エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
待たせた分、今回は史上最長の読み応えある話となってますのでご期待ください。
◆◆◆
俺を助けてくれた時の小清水さんのぬくもりが脳裏に浮かぶ。
第二の事件の前、俺の胸の中で泣いていた時と全く変わらないぬくもりだった。
あの時は演技だったが、さっきの態度はきっと―――。
……どうして。
どうしてそこまでして俺を助けたのだろう。
だって、記憶を共有していなくとも、このコロシアイを仕組んだのは俺で―――。
俺のせいで―――。
俺の胸がじんわりと痛む。
そう、この脚本の”主”は俺だった。
このコロシアイを起こしたのも、みんなを絶望的に死なせたのも、俺だったのだ。
まだ実感が湧かないけれど―――ずっと前からそんな予感はしていた。
そこに向き合うのが嫌だった。
嫌だったからこそ、目の前の事件や裁判にがむしゃらに向かっていくしかなかった。
けれど、もう目を逸らしていられる段階じゃない。
自分の罪に向き合わなくてはならない。
このまま最終裁判に勝ってここから脱出できたとしても、それで俺は納得できるのだろうか。
このコロシアイの本当の決着をつけるには―――。
俺が―――――
◆◆◆
伊丹さんの死。
捜査と裁判。
権謀術数と愛憎劇の果てに行われた入間君のオシオキ。
小清水さんによるモノクマの弾劾とその失敗。
この脚本の創造主たるもう一人の”葛西幸彦”の登場。
タワーの爆破とモノクマによる攻撃、そして小清水さんに救われ…。
あまりにも長い夜は、まだ終わりの兆しを見せない。
時刻はとうに深夜に差し掛かっていた。
火炎に包まれるタワーは俺達の最終決戦を盛り上げたいかのように轟々と燃え盛っている。
その炎をかき分けて……遂に最後の”捜査”が幕を開ける。
「ここから下に飛び込めばいいのか…?」
俺達は裁判場の中央に空いた穴から下を覗く。
爆発で吹き飛んだ穴の下には瓦礫が散乱しており、爆発の威力のすさまじさを物語っている。
階下というだけあって床までの高さは2m近くあり、飛び降りたら無事では済まないだろう。
「おい、そこ…。千切れた鉄骨が下に垂れ下がってる。アレを伝えば安全に下に降りられるんじゃないか?」
前木君が指差した先には、裁判場の床を支えていたと思われる鉄骨が階下に垂れ落ちていた。
「手段を選んでいる暇はないですね…。私が先に降ります。皆さんは危ないと思ったら私めがけて飛び降りてください!」
そう言うが早いか山村さんが真っ先に鉄骨を伝って下に降りていく。
「ひえ~、あちき木登りに憧れてありんしたけど、まさかこんな形で夢が叶っちゃうとはフクザツ…」
「木登りとは違うと思うけど…」
数分かけて全員が危なげなく下の階に降り立った。
「みんな大丈夫だな?」
「ええ、なんとか」
「やっぱり換気設備はまだ生きてるみたいだね…。煙がほとんど下に回ってない」
下の階もあちこちに火が回ってはいるが、煙はどこかに吸い込まれ、視界を塞ぐような状況には陥っていなかった。
「どうする? 安全を期すなら全員で行動した方がいいと思うが…」
「…いや、ここもいつまでもつか分からない以上、短い時間で少しでも情報を集めたい。さっきの事件の時のように、二人ずつになって手分けして捜査した方がいいと思う」
思えば、入間君と伊丹さんの事件ももう遠い昔に思える。
「じゃああちきはユキマルと一緒がいいでありんす!!!」
と、すかさず吹屋さんが俺に飛びつくと、ため息をつきながら「…分かった。じゃあ俺は山村と行く」と答えた。
「そうと決まればちゃっちゃと始めましょう! 私たちはこっち側を調べますので葛西君たちは向こうをお願いします!」
「うん。もし危ないことがあったらすぐに逃げてね。じゃあ、また後で」
廊下の向こう側へと消えた二人を見送ると、俺は自分の担当している側へと振り返る。
「ユキマル、久しぶりに二人きりになれたでありんすね」
「…何か下心でもあるの?」
こんな時にどうしたんだろう、吹屋さん。
「あ、いやいや! さあ、張り切って捜査するでありんすよ!」
そんな俺の問いをごまかすように、吹屋さんは袖をまくって前に進み出た。
《捜査開始》
「廊下があって部屋がある構造は他の階と変わらないみたいだね。他の階と行き来ができないことを除けば…」
そう呟きながら俺は目前にある扉を開けて部屋に入る。
「ここは……資料室でありんすか?」
吹屋さんの言うとおり、資料室といった印象の部屋だ。
爆発の影響で机の上の資料はあちこちに散乱し、本棚の上部に火が移って部屋を赤く照らしている。
換気設備が生きていなかったら、この部屋は煙で何も見えなかっただろう。
「崩れるかもしれないから本棚には近づかないで。時間がないから有用そうな情報だけピックアップして集めよう」
「お! なんかタブレットが置いてあるでありんす!」
そう言って吹屋さんが拾い上げたのは、ノートくらいのサイズの白いタブレットだ。
「…! 起動できる?」
「今やってるでありんす! あ、えっと……アプリが一個入ってるだけでありんすね…」
吹屋さんに寄り添うように俺はタブレットを覗き込む。
見ると、その端末に唯一入っていたアプリは世界的に広まっている短文投稿式のSNSだ。
久しぶりに見るSNSに懐かしさを覚えながら、吹屋さんがアプリを起動するのを見守る。
「あ、開いた…! このアカウント、何も情報がないでありんすけど……鍵垢*1ってことだけは分かるでありんすね」
鍵垢……?
誰が使っていたアカウントなのか気になるが、何も情報がなければ分かりようがない。
「何か投稿している文章とかある?」
「ちょっと待って……あっ、一個だけ……え…?」
その投稿を見た吹屋さんは一瞬言葉を失った。
『 半殺しにしたのに全然だ あいつ殺すか 殺さないと人間ヤバい 』
たった一つの投稿にはそう書かれていたのだ。
「これ…殺すって……」
「”人間ヤバい……?” いったいどういう意味の言葉なんだ…?」
「あんまりいい感じじゃなさそうなことだけは伝わってくるでありんすね…」
吹屋さんの言う通り、嫌な予感がする。
まだ意味は分からないけど、これも手がかりの一つとして記憶しておこう。
【コトダマ入手:SNSの匿名アカウント
タブレットに入っていたSNSのアカウントに一つだけ残されていた呟き。
「 半殺しにしたのに全然だ あいつ殺すか 殺さないと人間ヤバい 」と書かれていた。
アカウントは限られた人しか見ることができない、所謂「鍵垢」。
「このタブレットには他に何か情報は?」
「ええと……あ! 写真が一枚だけ保存してあるでありんすよ! これは……」
タブレットのカメラロールを開くと、写真が一枚だけ残されていた。
「……伊丹さん?」
タブレットの画面の中では、私服姿で食事をする伊丹さんの姿が写り込んでいた。
背景にあるイルミネーションを見るに、季節はクリスマスのようだ。
とても幸せそうな笑顔がまぶしく感じられた。
「可愛い…。これ、昔のゆきみんでありんすか…?」
「たぶん……記憶を消されている間の出来事だと思う。自撮りじゃないってことは…これを撮った相手がこのタブレットの持ち主なんだろうね」
失われた学園生活の一ページを切り抜いた写真…。
このコロシアイの真相に関係があるのかは分からないが、覚えておいて損はないだろう。
【コトダマ入手:伊丹の写真
SNSがインストールされていたタブレットに一枚だけ保存してあった写真。
私服姿で誰かと食事をしている伊丹が写っている。とても幸せそうな表情をしている。
それ以上は何も得られなかったタブレットを机の上に戻すと、俺達は再び部屋の調査に戻る。
「ひえ~、何から見ていけばいいんでありんしょ……」
「全部調べている時間はないから、とりあえず目についたものをザっと見て重要そうなものだけをより分けていこう」
そう言いながら俺は目の前に落ちている大きなファイルを手に取る。
「これ……以前入間君たちが休憩室で見ていた資料……?」
【Chapter5 (非)日常編④】
俺はいよいよ伊丹さんと直接話すことにした……が。
「あら、どうしたの、葛西君?」
そこにはすでに先客がいた。
「入間くんと伊丹さんはここで何を……?」
「興味深い資料を見つけたので、二人で調べていたのですよ」
休憩室で伊丹さんと入間君はファイルのようなものを開いて読んでいた。
個室をノックしても返事がなかったのでここにいるのだろうとは思っていたが、まさか入間君も一緒とは。
前木君のことを聞きたかったが、第三者がいるときに聞けるような話でもない。
「そうなんだ。資料って…?」
俺はそう言って机の上に広がっているファイルの名前を一瞥した。
『アルターヒューマン 機構概要』
ファイルにはそう書かれていた。
「以前、アルターエゴ様が述べられていた”アルターエゴⅢ”や”アルターヒューマン”などの機能について調べていたのですよ。モノクマがアルターエゴを搭載している可能性が高いということは、その機能をよく調べることで何か見えてくるものがあるかもしれませんし……」
「なるほど……」
アルターエゴが生前に残した情報や俺が今現在把握しているメカニックは、以下の通り。
アルターエゴ。
”超高校級のプログラマー”が設計したという、高度な感情表現を可能にする人工知能。
アルターエゴⅡ。
御堂さんがアルターエゴに手を加え、ハッキング能力と耐性を強化したプログラム。
アルターエゴⅢ。
人工知能に”超高校級”の才能を搭載し、全体的な能力も向上させたプログラムの究極系。
だけど今はまだ試用段階のようだ。
モノドロイド。
この校舎内に実装されている、人型アンドロイド。
アルターエゴをインストールさせることでほぼ人間と変わらない動きをすることができる。
アルターヒューマン。
アルターエゴとモノドロイドを極限まで進化させたうえでそれらを組み合わせた存在。
外見も仕草も人間と変わらず、それでいてアルターエゴⅢ由来の超高校級の才能までもを搭載したマシン。
おそらくは、希望ヶ峰学園が最終的に生み出そうとしている存在。
そのアルターヒューマンの解説書が、このファイルだというのか。
数日前、入間君と伊丹さんが休憩室で調べていたアルターエゴやモノドロイドの資料と同じものだ。
これもコロシアイの真相を探るうえでは外せない情報となるはずだ。
【コトダマ入手:学園が保有するAIとアンドロイドの一覧
アルターエゴ――”超高校級のプログラマー”が開発した、人間の思考や感情を再現した人工知能。
アルターエゴⅡ――アルターエゴを元に御堂秋音がハッキング能力を付与したもの。それ以外の性能はアルターエゴと変わらない。
アルターエゴⅢ――アルターエゴⅡの能力に加え、電子化した”超高校級の才能”の情報を認識することで才能を発揮できるようになった人工知能。
