フォトン・ブレット~白色の光弾~   作:保志白金

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第1話~変わらない日常~

 生徒会室に到着した巧人はドアを3回ノックして、それから中へ入っていった。

 

「失礼します」

 

「ああ、いらっしゃい、巧人君。突然呼び出してしまってごめんな」

 

 そこでは流暢な関西弁で喋る一人の女子生徒が巧人のことを待っていた。彼女の名前は司馬未織。巧人が通う勾田高校の生徒会長であり、司馬重工の社長令嬢でもある。そんな彼女に巧人は素朴な疑問を投げ掛ける。

 

「司馬生徒会長さん?……俺はなぜ生徒会室に呼ばれたんでしょう?」

 

 未織はその質問に呆気を取られたように一瞬ポカンとしてから答える。

 

「……あのな、空手部だけ今年度分の部費の予算申請が出とらんのよ」

 

 部費の予算という言葉を聞いた瞬間に巧人は「あっ!」と声をあげてそのまま固まってしまう。その様子を見ていた未織はクスッと笑い呆れたような顔をしていた。

 

「期限が明日までやしどうしたのかと思ったけど、その様子じゃただ忘れてただけみたいやね」

 

「す、すみません会長。すっかり忘れてました」

 

「アハハ、まぁキミのことやし別に構へんよ」

 

 焦ったような様子で忘れていたことを正直に謝罪する巧人だったが、当の未織はそこまで気にしていないようだった。むしろ、未織は「そんなことより」と言って、さっきまでとは別の話を始めようとしていた。

 

「なぁ、巧人君。私のところに雇われてみいひん?」

 

「……その話は前にも断ったはずです。俺みたいな素人に民警なんて絶対に務まりませんって」

 

「たしかに今すぐは無理かもしれんけど、短期間の訓練や経験を積むだけであっという間に頭角を表すと思うのよ」

 

「は、はぁ」

 

「それにな、ウチの会社に巧人君が入ってくれたらこれくらいは出せるで」

 

 そう言って未織は机に置いてあったソロバンを慣れた手つきで素早く弾き、立ち尽くしている巧人の眼前に持ってくる。巧人は指でソロバンの玉がどこに位置しているかを指で数えながら追って、思わず生唾をゴクリと呑んだ。民警という職業がいくら危険な仕事をするとはいえ、その報酬は普通の高校生が稼げるであろうアルバイトのそれとは比べ物にならないものだったのだから。

 

「条件としては悪くないと思うのやけど、どうえ?」

 

「……俺のことをそこまで評価してくれるのは正直嬉しいです。しかし、いくらなんでも買い被り過ぎだと思いますよ。今のところは卒業後の進路の一候補として考えときます」

 

「むぅ、相変わらず釣れへんなぁ。……まぁ無理強いするつもりはあらへんし、もし気が変わったら気軽に言ってな」

 

 未織はぶすっと膨れっ面になってはいたが、そこからさらに強引な勧誘までは行わずにあっさりと一歩引いた。

 

「はい、じゃあ俺はここで……あと、明日の朝までには書類出しておくので、よろしくお願いします」

 

「うん、りょうかい」

 

「では、失礼します」

 

 巧人は未織からの返答を確認して、生徒会室を後にした。

 

「……はぁ、今回も失敗してもうたなぁ。アレを使えるのは彼だけやのに、まだあの事を話すなと父さんからはしつこく言われとるし」

 

 未織がここまで巧人にこだわるのにはある理由があった。彼女が個人的に気に入り、装備品の提供までも行っている民警ーー蓮太郎とまともに話せる数少ない人物であり、もし民警として巧人が働くこととなれば、うまく協力体制を結べるのではないか、と画策しているから。そして、なによりも重要なことは今生きている人類の中で唯一の()()()であり、それだからこそ政府に気づかれる前に保護しておきたいという考えがあったからである。

 

「ま、今さら焦っても無駄やな。それに本人が気付いとらんのなら、自分からアタッシュケースを開けることもないし、それなら他人にバレることも無いはずやし」

 

 

 

 

 

◼◼◼

 

 

 

 

 

 明くる日の翌朝、今日も巧人はいつも通る道を自転車で駆け抜けていくと、見知った髪型で巧人と同じ制服を着た男子生徒が巧人の目の前を自転車で走っていた。巧人はその男子に追い付き、横を並走しながら声をかける。

