリンは今まで友達が居なかったようだ。神月財閥の次期当主としての境遇にあの実力、おまけにあの性格(ツンデレ)だもんな。そりゃあ普通の子供たちと友だちになるのは難しいだろう。サクラに敗北したのに逆に生き生きとしてしまう辺り、相当張り詰めていたんだろうな。
「本日の手合わせも、お嬢様にとって大変有意義なものであったことでしょう。自分と親しい存在が二人に増えたのですから。どうぞこれからもお嬢様をよろしくお願いいたします。......少々語りすぎましたね。出すぎた真似を致しました。それでは私共はこれで失礼させていただきます。......石崎、何をニヤついている。行くぞ」
そういうと柴崎は玄関の方に歩いて行ってしまった。その後を青い顔で石崎が追いかけていった。
......なんか、意外な一面を見た気がするな。終始無表情でわかりにくかったが、どうやら相当にカリンのことを大切に思っているようだ。普段はあまり表に出さないのだろう。石崎も珍しいものを見たって顔でニヤついてたしね。入口のあたりで「今月の給料査定、楽しみにしておくといい」と言われてこの世の終わりみたいな顔してたけど。
「......さて、涼。さっきの技について聞かせてもらえるかしら?」
カレンさんが俺の背後から肩に手を置きながら話しかけてきた。そういえば波動拳とか秘密にしてましたもんね。カリンに説明する手間が省けたと思ったらもっと厄介な人が出てきた。......ヤバイ。答え方を間違えたらせっかくカリンに勝って回避した『アレ』が執行されてしまう。
「どちらの技も『気』を使っていたわね?私との修行の時に使う所は見たことないし、甚八郎や狼司(ウル父さん)たちからも聞いた覚えがないわね。どういうことかしら?」
「えっとね、ウルさんに組手でかちたいからヒミツでれんしゅうしてたんだって!だからカレンさんもウルさんたちにはまだ言っちゃダメだよ!」
俺がどうしようか考えているとサクラが先に答えた。しかも父さん達への口止めまでお願いしてくれた。よくやったサクラ!さっきの揺さぶりの件はこれで忘れようじゃないか。サービスで冷蔵庫の俺のプリンもつけてあげよう!
「成程ね。そういうことなら狼司たちには黙っておいてあげるわ。どうやら実戦でも使えるレベルのようだし、そんなに長い期間黙っておかなくてもいいのでしょう?」
「う、うん。今日やっとまともに使えるようになったばかりだから、もう少し練習してからになると思うけど。次に甚八郎おじいちゃん達が遊びに来た時には使うつもりです」
......ふぅ、どうやら無事に「でも私が今涼を鍛える分には何も問題はないわよね?」......え゛!?
「さあ早く構えなさいな」
そう言いながらどこにもっていたのか木刀を構えるカレンさん。
「え!?でも今神月さんと闘ったばかりだし、木刀も持ってきてないし」
「『気』が使えるのなら大丈夫なはずよ!もちろんさっきまでの技を使ってもいいからね。さ!始めるわよ!!」
その後、久しぶりに気絶するまで素手の状態で木刀を持ったカレンさんにしごかれました。波動拳や波動壁を使って抵抗してみたが、普通に木刀で切り払われました。何あれ怖い。本当に血が騒いでいたのか、今日はいつもより容赦がなかったなぁ。そんなことを考えながら俺の意識は闇に落ちていった。
「......で、二時間位で気が付きまして、昼ごはんを食べてからここに来ました。ということで今日の修行はサクラと俺は休みますので」
「お、おう。わかったぜ。なんだか大変だったみてーだな」
気絶から復活した俺は、現在サイキョー流道場に来ています。色々と大変だったので今日は修行を休むことをダンに伝えるためだ。まだ道場の電話は使えないらしいので直接来なければいけないからね。
