ラフィンアート・エイトライン   作:狂笑

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遅くなりました、すいません。


第五話 出会い

???side

ダンジョンの床に倒れる瞬間の思考は、「仮想空間で気を失うのはどういう仕組みなんだろう」という、いたって散文的なものだった。

失神とは、脳の血流が瞬間的に滞り、機能が一時停止する現象だ。虚血の原因は、心臓の血管の機能異常、貧血や低血圧、過換気など色々あるが、VR世界にフルダイブしている間は、現実の肉体はベッドやリクライニング・チェアで完全に静止している。

ましてや、このデスゲーム《SAO》に囚われているプレイヤーの体は現在各所の病院に収容されていると予想され、当然、健康状態のチェックや継続モニタリング、必要に応じて投薬すら行われているはずだ。肉体的な異常が原因で失神するとは考えにくい――

 

薄れゆく意識の中でそこまで考えてから、最後に、そんなことどうでもいいや、と思った。

そう、最早何もがどうでもいい。

だって自分はここで死ぬのだ。夕方になれば通常時よりも凶暴かつ凶悪なモンスターが徘徊し始めるこの草原で気絶して、無事でいられるはずがない。すぐ近くに槍で戦っているプレイヤーがいたが、自分の生命を危険に晒してまでも、倒れた他人を助けようとするとは思えない。

――思考がそこに至った時点で、ようやく気付く。

強烈なめまいに襲われ、地面に倒れこむ刹那の思考のしては、やたらと長くてのんびりしている。

だいたい、体の下にあるのは少し硬めの、ちょっとチクチクするような草であるべきなのに、背中を押し返す感触が妙にフカフカ……とはちょっと違うけど、なんていうか、ソファーっぽい。夕焼けの赤い光も、夜の月明かりのような青白い光もなく、あるのは電灯のような白い光……。

 

……

 

って、ソファー、電灯!?

明らかに屋外にあるべきものではないものの感触が頭によぎったことに驚き、フードの中からそっと周囲をうかがう。

白い光を放つ電灯に、私の下にあるソファー、マックスコーヒーが置いてある机。

窓から見える空は既に暗くなっていて、現実世界にいた頃には見たこともないほどの綺麗な星空が見える。

 

って、なんでここにマックスコーヒーがあるのよ、というか、ここは何処!?

 

私の部屋ではなく、誰かの部屋であることしか分からない。

そこまで考えて、私が倒れたとき側にいた、槍を持っていたプレイヤーの存在を思い出す。

顔を確認したり、声を聴いたわけではないから確証はないが、男のプレイヤーだったはず……。

もしかして此処は、その人の根城……

サーっと、血の気が引いていくのがわかる。

色々と、嫌な想像が頭を駆け巡る。

兎に角、急いでここを出た方が賢明ね。

そう思って、立ち上がろうとしたその瞬間、

 

「お、目覚ましたみたいだな」

 

「ひゃぁっ」

 

いきなり部屋の扉が開き、男のプレイヤーが声をかけてきたのに驚き、ソファーから転落してしまった。

 

「おいおい、大丈夫か」

 

そう言って、男の人は手を差し出してくれる。

 

「は、はい、ありがとうござ――」

 

その手を取ろうとすると、必然的に彼の顔を見ることになる。

するとその……彼の濁った目が視界に入り、それと同時に一つのことを思い出す。

彼がどんな人かは分からないが、この部屋に私を連れ込んだのがこの人であるのは確実。

手を取るのを止め、壁際へと後退する。

そして、レイピアを構える。

 

「わ、私に何をするつもりだったんですか!?」

 

私がそう言うと、彼はキョトンとした表情でこう返した。

 

「何をって言われてもなぁ……何もしてねえし、するつもりもないぞ」

 

「じゃ、じゃあ何で私は此処にいるんですか!?」

 

「ん?ああ、そりゃあお前さんが草原で寝ていたからだ。最初は放置しようと思ったんだが、そのまま死なれても目覚めが悪いし、かといって圏内に転がしておくのもよくないと思ったんで連れてきた」

 

「……それはつまり、私を助けたってことですか?」

 

余計なことを、とつい悪態をつきそうになるがなんとか抑える。

 

「いや、それは違う。俺が助けたのはお前ではなく俺の精神だ。あの時放置したせいであのプレイヤーは死んだんじゃないかとか、いちいち考えたくないからな。だからおまえが助かったと思うなら、それはお前が勝手に助かっただけだ」

 

彼は、今まで声を掛けてきた他のプレイヤーとは違うようだ。

命の大事さがどうとか、プレイヤー全員が力を合わせればとか、そんなことは一切言わず、自分の為だと言い切った。

だからだろうか、私は彼に興味を抱いた。

 

「名前、何て言うんですか?」

 

「相手に聞くときは、自分から名乗るものじゃないか?あと、敬語はいならいぞ」

 

まるで、『人生で一度は言ってみたい言葉の一つを言ってやったぜ』みたいな顔を浮かべる彼。

癪だけど、私から名乗った。

 

「私の名は、アスナ、よ」

 

「そうか、俺の名は――エイト、だ」

 

 

私にとってこれは重要な出会いであることは、この時は知る由もなかった。

 

 


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