モノドロイド――御堂が開発した試作型アンドロイド。命令入力により操作できるほか、アルターエゴⅡもしくはⅢが内部にインストールされることで肉体として操作可能。
アルターヒューマン――人間の姿を高度に模したモノドロイドにアルターエゴⅢをインストールさせることで誕生する、人工の”超高校級”。まだ試験段階とされる。
「そーいえば……アルターエゴⅢを開発したのってあきねるじゃなかったでありんすね」
「あきねるってのは……御堂さんのことか。…そうだったの?」
「あちきの記憶が正しければ……ほら、ここに書いてある」
吹屋さんが指差したページには、アルターエゴⅢの開発者についての概要が記載されていた。
『アルターエゴⅢの開発を行ったのは希望ヶ峰学園(黒塗り)期生、”超高校級の『超高校級』研究家、(黒塗り)である。彼女はヒトの脳内において才能を発揮させる脳波の検出に成功。膨大な量のアルゴリズムを解読し、これを電子情報として再現した。人類が数千年かけて実現していくはずの技術を数年で、しかも年端もいかぬ年代にて成功させたその頭脳は、まさしく人類の歴史に無二の至宝と言えるだろう』
これを読む限り、その開発者は相当すごい人みたいだ。
もし、その人も希望ヶ峰学園にいるのなら……無事だといいんだけど。
【コトダマ入手:超高校級の”超高校級”研究家
アルターエゴⅢの開発者とされる人物。人類史上最高峰の天才と称される。 脳内において”超高校級の才能”を発揮させる信号を発見、これを電子情報に置換させることに成功した。現在どこで何をしているかは不明。
「あの、ユキマル、これ……」
と、吹屋さんが何かを見つけたようだ。
…正直言って、今までが嘘みたいに今の吹屋さんは役に立っている。
「この写真、見覚えがある気が……」
「どれどれ……」
写真に写っているのは、ピンク色の髪を二つ結びにした豊満な体つきの女性。
写真というよりは雑誌の表紙のような印象だ。
「…この人……江ノ島盾子…? あの、中学生にして超人気ギャルの…」
俺の記憶の中から探し出されたその名前は、今若者に大人気を誇るギャルの名だった。
脚本の仕事をしているとき、何度か出演候補に挙がったことがある。
その子は俺より三つくらい年下で、俺が希望ヶ峰から招待を貰った頃は中学生だったけど…。
記憶を失っている間に数年経ったのだとしたら、彼女も希望ヶ峰に招待されているのだろうか。
「ユキマル、顔と胸ばっかり見てるでありんすね? あちきが見てほしいのはここでありんす!」
別に……胸は見てないよ……ちょっとしか。
「ん……? これ…」
吹屋さんが指差したのは、江ノ島盾子がつけている髪留めだ。
「……モノクマ……?」
間違いなく彼女がつけている髪留めはモノクマの顔をしていた。
「…そんで、この写真の横に置いてあった文書……。こいつを見ると、この子のことがだいぶ分かるでありんすよ」
こんなにもポンポンと手掛かりが見つかるのは、やはりモノクマが裁判を楽しむためにテコ入れしているからなのだろうか。
「えっと……え……?」
その文字を目にした俺は思わず言葉を失った。
なぜならその資料には……。
「”人類史上最大最悪の絶望的事件”……それを巻き起こしたのが江ノ島盾子……?」
…そう書いてあったからだ。
「にわかに信じがたいでありんすけど、この人、所謂”超高校級の絶望”っていう連中の頭だったみたいでありんすね…。この絶望的事件っていうやつで希望ヶ峰の生徒が何人も死んで、加速的に世界に絶望が広がっていったとか」
なんだか、点と点が線でつながったような気がする。
俺達が目にした、崩壊した世界。
その原因が希望ヶ峰の事件にあったなんて…。
その江ノ島盾子という人物は、世界に破滅をもたらしたという意味で正真正銘の”絶望の神”なのかもしれない。
―――このコロシアイの裏には、世界規模の壮大な裏があるのかもしれない。
【コトダマ入手:人類史上最大最悪の絶望的事件
このコロシアイの少し前に希望ヶ峰学園本校舎で起きたとされる生徒の大量殺人事件。この事件を機に世界に絶望が蔓延したとされる。
【コトダマ入手:”超高級の絶望”江ノ島盾子
”人類史上最大最悪の絶望的事件”を巻き起こしたとされる希望ヶ峰学園78期生の生徒。”超高校級の絶望”の中では神格化されており、多くの信者が存在している。
【コトダマ入手:超高校級の絶望
78期生の江ノ島盾子を中心とする、”絶望”を至上の喜びとする集団。釜利谷、伊丹、御堂の三名がこの組織の一員として活動していた。
【コトダマ入手:外界の真実
タワーの下界は絶望に包まれた世界と化しており、無秩序な破壊や殺戮が繰り返されている。
「ふぅ……」
有用な情報を得た俺達はなおも資料を探して右往左往するが、散らばったり燃えたりする資料の山をカテゴリ別に分けるのは容易な作業ではなかった。
「……ん?」
そんな折、俺はドアの隙間から廊下を歩く人影を見た。
あれは前木君でも山村さんでもなく―――。
俺は作業に集中する吹屋さんに声もかけることも忘れて廊下に飛び出した。
「……小清水さん」
俺が呼び止めると、彼女は歩みを止めてギロリと俺の方を振り向く。
「黒幕と会話する義理なんてないけど」
…今の俺はそういう風にみられているのか。
確かに黒幕は紛れもない葛西幸彦なのだから、返す言葉もない。
…だけど、これだけは伝えなくては。
「…助けてくれてありがとう」
彼女の目を見て俺はそう告げた。
ぼんやりとしか覚えていないが―――。
あの時、俺を助けて銃を撃った時の彼女の表情は―――本気の”怒り”に包まれていた。
モノクマに対する純粋な怒りに。
…はぁ、と小清水さんはため息をつく。
「……877」
「…?」
突如として彼女が呟いた数字の意味を理解することはできなかった。
「あの植物園にいた虫さんで、私が把握していた数。実際は2000ほどいたでしょうね。…間違いなくこの爆発と火災で全滅よ」
「………」
「あなた達人間はその命を考慮すらしないでしょうね。あなた達が気にするのはいつも人間の命だけ」
「それでも……君は俺を助けてくれた…」
「…虫さんがあの場にいればそっちを助けたわ。反吐が出る話だけど……あなたにはまだ死なれたら困るから」
「………」
「人間は滅ぼすけど、まだ生かす価値があるなら一つの命として助けることもある…。それだけの話よ」
やはり小清水さんは、他の誰よりも”命”に対して真摯だ。
虫の命も、人の命も、同じ一つの命として扱っている。
普通の人間とはあまりにもかけ離れた感覚だ。
けど、俺はやはり―――。
「無駄話はこのあたりにして、私とあなたで最後の取引をしましょうか」
「……?」
「情報の交換よ。互いに知りえない情報を教え合うだけ。断る理由なんてないと思うけど」
「君が知らなくて俺が知っている情報って……?」
「あなたの才能よ。モノクマの中の”葛西幸彦”と今目の前にいる”葛西幸彦”の間に生ずる才能の乖離はどこに起因するものなのか…それが私の当面の議題。そこで、このコロシアイの中であなたの才能がどう作用していたのか知りたいの」
「………」
俺は顎に手を当てて考え込む。
このコロシアイの中で、他人の未来を予知できたことは一度もない。
だけど、裁判においては積極的に与えられた情報を元に事件の脚本を組み上げていたように思う。
それに、さっきの入間君の裁判のように、「過程が分かっていないのに結論を導き出す」ことすらあった。
「……ふぅん」
俺の話を聞く小清水さんはメモを取ることもせず腕を組んでいた。
「もういい。大体把握できたから」
…この話から彼女は一体何を汲み取ったのだろうか。
【コトダマ入手:超高校級の脚本家・葛西幸彦
アルターエゴⅢに人格を移植してモノクマを動かし、このコロシアイを取り仕切っていた首謀者。記憶を消される前の葛西本人。
土門隆信を仲間に引き入れ、”超高校級の絶望”と協力関係を築くことでコロシアイの実現を達成した。
【コトダマ入手:葛西幸彦の才能
”超分析力”をもって人物の思考や物理現象等を看破、与えられた知識に基づいた未来を正確に予測する。
偶然による変動や前提知識の誤り等によっては正確に予測できない場合もあり、未来予測は本人が数分間思考するだけで完了する。
アルターエゴⅢにも正確にその能力が受け継がれている。
【コトダマ入手:コロシアイ生活における葛西の才能
コロシアイ生活において葛西は、与えられた情報を元に思考を繰り返し、率先して事件の脚本を組み上げていた。ただしアルターエゴⅢが持つ完全な”超分析力”には遠く及ばない能力である。
「……それで、君は俺に何を教えてくれるの?」
「吹屋喜咲について」
「………!」
その言葉を聞いて思わず俺は少し後ずさる。
彼女の存在もまた、間違いなくこれからの裁判で議題に上るだろうから。
「数日前にあの女にスタンガンを当ててみたのよ」
「………え!?」
「常人なら即座に激痛で身悶えするはずでしょうけど、”何故か”反撃された。かと思えば時間差で苦しみだした…。普通の人間では考えにくい反応だと思ってね」
「………」
小清水さんが何故そのような行為に及んだのかも気になるが、それよりも吹屋さんのことが気になってしまう。
結局彼女が何者なのかもまだ核心には至っていないし…。
彼女は何故あの監禁部屋に幽閉され、合流することになったのだろうか……。
【コトダマ入手:超高校級の噺家・吹屋喜咲
第四の脚本の最中に姿を現した16人目の”超高校級”の生徒。葛西達と同級生であったらしく、断片的に学園生活での記憶を有している。
管制室の隣にある監獄部屋に監禁されており、前木常夏が偶然発見しなければ合流することはなかったと思われる。
【コトダマ入手:吹屋の監禁部屋
吹屋喜咲が監禁されていた部屋は殺風景なコンクリート造りの部屋で、生活に最低限の設備は整っていた。
屑籠には大量の缶詰の空き缶が捨てられており、布団やベッドは比較的綺麗だった。
【コトダマ入手:吹屋への違和感
小清水が吹屋にスタンガンを当てた際、常人とは異なる反応という印象を受けたという。
「だからこそ吹屋喜咲の―――」
そこまで言って突然小清水さんは言葉を止める。
「……? こし」
「ゴボッ!!!!」
俺の頭は真っ白になった。
小清水さんが口に当てた手、その隙間からビチャビチャと音を立てて零れ落ちる血液。
「寄るな!!!」
走り寄ろうとする俺に小清水さんが怒鳴る。
「もう慣れっこよ…。こんなもの、ただの消化器の損傷に過ぎない」
「だ、だってあんな量の血が…」
「定期的に輸血くらいしてるわよ…。開腹ができれば内蔵にモノポーションを塗ってすぐに治せるんだけどね…。さっきのあなたみたいに」
「……いつから?」
「…このコロシアイが始まってから。こんなに吐くのは稀だけれどね。知らない間に内蔵にダメージを与えられていたみたいね」
……知らない間に…?