「明日からはちゃんと来ますのでよろしくお願いしますね」
「あんまり無理すんじゃねぇぞ?そういやサクラはどうしたんだ?聞いた感じだとお前さんより元気そうじゃねえか?」
「サクラなら家で俺の妹と戯れてます」
「......そうか」
「ええ」
何故それなりに元気なサクラではなく気絶から目覚めたばかりの俺がサイキョー流の道場までいくことになったのかというと、なんでも流石にあんな事件(バスジャック)があった後に女の子を独り歩きさせるのは憚られるからだそうだ。
正直男の子の独り歩きも十分危ないと思うのだが。しかも、あまり認めたくないが俺の見た目はそこらの女の子より女の子してるんで危険度は変わらないんじゃないかな。
とりあえず、サクラにはさっきプリンをあげようと思っていたけどそれはなしにしようと思う。あんにゃろう、アナスタシア(俺の妹)と戯れながらいい笑顔で「いってらっしゃい!!」と言ってきやがった。悪意はないないんだろうが少しイラッときたからな。
「それにしても剛拳の弟子にあったのか。......どうだった?」
「......強かったですね。竜巻旋風脚は本当に竜巻みたいでしたし、昇龍拳も凄い威力でした。波動拳も俺なんかのとは威力も弾速もレベルが違いましたね」
本当にリュウは10代なのか疑いたくなるほどの強さだった。ダンはリュウの事が同じ剛拳の弟子ということもあってかかなり気になるようだ。
「......そうかい。ま!この俺様には敵わねぇだろうがよ!!......ん?アル、お前波動拳使えんの?」
「はい。やり方とかは我流なんですけど、リュウさんには自分の流派のものと似ているって言われましたね。まあ、今日使えるようになったばかりなんですけど」
俺のなんか、という先程の言葉から俺が波動拳を使えることに気づいたのかダンが質問してくる。別にもうサクラ達にバレてるし、隠すことでもないから使えるということを肯定する。
「マジで!?ちょ、ちょっと見てやるから撃ってみろよ!お、俺が判断してやるぜ!」
「え?いいですけど」
そういえばダンの我道拳って正直ゲームでは微妙な感じでしたね。ストリートファイターⅣならそれなりに優秀な技なんだけど、それ以外の作品では「飛び道具なのにリーチがない」、「伸ばした腕にも当たり判定がある」、「硬直が波動拳と同等か、それ以上に長い」と散々な性能だった。威力自体は波動拳と同じくらいあるんだけどなぁ。 まあ、今はとりあえず俺の波動拳を見てもらおうかな。
「いきますよ!波動拳!!」
「!?」
俺の波動拳を見て驚きの表情を浮かべるダン。恐らく威力は我道拳より低いのだろうが、かなり遠くまで飛んだからな。道場の扉を開けておいてそこに向かって撃ったのでどれくらい飛んだのかはわからなかったが、少なくとも我道拳よりは遠くまで飛んでいるはずだ。なんで外に向かって撃ったのかというと、壁にあたってしまうと俺の波動拳の威力でさえ崩れる可能性があるからだ。
「な、なかなかやるじゃねぇか。......本当に自分だけで撃てるようになったのか?」
「はい、一応。実はかめ◯め波に憧れてまして。小さい頃からずっと練習してたんですよ。今日までは全然飛ばなかったんですけど、犯人にサクラともう一人の女の子が掴まれてしまって。二人を助けようと必死で撃ったら出来るようになりました」
本当に急に撃てるようになったんだよなぁ。あの時は自分も必死過ぎて自分でもよく覚えてないんだよね。
「そうだ!せっかくここまで来たんだ!サイキョー流の我道拳を見せてやるぜ!!」
お!どうやら我道拳を見せてくれるらしい。やっぱり生でゲームの技が見れると嬉しくなってしまうよね!テンション上がってきたぜ~!
