フォトン・ブレット~白色の光弾~   作:保志白金

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第7話~運命の日~

『指定した日付と時間に千葉県の房総半島が昔あった座標まで来て欲しい。そして、そこに集まった民警達が追っているシルクハットに仮面、タキシードという怪しい風貌の男が持っているケースを殺しても構わないので奪取して欲しい』

 

 聖天子から巧人に聞かされた話の内容は大まかに言うと、そういうものだった。その依頼に対する巧人自身の意思の尊重は聖天子に受け入れてもらえるはずもなく、有無を言わせずに聖天子は今の東京エリアの危機的状況を洗いざらい語り尽くした。しかし、その際にこの依頼を引き受けるか否か、という一番に肝心なところであろう返事を巧人に要求することなく、聖天子は通話を一方的に終了させるのだった。

 

 そして、巧人は戦地に赴くことを自分で決断し、里奈にそのことについて猛反対されることを覚悟で全てを打ち明けた。……が、その結果は巧人の予想とは反して、反対の意見が返ってくることはなく、里奈が下した判断はまさかの肯定。

 

 こうして、引っ掛かりも何もないベストな体調、精神状態で巧人は、東京エリアの命運がかかった重要な日を迎えることになった。

 

「じゃあ、行ってくるよ。母さん」

 

「行ってらっしゃい。……絶対に生きて帰ってくるのよ」

 

「うん、わかった」

 

 巧人はサイドバッシャーに跨がりながら、里奈に一言だけ手短に話し、被っているヘルメットのバイザーを下ろした。それから、日が落ちて真っ暗闇の中をサイドバッシャーで疾走していった。持ち物はデルタギアとそれ一式を収納するアタッシュケース、それと気休め程度にしかならなさそうな治療道具一式、ただそれだけだ。

 

「修二さん。……巧人のことをどうか守ってあげて」

 

 里奈は祈るように巧人のことを姿が見えなくなるまで見送った。ーー彼女は巧人が戦地に出ることを引き留めず、容認したことを後悔はしていない。そこまで割り切ることのできる理由は、修二と里奈が二人であることを決めて、近い将来こうなるであろうと予測していたからである。

 

 

 

 

 

 元々、里奈は巧人が戦うという道を選ぶことに反対していた。それも修二がまだ生きていた10年前からだ。いままで壮絶な戦いを間近で見て、体験してきたからこその意見であり、修二もその気持ちを理解していた。

 

『巧人が18歳の誕生日を迎えた時、もしくはそれ以前にガストレアやオルフェノクと仮にでも遭遇して身に危険が迫った時に、俺がデルタであることを初めて明かそうと思ってる』

 

 これは修二がまだ大戦で命を落とす前の出来事。巧人が寝静まった深夜の時間帯に、夫婦喧嘩の一歩手前になるまで発展していた。

 

『……なんでそんな回りくどいことをするの?デルタのことなら、今すぐにでも明かせばいいことじゃない!』

 

 里奈は巧人が眠っているということすら忘れたのか、修二に激しく怒鳴り付ける。

 

『たしかに伝えるだけならそれは簡単だ。でもそれを巧人が簡単に信じてくれると思う?俺にはそう思えない』

 

『信じる信じないの問題じゃないの、巧人に戦わせるなんて私にはできない。それに、今は戦ってくれる人達だって大勢いる。……武器だって、あの時みたいにライダーズギアが絶対に必要になるなんてことはない。それなのに、あなたは巧人に厳しい道を選ばせるつもりなの?』

 

『俺も強制はしない。ただ、ひとつの選択肢として与えるという話さ』

 

『だから、それはなんで?』

 

 巧人には何があっても絶対に戦わせたくない里奈と、戦うか戦わないかはあくまでも将来の巧人自身が決めるべきだと尊重する修二。互いに一歩も譲ることなく、自身の意見を曲げようとはしなかった。こうして話が平行線を辿っていく中、先に折れた方は里奈だった。

 

『……俺はさ、流星塾の中で一番の臆病者だったろ?みんながオルフェノクと逃げずに戦っていられるのが信じられなかったよ。オルフェノクやスマートブレインとの関係の全くない遠い場所で、ひっそりと平和に生きていたい。どれだけ昔はそんなことを考えたことか』

 

『…………』

 

『でも、戦うことから逃げていたそんな俺に草加は『俺達に帰る家なんかない。居場所を見つけるために俺達は戦わなければならないんだ』と、言ってきたんだ。……俺達とは違って巧人には帰る場所があれば、逃れられるところも探そうと思えばごまんとある』

 

『だったら尚更戦う必要がなくなってくるじゃない』

 

『ああ、そうだな。ただしそれは巧人がそう望めばの話だ。……あの子は里奈に似て精神的に強いし、芯もしっかりしてる。それに頭も賢い。だから、俺達は巧人を信じて見守ろう。決して判断を間違えることはないだろうからさ』

 

