エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
続きはできる限りすぐ出します。
葛西たちが絶望のコロシアイに巻き込まれる数か月ほど前。
―――即ち、”人類史上最大最悪の絶望的事件”が発生し、世界が混沌と絶望に包まれてから間もなくのこと。
「…このタワーに来て、今日で一週間か……」
食堂の隅で、前木常夏がため息とともに呟く。
食堂に開けられた窓からは、遥か下界で崩壊を始めた都会を見渡すことができた。
「まだ一週間だっていうのに、もう数年間住んでるみたいな感じだよね…。ウチらはいつまでここにいればいいんだろ…」
前木の向かい側の席に座る亞桐莉緒が、不安そうにそう呟いてコーヒーを呷る。
「…なんか、全部夢みたいだよな。俺らの後輩がヤバいことして、一瞬で世界中が大混乱に陥って、何かを考えてる暇もなく俺達はこのタワーに入れられて…。土門が建てた新築の校舎兼シンボルタワーが、まさか臨時シェルターになるなんて思ってもみなかったよ」
「貴様ら、まだここにいたのか!」
苛立たしく放たれた怒声が二人の意識を食堂の出入り口の方へ向けさせた。
「”本校舎”の講師との通信回線が復旧したから視聴覚室に来いと言ったはずだぞ」
そう言いながら御堂秋音が腕を組んで二人を睨みつける。
「…わりい、すぐ行く」
二人はすぐに席を離れ、視聴覚室へと駆ける。
『突然君達を新造のタワーに閉じ込める形になってしまって本当にすまない。だが、学園の中も誰が敵で誰が味方か分からない状況だ…。希望たる君達に危害を及ばせないためには、誰ともコンタクトを取らせずにタワーへ運ぶしかなかったんだ……』
三人が視聴覚室に着くと、ちょうどモニターに映し出された講師と葛西達が会話を交わしているところだった。
「そんなこと言われたって、私達は何も知らないまま」
詰め寄ろうとする山村の言葉を、葛西が手を挙げて遮る。
「…学園は今どうなっているんですか?」
そして、そう問いかけた。
『…今はこちらでも生徒達が籠城を始めている。とにかく外は”絶望”がうろついている状況だ、我々もさらなる対策を講じなければ…』
「失礼。敵が外
そう口を挟んだのは、人差し指を立てて不気味な笑みを浮かべる夢郷だった。
『それは……考えたくない話だが、そもそもの発端が学園内にある以上疑わざるを得ない…』
講師の口調は見る見るうちに弱くなっていった。
『だが……例え学園の関係者であっても、エレベーターのロックさえ解除されなければ誰もタワーに侵入することはできない。引率の講師を一人でも送れれば良かったのだが、誰も信用できない状況ではそれも難しく…。辛いかもしれないが、事態が収束するまではそのタワーで耐えてほしい。食料とライフラインの供給、そして君たちの安全は責任をもって私たちが保証する』
「…………」
一同は納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべるばかりだった。
「…おばあちゃんは…? リャン様のおばあちゃんと…ファンのみんなは…?」
『不特定多数のファンの方は残念ながら把握しかねているが…。君たちの家族や関係者に関しては現時点で安否の確認が取れている。警察にも最優先で保護するよう呼び掛けている最中だ。とにかく、タワーの下の世界のことは全て私たちに一任して、君達はみんなで助け合ってこの苦境を乗り越えてほしい。希望のために……』
そこまで言ったところで、突如映像が途切れた。
「必要なことは聞いただろう。あまり長く電波を発すると”絶望”の連中に傍受される恐れもある。今後どうしても連絡したいことがある時だけ、私の監督の下で通信を許可する」
