エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
基本的に番外編はやりたい放題やります。食レポ内容は、作者がいきつけのラーメン屋で食ってて感じてることがほとんどです。ニンニクは宝石。
◆◆◆
俺はリュウ。
とある才能でこの希望ヶ峰学園に入学した。
どんな才能か気になる人は本編を読んでね。
普段は超高級の一員として学業に励む俺だが、本日は待ちに待った土曜。
二日間の休日を始めるにあたり、土曜の昼に俺が必ず行っている儀礼の一部始終を、諸君にお見せしたいと思う。
pm11:30。
俺は学園の敷地を出た。
この学園の立っている場所は都会の一等地……喧騒が頭に響き渡る。
最寄駅から電車に揺られること、十五分。
都心をやや離れ、少し落ち着いた住宅街へ出た。
俺の求める”儀式”は、ここにある。
行き交う人々とすれ違いながら歩くこと、五分。
その暖簾が、俺を待ち構えていた。
『らーめん 豚地獄』
「く、くくく……くはははは……」
おっと、この文字を見るだけで笑い声が抑えられなくなってしまう。
いかんいかん、こんな場所で本来の人格に戻るわけには。
そう、休日を気持ちよく過ごすための通過儀礼、それは。
この行きつけのラーメン屋に他ならない。
嗚呼、入り口から漂う背脂とチャーシューの香ばしい匂いだけで既に芸術品だ。
早速、早朝の朝食以来何も入れていない俺の胃袋が悲鳴を上げ始める。
ゴロゴロとけたたましく轟くそれは、まさに天変地異がごとき雷鳴。
獲物はまだかといななく雷神の怒りが、俺を容赦なく責め立てているのだ。
…まあ、そう焦るな。
そう言い聞かせ、俺は意を決し、暖簾をくぐる。
「いらっしゃい! あんちゃんいつもありがとうな!」
店の親父は相変わらず壮健だ。
「…今日もごつ盛りで頼みます」
「あいよっ! じゃあまず食券買ってな!」
食券式のこの店は、お世辞にも広いとは言えない。
しかし、多少なりともグルメを志す者なら分かるだろう。
そう、”狭さ”というステータスから生まれる魅力を。
まずカウンターにズラリと並び、一心不乱にラーメンをかきこむ男達。
勤務の合間に勝負を挑むサラリーマン、あるいは俺のように休日を優雅に過ごす大学生、…流石に高校生は俺しかおらぬか。
男たちが放つ異様な熱気と店内の妙に軽いbgm、目前でラーメン作りに勤しむ従業員たち。
ズズ、と全力で麺をすする音、器とレンゲがぶつかって起きる固い音。
この狭い空間にこれだけの”雰囲気”が完成しているのだ。
この空気は無機質な大手チェーン店ではどうやっても再現できない。
食券を買った俺はコートを脱ぎ、後ろの洋服かけにかけてどっかりと席に着く。
「麵固め油マシ野菜ニンニクマシマシで」
この組み合わせが俺の中での鉄板。
恐らく、ここにいる客は殆どが常連。
皆、自分の中に「これは鉄板」というトッピングのメニューを作り出しているだろう。
無論、時折やわ麺やニンニク無しなどに冒険したこともある。
しかし、やはり最後にはこの鉄板に帰ってきてしまう。
そういう意味では、ここの鉄板は”おふくろの味”にも近いのかもしれない。
「あいよっ!」
親父の威勢のいい返事とともに、従業員たちは慌ただしくラーメン作りを始める。
空腹と戦いながらラーメンの完成を待つこの悶々とした時間、俺は案外嫌いではない。
親父や従業員たちの”戦”をじっと眺めるのもよし、あえてスマホを眺め、いつラーメンができあがるか分からないスリルと興奮に身を投じるもよし。
人生において限りないほど死闘の数々に身を投げ出してきた俺にも、これほど長く感じる運命の時間はそうそうない。