「……そんなこと、あり得るの?」
「記憶を失っている間に事故にでもあったのかもね。知らない間にコロシアイを企画していた人間がいたくらいだし、これくらいは不思議でもなんでもないと思うけど?」
こんな状況でも小清水さんは皮肉を言い放つ。
…本当に、大丈夫なのだろうか?
【コトダマ入手:小清水の容態
目立った外傷がないはずの小清水だが、突然吐血した。本人曰く身に覚えがないが内蔵が損傷しているとのこと。同様の現象は以前から起こっていたという。
「ユキマル!!」
不意に投げかけられた怒鳴り声に俺は驚いた。
「どうしてあちきを置いて先行っちゃうでありんすか!!」
顔を真っ赤にして両こぶしを俺のこめかみに押し付けてくる吹屋さん。
「いてて! ごめんって…。小清水さんに言いたいことがあって、つい…」
と、俺が助けを求めるように小清水さんの方を向いたが、彼女は既にいなくなっていた。
「口を開けばやよ様のことばっかり……」
と、ため息をつく吹屋さん。
「まあいいでありんす……次の部屋、行きんしょ!」
「あ、うん……」
吹屋さんに引っ張られるまま、俺達は次に目に入った部屋に入っていった。
その部屋にもモノが散乱していたが、先ほどの部屋とは違い、紙やファイルではなくリュックやカバン、ケースなどの荷物が溢れていた。
「…あ! 前木君」
そしてその部屋には、先客として前木君と山村さんがいた。
「おお。俺達が捜査した側は意外と広くなかったから、こっちを調べに来たんだ」
「こんなに早く向こう側を調べ終わっちゃうなんて流石でありんす!!」
「でもこの部屋、物がたくさんあって大変なんですよ…」
「しかもさ……見ろよ、これ」
そう言って前木君はカードのようなものを見せてきた。
『希望ヶ峰学園75期生 ”超高校級の幸運” 前木常夏』
「これ……学生証……?」
しかも、れっきとした希望ヶ峰学園のものだ。
「私たちが調べてみた限り……ここにあるもの全部、私たちの私物のようなんです」
山村さんの聞いて即座にいくつかのカバンを調べてみると……。
「…俺のカバンだ……」
中には財布、スマートフォン(バッテリーは切れているようだ…)、教科書やノート、メモ帳が入っている。
書いた記憶のない文章ばかりだったが、筆跡は間違いなく俺のものだ。
「あ~!! あちきの扇子!! こんなとこにあったんでありんすね~!!」
興奮した面持ちで扇子の束を抱える吹屋さん。
「なるほど、失われた学園生活の間に得た品物がここに保管されているのなら、貴重な情報源になるかもしれないね」
そうと分かれば、得られる情報は全て得ていかなければならない。
「…そういえば、前木君たちは向こう側の部屋で何か目新しいものは見つけた?」
「見つけたもの、か……。あっちの部屋は奇妙な機械とかベッドが置いてあって……たぶん三ちゃんの研究室だと思う。その証拠に、前に三ちゃんの個室で見つけたのとよく似たレポートを見つけた」
そう言って彼は俺にピン止めされた紙の束を俺に渡す。
「記憶の制御に関する技術の紹介と……後はそうだ、伊丹が開発したらしい薬についても書いてあった」
「え……それってどんな……」
俺は何枚かレポートをめくる。
『(名前が書いてあるが解読できない) 伊丹ゆきみが開発した海馬もしくは前頭葉に作用する抗生物質。物質の組み合わせにより効能を変えることができ、(黒塗り)が発見した”才能発現因子”に対しても限定的に作用し、その人物が持つ才能を発揮不能にすることが可能。ただし未だ技術が完成していない部分があり、なんらかの精神的・身体的ショックやダメージの積み重ねで効能が薄れる場合がある』
これより下は専門用語ばかりでろくに読めなかった。
「他にも、『偽の記憶を植え付けようとしたけど失敗した』って記述もあったり…。まあ、内容は裁判に行ってからまた説明するよ。それと、このカセットテープも見つけた」
続けざまに前木君は、ポケットから小さなカセットテープを取り出す。
「今の時代こんなもんをわざわざ使う奴もいるんだなって不思議に思ったんだけど……内容を聞いてびっくりしたよ」
「一体何を……?」
「再生している暇はないから簡単に説明するが……これは伊丹に殺人をさせるための音声だった」
「え!?」
さっきの裁判で釜利谷君が言っていた内容が脳裏に浮かぶ。
【Chapter5 非日常編④ オシオキ?編】
『あいつは…伊丹は、自分がクロにならなきゃいけないと思ったからこそ自分を殺してクロになろうとしたんだ』
今までの議論で判明していることを勿体つけながら彼は語る。
『……なあ、お前ら。伊丹が何であんなことをしようとしたか分かるか?』
「……………」
いまさら何を言われようとリアクションする気力なんてなかった。
『俺だよ』
画面の向こうの釜利谷君は、自らを指さしながらにんまりと笑った。
『俺が伊丹に
「………へ?」
そこまで言われて、初めて前木君が声を上げた。
『お前がクロにならなきゃまえなつがクロになるぞって言ったらすぐにクロになる決意を固めてくれたよ。まあ、実際なりかけてたしな』
「ちょっと……待て……。三ちゃんが……伊丹を……?」
『そうだ。俺が伊丹の心を
「…こんな音声のせいで俺達は…‥。でも、これも立派な情報になる以上覚えておくしかない。……俺が殺人を起こすかもしれないって話、しただろ…? 三ちゃんは”それを防ぐにはお前が先に誰かを殺すしかない”って言って伊丹に殺人…いや、自殺を決意させたんだ。…本当に汚い……醜い奴だ」
「………」
そう呟く前木君の表情には怒りがこみあげていたが、同時に苦しんでいるようにも見えた。
大好きだった親友のあまりにも邪悪な側面を見てしまった彼の辛さは、俺なんかでは想像にも及ばない。
けど……それも含めて、全てに決着をつけなければいけない。
「それに葛西…。この際だからお前に打ち明ける。俺が殺人をした際には……吹屋と山村と入間と伊丹に生き残ってもらうつもりだった。…俺と小清水、そしてお前のことも犠牲にしようとしていた」
「……!? 俺を……?」
「ああ……。小清水からお前が黒幕かもって話を打ち明けられて、伊丹を助けるにはこれしかないって思っちまったんだ…。謝っても許されることじゃないけど、本当にすまない……」
そう言って前木君は俺に頭を下げる。
「そ、そんな……今は謝るよりも謎を解き明かさないと……」
「…そ、そうだな……。でも、これだけは言っておきたかったんだ…」
前木君も、いろいろ悩んだ上での決断だったのだろう。
―――それに、俺が黒幕だというのは実際に当たっていた。
本当に、俺は何の責任も取らなくていいのだろうか?
【コトダマ入手:脳科学研究レポート
釜利谷の研究資料と思われる分厚いレポート。一部の記憶を選択して消す方法や、才能を抑制する伊丹の新薬についての記述がある。
また、偽の記憶を植え付ける研究も行っていたようだが、完成には至らなかった模様。
【コトダマ入手:伊丹の新薬
伊丹ゆきみが生前開発していたという、”記憶を制御する薬”。記憶だけでなく、人格や才能など脳機能に付随する能力をそれぞれ抑える種類の薬がある。
ただし釜利谷の記憶制御ほど完璧に制御することはできず、ある種の刺激や衝撃などで封じた機能が復活してゆくことがある。
【コトダマ入手:カセットテープ
隠し部屋に置いてあったカセットテープ。釜利谷の音声を録音したものであり、前木が殺人を犯す可能性に触れることで伊丹に殺人を起こすよう誘導している。
「え!? なんですかこれ……」
俺達は山村さんが出したひときわ大きな声を聞いて振り向く。
「どうしたの? 何か見つけた?」
「私の持ち物を調べてて……馴染みのあるものばかりだったんですけど、突然意味が分からないものが出てきて……」
そう言って山村さんが見せたのは一冊の本だ。
「…『拷問のススメ』……?」
「どうしてこんな物騒な本が入っているんでしょう……? 拷問なんて興味を持ったこともないし、武道をそんなことに使おうなんて微塵も思ったことはないのに!」
パラパラとページをめくってみると、世界中の様々な拷問や処刑の手法が載っている。
「うわ……”断頭卿”ってネットで見たあの……。…グロい写真とか、ガチのタブーとかも平気でのっけてるんだな……。素手で人を効果的に痛めつける方法も載ってるし」
「ますます気味が悪いですよ……。誰かが悪意を持って私の荷物に紛れ込ませたとしか考えられません!」
確かにそうなのかもしれない。
けれど、誰がそんなことを……?
【コトダマ入手:拷問のススメ
山村の私物から出てきたオカルトじみた本。様々な拷問の手法が載っており、素手で効率よく人間を痛めつける方法も記載されている。
「俺の私物には特に気になるものは入ってなかったけど……そっちはどうだ?」
俺は土門君の私物を調べていた。
人の者を物色するのは気が引けるが……今は常識なんて気にしていられる状態じゃない。
「これ……今までの事件について書いてある」
俺が見つけたのは、今までに見つけたどの資料よりも分厚いファイルだった。
『第一の脚本―――動機を提示 → コロシアイ起きず トラッシュルームに仕掛けを施す → コロシアイ起きず
ルール説明を省く → 津川梁が自らの殺害を(土門)に依頼 → ここどうする?