通信機器を操作しながら御堂がそう言い放った。
「………」
一同に重い空気が流れる。
「…こんな時こそ任務を果たさなければならないというのに………」
「まあそう気ぃ張るなよ、リュウ。長い休暇だと思ってのんびりしよーぜ」
釜利谷がリュウの背中をポンと叩いて視聴覚室を後にする。
「みんなもっと気楽に考えようぜ。 要はここでただ過ごしてりゃいいんだろ? 家族やダチのことも心配いらねーみたいだし、なんも気に病むことねーじゃねーか」
「…あなたほど能天気でいられれば良かったんですけどね」
皮肉交じりにそう答えたのは入間だった。
「信頼できる講師の情報といえど…。すでにここまでに起きた事象が拙者たちの理解を遥かに超えてしまっているがゆえに何も信じられなくなっている…と言ったところでござりましょうか…」
と、丹沢がそれに続く。
「だが、信用しようがしまいが、今我々にできうることは何もない。状況を悲観しても混乱と不信を生むだけだ。違うか?」
「…御堂さんの言うとおりですね。今はここで協力して暮らしていくしかないと思います…」
「でも、ただ暮らすといっても生活の方針は全員で共通のものを定めておいた方がいいと思うな。例えば、食料やインフラの供給だって本当にずっと安定しているか分からないわけだし、できる限り水や食料は貯めておいた方がいいと思うんだ」
葛西の提案に伊丹が頷く。
「そうね。考えようによっては、これは私たちに課せられた試練なのかもしれないわ。如何にして団結し、効率よく生存戦略を練ることができるか…。学園で培ってきた私たちの才能を生かす時が来たのかもしれない」
「それは流石に都合よく捉えすぎな気もするけど……。まあ何事もポジティブに考えるに越したことはないもんな。ちなみにこのタワーのことは心配すんな。震度七の地震にも余裕で耐えられる設計だ」
「土門殿がそう言うなら安心だぞよ~」
「待てよ。心配するべきは生活方針でもタワーでもねーだろ」
前木の言葉で全員が黙り込みます。
「先生も言ってただろ。学園の中だって誰が信用できるか分からないって…」
「でも、このタワーには学園の人も侵入できないから心配する必要はないって……」
「
「前木きゅん」
前木の言葉を遮るように、津川が声を張り上げた。
「その話はやめるなり。みんなの感情を逆撫でするだけだって分からないなりか?」
「……あぁ、そうかよ。この期に及んで庇うんだな」
舌打ちと共に前木はそう吐き捨てる。
「既に学園内には生徒の死者だって出てるんだ。もう状況は戻れないところまで来てるんだよ。俺達だってなりふり構っていられないんだぞ…」
「だから、仲間を疑って殺すのが必要だっていうなりか? そんなの絶望と何も変わらない、いや絶望そのものなり!」
「短絡的な考え方しかできない奴は嫌いだな…俺は」
「よさないか」
リュウの重みのある言葉が二人の間に割り込む。
「俺達同士で争いが起きてしまえば…俺も黙ってはいられなくなる。本来俺は絶望抹殺のために日夜働かなければならない身だ。俺の目の前で絶望に堕ちるような真似はしてくれるな……」
「前木殿。津川殿。双方の言い分は後ほど拙者が聞きまするゆえ、今は感情を押さえてくだされ」
と丹沢が続くと、前木はため息とともに顔をそむけた。
「フン、下らん…。いつまでも子供のような喧嘩を続けるなら、私は部屋に戻るぞ」
冷え切った空気に呆れ果てた御堂が視聴覚室を後にする。
「…俺もムキになりすぎた。頭冷やしてくるよ…」
続けて前木も速足で部屋を出ていく。
「ちょちょちょ、ちょっと~!?!?」
前木が部屋を出るのと入れ替わるように、甲高い声の主が視聴覚室に入り込んできた。
「あちきをハブって何をやってるでありんすか~!!!」
