エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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chapter1 非日常編① 捜査編

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「な…んだ……こりゃ……?」

 

 土門君の愕然とした声が背後から聞こえてきた。

 

 

「きゃあああああぁぁああぁああぁあぁ!!!」

 小清水さんのものか山村さんのものか分からないが、悲鳴が続けて聞こえてきた。

 

「あ…ぁ……そんな………」

 丹沢君は恐れのあまり床に尻餅をつく。

「…なんということだ………まさか、本当に殺人が起きるなど……」

 御堂さんの呟きが聞こえる。

 

 

 

 

「ぎひゃひゃひゃひゃーーー!! ついに、ついに起きちまったなぁーー!! コ・ロ・シ・ア・イ!!」

 耳障りな声が響いてくる。

「記念すべき最初の犠牲者は……”超高校級のコスプレイヤー”、津川梁さんだぜー!!」

 

「リャンちゃん……? うそ、リャンちゃん……?」

 亞桐さんがふらふらと焼却炉に歩み寄る。

「いやあぁぁああぁぁぁあああぁぁあぁあぁ!!!!」

 床に崩れ落ちた彼女の魂の叫びがトラッシュルーム内に響く。

 

 

 

 ぐにゃりぐにゃりと、視界が丸く歪んでゆく。

 

 

『リャン様なりーーーー!!』

 

 

 

 昨日まで、つい昨日まで、彼女は普通に生きていた。

 俺と同じように息をして、感情を持って、話もしていた。

 それが嘘みたいに。

 昨日までの生存の事実をすべて否定するかのように。

 

 白く、小さな手はだらりと焼却炉の投入口から垂れたまま、二度と動くことはなかった。

 もう永久に、彼女の可愛らしい笑顔を見ることはできない。

 彼女に励ましてもらうこともできない。

 

 

 

 これが、生まれて初めて目にする”人の死”だなんて。

 

 

 

 

 

 ガクリ、と俺は膝をついていた。

 

 

 

 

 あんまりだ。

 ひどすぎる。

 こんな、顔も何も分からないようにして。

 これが彼女だったかもわからないようにして。

 無残なんて言葉じゃ済まされない。

 なんで、どうしてだ?

 彼女がどんな悪いことをしたというのだ?

 

 

 

「…嫌。嫌よ、こんなの」

 伊丹さんが小さく呟いた。

「…私は…あなたに…謝りきれてないのよ。こんなの、納得できない。こんな結果、私は認めない」

 その声は、こみ上げる感情を爆発させまいとこらえるかのように震えていた。

 

「オメーが認めようが認めまいが、結果はな~んにも変わんねーよ、バーカ!」

 モノパンダは嘲笑の態度を崩そうとはしない。

「て、てめええぇぇえぇえ!! てめえが殺したんだろ、津川をっ!!」

 怒りの形相で山村さんがモノパンダに詰め寄る。

「なんでだよ。オイラに殺す理由なんかないだろ? これはれっきとしたコロシアイ。殺したのはオメーラの中の誰かなんだよ」

 その言葉を聞き、山村さんの赤いオーラは一瞬にして消え失せた。

 

 

 

 聞きたくなかった。

 この中の誰かが、このむごたらしい遺体を作り出したなんて。

 希望にあふれていた津川さんの人生を奪ったなんて。

 十分じゃないか。

 あの津川さんが亡くなったというだけで、絶望としては十分だ。

 それなのに、まだ絶望させる気なのか、お前は。

 

 

 

 

「それじゃあ始めよっか! ドキドキワクワクの捜査タイムを!」

「……捜査、だと?」

 リュウ君が低い声で尋ねた。

「オメーラ、卒業の条件は分かってるよな? ”クロだとバレないように人を殺すこと”。それがクリアできてるかのテストを行うんだよ! 今からオメーラには津川さんを殺した犯人を捜してもらうぜ! そんでもって、一定時間捜査したら”学級裁判”の時間だ! そこでオメーラはみんなで議論して、クロを当ててもらうことになるぜ!」

