ウチの真姫がファーザー・コンプレックスを患ってしまった件について   作:うなぎパイ

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後、二三話で結婚させて真姫の幼女時代でもいきたいですね

なんか感想で主人公が碇ゲンドウという設定になってる…
一話の最後修正させて頂きました

主人公は結構明るい人間ですよ!!


第3話 踏み出す一歩

「うぅ~、疲れたぁ」

 

足が痛い

流石にもうお腹は痛くは無いが、未だに疲労感が私の体全体を襲ってくる

今年一番の走りを見せた今の私は、前を歩く2人の後をトボトボと重い足取りでついていく

 

「なんで未だに疲れてるの。楓が走ったのって大学の敷地内だけでしょ?しかも、その後電車に乗ってるから十分休憩は出来たし」

「ったく、アンタねぇ。あんな威勢よく走り出したクセに一瞬でくたばってんじゃないよ」

「用の無い私たちを差し置いて、本人がねぇ」

「面目も無いです………」

 

容赦の無い2人の呆れかえった言葉が、私に降りかかってくる

最近の世の中は努力しても他人から、評価して貰えないのか

なんと世知辛いんだ

まったく……私は辛さなんて求めてないよ

辛口の料理が出たら、すぐに甘口への変更を願う程の甘口派だというのに

 

「あの信号の所を曲がったらすぐそこだよ」

「へぇ、意外に近いんだね」

「まぁ歩きでいける距離じゃないけどね」

 

確かに言う通りだ

大学からここまで歩きで来いと言われれば、私の阿鼻叫喚がまったなしだ

電車を禁止されれば、お腹を空かせた財布から諭吉を差し出してしまう事も頭に置いてしまう

 

「気になったんだけどさ」

 

助けてくれた『西木野 宗一郎』さんへお礼をしに彼が通っているジムへ向かっう中、何か思い出したように和泉ちゃんが尋ねてきた

 

「さっき駅員に言い訳とか言ってたけど何言って納得させたのさ」

「確かに。一体どんな事言ったの」

「む、気になる?この智謀溢れる私の完璧な言い訳がそんなに気になる?」

「あ~きになるきになる~(棒)」

「そうかそうか。そんなに気になるかぁ」

 

カッコボウ?カッコボウって(棒)の事だよね?それって文に書くときに使うだけで口頭で言う言葉じゃないよね?

若干心の篭っていない言葉や「今度はどんなドラマ見て影響されてるの?」という質問も含めて色々と気になるところだが構わず続ける

「教えてしんぜようッ!」とビシッと腰に手を当て和泉ちゃん達に指を向けた

 

「私が痴漢された事を伝えると『なんでこの男性は鼻が折れ、気絶しているんですか?』って言い出したの。だから私の智謀あふれる頭でノータイムで答えたんだ」

「ノータイムねぇ………」

「もう既に期待しても無駄って思っても大丈夫だよね」

「何て言ったの?」

 

さぁ恐れおのののくがいい!(←誤字)

私の徹頭徹尾完全完璧な言い訳をッ!!

 

 

 

「私が殴ってしまいましたってッ!!」

 

 

『………………………』

 

 

 

………おかしい

拍手喝采を待ち続けても何も聞こえない

そして何故か2人は哀れんだような様な表情で私を見てくる

私の完璧な言い訳に何か不満点でもあったのだろうか

紫信ちゃんが小声で「………想像より斜め上を突貫していったよ」と言っているが、その意味は分からない

 

「そうかそうか。君の一撃で中年の骨を粉砕か」

「そうだよ。こうシュシュッ!と」

 

よくテレビでボクシング選手がやっている様にワンツーを放つ

おぉ、意外に早く打てて、風を切れて思いのほか気持ちい

私を2人は更に哀れんだ表情で見てくるのは未だに理由が分からない

すると突然、紫信ちゃんが両手の掌を此方に向けてくる

 