「吹屋様……。私達は何度も何度も、声が枯れるくらい起こしましたよ…。それなのにあなたときたら……」
飛び込んできた吹屋を見て、入間がため息交じりに言った。
「ちょっと寝坊しただけでありんすよ~!!」
「とても大事なお話だったんだがね…。せっかくの機会だ、吹屋君。ここで何があったか僕が伝えてあげるよ。この後二人っきりで休憩室へ」
「ユメちゃんはヤダ!! ユキマルがいいでありんす!!」
「はは、参ったなあ…。まあ暇だからいいけどさ…」
「男女で二人きりとは見過ごせませんな…。拙者も同席させていただきまする!」
「じゃあ吾輩も~~」
「結局大所帯になってるじゃねえか……」
吹屋喜咲の参入で少し緊張がほぐれる一同。
「…ところで」
話がひと段落したところで、夢郷が切り出す。
「小清水君もまだ起きてこないのかい? さっき呼びに行った時も返事がなかったようだし…。そもそもこのタワーに移ってからほとんど姿を見てない気がするんだが」
「…きっと三階の植物園にでもこもっているんですよ」
山村が口をとがらせながら答えた。
「じゃあ彌生ちゃんにもここの話伝える人が必要だよね? ウチ、植物園に行ってくるね!」
言うが早いか、亞桐が視聴覚室を飛び出す。
「…みんな、そんなにやよ様が気になるでありんすか?」
「そんなにって…。小清水様は私たちの大切なクラスメイトではありませんか。仲間外れにするわけがないでしょう」
「仲間外れ、ねえ……」
「はいはい、不穏な話はもうしない! みんな、それぞれやるべきことをするなりよ!」
津川がパンパンと手を叩くと、その言葉に従って各自解散していった。
◆◆◆
深夜。
白衣を着た1人の男が美術準備室の薄壁をスライドさせて開き、閉め直して奥の階段を駆け上った。
「わりぃわりぃ。まえなつと安藤に誘われてポーカーしてた」
そう言いながら男が管制室の扉を開くと……。
二人の女性が彼を出迎えた。
「よう、"絶望"として集まるのは久しぶりだな」
男―――"超高校級の絶望"、釜利谷三瓶はそう言いながら部屋の中を進んでゆく。
「あなたが時間を守らなかったところで、今更驚く人なんていないじゃないの」
黒ずくめの格好をした生気のない女性が釜利谷にそう言い放つ。
「それよりぃ、今日の常夏…とっても可愛かったわよね…! あの苛立たし気な顔……。絶望に濁り始めた瞳……。…ふふっ、ふふふふふふふ……」
黒ずくめの女性―――”超高校級の絶望”、伊丹ゆきみは想い人の記憶に胸をときめかせ、白い顔に恍惚の表情と妖艶な笑みを浮かべる。
「相変わらず気色悪ぃな。それでいてみんなといる間は昔みたいに冷静な姉御気取りで振舞ってんだから余計に薄気味悪いぜ」
吐き捨てるようにそう言うと、釜利谷は椅子にどっかりと腰を下ろす。
「…無駄話はそれまでにしておけ。我々の存在も、いつリュウや入間ジョーンズに気付かれるか分からんのだぞ」
作業服姿でインカムとヘッドホンをつけ、情報機器とモニターを制御する少女―――”超高校級の絶望”、御堂秋音が二人に釘を刺す。
「心配すんなよ。ああいう頭いい奴らが釘付けになるように、ちょっとずつパソコンや資料に外の世界のことを混ぜてあるんだ。…どうせいつか消す記憶だ、多少知られたって痛くもかゆくもねえ」
「例の”計画”が始動したら、私も記憶を消されるんでしょう? 怖いわねぇ、秋音♡」
椅子ごと後ろから抱きつく伊丹に、御堂は「離せ」と吐き捨てる。
「…私は貴様の担当分野については何も知らないが。その”計画”とやらは順調なのか?」
「まあな。今んとこ全部
不気味な笑みと共に釜利谷はそう答えた。
「…フン。まあ好きにするがいいさ。私は私の
キーボードにコマンドを打ち込みながら御堂は呟く。