 モノパンダは、腕を広げて揚々とルールを語る。

「ふ、ふざけないで下さいよ……。こんな状況で、そんなことができるものですか!!」

 入間君が顎をガタガタと震わせながらも反論する。

「なんだよ、せっかくのお楽しみイベントなのに。これがアパシーってやつ? ゆとりの症状? あのな、ちゃんとしたクロを当ててくれないとクロ以外の全員がオシオキされることになっちゃうんだからな!」

「…オシオキ?」

「そ、オシオキ! 何をされるかは…まあ、やってみてのお楽しみだな! 学級裁判で正しいクロを指摘できればクロだけに、指摘できなければクロ以外の全員に受けてもらうぜ!」

 

 

「おい……ちょっと待ってくれよ…なんだよ、そのルール! 誰かは絶対にオシオキされるって…ことなのかよ」

 土門君が顔を真っ青にして言った。

「そゆこと! 一人死んだ時点でもうこの生活に平穏は戻らないのだ! ぎひゃひゃひゃひゃ!」

 悪意に満ちた笑いが空間を支配した。

「と、いうわけで! ”ザ・モノモノファイル”をオメーラの電子生徒手帳に送っとくぜ! 遺体の詳しい情報が記載されてるから、ちゃんと見て捜査に生かせよな! それじゃあ、グッドラック!」

「おい、待て」

 御堂さんが去ろうとするモノパンダを呼び止める。

「オシオキとは……処刑のことか? オシオキされた人間は死ぬのか?」

 ぎひゃひゃ、とニヤけながらモノパンパンダは御堂さんの方を振り向いた。 

「やってみてのお楽しみって言ったろ? ……まあ、やるからには頑張ってもらいたいけどな。…命懸けで、さあ」

 そしてモノパンダは焼却炉の影へと消えていった。

 

 

 

 あとに残されたのは、絶望に支配された俺たち。

 

 昨日の涙とは比べ物にならない勢いで床に泣き崩れる亞桐さん。

 同じく床に座り込んで、両手を顔に当てて静かに泣く小清水さん。

 意識を失ったかのように濁った眼で天井を見上げる安藤さん。

 壁にもたれかかり、茫然と眼前の光景を眺める山村さん。

 無表情のままだが、握りしめた拳をわなわなと震わせてうつむいている伊丹さん。

 ギリギリと、犯人への怒りを表すかのように歯を食いしばる御堂さん。

 

 黙って遺体の方に向けて両手を合わせる夢郷君。

 遺体を直視できず、ガタガタと震えてしゃがみこむ前木君。

 あふれ出る涙をしきりに拭う丹沢君。

 黙って腕を組み、何かを考え込むリュウ君。

 青白い顔でうなだれる入間君。

 目の前の絶望に打ちひしがれ、膝をついて頭を抱える土門君。

 やるせない気持ちのままに壁を殴る釜利谷君。

 

 みんな、等しく絶望に染められている。

 でも、この中に一人、偽りが混じっている。

 津川さんを手にかけた人物がこの中にいるんだ。

 

 

「…なにをしている。さっさと捜査を始めるぞ」

 御堂さんの一言が沈黙を打ち破った。

「…ほんとに、やらなきゃダメなのか…?」

 前木君が茫然と呟いた。

「やつの話を聞いただろう? 恐らくオシオキとは死を意味する。やらねば我々が殺されるのだ」

「そんな……無茶苦茶だよ……」

 土門君の言葉はここにいる全員が思っていたことだった。

「フン…。まさか本当に感情に囚われて取り返しのつかない過ちを起こす愚か者が出るとはな…。私の誤算だったな。だがもっと驚くべきは、そいつが今もこうして平然と我々の中に紛れ込んでいるということだ」

 俺は顔を上げ、全員の顔を見た。

 

 疑心に満ちた視線が部屋の中を飛び交う。

 

