エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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数日ぶりですね。
今回は前回のようなミスがないといいな……。


Chapter5 非日常編① 捜査編

 激しい雨が俺の身を打つ。

 凍えるような寒さだが、誰もその場を動こうとしなかった。

 呆然と膝をついて黙り込むことしかできなかった。

 

『やっほー! なんと、ここにきてまたもや起きてしまいましたねえ、コロシアイ事件! ボクが用意した粋な映像は楽しんでいただけたかな? ああしないといつまで経っても死体が発見されないからね!』

 いつの間にか現れた雨合羽姿のモノクマが、俺の横合いから声をかける。

「………」

 俺を含め、その場も誰も言葉を発することができなかった。

『何やってるの? 風邪ひいちゃうよ?』

 モノクマはキョトンとした表情を浮かべる。

「…………」

 俺は何も言えなかった。

 モノクマに敵意を表すことすらできなかった。

 全ての感情が抜け落ちて。

 

 

『全くもう! 風邪ひいたら裁判にならないんだからね! 手間かけさせてくれるんだから!』

 モノクマはいらいらしながらも、俺達三人に順番に雨合羽をかぶせていく。

 

 

「裁判………?」

 山村さんが微かな声で呟く。

「犯人なんているんですか……?」

『そりゃあいるよ! 伊丹さんは()()()()()()()()()()()()()()()()に殺されたんだよ!』

 

 俺達の中の誰か……。

 その言葉が俺の心に突き刺さる。

 

 これは、偶然の事故じゃないっていうのか? 

 必然の犯行だというのか?

 だとしたら、一体だれがどうやって………。

 

 

 

「…幸運…?」

 前木君がポツリと呟く。

「親友も恋人もみんな死んで……自分だけ生き残るのが幸運なのか………?」

『そうなんじゃない? 実際ここまで人数減っても生き残ってるのはすごいラッキーだと思うよ』

「……俺は……」

「モノクマッ!!!」

 前木君に余計なことを言うモノクマに、山村さんの怒号が飛ぶ。

『さっきまでの憔悴が嘘みたいに元気になったね。発破をかけるにはちょうど良かったみたいだね』

 俺達に捜査をさせるためにわざと煽ったっていうのか…?

 いや、なんにしたって今の前木君を侮辱するような真似は絶対に許せない。

 伊丹さんを失ったばかりの彼を…。

 

『さ、伊丹さんが死んで悲しいと思うなら、頑張って推理してクロを当てなよ! 君たちにはそれしか道はないんだよ!』

 それしか……。

 本当にそうなのか?

 モノクマの言いなりになってコロシアイゲームに加担することが、本当に彼女のためになるのか?

 

 そんな疑問を抱いているにもかかわらず、俺の右手は素早く電子生徒手帳を開いていた。

 

『モノモノファイル⑥ 被害者は伊丹ゆきみ。死因は転落による全身破壊。死亡推定時刻は22:15。』

 

 もはやモノモノファイルの確認すら手癖のようになっているというのか。 

「………」

 こんなことの繰り返しは一刻も早く終わらせなければならないのに。

 俺は慣れていく一方だ。

 

 ごめんなさい、伊丹さん。

 謝って許されることじゃないけど、心の中で謝り続けることしかできないよ。

 亞桐さんに続いて、君まで守れなかったなんて。

 だけど、できることなら、俺は君の無念を晴らしたい。

 事件の謎を解くことがそれに繋がるのかは分からないけど……。

 やるしかない。

 

 もうこれで、事件は最後にする。

 絶対に。

 

 

「俺にも……捜査をさせてくれ」

 前木君が俺の目の前に進み出た。

「……大丈夫なの?」

「……皮肉だけど、さっきのモノクマの言葉で目が覚めた気分だ…」

「…前木君……」

「…すごく辛いはずなのに、自分でも不思議なくらい落ち着いてる。…慣れたからとか、そんなんじゃないと思う。きっと…伊丹が『そうしろ』って俺に語り掛けてるんだろうな」

「伊丹さんが……」

「死に際のあいつの目……すごく悲しくて、無念そうで、絶望的だった……。だけど、自分の死を受け入れてるようにも見えたんだ。受け入れたうえで、俺に『生きろ』って語り掛けてるような気がしたんだ」

「………」

「都合のいい捉え方をしているだけかもしれない……。でも、今まで誰かが死んだときには打ちひしがれることしかできなかった。今は違う。絶望の中に、ほんのわずかな希望を感じてるんだ。…だから、一緒に戦おう」

 前木君は、前に進もうとしている。

 親友と仲間たちと愛する人を失ってもなお、その絶望に抗おうとしている。

 俺は、戦えるのか?

 

「絶対に勝とう、前木君」

 …愚問だ。

 今更後に引けるわけがない。

 絶対に勝つ。

 クロにも、黒幕にも。

 

 

 

 

 

《 捜査開始 》

 

 

 

 

 

【コトダマ入手:モノモノファイル⑥

 被害者は伊丹ゆきみ。死因は転落による全身破壊。死亡推定時刻は22:15。

 

 

「……やはりここでしたか」

 俺達が捜査を決意した時、エレベーターの方から声がした。

 扉が開いたエレベーターの中には、入間君と吹屋さんがいた。

「突然アナウンスが鳴ったかと思ったら誰かの死体の映像がモニターに流れて……。嫌な予感はしたのですが…」

「入間君たちも……あの死体を見たんだね……」

 空中で二つに千切れ、地面にたたきつけられた伊丹さんの死体。

 あの美しい姿は見る影もなく、地面にへばりついた肉片と化した。

 思い返すだけで吐き気を催してしまう。

 

「ゆきみん……一番死にそうにないって思ってたのに……どうしてでありんすか……」

 吹屋さんが涙を拭いながら呟く。

「……この場所で何が?」

 入間君が問いかける。

「何って……いろんなことが同時に起きて……」

「葛西君、いったんここで起きたことを整理しませんか? 事件の真相を暴くには一番大事なことだと思うので……」

「……そうだね。記憶をたどってここで起きたことを順番に探ってみよう……」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 事件が起きたのはここ、屋上。

 この場所は日中に入間君と吹屋さんがフェンスを破損させたことで立ち入り禁止になってたけど、夜時間にはいつの間にか解放されていた…。

 そしてその屋上は、今日の日中に吹屋さんが用意した『ア報知ドリ』というアイテムによって予測されたとおり、雷雨に襲われていた。

 

 事の始まりは前木君が自室の扉に挟まれた紙切れに気付いたことだった。

 

屋上で待ってる  死ぬ時は一緒

 

 そう書かれた紙を見た前木君は即座に屋上へ向かい、それに続いたのが俺と山村さんだった。

 屋上に行くと、伊丹さんが一人で立っていた。

 彼女は中央の塔にくくり付けられた金属の線のようなものを持っていた。

 そこに俺達が現れて、前木君が伊丹さんから金属線を離させた。

 

