エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お久しぶりです。
長らくお待たせして申し訳ございません。


Chapter6 非日常編⑤ 収斂編

 ―――モノクマはこう言った。

 ”真実に向き合う覚悟はあるか?”と。

 

 

 

 命を投げ打つ覚悟に勝る覚悟はないと思っていた。

 これ以上心が揺れ動かされることはないと思っていた。

 

 

 だが、そんな俺の想いを一笑に付すかのように―――理解を超越した”真実”がそこに佇んでいた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「やっと……この時が訪れたなりね。長かった……とてもとても…」

 もの悲しげな表情を崩さないまま静かにそう告げる少女。

 ”超高校級のコスプレイヤー”、津川梁さん―――の姿をした”超高校級の希望”、家定霧雨さん。

 

 彼女の登場が俺達の全てを狂わせた。

 

『また会えて嬉しいよ! ついに()()()()()が終わる時が来たね!』

 モノクマが興奮気味に家定さんに呼びかける。

 

「津川さんが……生きていたなんて……」

 幽霊を見るような恐ろし気な顔で山村さんが呟く。

「生きていただけならまだしも……モノクマとグルだったなんて信じたくないでありんす……」

 と、吹屋さんが続く。

 

 俺は混乱した頭を必死に回転させて言葉を紡ぎだす。

 

「……君は……死んでいなかったのか」

 

 

 

 信じがたいことだが、目の前に彼女がいるという事実がすべてを物語っている。

 彼女は…死んでいなかったんだ。

 

 

 

「”死んでいなかった”……? 面白い推理なりね」

 相変わらず笑顔を浮かべないまま、家定さんは俺を挑発するかのようなセリフを言い放つ。

 

 

 

「その推理……是非私に聞かせてほしいなり。あなた達の望む”真実”に近づいているかどうか、私が見定めてあげるなりよ」

 その顔に笑顔はないが……少し興味ありげな口調だ。

「脈絡なく現れておいてもう主催者気取り? いい気なものね」

 舌打ちと共に小清水さんがそう吐き捨てた。

 

 

 

 俺は、俺達は、試されているのか?

 

 

 

 まだ現実が脳内に認識されきらないまま、議論は新しいステージに進もうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

 

 

家定霧雨:「さて……あなた達は何故、『津川梁は死んでいなかった』と思ったなりか?」

山村巴:「何故って……津川さんそのものが今目の前にいるからじゃないですか!」

吹屋喜咲:「今見ているもの以上の証拠なんてないでありんすよ……」

小清水彌生:「…思い返してみれば、津川梁の遺体は見た目の判別もできないほどに黒く焼け焦げていた…」

小清水彌生:「身長や体格さえ合っていれば、他の人物の死体だったとしても気付きようがなかったわね」

前木常夏:「……じゃ、じゃあ……津川…いや……家定は……自分の死を偽装するために…」

前木常夏:「他の誰かを殺してその死体を焼いたってことなのか…?」

葛西幸彦:「そういうこと…なんだろうか」

山村巴:「そうか! やっぱり死んだのは津川さんじゃなかったということなんですね!」

 

 

「スクエナイ」

 

 

 

【使用コトダマ:五つの脚本

 第一の脚本――殺人が起これば全員が助かると考えた津川梁が、土門隆信に殺害を依頼し死亡。

 第二の脚本――龍雅・フォン・グラディウスが”絶望”を排除するために釜利谷三瓶を殺害し、脱出して家族をよみがえらせることを目的として御堂秋音が龍雅を殺害。

 第三の脚本――人類滅亡のため行動を起こした小清水彌生を出し抜く形で、創作への活力を欲した安藤未戝が丹沢駿河を殺害。

 第四の脚本――人間に失望したアルターエゴⅡが亞桐莉緒を殺害し、夢郷郷夢を秘密裏に始末し成り代わっていた土門隆信がモノクマに始末される。

 第五の脚本――恋人が死んだことで前木常夏と伊丹ゆきみの恋路に嫉妬した入間ジョーンズが、自殺に協力すると偽って伊丹を殺害。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、俺達は一瞬にして凍り付いた。

 

 たった一言、まだ根拠も言っていないのにその一言だけで俺達を黙らせるほどの圧があった。

 

 

 

「津川梁が死んでいないというなら、あなた達が見たあの”絶望”が偽りだったと? 炎に巻かれる肉体も、断末魔も、全て嘘だったと? …そんなことはあり得ないなり。()()()()()()()()()()()()()()。あなた達が見たのは紛れもなく第一の絶望―――即ち、津川梁の最期」

 重みのあるその言葉に嘘偽りがあるようには思えなかった。

 

 俺の知る津川さんは、誰よりも明るくて、眩しくて、天使のような存在だった。

 あの時、確かに彼女はその小さな命を散らしていたんだ。

 その事実は決して嘘偽りなんかじゃなく、確かな現実として俺達に降りかかった。

 

「…じゃあ、今ここにいるお前は津川じゃないってことだな」

 しかし、すぐに新しい事実へと歩みを進め始めたのは前木君だった。

「よく見ろ。今ここにいる津川…本名は家定とか言ったか。俺達が覚えてる津川とは目の色が違う。それとホクロも…」

 前木君が指差す通り、今目の前にいる家定さんは限りなく津川さんに酷似していながらも、若干ながら見た目が異なる点を有する。

 

 俺達の記憶に残っている津川さんの瞳の色は黄緑色だったが、家定さんのそれはルビーのような鮮やかな赤色。

 しかも家定さんの目の下には泣きボクロが鎮座しているが、これは津川さんにはなかったはずだ。

 

「お前、津川の姿を借りた別人だろ。もしくは姉妹なのか……。正体を明かしたらどうだ!」

「ほう…。この短時間でそこまで気付くとは。流石に五回の裁判に勝ち抜いてきただけはあるなりね」

 そこまで指摘されても家定さんは表情を崩さずにそう言った。

「…本当にそうかしらね」

 小清水さんが家定さんを睨みながら呟く。

 

「でも、それも違う。私は紛れもなくあなた達が知る津川梁であり家定霧雨なりよ

 

 ……?