「まずは焼却炉のスイッチを切れ。遺体を詳細に調べておく必要があるだろう」

 御堂さんが言うが早いか、焼却炉の近くに立っていたリュウ君がそのスイッチを切る。

「釜利谷三瓶。貴様は医学の心得があるのだろう? 遺体の検死をしてもらおうか」 

 やけに淡々とした口調に面喰いながらも、釜利谷君は「…ああ。分かった」と答えた。

「次は現場の監視か…。犯人が現場に手出しができぬよう、腕の立つものがいいだろう。リュウ、山村巴、貴様らが適任と見た」

「分かった。その代わり、俺が現場を動けない以上、お前には全力で捜査してもらうぞ」

 リュウ君はすぐに答えたが、山村さんは涙を振り撒いて首を横に振った。

「無理です……私は……私は……」

「ふん…雑魚が。まあ、リュウと釜利谷三瓶の二人だけでも十分か」

 さきほどモノパンダに怒鳴り散らしたのが嘘みたいに、山村さんは肩を震わせて泣いていた。

 それも無理はない。

 リュウ君と御堂さんの二人が少しおかしいくらいなんだ。

 

「…あなた、どうしてそんなに落ち着いて、淡々と処理できるの? 昨日まで生きてた人が死んでいるのよ…?」

 伊丹さんが御堂さんに言い寄る。

「なんだ、今更友情ごっこか? 情に訴えて犯人でないことをアピールしたいのかは知らんが、犯人でないのならさっさと捜査に移った方が身のためだぞ」

 伊丹さんの表情が変わる。

「…ッ!! この…人でなし! なんで…なんで津川さんが死んで、あなたみたいな人が生きてるのよっ!!」

 今までに見たことないくらい彼女は取り乱していた。

「…私とて、津川梁への同情がないわけではない。モノパンダが言った反吐が出るようなルールさえなければ、手向けの一つや二つは授けたいところだ。だが今は一刻を争う。死にたくなければ、この中に潜む殺人鬼を炙り出さねばならんのだ。死者への手向けなど、そのあとでいくらでもできるだろう?」 

 御堂さんの言っていることは正しい。

 初日、何のためらいもなく山村さんを殺そうとしたモノパンダ。

 あいつがオシオキというからには、命の安全など保障できるはずもない。

 オシオキを受けないためには、捜査をしてクロを見つけ出さなければならないのだ。

 

 でも、でもさ。

 どうしたらそんな風に、綺麗さっぱり割り切れるんだよ?

 君とって、津川さんはその程度の存在だったのか?

 

「…行こうぜ、葛西」

 声をかけてきたのは前木君だった。

「あのヌイグルミの言うことに従うなんて反吐が出るけど……やらなきゃ、殺されちまうんだぜ…? これ以上ここにいたらますます混乱しちまう。あれこれ考えるのはやめにして、さっさと捜査しようぜ」

 言うが早いか、彼は俺の腕を引っ張ってトラッシュルームを出た。

「え、ちょ、前木君……!」

 俺の言葉など歯牙にもかけないくらい強い力が腕に伝わってきた。

 

 トラッシュルームを出ると、前木君は腹を押さえて数秒間硬直し……

「う……ごめん。トイレ……」

 慌ててトイレへ駈け込んでいった。

 それに続いて俺も、思い出したかのように吐き気を覚えた。

 凄惨な遺体が脳裏によみがえる。

 

 …遺体。遺体と言えば。

 俺は電子生徒手帳を開いた。

 見ると、一番下に新しい項目が追加されている。

『ザ・モノモノファイル①』

 恐る恐るそれをタップした。

 

『被害者は津川梁。死亡推定時刻は午前二時頃。右手以外の部位は完全に炭化している。頭部に打撃痕あり』

 淡々とした文章で、彼女の無残な死を表現していた。

 この文章に偽りがないのだとしたら…彼女はみんなが寝ている真夜中に殺害されたということか?