「家族を蘇らせるんだったっけ? もう技術もマシンも揃ってるんだから、いつでも叶えられる願いだろ」
あくび交じりに釜利谷が言うと、御堂はため息とともに顔を背ける。
「…貴様には分からんだろうが、まだ足りん。人間として十分なレベルを再現できていても、私の記憶の中に残る
そう呟く御堂の語調には僅かに鬱屈した感情が込められていた。
「家族なんていなくたって秋音には私がいるのに…♡ ねぇ、私を愛してるって言って…?」
「離れろと言っているだろうが!!」
まとわりつく伊丹を平手打ちすると、御堂はモニターへと向き直る。
一方の伊丹は、ぶたれた頬を撫でながらなおも狂わしい笑みを御堂の方へ投げかけていた。
「……それより今日通信回線が回復したことで、貴様が前言っていた後輩との通信も可能になっているが、繋ぐか?」
「それを頼もうと思ってたんだ、話が早くて助かるぜ。今から言うチャンネルに繋いでくれ。学園の脳科学研究所の専用チャンネルがあるんだ。施設が無事ならアイツが今もいるはずだ」
「こんな真夜中に通話して大丈夫なのぉ…? 寝てるんじゃない?」
「アイツの超人力をナメちゃいけねえ。一日30分も寝ないで一晩中研究し続けるようなバケモンだ。きっと今も必死で研究してるだろうさ。…なんてったって、あいつの大好きな”希望”の危機だもんな」
釜利谷はにやりと笑う。
「では繋ぐぞ」
御堂が通信機器を操作すると、目の前のモニターに途切れ途切れの映像が映し出される。
「…前にも言ったが、今から話す奴は”絶望”じゃない。変なそぶりは見せないように気を付けてくれよ」
釜利谷が注意を促しているうちに、次第に映像は鮮明さを取り戻していった。
『…あ、釜利谷センパイ。生きてたんすね』
「ったりめーだろ。こちとら地上1000mで無理矢理ニート生活させられてんだよ。むしろお前こそよく無事だったな」
画面の向こうに映ったのは、眼鏡をかけて茶髪をサイドテールにした女子生徒だった。
『まあ正直アタシが生きよーが死のーがどうでもいいんすけど、アタシの研究で”超高校級”のみんなを助けないといけないんで。それまではひとまず死ねないっすわ』
「流石の根性だな。だが、お前に死なれちゃ俺も困る。お前の頭脳は俺すらも遠く及ばない世界にただ一つのモンだ。俺は宗教なんぞに興味はなかったが、学園の奴らがお前のことを”神への反逆”って呼ぶ気持ちも分かるぜ」
『……はあ』
「お前はただの”超高校級”じゃない。”超高校級の才能”自体を生み出して、コントロールできるようになっちまった。お前が持っているのは”才能を超えた才能”なんだよ……」
「”超高校級の『超高校級』研究家”の名は伊達じゃねえな、潤田」
『どーしたんすか、久しぶりに話したかと思ったら』
”超高校級の『超高校級』研究家”―――
「うふふっ、この子がアナタの後輩さん…? ひひひっ、かわいいわねぇ……。抉りたい…!」
後輩の姿を見た伊丹は狂気的な笑みを漏らしながら、画面に顔を摺り寄せる。
『ヤバい人いると思ったら”超高校級の薬剤師”の伊丹ゆきみさんじゃないっすか。ひょっとして先輩の彼女っすか?』
「馬鹿言うな。ただのクラスメートだよ」
お茶を濁しながら釜利谷は伊丹の襟首を引っ張って画面から引き離す。
「変なことすんなって言っただろ…。お前は引っ込んでろ」
潤田に聞こえない程度の小声で釜利谷が呟くと、それを察した御堂が伊丹を部屋の奥へと引っ張り去った。
『…まさか、せっかく通信が繋がったってのに同級生の紹介をしたかっただけってことはないっすよね?』
「悪ぃ悪ぃ、前置きが長くなっちまったんだ。話したいのはお前が手に持ってる”ソレ”だよ」
釜利谷が見つめる先には、潤田が手にした小さな電子メモリーがあった。