(以下、事件に対する様々なセットアップやシチュエーションの設定について書かれている)
津川梁 → 山村に変装して(土門)に反撃されるのが狙い → (土門)モップで殺す → 焼却炉 ←焼却炉は必要? ←謎を増やすため
他の人間が狙われると上手くいかない 土門でいく
土門 → 偽装オシオキで一度潜伏 第二の脚本後に夢郷が動くのでそれを使う 詳細後程』
―――そんな感じのことが何枚も何枚も書かれていた。
このコロシアイでは起きなかった展開やその場合の対応についても、びっしりと書かれているが……。
吹屋さんについては全く触れられていない。
そう言えば、彼女は前木君の”幸運”による効果で発見されて―――。
その幸運は、黒幕の力でも見破ることができないっていう話があったな…。
これも覚えておこう。
…ところで、時節見られる赤ペンや青ペンによる注意書きは、誰が書いたものなのだろう。
謎は深まるばかりだが、ひとまずこの脚本は最終裁判においてトップクラスに重要な情報になるのは間違いない。
【コトダマ入手:絶望の脚本集
土門の私物と思われるカバンの中に入っていた大量の紙資料。第一の事件から第五の事件に至るまでの流れが詳細に記載されているが、様々な状況によって場合分けして書かれているため、実際には起こっていない事件の概要なども同封されている。
赤字や青字で何者かの質問や指示が記載されている。
【コトダマ入手:超高校級の幸運
前木常夏が持つ”超高校級の幸運”の才能は時として”超分析力”による予測を遥かに超える現象を起こし得る。吹屋の合流もその一例。
「…ん?」
もう一つ、土門君の私物から気になるものを見つけた。
薄いファイルに入れられたその紙には、一人の少女の病気について書いてあった。
「
「そういえば土門の奴、最初の裁判の時に”病院にいる妹のためにタワーを建てたい”って言ってたよな…。今となっては本当の話なのかも分からないけど…」
カルテを覗き込みながら前木君が言う。
「…でも、このカルテがニセモノじゃない限り、土門くんに妹がいて寝たきりになっていたのは本当みたいだ。このカルテを見ると、『複数回の打撲に起因する深達性の脊髄損傷、下半身不随および多臓器不全。 延命治療中』『先天的識字障害と吃音症 知性・社会性は正常』って書いてある…」
「延命治療…? もう、助からない段階だったってことか…?」
だとしたら、彼の妹さんは、もう……。
土門君は最期まで悪い奴だったが、それを知ってしまうと少し同情の気持ちも生まれてしまう。
「それに……土門の妹って打撲で足が動かなくなったのか? 少し記憶と違うような気もするけど……」
えっと……?
最初の裁判の時、彼はなんて言っていたっけ……?
「まあいい。辛い話だが、これも何かのヒントになるかもしれないな……」
少しモヤモヤが残るが、ひとまず一つの情報として覚えておこう。
【コトダマ入手:謎のカルテ
土門の私物から発見されたカルテ。一人の少女について二つの事柄が書かれており、「吃音症及び識字障害。その他の知性・社会性は正常」「複数回の打撲による脊髄損傷。下半身不随及び多臓器不全。延命治療中」と記載されていた。
俺達がカルテを見てしんみりしていると、吹屋さんが俺達に近づいてきてその肩をどつく。
「お二人は何か見つけたでありんすか? あちきはユメちゃんの荷物から著書を見つけたでありんすよ!」
「著書?」
才能柄、夢郷君は多くの自著を出版していた。
「…何か気になる内容でも?」
「なんか絶望がどうとかって話が……あったあった! ここ!」
吹屋さんが開いて見せたページに俺は釘付けになってしまった。
『著者が思うに、”絶望”と呼ばれる感情は五つのベクトルに分けられる。
希望―――絶望を生み出す原動力。限界を知らぬ光の心。絶望に無くてはならぬもの。
野望―――誰かを滅してでも、何かを奪ってでも己の夢を果たさんとする力。
渇望―――欲望とも呼ぶ。空虚にして無尽。無限に欲し続ける浅ましさの象徴。
失望―――偶像との乖離。一方的な期待とそれゆえに起こりうる破滅。無知ゆえの非。
羨望―――自己が持たざるものを持つ他者への底無き憎悪。平等無き世界ゆえの情。
これら五つの感情を著者は”
―――そこには、”絶望”に対する夢郷君なりの解答が書かれていた。
「書いてあることはよく分かんないでありんすけど、黒幕の目的を探るためにはこういう概念って大事なんじゃないかなーって思うでありんす!」
「そう……だね。ありがとう、吹屋さん」
「やったー!!! 久しぶりにユキマルに褒められた~!!」
子供のように陽気にはしゃぐ吹屋さんを尻目に、俺は夢郷君の著書について思考を巡らす。
この概念……何かと繋がりそうな気がするけど……。
【コトダマ入手:五大望
かつて”超高校級の哲学者”夢郷郷夢が提唱した、”絶望”の根本を司るとされる五つの感情。
希望、野望、渇望、失望、羨望を指す。これら五つの要素を統合した感情が”絶望”である。
「ふぅっ、皆さん手掛かりを見つけるのが早いですね…。私は全然……」
山村さんが汗を拭いながら言った。
「って思ってたらなんかただならぬメモ書きを見つけました! 私ったら天才ですね!」
「都合よく出てくるもんだな…。で、何が書いてある?」
「これは筆跡的に釜利谷君ですね! こんな汚い字を書くのは彼しかいませんから!」
「また三ちゃんか……」
やはり彼は、”超高校級の絶望”の中でもひときわこのコロシアイに多く噛んでいるようだ。
「えーとなになに……『信頼できる筋から盾子様のコロシアイ計画を入手した。これをそのまま脚本の舞台として使用したい。ルールの詳細を送るのでそちらはシミュレート結果を送るように』」
「葛西に宛てたものみたいだな…。コロシアイの主催をした頃の」
シミュレート…というのはすなわち俺の未来予知能力のことを言っているのだろうか。
「盾子様って……あの江ノ島盾子でありんすよね!?」
「…そうみたいだね。前木君たちには後で説明するよ。これで…何か繋がってきたような気がする」
【コトダマ入手:釜利谷の手記
このコロシアイの主催に協力した釜利谷が残した手記。江ノ島盾子が起こそうとしているコロシアイの内容を参考にし、これを再現するために葛西に協力を求める旨が書かれている。
その後も俺達は10分ほどいろんな人の荷物を漁った。
主に手記を重点的に調べたけど、特に気になる内容のものはない。
「これくらいで切り上げた方がいいかな……?」
と前木君が呟いた直後。
「ねえ、ユキマル……これ、なんでありんしょ……?」
吹屋さんが俺の肩を叩く。
その手記は、可愛らしく丸っこい字で書かれていた。
津川さんのものだ。
『誰かがこれを見てくれると信じて書きます。
私が所属するクラスは(黒塗り)の危機にあります。
(以下、数行にわたって黒塗り)
私は諦めません。例え一人になっても、必ずみんなに希望を取り戻させます。
でも、もし私がこのクラスにいられなくなったら、(黒塗り)。
そうなるまでは、私がみんなを導いて見せます。』
「これは……どう解釈するべきなんだ……?」
意味を読み解こうにも、黒塗りされている箇所が多くて内容を掴み取ることすらできない。
「でも、クラスが何らかの危機にあるってことは分かるでありんす…。これ、あちき達のクラスのことでありんすよね?」
…まさか、記憶が消される前から”絶望”が動き出すような予兆があったというのだろうか。
また一つ不安材料が増えたような気がするが……。
コロシアイが始める前にも、何かがあったことは間違いない。
【コトダマ入手:津川の手記
荷物倉庫の津川の荷物から出てきた手記。コロシアイが始まる前に書かれたと思われる。
「誰かがこれを見てくれると信じて書きます。
私が所属するクラスは(黒塗り)の危機にあります。
(以下、数行にわたって黒塗り)
私は諦めません。例え一人になっても、必ずみんなに希望を取り戻させます。
でも、もし私がこのクラスにいられなくなったら、(黒塗り)。
そうなるまでは、私がみんなを導いて見せます。」
「あら、こんなところに勢揃いなんてね」
あらかた荷物を調べ終えようかという時、部屋の入り口に立つ小清水さんが嘲るようにそう呼びかけてきた。
「こんなところに時間をかけていていいの? 他にも調べるところはたくさんあるでしょうに」
「…だからこそ、お前がそこを調べてきたんだろ? いがみ合ってる時間はない。情報は出してくれ」
即座に前木君が言い返すと、「フン。多少はマシな頭になったのね」と彼女は吐き捨てる。
「…廊下をそちらに行った先に小部屋がある。その中には何もない。…小さな貨物用エレベーターと床下に続く梯子以外はね」
「え!? 他の階に行ける場所があったの!?」
「貨物用エレベーターは身をかがめば人でも入れるし中から操作もできる。実際に入って動かしてみたら、管制室のロッカーの中に通じてた。隠し部屋にさらに隠し通路があるなんて驚きよね」
「……!」
そうか。
モノクマはそうやってこのフロアに移動していたのか。
管制室のロッカーも一度は調べたはずだが、壁が開くような仕組みは一切見つけられなかったな…。
よほど周到に隠したと見える。
「それで……梯子の方は?」
「一応少しだけ見たけど……特に得たものはなかったわね。まあ、暇があれば見に行けばいいんじゃない?」
髪をかき上げながら小清水さんは言い放つ。
「そうなのか…。でも、気になると言えば気になるな」
「……俺、その場所を見てきていいかな」
俺はいつの間にかそう名乗り出ていた。
「小清水さんにとって不要な情報でも、俺にとっては重要なものかもしれない。見られる場所があるならしらみつぶしに見るべきだと思うし」
「…そうか。任せてもいいか? 俺達はもう少し荷物をくまなく調べたい」
「うん。小清水さんが一人で見てこられたなら安全…なんだよね?」
「…フン。まああなたみたいな軟弱ものでも傷つくことはないでしょうね。ハッキリ言ってここよりも安全よ」
小清水さんは毒を吐くが、その言葉のおかげで俺は安心して捜査に集中できる。
「じゃあ行ってくる。みんな…ここは任せた」
「気を付けるでありんすよ! 危なくなったらすぐ逃げて!」
吹屋さんの言葉を背中に受けながら俺は廊下へと走り出す。
◆◆◆
俺は炎を避けながら急ぎ足で廊下を突き進む。
まるで、一生懸命捜査する彼らから逃げ出すように。
―――そう。
俺は逃げたいんだ。
最も邪悪な倒すべき敵が”自分”であるという事実から。
一生懸命捜査をして戦ってくれている仲間を苦しめた相手が自分だったという事実から。
少し走っただけで大きく息切れした。
それは、ここの酸素が薄いからじゃない。
みんなの前で隠していた感情がどっと押し寄せ、俺は思わずしゃくりあげそうになった。
ただ辛いだけのこの感情を一体どうやって処理すればいいのか?