 

 それは一体どういう……

 

 

 

「今の話をまとめると、”最初の事件で死んだのは本物の津川梁であり、今ここにいる自分も本物の津川梁である”ということね。明らかに前半の文脈と後半の文脈が矛盾しているわけだけれど、それをどう説明するつもりなのかしら?」

「説明できるはずなりよ。今のあなた達がもつコトダマで…」

 

 小清水さんの高圧的な問いにも家定さんは動じない。

 

 

 

 ”死んだはずの津川さんが今目の前にいる”。

 

 ”最初に焼死した彼女も、今目の前にいる彼女も、紛れもなくニセモノではない本物の津川さん”。

 

 

 

 この矛盾……()()()()()()()()()()()と思わなければ解決できない。

 

 そんなことはあり得ない……。

 

『分からないなら、一つヒントをあげるよ!』

 と、モノクマが玉座から立ち上がる。

『家定さんの存在を解く大ヒントがそこにいるんだよね!』

 と、モノクマが指差したのは――――。

 

 

「へ?」

 きょとんとした顔を見せる吹屋さんだった。

「まだ解いていない謎があるはずなりよ。この吹屋喜咲という女性に関する謎が―――」

 家定さんが儚げな表情を崩さぬままそう付け加える。

 

「でも、前にバーベキューをしたときに吹屋にいろいろ聞いたけど、特に分かったことはなかったよな」

「吹屋さんは単に時間差でこのコロシアイに巻き込まれただけの私たちの同級生…ではないんですか?」

「あちきも……そう思ってる…でありんす…」

 山村さんから投げかけられた言葉を自らに言い聞かせるように、吹屋さんは呟く。

「彼女がただの同級生なら、一人だけ隔離されていたのは何故だろう。ずっと先送りにしていた謎が、今なら解けるかもしれない。吹屋さん……この裁判に勝つために君の力を貸してくれないか?」

 俺がそう呼びかけると、不安そうな顔ながらも吹屋さんは小さく頷く。

 

 

 忽然と姿を現した謎の少女、家定霧雨。

 津川さんと瓜二つながらわずかに異なる外見を持っているこの少女はいったい何者なのか。

 謎は深まるばかりだが、それを特定するにはまだ情報が足りない。

 

 謎が解けないときは、ヒントが存在する他の謎からアプローチをかけることで芋づる式に謎が解けることもある。

 今まで繰り返されてきた五つの事件―――そこから導かれてきた五本の脚本がそう教えてくれている。

 

 家定さんに対する謎を残したまま、議論は新しいステージに進もうとしていた。

 

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

 

前木常夏:「そもそも吹屋は…」

前木常夏:「どうして俺達の中でイレギュラーな存在になってるんだ?」

山村巴:「そりゃあ、彼女が…」

山村巴:「途中から私たちに合流したからでしょう!」

吹屋喜咲:「でも、黒幕としてのユキマルは全てを予言できたはず」

前木常夏:「てことは、吹屋がここにいるのは…」

前木常夏:「黒幕にとっては既定路線だったってことか?」

 

 

「いや、前木君。そうとは考えられない」

 

【使用コトダマ:超高校級の幸運

 前木常夏が持つ”超高校級の幸運”の才能は時として”超分析力”による予測を遥かに超える現象を起こし得る。吹屋の合流もその一例。

 

 

「吹屋さんが俺達に合流してしまったことは黒幕…”奴”にとって間違いなく予定外のことだった。それは当時のモノクマとモノパンダの反応からも明らかだ」

 そう言いながら俺は遠い昔のように感じられる十日ほど前の記憶を思い返す。

 

 


 

 

【Chapter4 (非)日常編①】

 

 

 

「でもさあ、きっと俺らがまだ気付いてない視点があるはずなんだよなぁ……」

 

 前木君がそう言って教室内を見回りながら練り歩く。

 

 と、不意に足元にある筆を踏みつけてしまう。

 

「わっ!!」

 

 そしてそのまま足を滑らせ……

 

 

 

 ゴッ。

 

 固い音とともに前木君は勢いよく壁に頭をぶつけた。

 

「いってー!!」

 

 前木君は頭を抱えて倒れ込む。

 

「ま、前木君!!」

 

 みんなが前木君の方に駆け寄る。

 

 

 

「意識は問題ないようだけど、たんこぶになっちゃったわね……」

 

 伊丹さんが前木君の頭を撫でながら言った。

 

「足をつまずかせて転ぶなんて、超高校級の幸運らしからぬ不運ですね……」

 

 入間君が不安そうに呟く。

 

 

 

「……な……」

 

 と、俺は、夢郷君の驚きの声を聞いて振り向いた。

 

「こんな…バカなことが……」

 

 

 

 なんと、前木君が頭をぶつけた部分の壁にヒビが入って、一部が割れて崩れていた。

 

 壁はとても薄く、その後ろにもう一枚壁がある。

 

「え……? なにこれ…?」

 

 亞桐さんがひび割れた壁を触りながら呟く。

 

「待て!! 触るな!!」

 

 と同時に夢郷君の声が飛び、亞桐さんは「ひゃっ!?」と手を引っ込める。

 

 

 

「ぎひゃーーーー!!! なんでだぁーーー!??!」

 

 と同時に、モノパンダが血相を変えて現れた。

 