「はい!お願いします!」
「よぉーし!!よく見てろよ!いくぜぇっ!!我道拳ーー!!」
ダンが気合を入れて腕を少し後ろに引くと、その掌に波動が集まっていく。波動の色はリュウよりも若干薄く、少し緑がかっている。そしてそのまま『片手』を前へと突き出し気弾を放つ。それなりの速度で放たれたそれは、何故か二メートルくらい進んだところでいきなり消えてしまった。ゲームでいえばストリートファイターⅣの強我道拳位だろうか。
「ど、どうだ!!飛距離はそれほどでもないが威力はバッチリだぜ!?」
ダンは波動拳に負けたくないのか、我道拳の良さを必死の表情でアピールしてくる。まあ、ゲーム中のイメージよりは普通に使えそうな技だったけど、それより気になることがあるんだよね。
「......火引さん」
「なんだ?」
「なんで『片手』で撃ってるんですか?」
「......ん?普通波動拳って片手じゃねぇの?あれ?そういやさっきアルは両手で撃ってたな?」
そうなのだ。ダンの我道拳は片手だけで撃つ技なんだ。片手でそれだけ出来るなら、両手を使えば普通に波動拳撃てるんじゃね?と思ったのだ。
「えっと、リュウさん...剛拳さんの弟子の方も両手で撃ってましたし、普通は両手で撃つものだと思いますよ?」
「はっ!?嘘だろ!?だって師しょ...じゃなくて剛拳のやつはいっつも片手で撃ってたぞ!?」
そういえば剛拳の剛波動拳も片手で波動拳を撃つ技でしたね。でも、それって所謂上級者用の打ち方なんじゃ?あの豪鬼ですら地上では両手で撃ってるしね。もしかしてダンが波動拳を使わないのって知らなかったから?基本的な打ち方を飛ばしていきなり上級者用の撃ち方をしてたからあんな中途半端な感じになったんじゃ。
「剛拳さんにはなんて教わったんですか?」
「いや、一度だけ見せてもらって技の仕組みの説明を受けたぐれえだな。その後すぐ破も...やめちまったからなぁ。基本的には技は盗む感じで覚えろって言われてたしな。まさか、両手で撃つのが基本だったのか。お、俺の今までは一体......」
「い、いや、片手でそれだけの気弾が飛ばせるなんて凄いと思いますよ!あ、憧れちゃうなー」
落ち込み始めたので慌ててフォローする。実際、片手であれだけのものが撃てるのは凄いと思う。いや本当に。前に俺も片手で撃とうとした時なんて全く飛ばなかったし。
「そ、そうか?......そうだよな!!きっと剛拳の野郎が俺様の才能を恐れてちゃんと教えなかったに違いねえ!!」
......それもあながち間違いじゃないかもしれないな。ダンはサガットへの復讐心を捨てきれなかったから破門された。なんといっても剛拳の技は元々暗殺拳だ。剛拳がダンの復讐心を危惧してあえて技をちゃんと教えなかった可能性は十分にあると思う。実際のところはわからないが。
「とりあえず、一度両手で撃ってみたらどうですか?火引さんなら普通に撃てるかもしれませんよ?」
「うっし!いっちょやってみっか!」
ダンは今度は両手を組み合わせて気を集中させる。そしてそのまま両手を突き出し波動拳を放った。
「我道拳~!!」
あ、そこは我道拳のままなんですね。というか、普通に飛んでますね。元の我道拳よりも弾速や威力が上がっているように見える。慣れていないからか、発生は少し遅いし硬直も長いみたいだけど。一回目でちゃんと撃てる辺りがこれまでのダンの修業が無駄ではなかったということを証明している。それにしてもやっぱりダンって普通以上に才能あるよな~、羨ましい。......あ。
バキィッ!!