「楓、打っておいで」

「え、大丈夫?当たってヒビとか入らない?」

「大丈夫、これでヒビ入ってたら私は歩くだけでヒビ出来まくってるから」

 

そこまで言うならしょうがない

全力をもってその期待に答えよう

 

 

「えい」(ぺち)

 

「やーッ」(ぺち)

 

「とーぉッ!」(ぺちッ)

 

 

………ふぅ

我ながら凄まじいパンチの数々だった

あまりの威力で自分の拳に痛みがジンジンと走っているが、それは攻撃を受けた紫信ちゃんも一緒らしい

痛みに耐えられないのか地面に倒れ伏しながら体は震え、お腹を抱えながらバンバン地面を叩いている

今度は「くッ………はは、腹痛い………ッ!」と嗚咽を洩らし始めた

どうやら私のパンチは受けた掌だけでなくお腹にまで痛みを与えるらしい

なんて末恐ろしいんだ、私のパンチは

 

「もうジムの目の前だよ。茶番は終わりにしな」

「それより見てよ和泉ちゃんッ!紫信ちゃんパンチしたら当たった掌だけじゃなくてお腹まで痛がり始めたの!私のパンチって凄くない!?」

「ふんッ!」

「痛いッ!!??」

 

和泉ちゃんの理不尽な一撃が私の掌を襲う

あまりの痛みに隣で未だに悶え苦しんでいる紫信ちゃんの隣で同じように悶え苦しみ始める

本当にヒビが入ってしまったのではないかと疑う程に痛い

私のパンチにもこれ程の威力を秘めていたのだろうか

 

因みに、後で何故殴ってきたのか尋ねると今度は逆の方の掌に拳を叩き込まれた

解せぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

未だに殴られた両掌の痛みを、ふぅふぅし何とか和らげようとしていると突然和泉ちゃんが何かに気づいたのか立ち止まった

先に何かあったのか気になり紫信ちゃんと一緒に後ろから覗き込む

 

「どうしたの、和泉ちゃん?」

「え、何。犬のフンでも踏んだ?」

「今度アンタの脳みそん中に馬糞塗りこんでやるよ」

 

軽い下品なボケに、とても重い下劣なツッコミが紫信ちゃんを襲う

よく街中で「馬糞」なんていう言葉を堂々と言えるな、と関心しつつも和泉ちゃんの目線の先を追う

 

「いや、あの人の所属ジムがあそこにあるんだけど、何か人だかりが出来てるんだよ」

「人だかり?」

「あ、本当だ」

 

和泉ちゃんの言うとおり、視線の先には一つの建物の前に何十人もの人だかりが出来ていた

まるで有名人が、路上ライブでもしているかのような集まりだった

 

「何か行列の出来る飯屋みたいだね」

「普通はボクシングジムにそんな人だかり出来るとは思わないんだけど………」

 

そう言いながら私たちは、その集団地点へと近づいていく

そしてある事に気づいた

 

「なんか異様に女子が多いね」

「確かに」

 

顔を見なくても服装だけで分かる

皆、可愛いかったり大人らしい

男性の服装にはかけ離れたものが殆どだった

 

「でも中はカメラ持った男の人たちが結構居るよ」

「本当だねっと」

「何も見えないぃ~」

 

2人は少しジャンプして建物の中を覗いて共感しあっているが、ジャンプしてもまったく見えない私はその中に混ざることが出来なかった

悔しい、ジャンプ力も先程発揮されたパンチ力並に力があればよかったのに

そんな私を少し呆れた表情で見て、ため息を吐く和泉ちゃん

昼から和泉ちゃんの、呆れる表情しか見てないのは気のせいだろうか?