今までのどんな絶望とも違うベクトルの、この辛さを、俺はどうすれば―――。
そうこうしているうちに廊下の一番奥の小部屋へと着いた。
壁に設置してある貨物用エレベーターが目に入ったが、その操作盤は既に電源が落ちている。
火災で電源の供給が止まったらしい。
だが、俺の目的はそこじゃない。
床板が一枚抜け、そこには一つの梯子が立てかけてあった。
俺は一抹の不安と期待をそれぞれ胸に、ゆっくりと梯子を下って行った。
ここを下れば、何かが変わるんじゃないかという無根拠な期待だった。
―――梯子を下りると、これまでに見たものとは全く違う光景が俺を出迎えた。
その場所は、階全体が一つにまとめられた非常に広い空間だった。
どういうわけかこの空間に火の手は回っておらず、赤々とした視界は一転して暗い闇に包まれることとなった。
人工の地面には隙間なく草が生え、風もないのに葉がこすれ合う音が聞こえてくる。
まるで、夜の草原を一部分だけ切り取ったかのような幻想的で心休まる空間だった。
そんな空間で俺の目を引いたのは、空間の中央に何個も整列する大きなガラスのケースだった。
俺は草をかき分けて中央へと足を運ぶ。
端に位置するガラスケースを見て、俺はハッと息を飲んだ。
縦長の六角形をした大きなガラスの中には、子供のように小さい黒焦げの焼死体が収められていた。
焼け残った右手が大好きな友達の手を掴むことはついぞなく、無念と苦痛の中で死んでいった少女―――。
津川梁さんの遺体が収められていたのだ。
そして俺は、この空間がどのような場所であるかを理解した。
草原の中央に鎮座するのは15個のガラスの棺―――。
―――ここは、墓地なのだ。
静寂に包まれた暗い草原にガラスの棺が並ぶ、漆黒の墓場。
…だけど、それを知ってなお―――不思議なくらい、怖くない。
むしろ、さらに心は研ぎ澄まされ、安らかになっている。
その理由もすぐに分かった。
彼らは、彼女らは、これまで一緒に戦ってきた仲間たちだ。
命を懸けて戦い、死んでいったかけがえのない友達だ。
その遺体を異物や亡霊扱いなんてできるはずがない。
死してなお、彼らはここにいる。
友達がそばで見守ってくれているんだ。
そして俺は、津川さんの棺の反対側に並んでいる四つの空の棺に目をやる。
「これが、俺達の棺……」
ここまで生き残った俺達を収めるための棺。
数を考えると、吹屋さんの分は用意されていないようだ。
「……みんなをここに入れるわけにはいかないな」
負けられない。
ここに眠る仲間、友達のために俺達は勝たなくてはならない。
俺は再び津川さんの棺に視線を戻す。
数週間ぶりに眺める遺体も、あの時と全く様子は同じだった。
だけど、もう目を逸らさない。
俺達が招いた悲劇、地獄、離別から。
全身全霊で受け止めて、先に進まなくてはならない。
捜査という時間が限られた状況においてなお、俺はこの友人達を弔うことにした。
それが、今の俺にとって何を差し置いてもしなければならないことだと直感したからだ。
俺は最初の棺に目を向ける。
◆◆◆
「リャン様参上なりーーーっ!!!!」
津川さんは、最初から最期まで明るく輝く俺達の光だった。
誰よりも前向きで、みんなのことを第一に考える心優しい女の子だった。
自身のファンや祖母のことも常に気にかけていた。
あんなに心優しい天使のような人が他にいるだろうか?
周囲の人の心無い発言で傷つけられることもあった。
だけど、彼女はみんなを助けようと誰よりも先に動き出した。
ルールを勘違いしてしまっていたのは本当に悔しいけど……彼女は自分を犠牲にしてみんなを助けようとしていたんだ。
それなのに、その最期はあまりにも報われなかった。
生きたまま焼却炉に放り込まれ、地獄のような断末魔を残して炭と化したのだ。
熱かっただろう。
痛かっただろう。
その犠牲と苦痛の元に俺達は生かされている。
彼女の死は俺達を絶望の底へと叩き落した。
だけど、彼女の献身と慈愛の魂は、残された俺達の胸に今も眠っている。
ここを出たら、君は世界一人を笑顔にさせられる人間だったとみんなに伝えよう。
だから、今はゆっくり休んでほしい。
君からもらったホープ仮面のマスク、一生大切にするよ。
俺は棺に眠る津川さんの遺体に向けて両手を合わせた。
おやすみなさい、津川さん。
◆◆◆
釜利谷君。
俺は今でも、君に対してどんな感情を抱けばいいのか分からない。
君が”絶望”の手先で、このコロシアイにも一枚噛んでいたなんて、未だに俺には信じられない。
だって俺がこの目で見た君の姿は、”ダチ”のために本気で熱くなれる優しい姿だけだったから。
あの時の姿に偽りがあったとはとても思えなかった。
後から”絶望”だったって言われても、全く現実味がなかったんだ。
でも、入間君のオシオキの前に映像で現れた君もまた―――本当の君なのだろう。
あの姿を見て、一番辛かったのは親友の前木君だと思う。
でも、俺もものすごく辛かったんだよ。
釜利谷君……君はどうして”絶望”に堕ちてしまったんだ?
どうして入間君の恋人にあんな仕打ちをしたんだ?
君は一体何がしたかったんだ?
棺に眠る彼の遺体は白骨化していた。
入間君のオシオキの中で焼き尽くされた後の姿と同じだ。
彼はあのオシオキの時、一度蘇ってまた殺されたのだろうか?
今となっては分からない。
結局、彼は最期まで謎と絶望に満ちていた。
でも、できる限りこの後の裁判で明かしていくつもりだ。
俺は君のことを忘れない。
そして、君がやったことは一生消えない。
良いことも、悪いことも。
君からもらったハンカチ、捨てないで持っておくことにするよ。
君の所業を忘れないために。
俺は棺に眠る釜利谷君の遺体に向けて両手を合わせた。
地獄の底から俺の最後の戦いを見ていてほしい、釜利谷君。
◆◆◆
彼の棺の中には古びた血が大量に広がっていた。
龍雅・フォン・グラディウス―――絶望を食らう殺し屋は、大ホールで息絶えた。
モノクマやモノパンダ達と一戦を交えた後、御堂さんの手で槍で突き殺されたんだ。
彼は――――釜利谷君とは違う意味で実感が湧かない距離感の同級生だった。
彼も、俺が生前に見た姿は暖かく頼れる兄貴分のような背中だったのだ。
確かに殺し屋を思わせる発言や雰囲気はあったけど―――。
それでも、彼から人のぬくもりが消えたと感じた時はなかった。
彼は最期まで、直接その口で自らの本性を語ることはなかった。
何も言わないまま、黙って黒幕に勝負を挑み、散っていった…。
彼らしいと言えば彼らしい最期だったのかもしれない。
きっと彼は、俺なんかじゃ想像もできないほど悲惨な光景を何度も目にしてきたのだろう。
俺達とは全く違う世界を見てきたんだと思う。
俺のような人間とは感性も思考も全く違っていたのかもしれない。
でも、君の意志は確かに俺達に受け継がれたと思う。
君が残した銃が小清水さんの手に渡り、俺の命を救ってくれた。
君は命の恩人なんだ。
”グラディウス”の魂は今もまだ生きている。
今度は、俺達が君の代わりに戦う番だ。
俺は棺に眠る龍雅君の遺体に向けて両手を合わせた。
ありがとう、龍雅君。
激しい戦いで身も心も疲れただろうから、君はゆっくり休んでね。
◆◆◆
その隣の棺に納められている少女を一目で人と判別できるものはほとんどいないだろう。
木の根と見紛うほどに細く小さく干からびた少女は、腕を前に伸ばしたまま息絶えていた。
その腕が大好きな母親の元に届くことはなかった。
御堂さんの死は、俺たち全員を絶望の底に叩き落した。
孤高で気高い普段の姿とはあまりにもかけ離れた、子供のように泣き叫ぶ彼女の姿を忘れた日は一度もない。
それだけ彼女にとって母親の存在は大きかったのだ。
例え、子供を放り出して好き勝手に放蕩し虐待を重ねるような親であっても。
彼女の人生を歪めるに十分すぎるほど大きな存在となってしまっていたんだ。
俺達がほんの少しでも早く彼女の本当の心に気付いていたなら。
あの悲劇を防ぐことはできたのだろうか。
最期まで母親にしか心を開かなかった君と真に触れ合える日は訪れたのだろうか。
君が残したアルターエゴやモノドロイドは黒幕に利用される形となってしまった。
いや……君も”超高校級の絶望”だったのなら、それは本望なのだろうか。
思い出したい。
失われた学園生活の記憶の中で、君は一体どんな様子で一緒に過ごしていたんだろう。
これは俺の予想だけど…君もクラスの一員としてみんなの輪の中に溶け込めていたんじゃないかって思う。
だって君は、本当は心優しい女の子なのだから。
君の深い家族への執着は、裏を返せばそれだけ君が慈愛に満ち溢れた人だったことの証明になる。
そんな君の笑顔が見たかった。
生まれ変わったらもう一度俺に会いに来てほしいな。
次こそは君と心から仲良くなれるって信じてるから。
俺は棺に眠る御堂さんの遺体に向けて両手を合わせた。
どうか君の来世が、救いのあるものでありますように。
◆◆◆
血や吐瀉物は掃除されていたが、棺の中で眠る丹沢君の表情は相変わらず苦痛に歪んだままだった。
彼はいつでも清く正しく真面目なオタクだった。
自分の作品で人々を幸せにすることを真剣に追求し、作品への妥協を許さないプロフェッショナルとしての顔も持っていた。
その証拠に、彼は津川さんの遺言書に残されていた等身大像をたった数日で完成させた。
大切な友達の遺志に答えるために、きっと夜も眠らずに作業に励んでいたのだろう。
それに、知恵を働かせてアルターエゴⅡを隠し通してくれたのも彼の功績だ。
謎解きや議論に自信が無さげだった彼が、自分なりに必死に考えて俺達に希望を託してくれたんだ。
彼が渡してくれたバトンを無駄にするわけにはいかない。
…そういえば、入間君や前木君、安藤さんやリュウ君とも彼は気さくに話していたな。
あまりにも自然だったので意識していなかったけど、ひょっとして俺達の中で一番輪の中心にいることが多かったのは彼なのかもしれない。
心優しくて良識と真心がある彼ならそれも当然のことだ。
思えば、彼が作った津川さんの像は、この世のものとは思えないほど美しかった。
津川さんも天国で幸せに思っているはずだ。
彼自身は悲壮な最期を遂げたけど、その芸術は現世に残って俺達に君が込めた最後の想いを伝えてくれた。
ここから脱出することができたら、必ずここにあの像を取り戻しに来ると約束するよ。
俺は棺に眠る丹沢君の遺体に向けて両手を合わせた。
君を実質殺害したのは小清水さんだ。
その罪を背負った彼女が何を為すのか、どうか見守っていてほしい。
◆◆◆
その棺の中に収められているのは、津川さんのように黒く焼け焦げた遺体。
ただしその遺体は粉々に砕け、文字通り炭の残骸が棺の中に散乱されているだけの状態になっていた。
溶岩の濁流に飲み込まれバラバラに損壊した安藤さんのなれの果てだった。
こんな姿になってなお、彼女は冥府で作品を書き続けているのだろうか?