 その直後、タワーに雷が落ちて……。

 目の前が真っ白になって、気が付くと吹き飛ばされていたんだ。

 …で、俺はエレベーターの壁に叩きつけられて。

 前木君と伊丹さんはフェンスを突き破って空中に放り投げられていたんだ。

 

 すかさず山村さんが助けに入って……。

 前木君は助けられたけど、伊丹さんはあと僅かのところで手が届かなくて……。

 でも即座に落ちたわけじゃなくて、彼女は少し下のところで突起状の構造にぶら下がっていた。

 そこで俺と山村さんがフェンスの金網をほどいてロープ代わりに使おうとしたんだけど…。

 

 金網を外し終わったときには、伊丹さんは力尽きて落下してしまっていたんだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

【コトダマ入手:ア報知ドリ

 吹屋が売店で入手した怪しい気象予報装置。スイッチを押すとアホウドリ型の人形が今日と明日の天気を読み上げる。 

 モノクマ曰く、的中率は100%。コロシアイ当日の朝から食堂に置かれていた。

 

【コトダマ入手:謎の紙切れ

 夜時間になる際に見つかった、前木の部屋の扉に挟んであった紙切れ。 

 殴り書きのような文字で『屋上で待ってる  死ぬ時は一緒』と書いてあった。

 

【コトダマ入手:事件直前の伊丹

 屋上に突入した時、伊丹は銀色の線のようなものを両手に持って立っていた。

 もみあいになった際に銀色の線は伊丹の手から離れた。

 

【コトダマ入手:フェンスの破損

 事件日の日中、屋上のフェンスは入間と吹屋が事故で破損させていた。

 モノクマ曰く、フェンスが直るまで屋上は立ち入り禁止になっていたが、夜時間には既に解放されていた。

 

 

 

「そうですか……。そんなことがあったんですね……」

 顎に手を当てて考え込む入間君。

「雷が落ちて吹き飛ばされたっていうのはどういうことでありんすか…‥?」

「……分からない。落雷の衝撃波かな……?」

「えぇっ!? じゃあ今すぐここを離れないと……」

 山村さんがそう言った瞬間だった。

 

 視界が閃光に、聴覚は爆音に包まれる。

「わぁぁっ!!!」

「きゃあぁぁあっ!!!」

 落雷。

 耳が痛くなるほどの凄まじい音だ。

 

「…みんな、大丈夫!?」

 恐る恐る目を開けると、頭を抱えたり伏せたりと態勢は様々だったが、みんなちゃんとその場にいた。

「すごい音でありんすね…‥あちきの耳がイカれるところだったでありんす…‥」

「ですが、体が吹き飛ばされるほどの圧力は感じませんでしたね……」 

「じゃあ、俺達が吹き飛ばされたのって……」

 …一体どうしてなんだ?

 

 その時、ピコンと電子生徒手帳が鳴った。

「モノモノファイルは既に配られたはずだぞ……?」

 前木君が不審に思いながらも生徒手帳を起動する。

 

『落雷の特性:

 積乱雲などの雲が帯電した時に発生することがある放電現象。高い場所に優先して落着し、その電圧は最大で10億ボルトにも達する。

 その電圧により極めて強い電流を生じさせる。その膨大な電流が人に直撃すれば即死は免れないし、電子機器も即座に

 破損してしまうだろう。また、地上に直撃した瞬間の衝撃波も強大である。』

 

 

「これは……モノクマからのヒント?」

「落雷に関する基礎知識…ですか。公平を期すためなのでしょうが、この程度の常識をわざわざ送られるとは舐められたものですね」

 入間君が呆れ気味に呟く。 

 彼はもともと知っていたようだが、俺はこの手の話には詳しくないので正直助かる。

 これも、裁判を進めるうえで手助けになる情報であることには違いないのだから。

 

【コトダマ入手:落雷の特性

 積乱雲などの雲が帯電した時に発生することがある放電現象。高い場所に優先して落着し、その電圧は最大で10億ボルトにも達する。

 その電圧により極めて強い電流を生じさせる。その膨大な電流が人に直撃すれば即死は免れないし、電子機器も即座に

 破損してしまうだろう。また、地上に直撃した瞬間の衝撃波も強大である。

 

「あの、葛西君」

 山村さんが背後から声をかけてきた。

「屋上に来た直後なんですけど……。私、中央塔のふもとにブルーシートが置いてあるのを見たんです……」

「ブルーシート…?」

「はい、それも、ただ置いてあるというよりは、何かを覆い隠しているような…。チラッと見た程度なんですけど、確かにこの目で見たので間違いないです」

「前にバーベキューした時はそのようなものはございませんでいたよね?」

 入間君の問いに俺は頷く。

「事態が急を要していたのでブルーシートの中身を確認することはできなかったんですが…。今はそんなものはどこにもないですよね…?」

 山村さんに言われて屋上を見回してみたが、ブルーシートらしきものはどこにもない。

「…多分、さっきの衝撃で吹き飛んじゃったみたいだね」

 

【コトダマ入手:山村の証言

 屋上に駆け付けた時、中央塔のすぐそばにブルーシートで覆われた大きな物体があったという。

 事態が急を要していたため、ブルーシートの中身を確認する暇はなかった。

 

 

 

「あ、ユキマル! あちきこんなもの拾ったでありんす!」

 突然会話に割り込むように、吹屋さんが何かを手に持って俺に見せつけてきた。

「ほらこれ! そこらへんに落ちてるでありんすよ!」

 吹屋さんが差し出したのは、赤いゴム製の管…?

「なんだこれ……」

「あとこっちには青いのも! たくさん落ちてたでありんすよ!」

「これは……導線ですか?」

 吹屋さんが拾った細い管を見て山村さんが呟く。

 手に取ってみると、確かにゴム管の中にさらに細い金属線が走っている。

「葛西、こんなのも落ちてたぞ」

 そう言って前木君が持ってきたのは、複雑な電子回路の基盤…の破片のようだった。

 かなり細かく破砕されており、焦げたような跡もある。

「こんなものがどうして…? それに、これがありそうな場所って……」

 いろいろ考えられるけど、まずは情報を取り入れるだけ取り入れておこう。

 

【コトダマ入手:回路のかけら

 屋上の床に落ちていた。何かの電子機器を構成する基板や、ゴム製の管に覆われた導線が落ちていた。

 粉々に粉砕されていて、焼け焦げたような跡もある。

 

「…申し訳ありません、やはり私はここに来ると気分がすぐれないようです…」

 入間君が青い顔をして地面に座り込む。

「ただでさえ高所恐怖症なのに、フェンスの仕組みを知ってさらに実際に転落死した人を見てしまったせいで……心が折れそうです……」

「…確かに、君にはキツいかもしれないね。無理はしないで、この場所以外を捜査してきたら?」

「だったらその男、私が貰い受けていいかしら?」

 ……その声は。

 