「そん中に入ってるんだろ? お前の発明品が」
『そっすね。どうせこのことだろうと思って用意しといたんすよ。でも、今となっちゃコレも何のために作ったんだか…』
「いや、こんな時だからこそ必要なんだろ。そいつは人類の希望を紡ぐ種になる。”超高校級の才能”、それを電子化して人工知能に応用したのがお前の発明―――」
「究極の人工知能、アルターエゴⅢだろ」
『っつってもまだ試作段階で、再現できる才能もほとんどないんすけどね。今アタシの手元にあるやつには、この前実験で入れた”才能”が入ってます』
「そうそう。欲しいのはソレだよ。何とかしてこっちにそのメモリーを届けてほしいんだ。そうすればより安全なこの場所で俺は俺の研究を進められる……」
『高さ1000mのタワーにどうやってコレを運ぶんすか? 言っときますけど、今この状態で学園を抜け出すなんて無理っすからね』
「そんなことしなくたって、学園からココにモノを流すルートがあるだろ。食料や水がどこから運ばれてると思ってんだよ」
釜利谷の言葉を受けて、潤田は目を丸くした。
『あ~、食料の自動搬送路を使う方法があったんすね。流石先輩。でも、そんなことするくらいならそもそもフツーに講師とかに頼んで送ってもらえませんかね?』
「そううまくいくかっての。前にも話したが、学園の中にだって
『…まあ、言われてみればそうかもっすね。じゃあこのメモリーをタワー行きの食料搬送路に忍び込ませてそっちに送る方向で考えときます。詳細は後で改めて教えますけど、油芋の空き袋とかに入れて送るんで、間違えないようにしてくださいね』
「上出来だ。流石は俺が信頼する後輩だよ」
釜利谷は笑みを浮かべる。
『…先輩の用事が終わったなら、今度はアタシから質問いいっすか?』
ふと、潤田がそう呼びかける。
「あ? なんか聞きたいことあんのか?」
『アルターエゴⅢをどう悪用する気っすか?』
「………」
釜利谷達の空間に数秒間の沈黙が走る。
「人聞きが悪いな。このタワーの中は外界から隔絶されてて安全だ。それに俺も自分の研究を進めるうえでアルターエゴⅢが必要なんだ。
『……そっすか。まぁ、何もしないと状況は変わんないっすからね。変なこと聞いてすいません。また連絡するんで、今夜はこれで失礼します』
「おう。くれぐれも無茶はすんなよ。何かあったらすぐに報告だ。頼りにしてるぞ」
潤田が釜利谷の映像に小さく頷くと、映像は途切れた。
「……妙に鋭い女だったな」
「そうなんだよ。アイツに正体が気付かれねえか心配でならねえ」
御堂の言葉に、釜利谷は頭を掻きながら答えた。
「ま、とりあえず目当てのブツが届くなら問題ねえ。そいつを使って”0号機”と”ヌイグルミ”に才能を付け足せば本格的に計画が始動できるってワケだ。0号機のメンテは大丈夫か?」
「…0号機の状態は貴様が見たとおりだ。運動能力、耐久性、知能、感情、全て問題ない。今後は私のメンテナンスすら必要はないだろう。ところで、ヌイグルミというのは何のことだ?」
「ああ、
「それは構わんが…。そんなロボットに一体どういう才能を載せるというのだ? さっきの後輩の話しぶりから推測するに、現時点でアルターエゴⅢが持っている才能は一つだけのようだったが…」
「そいつは0号機用の才能だ。ヌイグルミ用の才能はここで
そう言って釜利谷は部屋の隅に置いてある重厚な箱からヘッドセットのような機械を取り出した。
「俺達”希望ヶ峰脳科学研究チーム”がただ脳みそをいじくり回して遊んでるだけの集団だと思ってもらっちゃ困るぜ。こういう時のためにいろんなモンを作ってたんだ。こいつは頭にはめた人間が持つ”才能”を電子情報に変換する機械でな…。こいつで抽出した才能をアルターエゴⅢに読み取らせることで、その人間と同じ才能を持つアルターエゴⅢが完成するってワケだ」