胃袋の雷鳴は収まるところを知らず、大嵐となって俺に苦痛を強いた。
雷神が怒り狂っている。
まずい、このままでは……。
そう思っていた矢先、運命の瞬間が訪れた。
「へい、お待たせ!」
どん、と俺の目の前にそれは置かれた。
座っている俺の頭よりも高く積み重ねられた野菜の城。
その城壁に添えられた、二枚の巨大なチャーシュー。
その下には、小さなドームのようにこんもりと盛られた生ニンニクが、俺を忘れるなと言わんばかりに存在を主張している。
城の根元からわずかに見える堀のようなスープには、無駄な脂は一切浮いていない。
そのくせ、城の頂上部には豚の背脂がたっぷりと乗せられ、城を攻め落とさんとする俺を悠然と見下ろしていた。
その威容はまさに、難攻不落の大城塞。
しかし、その城を前にしても、雷神は不敵に笑っていた。
パン、と俺は両手を合わせる。
このラーメンに使われた食材に。
このラーメンを築き上げてくれた親父と従業員に。
そして、俺をこのラーメンと出会わせてくれた天に。
圧倒的、感謝。
「いただきます」
攻城、開始。
トッピングと同様、食べ方にも千差万別の道があるが、ここは俺流の食べ方を紹介しておこう。
まず、山盛りに盛られたニンニクをレンゲですくい、箸を使ってパラパラと全体に振りかける。
そして、白い宝玉を散りばめられた城壁を、先端部からガブリ。
遠慮も容赦も気品もいらぬ、ここは漢の戦場なのだから。
口中に背脂の旨味が広がる。
美味いラーメンの秘訣の一つに、”脂のうまみ”がある。
脂特有のこってり濃厚な味わいはもちろん必要だが、その一方で甘みやさっぱりとした”しつこくない”味まで表現してくれる店は、実のところあまり多くない。
その点、この店は完璧だ。
普通のラードとは全く違う甘みと豊潤さがある。
ここの脂は無限に食える。
そして、野菜の加熱具合も十分。
もやしやキャベツの”シャキシャキ”という食感を残しつつ、中までしっかり火が通っているので、チャーシューや脂との味の兼ね合いも抜群だ。
あれだけ山のように積み重ねられた城壁を、それでも飽きずに喰らいつくせるのは、こういった店側の細かい配慮から生まれる味わいづくりが大きな役を成しているのである。
城壁を七割ほど削ったところで、一旦真水を一気に飲み干す。
真水は濃厚な豚骨スープとチャーシューの塩分に侵された口内を一気に浄化し、リセットしてくれる。
こうして、また食べ始めの頃のような新鮮な気持ちで第二戦に臨むことができるのである。
しかし、あくまでも俺個人の趣味嗜好だが、一つ思うことがある。
ニンニクなくしてラーメンに満足できるのか……と。
俺はニンニクが大好きだ。
だからいろんなところでニンニクを食う。
もちろんどのニンニクも大好きだ。
だが、ラーメンにトッピングされた生ニンニク以上に美味いニンニクは存在しないように感じられてならないのである。
そもそも、ニンニクの旨味成分”アリシン”は、加熱処理を経ると一気に減少してしまう、らしい。
ここらへんは伊丹から聞いた話なので定かではないが。
やはりニンニクは生で食うのが一番うまいと俺は思うのだ。
口臭? そんなもの、後でブレ〇ケアでも飲んでおけばよい。
口臭だ塩分だカロリーだと、小さいことを気にして美味いものを全力で食えない人生など、何の喜びがあろうものか。
生ニンニクは一日一片以上食べると腹を壊すらしいが、それも俺にはもはや関係ない。
何のために幼少期から対毒物訓練を受けてきたと思っているのだ。
…と、そんなことを考えているうちに、時は来た。
あれだけの威容を誇っていた野菜の城壁はすっかり消え去り、お待ちかねの麺が白日の下に姿を現した。