 一体なんで…。

 

 

「わりい……。うがいして、顔洗ってきた。もう大丈夫だ」

 前木君がトイレから戻ってきた。

 大丈夫とは言っているが、その顔は真っ青だ。

「…俺は、土門も三ちゃんもジョーンズも、人殺しだって思いたくねえ。殺したのはあのヌイグルミだって信じてえ。だから……きちんと捜査して、俺らの中に殺人鬼はいねえって証明したいんだ」

 前木君は静かな口調で己の胸の内を独白した。

「葛西、お前だって仲間を疑いたくないだろ? だから協力してくれ。……見た感じ、土門は本気で参っちまってるようだった。三ちゃんは検死しなきゃいけないし、俺が頼れるのはお前しかいないんだよ」

「……うん」と俺は小さくうなずいた。

「……分かってる。君の気持ちは痛いほど分かってるよ。…やろう。捜査、しよう」

 そして俺たちは歩き出した。

 目を向けたくない真実、しかし俺たちの命と等価な真実に向かって。

 

 

【コトダマ入手:ザ・モノモノファイル①

 被害者は津川梁。死亡推定時刻は午前二時頃。右手以外の部位は完全に炭化している。頭部に打撃痕あり。

 

 

 最初に俺達が訪れたのは食堂だった。

「こんなところに手がかりがあるかなんてわからねえ。けど、一つでも見逃すわけにはいかねえからな…。いつもと違うことはないか探してみよう」

 そして俺と前木君は二人で食堂を探し回った。

 机の配置とか、観葉植物の鉢に何かが隠されていないかとか、ゴミ箱の中身とかまで。

 だが、何か変わったようなことは見つからなかった。

「…おい、なんか分かったか?」

「…いや、何も」

 少しずつ、心の中で焦りが大きくなっていくのが分かった。

 こうしている間にも、裁判とやらの始まりは迫っているんだ。

 こんなことをしていていいのか?

 

 

 そんなことを考えていると、厨房から人影が現れた。

「……御堂さん」

 顎に手を当てて思考する御堂さんは、一瞬ちらりとこちらを見て、何事もないように歩き出した。

「待ってくれ! 何か分かったことがあるなら教えてくれないか!? 俺達はここを探してたんだが何も見つからなくて……」

 前木君が去ろうとする彼女を呼び止める。

 ふん、と彼女は冷徹な視線を向けてきた。

「フン。クロかもしれない貴様らに教えるべきことなど何もない……といいたいところだが、命がかかっている以上、中途半端な疑心暗鬼は捨て置くとしよう。心して聞け。厨房で得た情報は一つ。包丁が一つなくなっていた」

「……包丁?」

「信じられないのなら見てみるがいい。言っておくが、今現在私が服の下に隠して持ち去っているなどということはありえんぞ。持ち去られていたのは一番大きな包丁で、とても服の下に入りきるサイズではないからな」

 念のため二人で厨房を見てみると、御堂さんの言う通り一番大きいサイズのものがなくなっていた。

 これが果たして事件に関係あるのか分からないが、御堂さんがわざわざ言うくらいだから覚えておいた方がいいのかもしれない。

 

 

【コトダマ入手:厨房の包丁

 厨房の包丁が一つなくなっていた。一番大きいサイズのもの。

 

 

 その後、もう少し食堂を調べたいと申し出た前木君と別れ、俺は食堂から廊下をはさんで向かいの休憩室へと入った。

 すると、そこには丹沢君が室内を調べていた。

 二日前、ここで彼と入間君とで話したっけ。

 あのころの記憶が、あのころの楽しさが、もう遠い昔のことのようだ。

 

「…葛西殿。某も踏ん切りがつきました。できる限り捜査に協力しようと思います」

「ありがとう、丹沢君。…助かるよ」

 辛いのはみんな同じだ。

 それでも、やらなければいけないことがある。

 

 

「葛西殿。先ほどまで某はこの部屋の特徴を調べていたのですが……。この部屋はこの通り、室内カラオケを完備しております。その影響で、室内は完全防音となっているようです。また、夜時間になると消灯し、机の上のスタンドしか光源がなくなってしまいます。といいますのも、一昨日、夜遅くまでここで漫画を読んでいたら急に電気が消えたものですから」

 つまり、昨晩津川さんが殺害された時間帯、この休憩室は暗く、周囲に音が漏れない状況だったということか。

「あ、それともう一つ。我々の個室も完全防音加工が施されておるようです。…犯人ならば、どのような場所を殺害場所に選ぶでしょうか? これらのことを踏まえると、殺害現場は幾分絞られるように思えます」

