フォトン・ブレット~白色の光弾~   作:保志白金

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第2話~変わり始める日常~

 今日は土曜日で学校の授業もなければ、部活も今日はない。巧人はとある場所へアルバイトとして働くために訪れている。

 

「こんにちわ、啓太郎さん」

 

「やあ、巧人君。ちょうど今注文が溜まり始めて忙しいところだったんだ。着いてすぐで悪いけど、いいかな?」

 

「了解です、任せてください!」

 

 そのとある場所とは「西洋洗濯舗菊池」という昨今では珍しい自営業のクリーニング店である。この店は創業100年の老舗なのでお得意さんも多く、経営は安定している。

 

「今日は雨降ってるのにゴメンね、巧人君。それにしても毎週忙しいタイミングで来てくれて、本当に助かるよ」

 

「いえ、部活の方がよりキツいので、これくらい平気です。それに給料も貰っているわけですし、しっかり働かないと」

 

 巧人は謙遜するような言い種で啓太郎へ言葉を返してから、洗われて既に乾かされていた服を手に取ると、アイロン台にその服を置いて広げだした。

 

 ちなみに、毎週水曜日は武道場の割り当てが空手部に無いため休み、それと土曜日がたまに空いているので、巧人はその時間を利用してアルバイトをしているのだ。それとこれは単なる余談だが、給料は18年前のように労働基準法に違反しているものではないため、昔のような重大な問題は何ひとつない。

 

「そういえば、巧人君の最近の活躍、俺の耳にも入ってくるよ。相変わらず部活動を頑張ってやってるみたいだね」

 

「そうなんですか?でもまぁ実際のところは、俺って体を動かすことしか能がないんで、頑張れることがそれしかないってだけなんですよ」

 

「ハハッ、そっか。でもさ、俺はそれでも別にいいと思うよ。俺だってこの仕事以外にできそうな職業見つからないだろうし、誰だってそんなもんだよ」

 

「なるほど。言われてみれば、たしかにそうかもしれませんね。……しかし、啓太郎さんの口からそのような言葉が出るなんて……」

 

 意外な面を見た、とそのように巧人は小声でぼそりと呟くが、啓太郎の耳には幸いにも届いていなかったらしく、首をかしげていた。

 

「ん、何か言ったかい?」

 

「いや、なんでもありません。ただの独り言ですから気にしないでください」

 

「……?そう」

 

 このようにして二人は世間話を所々、間に挟みながら、いつものようにクリーニングの作業を次々に進めていった。

 

 

 

 

 

 その後、今日頼まれた分のクリーニングを全て終わらせた啓太郎と巧人は、その真っ白になった衣類を啓太郎の青い車に乗せ、頼んでいたお客さん達の元へ配達に向かって走らせていた。

 

「ご利用ありがとうございました。また、次の機会もよろしくお願いします」

 

 啓太郎は玄関口でクリーニングを頼んでいたお客さんに品物の受け渡しをして、その場を後にする。それから、ホッとしたように頬を緩ませながら、巧人に顔を向けて口を開いた。

 

「ふぅ、今日の仕事もこれで終わりだね。お疲れさん、巧人君」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 啓太郎がそう言った通り、今のお客さんが今日最後の配達先だった。巧人も背伸びをして集中を切らそうとしていた中、突然無表情になり全ての行動を止める。巧人の視線は一点に釘付けとなっていたのだ。

 

「……なんだ?あれ」

 

 遥か遠くの空で巧人は何かを発見して、それがあまりにも不自然な形をしていたので目を細めるようにしてもっと注意深く観察するようにその謎の何かを見つめた。

 

 巧人の視点からすれば、真っ白い三角形のような物体が空を舞っている。そして、その三角形は透けていて、ちょうど中心から8本の細長い棒状の何かが生えているようだった。さらにその下には数台のパトカーが見受けられるので、ただ事ではないことを明らかに物語っている。

 

「どうかした?早く帰ろうよ」

 

「あ、すみません。今行きます」

 

 啓太郎に声をかけられたことで我に帰った巧人は、すぐ車に乗ってここから去っていった。なんとも言えない、短時間では拭いきれない不安感を抱きながらも。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「チクショウ、どこに行きやがったんだよ。……延珠ッ!」

 

 巧人が啓太郎のところで働いているその頃、蓮太郎は雨が降りしきる中、ひとり外周区を行くあてもなく走り回っていた。それはなぜかというと、蓮太郎の相棒とも言える存在の延珠が通学している小学校で『呪われた子供たち』であるということを何者かに露呈されてしまい、そのショックのあまり家に帰ってこなかったからである。

