『フッ、ラァッ!』
デルタは体の捻りや体重移動、足の踏み込み等の様々な反動を利用して、バットオルフェノクの顔面に重い拳打を連続で叩き込む。
『……チィッ、俺はこんなつまらないところで倒れるわけにはいかないんだよッ。上の奴等を……あいつらを見返すまではァ!』
バットオルフェノクも負けじと鋭利な刃物と化した翼でデルタを斬りつけていく。
灰色の体からはごく微量の灰が殴られる度に飛び散り、黒い鎧からは斬られる度に激しく火花が散っている。この戦闘がどれほど激化しているのかは、火を見るよりも明らかなこと。それでも、両者はこのインファイトを途中でやめることは決してなかった。
ーーもっとも、デルタの場合はこの戦い方が本意ではないのだが。
(クソッ、この攻撃、うまく捌けない!)
デルタは攻撃をどうにかして避けようと努力はしているものの、周囲が暗く見づらいこともあったため、相手の攻撃を避けることはできないでいた。加えて、バットオルフェノクはデルタの思っての外、戦い慣れているようだったため、それも回避のしづらさに直結していた。
かといって、相手との間合いを取るために後ろへ跳ぶと、デルタよりも速さで勝っているバットオルフェノクに距離をすぐさま詰められてしまう。
しかし、間合いを実質的に支配しているバットオルフェノクが優勢なのかと言えばそうでもない。戦況はどっちつかずで拮抗している。そこまでして間合いを近距離のまま保っているのには、ある理由があったのである。
(あの光弾をこれ以上食らってしまえば……)
バットオルフェノクはフォトンブラッドの恐ろしさを事前に聞いていて、さらに身を持って体験したからこそ理解していた。最も危険な攻撃がデルタムーバーから放たれる光弾であることを。
ただ、バットオルフェノクにとっての大きな誤算があったのだとすると、それは目の前にいる相手が実戦経験の浅い、ただの素人ではなかったことだ。そうでなければ、勝負は当の昔についていてもおかしくないだろうとさえバットオルフェノクは思っていた。
巧人は幼い頃から空手をたしなんできたため、武術の心得がある。つまり、複数対単数ではなく、正面切っての一対一だったら、それこそ体に癖が染み付く位の場数を踏んできてもおかしくない。むしろそれが正常な位である。
(……俺の目もこの暗がりにようやく慣れてきたな。そして、相手の速さもだいたい掴めた)
ある程度打ち合い、互いのスタミナも消耗してきた時点で、巧人は再び跳び退いて仕切り直そうとする。……が、やはりそうはさせまいとバットオルフェノクは翼を羽ばたかせて、しつこく接近してきた。
(どうせ次はタイミングを合わせて、カウンターで反撃してくるだろうな。……たしかに、その軽い身のこなしは素人ではない。それは認めてやる。だが、この戦いにおいて、はじめから主導権を握っているのは、この俺なんだよ!)
何度も同じパターンで動いていれば、先を読まれるのは必然。それを理解していた上で、バットオルフェノクは動いたのである。ただし、今度は直接の急所狙いではなく、右腰に提げられたデルタムーバーを狙って、叩き落とそうとしていた。
『今度こそもらった!』
バットオルフェノクは体を沈ませて前傾姿勢になりながら手を伸ばしていく。
『……アンタの意図がようやくわかってきたよ。それとともに、動きも読めるように……ね!』
しかし、その突き出した手がデルタムーバーに届くことは決してなかった。その代わりに、背面からぐるりと回転させ、通常よりも勢いの増した直線の蹴りがデルタから返ってきて直撃するのだった。
『グオォォォォッ!?』
さらに、体を低くさせていたことが仇となり、デルタのミドルキックはバットオルフェノクの顔面に突き刺さっていた。
デルタは追撃をかけようとデルタムーバーを抜き身にして銃口を向けるが、相手もまだ勝負を捨てていない。もがき苦しみながらも一旦立て直しをはかるため、森という地形を利用し、一目散に木の陰へと隠れた。
『ハァ…………ハァ……』
『たしかに俺よりもアンタの方が強いかもしれない。思考が常に慎重だし、俺の弱点もしっかりわかっている。次にベルトがなくなってしまえば、きっと俺はその瞬間に詰むだろう』
周囲をキョロキョロと見渡して警戒しながらも、敵と自分を比較して簡単に分析し、自分に言い聞かせるように、やや自嘲気味に語っていく。
『……けど、逆にその慎重さが俺に狙う箇所を教えてくれた。そして、それはその次もだ!』
そう言い終えると同時に後方からは「ガサッ」と草木が揺れる音が突然鳴った。
『Fire』
『Burst Mode』
しかし、デルタは後ろを振り返らずに、迷うことなく頭上を見上げて、音声の入力を終えたデルタムーバーを突き出す。すると、その先には急降下してくるバットオルフェノクの姿があった。
デルタに照準を合わせられてしまい、慌てて回避行動をとるバットオルフェノクだったが、時既に遅し。トリガーが引かれ、放たれた3発の光弾は灰色の体の至るところを突き刺し、貫いていた。
『◻◻◻◻◻ッ!』
その時、彼の体にどれ程の激痛が走ったのか、はかり知ることはできない。ただ言えることがあるとすれば、地面にそのまま真っ逆さまに墜ち、言葉では表現しきれないほどの呻き声をあげるほどのものだったらしい。
『……なぜだァッ!?なぜ、俺の行動が貴様ごときに読まれる!?』