 

「おはよう、里見。キミが遅刻しないなんて珍しいね。むしろ、今日はなんでこんなに早いんだ?」

 

 すると、蓮太郎は声の聞こえる方へゆっくりと目線を写して、何者が話しかけてきたのかを確認する。

 

「……んだよ三原か。今日は「友達とアニメの話をしたいから、今日は早く行く!」とか延珠が言い出して、こんな時間に行くことになったってわけだ」

 

「お、さすがだね。延珠ちゃんにだけは異様に優しいからな、里見は」

 

 蓮太郎は勾田高校に登校している時こそ全く動くこともしなければ、話しかけられようと誰にも興味を示そうとしない。しかし、実のところ蓮太郎は優しい性格の持ち主で、とりわけ子供に対しての接し方、扱い方はかなり得意な方である。巧人はそのことに気がつき、その優しい性格にどこか親近感が沸いたため、よく話しかけるようになったのだ。

 

「おい、延珠だけにってそれはどういうことだ?……って言うか、俺が学校に早く来ちゃ悪いのかよ?学校に出席して俺がすることやることは毎日変わらないってのに」

 

「別に悪いとは一言も言ってないだろう?俺はただ純粋に珍しいと思っただけだって」

 

「はいはい。そうっすかよ」

 

 皮肉に近いことを巧人は蓮太郎に向けて冗談半分で言うが、蓮太郎もそれを真に受けるようなことはせず、若干流すように受け答えをしていた。

 

「あ、そういえば昨日はなんで早退したんだい?」

 

 昨日のことをたまたま思い出した巧人は自然な流れで蓮太郎に訊ねる。

 

 蓮太郎が昨日、突然早退した理由は防衛省に急遽呼ばれ、民警として緊急の任務を依頼されたからである。その任務の内容は「七星の遺産」と呼ばれるものが入ったケースの回収。それの正体は邪悪な人間が悪用してしまえば、東京エリアに大絶滅を引き起こすとも言われている封印指定物である。

 

「昨日はな…………バイトのシフトに入ってた奴が急に熱が出ただか、風邪をひいただかで休みやがってよ。それで急遽俺が出勤する羽目になったんだ」

 

 しかし、普通に話せばパニックに陥りそうになるそんな事柄を民警でもない巧人に打ち明けられるはずもなく、蓮太郎は咄嗟に嘘をつくのだった。

 

「へぇ、そうだったのか。……じゃあ、里見が一緒に話してたミワ女の制服を着た女の子はバイトの先輩みたいな?」

 

「あ~、そうだな。そんな立ち位置だ」

 

 巧人はこれまたごく自然な流れで質問を蓮太郎に訊き、返ってきた答えに納得しかけるが、何か引っ掛かりを感じて首をかしげた。

 

「……ん?でもミワ女に通ってるお嬢様がバイトなんか普通するか?」

 

「……まぁ、バイトをやりたいとか急に言い出す変わったお嬢様がいたってだけの話だ」

 

(コイツ、変なところで目敏いというか、勘が鋭いというか。……まさか、俺達互いに気付いてないだけで同業者同士だったり……)

 

 蓮太郎は取って付けたような適当な理由で誤魔化そうとする。巧人はそれを聞いてから考え込むようにして黙りこむが、

 

「アハハ、そうなのか。しかし、変わった人と知り合いなんだな」

 

(ハッ、そんなことあるわけないな)

 

 苦笑こそしているものの、特に怪しむような素振りは全く無く、蓮太郎の言うことを信じきっているようだった。

 

「あ、じゃあ、里見とその木更さんとの関係は?迎えにまで来てくれるってことはただの先輩後輩ってわけではないんだろ?」

 

「……おい、三原。さっきから俺にずっと質問してくるけどよ、いい加減そろそろやめてくれないか?」

 

「おや?ここでお茶を濁すということはつまり……」

 

「チッ、わーったよ。とりあえず話すから勘違いだけはすんな。いいか、俺と木更さんは別に大したことない幼馴染みだ。そんでもってだなーー」

 

 巧人が初めに話しかけて、蓮太郎が渋りながらも一応答えを返す。それが出会った最初から学校に着く最後まで巧人のペースでずっと続いていくのだった。


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