「「......」」
ダンが放った我道拳は、道場の壁を見事に撃ちぬいていった。壁にあいた穴から風が吹き込んでくる。まだ4月なので少し冷たい風がなんともいえない沈黙の空気を俺達に運んできた。
「......火引さん」
「......なんだ」
「......月謝の割引分、やっぱりお支払いしますね」
「......すまねぇ」
あまりにも不憫なので月謝は通常分支払うことにした。いや、ほら、俺がやってみればって言ったわけだし。
「明日は多分3時すぎぐらいになると思います。サクラに波動拳を教えてあげてくださいね。それじゃあ失礼しました」
「......おう。任せとけ。またなぁ」
背中が煤けて見えるダンにそれだけ告げて道場を後にする。さり気なくサクラの指導を押し付けることが出来たし我道拳も見れたので、無理してきたかいがあったな。......道場の壁は犠牲になったけど。そんなことを考えながら俺は帰路につくのだった。
翌日、本当に警察からの事情聴取もなく普通に学校に行くことが出来た。まあ、バスがまた新しくなって護衛の人が乗っていたり、クラスメイト達から質問攻めにされたりはしたが。後は、
「オーホッホッホ!!サクラさんにアルさん!おはようございますわ!!」
カリンがサクラだけでなく、俺にまでやたらと絡んでくるようになった。特に体育の時間とか露骨に張り合ってくるのでやりにくい。というか、なにかにつけて名前を大きな声で呼んでくるので皆の注目が集まって恥ずかしいんだよ!
「ちょ、ちょっと神月さん!?なんでサクラだけじゃなくアルくんにまで!?」
「当たり前ですわ!何故ならアルさんも私の宿命のライバル2号なのですから!!オーホッホッホ!!」
「くっ!?なんてまよいのない目をしているの!?」
ケイが突っかかっていったがあえなく撃沈していた。どうやらカリンの態度を変えるのはすぐには難しそうである。もう少し様子を見て、行けそうだったらさり気なくライバルから強敵(とも)、強敵から友達へと誘導していこう。......先は長そうだなぁ。というか、普通は順番が逆だろうに。
先生たちにも昨日のバスジャックの件で既に何らかの伝達があったのか、いつもと同じように授業は行われた。ただ、「日向くん、神月さんをお願いね。先生はもう...」と先生からもお願いされてしまった。確かに制御不能で持て余すのはわかるが、それを生徒の俺に託さないで欲しい。俺はサクラだけで既にいっぱいいっぱいなんです。
まあ、そんな感じで前日にバスジャック事件が起こったとは思えないほど普通に一日の授業が終了しました。
「オーホッホッホ!!それでは私は対サクラさん&アルさん用トレーニングがありますのでこれで失礼いたしますわ!皆さんご機嫌よう!オーホッホッホ!!」
そういってカリンは今日も帰りのホームルームの終了するとすぐに帰宅してしまった。訓練メニューに俺の名前が追加されていて、ますますどんな内容なのか気になってしまった。お、今日はヘリで帰るのか。
「それじゃあ私たちも行こう!ケイちゃんまたね―!」
「サクラー!いいかげんいアルくんと手をつなぐのやめなさいよーー!」
今日からは学校が終わったらそのままサイキョー流の道場に向かうようにしたんだ。もちろん俺は道場までサクラに引きずられました。腕が痛い。
「火引さん~~!!来たよー!!」
サクラはそう言いながらノックもせずに道場へと突撃していった。だからいきなり開けるなって。着替え中とかだったらどうするんだ。見られた方も見た方も悲しい気持ちになっちゃうだろ。
「おお、サクラじゃねえか。思ったより早かったな」
どうやら修行中だったようだ。ダンはいつもの道着姿で何かの型らしき動きをしていた。......今のってなんの動きなんだ?挑発?