 

「ちょっと待ってな。あそこにいる男の人に聞いてくる」

「え、で、でも悪いよ。それに何か険しい表情でちょっと怖いし………」

「だからってこんな人だかりで待ってちゃ、どうにもならないでしょ」

 

私に気を利かせてくれたのだろう

そう言って和泉ちゃんは、迷わずドアの出入り口で背中を向けながらも、門番の様に立っている男性の所へ歩いていく

きっと部外者が、入らないようにする役目の人なのだろう

紫信ちゃんと私は、その跡を追う形で歩き出す

 

「すみません」

「ん?」

 

大きい

昨日会った西木野さんと同じくらい

私より頭一個分程大きく、顔を見合わせるなら見上げなければならない程だ

半袖半ズボンの運動着から見える鍛えられた肉体を見るところ、この人もこのジムに通う人だというのが分かる

 

「何か人だかりが出来てますけど、何かあるんですか?」

「あぁ、今から公開スパーなんだよ」

「公開スパー?」

「公開スパ?」

 

このジムには温泉でもあるのだろうか

最近のボクシングジムは、そんな豪勢な設備が普通なのか

自分の常識が覆された事に驚いていると、和泉ちゃんが私の頭をペシッと叩いてきた

凄い、少し呟いただけで彼女は私が何を考えているのか分かるらしい

 

「公開スパーリング。まぁ、今回のは厳密には違うんだけどね。今度ウチの選手がタイトルマッチの権利を掛けて闘う、大事な試合があってね。それでこうやってマスコミがやってきて、取材やらなにやらしに来るんだ」

「厳密にはって?」

「本来公開スパーリングっていうのはタイトルマッチの、あぁ日本王者を決める試合の事ね。そういう大きい試合の前日でやるのが恒例だけど、今回は選手が特殊でさ。その前の試合でも結構注目されてるんだよ。相手側は公開してないのに、こっちだけ公開するってのは何ともあれだけどね。それだけウチの会長も本人も負ける気が一切無いんだろうけど」

「あぁ、それって西木野君の事ですか?」

「え!?」

 

和泉ちゃんのまるで知り合いかの様な口ぶり

そこにも驚いたが一番はそこではない

彼女の言う事が事実なら屋外にいる女性、屋内に居る男性の数々は先日会った西木野さんたった一人の為に集まった事になる

記者の数のも凄まじいが、目の前に居る女性達は彼のファンなのか

先程和泉ちゃんが言っていた通り、彼はモテるのだろうか

 

「あぁそうだよ。『西木野 宗一郎』、もしかして知り合い?」

「はい、実は今日呼ばれて来たんですけど、まさかそんな大事な事やってるなんて思いもしまいませんでした。あ、ちなみにこれ証拠です」

 

私の手に握られていた携帯を和泉ちゃんが、さっと奪うと操作を始めようとする

まったく駄目だよ、私の携帯はロック掛かってるから和泉ちゃんじゃ解けないよ

気を利かせて和泉ちゃんから携帯を貰おうと手を伸ばすと、何故か和泉ちゃんは既に男の人に携帯を見せている

その携帯の画面を見ると男の人は「確かにアイツの電話番号だな………」と呟く

………え?え?ちょ、ちょっと待って、あれだよね?ロック解除しないと画面って切り替わらないよね?

なんであの人の携帯番号が確認取れてるの?見れないはずだよね?

戸惑っている私を他所に和泉ちゃんはもう用が済んだと言う様に私に携帯を返してきた

そして、画面映るのはやはり彼の電話帳

………………え?何で和泉ちゃん私のパスーワード知ってるの?

私、教えた覚えないんだけど?

 

「じゃぁ入り口付近で待ってもらっていいかな。流石にこの状況で呼び出す訳にはいかないし」

「ありがとうございます」

「別に良いよ。それとアイツに話しかけるのはスパー終わってもちょっと待ってて。色々と質疑応答とかあるだろうし」

「分かりました」

 

そのまま案内をされると、すんなり屋内に入ることが出来た

………なんか外で窓ガラス越しでしか見ることが出来ないファンの方々に、申し訳ないような感じもするけど

まぁ、知り合いというのは嘘ではないからいいかな

軽く会釈し感謝を告げると、男性は再び出入り口へと戻っていった

和泉ちゃんはこちらにジェスチャーで「どんなもんだ?」と親指を立ててドヤ顔をしてくる

 