「ずいぶん本格的な推理だね」

「いえいえ、推理小説の受け売りでござりまするよ」

 丹沢君は苦笑しながら謙遜した。

 

【コトダマ入手:休憩室の光源

 夜時間になると休憩室の証明は消灯し、机のスタンドしか光源はなくなる。

 

【コトダマ入手:防音加工の部屋

 一回の部屋で防音加工がなされているのは各個室と休憩室のみ。

 

 丹沢君が話してくれた情報を頭で反芻しながら、俺は休憩室の備品の調査を開始した。

 

「…ん?」

 目についたのは、隅にあるロッカー。

 開けてみると、中に箒やモップが立てかけてあった。

 掃除用具入れのようだ。

「ああ、そうでした。葛西殿に言おうと思っていたことがあります」

 丹沢君が歩み寄ってきた。

「この掃除用具入れ、モップが一本足りないのでありますよ。毎日某が掃除していたので、数え間違いということはありますまい。いやはや、誰かが勝手に持っていったのでしょうか…」

 モップが足りない…?

 さしたることには思えないが、一応記憶しておこう。

 

【コトダマ入手:休憩室のモップ

 休憩室のモップが一つ減っていた。行方は不明。

 

 

 休憩室の残りの調査を丹沢君に任せた俺は、廊下で入間君と夢郷君に出くわした。

「……おや、葛西さん。気分は大丈夫ですか?」

 俺を気遣っているのか、柔らかい笑みを浮かべて入間君は訪ねてきた。

 彼の手には手帳とペンが握られている。

「少しでも手がかりになりそうなことはメモしておこうと思いましてね。休憩室にいらっしゃったようですが…なにかお分かりになりましたか?」

 俺は休憩室で得た今現在の情報を二人に話した。

 入間君はそれをすらすらと手帳に書き留めてゆく。

「…ふむ、ありがとうございます。では、こちらからも情報を提供させていただきましょうか」

 そう言って入間君はちらりと夢郷君に目くばせした。

「少し言いづらいんだが……」と言葉を濁した後、夢郷君は重要な情報を口にした。

「昨晩、一時半ごろだろうか…。廊下で山村君を見たんだ」

「……え? 本当に?」

「遠目で見ただけだが……確かに山村君だったはずだ。部屋で夜遅くまで読書をしていたんだが、トイレに行こうとしたときに、ちらりと見たんだ…。まさかあの後、津川君があんな目にあうなんて……。僕がもう少し注意深ければ……」

「後悔しても仕方がありませんよ。今は真実の追及を何より優先させましょう」

 落ち込む夢郷君を入間君が慰めた。

 

【コトダマ入手:夢郷の証言

 昨晩一時半ごろ、トイレに行く途中、廊下で山村を見かけたという。

 

 情報を交換し終わったので二人と別れて廊下を進むと、個室の一つの扉が開け放されているのが見えた。

 扉のネームプレートを見ると。

「津川さんの部屋、か……」

 捜査のためにモノパンダが開放したのだろう。

 死んだ人間にはプライバシーなど関係ないというのか……。

 

 

 お邪魔しますと呟いて中に入ると、そこには先客がいた。

「…土門君」

 多種多様な服やウィッグが所狭しと置かれた部屋の真ん中で、土門君が突っ立っていた。

「……死んじまったんだよなぁ、あいつ。信じられねえよ……」

 すぐに捜査に向かった前木君と違い、彼は意外と津川さんの死をずっと引きずっているようだ。

 …いや、俺だって決して引きずっていないわけじゃない。

 ただ、捜査という目の前の現実に逃げ込んでいるだけに過ぎないのだ。

 

 

「なんか手がかりがないかと思って当たってみたんだけどよ、コスプレの衣装が散らばっているばかりでなにも分かりゃしねえな……。ったく、片付けぐらいしてほしいもんだよ」

 言っている内容とは裏腹に、もの悲しく寂しい口調で土門君はぼやいていた。

 部屋にはまだ、彼女が生きていたころの生活感が残っていた。

 彼女がトラッシュルームで炭になっているという事実など、嘘のように。

 

 

 土門君の言う通り、タンスやクローゼットにはいっぱいいっぱいに衣装や小道具が詰め込まれていた。

 彼女のコスプレへの熱い情熱が伝わってくるようだ。

 タンスの上には、大小形状様々のウィッグが飾られている。

「……ん?」

 ウィッグが一つ足りない。

 一つだけウィッグが乗せられてない飾り台があるのだ。

 彼女がしまい忘れたのだろうか?