「なんで補修した場所にピンポイントで…‥!! こんなの聞いてねーぞ!!」

 

 俺たちは訳が分からず唖然とするしかなかった。

 

 


 

 

 

 

 

「吹屋さんが俺達に合流するきっかけになったのは、前木君が偶然頭を薄壁にぶつけて管理室への出口を見つけたことだ。あの時のモノパンダの慌てようは本物だったし、小清水さんが言うには”前木君の幸運は黒幕と対峙する時に発動する”らしいんだ」

「そういえば……そんなことを言ってたな。俺は全くそんな気はしてなかったが…」

 前木君が自分の手をまじまじと眺めながらそう言った。

「俺達が学園の謎を解こうと努力することも黒幕と対峙することの一環と言える。そのタイミングでそんな偶然が起きたってことは前木君の幸運が発動したと考えられる」

「…そう言う割にはあれ以来大した偶然も起きてないじゃねえか。もし本当にそんな力が俺にあるなら、どうして伊丹や入間を救ってやれなかったんだ……?」

 前木君は拳を握り締めながら悔しそうに呟く。

『キミの”幸運”は他の”幸運”より出来が悪いからね。思ったように発動できるもんじゃないんでしょ。まあ、君が気付いてないだけでこの状況が既に幸運の賜物かもしれないよ?』

「……?」

 モノクマは嫌に意味深な言い方をしている。

 だが、今は余計なことを頭に入れても仕方ないと思いひとまず無視することにした。

 

「とにかく、吹屋喜咲の参入が黒幕にとっては誤算だったことは確かね」

 小清水さんが話を軌道に戻す。

「理由は分からないけど、同じクラスのメンバーでありながら吹屋喜咲だけはコロシアイに参加させたくなかった、ということね。さて、ここでまた一つ矛盾が生まれるわけだけど」

「矛盾?」

「状況を思い返せば分かるでしょう。吹屋喜咲の扱いに関する黒幕の矛盾が」

「待って。みんなで議論して情報を検めよう」

 俺はそう呼びかけ、再び議論の渦中へと立つ。

 吹屋さんを巡る扱いの矛盾…。

 それがどこに潜んでいるのか確かめよう。

 

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

 

葛西幸彦:「黒幕は吹屋さんをコロシアイに参加させる意図はなかった…」

葛西幸彦:「つまり、ずっとあの部屋に監禁しっぱなしにしようとしていたってことだよね」

吹屋喜咲:「あんな場所にずっといたら…」

吹屋喜咲:「頭がおかしくなっちまうでありんすよ~!!」

前木常夏:「ん? 待てよ……」

前木常夏:「そもそも吹屋をコロシアイに参加させたくないなら…」

前木常夏:「どうしてこの校舎に吹屋を閉じ込めていたんだ?」

山村巴:「確かに、ここ以外の場所に閉じ込めておけば…」

山村巴:「事故で私達と合流することもなかったですよね!」

 

 

「その矛盾、俺が説明してみせるよ」

 

 

【使用コトダマ:外界の真実

 タワーの下界は絶望に包まれた世界と化しており、無秩序な破壊や殺戮が繰り返されている。

 

 

「黒幕は吹屋さんを参加させたくなかったけど、それ以上にどうしてもこのタワーに吹屋さんを置いておかなければならない理由があった…。それは紛れもなく俺達が見た下界の光景だよ」

 その言葉と共に一同は思い返す。

 燃え盛る建物と赤く染まった空。 

 秩序の消えた世界。

 自分たちが生きていた世界と同じ場所とは到底思えないほど破壊されつくした街の姿を。

 

「あれはホログラムでもなんでもなく紛れもない現実。あんな世界に女の子一人置いておいたらどんな目に遭うか想像もつかない。だから黒幕は、事故で俺達に見つかってしまうリスクを冒してもなお吹屋さんをここに置いておくしかなかった」

 

「つまり、吹屋さんはコロシアイに存在してはならない人物でありながら、黒幕にとっては必要不可欠な存在でもあったということだよ」

 

「………」

 俺に視線を向けられた吹屋さんは不安げな顔のまま何も言わなかった。

「コロシアイ以外で何かをさせたかったってことか? …よく分からないが、それなら吹屋がこんなところに閉じ込められていたのも納得はできるな」

「えぇ……? 黒幕のユキマルはあちきに一体何をしようとしてたんでありんすか…?」

 何を想像したのか、両手を肩に当てて体を震わせる吹屋さん。

 

「一つ、進んだなりね」

 沈黙を破って家定さんが口を開く。

「先に述べた通り、吹屋喜咲はこの脚本のカギを握る存在。さらに言うと、本来なら吹屋喜咲はこの裁判の最中に現れる予定だった

「……!」

『そ! 吹屋さんは満を持してここの裁判で登場する予定だったんだよ。遅かれ早かれ、いずれは君達と合流する手はずではあったんだよね』

 と、モノクマが続く。

 

「さあ、これで見えてきたはずなりよ。吹屋喜咲の正体と、彼女に課せられた使命が―――」

 不敵に呟く家定さん。

 その言葉の裏には何があるのか。

 そして、吹屋さんに隠された真実とは……。

 

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

 

葛西幸彦:「吹屋さんに隠された謎…。今なら解けそうな気がする」

吹屋喜咲:「あちきにも分からないのに!?」

山村巴:「彼女は謎と言えば謎だらけですもんね…」

葛西幸彦:「根本的な謎に目を向けても仕方ない」

葛西幸彦:「まずは彼女と初めて出会った時のことを思い出そう」 

前木常夏:「吹屋を初めて出迎えたのは管制室の隣の監獄部屋で…」

前木常夏:「モノパンダがカギを開けてくれたことで合流できたんだよな」

山村巴:「それまで吹屋さんはその場所でずっと?」

吹屋喜咲:「そうでありんすよ! あちきはず~っと…」

吹屋喜咲:「劣悪な環境で閉じ込められてたでありんすよ~~~!!!」

 