「こんにちは、火引さん。......『アレ』使ってるんですね」
「おう、アルか。......まあ、せっかく貸して貰ったんだから使わねえと勿体ねえしな。......やっとかねえと次にあった時が怖そうだし(ボソッ)」
ちなみにアレとは地蔵シリーズの一体です。ダンが家でおじいちゃん達にしごかれた際に貸し出されたもので、今は道場の片隅で異様な存在感を放っている。......なんか最近油断するとトレーニング器具の収納場所に地蔵が増えていくんだよね。ちょっとしたホラーだよ。
「そんじゃあ準備運動が終わったら前回の続きからだな。喜べサクラ!竜巻旋風脚が出来るようになったら今度は波動拳を教えてやるぜ!あ、アルは我道拳な」
「ホントに!?うわ~い!やったぁーー!!ぜったいに今日中にできるようになるんだから!!」
「おおぅ、張り切ってんな。まあ、まずは準備運動からだ」
そして簡単な準備運動を終えてサクラは竜巻旋風脚、俺は断空脚の練習に移った。しかし、やり始めてすぐにサクラがやらかしやがりました。
「せーのっ!!たつまきせんぷうきゃくーー!!......できたぁーーー!!!ねえアル!!見てた!?今私ういてたよ!!いやったぁーーー!!」
なんと昨日まで全く出来てなかった竜巻旋風脚を一発で成功させたのだ。流石にリュウのレベルまではいかないものの、3回の回し蹴りを確かに地面に足をつけずに前進しながら繰り出したのだ。見ていたダンがあんぐりと口を開けて唖然としている。きっと俺も似たような表情をしてるんじゃないかな。
「サ、サクラ!?なんで急に出来るようになってんの!?アレか!?今頃になって俺のアドバイスの成果がでたのか!?」
「え?それはちがうよ。きのう見たリュウさんのたつまきせんぷうきゃくをおもいだしながらやってみたらできたんだよ!!」
確かに、リュウは昨日竜巻旋風脚を使ったが、それを見ただけで出せるようになるってどういうことだよ。才能か?才能なのか?
「う、嘘だろ......。俺が少し浮けるようになるまで何ヶ月かかったと思ってんだっ...!それを2日っておかしいだろ!?」
「ねえ、アル!またわざの名前かんがえてよ!!咲桜拳みたいなやつ!あ、火引さん!やくそくどおりはどーけんおしえて!」
ダンはかなりのショックを受けている。自分が何ヶ月もかかってようやく会得した技を2日で会得されたら誰だってショックを受けると思う。
というか、サクラから技の命名を頼まれてしまった。確かに俺が咲桜拳の名前は俺がつけたことにはなっているが、実際はゲームのまんまの名前を言っただけなんだが。
「じゃあ春風脚(しゅんぷうきゃく)っていうのはどうかな?春風ははるかぜって読めるしね。桜といえば春だろ?」
「しゅんぷうきゃく......いいねそれ!かっこいいし、なんだかかわいいし!」
原作通りの名前を言ってみたが、どうやらお気に召したらしい。かなり嬉しそうだ。......もしかして今後もサクラが技を覚えるたびに俺が名前を決めさせられるのか?原作にある技ならそのままでいいだろうけど、見たことない技とか頼まれたらどうしよう。適当に春とか桜が入ってればいいのか?
「......なあ、アル。サクラってもしかして凄ぇ才能あったりしねぇ?」
「ええ、おじいちゃん達のお墨付きですよ」
あのおじいちゃん達もサクラの才能には驚いていたくらいだ。特に瞬発力と本能的なセンスが素晴らしいとか。
「そ、そうか。才能はあると思ってたが正直想像以上だぜ。でもよ、お前のほうが強いんだろ?」
「俺の方が早く修行を始めましたからね。......修行量だけなら何倍も上のはずなのにもう実力がそんなに変わらないんですよ...ハハッ」
実際、身体能力だけならほとんど変わらないのだ。俺のほうが単純な腕力やスタミナ(打たれ強さ)は上だが、ダッシュ等の瞬発力関係は既にサクラに負けている。
今まで俺が負けていないのは、サクラがまだ格闘技の初心者だからだ。確かに天性のセンスはある。しかし、経験が足りないせいか時々凄く迂闊だったり、勝手に自爆したりするんだ。俺も初心者だが、前世の記憶と今までの修行分で何とかカバー出来ている。