『それは、一生かかってもわからないことでしょうね。自分の力を特別だと驕り、他人を見下すアンタなんかには!』
デルタはベルトの中央部からミッションメモリーをスライドさせて取り出し、それをデルタムーバーの上部に装填させる。
『Ready』
『クソッ!まだだ、まだ終わっていない!◼◼◼◼◼!!!』
ヨロヨロとおぼつかない足取りでバットオルフェノクは立ち上がると、今度は高い周波数の鳴き声を突然口から発生させていく。しかし、その音は人間の耳で聞き取ることのできる領域から外れており、音が鳴っているのかすらデルタは気付いていない。単に口を大きく開けているようにしか見えていなかった。
『Check』
『Exceed Charge』
今度は「必殺技を発動させるため」のキーワードを入力して、決まりきっている答えがデルタの元へ返ってくる。変化はそれだけに留まらず、デルタギアの中心から青紫の光がブライトストリームを通じて右手のデルタムーバーへと充填されていく。そして、充填の完了を知らせる音が鳴ると、デルタはすぐに引き金を引いた。
デルタムーバーからは通常の放つ光弾よりも細長い光線が発射され、それがバットオルフェノクに命中すると、三角錐状に展開されて動きを封じ込めた。
『フッ!』
完全に捕縛したことを確認すると、デルタはその場から駆け出して、助走の勢いを借りて大きく跳躍し、空中で前方に一回転。
『セェヤァァァァッ!』
それから、気合いと共に右脚をバットオルフェノクがいる方向へと伸ばして、そのまま跳び蹴りを三角錐の光目掛けて打ち込んだ。
跳び蹴りがバットオルフェノクに直撃すると、ほんの数秒間だけその場で止まり、突如姿を消した。それから、バットオルフェノクの背後に現れて何事もなかったかのように着地した。ーールシファーズハンマー。それがデルタが叩き込むことのできる必中必殺の蹴り技である。
そして、そのルシファーズハンマーをまともに受けたバットオルフェノクには、大きな青紫色のΔの字が刻まれ、赤い炎がメラメラとあがっている。瀕死の状態になりながらもバットオルフェノクは最後の力を振り絞り、なんとかして動こうとしたが、徐々に、徐々に体が脆く崩れていき、ついには動くことを諦めた。
『ククク、……まぁ、どちらにしてもキミ達が助かることは万にひとつもないだろうさ』
ただ、彼は完全に消滅する直前に不吉な言葉を口にする。
『それは、どういう意味だ!』
デルタは屈ませていた膝を伸ばして立ち上がりながら、後ろを振り返った。
『どうせ、すぐにわかるだろうさ。すぐに……な』
すると、バットオルフェノクは口角をさらに歪ませ、最後に捨て台詞を残して完全に消滅するのだった。デルタはそれを聞き、最悪のことを想定しつつも蛭子影胤の潜伏先である教会の方へ向かおうと足を踏み出した。しかし、その時、デルタフォンから不意に着信音が鳴り響いた。おそらく、着信元は未織であろうと勝手に予測を立てながら電話をとったが、それは予想のはるか斜め上を行く相手だった。
『……はい、もしもし』
『もしもし
『そのしゃべり方にその声、まさかあなたはーー』
『はい、あなたのお察しの通りです』
『……聖天子様ですよね』
なんと、電話をかけてきた相手は聖天子だったのである。彼女は落ち着いている様子を悟らせてかつ、威厳のある態度で話し始める。
『いいですか?私の話を落ち着いて聞いてください。蛭子影胤はとある一組の民警ペアによって打倒されました』
『そうなんですか!?じゃあ、東京エリアは救われたーー』
『いえ。残念ながら、危機が全て去ったわけではありません。ステージ
あまりにも衝撃的過ぎる内容の事実を突きつけられ、デルタフォンを耳に当てたままその場で固まり、押し黙ってしまう。しかし、今すぐにでも逃げ出してしまいたい、という感情を殺してデルタは彼女に問う。
『……つまり聖天子様は俺にその化け物をなんとかして倒せと、そう言いたいんですか?』
『違います、あなたにそこまで無謀な依頼をするつもりはありません。……ただ、そこ一帯に潜伏しているガストレアを天の梯子に極力近づけさせないで欲しいのです』
『天の梯子?』
あまりピンときていないデルタに聖天子は捕捉の説明をさらに続ける。
『今、あなたのいる場所から、雲にまで伸びている細長い鉄の棒状の何かが見えるはずですが、それが『天の梯子』です。……おそらくですが、それが私達に残された最後の希望。その最後の希望をどうか守護してください』
『つまりその『天の梯子』というものを使えば、あの巨大な化け物を倒せると?』
『その可能性が一番高いということです。ですので、絶対というわけではありません。それだけは理解してください』
ーー絶対ではない。それは今のデルタにとって、最も返ってきて欲しくない答えであったため、聖天子へどう言葉を返すか迷いが生まれた。だが、地面から伝わってくるすさまじい地響きを体で感じ取り、考えることを放棄した。
『……わかりました。あなたのそのお言葉、信じます!』
『はい、私もあなたのことを信じています』
通話状態のデルタフォンを切ると、デルタは『天の梯子』の根元を目指して走り出す。
『
『Side Basshar Come Closer』
さらに、途中で待機状態にしておいたサイドバッシャーを呼び出して、最後の戦いのために万全の備えを敷くのだった。