 …いや、何かいいようのない違和感を感じるような…。

 一応、覚えておいて損はないな。

 

 

【コトダマ入手:不足したウィッグ

 津川の部屋のウィッグが一つ減っていた。どこか違和感を感じる。

 

 

 これ以上部屋にいても悲しくなるだけだと思い、悲しみに暮れる土門君を残して俺は部屋を後にした。

 どこを捜査しようかと歩き回っていると、廊下の壁にもたれかかる伊丹さんが見えた。

「伊丹さん……大丈夫?」

 伊丹さんはガタガタと体を震わせ、涙を浮かべてうつむいている。

「大丈夫なわけ……ないでしょ…。たったさっき…津川さんの遺体が…取り出されたのよ。それを見たら……気分が…。あんなの……あんなの、酷すぎる!」

 伊丹さんは少し過呼吸になりながらも声を荒げた。

 彼女の視線の先にはトラッシュルームの扉がある。

 俺は恐怖をこらえながらその扉を開き、そして……。

 

 

 

 

「………うっ!!」

 前木君と一緒にいた時とは比べ物にならないほどの強烈な吐き気が俺を襲った。

 逆流してきた嘔吐物を辛うじて飲み込んで胃に戻し、すぐさま遺体から目をそむけた。

 

 俺が見たものは、最早人と呼べるものではなかった。

 焼却炉の投入口に垂れ下がっていた右手を除けば、どこを見ても完全な黒炭。

 人の形状をしただけの炭の塊だった。

 だが、その形状は恐ろしくリアルで、むごくて。

 絶叫というにふさわしいほど大きく開かれた口。

 そこにあの可愛らしい大きな瞳があったとは信じられないほどぽっかりと空いた空虚な眼孔。

 髪の毛も何もかも燃え尽きた丸い頭部は、木炭のように表面がざらついている。

 

 その遺体は、俺が想像していた姿よりも、ずっとずっと悲惨だった。

 それは、苦しんで苦しんで苦しみ抜いた末に死んだ彼女の壮絶な最期を何よりも的確に表していた。

 

「…あんまり見ない方がいいぞ。俺もだいぶビビってるくらいだ」

 目をつむってうつむいていると、釜利谷君の声が聞こえてきた。

「司法解剖の見学とかしてたから死体は慣れてるはずなんだが……こいつは流石にキツイな…。ひでえもんだよ」

「だが、死体を調べて分かったこともある」

 リュウ君の声も聞こえてきた。

「まず、モノモノファイルとやらの記載を確かめてみたが、確かに頭部には打撃痕らしい傷が見つかった。それと、焼けていない右手だが、炭化はしていないものの火傷で赤く腫れているな」

「…ああ。大体リュウの言う通りだ。頭部の打撃痕と手の火傷、この二つは覚えた置いた方がいいぜ、葛西」

「それと、このトラッシュルームの厄介な仕組みも鍵になるかもしれん。今は死体発見と捜査のためにモノパンダが停止させているようだが、このトラッシュルームは”電子生徒手帳で開き、間をおかずすぐに閉じ始めてしまう”。ここに津川を投げ込んだ犯人にもそれが適用されているのは間違いあるまい」

 

【コトダマ入手:津川の遺体

 焼却炉から取り出された津川の遺体には、確かに頭部に打撃痕があった。また、炭化していない右手は火傷で赤く腫れている。

【コトダマ入手:トラッシュルームの仕組み

 トラッシュルームのシャッターは電子生徒手帳によって開き、間髪を入れず閉じ始める。一度閉じ込められると誰かに開けてもらわないと出られない。

 