そう、ついに本丸である。
ここまで食っても俺の雷神は一向に怒りの矛を収める様子はない。
もはや、この荒ぶる巨神を黙らせるには、麺をぶち込むほかはなさそうだ。
俺は迷わずにスープの絡んだ麺を口にすすり込んだ。
固めを指定しただけあって、完成してから一定の時間がたったにもかかわらず、麺は十分な歯ごたえを残している。
少しもちっとした特有の弾力には、毎回心弾む気分にさせられる。
この店は、決して「上の具材で満足しただろ?」などと投げやりなことはしない。
器の底で待ち構える麵にまで全力を尽くす。
どうやって作っているのか知りたくなるほど、この麵はよくスープに絡む。
ニンニクのかけらの浮くスープに、麺を丸ごとひとかじり。
これだけで途方もない充足感が得られてしまう。
だが俺はこれだけで終わらせない。
このために残しておいたチャーシュー一枚をここで喰らう。
麺、スープ、チャーシュー。
三者三様の味覚が雷神にとどめを刺す。
食事開始から十五分。
器から固形物が消える。
大半のものはここで完食と見なすだろう。
既に城は落ちたも同然。
しかし、俺は手ぬかりなく残党狩り。
器を持ち上げ、最後の一滴まで残すことなく腹の底へと飲み込んでいく。
器の上に存在していたすべてを、雷神のもとに誘うのが俺の使命だからだ。
かくして決着。
『豚地獄』、陥落。
この戦いに携わったすべてに、今一度感謝。
「ごちそうさまでした」
脇に置いてあるティッシュでテーブルについた汁のハネ、水のコップから垂れ落ちた結露などをしっかりと拭く。
客のマナーを達成し終えたと認識した俺は、後ろにかけてあったコートを着なおして店の出口を向く。
「今回も完飲か! いつもありがとうなあんちゃん!」
親父の言葉に俺は軽く会釈し、もう一度「ごちそうさまでした」と言って店を出た。
あのラーメンを腹に入れた後に日差しを浴びると、入れる前とでは全く違う世界のように感じられる。
さて、この後の予定はフリー。
学園に戻るもよし、このまま下町を散策するもよし、どうするべきか。
「あっ、リュウだ!」
俺が上機嫌に街を歩き去ろうとした矢先、その声は響いた。
「…む、前木に土門。……葛西もか」
まさかこんなところで同級生に会うとは。
「やっと見つけた!! お前、ズルいぞー!! 俺らに内緒で行きつけの店通うなんてー!」
前木が俺に飛びついて激しく肩を揺さぶりながら言った。
やれやれ、同性とはいえすぐじゃれつくこの癖はどうにかならないものか。
「隠していたつもりはないが…。俺を探していたのか」
「いやあ、リュウがラーメン屋に通っているってのは山村から聞いたんだが、リュウが通うってことはきっととんでもなく美味いんじゃないかって話になってな」
土門が事態の詳細を述べた。
ここの大まかな場所までは山村から聞いたが、肝心の店名が分からず困っていたらしい。
というより、何故山村がそんなことまで把握しているのだ。怖いぞ。
「俺、こんなところ絶対食べきれないよぉ…」
「安心しろ葛西。この店はミニラーメン、なんならお子様ランチもあるぞ」
自信なさげな葛西に俺は励ましの言葉をかけた。
「こんな店に来るお子様いるのかっ!?」
土門の至極真っ当なツッコミに感心しつつ、俺は笑った。
「……だが、一度で気付けるかな? この店の真の”うまみ”に」
こうして、(若干自信なさげなのが一人いるものの)意気揚々と店に入っていった三人の背中を眺めるところから、俺の休日は始まった。
次回は、スイーツ系のレビューでもしてみようかな。
◆◆◆
「いや完全に別作品でしょこれ!!!!! ダンロン要素どこにもないよーー!?!?」
亞桐の叫びがどこからか聞こえてきた。