俺も創作物を世に生み出し発表する立場だったからこそ、俺は君の考えていたことが一切分からない。
同じく創作物の作り手だった丹沢君を手にかけてまで、君は創作を生み出す”力”を得たかったというのか?
漫画について語っている時の君はあんなに輝いていたのに。
俺をモチーフにした漫画のキャラクターを描いてもらった時はあんなに嬉しかったのに。
どうして君とあんな形でお別れをしなければいけなかったんだろう。
君は小清水さんと違って、本性を隠すことはしていなかった。
漫画を描いてキラキラとした笑顔で俺達に見せてくれたあの姿と、創作に対する狂気を語る悪魔のような姿は、どちらも同じ安藤さんの姿だった。
だからこそ俺は辛かった。
けど、起きてしまった事実はもう元には戻らない。
君の犯した罪は許されるものじゃないけど、君がこの世に残した創作物と友情は、確かにかけがえのないものだった。
俺はこれからも君のことを忘れられないだろう。
俺の記憶の中で、俺達を見守っていてほしい。
俺は棺の中の安藤さんの遺体に向けて両手を合わせる。
◆◆◆
棺の中の亞桐さんの顔は、絶望に歪んでいた。
全員に裏切られたという勘違いを払拭することができないまま、俺は彼女を死なせてしまった。
そのことを後悔しなかった日はない。
でも、自分を責めるのは無意味だということは承知している。
彼女は津川さんが亡くなった後、彼女の遺志を継いだかのようにみんなを励まして元気にさせてくれた。
コロシアイが起きた次の日でさえ、笑顔で振舞ってくれていた。
きっと、それは亞桐さんにしかできないことだったのだろう。
時に夢郷くんのような節操のない人に強く当たることもあったけど、その姿もいつしかかけがえのない俺達の記憶の一ページになっていた。
トレーニングルームで君のダンスを見た日が遠い昔のように感じられる。
クラブのような雰囲気の場所じゃなくても、君のダンスはその世界観に引き込まれる芸術作品だった。
本当のステージで、生で君のダンスを見たかったな。
あの世があるなら……いつか見せてくれると嬉しいな。
夢郷君が死んだって知った時の君は本当に……辛そうだったね。
それくらい…君にとって彼は大切な人だったんだろう。
俺ももし小清水さんが遥か過去に亡くなったって聞かされたらどうなってしまうか…想像もつかない。
君の想いが夢郷君に直接届くことはなかったけど…。
せめて天国でもう一度出会っていることを願うばかりだ。
「大丈夫だよ! 葛西ならやれるって!」
横で、亞桐さんの声が聞こえたような気がした。
ありがとう、亞桐さん。
君の想いを無駄にしないために、俺は絶対に勝つからね。
俺は棺の中に眠る亞桐さんに向けて両手を合わせた。
◆◆◆
亞桐さんの棺の上には、潰れたノートパソコンの残骸が散らばっていた。
共に過ごした時間は短かったけど、アルターエゴも立派な俺達の仲間だった。
小清水さんとの別れがあって憔悴しきっていた俺を、君は付きっきりで慰めてくれた。
あの時の君の心遣いは、今でもこの胸に記憶として残っている。
津川さんと同じ姿をしていたためか、最初はギャップに戸惑ったこともあった。
けど、アルターエゴは津川さんとはまた違う形で俺の心の支えになってくれた。
…正直、あんなに優しかった君が亞桐さんをあんな風に殺したなんて今でも信じられない。
君の罪は到底許されることではないけれど……。
君を失望させてしまうくらい、あの時の俺達もまた醜く争い合っていたのは紛れもない事実だ。
何が正しかったのかなんて今更分からない。
でも、オシオキされる寸前、最後の力を振り絞ってみんなの姿を借り、俺達を励ましてくれた君の想いもまた本物だ。
俺はブレザーのポケットに手を突っ込む。
その中には、小さなねじが今でも入っていた。
あの時、オシオキに連れていかれる瞬間にアルターエゴが遺していった最後のパーツ。
君のぬくもりが残っていたたった一つの形見。
このねじは、これからも大切に持っていよう。
機械仕掛けの大切な友達の存在と、そんな彼女が巻き起こした希望と絶望を忘れないために。
俺はアルターエゴの残骸にも両手を合わせた。
◆◆◆
その遺体は腐敗が進み、見るに堪えないほどに分解されていた。
その遺骸に湧いていたであろう虫たちは一掃されていたが、依然として直視することは難しいほどに彼の肉体は原型をとどめていなかった。
彼―――”超高校級の哲学者”、夢郷郷夢君は今からはるか前に亡くなっていた。
釜利谷君と龍雅君が死に、御堂さんを裁く裁判の後、君は人知れず世を去っていた。
”土門君に秘密裏に殺害され、成り代わられた”……。
…結局、彼についてそれ以外のことは分からずじまいだった。
君はここで出会ってからの短い間にも、俺達に多くのことを教えてくれた。
あまり大声で言うべきでない知見もあったけど、君があらゆる物事を真摯に追求し、学ぶ姿勢を持っていたことは俺にも十分すぎるくらいに伝わった。
君からはあれだけ多くのことを教えてもらえたのに、俺達は君のことを何も知ることができなかった。
君の最期すら図り知ることなく君は世を去ってしまった。
…今更謝っても意味はないと分かっているけど、本当にごめん。
もう少し君のことを知ろうと努力していたなら、君も命を散らさずに済んだかもしれない。
亞桐さんももしかしたら……。
「君に一つだけ、僕の知見を授けよう」
彼が横で話しているような気がした。
「人間は思考する生き物だ。そして、思考に最も不要なものは後悔だ。人は考えることで前に進み続ける。後ろを振り返って悔やむのは歩みを止める原因となる。ただ前を見て、考え続けたまえ」
……そう、彼ならそう言うだろう。
君を救うことはできなかったけど、君と共に思考したことは今もこれからも俺達の心の中に残り続ける。
きっと、これから向かう最終裁判でも君の教えが活きることだろう。
本当にありがとう、夢郷君。
俺のそばで最後の戦いを見守っていてほしい。
俺は棺に眠る夢郷君の死体に向けて両手を合わせた。
◆◆◆
次の棺に目を向けると、俺は思わずめまいに苛まれた。
棺の中にあったのは、粉末状になった灰と千切れた四つの手足。
このコロシアイの黒幕に直接的に協力し、暗躍の末に地獄へと消えた土門君のなれの果て。
彼は何故、”奴”……すなわち記憶を失う前の俺に手を貸したのだろう。
あれだけの罪を背負ってなお、この脚本を成し遂げることを選んだのには相当の理由があったのだろう。
彼は耐えられたのだろうか。
津川さんと夢郷君を手にかけ、亞桐さんの死も見放した己の罪に。
彼は最期まで、己の罪に対する反省や後悔を述べることはなく消えていった。
その代わり、黒幕に裏切られた彼は心の底から絶望して死んでいった。
そのオシオキも、彼の罪を考慮しても重すぎるほどに壮絶で悲惨なものだった。
死ぬ直前、彼は自らの死の運命を否定するように大きく叫んで引きずり込まれていった。
はたから見れば身勝手な言動だが、それでも彼の気持ちは少なからず俺にも共感できてしまった。
彼を裏切った黒幕が”奴”――すなわち俺である以上、他人事ではない。
その報いは必ず俺にも回ってくる時が来るだろう。
君は釜利谷君や安藤さんと同じく救いようのない悪人だったけど。
最初の事件が起こる前、前木君や俺に向かって夢を語っていた時に輝いていた君の瞳に虚偽の色はなかった。
それに、津川さんの遺体を見た時の君の反応…。
心から本当に驚いているようだった。
…ここからは俺の空想でしかないけど。
君にとって、津川さんの殺人は”モップで頭を殴る”時点で終わっているはずだったんじゃないか?
君の中では、あそこで津川さんが死んでいるはずで…。
本当にただ遺体を焼却するためだけに焼却炉に放り込んだけど、その時点で津川さんが生きていたのは君にとっても誤算だったんじゃないか?