「……どうだった?」

 トラッシュルームを出ると、伊丹さんが震える声で聞いてきた。

「……信じられないよ。あれが、あの遺体が……あの津川さんだなんて」

 コスプレイヤーにとって、美しさや可愛さ、装飾や衣装は何よりも重要なことだろうに。

 それを否定するかのように、顔も体も何もかも焼き払われた。

 まるで彼女を粗大ゴミのように。

 容赦なく焼却炉に突っ込んだんだ。

「私は……私は犯人を許さない。たとえどんな理由があったとしても……よりにもよってあんな殺し方、絶対に許せない。必ず…犯人を見つけてみせる」

 目元をぬぐいながら、伊丹さんは強い口調で呟いた。

 だが、次の瞬間には涙がにじんでいるはずの彼女の瞳は、これ以上ないくらい強いまなざしで俺を睨んでいた。

「もし、あなたが犯人だったら……私は……!」

「……!」

 俺が犯人じゃないことは俺と津川さんが一番分かっている。

 だが、伊丹さんにとっては俺が犯人じゃないという確証は何もない。

 俺は何も反論できなかった。

「……いえ、裁判の前にこんなことを言ってもしょうがないわね。忘れてちょうだい」 

 そう言って再び悲しげ目つきに戻り、歩き去っていった。

 

 いつでも落ち着いていて感情の乏しい人だと思っていたけど。

 ここまで感情的になるなんて。

 そういえば、さきほど御堂さんに挑発的なことを言われた時も思いきり逆上していた。

 ……いや、人として当たり前のことだろう。

 彼女にとって、津川さんは大切なクラスメートであり、友人だったんだ。

 その証拠に、彼女は死体発見直後、「謝りきれていない」と言っていた。

 初日、津川さんにひどいことを言ってしまったことをまだ悔やんでいたんだ。 

 津川さんを失った悲しみ、残忍な手口を行った犯人への怒りは痛いほどわかる。

 

 

 彼女のためにも。

 犯人を見つけよう。

 たとえそれが新しい絶望につながるとしても。

 俺達にはそれしかできないのだから。

 

 

 次に俺が訪れたのは保健室。

 そこでは、向かい合って座る山村さんと小清水さんがいた。

「……あ、葛西君。…ごめんなさい。 みんな頑張って捜査してるのに……」

 俺が入ってくると、すぐに小清水さんが消え入りそうなほど小さい声で謝ってきた。

「…いや、無理は良くないよ。落ち着くまで、ゆっくり休んでた方がいい」

 なけなしの言葉で慰め、俺は保健室の調査を開始した。

「…待って。ここはもう私たちが調べたの。特に変わったところはなかったわ」

「…ほんとに?」

 こくり、と小清水さんは頷いた。

「うん。睡眠薬の錠剤が減ってるんだけど……これは巴ちゃんが服用したものだから」

「……そうなの? ちょっと詳しく聞かせてもらえる?」

 俺は身を乗り出して尋ねていた。

 女性のプライバシーを聞くのはいいことじゃないけど、山村さんに限っては別だ。

 なぜなら、あの人のあの証言が山村さんの行動を言い当てているのだから……。

 

「…はい」と山村さんは涙をぬぐい、話し始めた。

「……昨日、動機のDVDを見た私は……怖くなって……。単に動機が怖いのではなく、その……」

 

 

「…私が、誰かを殺してしまうんじゃないかと……」

 

 

 どくん、と心臓の動機が早くなるのを感じた。

 

 

「怖かったんです…。基本的に、怒って我を忘れているときでも、記憶はちゃんと残っているんですけど…ごくまれに……心の底から感情が高ぶってしまうと……まるで酔っ払っているかのように、何をしていたか思い出せなくなる時があるんです。もしかしたら私は……本当の意味で我を忘れて……誰かを殺してしまうんじゃないかと……不安で不安で……」