......それでもいつもギリギリなんだけどね!だってたまにありえないような動きで攻撃してくるし、俺の攻撃やフェイント等を勘だけで回避したりするんだよ!?ニ○ータイプかお前は!それに一瞬の爆発力が恐ろしい。カリンと闘った時の最後のように、一瞬で状況をひっくり返すほどの力を出す時があるし。あれだ、中忍試験の時のナ○トみたいな感じだ。
「火引さーん!やくそくどおりはどーけんおしえてよ!!アルってば火引さんからちゃんとならったほうがいいって言ってぜんぜんおしえてくれないんだもん」
「サクラが使いたいのはリュウさん達と同じ波動拳だろ?俺のはやり方が一応オリジナルだから、剛拳さんから教えを受けたことがある火引さんに教えてもらうのが一番いいって!」
これで俺が教えたとして、もし今回みたいに二、三日で撃てるようになったら立ち直れなくなりそうだし。
「まあ、落ち着けって。波動拳の修行はもう少ししてからな?アルなんてまだ何もしてねえだろ。サクラも竜巻...じゃなかった春風脚だっけか?それをもっと練習しときな!出せるだけじゃあ実戦では通用しねえぞ!」
ダンがサクラを落ち着かせる。確かに今練習を始めたばかりだしな。それにしても後半のセリフがゲームのダンだったら盛大なブーメランだよね。ほとんどの技が中途半端だし。
「う~。早くおしえてほしいけど...わかったよ!もっとれんしゅうしてちゃんとうけるようにれんしゅうしてみるね!!
「ようし!そのいきだぜ!!せっかく春風脚って名前も貰ったんだ。しっかり自分の技にしてやんな!!」
何気にダンがいいことを言っている気がする。俺も波動壁とかをもっと胸を張って自分の技だって言えるように努力しないとな。いつまでも『なんちゃって◯◯』とかじゃかっこ悪いしね。断空脚も今試しているアレンジが成功すれば全然違う技になりそうだし。
その後しばらくそのまま練習を続けました。結果としてサクラは少しだけだが前進距離が伸びて、俺は断空脚の二発目が安定して出せるようになってきた。二日間だけの修行としては上々の結果なのではないだろうかサクラなんて出せるようになったし。
そういえば練習中にダンからアドバイスを貰った。その内容は「もっと2発目を出すときに気合を入れるんだ!こう、ぜったいに沈まねえぞ!みたいな」というものだ。一見するとただの根性論のようにも見えるが、ふと思いついた。これって技を出すときに『気』を使えってことじゃないかって。
今までは純粋に脚力と体捌きのみで出そうとしていたから失敗していたのかもしれない。そうなると竜巻旋風脚も同じように『気』を使っているから浮くことができるのか?だとするとサクラは無意識で気を使ってるってことになるけど......ありえるな。だって、サクラだし。
とにかく『気』は推進力に利用できるのかもしれない。もしこれが正しいなら色々な技に応用できるはずだ。これは夢が広がりングですね!家に帰ったらこっそりと試してみることにしよう。
「うっし!そろそろ次に移るか!サクラ、お待ちかねの波動拳の修行だぞ!」
「やったぁーーーー!!!」
サクラのテンションがヤバイことになってます。まあ、お預けくらってたみたいなものだし、仕方ないのかもしれない。
「そんじゃあ外に移動すんぞ!」
「ふぇ?なんで?ここ(道場)じゃだめなの?」
「絶対にダメだ!!あ、いや、こ、こういうのは気分が大切なんだよ!だから外に出ないとダメなんだ!ほら行くぞ!」
俺は道場の壁のとある場所に視線を向けた。そこには風が入らないようにと既に塞がれているが、それがダンボールなあたりに哀愁が漂っている。ダンボールに書かれた文字が「もやし」なのが更に拍車をかけている。
「?とにかく外に出ればいいの?わかったよ!!」
そういって元気に外へと駆け出すサクラ。よっぽど波動拳を習えるのが嬉しいのだろう。若干足取りがスキップしていた。
「......火引さん」
「何も言うな、アル。行くぞ」
どうやら壁の件は余り触れてほしくないようだ。......そっとしておこう。
外に移動し終わったところでダンが俺達に波動拳を仕組みを説明してくれた。くれたのだが......