 いつの間にかこの場に現れた小清水さんが、へたり込む入間君の腕を掴む。

「誰が犯人かも分からない状況ですもの、一人で行動させておくのは危険でしょうし、あなた達も私を監視しておきたいはずよね? だったらこの男と行動させた方が早いでしょう?」

「…何を企んでる」

 前木君が訝しげに問うが、小清水さんは鼻で笑う。

「…私は構いませんよ…。ここにいなければ体調は治りますし、小清水様のこともしっかり監視しておきますから…」

「流石は以前私を殺そうとしただけのことはあるわね。捜査時間に寝首を掻くような真似だけはしないでくれると嬉しいけど」

「…………」

 まだその時のことを根に持って……って殺されかけたんだから当たり前だよな。

 

「私のことは心配なさらないでください。屋上のことは頼みます…‥」

 その言葉とともに、入間君と小清水さんはエレベーターを降りていった。

「彼のことも少し心配ですけど……。流石に捜査時間に事件を起こすなんてことは小清水さんもしないですよね」

 山村さんの言うとおり、彼女がここで何か変なことをする可能性は著しく低い。

 皮肉にも彼女に対する信頼感が日増しに高まっているような気がする…。

 何はともあれ、俺達は屋上の捜査を完璧にしないとな。

 

「やはり気になるのはこのフェンスだよな……」

 前木君がフェンスに手をかけて呟く。

「なんだってこんな弱っちいフェンスなんか付けたんだ…。まるでここで事件が起きるのが分かってたみたいだ……」

「………黒幕はここで事件が起きることを見通していたのか…?」

 …だとしたら黒幕は一体……。

「ところで、このフェンスの特性を知ってたのって、俺と入間君と吹屋さんだけだよね?」

 この三人は今日の日中、一度フェンスを壊している。

 その事件がなければ俺達はフェンスの特性に気付くこともなかったはずだ。

「いや、フェンスのことなら俺は夕食の後に知ったんだ。吹屋からその話を聞いて……」

「え? そうなの?」

「…だって、まさかこんな事件になるとは思ってなかったから…。笑い話のつもりでみんなに話しちゃったでありんす」

 つまり、フェンスのことはみんな知っていたと判断していいワケか。

 この情報でクロを絞れるかと思ったが、そういうわけにもいかないようだ。

 

【コトダマ入手:屋上のフェンス

 屋上のフェンスは鉄でできているかと思われていたが、実際にはモノクマが用意した特殊な金属だった。

 緩やかにかかる力には強いが、急にかかる力には弱く、破れてしまう。

 なお、フェンスについての情報はほぼ全員が知っていた模様。

 

 そして気になるのは伊丹さんが死に際に握っていた金属の線。

 それは、未だにタワーの中央塔に巻き付けられていた。

「見てください…。相当に太くて頑丈な金属線のようですね…」

 山村さんが床に落ちている金属線を拾い上げてそう言った。

「確かに、さっき拾った導線とは比べ物にならないほどの頑丈な金属線だ‥。これだけのものになると加工も結構大変だと思うけど…」

 伊丹さんがこれを持っていたということは、これは伊丹さんが用意した物……と考えていいのだろうか。

 

 俺は金属線を辿ってタワーの中央塔に近づく。

「金属線には絶対に触るなよ。雷が落ちて感電したら即死だぞ」

 前木君が注意を促す。

 と、いうことは、伊丹さんはやはり……。

 

 金属線は、タワーの中央塔の、少し高いところにある金属の部分に巻き付けてあった。

「この部分は金属…。タワーに落ちた雷の電流はここを通って真下に送られているのか……。モノクマを呼んで詳細に聞きたいな…」

『って言うと思ったからスタンバってたよ! 葛西君が予想したとおり、このタワーは被雷した分の電圧は中央の柱を通って屋上の床下に続き、蓄電器に送られるよ! で、その通り道がこの露出した金属部分なワケ!』

 モノクマはそう言うと、ぴょんと飛んでその金属部分にコアラのようにしがみついた。

『だから、雷が起きた時にここを触ってると感電死の恐れがあるし、こんなことろに金属線なんかくくり付けた日にはその金属線自体が強烈な凶器になるよ!』

 とモノクマが説明した瞬間。

 

 バァン!!!!!

 

 閃光と共に爆音が響き、落雷した。

 

「っ!!!!!!」

 閃光が消えた後に目を開くと、黒焦げになったモノクマが足元に落ちていた。

 モノクマはどうせスペアがあるだろうから一匹死んだところで嬉しくはないが、少なくともモノクマの言葉が本当であることは分かった。

 それに、中央塔の金属が露出した部分は感電の恐れがあるが、それより下の部分は赤茶色のゴムのような建材で覆われており、感電しないようだ。

 感電箇所の高さは2mほどであり、背の高い人が腕を伸ばしてようやく届くレベルだ。

 

「うう……。こんなところの捜査はとっとと終わらせないと、あちき達の目か耳かどっちかが死んじゃうでありんす!」

 吹屋さんの言うとおり、いつまでもここにいるのは危険だ。

 だけど、捜査を中途半端な状態で切り上げるのはもっと危険だ。

 そのためにも、さっさとここを完璧に捜査してしまおう。

 

【コトダマ入手:タワー中央搭

 屋上の中央から伸びている高さ50mほどの鉄塔。避雷針を兼ねており、直撃した雷は鉄塔の中央の柱を伝って根元に向かい、床下の蓄電器へと伝導される。

 

【コトダマ入手:中央塔の感電箇所

 タワー中央塔には電気の通り道がむき出しになっている箇所があり、そこに触れていると感電の恐れがある。

 その箇所は地上から2m以上の高さにあり、背の高い人物が手を伸ばしてようやく届くぐらい。 

 

「……なあ、葛西」

 前木君が俺の肩を叩く。

「この金属線、伊丹が持ってる側じゃない方の先端も伸びてるぞ」

「……え?」

 確認してみると、確かに金属線は二方向に突き出ていた。

 そのうち一方は、方角的にも伊丹さんが握っていた方で間違いない。 

 しかしもう一方は、タワーの外周に沿うようにして根元に下ろされている。

 この位置では、タワーに突入した俺達の位置からは見えなかったはずだ。

 しかもこの先端……。

「ぐにゃりと曲がってるね」

「ああ…‥。まるで熱か何かで溶かされたような……」

 この情報……ひょっとしてすごく大事なことなんじゃないだろうか。

 

【コトダマ入手:丈夫な金属線

 中央塔の真ん中の柱に、丈夫な金属線が巻き付けられていた。先端は中央塔から2メートルほどの距離まで伸びていた。

 また、伊丹が持っていた方とは異なる方にもう一本先端が伸びており、その先端は熱でゆがんでいた。

 