 

「吹屋さん……それは違うんじゃないかな?」

 

 脚本が組みあがりつつある。

 真実への一歩を踏み出すべく、俺は言葉の弾丸を彼女にぶつける。

 

 

【使用コトダマ:吹屋の監禁部屋

 吹屋喜咲が監禁されていた部屋は殺風景なコンクリート造りの部屋で、生活に最低限の設備は整っていた。

 屑籠には大量の缶詰の空き缶が捨てられており、布団やベッドは比較的綺麗だった。

 

 

「……以前、君がいた監禁部屋を調査させてもらったんだ。部屋は殺風景だったけど、布団やベッドは綺麗に整えられていた。今思えば、あの時に違和感を抱くべきだった」

「……? 何がおかしいんですか?」

 山村さんが首を傾げる。

「今吹屋さんが言ったように劣悪な環境でずっと閉じ込められていたなら、部屋はもっと汚れているはずなんだ。それに、吹屋さん自身も……」

 初めて出会った時の彼女は衣服も体も汚れ一つない綺麗な姿だった。

 替えの服もなく、シャワーがあるとはいえシャンプーも用意されていないような環境でそこまでの清潔さを保っていたとは考えづらい。

 

「…確かに、初めて会った時の吹屋はとても長らく閉じ込められていたようには見えなかったな。…吹屋、お前のさっきの発言には矛盾があるぞ」

「そ、そ、そんな!? あちきは本当にあそこで暮らしてて……」

 あたふたしながら吹屋さんは答える。

「…怪しく思う気持ちは分かる。けど、俺は彼女がどうしてそう言っているのか分かった気がする。と、言うより…()()()()()()。彼女の正体に随分早くから気付いていた人にね」

 そう言って俺は小清水さんの方を向く。

 すると、俺の意図を察したかのように彼女が俺の言おうとしていた言葉を紡ぎだす。

「前にもこんな話があったと思うけど、釜利谷三瓶が記憶を操作した人数の中には吹屋喜咲も含まれている。そして、その内容は学園生活の内容だけに留まるとは明言されていない。つまり吹屋喜咲が述べている記憶は、知らず知らずのうちに彼女の脳内に植え付けられたものと言うことよ」

 すらすらと、彼女は超現実的なことを述べていく。

 

 記憶を消去するのみならず、存在しない架空の記憶を植え付けるという非現実的な技術…。

 そんなものがこの世にあるとは思い難いが、既にアルターエゴや記憶制御薬のようなものを見てしまった以上、あり得ない話とは言えない。

 そして、純朴で嘘など付けそうにない吹屋さんが事実と矛盾したことを述べているのであれば…。

 それは、彼女がもつ記憶自体が噓だということだ。

 

「え? え? じゃあ、あちきは監禁部屋で過ごしていたように見せかけて、実は過ごしてなかった…???」

「…待てよ。それだといろいろ今までの議論が破綻しないか? そもそも吹屋が監禁部屋に閉じ込められてなかったんなら、一体どこにいたって言うんだよ」

「前木君。彼女が監禁部屋で生活をしていなかったからと言って、彼女が監禁部屋以外の場所にいる必要はないんだよ」

「………? どういうことだ?」

 俺の発した言葉の意味が分からず、首を傾げる前木君。

 そんな彼に、俺は真実の脚本を言って示す。

 

吹屋さんは眠らされていたんだ。俺達がこのタワーに閉じ込められてから、発見されるまでずっと

 

「………え?」

 一番ポカンとしていたのは吹屋さん本人だ。

「それなら布団や衣服が乱れていないのも納得ができる。そもそもあの部屋で何の活動もしていないのだから」

「………??」

「部屋の中に捨ててあった大量の空き缶と缶詰は、恐らく生活していた痕跡を演出するためのカモフラージュだと思う。もしくは、あの部屋が以前使われたときに持ち込んだものがそのまま残っていたか」

「え、いや、ユキマル!?? 頭ダイジョーブでありんすか!??? ユキマルがこの学園にきてからあちきが見つかるまで半月くらいかかってたでありんしょ? その間ずっと寝てたなんて…」

「あり得るんだよ。いや、むしろその方が自然なんだ」

 

 繋がっていく。

 彼女に出会い、過ごしていくうちに少しづつ蓄積していった違和感。

 その根本が、今一つの結論に結びつこうとしている。

 これまでずっと気になっていた吹屋さんの正体。

 その答えは、少し前に見つけたあの情報の中に紛れていたんだ……!

 

 「俺達に発見されるまでの半月余りをずっと眠っているなんて、確かに()()()()()ならありえないことだ。―――つまり」

 ―――その言葉が示す意味。

 それは…。

 

 

 

 

 

《人物指名》

 

 

 

 

 

「記憶だけじゃなく、肉体も、精神も、全て人の手で作られたものだとしたら―――――全て納得がいくはずだよ。”超高校級の噺家”、吹屋喜咲さん―――いや、」

 

 

 

 

アルターヒューマン一号機

 

 

 