 

 そして、一番居る可能性の高いであろう延珠の故郷ーー第三十九区をしらみつぶしに探し回った。『呪われた子供たち』が大勢溜まっているマンホールの下も訪ね回った。そこにいた長老と呼ばれている初老の男にも訊いた。しかし、蓮太郎は延珠を見つけ出すことはおろか、どこに行ったのかという手掛かりを得ることすらできなかった。

 

 そして、思うように捜索が進まないことに蓮太郎が苛立っているそんなタイミングで、不意にスマホが鳴り出した。

 

「……ああッ、クソッ!なんだよ、こんな時に!」

 

 八つ当たり気味に誰からの着信なのかをスマホの画面すら確認せず、蓮太郎はスマホの画面を叩きそのまま受話器を自分の耳元へ持っていく。

 

「もしもし、俺なんかに何の用だ?」

 

『さ、里見君?そんなに荒れてどうかしたの?」

 

 しかし、電話をかけてきた相手が木更であることを知り、冷静さを急速に取り戻し始める。

 

「……なんだ木更さんか。どうしたんだ、まさかとは思うが……仕事でも来たのか?」

 

『そう、そのまさかよ。モデル・スパイダーのガストレアが二十四区で目撃情報があったの。でも、残念ながらそれは感染源ガストレアではないそうなのだけれど』

 

 なぜ、この最悪なタイミングで来やがる。ーーと愚痴を溢したくなった蓮太郎だったが、出そうになっていた言葉を呑み込んで別の返事を返した。

 

「……わかった、今から向かう」

 

『あと、空を飛んでいた、という目撃情報もあったから一応注意しておくように』

 

「今回のガストレアは蜘蛛なんだよな?空を飛ぶなんてこと、あり得るはずが……」

 

「とにかく、現場には警官がいるはずだから、すぐに急行して合流してちょうだい。とりあえず里見君が小物であろうと仕留めてさえくれれば、感染源ガストレアの方ももっと楽して手柄を取れるはずだから!じゃあ頑張ってね」

 

「え、おいちょっと待ってくれよ。……木更さん?」

 

 蓮太郎はまだ木更に訊ねたいことがある様子だったが、返ってきたものは無機質な不通音のみだったため、ため息をついてからスマホのフリップを閉じる。

 

「……たとえ延珠がいなくとも、俺一人でいける仕事のはず。……大丈夫、大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるように、そして、信頼している相棒がいないという不安を払拭させるかのように独り言を漏らしつつ、この場から駆け出していった。

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

「さっき、向こうの空を見ていたようだけど、何か変わったものでも見つけたかい?」

 

 車を走らせてからしばらく経った後、啓太郎はついさっきのことを巧人に訊ねていた。

 

「……そうですね。パトカーも下に見えたので、かなり怪しい感じが漂ってました」

 

 そして、巧人は未だにその事が気がかりなのか、歯切れの悪い返事を啓太郎に返す。啓太郎はその言葉を聞くと、アクセルペダルをいつもより少し強めに踏み込んだ。

 

「だったら、少し早めに帰った方がよさそうだね。少し飛ばすからーー!?」

 

 「ちょっと気をつけてね」と言おうとした直前で啓太郎は、道路上へ飛び出してくる人影を見つけて、クラクションを鳴らしながら急ブレーキを全開でかけた。

 

「おい、危ないじゃないか!」

 

 啓太郎は窓を開け、急に飛び出してきた歩行者にキツめの言葉で注意を促すが、

 

「…………」

 

 その歩行者には啓太郎の声が届いていないのか、何も言葉を返してこない。

 

 時刻は午後6時を既に回っており、景色は薄暗くなったいて、ライトを付けるか否か非常に困る時間帯。そのせいで相手の顔すらよく見えていなかった。ーーだからこそ、その歩行者が今どのような状態にいるのかを啓太郎は知るよしもなかったのである。

 

「……ッ!?啓太郎さん!急いで逃げてください!」

 

「えっ?」

 

 目を凝らしてよく見ていた巧人はいち早くその異変に気がついた。

 

「とにかく、急いで!」

 

「わ、わかった!」

 

 瞬きするのを忘れるほど巧人は焦っていた。その歩行者の異変とは、全身血まみれになっていて、体の造りが人間のそれではなくなっていたのだ。

 

 要するにそこにいる彼もしくは彼女は、ガストレアウイルスの感染者でありもう既に人間ではない。そういうことを意味していた。


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