 その後も少しの間屋上を捜査した。

 しかし、先ほど見つけた回路の欠片が何個か見つかるのみで、新しい何かが見つかったわけでもなかった。

「葛西君、もうそろそろここの捜査はこの辺にしておきませんか…‥?」

 俺は山村さんの提案を受け入れることにした。

「そうだね…。他に気になる場所もあるし、一度ここを出ることにしよう」

 

 そして俺達四人はエレベーターに乗り込む。

 ここに来たときは、まさかこんなことになるなんて予想だにしていなかったな……。

「………」

 複雑な表情を浮かべる前木君を横目に、俺はエレベーターのスイッチを押した。

 

 

 

 

 

「…で、ここからどうするんですか?」

「さっき小清水さんが言ったように、一人で誰かを行動させるのは危険だと思う。二人ずつで二手に分かれて捜査するのがいいんじゃないかな」

「じゃあ吹屋は俺と来てくれ。お前にも調べてもらわなきゃいけないことがある」

「ひょ~!? あちきをダイレクト指名するなんて大胆でありんすね~!」

「じゃあ、私達は一緒に二階を探索しましょう!」

 こうして俺と山村さんは二階で、吹屋さんと前木君は一階へと足を運んだ。

 

「まず技術室に行きたいんだけど、いいかな?」

「技術室ですか…? いいですけど、あそこは……」

 そう、技術室はつい昨日、山村さんと入間君と三人で入り口をふさいだばかりだ。

 モノボンドという特殊な接着剤を使って。

 

 だが、案の定……。

「あれ、扉が開きますよ!?」

 技術室の扉は簡単に開いた。

 そして……。

「扉の周りに付着したモノボンドはきれいさっぱりなくなっている……。一体どうやって……」

 密室になっていたはずの技術室の封印は、簡単に解かれていた。

 誰がどうやってこんなことを。

 

 

【コトダマ入手:犯行防止工作

 化学室、技術室、弓道場の扉にはモノボンドによる固定処理が施されており、そのままでは中に入ることができない状態になっていた。しかし、捜査時にはモノボンドは無くなっており、自由に出入りできる状態となっていた。

 

「モノボンドってどんな性質でしたっけ…」

 山村さんの言葉を受けて俺は昨日のモノクマの言葉を思い返す。

 

 

『っていうかラベル全部読んだ? ゆとり世代は書いてあることすらまともに読まないで全部聞こうとするから校長は嫌になっちゃうよ!』

 

 ちがう、そこじゃなくて。

 確かその後にラベルを読んで……。

 

『ラベル……? あっ、モノボンドは熱に弱いって書いてありますよ!』

 

 そう、山村さんがそう言ったんだった。

 

「モノボンドは熱に弱いって話だったね。確か熱々の濡れタオルでも溶けてしまうくらいに……」

 実際に、拳をボンドで固められて俺を助けてくれたのは、熱々のタオルを持ったモノクマだった。

 

【コトダマ入手:モノボンド

 技術室に置いてあったモノクマ特製ボンド。極めて強烈な接着力を誇り、物理的には破壊不可能。

 ただし熱には弱く、風呂の湯程度の熱で容易に溶解してしまう。

 

「でも、その性質が悪用されないように入間君がモノクマに校則を追加させましたよね…?」

 俺は小さく頷く。

「それが今回の謎でもあるんだ‥。そもそもモノクマの校則自体も結構アバウトなものだったし…」

 

 

 


 

 

【Chapter5 (非)日常編④】

 

『…はぁ。いくらなんでも早合点しすぎなんじゃないの? まあ、どう解釈するかは君たちの勝手だけどさ。分かったよ。モノボンドの欠陥を埋めるようにボクが手助けすればいいんでしょ?」

 モノクマがそう言った直後、ピロリン、と電子生徒手帳から音が鳴った。

 すぐに開いて確認してみると、校則の欄に以下の文言が追加されていた。

 

【校則:お湯や飲み物など、熱いものを部屋から廊下へ持ち出すことを禁じます。どうしても必要な時は、校長に申し出ること。校長が判断します。

 

『ハイ! これで文句ないでしょ?』

 

 


 

 

「モノクマが相談の余地を残していたってのが気になるところだけど…」

『そういうのはボクに直接聞いた方が早いよね!』

 突然現れるモノクマにも、今更驚かない。

『急に追加した校則だから、要相談にしとかないといろいろ後で面倒になると思ったんだよ。でも、昨日校則を追加してから相談に来た人は一人もいなかったよ!』

「……! それは本当なのか、モノクマ!?」

『もちろん本当だよ! ボクは常に公平を期すからね!』

 …じゃあ、この校則を破った人はいないということか。

 だとしたら本当にどうやって……?

 

【コトダマ入手:追加校則

 『熱いものを部屋から廊下へ持ち出すことを禁じます。どうしても必要な時は、校長に申し出ること。校長が判断します。』

 モノクマ曰く、許可の申請に来た生徒は一人もいなかったという。

 

 謎は残るが、とりあえず空いている技術室の中へと足を運んだ。

「中に残るのは久しぶりな気がしますね…。まさかこの部屋が再び事件に関わることになろうとは……」

「本当だね…。……ん?」

 俺は技術室の壁に置かれている棚の一つに着目した。

 

『簡易爆弾制作キット』

 

 そう書かれた棚の中を覗いてみると……。

「あれっ、部品がかなり減ってる……」

 その棚の中はほとんど空っぽと言っていいほどスカスカだった。

「これは…。以前に御堂さんが爆弾を作った分が減っているのでしょうか?」

「いや…。それだと昨日のモノクマの発言と矛盾する」

 昨日、モノクマはこう言っていた。

『この部屋からなくなったものはボクが責任をもって補充しますよ』

「この発言通りなら、御堂さんが使った分の簡易爆弾の部品は補充されてしかるべきだ。…備品補充のルールについてモノクマに直接聞いた方がよさそうだな」

 

『今回はすごーくボクの出番が多いね! いよいよボクも主役デビューかな?』

 モノクマのくだらない発言には耳を貸さずに俺は備品の補充のタイミングについて尋ねた。

『校舎全体の備品の欠如については、ボクが六時間おきにチェックして補充してるよ! 今日、最後に補充したのは午後六時だね! でも事件が起きた後は現場状況を保存するために補充はいったん中断するよ!』

 つまり、今無くなっている部品は少なくとも午後六時以降に消費されたものということだな。

 これだけの数を一体何に使ったんだ…。

「これ、なんですか?」

 スカスカになった簡易爆弾制作キットの棚の中から、山村さんが何かを取り出す。

「奥の方にまとまって置いてあるみたいですが……」

 彼女が奥の方から掻きだしてきたのは、プラスチックでできた部品。

「これは……スイッチ?」

 その部品を手に取ってみた俺は驚きの声をあげた。

「回路のオンオフを決めるスイッチだ。どうしてこれだけがこんなに?」

 棚を置くまで覗いてみたが、これ以外に余っている部品はなかった。

「スイッチがなければ爆弾は起動できないはず…。…ダメだ、さっぱり分からない…」

 こんな謎が、果たして裁判で解くことができるのだろうか?