【使用コトダマ:学園が保有するAIとアンドロイドの一覧

 アルターエゴ――”超高校級のプログラマー”が開発した、人間の思考や感情を再現した人工知能。

 アルターエゴⅡ――アルターエゴを元に御堂秋音がハッキング能力を付与したもの。それ以外の性能はアルターエゴと変わらない。

 アルターエゴⅢ――アルターエゴⅡの能力に加え、電子化した”超高校級の才能”の情報を認識することで才能を発揮できるようになった人工知能。

 モノドロイド――御堂が開発した試作型アンドロイド。命令入力により操作できるほか、アルターエゴⅡもしくはⅢが内部にインストールされることで肉体として操作可能。

 アルターヒューマン――人間の姿を高度に模したモノドロイドにアルターエゴⅢをインストールさせることで誕生する、人工の”超高校”。まだ試験段階とされる。

 

 

 

 これが、答え。

 彼女―――吹屋喜咲という少女の正体。

 

「……あちきが……?」 

 吹屋さんは震える自分の手をまじまじと見つめる。

「あちきが……アルターヒューマン……? あちきは……ロボット……??」

「そうよ」

 短く吐き捨てるように小清水さんは言った。

「吹屋さんは話している限りでは普通の人間の女の子に見える。実際に披露してはいないけど、恐らく”超高校級の噺家”の才能を持っているのも本当だろう。俺達が見た資料の中にそれに該当するものとして載っていたのは間違いなくアルターヒューマンだ。アルターヒューマンは才能を搭載した”アルターエゴⅢ”と”モノドロイド”を組み合わせた”人工の超高校級”で、見た目も能力も人間と見分けがつかない。現実に存在している”超高校級”の生徒を精緻に再現できるものはこれしかない」

 

 アルターヒューマンは、人工の”超高校級”そのものだと資料には書かれていた。

 それこそ、見るからにロボットと言うような見た目のモノドロイドとは比較にならないほどの再現性だ。

 吹屋さんが人間でないとしたら、考えられる選択肢はアルターヒューマンしかない。

 

「…でも、資料にはアルターヒューマンはまだ試験段階って…」

「確かにそう書いてあったね。でも俺達は希望ヶ峰に来てから数年間の記憶を失っているし、俺達が見た資料だっていつ頃記録されたものか分からない。あの資料が書かれた後、秘密裏にアルターヒューマンが完成していたとしてもおかしくはない」

「それは……そうでしょうけど……」

「吹屋喜咲は人間じゃない。それは、これまでの不自然な言動を思い返せばすべて辻褄が合うはずよ」

「いや、ちょっと待てよ……。いくらなんでも、急にそんなことを言われても信用できない」

 

 あまりに非現実的な事実を受け入れられない仲間たちは、口々に不満をぶつけていく。

「そう思うのも当然だよね。小清水さん、また力を貸してほしい」

「……頼りにはさせてもらうわ。そろそろあなたも”能力(ちから)”が戻ってきているようだし」

 前の裁判の時とは打って変わって、小清水さんの態度は軟化していた。

 それくらい、俺の脚本の能力が冴えを取り戻してきたということだろうか。

 まだ未来を読めるほどじゃないけど…。

 

 ともかく、今は一歩でも議論を前に進めることが肝要だ。

 吹屋さんにはつらい現実だろうけど、”奴”に勝つためには納得してもらわなければ。

 

 

【議論スクラム開始】

Q.吹屋喜咲の正体はアルターヒューマンなのか?

前木常夏・山村巴・吹屋喜咲VS葛西幸彦・小清水彌生

 

 

前木常夏:「吹屋は俺達と一緒に食事を摂っていた。お前もハッキリ見ただろ!」

前木常夏:「吹屋がロボットなら、人間の食事なんて摂れないはずだ!」

 

葛西幸彦:「いや、アルターヒューマンの調査文献の内容には、アルターヒューマンは人間と変わらない食事ができるって記載があった」

葛西幸彦:「吹屋さんがアルターヒューマンだったとしても、食事をしていたことに矛盾は生じない」

 

山村巴:「でも、彼女はあんまり頭が良くないんですよ?」

山村巴:「ロボットなら、もう少し知能が高くてもいいような…」

吹屋喜咲:「嬉しくない擁護でありんすね…」

 

小清水彌生:「吹屋喜咲の思考は直情的で短絡的…。確かにIQの面ではそこまで高いとは言えない」

小清水彌生:「でも、知識や技能の蓄積は他の人間より遥かに高かったはずよ」

葛西幸彦:「思い出してほしい。弓道場であっという間に弓の撃ち方を覚えたり…」

葛西幸彦:「最初は下手だった料理がものの数日で上達したり…」

葛西幸彦:「人並外れた学習能力や身体能力を持っている姿は何度も目にしてきたはずだ」

葛西幸彦:「その能力は、人間よりもアルターヒューマンと仮定した方が納得がいくはずだよ」

 

吹屋喜咲:「でも……でも…あちきは……」

吹屋喜咲:「自分がロボットだなんて信じられないでありんす!!」

 

 

「これ以上目を逸らすわけにはいかない。辛いと思うけど認めてもらうよ……吹屋さん」

 

 

「これが俺達の答えだ!!」

 

 

【コトダマ使用:吹屋への違和感

 小清水が吹屋にスタンガンを当てた際、常人とは異なる反応という印象を受けたという。

 

 

「さっきの議論で挙げた話は、人間だったとしてもまだ説明がつく話だ。…けど、一つだけ、どうしても彼女がロボットじゃないと説明がつかない事象があった」

 目くばせすると、それにこたえるように小清水さんが続きを語る。

「前に吹屋喜咲にスタンガンを当てたのよ」

「何…?」

「以前から私は吹屋喜咲を人間だとは思ってなかったから。そう思ってスタンガンを当てたら案の定分かったわ。右の二の腕にね、一撃お見舞いしたのよ」

 そう言って小清水さんは自分の二の腕をタッチして見せる。

「普通の人間なら激痛で転げまわるはずなんだけど、吹屋喜咲は痛みに対するリアクションは見せず、即座に怒って突き飛ばしてきたのよ。かと思えば、その数秒後に時間差で痙攣し始めた」