「本当、なんでもアリなのね」
伊丹がくすくすと笑う。
「だが、こいつの記憶媒体に使われている金属が地球に数グラムとない希少品でな…。この機械で読み取れる才能は一つだけなんだ。だからこのタワー内にいる誰か一人の才能を貰ってヌイグルミに搭載させるワケだが…」
「………」
「そう怖い顔をするなよ。才能を貰う奴はもう決まってるし、お前でも伊丹でもねえ。それに、この機械を使ったって別に才能が無くなっちまうわけじゃねえ。ただそのまんまの才能がコピーされるわけだ」
「聞けば聞くほど理解ができんな…。貴様らの目的は希望と呼ばれる生徒たちにコロシアイをさせて世界を絶望させることだろう? 0号機の存在もヌイグルミとやらに才能を移す行為も、コロシアイを進めるという目的と何ら関係が無いように思えるが…」
御堂の疑問を聞くと、釜利谷は背伸びをして立ち上がる。
「そこらへんはな、
「なあに、それぇ? 初耳なんだけど」
そう言うが早いか、伊丹は瞬時に釜利谷に距離を詰め、頬が当たりそうなくらい顔を近づける。
「私に隠し事はしないでぇ…? 仲間、でしょぉ……?」
伊丹が持つ注射器の針が釜利谷の頬に近づく。
「おいおい、針を下ろせよ。死ぬのは構わねえが、今じゃねえ。別に隠そうと思ってたワケじゃねえんだ。ただ話すのがメンドクセーからよ」
釜利谷が両手を上げてそう言うと、伊丹は静かに針を下ろす。
「この計画は”絶望”だけの力で進めてるワケじゃねえんだ。そもそもこんな都合のいいタワーを用意してもらったのだって、そいつらの力があったからだ」
「まさか……土門隆信か?」
御堂の言葉に釜利谷はにやりと笑う。
「そうだな。あいつも
そう言って釜利谷は部屋の出口に向かって歩き出す。
「あら。まだ全然詳しい話を聞いてないけど」
伊丹が目を細めて釜利谷を睨む。
「俺は20分以上連続で頭を動かすとパンクしちまうんだ。話は明日でもできるだろ。今夜はゲームして寝る」
「ゲームにはいくらでも頭使えるのね。呆れちゃうわ」
「おい、釜利谷三瓶」
去ろうとする釜利谷を御堂が呼び止める。
「貴様が何をしようと黙認するが、約だけは違えるなよ。私はその”コロシアイ”とやらには参加しない。これだけ手を貸してやったのだ、文句はあるまい。貴様らがコロシアイを始めるころには私はここを出て”野望”の成就のために一人で開発を続ける」
「……あぁ、何も文句はねぇよ」
釜利谷はうっすらと笑みを浮かべて答える。
「…私の頭の中には0号機の緊急起動コードがあることも忘れるな。私には、0号機を緊急起動させて貴様らを葬り去ることも、貴様らの計画を葛西達に暴露して計画そのものを転覆させることもできるのだ」
「今更何をそんなに警戒してるんだよ。そんなに俺達の裏切りが怖いのか?」
御堂の脅しをものともせず不気味な笑みとともに余裕の言葉を述べる釜利谷に若干気圧されながらも、御堂は臆することなく言葉を返す。
「抑止力としての可能性を述べたにすぎん。貴様らと違って私は利害で"絶望"に与しているだけだからな。貴様らで言うところの土門隆信に近い存在だ。だからこそ、互いの利と不利は明確にしておくべきだろう」
「そんな冷たいこと言わないでぇ、仲良くしましょうよ秋音ぇ…。私達、同じクラスの仲間でしょ?」
顔を近づけてそう囁く伊丹に、御堂は一言も答えなかった。
「言いたいことはそれだけか? じゃあ俺は戻るぞ」
そう言って釜利谷は再び歩き出す。
「また進展したら声かけるからここに集まってくれ。じゃあな」
「行っちゃった。ふふ、でも秋音の心配も分かるわよ。私も彼にいいように利用されてるのかなって思う時もあるし……」
伊丹は自分の胸に手を当てながら呟く。