 

【コトダマ入手:簡易爆弾の製作痕

 過去に何個もの簡易爆弾を制作した跡があり、それに応じた分の部品が減っている。しかし、何故か回路に電流を流すか否かを切り替えるスイッチだけが大量に余っていた。

 モノクマによれば、技術室から紛失した部品は全て午後六時以降に無くなっている。

 

「簡易爆弾のほかに、紛失しているものはあるかな……?」

 簡易爆弾のほかにも尾行装置や隠しカメラなど様々な装置の制作キットが棚ごとに分けられているが、それらに使用された痕跡はない。

「あ、葛西君……。これ……」

 山村さんが声をあげた方に歩み寄る。

「明らかに減ってますよね、これ……」

 その棚は、『抵抗』と書かれた棚だ。

 小指の爪よりも小さい抵抗部品が大量に収められた棚のようだ。

「…確かに、他の棚に比べて減ってるね」

 簡易爆弾制作キットほどではないが、目に見えて数が減っている。

 ラベルの色で抵抗値が分かるらしく、その説明が壁紙に書いてある。

「えっと…。一番抵抗値が高い1MΩの抵抗だけ見当たらないな……」

「つまり、その1MΩの抵抗だけが持ち去られたということですね!」

「うん…。あと、この隣の棚……」

 俺はそう言って抵抗の隣の棚を開いた。

 そこには、赤と青のゴム管に包まれた細い導線が入っていた。

 そして、この導線も他の棚と比べて明らかに数が減っている。

「これ……見覚えがありますね……」

 そうだ、これは恐らく……。

 

【コトダマ入手:失われた部品①

 技術室の部品置き場から、抵抗が大量に持ち去られていた。いずれも高い抵抗値を持つもの。

 

【コトダマ入手:失われた部品②

 技術室の部品置き場から、導線が大量に持ち出されていた。

 導線は細く、強すぎる電流を与えると焼き切れてしまいそうだ。

 

 

 これだけの発見が技術室だけであったので、その後も俺達は技術室をくまなく調べた。

 部品の一つ一つに目を凝らし、異変がないか調べていった。

 ゴミ箱の中に至るまで。

 そう、ゴミ箱の中さえも……。

「……ん?」

 俺はゴミ箱の中に、見慣れないものが入っていることに気が付く。

 ゴミ箱の中に入っているほとんどのものは、制作キットの包装袋や部品の切れ端だ。

 それは別に異常とは思わない。

 だけどこれは……。

「葛西君、なんですかそれは?」

 山村さんの問いかけに咄嗟に答えることはできなかった。

 

 これは…布の袋のようなもの…?

 二枚の布を手編みで縫い合わせて袋状に加工したもののようだ。

 中に何か入っている。

「……なんだかベタベタするな」

 外側には、ゴムのようなべたつく物体が付着している。

「ハサミを見つけたのですが、中身を見てみますか?」

「そうだね…。毒物とかじゃないといいんだけど……」

 俺と山村さんは布袋の一つを取り出すと、机の上に置いて慎重にハサミで端の方を切っていった。

「……粉?」

 袋の中には、真っ黒な粉が入っていた。

「どうします? 舐めてみますか?」

「いやいや、流石に危ないよ……」

 推理ドラマにでも憧れているのか、粉を舐めようとする山村さんを抑えて俺は袋を机に置きなおした。

 これはいったいどんな物体なんだろう。

 なんだか繋がりそうで繋がらないな……。

 

「うわっ、こっちは変なものも一緒にくっついてますよ」

 山村さんがゴミ箱の中からもう一つ布袋を取り出すと、他のゴミがたくさんくっついていた。

「わぁ、外側のべたつきにくっついてるみたいだね……ってあれ?」

 と、くっついているゴミの中に見慣れないものを見つけた。

「チャック付きのビニール袋……? ここの備品ですか…‥?」

「こんなに大きな袋なんて置いてあったかなぁ…? 倉庫にあったものなんじゃないかな」

 倉庫の備品置き場でこんな感じのビニール袋を見た記憶がある。

 本当にそうだとして、いったいどうしてこんなところにそんなものがあるのか不思議だけど……。

 

【コトダマ入手:粉入り袋とビニール袋

 手作り感のある布袋。外側にはべたつきのようなものが付着しており、袋の中には土と黒い粉が大量に入っていた。技術室のゴミ箱の中に何個か捨てられていた。

 また、チャック付きのビニール袋も一緒に捨てられていた。こちらは倉庫にあったもののようだ。

 

 技術室を調べ始めてかなりの時間が経っていた。

「まずいな、残り時間がいつまであるか分からないし、いつまでもここを調べているわけにはいかないな……」

 あのモノクマがいつまで待ってくれるかは分からない。

 もうそろそろ技術室の捜査はこの辺にして……。

 

「葛西君」 

 そんな時、山村さんが俺の肩を叩いた。

「何か見つけたの?」

「はい、このニッパーなんですけど……」

 山村さんが見せたのは、枝切りばさみのように大きなニッパーだった。

「このニッパーだけ、少し刃こぼれしていると思いません? ほら、ここ……」

 見てみると、確かにほんのわずかではあるが刃こぼれの後が見られた。

「……? 何か硬いものを無理矢理切ったのかな…?」

「自由時間の間にこんなものを使う人はいるとは思えないので……。事件に関係あるかは分かりませんが、一応覚えておきましょう」

 

 

【コトダマ入手:大型ニッパー

 技術室に並べてある大型ニッパー。ぱっと見何の変哲もないが、よく見ると一個に僅かな刃こぼれが見られた。

 

 時間的にも技術室を調べるのはここまでにした方がよさそうだ。

「…じゃあ、次の場所に行こうか」

 と俺が言った直後だった。

 ピロリン、と電子生徒手帳が鳴った。

「ん……?」

 

 『電気回路の基礎知識:

 オームの法則:中学校で習う電気の基本法則。電圧V、電流I、抵抗値Rについて、V=RIが成り立つ。

 直列回路:複数の抵抗を直列に繋げばその分全体の抵抗は大きくなる。』

 

「これは……モノクマからのヒント?」

 ここにきて一体どうしたというのだろう。

 公平に知識を与えようという意図なのはわかるが、これが事件に関係しているということなのか…?