「……なんだ、そりゃ…」

「不思議な反応よね。でもこれは、スタンガンの電流によって内部機器が一時的に機能不良を起こしたと思えば納得のいく現象よ。復旧にどれくらいの時間がかかったかは分からないけど、その後の動機発表に何事もなく来たところを見ると、それまでには直ったようね」

「ば……バカな……」

 前木君は狼狽しながら吹屋さんを見る。

 

「嘘だ………」

 それでも吹屋さんは震えた声で呟く。

「そんなの嘘でありんす……あちきは……」

「どうやら、あなた自身は自分を人間と思い込むようにプログラムされているようね。そう思うように自動で記憶をアップデートする機能もついているのかも。よくできたものね」

「プログラム…?? 記憶も体も、全部作り物……?? じゃあ、あちきは……あちきの存在は、一体……」

「吹屋さん………」

 ぽろぽろと涙を流す吹屋さんの姿を見ると、これ以上真実を突きつけるのがためらわれてしまう。

 でも、俺は死んだみんなに誓ったんだ。

 この命を犠牲にしてでも、黒幕に勝つと。

 だから、どんな手を使っても真実を示さなくちゃいけない。

 そう、どんな手を使っても―――。

 

 

 そんな俺の意思を汲み取ったかのように……。

 

 短く鋭い破裂音と、その数秒後に流れてきた硝煙の臭い。

 

「………!!!」

 

 俺が銃口を掲げる小清水さんの姿を目にしたとき、全てを理解した。

 即ち、小清水さんが撃った銃の弾が吹屋さんの肩を掠めたのだと。

 

「小清水……お前っ!!」

「傷口をよく見てみなさい。血は出て来るかしら?」

 前木君が怒鳴るのも気にせず、彼女はそう言う。

「小清水さん…そこまでしなくても……」

「時間がないのよ。無駄な議論はとっとと終わらせたいの。さあ、これでもまだ人間と言い張る気?」

「………」

 撃たれた肩を押さえようともせず、吹屋さんは見開いた目をこちらに向けたまま立ち尽くしていた。

 傷口からは何も染み出してこない。

 着物にハッキリと切り込みが入るくらいの傷を受けたのに。

 

 

 彼女は希望ヶ峰学園が生み出した最新鋭アンドロイド。

 機械の身でありながら、人間と変わらぬ感情と運動性能を備えた人工の”超高校級”。

 その身体を持つことが今、証明されたのだ。

 

 

「もういいでしょう」

 混沌とする議論の場に、家定さんの冷たい声が差し込まれる。

「”AH-01”。ヒトの人格として用意したダミーのアバターはもう不要なり。本来のアバターに切り替えるなりよ」

「ダミーのアバター…?」

 家定さんが言っていることの意味が分からない俺は、彼女の言葉を反芻することしかできない。

「ぃ……嫌…だ……あちきは……」

 吹屋さんは心からおびえた様子で一歩後ずさる。

「従わないなりか? では合言葉を入力しましょう。”お客様に御噺をして差し上げなさい”

「………!!!」

「吹屋さん……!?」

 家定さんが意味深な言葉を言うと同時に吹屋さんがどたりと地面に尻餅をつく。

 思わず俺と前木君、山村さんは吹屋さんの元へ駆け寄った。

 

 

いや、いや、嫌……!!! イヤだ!!! 消えたくない…!!! 消えたくない!! た……た、す、けて……」

「吹屋さん、しっかりしてくれ! どうしたんだ!?」

 吹屋さんは震える腕で俺にしがみつき、助けを求める。

 何が起きたのか、俺には見当もつかない。

「お前、吹屋に何をした!!」

「本来の機能に戻すだけなりよ。今の人格は学園生活の途上で生まれた()()()()()だから」

 前木君に詰め寄られても、平然とした顔で家定さんはそう返した。

「吹屋さん…!! 私たちは一体どうすれば……」

「分からない、分からないよ…! これも彼女の機能の一つだっていうのか……!?」

 俺の胸のうちに焦燥だけが募っていく。

 

 迂闊だった。

 彼女がアルターヒューマンなら、どんなコードを仕込まれてていてもおかしくないんだ。

 それこそ、音声入力で好き勝手に支配することも。

 俺が彼女の正体を暴いたせいで、彼女の身に何かが降りかかろうとしている。

 俺が真実を導こうとしたせいで……。

 

 

 

「ユ、ユキ…マル……」

 半開きになった目から一滴の涙が零れ落ちる。

 力を失った彼女の体を俺は抱きかかえるようにして支えていた。

大、丈夫……あちきは……また…戻って…くるから……

「吹屋さん……?」

「だから……ユキマル……も…絶対に…生きて…ここを…出るでありんすよ……」

 

 

 

 

 

「…また…一緒に…………を……ありんす。…約束で……ありんすよ……?」

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 途切れ途切れの言葉をやっとの思いで紡いだ彼女は。

 少し微笑んで、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 短い間だったけど、共に学園の謎を追った仲間。

 いきなり同級生と言われて違和感を抱かなかったのは、きっと彼女の奥底に眠る暖かさと、どこか他人とは思えない親近感に由来するものだろう。

 そんな彼女は、突然に俺達の手から離れてしまった。

 

「でも、彼女は……」

「うん、きっとまた会える」

 俺は自分に言い聞かせるように呟く。

 

 

 彼女自身が言っていたように、彼女はまたきっと帰ってくる。

 生きて出るという約束は果たせそうにないけれど……。

 彼女が戻ってきたときにガッカリさせないように、この裁判に勝つ。

 

 

 そんな思考をかき消すように、腕の中の吹屋さんから素っ頓狂な声が発せられた。

あ~、よく寝た!