だからこそ、焼却炉から突き出された手を見て君はあんなに驚いたんじゃないだろうか。
もし―――「津川さんが生きたまま焼かれて死んだ」ことまで把握していたのが真の黒幕―――”奴”だけだったとしたら。
――-それでも君が津川さんを殺したことに変わりはないけど。
もしそうなら、俺も、また―――。
俺は棺に眠る”土門くんだったもの”に両手を合わせた。
いつか生まれ変わることができたなら、もう一度友達としてやり直そう。
さようなら、土門君。
◆◆◆
次の棺の中に入っていたのは、黒い布と髪の毛、ピンク色の臓器と骨が突き出た赤い肉塊が混ざり合った面妖な塊だった。
高度1000mから落下して完全に破壊された伊丹さんの遺体には、微塵も彼女だと判別できる要素が残っていなかった。
この短い時間でどうやって地上にある遺体を回収したのか分からないが、この遺体は彼女だと考えて間違いないだろう。
ここに閉じ込められた当初、伊丹さんは容赦ない言動で他の人を傷つけたり衝突したりすることがあった。
彼女は嘘や隠し事が嫌いで不器用な子だったから。
だけど、ここでの生活や何度かの悲劇を経て彼女は変わっていった。
みんなのために自分に何ができるかを考え、献身的にみんなの心のケアをするようになっていった。
土門君と釜利谷君の死に耐えられなくなった前木君を助けてくれたのも、彼女の慈愛の精神あってこそだった。
その行為が、まさか後になってあんなことになるなんてあの時は全く思っていなかったけど……。
大切な人に出会って、守ってあげたいと思う心。
それは俺にもよく分かる。
君の愛は悲劇的な終わりを迎えてしまったけど―――。
君が愛した前木君は、今こうして俺達と共に戦ってくれている。
君の死を乗り越えて、一緒に黒幕と戦う覚悟を持って捜査に臨んでいる。
彼は最初からあんなに強かったわけじゃない。
彼があれほど強くなれたのは、君が彼を助けてあげたからだ。
親友を失って記憶が錯綜するほど追い詰められていた彼を、君が愛してあげたからだ。
その愛こそが、俺達が黒幕に打ち勝つための何よりも大きな助けとなるはずだ。
優しく、怜悧で、芯が強く、いつでも俺達を助けてくれた彼女の姿が、立ち振る舞いが、今でもはっきりと脳裏に浮かぶ。
君の想いを無駄にしないために、俺は絶対に最終裁判に勝つ。
ありがとう、伊丹さん。
前木君のこと、これからも見守ってあげてね。
俺は棺に眠る伊丹さんの遺体に向けて両手を合わせた。
◆◆◆
そして俺は遺体が収められている最後の棺の前に立つ。
オシオキの中で溶岩に焼かれ、血の海に溺れ、文字通りの地獄の中でその身を滅ぼした入間君の白骨がそこにあった。
彼が死してからまだ数時間も経っていないが、その死は遠い昔のように感じられる。
思えば、ここに閉じ込められ、黒幕に恐ろしいコロシアイのルールを説明された後…。
彼は積極的に発言し、場を盛り上げたり仲間を慰めたりして場の空気づくりに貢献していた。
またある時は図書館で有用な資料を見つけ、”超高校級の絶望”について調べてくれたこともあった。
俺が小清水さんに裏切られて事件の脚本を築けなくなったときも、彼が代わりに真実を導いてくれた。
そして、土門君の正体にもいち早く気付いたのが彼だった。
このコロシアイにおいて彼が果たしてくれた役割は底知れない。
だからこそ、彼の最期は衝撃的過ぎた。
前木君に呪詛を吐き、普段の彼からは想像もつかない罵倒を並べ立て、最後にはすべてに絶望して呆然自失したままオシオキを受けた彼の姿。
俺はそれを一生忘れることはないだろう。
あんなに優しくて礼儀正しく、利発で主導力もある彼があんなふうになってしまうなんて…まさに悪夢だった。
だけど、君も恋をする一人の青年だった。
故郷にいる大切な人、たったそれだけを全ての支えにしてこのコロシアイを戦い抜いてこられたのだろう。
そのたった一本の支えを粉々に砕かれたからこそ、君という人間は崩壊してしまった。
俺は…君という人間に理想を押し付けてしまっていたのかもしれない。
何があっても揺るがず前に進んで戦ってくれるような、偶像の姿を君に求めてしまっていたのかもしれない。
本当の君は、俺達と同じ一人の人間だった。
大切な人がいて、その存在がすべてになるくらい心を捧げていた一人の恋する青年だったんだ。
本当の君に気付いてあげられなくて本当にごめん。
今更取り返しなんてつかないけど、君の力になってあげたかった。
前木君と伊丹さんの関係を引き裂いて彼女を手にかけた罪は容易に許されることではないけれど…。
命よりも大切な恋人を無残に殺されたら、俺だってああなってしまうかもしれない。
君もこのコロシアイの被害者であることには変わりない。
せめてあの世で、結梨さんともう一度出会えていることを祈ることしか俺にはできない。
でも、みんなを引っ張って一生懸命に絶望に立ち向かっていった君の姿は。
君が残してくれたヒントや情報は。
君が築いてくれた絆は、今こうして戦う俺達の糧になっている。
君の存在は、人生は、決して無駄なものなんかじゃなかった。
俺は棺に眠る入間君の遺体に向けて両手を合わせた。
ありがとう、入間君。
君の無念、必ず俺が果たして見せるからね。
◆◆◆
入間君の遺体に合掌し終わると、俺は空っぽの四つの棺に目を向ける。
全ての事件、五回にわたって繰り広げられた”絶望の脚本”が、一本一本頭の中で再生されてゆく。
そして、その記憶を確かに思い起こしたことで―――俺の胸中に一つの決意が浮かび上がっていた。
【コトダマ入手:五つの脚本
第一の脚本――殺人が起これば全員が助かると考えた津川梁が、土門隆信に殺害を依頼し死亡。
第二の脚本――龍雅・フォン・グラディウスが”絶望”を排除するために釜利谷三瓶を殺害し、脱出して家族をよみがえらせることを目的として御堂秋音が龍雅を殺害。
第三の脚本――人類滅亡のため行動を起こした小清水彌生を出し抜く形で、創作への活力を欲した安藤未戝が丹沢駿河を殺害。
第四の脚本――人間に失望したアルターエゴⅡが亞桐莉緒を殺害し、夢郷郷夢を秘密裏に始末し成り代わっていた土門隆信がモノクマに始末される。
第五の脚本――恋人が死んだことで前木常夏と伊丹ゆきみの恋路に嫉妬した入間ジョーンズが、自殺に協力すると偽って伊丹を殺害。
『お墓参りは楽しめた?』
突然背後から投げかけられたモノクマの声にはもう驚かない。
『校内スピーカーが壊れたから教えに来てあげたよ! 捜査時間は終了で~す! さっさと裁判場に戻ってね! グダグダしてこんな大事なところでグングニルされたくないでしょ?』
「……モノクマ」
俺はモノクマの言葉に答えることなく、背後を振り返ることもなくそう呼びかけた。
「ここに眠っているのは、みんな俺の大切な友達だった人だ。…大なり小なり罪を犯した人もいた。だけど、みんな未来ある高校生で、こんなコロシアイに巻き込まれなければ素晴らしい人生を送れたはずの人達だった」
『いまさら何? そういうのは最終裁判で聞くからさっさと行ってよ!』
「ここにいる全員の未来と青春を奪ったのは……みんなを殺したのは……お前―――すなわち俺だ。たとえ記憶が無かろうと、葛西幸彦という人間がこのコロシアイを成し遂げたことに変わりはない」
そう告げる俺の声に迷いはなかった。
「……ずっと、ある決断をすべきか迷っていた。結論が出ないまま最後の戦いに赴くと思っていた。……でも、ここでみんなの死に向き合って、結論が出た」
俺がとるべき選択肢は一つだけだった。
『…………』
「俺は自分自身でこのコロシアイに決着をつけたい。悔いの残らない、究極にして最終的な決着をつけたいんだ。…だからモノクマ……一つ約束してくれ」
俺は少し深呼吸してモノクマに告げる。
「最終裁判でお前に勝利できたら――――お前ごと俺をオシオキしろ」
『………!』
「土門君にそうしたように、お前と俺を同時にオシオキするんだ。この才能ごと、葛西幸彦という存在をこの世から抹消しろ」
『…罪滅ぼしのつもり? 自分が死ねばコロシアイのことはチャラになるとでも?』
「……俺が死んだところで、俺が成した行いが帳消しになるとは思っていない。この決断を下した一番の理由は―――このコロシアイに完全な決着をつけるためだ。このコロシアイの首謀者たる葛西幸彦という人間を抹消すれば、このコロシアイは本当に終わる」
『そのために黒幕としての意識がない君も一緒に死ぬの?』
「ああ。それで本当に決着がつく。これが俺の覚悟だ。もう二度とこんなコロシアイがこの世界で起こることがないように、俺がこの命を懸けて希望の力をみんなに示す」
言い出したことに後悔はなかった。
そう―――俺は最初からこうなる運命だったのだ。
『ふーん……本当に後悔しないんだね。…分かった、約束するよ』
モノクマは短く答えた。
これでいい。
これでいいんだ。
「お前がどう言おうと、お前は俺だ。俺と一緒に地獄へ落ちてもらう。先に死んでいった土門君や釜利谷君のように……」
『うぷぷぷ! まさか本人から死にたいなんて希望されるとはね! 流石ボク、完全にイカれちゃってるね! いいねぇ! 文字通り命を懸けた裁判で君がどう戦うのか楽しみにしてるよ!』
モノクマは草むらの中へと消えていた。
再び草がこすれ合う音と微かな風の音だけがその空間を支配する。
「行かなきゃ」
誰に聞こえるわけでもないのにそう呟いていた。
もう一度、俺は草原に立ち並ぶ棺を一瞥した。
そして梯子へと歩みを進める。
今更死など怖くない。
ここで繰り広げられてきた地獄に比べれば。
ここに眠るみんなが受けてきた苦しみに比べれば。
俺の死など些細なものだ。
もうここにいるみんなに会うことはない。
俺はきっと、土門君や釜利谷君よりもさらに深い地獄の底に落ちるだろうから。
けど、そこに恐怖や不満はない。
「ごめんね、みんな」
俺の記憶の中で過ごした日々は短かったけれど。
みんなの存在は、みんなとの思い出は、俺にとってかけがえのないものだった。
みんなをあんな目に合わせた俺が言うのもおかしいかもしれない。
けど、最期にこれだけは言わせてほしい。