「でもね秋音、私はそれでもいいの。私はただ、絶望的に好きな人を絶望的に愛していたいの。最大最強の絶望の中で絶望的に強い愛で結ばれていたいだけなの。だから私の夢は既に果たされているの。誰にどう利用されようが、私の絶望的な愛がそこにあれば私はそれでいいのよ…」
「……伊丹」
狂おしいほどの笑みと共に自らの望みを述べる伊丹に、御堂が真剣な目つきで呼びかける。
「お前に私の生い立ちや感情が分からないのと同様、私もお前の常識が分からない。お前にとっての”愛”とは私にとっての”家族”にも近いものなのだろうが……そう理解しようとしてもひとつ解せないことがある」
「………?」
伊丹は大きな瞳を丸くして御堂の言葉に耳を傾ける。
「このコロシアイでお前か、お前が愛している男は死ぬかもしれない。…何故、それが許容できるのだ? 最後に”近くにいられない”愛など、現実を伴わない虚構の思慕に過ぎないと……そうは思わないのか?」
「…うふふ。秋音は幼い頃に”家族”と引き剥がされたからこそ、”そういう常識”になっちゃったのね。”大切な存在は近くにいなければ意味がない”…と。でも私は違うの。例え”肉体”が消えても、”存在”が消えなければ愛は成就する…。私が愛する人にとって一生忘れられない存在になれば、私は愛する人の中で一生生き続けられる。そして、忘れられない存在にさせるための究極の手法こそが”絶望”なのよ…」
「…………」
「信じあっていた仲間たちとのコロシアイ。希望と呼ばれていた生徒たちが互いを裏切り、騙し、殺し、絶望の沼に沈んでゆく。そんな状況の中で育まれた愛こそが私の望む愛。釜利谷君にどう利用されようが、コロシアイさえ起きてくれるなら私はそれだけでいい」
「…だが、コロシアイに先立ってお前も今持っている記憶を消されるのだろう? 今言った目的を忘れずに保持していられる根拠はあるのか?」
「大丈夫。例え記憶を消されても、私はきっと自力で思い出す。いえ、記憶が蘇らなくても”愛”は必ず抱くはずよ。そしてまた常夏を好きになる。それだけは絶対に変わらない。…”愛”は”記憶”よりもずっと奥底に存在しているものだから」
「…………そうか」
御堂は短く呟いた。
「それに、常夏はきっと死なないわ。”脚本”のことは詳しく知らないけど、それでも何故か常夏は死なないって確信できるの。”幸運”だからかしらね。あと、私が死してるのは別に常夏だけじゃないのよ? もちろん秋音もたくさん愛しているし!」
再び伊丹は椅子ごと御堂を抱き締めるが、もう御堂はそれを引き離そうとはしなかった。
「じゃあ、私も寝るわね。おやすみ、秋音!」
伊丹は御堂の頬にキスすると軽快な足取りで部屋を後にした。
「………」
御堂は椅子に腰かけたまま、真っ暗な画面を呆然と見つめながら思考に耽っていた。
◆◆◆
釜利谷達と潤田の通話から一夜明け、タワーの中の生活は新しい一日を迎えた。
「昨日みたいな重苦しい空気は嫌だからな! 今日は男子全員でバスケするぞ! 大ホール集合な!」
「前木君、俺そういうの苦手だって言ったじゃん…」
「葛西殿! 時には体を動かさねば健康にも悪いのですぞ! 拙者がエスコートいたしますゆえ、一緒に運動に励みましょうぞ!」
「エスコートできるほどうまくないだろお前…」
男子勢がそんな会話をしているのをよそに、食堂の隅の方で漫画を読み漁る安藤に津川が駆け寄っていく。
「ねえ、みー様」
「ほあ~? どうしたのだぞよ?」
「みー様は……ここのみんなのこと、好き?」
津川は真剣なまなざしでそう問いかけた。
突然の意味深な問いに「?」と首をかしげる安藤だったが、数秒の沈黙ののちにこう答えた。
「もちろん大好きだぞよ!」
「本当なりか? 全員一人残らず好き?」