「私、中学から理科は赤点だったのでこういう情報をくれるのはありがたいですね!」

 ……山村さんもこんな感じだし、情報はあって困らないな。

 

【コトダマ入手:電気回路の基礎知識

 オームの法則:中学校で習う電気の基本法則。電圧V、電流I、抵抗値Rについて、V=RIが成り立つ。

 直列回路:複数の抵抗を直列に繋げばその分全体の抵抗は大きくなる。

 

「…で、次はどこに向かうんですか?」

「…実は、さっき山村さんが言っていた屋上のブルーシートなんだけど……出所に一個心当たりがあるんだ。そこに行きたい」

「本当ですか!? では私もお供します!」

 そして俺達はエレベーターに乗り込み、三階へと向かった。

 ブルーシートがある場所……考えられるとしたらあそこしかない。

 

 訪れたのは、植物園。

 その隅にある植物園倉庫だ。

「ここはこの前、バーベキューをしたときにその道具が保管してあった場所なんだ。俺の記憶が正しければ、ここにブルーシートが畳んで置いてあったと思うけど……」

 俺は扉を開けて植物園倉庫の中に入る。

「……‥!」

 倉庫の中は、物が散乱していた。

 まるで、誰かが物を漁った後のようだ。

「どうやら、ドンピシャだったようですね!」

 山村さんが鼻息を荒くして勝ち誇った顔を浮かべる。

 でも、まだ浮かれるのは早い。

 ここでどんな手掛かりを見つけるかが大事なんだ。

 

 そして俺と山村さんは散乱した倉庫を物色する。

「やっぱりブルーシートはなくなってるね。一番大きいサイズのやつかな…」

 案の定、ブルーシートは一枚無くなっていた。

 これが、山村さんが屋上で見つけたものとみて間違いないだろう。

「そして…これがこの前使ったバーベキューの台か…。……金網の方はどこに行ったんだ…?」

 台はあるのに金網の方が無いなんてことがあるのだろうか。

 補充されていないということは、これも午後六時以降に紛失したということだろうか。

「あと……これ、園芸用の土って書いてあるんですけど……。中身が結構減ってませんか……?」

 山村さんの言うとおり、園芸用の土が入った大袋は少し中身が減っていた。

 そこまで大量に使ったわけではないようだが、いったいなぜ減っているのだろうか……?

 

 【コトダマ入手:植物園倉庫の紛失品

 植物園の倉庫の中は物が散乱しており、誰かが物を漁った後のように思える。

 植物用土の一部とブルーシート、スチール製のバーベキューの網が無くなっていた。

 

 

「三階で調べるべきところはたぶんここだけだと思うんだけど……」

 ここまででかなり時間を使ってしまったようだ。

 最悪、調べきれそうにない部分は前木君たちの捜査結果に頼るしかない。

 

「おっ、ここにいたか!」

 ちょうどそんなことを考えている時に、前木君と吹屋さんがエレベーターの中から現れた。

「捜査の進捗はどうだ?」

「こっちは二階の技術室とこの階の植物園倉庫を調べたよ。まあまあ手掛かりはあった。時間がないから裁判の時に共有するけど……」

「そうか。こっちは最初一階を調べてんだが、休憩室にも食堂・厨房にもめぼしい手掛かりはなかったから、吹屋の提案で四階に言ったんだ。そしたら……」

「すっごい発見があったでありんすよ!」

 と、どや顔を浮かべる吹屋さん。

「なんと、音楽室のピアノからピアノ線が抜かれてたでありんす!」

「ピアノ線……!?」

 ピアノ線っていうと、ピアノの中を通っている頑丈な線のことか。

「抜かれたっていうよりは、何本かが何かで切られてたってかんじだったな。かなりの数が切られてたから、きっと全部合わせたらすごい長さになるんだろうけど…」

「……ピアノ線って、どういう材質だったっけ?」

「ピアノ線は…確か炭素が入った鋼だったと思うでありんす! すっごく頑丈で、ピアノ以外にも工業用のワイヤーとかにも使われてるでありんすよ!」

 ピアノを弾けるだけあって、吹屋さんはピアノ線のことも知っていたようだ。

「電気は通す?」

「う~ん……確か通すには通すはずでありんす!」

「そうか……ありがとう」

 何かが繋がったような気がする。

 金属線と言えば、やはりアレが気になるよな……。

 

 

【コトダマ入手:破損したピアノ

 音楽室のピアノの中に取り付けられているピアノ線が、一部切り取られていた。

 

【コトダマ入手:ピアノ線の特性

 ピアノ線は極めて高い硬度を持つ金属のワイヤーであり、他の金属より電気伝導率は低いものの電気を通す。

 その特性からピアノの弦や工業機械などに用いられる。

 

「たぶん、時間的に次に捜査する場所が最後になると思う……。どこに行く?」

 前木君の問いに、俺は数秒間考えたのちに答える。

「もう一度一階に行こう」

「え…? でも一階はあちき達が散々調べたでありんすよ? まさかあちき達の調べ方が信用できないっていうでありんすか??」

「いや、君たちの話を聞く限りだと、一階で未だ捜査していない場所がある」

 

「伊丹さんの個室…ですか?」

 山村さんが告げた言葉、それが答えだった。

「個室…? 個室にまで行くのか……?」

「それもやむを得ないと思う…。今回の事件、被害者こそ伊丹さんで間違いないけど、死に際の言動を見る限り、彼女自身も何かアクションを起こそうとしていたのは間違いないと思うんだ。その手掛かりを探るためにも…」

「私もそう思います。伊丹さんには申し訳ないですが、事件の真相に迫るためには……」

 俺の意見に山村さんが賛同し、吹屋さんは無言だったが俺の意見に反対するわけではないようだ。

「…分かった。みんなの意見はもっともだと思う。…だけど俺はまだあいつの部屋に入れる覚悟っていうか…心の余裕ができてないから…部屋の外で待ってるよ」

「…うん。辛い思いをさせてごめん」

「仕方ねえよ…。きっと伊丹も真実が暴かれることを願ってるはずだから……」

 

 そして俺達は一階、伊丹さんの部屋の前に集まった。

「…じゃあ俺はここにいる。そんなに時間はかからないだろ? 待ってる間にこれまでに見つかった手掛かりの整理をしてみるよ」

「分かった。じゃあ、お邪魔します、伊丹さん……」

 最初の事件の際に津川さんの個室を捜査した時と同じく、被害者の個室に鍵は掛かっていなかった。

 俺はその場で合掌すると、ドアノブに手をかけた。

 

「…………」

 伊丹さんの個室はとても整理整頓されていて無駄なものがなく、彼女の性格を反映していた。

「…あれ? ベッドの上にあるの……」

 吹屋さんが指差したベッドの上には、大量のモノパンダのヌイグルミが置いてあった。

「モノパンダ……? どうして……」

「まあ、プライベートな場ですし……事件に関係ないのならあまり詮索するのはやめておきましょう。それより、こんなものを見つけたんですが…」

 そう言って山村さんは棚の中から中くらいのサイズの木箱を見つけた。

「なんでしょう、これ…。中は工具が入っているようですが……」

「工具セット……? そんなものが個室に……?」

 