みんなに出会えてよかった。
「ありがとう。……さようなら」
囁くような小さな声でそう告げると、俺は梯子を上る。
◆◆◆
俺は瓦礫をかき分けて裁判場の方向へと進む。
さっき、同じ場所を走っていた時のような負の感情は…もう微塵も残っていなかった。
心は安らかに砥ぎ澄まされ、僅かな不安もない。
思えば、このタワーでの数週間の生活もあと数時間足らずで終わるのか。
少し前までは、まさかこんな場所で骨を埋めることになるなんて些かも思っていなかった。
この場所でこれまでの人生とは比べ物にならないほど多くの経験をして、得たものも失ったものもあった。
俺も、他のみんなも、このコロシアイを経て大きく変わったと思う。
そして、俺達のあずかり知らぬところで世界も変わっていた。
俺の両親が、友人がどうなったのか知る由もない。
まるですべてが夢の中の出来事のようだ。
外壁に入ったヒビから僅かに漆黒の夜空が見えた。
「綺麗……」
真っ暗な空には星すらも見えなかったが、俺はそう呟いていた。
―――もう、朝日を見ることはない。
そう思うと、余計にこの漆黒の闇夜が美しく思えてしまうのだ。
「ユキマル~!! 待ってたでありんすよ!!」
裁判場へと続く鉄骨のふもとでは、数多くの絶望を生き抜いてきた仲間達が俺を待ちわびていた。
「ごめん…。待たせちゃったみたいだね」
「どうでしたか? 何か得られたことは…」
「情報は得られなかったけど…。あの場所に行って良かった。心からそう思うよ」
山村さんはキョトンとしていた。
「葛西……どうした? なんだか雰囲気が…別人みたいだ…」
前木君が訝し気に呟く。
「俺はどうもしていないよ。心配しないで、前木君」
そんな前木君に、俺ははにかんで答えた。
「…さっさと登ってきなさい。こっちはこの下らないゲームを終わらせたくてウズウズしてるのよ」
俺達の頭上から小清水さんが言葉を投げかけてくる。
不安はない。
彼らならきっと―――”奴”に打ち勝つことができるだろう。
「じゃあ……行こうか」
俺は落ち着いた声でみんなに呼びかけた。
「私が先導するので皆さんは慎重に上ってきてください!」
山村さんの助けを受けてみんなは鉄骨を伝い、裁判場へと登ってゆく。
◆◆◆
今宵、俺は戦い―――そして死ぬ。
俺はもう、”奴”の掌で踊らされはしない。
この弾丸で”奴”を撃ち抜く。
そして俺は”奴”もろとも闇に消える。
恐れも悔いもありはしない。
俺の全てをこの場所で燃やし尽くそう。
―――これは、”葛西幸彦”の最終決戦。
コトダマ一覧
【五つの脚本】
第一の脚本――殺人が起これば全員が助かると考えた津川梁が、土門隆信に殺害を依頼し死亡。
第二の脚本――龍雅・フォン・グラディウスが”絶望”を排除するために釜利谷三瓶を殺害し、脱出して家族をよみがえらせることを目的として御堂秋音が龍雅を殺害。
第三の脚本――人類滅亡のため行動を起こした小清水彌生を出し抜く形で、創作への活力を欲した安藤未戝が丹沢駿河を殺害。
第四の脚本――人間に失望したアルターエゴⅡが亞桐莉緒を殺害し、夢郷郷夢を秘密裏に始末し成り代わっていた土門隆信がモノクマに始末される。
第五の脚本――恋人が死んだことで前木常夏と伊丹ゆきみの恋路に嫉妬した入間ジョーンズが、自殺に協力すると偽って伊丹を殺害。
【葛西幸彦の才能】
”超分析力”をもって人物の思考や物理現象等を看破、与えられた知識に基づいた未来を正確に予測する。偶然による変動や前提知識の誤り等によっては正確に予測できない場合もあり、未来予測は本人が数分間思考するだけで完了する。
アルターエゴⅢにも正確にその能力が受け継がれている。
【伊丹の新薬】
伊丹ゆきみが生前開発していたという、”記憶を制御する薬”。記憶だけでなく、人格や才能など脳機能に付随する能力をそれぞれ抑える種類の薬がある。
ただし釜利谷の記憶制御ほど完璧に制御することはできず、ある種の刺激や衝撃などで封じた機能が復活してゆくことがある。
【コロシアイ生活における葛西の才能】
コロシアイ生活において葛西は、与えられた情報を元に思考を繰り返し、率先して事件の脚本を組み上げていた。ただしアルターエゴⅢが持つ完全な”超分析力”には遠く及ばない能力である。
【超高校級の脚本家・葛西幸彦】
アルターエゴⅢに人格を移植してモノクマを動かし、このコロシアイを取り仕切っていた首謀者。記憶を消される前の葛西本人。土門隆信を仲間に引き入れ、”超高校級の絶望”と協力関係を築くことでコロシアイの実現を達成した。
【吹屋の監禁部屋】
吹屋喜咲が監禁されていた部屋は殺風景なコンクリート造りの部屋で、生活に最低限の設備は整っていた。屑籠には大量の缶詰の空き缶が捨てられており、布団やベッドは比較的綺麗だった。
【超高校級の噺家・吹屋喜咲】
第四の脚本の最中に姿を現した16人目の”超高校級”の生徒。葛西達と同級生であったらしく、断片的に学園生活での記憶を有している。
管制室の隣にある監獄部屋に監禁されており、前木常夏が偶然発見しなければ合流することはなかったと思われる。
【吹屋への違和感】
小清水が吹屋にスタンガンを当てた際、常人とは異なる反応という印象を受けたという。
【五大望】
かつて”超高校級の哲学者”夢郷郷夢が提唱した、”絶望”の根本を司るとされる五つの感情。希望、野望、渇望、失望、羨望を指す。これら五つの要素を統合した感情が”絶望”である。
【学園が保有するAIとアンドロイドの一覧】
アルターエゴ――”超高校級のプログラマー”が開発した、人間の思考や感情を再現した人工知能。
アルターエゴⅡ――アルターエゴを元に御堂秋音がハッキング能力を付与したもの。それ以外の性能はアルターエゴと変わらない。
アルターエゴⅢ――アルターエゴⅡの能力に加え、電子化した”超高校級の才能”の情報を認識することで才能を発揮できるようになった人工知能。
モノドロイド――御堂が開発した試作型アンドロイド。命令入力により操作できるほか、アルターエゴⅡもしくはⅢが内部にインストールされることで肉体として操作可能。
アルターヒューマン――人間の姿を高度に模したモノドロイドにアルターエゴⅢをインストールさせることで誕生する、人工の”超高校”。まだ試験段階とされる。
【超高校級の”超高校級”研究家】
アルターエゴⅢの開発者とされる人物。人類史上最高峰の天才と称される。 脳内において”超高校級の才能”を発揮させる信号を発見、これを電子情報に置換させることに成功した。現在どこで何をしているかは不明。
【小清水の容態】
目立った外傷がないはずの小清水だが、突然吐血した。本人曰く身に覚えがないが内蔵が損傷しているとのこと。同様の現象は以前から起こっていたという。
【超高校級の幸運】
前木常夏が持つ”超高校級の幸運”の才能は時として”超分析力”による予測を遥かに超える現象を起こし得る。吹屋の合流もその一例。
【外界の真実】
タワーの下界は絶望に包まれた世界と化しており、無秩序な破壊や殺戮が繰り返されている。
【超高校級の絶望】
78期生の江ノ島盾子を中心とする、”絶望”を至上の喜びとする集団。釜利谷、伊丹、御堂の三名がこの組織の一員として活動していた。
【カセットテープ】
隠し部屋に置いてあったカセットテープ。釜利谷の音声を録音したものであり、前木が殺人を犯す可能性に触れることで伊丹に殺人を起こすよう誘導している。
【脳科学研究レポート】
釜利谷の研究資料と思われる分厚いレポート。一部の記憶を選択して消す方法や、才能を抑制する伊丹の新薬についての記述がある。
また、偽の記憶を植え付ける研究も行っていたようだが、完成には至らなかった模様。
【人類史上最大最悪の絶望的事件】
このコロシアイの少し前に希望ヶ峰学園本校舎で起きたとされる生徒の大量殺人事件。この事件を機に世界に絶望が蔓延したとされる。
【”超高級の絶望”江ノ島盾子】
”人類史上最大最悪の絶望的事件”を巻き起こしたとされる希望ヶ峰学園78期生の生徒。”超高校級の絶望”の中では神格化されており、多くの信者が存在している。
【謎のカルテ】
土門の私物から発見されたカルテ。一人の少女について二つの事柄が書かれており、「吃音症及び識字障害。その他の知性・社会性は正常」「複数回の打撲による脊髄損傷。下半身不随及び多臓器不全。延命治療中」と記載されていた。
【釜利谷の手記】
このコロシアイの主催に協力した釜利谷が残した手記。江ノ島盾子が起こそうとしているコロシアイの内容を参考にし、これを再現するために葛西に協力を求める旨が書かれている。
【絶望の脚本集】
土門の私物と思われるカバンの中に入っていた大量の紙資料。第一の事件から第五の事件に至るまでの流れが詳細に記載されているが、様々な状況によって場合分けして書かれているため、
実際には起こっていない事件の概要なども同封されている。赤字や青字で何者かの質問や指示が記載されている。
【SNSの匿名アカウント】
タブレットに入っていたSNSのアカウントに一つだけ残されていた呟き。
「 半殺しにしたのに全然だ あいつ殺すか 殺さないと人間ヤバい 」と書かれていた。
アカウントは限られた人しか見ることができない、所謂「鍵垢」。
【拷問のススメ】
山村の私物から出てきたオカルトじみた本。様々な拷問の手法が載っており、素手で効率よく人間を痛めつける方法も記載されている。
【伊丹の写真】
SNSがインストールされていたタブレットに一枚だけ保存してあった写真。
私服姿で誰かと食事をしている伊丹が写っている。とても幸せそうな表情をしている。
【津川の手記】
荷物倉庫の津川の荷物から出てきた手記。コロシアイが始まる前に書かれたと思われる。
「誰かがこれを見てくれると信じて書きます。
私が所属するクラスは(黒塗り)の危機にあります。
(以下、数行にわたって黒塗り)
私は諦めません。例え一人になっても、必ずみんなに希望を取り戻させます。
でも、もし私がこのクラスにいられなくなったら、(黒塗り)。
そうなるまでは、私がみんなを導いて見せます。」