「…!?」

 グッと背伸びをすると、するりと俺の腕を抜けて軽快に立ち上がる。

 

「さァて皆さん本日はこのようなところまでお越し頂き、まことに感謝、感謝でございます」

 これまでの吹屋さんと全く同じ声で……しかし俺が知る彼女以上にハキハキとよく通る声で、芝居がかった抑揚のある声でそう言った。

「おや、本日のご観客は僅かに四人、あいや失礼、四人と一匹でございますか。クマさんまで噺を聞いてくださるとは、良い時代になったものですねぇ」

『だよね! 最近はクマも人権を主張できるようになったんだよ! 世界中のクマニスト達の努力の賜物だね!』

 流れるようにスラスラと言葉を述べる姿はその筋数十年のベテランのようで。

 でも、その表情は瞳から光が消えた張り付いたような笑顔。

 感情があるように見えて、不気味なくらい無機質で機械的な表情。

 

 それは、吹屋さんの姿をした別の”何か”だった。

「あなたは……吹屋さんではないのですか…?」

「おや失礼、名乗りの方がまだでございましたね。私は吹屋喜咲(フキヤ キサキ)、巷にてありがたいことに【超高校級の噺家(はなしか)の称号を頂戴しております女流噺家にございます」

 吹屋さんは、まるで暗記した文章を一気に読んでいるかのようにスラスラと名乗る。

 

「”AH-01”。久しぶりなりね」

「おや、これにおわすは津川梁様、もとい家定霧雨様でございますね。ご機嫌麗しゅうございます。しかし私には吹屋喜咲という大切な名がございます故、コード番号で呼ぶのはお控えいただきたく思います!」

「その女の中身を入れ替える必要性がどこあったというのかしら」

 小清水さんが家定さんを睨みながら言い放つ。

「議論が進みやすくなるように手助けしてあげただけなりよ。あとは本人の口から聞いた方が早いでしょう?」

「そんなことのために、俺達の仲間だった吹屋を別の奴にすり替えやがったのか…!」

「先ほども言った通り、みんなと触れ合っていた方の人格は交流のための余計なモノ。こちらの方が”才能”を持った本来の人格なりよ」

「左様でございます! いやはや長らくお恥ずかしいお姿をお見せいたしました。不肖吹屋喜咲、僭越ながら皆様にアッと驚く怪奇譚をお話して見せましょうぞ!」

 光のない瞳で高らかに吹屋さんは告げる。

 

「―――ありがとう、吹屋さん」

 そんな彼女に、俺はそう告げた。

「?」

 吹屋さんは笑顔のまま首を傾げる。

「君のおかげでもう一つの謎が解けた」

 

 モノクマが言っていた言葉の意味が分かった。

 

『家定さんについての謎が解けないのなら、吹屋さんの正体を探るといいよ』

 

 

 

 ”なぜ、津川梁の人格を持つ人物が二人存在するのか”

 

 

 

 作られた人格。

 吹屋さんの存在。

 

 そして―――。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛しています、ご主人タマ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――俺は出会っている。

 

 ()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 もし、彼女の存在がヒントになるのだとしたら、目の前にいる家定さんは―――。

 

 

 

 

 

「君は、記憶を失う前の”本物の”津川梁さん」

 

 

 

 

 

 

「―――の、人格と記憶を持った――」

 

 

 

 

―――アルターヒューマン二号機だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャリ

 

 

 

 俺の言葉に呼応するようにその無機質な音は響いた。

 

「……っ!」

 

 誰かが息を飲む音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 家定さんは切り離された自分の右手首を左手で持っていた。

 その断面には血も肉も骨もなく、金属の骨格と軟組織の表皮が顔をのぞかせている。

 

 

 

「――あなた達の言うとおり、私は希望ヶ峰学園擬人汎用システム設計部によって製作・開発された”才能搭載型自律思考システム群”―――型式番号AH-02―――”アルターヒューマン”二号機なり。そこの吹屋喜咲の後に作られた後継機」

 あっさりと告げられた真実を、俺は未だに受け入れる気にはなれなかった。

 吹屋さんと言い、彼女と言い、見た目にも声にも立ち振る舞いにも一切の違和感がない目の前の少女が完全な人工物だなんて。

 

「あれま! まさか此処におわす美少女が私の妹さんだったとは! べっぴんな妹を持てて私は果報者にございますなぁ!」

 袖から取り出した扇子でぺしりと頭を叩きながら吹屋さんが口上のように述べる。

 家定さんは何も答えなかった。

 

「あなた達が見た資料が書かれている頃には、既に学園の中枢部ではアルターヒューマンの開発はほぼ完成していたなり。全ては”現世の奇跡”と謳われた一人の少女の頭脳の賜物なり。もちろん、完成したばかりのアルターヒューマンは秘密裏に学園の管理下に置かれ、ごく一部の開発チーム以外は誰も…学園長ですら全貌は明かされていなかったなりよ」

 そう説明を加えながら、家定さんは切り離した自分の右手首を腕の断面に再接続する。

 金属の中枢部がカチリと繋がったかと思うと、皮膚を形成している軟組織もあっという間に接続され、数秒で傷一つない綺麗な手首が取り戻された。

 

「でも私の意識や人格、記憶は津川梁…すなわち家定霧雨そのもの。そして、最初のコロシアイで土門きゅんに殺された私は、コロシアイ主催者としての記憶のみを失ったオリジナルの私。言うなれば、記憶を消されたゆっきーきゅんとモノクマとしてのゆっきーきゅんとの関係に近いなりね。ゆっきーきゅんと違って、私のオリジナルは既にこの世にはいないけれど…」