「――気の修練には三層九歩の段階があってだな、練精化気以個体 練気化神至用 錬神還虚以 養生、武術としては九顎尾閭関で気を練って―――」
「......????」
正直言って話が難しすぎてわかりにくいです。サクラなんてわからなさすぎて、目が少し虚ろになってきている。数分前までは期待であんなに輝いていたというのに。
「という感じだな。......どうしたお前ら?」
「ワケガワカラナイヨ」
「えっと、ちょっと小学生には難しかったです。正直あんまりわかりませんでした」
というか、明らかに小学生にわかるわけないよね?俺ですらなんとなくしかわからなかったぞ。これでも前世の国語の成績は良かったんだけどな。それにしてもダンはよくスラスラ言えるよな。それなのになぜ波動拳が両手だって知らなかったのだろうか?
「わ、わりぃわりぃ。確かにお前らには早かったな。ついそのまま語っちまった。そうだな、簡単にいやぁ「やるぞ!」って気持ちを身体の一点に集中させろってことだ!」
「わかったよ!つまり......やる気がだいじなんだね!!」
今度はざっくりしすぎだろ。でもサクラは微妙にわかってないっぽいな。
「ホントにわかってんのかぁ?まあ、いいか。まずは手本を見せてやるよ!百聞は一見に如かずっていうしな!」
そういってダンは俺達から少し離れて構えた。どうやら今回は両手を使って撃つみたいだ。
「よく見とけよサクラァ!!これが我ど......波動拳だぁ!!」
そう言ってダンは波動拳を放つ。一応サクラに配慮したのか、我道拳と言いかけたのを波動拳と言い直した。放たれた波動拳は途中で消えることもなくちゃんと飛んでいった。
「火引さんすご~い!いいな~!私も早くうちたいよ~~!」
「ふっ、まあな!よっし!!早速やってみな!」
「うん!えーと、こうかな?......はどーけーん!!」
サクラが気合を入れて両手を前に突き出すが、さすがに何も出なかった。悔しそうにしているがそう簡単に出来るものじゃないぞ。俺なんて生後6日目から頑張ってやっと昨日撃てるようになったんだからな!
「むぅ~~、なにもでないよー!」
「最初は誰だってそんなもんだ!もっと手に力を集める時間を長くしてみな!まずは気をちゃんと集めねえと手を突き出しても何も出ねぇぞ!」
「うん!わかった!やってみる!!」
サクラが気合を入れ直し、再び波動拳の修行にとりかかろうとした時だった。俺達に後ろから誰かが声を掛けてきた。
「すまないが君たち、少し話を聞いてもいいだろうか」
「ん?誰だ?なんか用か?」
振り向くとそこには恐らく二十代半ば位の男が立っていた。かなり特徴的なヘアスタイルの金髪で、ミリタリー系の服装をしている。胸元にはチェーンにつないだドックタグをしているので本当に軍人なのかもしれない。......というか、軍人です。だって見たことあるし。
「私が話を聞きたいのは君ではなくてそっちの二人なんだがな」
「だから何の用だって聞いてんだろうが!怪しいんだよ!なにもんだテメェ!!」
ダンが少し声を荒げながら問いただす。確かにいきなり話しかけてきて小学生に用があるんだなんて言われたら誰だって警戒するよね。
「おっと、これは失礼した。まだ名乗っていなかったな。私はアメリカ空軍の――」
ダンの指摘を受けてその男は『メガネ』をクイッとかけ直しながらこう答えた。
「――ナッシュだ。階級は少尉。昨日のバスジャック事件について君たちに聞きたいことがあるんだ」
カリンお嬢様、新技(飛び道具系)習得フラグ?
ダン、波動拳を習得。
ガイルかと思った?残念!ナッシュだ!
次回はナッシュさん成分多め......だと思う。多分。
日向涼(勝利)VS神月かりん(敗北)
決まり手:喧嘩崩拳