『とまあ、ここに来て本日四度目となるボクの登場だね! あれ三度目だっけ? まあどっちでもいいや!』

 

「モノクマ……。何の用でありんすか!」

 吹屋さんが敵意をむき出しにして叫ぶ。

『いや~、ようやくその工具セットが日の目を見る時が来て嬉しいな~って。ボクね、このコロシアイが始まった日からず~っと男子の個室に工具セットを、女子の個室に裁縫セットを置いてたんだよ。お約束だからね。なのにみんな使わないどころか存在にすら気付かないなんて…。原作リスペクトを入れたのに気付かれないなんてそんな悲しい話ある?』

 原作…? 何を言っているのかいまいちわからないが。

 自分の部屋に工具セットがあるなんて初めて知ったぞ。

 棚の中まで真剣に調べなかったからな…。

 

「…ってあれ……? 伊丹さんは女子だろ? どうしてこの部屋に工具セットがあるんだよ?」

「まさかゆきみんは男の子だった……?」

 吹屋さんが目玉が飛び出そうなくらいの驚きの表情を浮かべる。

『そんなことボクに聞かないでよ! ボクだってみんなの性別を完璧に把握してるわけじゃないんだからさ! シャワーやトイレを覗かない程度の紳士さは保ってるからね!』

 まさか、伊丹さんが男子だったなんてことがあり得るのか……?

 

「とにかく今は手掛かりを得ることを最優先にしよう。工具セットの詳細を見せてもらっていいかな?」

 木箱を開けると、使い込まれた痕のある金属やすりや、新品のように綺麗な糸ノコギリ、小型ハンマーなどが入っていた。

「モノによっては凶器になりそうなものもありますね…。流石に今回の事件とは関係ないと思いますが……」

 …そうか?

 本当に、全部事件とは関係がないのだろうか。

 

【コトダマ入手:工具セットと裁縫セット

 男子の部屋の棚の中には工具セット、女子の部屋の棚には裁縫セットが入っていた。

 工具セットには金属やすりやハンマー、裁縫セットには糸や針などが内蔵されていた。

 

「あれっ……? ユキマル! こっちに裁縫セットもあるでありんすよ?」

 吹屋さんが取り出した木箱の中には、糸や針山、布切りばさみなどが入っていた。

「伊丹さんの部屋には工具セットと裁縫セットが両方あった……?」

 これは一体、何を意味しているんだろう。

 

【コトダマ入手:伊丹の個室

 伊丹の個室は整理整頓がされた綺麗な部屋だった。

 モノパンダのヌイグルミやカッター、工具セット、裁縫道具などが置いてあった。

 

 

『ピンポンパンポーン』

 

「……!」

 捜査の終了を告げるチャイム。

 

『昔々、とある幕府を開いたとある男はこう言ったそうです。「人生とは重き荷を背負いて遠き道を行くがごとし」。どういうことかっていうと、捜査時間終了です! エレベーター前に集合してください!』

「もう時間か……。まだまだ調べたりないことが沢山あるんだけどな……」

「小清水さんと入間君からもお話を聞いてみましょう。あの人たちも何か手掛かりを得ているはずです」

 

「…よう。手掛かりは見つかったか?」

 部屋の前で待っていた前木君に、「うん…。何個かは見つかったよ」と答えを返す。

「そうか…。それは良かった…。じゃあ……行こうか」

 前木君の言葉を受けて、俺達は歩みを進める。

 

 エレベーターの扉が開くと、そこには入間君と小清水さんがいた。

「捜査の方はいかがでしたか…? 私はずっと小清水様の調査につきあわされてどこも調べることができず……」

 入間君が冷や汗交じりにそう述べた。

「こっちはまあまあかな…。小清水の調査って一体何をしたんだ?」

「尋ねても全く教えてくれないのですが……。二階を軽く見て回った後、ずっと管制室で何かパスワードを打ち込もうとしていましたね」

 管制室……?

 

「パスワードを解こうと思ってね。思いつく16桁の数字を打ち込んでいたけど解けなかった。それだけのことよ」

 小清水さんが口を開く。

「パスワードって……。今は捜査時間だろ? そんなことをしている場合なのか?」

 前木君が少しムッとなって尋ねるが、フンと小清水さんは鼻を鳴らした。

()()()()()()()()()だったからよ。まあ、事件の謎はあなた達の話や捜査結果で大体分かるわ」

 俺達の捜査でって……。

 変なところで俺達のことを信頼しているのか、単に向こう見ずなだけなのか……。

 

「葛西君、管制室のパスワードって一体何なのでしょうか?」

「実はこの前―――」

 山村さんの問いに答えるため、俺はエレベーターの中で説明した。

 この前小清水さんと管制室を調べたことと、管制室で行えることについての詳細を。

「…へえ。全ての施設を管制できるとしたら、もしかしたら脱出への道が開けるかも分かりませんね」

「…でも、パスワード一つで好き勝手出来るような装置をモノクマが放っておくとは思わないでありんすけど…」

 吹屋さんの疑問ももっともだが、小清水さんは本気で解くつもりだったようだ。

 

【コトダマ入手:管制室の機能

 二階の美術準備室から繋がっている管制室では、このコロシアイの舞台である特別分校内の様々な設備を操ることができる。

 しかし監視カメラの映像切り替え以外はパスワードが必要であり、葛西たちには操ることができない。

 

「…小清水様を一人にするわけにもいかず、捜査がほとんど進んでいないのですが、本当に大丈夫なのでしょうか……」

 小清水さんは俺達の捜査力に期待して自分のすべきことをしていたようだが、それに巻き込まれた入間君は不憫だな…。

「大丈夫。必ず俺達が暴いた情報で真実の脚本に導いて見せるよ……」

 俺は入間君の肩を叩いて強くそう言った。

 

 そしてエレベーターは落ちてゆく。

 奈落の底へ。

 五度目となる戦場へ。

 

「これで終わりにする」

 誰に促されるわけでもなく俺は呟いた。

「これで最後だ」

 

 もう、事件なんて起こさせない。

 これが最後の裁判。

 

 

 誰よりも強く、優しく、儚かった伊丹さん。

 彼女は死に際に何を思い、何を残したのか?

 彼女を愛し、愛された前木君は今、前を見ている。

  

 この中にいるのか。

 伊丹さんを殺した犯人が。

 俺達に絶望的な勝負を仕掛けたクロが。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 管制室。

 誰もいなくなった空間に、モノクマがひょっこりと現れた。

『いやー、葛西君たちが入ってくる前に回収できてよかった!』

 そう言ってモノクマは手にした一個のカセットテープを椅子の上に置いた。

 

『これは最後のネタバラシまで取っておかないとね!』

 そしてカセットテープを抱えてニッコリと笑う。

 

『というわけで、お楽しみのモノクマ劇場の時間です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

《モノクマ劇場》

 

 

 

 なに?