「みんなとっても面白い仲間たちだぞよ! 一人残らず好きだぞよ~! でも…一番好きなのはリャン様だぞよ~」
そう言って両腕で津川を抱き締める安藤。
「……そっか。良かったなり。…ねえみー様、リャン様と約束してほしいなり」
津川は安藤の両眼をしっかり見つめながら呟く。
「みー様は何があってもリャン様の、そしてクラスメートみんなの味方でいて」
「……? もっちろんだぞよ!」
問いの真意をはかりかねつつも、安藤は元気いっぱいにそう答えた。
「ありがとうなり…。絶対に、リャン様がみんなを助けて見せるからね」
「リャン様が、みんなの希望になるからね……」
絶望に負けぬと決意し、籠城を続ける彼らにも…。
絶望の魔の手は、確実に伸び続けていた。
「久しぶりに見たぜ、小清水」
図書室で資料を漁る小清水に、釜利谷が背後から声をかける。
「ひぃっ!」
いきなり声をかけられた小清水は上ずった声と共に倒れ込む。
「ここ数日俺らから隠れて何してたんだ? 調べものにしちゃ随分危ねぇモンを見てるみたいだが」
釜利谷が小清水の手から奪い取ったファイルには、人間に対して凶悪な効果を持つウイルスや細菌が一覧にしてあった。
「か、返して……」
小清水は目から涙を浮かべながら弱々しい声で抵抗する。
「こんなモンを調べてどうすんだ? このファイルが虫とどう関係するんだ?」
「うぅ……ぅ……」
上手く答えが出で来ずにしどろもどろの言葉を発する小清水。
「そうそう。お前は元来
「ご……ごめんなさい……」
小清水はそう呟きながら床に座り込んで涙ながらに頭を下げる。
「おいおい謝るなよ。お前は何も間違ったことはしてねえだろ。俺には全部わかってんだぞ」
「………?」
「お前、俺と伊丹と御堂がたまに夜に会ってるの、知ってんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、小清水は血相を変えて後ずさる。
「あ、ま、待って…ち、違うの……偶然……偶然通りがかって……」
「つまりお前は、”
「あぁあ………。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!! お願いだから……お願いだから殺さないで……」
小清水は両手と頭を地面に擦り付け、命乞いをする。
「だから謝るなよ。俺はお前のことを信頼しているんだ。お前がいつ気付いたかは知らねーが、お前が俺達のことを誰にも話してないのだけは事実だからな」
「そ…それは………」
「土門曰く、お前は脚本のカギを握る大事なキャラクターだ。記憶と一緒に多少性格もいじらせてもらうが、コロシアイの中ではお前は八面六臂の活躍をしてくれるだろう」
「…コロシアイ……私は……」
「なあ小清水。コロシアイってのは一見絶望的なイベントにしか見えねえが、上手くやれば自分の好きな夢をかなえる場にもなるんだ」
釜利谷は小清水の肩に手を置いて囁くように呼び掛ける。
「小清水。お前の”野望”はなんだ」
「…………」
「恐れることも、恥じることもねぇ。”絶望”はいつでもお前の味方だ。お前の願いは……お前の悲願は……お前の”野望”はなんだ?」
「わ……私は………」
小清水は肩を震わせ、涙をこぼしながら呟いた。
「滅ぼしたい…。この世に跋扈する人間を……一人残らず滅ぼしたい………」
「…叶うといいな。応援してるぞ」
その言葉を残して、釜利谷は図書室を去っていった。
誰もいなくなった図書室に呆然と立ち尽くす小清水。
「……っ! ゲホッ、ゴホッ…!」
突然せき込んだかと思うと、口に当てた手を覗き込む。
その手には、僅かにであるが血が付着していた。
◆◆◆
希望タワーは、この日も変わらず絶望の中に佇んでいた。