「なんか、和泉ってあれだね」

「う、うん………なんか凄いね」

 

やはり彼女の行動力と決断力は凄いな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは非公式ではありますが、これから公開スパーリングを始めさせて頂きます」

 

指導者の様な50歳程度の男性が、リングの中央で部屋全体に響き渡るように堂々と言い放った

するとリング場に2人が同時に入った

一人は30歳程度の男性で半ズボンと長ズボン、ヘッドギアを着用し緊張とやってやるぞという気合が篭った表情

そして反対側には

 

「西木野、さん」

 

先日昨日会った男性

話しているときは、優しそうな表情が殆どだったが今は違った

相手側の男性を、射殺さんとする程の険しい表情で睨んでいる

先程まで外でキャーキャー黄色い声で騒いでいた女性達も、場の雰囲気に呑まれ黙ってしまう

2人は中央で指導者と何か話し、離れていく

試合を見てきたことは無かったが、まるで本当に公式な試合が行われているようだ

 

「始まるよ………」

 

隣に居る紫信ちゃんが、緊張した声で言った

その後すぐにカーンッ!とゴングの金属音が鳴った

瞬間、相手はまるで先手必勝とでも言うかのように西木野さんへと走って距離を縮める

ここで見る人たちが息を呑んだのを感じたが西木野さんは違った

 

「シッ!」

 

凄まじい攻撃を放たれる

特に慌てる事無く、平然とした表情で構えながら放たれる一撃一撃を避けていく

相手側は避けられてもその攻撃を一切緩めない

 

「……凄い」

「全部紙一重で避けてる………」

 

最小限の動きだけで、全てを避けている

 

「でもあの人、なんか攻撃しないね」

「様子見だよ。あの余裕からして2RDはいかない。そろそろ仕掛けてくるよ」

「仕掛ける?」

「見てれば分かるよ」

 

紫信ちゃんの言っていることが分からない私と和泉ちゃん

2人とも頭の上で?を浮かべると指導者の声が聞こえた

 

「1分経過」

 

大声でも、気合が篭った声でもない

ただただ普段とは変わらない声

しかし、その台詞が離れた瞬間に西木野さんの動きが変わった

 

「動いたッ」

 

構えている事は変わりないが、一撃を避けるたびに距離をじりじりと縮めていく

相手は慌てながら、拳を振るうが避けられ距離を縮める事を許してしまう

だが西木野さんは攻撃を仕掛けない

自分の攻撃が当たる距離にまで来ていることにも関わらず

相手は距離を離そうと後ろへ跳ぶ

その瞬間、まるで追いかけるように再び距離を縮める

直に距離を取ろうと後ろへ移動するが、また同じく距離を縮める

それを繰り返している内に相手側の男性は背中にコーナーを背負った

 

「袋小路だ……」

 

逃げ場は無くなった

それは観客だけでなく、当の本人も瞬時に理解できた

すぐに相手はガードの形を作る

相手は多少攻撃を受けてでも、隙をついて逃げ出す算段らしい

しかし、その希望は一撃で砕かれた

 

「ふんッ!」

「つぁッ!」

 

右ストレートが相手のガードを内から打ち抜く

打ち抜かれた相手の右腕が吹き飛ばされる

つまり防御に穴が開き、右半身がガラ空きになったのだ

相手は何とか再び右腕を戻そうとするが、撃ち抜いてきた威力が強かったのか腕の痺れと脱力で動かない

西木野さんは懐に入り込むと左拳を相手の肝臓付近へ、ドスッ!!と重い音をたてて打ち込む

『リバーブロー(肝臓打ち)』だ

 

「が…ぁッ」

 

相手は苦悶の表情を浮かべ固まり、背中のコーナーへもたれ掛かる

そして、何とか固めていた左のガードも解かれる

そこに利き腕である右腕を、反対側へ再び『リバーブロー(肝臓打ち)』を放つ

 