「だから巴ちゃん、昨晩は一晩中トラッシュルームにいたのよ」

「……え?」

 驚きのあまり体が硬直した。

「昨日の夜時間になる直前、巴ちゃんが私に頼み事してきて……。『自分をトラッシュルームに閉じ込めてほしい』って。その時に睡眠薬を持っていったのよ。ぐっすり眠れるようにって。…だから、最初にリャンちゃんの遺体を見つけたのは、巴ちゃんなのよ」

 これは、一体……

 明らかに、”あの証言”と矛盾する。

 

【コトダマ入手:昨晩の山村の行動

 昨晩、山村はトラッシュルームで寝泊まりしていた。睡眠薬も服用していた。小清水が証人。

 

「…今朝の状況を聞かせてくれない?」

「えっと……私は巴ちゃんに『六時半に起こしてほしい』って言われてたんだけど…。何度もシャッターを叩いたんだけど反応がなくて。そうこうしてるうちにゆきみちゃんと前木君とリュウ君が来て。しかたないからシャッターを開けてみたら…」

 あの無残な遺体があった、ということか。

 

「…私のせい、ですよね?」 

 山村さんが頭を抱えて苦しそうに呟いた。

「すぐ近くで津川さんが投げ込まれた瞬間も…私はバカみたいにぐっすり寝てたんですよ…! 私が、私があの時目を覚ましていれば!! ぐ…うっ……! ううっ……!」

 肩を震わせて泣き崩れる伊丹さんを、小清水さんが静かに抱きしめる。

「お薬を飲んでたんだもの、起きれるはずないわ。巴ちゃんはなんにも悪くないのよ。だからもう、泣かないで…。あなたが泣いてると、私まで……」

 大切な人の死に心から傷つき、涙する二人の女性。

 どう、声をかけてあげればいいのか分からなかった。

 こんな状況から笑顔を作り出せるのは、他ならぬ津川さんだけなのだろう。

 

 

 

 

 そう。

 

 

 そんな俺たちの虚しさ、悲しさを嘲笑うかのように。

 

 

 

 ピンポンパンポーン、と。

 

 俺達に幾度となく悪夢を見せつけてきたあのチャイムが鳴った。

 

 

『えー、生徒の皆さん! もうそろそろ、裁判はじめちゃいますよ? てなわけで、生徒諸君はエレベーター前に集合!!』

 

 

 

 ……?

 

 今の声………

 

 

「モノパンダじゃ、ない…?」

 

 

 モノパンダのような軽快な甲高い声ではなく。

 

 

 もっとどす黒くて。

 頭の芯にまで響き渡るような声。

 

 これが”絶望”の声なのだろうか?

 素直にそう思えるくらいだった。

 

 

 

 

 言葉もなく、重い足取りでエレベーター前に向かう。

 もう逆らう気力もないし、逆らったところでどうにもならないのはこれまで散々学んできたことだ。

 

「…葛西。どうだ…? 情報は得られたか?」

 廊下で合流した前木君に聞かれ、「使えるのかわからないけれど……一応いろいろ得られたと思う」と答えた。

「そ、そうか。俺はあの後ホール階を調べたんだけど、なーんにも変わったところはなくて…。正直、ガチで焦ってる…」

 俺は小刻みに震える彼の体をポンポンと叩いた。

「大丈夫だよ。ホール階は今回の事件に関係してないってことが分かっただけでも大きな進歩だ。君は君のできることをした…と思う。俺も俺のできることをした。だから……」

 

 

 

 

 殺された津川さん。

 根は気弱で、誰よりも傷つきやすかったけれど……本当はとても強くて、どんな時でもみんなを笑顔にすることを第一に考えていた。

 殺されるようなことなんてなにもしていない。

 それなのに、あんなに残酷な姿に……。

 

 

 

 これが、彼女への手向けとなるかはわからない。

 でも、俺たちは。

 暴かなければならない。

 命と等価の、真実を。

 

 

 

 エレベーター前に到着すると、扉が開いているエレベーターの中で待ち構えていたのは……

 

 

 

 

 

 

『うぷぷぷぷ! ようこそ、学級裁判へ! ボクは希望ヶ峰学園特別分校校長、モノクマだよーーー!!』

 

 

 

 

 

 

 さらに不可思議な現実だった。

 


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