 もうネタなんてないよ。

 

 いいじゃない、たまにはこんな回があっても。

 ボクはよそ様の作品みたいに面白くて意味深なことなんて言えないんだからさ。

 

 

 

 はぁ~、他の人が書く創作は面白いのになぁ。

 ボクよりもっとモノクマしてるのになぁ。

 なんでボクは上手くいかないんだろうなぁ。

 

 うらやましいなぁ。

 

 

 

 

 

 




《コトダマ一覧》

【モノモノファイル⑥】
 被害者は伊丹ゆきみ。死因は転落による全身破壊。死亡推定時刻は22:15。
 
【ア報知ドリ】
 吹屋が売店で入手した怪しい気象予報装置。スイッチを押すとアホウドリ型の人形が今日と明日の天気を読み上げる。 
 モノクマ曰く、的中率は100%。コロシアイ当日の朝から食堂に置かれていた。
 
【謎の紙切れ】
 夜時間になる際に見つかった、前木の部屋の扉に挟んであった紙切れ。 
 殴り書きのような文字で『屋上で待ってる  死ぬ時は一緒』と書いてあった。
 
【事件直前の伊丹】
 屋上に突入した時、伊丹は銀色の線のようなものを両手に持って立っていた。
 もみあいになった際に銀色の線は伊丹の手から離れた。
 
【フェンスの破損】
 事件日の日中、屋上のフェンスは入間と吹屋が事故で破損させていた。
 モノクマ曰く、フェンスが直るまで屋上は立ち入り禁止になっていたが、夜時間には既に解放されていた。
 
【落雷の特性】
 積乱雲などの雲が帯電した時に発生することがある放電現象。高い場所に優先して落着し、その電圧は最大で10億ボルトにも達する。
 その電圧により極めて強い電流を生じさせる。その膨大な電流が人に直撃すれば即死は免れないし、電子機器も即座に
 破損してしまうだろう。また、地上に直撃した瞬間の衝撃波も強大である。
 
【山村の証言】
 屋上に駆け付けた時、中央塔のすぐそばにブルーシートで覆われた大きな物体があったという。
 事態が急を要していたため、ブルーシートの中身を確認する暇はなかった。
 
【回路のかけら】
 屋上の床に落ちていた。何かの電子機器を構成する基板や、ゴム製の管に覆われた導線が落ちていた。
 粉々に粉砕されていて、焼け焦げたような跡もある。
 
【屋上のフェンス】
 屋上のフェンスは鉄でできているかと思われていたが、実際にはモノクマが用意した特殊な金属だった。
 緩やかにかかる力には強いが、急にかかる力には弱く、破れてしまう。
 なお、フェンスについての情報はほぼ全員が知っていた模様。
 
【タワー中央塔】
 屋上の中央から伸びている高さ50mほどの鉄塔。避雷針を兼ねており、直撃した雷は鉄塔の中央の柱
 を伝って根元に向かい、床下の蓄電器へと伝導される。
 
【中央塔の感電箇所】
 タワー中央塔には電気の通り道がむき出しになっている箇所があり、そこに触れていると感電の恐れがある。
 その箇所は地上から2m以上の高さにあり、背の高い人物が手を伸ばしてようやく届くぐらい。 
 
【丈夫な金属線】
 中央塔の真ん中の柱に、丈夫な金属線が巻き付けられていた。先端は中央塔から2メートルほどの距離まで伸びていた。
 また、伊丹が持っていた方とは異なる方にもう一本先端が伸びており、その先端は熱でゆがんでいた。
 
【犯行防止工作】
 化学室、技術室、弓道場の扉にはモノボンドによる固定処理が施されており、
 そのままでは中に入ることができない状態になっていた。しかし、捜査時にはモノボンドは無くなっており、自由に出入りできる状態となっていた。
 
【モノボンド】
 技術室に置いてあったモノクマ特製ボンド。極めて強烈な接着力を誇り、物理的には破壊不可能。
 ただし熱には弱く、風呂の湯程度の熱で容易に溶解してしまう。
 
【追加校則】
 『熱いものを部屋から廊下へ持ち出すことを禁じます。どうしても必要な時は、校長に申し出ること。校長が判断します。』
 モノクマ曰く、許可の申請に来た生徒は一人もいなかったという。
 
【簡易爆弾の製作痕】
 過去に何個もの簡易爆弾を制作した跡があり、それに応じた分の部品が減っている。しかし、何故か回路に電流を流すか否かを切り替えるスイッチだけが大量に余っていた。
 モノクマによれば、技術室から紛失した部品は全て午後六時以降に無くなっている。
 
【失われた部品①】
 技術室の部品置き場から、抵抗が大量に持ち去られていた。いずれも高い抵抗値を持つもの。
 
【失われた部品②】
 技術室の部品置き場から、導線が大量に持ち出されていた。
 導線は細く、強すぎる電流を与えると焼き切れてしまいそうだ。
 
【粉入り袋とビニール袋】
 手作り感のある布袋。外側にはべたつきのようなものが付着しており、袋の中には土と黒い粉が大量に入っていた。技術室のゴミ箱の中に何個か捨てられていた。
 また、チャック付きのビニール袋も一緒に捨てられていた。こちらは倉庫にあったもののようだ。
 
【大型ニッパー】 
 技術室に並べてある大型ニッパー。ぱっと見何の変哲もないが、よく見ると一個に僅かな刃こぼれが見られた。
 
【電気回路の基礎知識】
 オームの法則:中学校で習う電気の基本法則。電圧V、電流I、抵抗値Rについて、V=RIが成り立つ。
 直列回路:複数の抵抗を直列に繋げばその分全体の抵抗は大きくなる。
 
【植物園倉庫の紛失品】
 植物園の倉庫の中は物が散乱しており、誰かが物を漁った後のように思える。
 植物用土の一部とブルーシート、スチール製のバーベキューの網が無くなっていた。
 
【破損したピアノ】
 音楽室のピアノの中に取り付けられているピアノ線が、一部切り取られていた。
 
【ピアノ線の特性】
 ピアノ線は極めて高い硬度を持つ金属のワイヤーであり、他の金属より電気伝導率は低いものの電気を通す。
 その特性からピアノの弦や工業機械などに用いられる。
 
【工具セットと裁縫セット】
 男子の部屋の棚の中には工具セット、女子の部屋の棚には裁縫セットが入っていた。
 工具セットには金属やすりやハンマー、裁縫セットには糸や針などが内蔵されていた。
 
【伊丹の個室】
 伊丹の個室は整理整頓がされた綺麗な部屋だった。
 モノパンダのヌイグルミやカッター、工具セット、裁縫道具などが置いてあった。
 
【管制室の機能】
 二階の美術準備室から繋がっている管制室では、このコロシアイの舞台である特別分校内の様々な設備を操ることができる。
 しかし監視カメラの映像切り替え以外はパスワードが必要であり、葛西たちには操ることができない。

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