「お゛ぁ……ッ!」

 

今度は空気だけではなく、堪らず胃液を吐き出す

確実にもう相手側はダウン寸前

にも関わらず西木野さんの攻撃は止まらない

右へ、左へ、右へ、左へ

相手をコーナーへ打ち込むかの様に、何度も『リバーブロー(肝臓打ち)』を打ち続ける

 

「……………ぁ」

 

何度もの『リバーブロー(肝臓打ち)』を受けているうちに、到頭声を上げることさえ出来なくなった

だが、西木野さんは攻撃を止める事は無い

同じように何度も何度も何度も同じ『リバーブロー(肝臓打ち)』を打ち続ける

そのあまりに容赦の無い光景に言葉を無くす

 

「ストップだ西木野ッ!」

 

そこで指導者の男性が、割って入り止めに入った

攻撃を続けていた西木野さんは、素直に従い後ろへ下がった

自分の体を支えたに等しい攻撃が、止んだことにより力なくリングへと沈んだ

 

あまりにも圧倒的な実力差に誰も口を開く事が出来なかった

 

 

そして、私はあまりの過激な光景で固まってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、凄まじかった

記者は写真を撮り、リングから降りた西木野さんに取材を行う

記者が去った後は、外で黄色い声で騒いでいた女性達に挨拶と感謝の言葉を言いに行って帰って貰った

ファンの方も興奮が凄かったが、記者の人たちも取材しながらも興奮は隠せていなかった

やはりあれだけの戦いは、早々見れるものじゃないらしい

 

「ありがとうございました」

 

去っていく女性達に笑顔で会釈をしながらドアを閉める

ドアを閉めた瞬間、肩を落としてダルそうにトボトボと歩き出した

 

「あ゛ぁ~、疲れた~。もうシャワー浴びて帰りた~い。帰って布団に潜りた~い」

「何を情けない事を言ってるんだ」

「でも、やってやりましたよ、あのムカつくオッサン。何が『餓鬼には負けない』だ。『リバーブロー(肝臓打ち)』一、二発喰らっただけで悶絶しやがって」

「そういう事を言うな、下手をしたら問題になるぞ」

「分かってますよ……」

 

先程のスパーで、闘っていた人と同一人物とは思えない程にダラけていた

和泉ちゃん達の話を聞いて描いた、私の中の彼は普段でもビシッ!と、まるで完璧超人の様な人だとい思っていたけど随分とアテが外れたらしい

私としてはこっちの方が大いに有難い

礼儀正しい人が相手だと、タダでさえ困難なコミュニケーションが更なる難関なものになっていってしまう

例えるなら、キリマンジャロとエベレストの違いがある

因みに私はきっと富士登山の2合目で力が尽きるだろう

 

やはり、あれだけの容赦の無い攻撃は何かしらの理由があったらしい

正直言えばあまりの凄まじさに、若干引いてしまったし怖かった

実際途中で隣にいる和泉ちゃんに「ね、ねぇ、あれ大丈夫なの?」って聞いてしまった程だ

ちなみに帰って来た返事は「わ、わ私に聞くんじゃないよ」と言われていた

いつも冷静な和泉ちゃんでさえ、引いていた

やはり、あまりボクシングを見ない人にはキツイ映像らしい

 

「西木野、お前のお客さんだぞ」

「客?」

 

案内してもらった男性が西木野さんに話を掛ける

到頭、私たちの番だと緊張する

変なとこは無いかと髪と服装を慌てて整え直す

 

「これはまた……」

「せ、先日はどうも」

 

予想外だったと驚く彼の表情を見ると、まるで悪戯が成功したかのような嬉しさが生まれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、待たせてしまって」

「いえいえ、此方こそ連絡も無しに来てしまってすみません」

 