『…………ええ、それもそうなのかもね』

 

 それは何かを言いかけて、言葉を押し殺したような歯切れの悪い返事だったが里奈は修二の意見に一応納得し、話し合いはそこで幕を閉じた。

 

 ……が、里奈はその時から既にわかっていた。巧人が近い将来、戦わないという選択肢を()()()()だろうということを。

 

 

 

 

 

「……巧人は私よりもあなたに似ていて、人一倍優しい性格の持ち主なのよ。だから私はあの時諦めたの。そんな性格のあの子が、人の命をそう簡単に見捨てられるはずがないのだから」

 

 里奈は涙を流しながら笑顔で、あの時口に出せなかった言葉を口にした。今は亡き夫に向かって、月の光が照らしている天に向かって。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 住宅街が密集した車通りの少ない狭い道路から抜けて、大通りの道に出ると一本だった車線は、いきなり三本に増え、走る車両(主にトラック)も増した。当然ながら、この時間帯だと帰宅時間と少し被っており、まだ一般車両も多く残っているため、巧人とサイドバッシャーはそれらをかわし追い抜きながら、できるだけ急いで東京エリアを南下していく。

 

「……しかし、これは会長に感謝しなきゃだな」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 聖天子から直接依頼の電話がされた翌日、巧人は自分の決意を伝えるために、再び生徒会室を訪ねた。

 

『失礼します』

 

『なんや?キミの方から訪ねてくるなんて珍しいなぁ』

 

『俺、民警としてガストレアと戦います。俺はどうすればその資格を得ることができるんですか』

 

『そうなん?……私の誘いを受けても消極的だった巧人君がいったいどういう風の吹き回しなんや』

 

『えっと、それはですね……覚悟ができたというか、なんというか』

 

 しかし、本題に単刀直入で入った途端によりにもよって一番訊かれたくないことを未織に訊かれたので、巧人は曖昧な返事で答えを濁した。未織はそのことに言及することなく話を進めた。

 

『そっか。キミの決断やし、私は何も言わへんよ。……それで民警に正式になるための手段やったな。まず初めに退屈な講習を聞いて、それの内容を確認する試験。そして、最後に適性検査を受ける。まぁ、車の免許を取るのと同じ要領やね』

 

 その行程を一通り聞き終えた巧人の頭の中では、ある疑問が浮上していた。

 

『車の免許で思い出したんですけど、実技試験みたいなことはしないんですか?』

 

『そうやなぁ。……私も経験したことがないから詳しくは知らんけど、拳銃の扱いや車の操作方法くらいは実際に体験するんやないかな?』

 

『な、なるほど。そうですか』

 

『ま、後の事は私に任しとき。講習会が開かれる会場とか、いつやるとかはわかった段階で連絡しておくから』

 

『ありがとうございます。何から何まで教えてもらって助かりました』

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 バイクの運転実習が早めに行われていたことが巧人にとって不幸中の幸いだった。それによって、民警のライセンスはまだ正式に発行されていないものの、巧人はまともにサイドバッシャーを操縦することが叶ったのである。

 

 しかし、サイドバッシャーのナビを頼りに渋滞をなるべく避けて、できるだけ近道を進んでいこうとすれば、あまり整備の行き届いていない複雑に入り組んでいる道路もあるので、急ごうにもなかなか急ぐことができない。

 

「頼むよ、サイドバッシャー」

 

『Battle Mode』

 

 そこで巧人はビークルモードだけでなく、バトルモードをも駆使して道なき道を軽やかに跳んでいき、最短距離を突き進んでいった。

 

 その柔軟な発想が功を奏したのか、巧人がサイドバッシャーで走り始めて早五分。巨大なバラニウム製の黒い壁ーーモノリスが積まれている場所、つまりは東京エリアの端に巧人はたどり着いた。

 

(ついに、ここまで来てしまったんだな)

 

 巧人はそこまで来た段階で、初めてサイドバッシャーのハンドブレーキをかけて一旦停める。そして、後ろを振り返り、暗闇で何も見えないはずなのだが、それでも何かを見ようとしばらくの間じっと目を凝らし続けた。

 

(……ここから先に進めば、もう後戻りはできない。間違いなく、ガストレアも大量に襲いかかってくるだろう)

 

 戦いを避けることは決してできない。巧人はそれをわかりきっていたからこそ、次の行動に迷いは一切なかった。側車に載せていたアタッシュケースを開けてデルタギアを取り出し、そのまま自分の腰に巻き付けた。そして、デルタフォンを口元に持ってきて力強い言葉を発したと同時におもいきり振り下ろした。

 

「変……身!」

 

『Standing by』

 

『Complete』

 

 白いフォトンブラッドのラインが巧人の全身を巡っていき、一秒も経たない内にデルタへの変身が完了する。

 

「よし、行こう!」

 

 改めて気合いを入れ直した巧人は、ついに東京エリア外の未踏査領域に初めて足を踏み入れるのだった。


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