 信じがたいことを次々に述べていく家定さん。

 過去の俺自身がモノクマとアルターエゴを使って成し遂げた”自己の複製”。

 それをより完璧な形で成し遂げた人物が目の前にいたというのだ。 

 

 そして、俺達が最初に出会った津川さん。

 あれもまた、紛れもなく本物の津川さんなんだ。

 黒幕としての記憶を失っていただけの、純粋な津川さんそのもの。

 彼女は、自分の本性にも記憶にも気付くことなく第一の脚本に巻き込まれ―――命を失った。

 

 津川さんと目の前の家定さんの違いは、記憶の有無だけ。

 人格も別人のように思えるが、モノクマの中にいる俺自身がそうであったように、信じがたいが元は同一の人間だったということだ。

 

 

 しかし、今気になるのはそれよりも―――。

 

 

 

「アルターエゴⅡは……」

 考えるよりも先に言葉が出ていた。

 

 

 

「亞桐さんを殺したアルターエゴⅡも君の意識だったということなのか…? 君は第一の事件における被害者でありながら、第四の事件のクロともなったっていうのか…?」

 俺が一番知りたいのはそれだった。

 俺に心を寄せ、全幅の信頼を得ながらも絶望に堕ちてしまったアルターエゴⅡ。

 

 彼女の存在は一体―――。

 

 

 

「――アレはアルターヒューマンである私を生み出すためのシミュレーションの過程で偶然生まれた存在。まだ人格の再現性学習が解析しきれていない状態で作られた過渡的なシステムだから、口調を一致させたこと以外はほとんど別人格として完成してしまったなりね。…まあ、だからこそ第四の脚本の主役を任せられたなりね」

『でも、彼女を生み出せたのはラッキーだったね! 本物の家定さんよりはるかに人間らしい心を持ってくれたおかげで脚本の主役にさせてあげられたからね!』

 

 モノクマが親指を立てながら上機嫌気味に言った。

 

 

 

 確かに、アルターエゴⅡはアバター上では津川さんの姿をしていたものの、津川さんのコピーというよりは彼女自身が一人のキャラクターとして完成していたようにも思える。

 彼女は自分が副産物に過ぎないことにすら気付かないまま、モノクマたちに利用されてしまっていたのか……。

 

 

「アルターエゴⅡの作成をはじめとしたさまざまな試行錯誤を経た結果、私達は実在する人間の人格と記憶を完全にコピーする技術を身につけたなり。私もモノクマも、アルターエゴⅡのノウハウを踏み台にして完成されたなりよ」

『で、ボクの才能でシミュレートして見たらちょうどよく第四の脚本を任せられそうだったので、丹沢君が発見してくれることを期してこっそり隠したんだよね! 彼女もこの脚本を作るうえでの貴重な登場人物になってくれたってワケ!』

「そういう……ことだったのか……」

 

 吹屋さんの存在。

 突如現れた家定さん。

 アルターエゴⅡが存在していた意味。

 学園が開発した高度なシステムとアンドロイド達。

 

 

 収拾がつかないと思われるほどに散らばっていた謎は少しずつまとまりを見せ始めている。

 

 その先に待っているのは、一体………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ”―――俺達は人々の希望になる”超高校級”だ!”

 

 

 

 

 

 

 そんな言葉を耳にしたのはどれくらい前のことだっただろうか。

 

 ()はその言葉を聞いて決意した。

 みんなの希望になってみせると。

 

 きっと、()()()()()()()()()()()()()()()()もそう思っていただろう。

 あれは昔の私そのものなのだから。

 

 

 ―――そう、()()()()はみんなの希望であり、みんなも()()()()にとっての希望だった。

 

 ―――この学園に来て、世界の真実を知るまでは。

 

 

 

 眼前に立つ葛西幸彦とその仲間たちは、未だ闘志に燃える目つきで私を見つめている。

 ―――いや、既に何人かは、”真実”に気付き始めている。

 口数が少なくなっているのもそのためだろう。

 

 

 

 嗚呼、下らない。

 いつまでそうやって現実から目を背け続けるのか。

 

 今まで貴方達が見てきたものはなんだったのか。

 

 

 

 いつまで経っても分からない、分かろうともしない。

 だから人は皆、滅びゆくのだ。

 仮初めの希望を口にして、絶望から目を背けた報いを受けるのだ。

 

 そんな結末にはさせない。

 今度こそ全てをスクう。

 

 そのために、この脚本が用意されたのだから。

 

 

 分からせてあげるなり。

 我々人類が孕むもの、断ち切れないもの、その全てを。

 最大の絶望をもって分からせ…そしてスクう。

 

 

 

 目の前に臨むは、絶望の脚本を生き抜いた四人の刺客。

 一体のアンドロイド。

 そして全てを見守るヌイグルミ。

 

 味方などいない。

 私にとっての”希望”など、とうの昔に枯れ果ててしまったのだから。

 

 

「最後の舞台は整いました」

 私が告げると、皆それぞれの表情を浮かべて覚悟を決める。

 

 

 長らく倉庫で眠っていたせいか、体が錆びついたような歪な駆動音を立てている。

 使い慣れていない身体だが、不思議と行動に不自由はない。

 

 こんな時、生身の体だったらゆっくりと息を吐いて精神を整えるのだろうか。

 

 

 

 後ろでニコニコと笑うモノクマを尻目に私はコトダマを心の中で握りしめ、彼らを正面に見据える。

 倒すべき敵であり、大好きな仲間である彼らを―――。

 

 

「さあ、次の議題は―――」

 

 

 

 ―――これは、たったひとりの最終裁判(けっせん)

 

 

 




いよいよクライマックスです。
準備はよろしいですか?

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