西木野さんと和泉ちゃんが、頭を下げあって挨拶をする

あの後、話すなら少し待ってくれと言われ、10分外で待つことになった

シャワーを浴びて、普段着に着替えている

その服装は昨日あった時のジャージと違い、今時の男性が着るセンスのいい服装だった

ジムの指導者、会長という人に無理を言って今日はあがりにして貰ったらしい

私はというと、目の前に居る西木野さんを見ながら、似合ってるなぁとボーっと見ている

 

「ん」

 

痛い

突然何かと思ったら、隣に居る和泉ちゃんが私の脇腹を突いてきた

そして、顎を動かして何かを催促してくる

彼女の視線の先には西木野さんがいる

あぁつまり、とっととお前が喋ろとでも言いたいのか

震える喉と体を携えて、勇気を振り絞る

 

「あ、あの、ここここんばんわ」

「こんばんわ、先日はありがとう御座いました。駅員への言い訳、大変だったでしょ?」

「いえいえ!大丈夫です!こちらこそ助けて頂いたのに、お礼もせずにすみません!」

「楓、ちょっとテンパり過ぎだよ」

「うっ……」

 

的確な言葉を言われてしまった

確かにあまりの緊張で心拍数も上がって、顔も血が上ったかのように熱い

でも、ここで再び黙ってはは無言の気まずい雰囲気になってしまう

ワタワタと慌てていると、後ろからバッと影が飛び出してきた

 

「あ、あの!私、忍崎紫信っていいます!さっきのスパー凄かったです!!」

 

凄まじく興奮している紫信ちゃんだった

彼女とはもう数年の付き合いだが、これ程にまで興奮している姿を見るのは初めてだ

 

「ありがとう。楽しんで貰えたなら良かったよ」

「楽しめたなんてモンじゃなかったです!相手をコーナーに誘導させる所とか、もう最高でした!!もう、学生の領域を軽く超えてますよ!!」

 

「……なんか、紫信ちゃんテンション高いね」

「まぁ根っからのスポーツ好きだからね。同い年でもプロで、しかもチャンピオンになる可能性が高い有名なのが相手なら、それはテンションの一つや二つ上がるってもんでしょ」

「……………………」

 

とても楽しそうだ

語っている紫信ちゃんも、尊敬の意を向けられる西木野さんも

素直に羨ましい、そう思ってしまった

私は大体、人の話を聞いて満足するだけで自分から人に話しかけたり、ましてや話題を振る事も早々無い

きっと私は西木野さんと2人っきりになったら、何も喋れないだろう

時事ネタも分からないし、スポーツの事なんてなお更だ

きっと彼は私に話題を振ってくれたり、色々とやってくれるだろう

だけど、私は彼に何かしてあげられるだろうか?

こんなつまらない女子より、同じ話題で盛り上がる紫信ちゃんみたいな子と付き合えばいいのに………

 

「何辛気臭い顔してんの」

「え?」

「前々から言ってるでしょ?アンタは自分を卑下しすぎだって。少しは自信を持ちなよ」

「でも、私は皆と違ってつまらないし……」

「私と紫信は、アンタに同情して友達やってるんじゃないの。アンタと居ると楽しいから一緒にいるの。だから心配なんかしなくても良いんだよ」

「別に私は何かやってる訳じゃないよ……?」

「アンタが自覚してないだけで、周りは皆知ってるよ。それに、私がアンタに嘘をついたことがある?」

「…………無い」

「でしょ?」

 

そう言って私の頭を優しく撫でてくれる和泉ちゃん

とても暖かくて、くすぐったくて、心地が良い

 

「アンタの事だから、付き合う=結婚する相手って考えだろうし、慎重になる気持ちはまぁ分からなくもないよ」

「……………………」

「でもだからって、慎重になるのと先を怖がって何もしないで受身になってるのは違うよ。アンタが自分からグイグイ押していくタイプじゃないのは分かるけど、自分の意見や考え、聞かれたこと位は多少なりとも答えな」

「……うん」

「頑張りなよ。彼の事は多少なりとも気になってるんでしょ?」

「そう、かな」

 

分からない

恋愛感情というものを抱いたことが無いから

私が今に抱いている感情が、恋愛感情というものなのだろうか

 

「初めてだから不安になるのは私等も分かってるから。もし悩んでも分からない事があったら気を使う必要なんて無いからいつでも私らに相談しにきな。出来る限りのことはやらせて貰うよ」

「………ありがとう」

「ったく、アンタは仕様が無い子だよ」

 

まるで子供を見る母親の様な優しい目

だが、頭を撫でてくれていた和泉ちゃんが唐突に私の肩を掴む

 

「そういう事はあっちにやりな」

「うわっ」

 

軽く押されて転びそうになる

「おっとっと」と、声を洩らしながら体制を立て直す

 

「あ」

「?」

 

偶然、西木野さんと眼が合ってしまった

たったそれだけで、私の頭の中は非常事態

私は恥ずかしがる以前にに頭が真っ白になってしまったが、西木野さんがばつの悪そうな表情で誤り始めた

 

「あ、あぁすみません、話し込んでしまってお2人を置いていってしまって」

「だ、大丈夫ですッ!気にしないで下さいッ」

「それなら良かったです」

「ぅ………」

 

今の彼は、先程の本来の姿を隠して礼儀をしっかりしている

言葉使いも綺麗だし、表情の作り方も巧い

なんという社交性、なんというコミュニケーション能力、なんと出来た人間だろうか

せっかく和泉ちゃんが背中を押してくれたのに、また固まってしまう

顔を真っ赤にし、スカートの端を掴んで涙ぐむ

しかし、気を利かせてくれたのか、西木野さんから話題を振ってくれた

 

「それで、今日はどうして態々ジムにまで顔を出してくれたんですか?連絡をくれれば此方から出向いても良かったですけど」

「いえいえッ、今日は先日助けて頂いたお礼を言いに来ただけですので」

「お礼?………あぁ昨日のあれですか。お礼を言うのなら此方ですよ。先程も言いましたけど後始末を貴方にさせてしまって本当にすみません」

「え、ど、どッどうしたしまして?」

 

西木野さんは、頑としてそこは譲れないらしい

客観的に見ても、言い訳をしただけの私と痴漢から救ってくれた彼なら、断然彼のほうが礼を言われるべきだと思うんだけど

でも、ここでしつこく否定してしまっては逆に申し訳ない

一応、お礼は受け取った形にする

 

「そ、それともう一つ」

「はい?」

「その、先日の………返事なんですけど。そ、そのほらッ、あまりしっかり答えられなかったじゃないですか?唐突な事でもありましたし、時間も無かったんで」

 

今日、彼に会いお礼を言った

それで終わりじゃ駄目だ

終わりにしては駄目なんだ

そのままでは、今まで通りの受身だけの人生でしかない

折角、和泉ちゃんが背中を押してくれたんだ

 

正直、どうすれば正解なのか分からない

今から自分がとる行動が正解なのかなんて分からない

もし、空回りして失敗したらと思うと不安で仕方が無い

頭の中がぐちゃぐちゃで、自分で今何を考えているのかも分からなくなってきた

それでも私は一歩、自ら踏み出す

 

「先日も言いましたけど、私はまだ貴方の事をあまり知らなくて………

 それにお恥ずかしい話なんですが、私まだそういう恋愛みたいなものを経験した事が無いんです。だから、その、もし良かったらなんですけど――――

 

 

 

 お食事でも、いきませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

あ、やっぱり駄目だ

意識飛びそう

 

 




先日、皆さんから頂いた感想を見ようとしたら『#運対(他の感想への言及)#』となっていて見ることが出来ませんでした

なんとか見ることが出来たものもあったのですが、中には見る前に消されてしまいました
私も把握はしていませんが、運営のアウトラインを超えると消されるらしいです

書いている時に、励みにしようとしたら『#運対(他の感想への言及)#』
こんな文じゃ励みもクソもねぇじゃねぇか……ッ!

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